魔剣王正伝   作:プルプルマン

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最近買ったおニューのライト、外でつけたら発狂したミンミンゼミ三頭に取り囲まれた。
こわい


聖戦前夜

『うわ、なんか臭うと思ったら、マットレスの下でネズミ死んでんだけど。』

『先に気づけてよかったね。丁度小腹が空いてきたんだ、いただこう。』

ジュラがボロ切れ(女将曰くフェイスタオルらしい、正気か?)で摘み上げたネズミを、カブウが一飲みにする。

ライコが最大の自信を持ってプレゼンしていた宿屋は、馬小屋を予算半額でリフォームしようとして4割くらいで投げ出したような、お世辞にも快適とは呼べないつくりであった。

当然、衛生環境という面では尚更良好とは言えない。

そのため、ジュラ一行はチェックインもそこそこに、大掃除と害虫退治の真っ最中である。

『くそっ、またノミがどっかいった!どうなってんだアイツらは!どんな足してりゃそんなポンポン跳べるんだよっ!』

ジュラの魔界式短剣(手網)術が全く通用しない、恐ろしい生物である。

『その代わり、モコモコしたとこじゃなきゃ歩けもしない、そういう悲しみを背負ってるのさ。さぁ張り切って駆除しよう!』

相当寿命が近いのか、イオンが擦った壁が剥がれ落ちる。

『うわ、壁めくれちゃった。…?カブさーーん、なんかカメムシいっぱい出てきたよ?』

崩れた土壁の向こうには、身を寄せ合って慎ましく過ごす体長5cmオーバーの黒いカメムシが無数に群れていた。

『ああ、「ダンガンサシガメ」だね。致死率8割の病気ばら撒くし、その量に血を吸われたら失血死しかねないから、俺が美味しくいただこう。』

イオンがささっと壁から離れ、ライコが1人納得する。

『そうか、道理でここで寝た後やたら喉渇くわけだ。にしても詳しいじゃねぇかデカ頭。オレァ虫なんざ食えるかダメかでしか見てなかったぜ。』

『口に放り込む前に、一度じっくり見てみることをオススメするよ。この美しき世界に、新しい楽しみが増えるかもしれないからね。』

ライコの返事は適当なものだった。

『気が向いたらな。うげ、毛布の縫い目になんかが卵産んでら。』

『ハエトリグモの類だろうね。特段害は無いけど、気になるならデザートにいただくよ。』

『あー?いやほっとく。』

 

『なんちゅう会話だ、信じらんねーぜ。船のフカフカベッドが恋しいなぁ。』

『ジュラ〜、顔色悪いよ?』

イオンが溜め息を吐くジュラを覗き込む。

『いやだってこんな部屋だし。そりゃ部屋に虫入ってくんのはトトルス村で慣れたけどさぁ、このレベルは予想外だって。』

自然豊かで結構な事だが、ロイヤルなお育ちのジュラにはキツいものがある。

『ふへへ〜おぼっちゃんめ。でも、トトルス村も今頃こんな感じだよ?』

『え……ウソだろ?』

『毎年このくらいになると、近くの湖で大量発生したカゲロウが風に流されてくるんだ。もうどこにでもいるから、何食べてもエビみたいな味しかしないの。』

なんとも食欲の無くなる話である。

『わかった、よ〜くわかったから。もうカイセツ要らない。』

別の方向に目を向ければ、カシュアナも平然と虫を捕らえて窓から放り投げている。

『いや、飛んでるハエ摘めるのはおかしいだろ。どうなってんだ。』

やはりフィジカル、フィジカル&パワーこそ正義なのか。

 

 

 

時は夕餉、スプーンを持つジュラの手は打ち震えていた。

熱い血潮の如く口内を走る、鮮烈なインパクト。

それが、目の前のちょっと欠けた皿に注がれた液体に由来することに、何度も己の舌を疑う。

(今、俺の目の前にあるのは、野菜くずをうっすい塩水で煮込んだだけの、単純極まるスープのはずだ。味の深みはどれだけ甘く見ても二層、グズグズと芯の残った野菜が混在してやがる。なのに……)

一口、また一口とスープを運ぶスプーンが止められない。

ジュラ・パズズ一行は、すっかりその魔法のスープに魅了されていた。

『な?きったねぇ宿だが、メシはリピート必至だって言ったろ?』

『ああ、負けたぜライコ・フォン・トルバーフロス…こんなショックには出会ったことがねー。ご主人!このスープの秘訣を!是非この未熟者に御教示頂きたい!』

戦場で拾った鉄兜でもそうはなっていないレベルでボコボコの鍋を掻き回しつつ、主人は晴れやかな笑顔を浮かべた。

『ハッハッー!そりゃもちろん(自主規制)と(自主規制)、後はちょっと混ぜ物あるけど(自主規制)さ!』

『お前らーー!全員吐けぇーーー!』

ジュラ一行はその後の食事(サービス)をやんわりと断った。

 

『いや、一時はどうなることかと思ったけど、幸いまだ吸収されてなかったらしい。』

ジュラが喉に手を当てる。

まだ何か奥の方に違和感があるのは気に食わないが、百薬の長たる健全な睡眠でなんとかしよう。

『まったくだね、まさか不思議の国のホットカクテルみたいなのが出てくるとは。そりゃリピーターも出るよ。出なきゃおかしい。』

『とんでもねーとこだなここは。あー喉いてぇ。大丈夫かイオン?』

代謝効率最悪の少女は、ベッドの上で液体のように広がっている。

『お腹すいた〜。』

『あんなことあったのにか?タフというか食い意地張ってるというか…ま、らしくていいな。ホレ、カンパン。』

『ありがと〜』

『オレにもよこせよ。ほら、早く。』

ネジの吹っ飛んだ宿を紹介した張本人は呑気なものである。

溜め息を吐きつつ、ジュラは口を開けた2人目掛け交互にカンパンを投げ込んでゆく。

『どうだいお母さん、ヒナ達のご機嫌は?』

『おうムダにスクスク大きく育ってやがる。カッコウだなこりゃ間違いねー。』

 

『しかし、麻薬の取引全面禁止から3年…未だこんなにも毒が蔓延しているとは…知りませんでした。』

カシュアナが肩を落とす。

『珍しいね、この国では全面禁止なのかい?』

『ええ、認可された医療用を除いてですが。大統領がそう定めました。百害あって一利無し、人参の種があればそのまま貪るより植えた方がいい、とのことです。』

麻薬を厳正に追放する。

これもこの国で進む改革の一手なのだろうか?

『なるほどアクティブなことだ。兄上殿が50年後、偉人として列されるよう願わせてもらうよ。』

『お言葉、感謝いたします。話は変わるのですが、その…お二方とも体に異変はありませんか?』

『俺はほぼ修復完了したけどね…』

カブウがジュラの左手に目を向ける。

ジュラがフルフルと首を振った。

『全然ダメだ、変な形のままでどうしようもねー。』

『やはり彼の能力は、物体の破壊を伴わずに形だけを変えてしまうらしい。だからこそジュラの手は問題無く機能しているし、元に戻らないんだろうね。』

ある意味では単純に痛々しい傷を与えるより厄介である。

『立ち蛇通り』の老人も、目をつけられ同じような憂き目に遭ってしまったのだろうか。

『ホントなー、痛みもなんも無いってのが逆にこえーよ。骨折とかなら悪魔の治癒力でなんとかなんだけどなぁ。』

『ほーん、じゃ一回砕けばいんじゃね。』

ライコがこともなげに言ってのける。

『なははー冗談やめろよなー………マジ?』

『オレァいつだってマジで生きてる。』

カブウが小さく頷く。

『確かに一理あるかもしれないけどもね。』

『え?なんでカブさんもちょい納得してんの⁉︎イオンもなんとか言ってや…くそ寝てやがるぞコイツゥ!そ、そうだ!カブさんは一人で戻しただろ?あの方法おせーてくれよ!』

こうなればもう藁にも縋る思いである。

『構わないけど、結構難しいよ?まず破骨細胞を操作して、歪んだ骨の端から分解と再形成を繰り返して…』

どうやら藁は遥か高次元空間に存在したらしい、どうやっても手が届かない。

『うん、ありがとうカブさん。聞く相手間違えた俺が悪い。はぁ、やっぱ砕くしかないの?やだなぁ。でも、決戦で片手剣ってのもなぁ。』

 

『失礼。』

徐に歩み寄ったカシュアナがジュラの手首に蹴りを入れる。

瞬間、ジュラの手は明らかに関節の可動域外に曲がっていた。

『はえ?うおおぉーーあぁぁ!俺のうでがぁ〜‼︎うぁー!ギャー!のあー!…普通にある!』

存分にのたうち回ったジュラが恐る恐る左手を確認すると、そこにはいつも通りの慣れ親しんだ形をした腕が繋がっていた。

理解不能な現象に、その場で起きていた全員が驚愕の表情を浮かべている。

『いや、なんで当事者も驚いてんだよ。』

『いや、すんなり上手くいくとは思わなかったものでして。』

『え?今の特に保証とか無かったの?俺の周りってヤベェヤツしかいないの?』

カシュアナが慌てて手を振る。

『こここ、言葉が足りませんでした!悪魔であるジュラさんに、人間用の技が正確に作用するのかわからなかったというだけで!』

『大して変わってねー、まあ治ったからいいけどさぁ。てかそれどういう技術だよ。わけがわかんねーよ。』

『…そうですよね。ここは全てを共有し、連携を図るべきかもしれません。私が扱うのは「紅鶴拳」、場の分析と足技により様々な現象を発生させる技術です。ちなみに、ジュラさんの手を治したのは骨繕という、整体術の延長線上にある技です。』

イオンがむくりと起き上がる。

『おじいちゃんから聞いたこと…やっぱ無いなあ。大概の拳法のスクラップは置いてあったと思うんだけど。』

『御祖父様も武術を嗜まれていたのですか、今度お手合わせしたいところです。そして、知られていないのも無理はありません。紅鶴拳を伝えるのは、この地がサイレンス共和国と呼ばれる前から住んでいた、ごく小規模の部族だけでしたから。』

ジュラが見慣れた形を取り戻した己の手をさする。

『もっと自慢してっていいと思うけどな。相当すげー技術体系だぜ。やっぱアイデンティティを大事にする、とか門外不出みたいな問題があるのか?』

『特段そういった決まりはありません。簡単な技なら部屋の中でもお教えできますよ。』

これほどの万能拳法、多少の興味も湧くというものである。

『へー、せっかくだから後でやってみっか。ありがとよ、けっこー面白い話だったぜ。』

『光栄です。あと、稚拙ではありますが、護衛官として多少剣の訓練を受けています。』

『おお、んじゃそのうち手合わせでもしようぜ。俺はこの魔剣…まぁ、体の一部みたいなもんだな。コイツと大概の属性魔法が使える。魔剣は遠隔操作なんかもできるから、1発不意打ちかますぐらいの手は色々あるかな。』

『羨ましいなぁ。カブさんにはそういうの無いからね。ただ、触手とか内分泌系で小手先の技は多いと自負している。気配りとサポートが得意技さ!』

カブウが存在しない胸を張る。

『まぁ絞りすぎた雑巾みたいになっても平気な不思議存在だからな、雑に扱ってくれ。』

『頼もしい。貴殿等の協力を得られる私は果報者です。』

『照れるなぁ。はーい、とりあえずこれどうぞ。』

イオンがカシュアナとライコに球状の機械を押し付ける。

『はぁ…どうもありがとうございます?』

『私の自信作、ピンポンスフィア!そこのボタン押したら直径3mくらいの魔力障壁が出てきて、そこそこの衝撃には耐えてくれるから、危ない時に使ってみて!あと、相談してくれたらいろんなもの作るよ〜以上!おやすみ!』

彼女はセリフの全てを言い終わる前に夢の世界へ旅立っていた、ジュラでなければ見逃しちまう早業だ。

『まぁ…今日はよっぽど疲れたんだろ。普段ならペラペラいらんとこまで説明しだすからな…逆に幸運だったかもな。』

イオンに釣られたか、ライコが大きくあくびし毛布を被る。

『見ての通り、手足、牙、終わり。連携なんざまどろっこしのは好かねぇ。』

とっつきにくいことこの上ない言い草である。

(けどまぁ、己のスタイルと意思を伝える程度にゃ俺たちも視界に入れてんのかね。)

『ふむ、確かに夜も更けた。我々も眠りを享受しようじゃあないか。』

カブウが壁に戻りピタリと張り付く。

『そーだな、んじゃカシュアナどのベッド使いたい?』

『あ、大丈夫です。私、寝る前のランニングに行ってきますので、先に決めておいてください。それでは、おやすみなさいませ!』

弾かれるように部屋を出るカシュアナ、そっと閉められたドアを見つめジュラがぼやいた。

『なぁ、俺ってもしかして体力無いのかな。』

『…カブトムシとアゲハチョウを比べるものじゃないよ。個々人の得意不得意があるから世界は生きるに値するのさ。』

『どっちがどっちなのかはあえて聞かねーどくよ…』

かなり短くなった蝋燭を吹き消し、薄い穴開き毛布を被る。

タライロンの荒れた夜道に、規則正しい足音が響いていた。

 

 

 

『ふぁ…あーいつものクセで早起きしちまった。キッチンもねーしどうすっかなぁ。てか体かゆっ。』

ジュラが腕を掻きつつ目を開けると、すぐに上下が逆転したカシュアナの顔が目に入った。

『あ、おはようございます。早起きですばらしいと思います。』

『ッ〜〜!何やってんだアンタ⁉︎』

イオン達を起こさないよう叫び声を寸前で飲み込む。

『驚かせてしまい申し訳ありません。しかしこれは紅鶴拳の基礎鍛錬でして、どうしても欠かすわけにはいかないのです。』

よくよく見れば、カシュアナは天井に片足の指だけで掴まって姿勢を維持していた。

まさか、この姿勢で寝ていたのか?

つくづく、ウルトラ体力馬鹿である。

『いやまあいいけど…とりあえず降りてきてくんね?見てるこっちが血上りそうだからよ。』

カシュアナが空中で体を捻り、音も無く床板に着地する。

『確かにほんの少し血の巡りは悪くなりますが、鍛錬を積めば克服できるんです。私も、昔はちょくちょく意識無くしてましたけど、今は滅多にありません。心肺機能の強化にもなりますね。』

その口伝だけでジュラのモチベーション著しくマイナスである。

『ぜってー寿命縮んでるよソレ。やっぱ習うのやめようかな…』

『朝っぱらからうるせぇよテメェ等…アレか?ミミズもオケラも、朝になったらオハヨーって飛び出てくるラリった世界に生きてんのか?』

枕を抱いたライコが不機嫌そうに唸り声を上げる。

どうもイオンと同じか、それ以上に寝起きが悪いらしい。

眠りこけるカブウの口から小さなカブウが現れ、時刻が5時を回ったことを告げる。

簡素な格子窓の向こうから、金色の朝日が差し込んでいた。

 

 

『全員お揃いでしょうか?』

『ぉうぉ〜ぅ』

『朝餉は断られましたか?』

『あぅあぉ〜』

朝食を抜いた覇気のかけらも無い集団がふらふらとテーブルに着く。

『ではこれより早朝ミーティングを行います。昨日の作戦で得た情報はどんどん共有してください。どんな仔細なことでも…お願いします。』

早速1人の手が挙がる。

『は〜い、イオンです。さっきマーカーが壊されました〜。でも、その前に3時間くらい同じ場所に留まってたので、アジトの位置はわかったと思います。』

『おお〜、ありがとうございますイオンさん!』

イオンが手元の機械を起動すると、土壁の一面に地図が表示される。

『アミーン、ポイントよろしく!』

地図上にマーカーの軌跡をなぞる線が引かれ、それは岩礁と山嶺に囲まれた1つの内湾に行き着いた。

『この場所は…「チカダイ湾」ですね。ここには廃漁村くらいしかなかった筈ですが…』

ライコが反応を見せる。

『チカダイィ?クスリのメッカじゃねぇか。』

『初耳です、ご存知なのですか?』

『タライロンの奴ならガキでも知ってらぁ、政府の規制強化以降、一気にチカダイから入ったブツが増えてる。なんでも、監視をすり抜ける水中船「ドロノミ」で運んでくるらしいってな。』

『え!あのドロノミ⁉︎乗ってみたい‼︎』

どうもマシン界隈では有名な存在らしい。

『ステイスティ、イオンスティ。なるほど、バックにゃもっとデカい悪党がいそうで、やな感じだな。てことは、そこの取引を仕切ってるヤツが…』

『そこまでは知らねーよ。ただ、確実にデカいカネは動くぜ。インテリも大バカも目の色変えるぐれぇのな。これから国と喧嘩しようって連中なら、何してでも欲しいだろ。』

『ふむ、その件だが…仮にライコ君の言う通り、彼等が麻薬を資金源にしてるとして、その目的は国との喧嘩程度じゃあ収まらない、俺はそう思うよ。』

床を這う虫を触手に作った消化器官で捕らえつつ、カブウが話に割り込む。

『ぜひ、お聞かせください。』

『ありがとうカシュアナ嬢。ご存知通り俺は昨日、彫像のフリをして彼等をしばし窺ったのだけども、気になる言動があった。それは、自身の神殿を造る旨であったり、己を神と自称する精神性であったり、新世紀だの旧世界だの主語の大きい発言であったり…実に夢見心地な、狂人の妄執のようだった。』

『だからそうだろ、はなからイカれてんだよ。じゃなきゃ、あんな気取ったバッヂ着けて出歩かねぇ。』

辛辣なライコの物言いにカブウが苦笑する。

『まぁ、アレは御伽話のマオウ軍のシンボルマークだからねぇ…彼等自身が手がけたものではないし、あんまり言っちゃマオウ君も浮かばれないと思うよ。』

『そりゃそうだろ封印されてんだから。浮きも沈みも出来ねぇよ。』

いかに不死身のマオウといえども、多少傷は残りそうな鋭さである。

『ハッハ、怒って出てこないでくださいなっと。………気を取り直して、俺はファントム君の最終目標は『神性の獲得』だと思う。』

神性の獲得、それはごく単純に言い表すなら、神以外が神と同等の存在になることだ。

肉体も、精神も、魂魄さえも変容させて。

言うは易しだが、尋常の事ではない。

ジュラはそう認識している。

『薄々、そんな気はしてたけどさ。本当にマトモじゃないんだな。それまでの自分が完全に無くなるかも知れねーってのに。』

『ねーねー、2人だけで納得しないでよ〜。』

『そーだそーだ、オレにも対等な情報を要求する!』

情報の不平等是正を訴えるイオンとライコ、確かにそういう技術は反則スレスレ、魔人になるのとどっちがマシかというレベルであり、広く知られていないのも無理は無い。

ジュラでさえその存在を知ったのは魔界で盗み見した禁書の一文からだ。

(多分、地界でも天道教会とか全魔連が情報統制してんだろうな…)

カブウが触手を組んで頷いた。

『確かに、その通りだ。まず神性を得るっていうのは、ごく単純に見れば魂を神様と相似のものに調整することなんだ。広く見れば魔人や魔物への変異と同質だけど、こっちは他者の信仰を吸い上げて一気に駆け上がるという点で異なるね。』

ライコが悪い笑顔を浮かべる。

『へぇ、カミサマねぇ。……悪くねぇな。今度やってみるか。』

カブウが触手を振る。

『オススメはできないなぁ。何せ、そうなろうとした者は大抵死か、それ以上の代償を払うことになっているからね。』

『そうかい、ウマイ話ってなぁ無いもんだな。』

ライコがつまらなそうにあくびする。

『俺の知る限りでは、成功が12例。邪神顕現事変や黄金郷の英雄の例が有名かな。そして、失敗はその10倍以上。川の石に張り付く、赤黒いコケとして生き続けるハメになった例なんかもあるよ。』

『コケ…どーいう反応なんだろう。神学者の人ならわかるのかな?でもまぁ、とにかく危ない技法ってことはわかった。ありがとカブさん!』

ジュラがふと気づく。

情報整理の言い出しっぺであるカシュアナが、ずっと言葉を発していない。

なんとなく彼女の方を見ると、何やら下を向いて考え込んでいる。

『どうした?アンタらしくもねーな。』

『いえ、少し…カブさんさん、あの男がやろうとしているのは…もしや…』

カシュアナの察知を裏付けるように、カブウが神妙な面持ちで頷く。

『ああ、あの捨て台詞からみても、間違い無くこの国の要人複数人を暗殺するつもりだろう。しかし、それ自体にさほどの意味は無い。なんだかんだ、代替する人材って見つかるものだからね。欲しいのは、それによって膨れ上がる畏れの感情!』

カシュアナが額に手を当てる。

『やはりですか…そんなことのために、国一つを。』

『地界では古来より大洪水を、霹靂を、大嵐を、人智を超えた存在を神と呼び習わし畏れることで、叩きつけられる理不尽に耐えてきた。おそらく彼は、それと同じことをしようとしている。少しずつ改革を進め、それ以前からも歴史を積み重ね、人望を高めてきた大統領やギャングのボス、その悉くを処刑し自らが恐怖の災害となることで、人智を超越した虚像を作り出すつもりなんじゃあないか。』

ジュラが左手をさする。

『その中心にゃ全能と見紛う能力…イメージばっかり膨らんでいくのは想像に難くねーな…』

カシュアナが拳を握りしめる。

『つまり、この国全土が祭壇、現体制と無辜の人々は供物ということですか……ッ!』

『忘れないで欲しいのはね、これはあくまで俺の妄言だよ。物証は何も得られていない、考慮に留めておくべき個人的見解だ。実際の所はわからない。』

カブウはそう念押しするも、その仮説には説得力が十分にあった。

状況証拠だって揃いつつある。

 

あらゆるモノを創り変える力を持つ男が、傲慢にも神を自称するその男が、絶対の力を手に入れたら何を為すか。

『旧世界』は刷新され、より完全で美しい楽園が敷かれるのかもしれない。

そこには悪辣なものなど何も存在せず、理想と享楽を浴びるように与えられる、真の天国となるのかもしれない。

はたまた、暴力だけが支配する、夢も花も枯れ果てたディストピアが広がるのかもしれない。

もしかしたら…一見して違いのわからない、ほんの少しズレたパラレルワールドが無数に創られるのかもしれない。

いずれにせよ、その世界でイオンは旅を楽しめるか?

カブウは鼻歌混じりにボードゲームに熱中できるか?

そして自分に、真なる克己のチャンスは訪れるか?

甘い理想の配給は挑戦と成長の放棄だ。

いつだって太陽を輝かせるのは夜と冬だ。

レディース・ファントムは単なる狂人ではなさそうだ。

そんな男が全てを均した後で、無秩序と混沌に塗れた世界を創るとは思えない。

それが歪であれど、なんらかの新たな律で縛るだろう。

絶対に世界と破滅的にいじって愉しむような男ではない。

だからこそ、絶対にその計画は阻止しなければならない。

この、汚泥と白砂が入り混じる美しい旧世界の一住人として。

 

『中々興味深い話だった。無知愚昧なこのオレでも、ヒマつぶしぐらいにゃなる感動的な話だった。じゃ、答え合わせしよぅぜアフロクン!』

ライコが縛り上げられた男の顔、その横にある壁を蹴り抜く。

大砲でも使ったような音が鳴り響き、男の顔に白い汁が飛ぶ。

『おっと驚かせちまったかな、悪い悪い。でもオレだって情けある生き物だ。ゴキブリにむざむざ齧られる隣人を見たくはねぇ。そうだろ?』

ライコの靴と壁の間にベタついた液体の橋がかかる。

『ライコさん、あまり乱暴なことは…壁の穴も修理費が…』

『いやぁ、かけがえねぇ人命を救ってやったんだ。そんぐらいコイツ等が持ってくれるさ。ナァ?』

ライコの鋭い視線に男が思わず目を逸らす。

彼の名はファキソネラ、カブウに絞め落とされ、気づけば五体満足で敵に囲まれていた不幸な男である。

ベテランのギャングである彼も、流石にこれほどまで己の命が軽い状況に陥ったことはなかった。

雰囲気に諦めの混じる男の肩をジュラが叩く。

『あー、アイツはあんなこと言ってっけどな、別に俺たちゃ全員が残酷趣味ってわけでもねーから。ただ聞かれたことに対する、真実だけ教えてくれりゃいい。』

ファキソネラはその要求に対して承諾も拒絶も見せなかった。

『じゃあ聞くぜ。チーム・ヤビーのアジトは、チカダイ湾で間違いないか?』

反応は無い。

『レディース・ファントムの目的は、テロで恐怖を植えつけ、天上の存在へ至ることか?』

一切の反応は無い。

『ハァ…じゃこんくらいならいいだろ?テメーの名前はファキソネラか?そのステキなアフロのセットに毎日何時間かけてやがんだ⁉︎』

少し間を置いて男が静かに体を横たえる。

ライコが男の足首を踏み砕いたのはそのすぐ後だった。

ファキソネラが絶叫を噛み殺す。

『メンドクセェーー!フザけた頭してようがコイツぁギャング!それなり以上の拷問しなきゃ、好きなアイスのフレーバーも吐かねぇよ!』

『うわぁ、こうなるとは思ってたけどよぉ。いくらなんでも、いきなりそりゃ酷いんじゃねーの。アンタもつまんねー意地張ってないで、教えてくれよ。』

ファキソネラは額を苦痛に歪ませながらも、不敵に笑っていた。

『愚か者どもめ、貴様方達は自ら死を喚ぶ悪鬼を腹に招いたのだ。四面楚歌の完全孤軍、このファキソネラにとっては最良のステージよ!』

『なっ……!』

ジュラ達の体から黒い棘のようなものが飛び出す。

その正体に一早く勘付いたのはカブウだった。

『これは……まさか麦角菌!皮膚内部に組織を形成し、毒素を産生し続けているのかァーー!』

『流石一度はこのファキソネラを落とした男?…的確な分析だ。我が能力はあらゆる病原体の加工!空気中に漂うあらゆる微生物をチフス以上のモンスターに変えてやるぞ!最早どう足掻いても止められぬ、貴様方達は自ら死を招いたんだよマヌ……』

突如、部屋に銀色の爽やかな霧が撒かれる。

『えいっ!カブさん式食毒霧〜初期段階で抑えられたけど、皆何か異常はないかい?』

部屋中に広がりつつあった黒い菌核が、青白い煙となって消えてゆく。

『ありがと〜、流石カブさん〜。』

ファキソネラ渾身の反逆は、謎生物が放出するちょっとパチパチした霧に封じ込められ、意味を為さなくなっていた。

『さて、話してくれる気は無いみたいだけど、どうする?』

『決まってんだろ、話させてくださいって懇願するまでブン殴るんだよ。心中なんざやろうとしたバカなら尚更なぁ〜。』

『まぁ、待てよ。これ以上部屋壊すのも汚すのも迷惑になるだろ?非常に、ひっじょ〜〜〜〜に色々言いたいことはあるけど、宿は宿だ。』

尋問の裏でイオンがさらりと宿泊終了の手続きを進めていた。

『ハイ、お世話になりました。これ、昨日の分も合わせてのチップです。お元気で!………みんなー!チェックアウトできたよー!』

『おうごくろーさん。さてカシュアナ、この後どう動く?ライコが『何も言わねー』以上、推測は合ってそうだけどよ。』

『ありがとうございます。では…』

置いてけぼりで面食らったのは、決死の覚悟のファキソネラである。

『ま、待てぃ!我が決死の一手を!わけのわからんことで潰されて、その上勝手に納得されたとあらば黙ってはおけぬ!』

ライコが露骨に舌打ちする。

『ピーピーウルセェな。もうコイツへし折ってサッサと行こうぜ。もう欲しいことは聞き出したんだからよ。』

ライコがめんどくさそうに拳を握り締め…ファキソネラの意識はそこで途絶えた。

 

『あ〜、またそうやってすぐブン殴るんだからもう。俺だって面倒が嫌いなのはそうだけどさ、もっとこう文明的なやり方が…死んでないよなこれ?』

ジュラが脱力しきったファキソネラの体をカブウの口へと放り込む。

そこは抗菌作用の権化のような環境だ。

たとえ目を覚ましても、衛兵詰所に連れて行くまでの時間では何もできないだろう。

手元の手配書によればこのアフロ男、40万コンスの賞金首らしい。

まったく、いい拾い物である。

(小粒とはいえ、結構いい稼ぎになるな。恨んでくれるなよ〜混乱したまま気絶して次目を覚ますのが、牢屋かカブさんの口の中ってのは同情するから。)

しかし、男が重要な情報を裏付けてくれなければ、ライコがもっと酷い目に遭わせていただろう。

そう考えると今の男も割と幸運なのかもしれない。

先程のジュラの質問、それは不確かな言質を期待したものではなかった。

それよりも、もっとずっと確かで小賢しい誤魔化しなど効かないもの。

欲しかったのはジュラ達の会話内容に対する、ファキソネラの心拍の変化である。

まずい情報に対しては焦りを感じ、的外れな情報に対しては少々の安堵を覚える。

これは知性体に備わった一種の反射反応のようなもので、並大抵では制御できない。

そして、その内なる正直者を完璧に観測できるライコがこちら側についていた。

会話が始まった時点で、拘束されたファキソネラが秘密を守る手段は、最初から自身を細菌性中耳炎にでもして聴覚を捨てることしか無かったのだ。

『ふむ、改めて確認しておきたいのだけれども、ライコ君が何も言わないということは、ひとまず我々の指針に間違いは無さそう、と考えていいのかい?』

『さっきそう決めただろクドイな。余計なお喋りなら、夜更かししてからにしろよ。』

カシュアナが頷く。

『では、決まりです。いざ決戦の地、チカダイ湾へ!』

彼女が勇ましく踏み出した一歩は、派手に腐った床板を踏み抜いた。

まったく、5つ星では足りない最高のお宿である。

 

 

 

『んでよー、これから乗り込むとして陸路になんのかね。海を背に逃げられないようにできるし。』

ジュラが露店で買ったやたら硬い鶏串焼きを四苦八苦しつつ噛みちぎる。

大方、年老いた雌鶏を潰したのだろう。

『それが問題なのですが…転移能力が敵方にある以上、怪しまれる可能性は極力避けたいのです。しかし、管轄外のルートができると損は膨らみ続けますから、まともな道は荷物の一つ一つまで厳格に管理されていると推測できます。』

やたら硬い串焼きをダース単位で抱えたイオンが舌を出す。

『うぇー、獣道の行軍かぁ。地図で見たかんじ、結構入り組んだ山だけど大丈夫かなぁ。』

『ちょうど石灰岩地です、地上を歩いていたつもりが前人未到の迷宮に…なんてこともありえます。しかしご安心くださいイオンさん。私カシュアナは堂々と、海路を行こうと思っています!』

ライコが苦虫を噛み潰したような顔になる。

『マジで言ってんのか。無量大数のヌメヌメ生物が糞尿垂れ流してやがる塩辛い水溜りとかいう、この世で一番不快な環境にオレを連れ込むつもりなんだな?』

海洋生物から総スカンを食らっても致し方ない物言いだ。

『その点はどうにか我慢していただきたく。多くの荷物が行き交う海路なら、それらに紛れての侵入も幾分易いかと考えられます。』

カブウが首(だからどこ?)を捻る。

『だが、海路でも検問は入るんじゃあないかい。多くの荷物をやり取りするなら尚更。船の調達をどうするって問題も無視できないと思うよ。』

『手頃な密輸船を拝借するつもりでいましたが…やっぱダメですかね?』

衝撃的回答である。

『うーん、根底がバイオレンス。船動かすだけなら…まぁイオンがいるからなんとかなるか。しっかし、合言葉とか求められたら俺たちじゃ返答できねーぞ。怪しまれて沈められるか、雲隠れされるか…』

『もー素直に陸路行こうぜ。ちょっとした山登りぐれぇのもんだろ?』

適当な素振りを示しつつも、ライコはなんとかして海から離れようと必死だ。

『もしくは…怪しまれて尚、ボスが頭を出したくなるようなエサを用意するかだね。例えば、そう大統領閣下のスケジュール表とか。』

カシュアナが何も無い道で蹴つまずく。

『わわわ!私にお兄ちゃんを売れと⁉︎』

『すまなかった、あくまでものの例えだとも。魅惑的には違いないだろうけどね。』

『いいじゃねぇか、テメェだって兄貴から切られる覚悟はできてんだろ?必要十分に利用し合う、カラッとした兄妹関係で結構だろ。オレ多分1人っ子だから知らねぇけど。』

カシュアナに睨まれたライコが肩を竦める。

『となると代わりは…確か、連中は兵器を集めてるとか言う話だったよな。』

『ええ、どれほどの量が保有されているのか。正確なところはわかりませんが、相当執着しているはずです。』

『そんでもって、ついでに戦力も増強したがってると。』

『その件で海賊と揉めたとかいう話もあったね。よほど金離れが悪かったか、馬が合わなかったか…』

ライコが鼻で笑う。

『オレァ前者に一票。何せオレのギャラもだいぶゴネたからな。ケチな連中だぜ。』

『そのギャラ無視して敵に回ってんだから、文句言える身分でもないと思うけどな………その海賊って、もしかして黄鉄のドラドって名前か?』

ジュラの脳裏には、つい数日前インネンをつけてきた、野蛮な海賊の顔が浮かんでいた。

その名を聞いたカシュアナが考え込む。

『著名な海賊ではありますが、彼等の取引相手かどうかまでは…何か心当たりがお有りですか?』

『ああ、イオンたちにゃ軽く話したが俺はつい先日、監獄島行き輸送船の護衛をやってる時にそいつに襲われてな。その時少し気になることを言ってたんだ。で、今思い返してみれば、なんかの商談への恨み節っぽかった…みたいな。』

『つまり、その彼がレディース・ファントムに怨恨ある取引相手である可能性、ですか。』

ジュラが頷く。

『ああ、そいつらと協力すればターゲットを逃さないようにしつつ、湾内へ侵入できるかもしれないぜ。』

『しかし…彼等は国際手配されている海賊です。そんな悪党と手を組むのは…』

ライコがケラケラ笑う。

『140万コンスの賞金首引き込んどいて、そのジョークは面白過ぎんぜカシュアナチャンよ。それよか、どうやってそいつら見つけんだ?ハムでもやってんのか?』

そのおちょくるような声色には、存分にカナヅチの絶叫が含まれていた。

『それは…まぁ…どうしようなぁ?』

結局話は振り出しである。

手元の露店料理も増えてゆくばかりだ。(イオンが次から次へと食べるからである。健康的で結構なことである。)

 

 

会話がしばし途切れ、タライロンの朝霧が晴れ始めた頃、最後のチュロスを平らげたイオンが口を開いた。

『ごちそうさま!ところでジュラ、その海賊さんとこの船って帆船?』

唐突にイオンが喋りだすのはよくある事だ。

ジュラ・パズズはもはやその程度では驚きさえしないのだ。

『少なくとも見た目は。ただ、横の方にでかい水車ついてたから蒸気機関は積んでるかもだな。』

『マストは何本だった?長さと横幅のバランスは…フェスティバムで見た政府船と比べてどう?』

『多分…4本。政府船よりは寸詰まりだったかな。』

『はいはいなるほど、船のお尻と頭どっちが高かった。』

『多分後ろの方?この問答意味ある?』

『大いにあるよ〜。うーん、監獄島の位置とフェスティバム周辺の潮流を考えて……いるとするならこの3つのどこかかなぁ。』

崩壊した石壁の残骸に腰掛けたイオンが地図を開いて3つの歪な星形を描く。

『アミンの観測と海運省の電信発表によると、ここんとこフェスティバム周辺は北上海流が弱まってて、風もあんまり吹いてないんだって。そんなとこ突っ切って燃料使いたくないだろうし、もしかしたらこの3つの港町のどっかにいるかも。』

カシュアナが身を乗り出して驚く。

『おお!そんなことまでわかるのですか!』

『えへへ〜この3つなら船の規格に合うドックもあるし、我ながらけっこー自信あるよ!いなかったらごめんね。』

イオン・アイシクルは自分の言動に対する保険にも余念は無いのだ!

『んん自信崩れるのが早ぁい。…んなら、その3箇所を総当たりしてけば辿り着くのかね。』

『んなことしなくても、この真ん中の町行けばそれで済むぜ。この3箇所なら、ヨソの海賊船なんざ受け入れる雑食船大工はそこぐらいにしかいねぇ。』

ライコが指した町は「ジャックデンプシー」、なるほど海に突き出た立地からは貪欲に顧客を掻き込もうとする意思が見える気がする(偏見)。

『さすが地元。頼りになるねぇ。』

『伊達に17年間糞溜りにいねぇってこった。』

話はまとまった。

改めてカシュアナが音頭をとる。

『皆様の協力に深く感謝します。目的地はジャックデンプシー、成すべきことは海賊ドラドの捜索。回り道ではありますが、どうぞ引き続きのご協力をお願いします!』

『カタいなぁカシュアナちゃんは〜。もう友達なんだから、頼ってくれたらなんとかするよ〜ジュラが!』

頼られたお礼にイオンの頭に軽くチョップをお見舞いする。

『他人を便利な子機扱いするんじゃありません。俺以外で言ったら問題だぞ。』

『いつにも増して愉快だね。では、この素晴らしき暗黒街に、しばしの別れを告げるとしようか!』

ファキソネラを官憲にプレゼントし、タライロンを少し離れると、あっけないほど簡単にフェスティバム行きの乗り合い馬車が見つかった。

逃げ出すったって、もっと距離をとった方がいいと思うが。

狭い(主にカブウのせいで)馬車に揺られるジュラ、その頭によぎっていたたった1つのことは……

(ライコのヤツ…俺とタメかぁ。)

17年とは、つくづく恐ろしい時間である。

 

 

 

 

 

 

気取ったバッカニアコートの男が、幸せそうにモーニングのブリトー&カフェモカを頬張っていた。

商売も天気も、エンドオブ天中殺とでも言うべき散々な有様だが、そんな日でも青空の元で喰らう飯は美味い。

総合的に、男は直近の日々をちょっとプラスの気分で過ごすことができていた。

船員達にとっても、男自身の精神衛生にとっても幸運なことである。

(ほんのチョビットだが、このシケた国を見直してやってもいいかね。)

気難しい上に強欲な守銭奴たる彼にしては珍しく、本気でそう考えていさえした……その時までは。

 

 

『………気のせいかな。あの顔、ヒジョーに見覚えあんだけど。』

そこそこの人がいても、そこそこに目立つ。

そんな海色のコートであった。

『どしたのジュラ。もしかしてもう見つけちゃった?』

『かも。あ、今目合った。』

コートの男が100mも離れた位置から分かる程の顰めっ面を浮かべ、一気にカップの中身を飲み干して席を立つ。

『やべっ、逃げられる!頼んだライコ!青いコートの野郎だ!』

『色で言われてもようわかんねぇんだよオレァ。もっとわかりやすい臭いとか無いのか?』

『海っぽい臭いのヤツだ!』

言うに事欠いての表現ではあった。

しかし、ライコはそれだけで対象をロックオンしたらしい。

『なるほど、そりゃそうだ。海賊なんだからな。』

瞬く間にライコが跳ね、四つ足で家々の壁を渡ってゆく。

想定外の襲撃者に、狙われた男も度肝を抜かれたのか椅子に躓き、ウェイターとぶつかって足止めを受けている。

そうしている間にも距離を詰めたライコが、ついに街灯を蹴って男の元へと突撃した。

本当に『捕える』気があるのか疑わしい重さの一撃であったが、突如としてライコの体勢が崩れ男は紙一重で獣の大振りの回避に成功する。

(能力を使われたか!位置関係から見てヤツ自身の服かティーカップに目眩しされたはず…想定内だぜバカヤロウッ!)

不時着したライコへの追撃より逃走を優先した男に、椅子を頼りに立ち上がった敵は語りかけた。

『いちち、元から悪ぃ目がいよいよゴミになっちまうだろうが。これだから能力持ちと戦んのは止めらんねぇよ。忠告してやる、それ以上動くなよ。粉砕骨折じゃ済まなくなる。』

『バトルジャンキーか、シケた奴にはシケたお友達がいるモンだナァ。……付き合ってられんぜ。』

男が仰々しく手を広げると、その姿が大気に溶け込むように消失する。

その場には、床へ散らばった食事代と思しき銅貨の束だけが残されていた。

『理解したか?周囲の空気の屈折率を弄れば、擬似的な透明化ぐらい余裕なんだよ。このまま嬲り殺しにしてやってもいいが、食事後すぐの運動は腹が痛むからなァ〜。』

男の声だけがテラスに響く。

しかし、ライコに焦りは無い。

『おう店員、この皿使うぞ。店長(ボス)への言い訳はテメェで考えろ。』

無造作に掴んだ皿を目を閉じて投げつける。

一見、何も無い空間。

そこで皿は砕け散り、濁った呻き声と共に空中から血が噴き出す。

『んー顔面いったか?オレってば中々のコントロールじゃねぇか。そして、ナメるなよ。オレは目なんぞ使わなくても、テメェ等以上に『視え』てんだよ。』

男に落ち度は無かった。

1つ悪かった点を挙げるなら、それは相性最悪の相手をぶつけられた運なのだろう。

『や…やっぱ厄日…いや厄年だ…クソ…』

かくして、つい3分前まで優雅な朝食を嗜んでいた海賊ドラドは、強制的に正義の悪巧みのテーブルにつくこととなったのだった。

 

 

『なるほど、話は大体理解した。確かにあのガキは礼儀も知らねェカスで、俺も二度と口を聞きたくない程度には嫌いだ。名誉挽回にャァ持ってこいかもな。だが断る。サルバタージョとは昔からよろしくやらせてもらってんだ、何より本業を邪魔したそこのツンツン頭がもっと気に入らねェ。』

カシュアナが頭を抱える。

『昔から…ですか。本部に言って、海賊の監視を強化すべきかもしれません…』

『なら尚更断る。手前の国の問題くらい、内々で解決してろ!』

ライコが一枚の紙とドラドの顔を交互に見比べる。

『ホー、4000万コンスか。さっすが、有名人は違うモンだ。これだけありゃ監視に渡す賄賂分にゃなるだろ。』

ドラドが奥歯を噛み締める。

『この黄鉄のドラドを脅すか?土臭い半端犬が。』

一船の長に相応しい毅然たる態度である。

一向に止まらない鼻血が垂れ流しになっていることを除けば。

『一度は許す、次は死神も目を逸らす現代アートにしてやるがな。で、手ぇ貸すか?絞首台登ってみるか?』

ジュラがドラドの前にザワークラウトを置く。

『奢りだ、海暮らしならビタミンはとっとけよ。…これはアンタにとっても悪い話じゃないはずだ。何も取り分ナシたぁ言わねーよ。俺たちが連中を討った後に残った麻薬と武器、全部くれてやる。』

ドラドが目の色を変える。

『ジュラさん、いくらなんでもそれは…』

『おい、オレにもよこせよ。長者番付載ってみてぇ。』

『まあまあ、後で説明するから。…で、どうする?連中、相当貯め込んでるらしいぜ。』

ドラドが腕を組み目を閉じる。

すぐに乗ってくるというジュラの読みは外れ、存外に長考していた。

(オイシイ話にし過ぎたか…?山分けとか言っとくべきだったか…?)

しばらくの後ドラドの口角が上がり、閉じた目は開かれた。

『交渉成立。ただし、直接戦闘には関わらねェ。船の装備も使うな。運送含むサポートは全力で行う。そっちが捕まってもウチとは無関係。それでOK?』

虫のいい要求だった。

だが、これ以上長引かせて手下に見つかっても面倒である。

海賊ドラドの戦力は欲しかったが、ここは呑んでおいた方がいいだろう。

『それで構わねーよ。…まぁ仲良くやろうぜ。』

海賊の同盟の証、同じ杯の酒を呑み交わす儀式。

今朝の儀式は、簡略的にサイレンシアコーヒーで行われたのだった。

 

 

『どういうおつもりですか!大量の違法物品を海賊に流すだなんて、国際問題ですよ!』

見た事の無い剣幕で詰め寄るカシュアナに押し負けつつ、ジュラが言い訳を並べる。

『確実なイエスを聞くなら、こんぐらいしねーとダメだったんだよ…多分。それに、俺は『残った分』としか言ってないぜ。麻薬なんざドサクサに紛れて燃やしちまえばいい。武器だって海に沈めるなりなんなりしちまおう。ライコは…まぁ処分する前に好きなだけ持っていけよ。』

ライコが指を鳴らす。

『話がわかるじゃねぇか。なら、まず馬車をかっぱらわねぇとな、帰りは陸路でいいだろうしよ。』

しかし、カシュアナは相変わらず渋い顔のままである。

『むぅ…それでもそんなものをみすみす見逃すのは…割り切らないといけませんか?』

『またムズカシイこと考えてんのか、カシュアナチャン?それが気に入らねぇなら、全部終わった後オレを粛清すりゃいいだろ。所詮金だけの関係、テメェ自身が報酬出してくれるわけでもないんだからよ。その代わり、返り討ちにして報酬倍付けにさせてもらうがな。』

どこまでもライコらしい解決法である。

あまりにも欲に忠実な今だけを生きる愚俗的意見。

しかしそれでも、そんなだからこそそれはカシュアナを一周回って納得させたらしい。

『なるほど……ありがとうライコさん。そういうことなら、そういうことでいいのですね。全力で死合いましょう!』

(これは、色々と間違った方向への納得じゃ…まぁ迷わなきゃそれでいいか。後は…イオンも武器ちょっと欲しがるだろうな。カブさんと相談しとくか。)

 

 

役者は揃った。

新たな神話のページは、既にインクを待ち侘びている。




超当初のシナリオでは、今はファキソネラが持っている能力で起こるバイオテロをあれこれする話になってました。なつかし

登場人物

宿の主人
理性も知性もブッ飛ばすスペシャルスープが持ち味。

用語集

ダンガンサシガメ
黒々とした滑らかな体と致死率の高い線虫症を撒き散らすことから名付けられた。
刺されても痛みはすぐ治まるのが悪質。

紅鶴拳
巧みな足操作で単純な蹴り技の威力増強だけでなく、諸々の特殊な効果を生み出す技。

チカダイ湾
岩礁と山地に囲まれた天然の要塞。
かつては豊かな漁場だったが、近年は工場の廃棄物が投棄され廃業状態である。

ドロノミ
ここ10年では最も性能の高い潜水艦として知られる。
本来中央連合の軍部が使用するものだが、今回のものは模造品であると思われる。

ジャックデンプシー
海賊だろうと軍艦だろうと、海に浮くものなら見境なく受け入れる船大工の町。
腕は確かだが評判は悪い。
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