魔剣王正伝   作:プルプルマン

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SBRの続報がきましたね。
サンディエゴ!ニューヨーク!
サンディエゴ!ニューヨーク!
サンディエゴ!ニューヨーク!


将を射んと欲すれば

風は穏やかな南風、船の揺れはごく小さい。

海岸線の多くが海峡に面するサイレンス共和国は、船旅ビギナーにも手放しでオススメできる、実に心地良い環境である。

最も汚毒に染まり、荒れていた国に世界一穏やかな海があるとは、まったく皮肉なものだ。

その静穏の元に物騒な取引もしやすくなっているのだから、尚更であろう。

海賊船の舳先に立って水面を見やるジュラは、漫然とそんなことを考えぼうっとしていた。

いつまでも輝く漣を見つめていると、なんだか引き込まれそうな不思議な気分に…

遠くへ行きかけていたジュラの思考は、船内へと続くドアの音に引き戻される。

その中から気怠そうな足取りで姿を現したのは、偉大なるパイレーツキャプテン、黄鉄のドラドである。

『オイ、ツンツン頭。あの人狼をどうにかしろよ、ツレだろ。』

『悪ぃけど俺じゃアイツは縛れねー、そう前置きした上で聞くぜ。ライコが何やらかしてんだ?』

ドラドがメインマストを指差す。

『青い顔しやがって、ずっとあそこにしがみついてやがる。声かけてやりゃァギャンギャン騒ぐしよ。ありゃァ実はホエザルかなんかなのか?ジャマでしょうがねェ。』

見れば、確かにマストの一番低い場所に尻尾を巻いてしがみつくライコがいた。

その表情は固く、小さな横揺れのたびに周囲を見回している。

『なんで甲板登ってくるかねぇ、中で毛布にでもくるまってれば多少マシになんだろーに……』

ジュラがボソリとこぼした言葉に、持ち前の聴覚でライコが反応する。

『バカ野郎!一番緊急ボート(フネ)が近ぇからいんだよ!』

呆れたドラドが額に手を当てる。

『このドラドの船が信用できねェか。アレの周りの空気を海と同じ反射率にしてやるかァ。』

『多分すげー暴れるからやめといてやってくれ。そういやイオンとかは迷惑かけてねーか?』

『安心しろ、他のツレは弁えてやがる。船員の指示にゃ従うしよ。差し当たり問題としちゃァ………』

ドラドが再び船内へのドアを開け、ジュラに手招きする。

促されるままに階段を降り、通路を進むとやがて1つのドアに行き当たった。

『機関室……そういやこの船は帆と蒸気のハイブリッドだったな。ここ俺が近づいていいのか?』

『許可する。見せた方が早ェからな。』

ほんの少しドアを開けただけで耳に届く馴染み深い声。

機関室の中には壁で居眠りをするカブウと、いつもの5割増しで目を輝かせたイオン。

そして、エネルギッシュな少女の質問攻めに作った笑顔で応じ続ける船員達の姿があった。

『向こうのダイニングじゃ逆に、もう1人のおツレさんが質問攻めにあってやがる。ったく、久々にコッコ以外の女が乗ったぐれェで浮かれやがってみっともねェ。』

『俺に言われてもどーにもできんぜ。まぁ変なことはしないように手下さん方によく言っといてくれよ。なんかあったら沈めるからなこの船。』(カブさんがいる以上、心配は無いだろーけど。)

『やれるモンならやってみろクソガキ。てか、現地に着いたらとっとと降りてくれよ。手下(バカ共)があの調子じゃ仕事に障る。何より船の精霊の怒りを買うからな。』

確かに、船首には長い髪の女性像が取り付けられていた。

黄鉄のドラドという人間は、意外とそういうゲン担ぎやまじないを大事にするタイプなのかもしれない。

『まったくヨォ、シケたガキの商談ごっこに付き合わされ、挙句変なクソガキ共と相乗りたァ、己が哀れでならねェよ。サルバタージョとの付き合いも考え直すか。』

ドラドが苦々しく眉間に皺を寄せる。

『前は真っ当にやれてたのか?』

『というより『今のボスとの取引は』だな。金離れは良いが、怒らせれば何より恐ろしい漢…このドラドもそいつに王器を見たし、だからこそ取引を始めた。』

ドラドがもたれかかった壁が、少し軋む。

『別にこの国のギャングが内輪揉めしようが、革命が起きようがヨォ、糧になるならどうでもいい。しかし今回は別だろ。こんなタイミングで接触しちまった時点で、あのガキがやり遂げようが失敗しようが、カネが増えるビジョンが見えねェ。』

『…まー、安心しろよ。これから俺たちが『何も起きなかった』結果を掴んでくるからよ。』

『ダメ元で応援してやろう。………あと1時間もすりゃァ湾内に入るな。マストから人狼(アレ)引き剥がして船倉に隠れとけ。兵器を覆う防水布ならいくらでもある。上手く使え。』

恐らく、監視船との接触までは1時間と少し。

最初にして、ある意味最重要のステップである。

ここは完璧に切り抜けたいところだ。

第一関門でつまづくなど、笑い話にもなりゃしない。

 

 

 

 

 

2艘の船から信号弾が上がる。

噴き上がる紫の煙はこの取引場特有の停止要請である。

これに従わない船は、哀れな迷い船か敵性船舶と見做され、両岸の砲台によって速やかに海の藻屑となるのだ。

 

監視船のマストから観測手が慌ただしく報告する。

『伝令!侵入船舶は「ソング・オブ・セイレーン号」、舳先に黄鉄のドラドが立っている!』

遠目から見てもわかる忘れ難きシルエット、その正体が確定し船内にざわめきが満ちる。

『なんだと⁉︎今更何をしにきた?』

監視船の長も困惑を隠せない。

『伝令!白旗を確認、ドラドに交戦の意思は無い模様!…侵入船舶の停止を確認!』

『ヌゥ……2番監視船は砲台とチーム・ヤビーに連絡を!本船は先んじて侵入船舶の検査を行う!』

この湾の支配者と例の海賊団が揉めてより、未だ1週間前後。

海賊ドラドの船は、神妙に横付けを受け入れていたが、それがかえって監視船長には不気味に思えた。

 

2人の船長は甲板の間にかかった橋の上で向かい合っていた。

『ヨォ、サスォドリル船長。その後もお変わりないようで。』

海賊ドラドの態度はフランクだ、どうも数日前に監視船を一艘沈めた負い目などはないらしい。

『よく顔を出せたものだ黄鉄のドラド。レディース・ファントム氏がここに居合わせたなら、そちらの船首にさぞ愉快なオブジェが加わったことだろう。して、用件は?』

『気が変わった。取引を再開する。』

海上に緊張が走る。

『聴き間違えかな。本当は、先日の非礼の対価に贈り物をしにきた。と、おっしゃっりたかったのでは?』

『おたくじゃ船長って肩書きは痴呆老人にも与えられてるのか?職業選択の自由だな。』

雰囲気は秒刻みで険悪になってゆく。

『あれだけのことをしでかした者に、レディース・ファントム氏がお会いになるわけが無いだろう?』

『それを決められる立場か?でしゃばるなよォ下っぱ。』

サスォドリル船長が奥歯を食いしばる。

『…………船内検査を実施する。被検査船乗組員は甲板に整列し待機せよ。』

 

 

 

『報告します、船員数に間違いは無く物品も当初のリスト通り揃っておりました!しかし…』

船員が言い淀む。

『何か不明な点が?』

『ええ、申告されていない積荷がありました。巨大なカエル?のハンティングトロフィーです。』

『実物を見せてもらおう。構わないなキャプテンドラド。』

サスォドリル船長がドラドと共に階段を下ってゆく。

船底に近い貨物室の壁にそれは威厳をもって鎮座していた。

自身の身長を超すその大牙に、サスォドリル船長の本能が警鐘を鳴らし、無意識に足を一歩下がらせる。

『ヌゥ…ご説明願いたいものですな、キャプテンドラド?』

『ああ、ジャックデンプシーの骨董品市で見つけたもので。そちらのボスは好きだろォ、こういうの。急遽仕入れさせてもらった。』

サスォドリル船長の頬に冷たい汗が伝う。

『大した迫力だ。何億年前のものともわからない、始原の不安を心の底から呼び起こされるようだ。しかしどこにも問題はない。癪ではあるが、入港を認めてもいい………ただし、最後にこのトロフィーの口の中を見せていただこう!』

ドラドが少し眉を動かす。

『………ホオ、面白いご趣味をお持ちだ。』

『戯れるなよ海賊、剥製は製作過程で容易く内部に仕込みができる。尤も密輸のプロたる其方なら、当然ご存知。聖者に説法であることは重々承知だが?』

『商品価値ごとブチ壊せと?気分を害した、やっぱ帰るか。』

舌打ちしつつ船倉を出ようとしたドラドの肩を、サスォドリル船長が掴む。

『なんだ?このコート幾らするかわかってんのかァ?』

『誰が壊すと言った。ただ、ほんの少しの口の隙間からロープカメラを入れて見るだけだ。』

サスォドリル船長が指を鳴らすと、途端に部下が道具箱から取り出した黒い紐を手渡す。

『最近開発された技術でな、このゴム管の中に魔法的に映像を伝える線が内蔵されているらしい。機密文書から無くした絵葉書まで、自在に探せるスグレモノだ。先端に小型電球もついている。』

船長がトロフィーの口にカメラをあてがうと、それはスルスルと内部へ侵入し、程なくして光があられもない中身の姿を映し出した。

 

『いたって…普通の剥製ですね…』

その中身は裏打ちの針金とシンプルな脱脂綿。

どこも差し障りの無い、ごくごく標準的な剥製であった。

『もう良いか?このドラド、気は短い方だが。』

『……入港を、許可しよう。』

苛立ちを隠しきれないドラドの圧にも押され、程なくして海賊船ソングオブセイレーン号は来客としての立場を手にしたのだった。

 

『おや、船が進み始めたね。どうもキッチリ許可が降りたらしい。もう少しの辛抱だよ。』

カブウのくぐもった声が響くここは、防水布を触手が縫い合わせてできた、即興の海中密室。

球状の狭いその部屋に、ジュラ達4人は鮨詰めとなっていた。

換気はチューブ状となった触手で滞りなく遂行され、カブウが逐一状況を伝えてくれるとはいえ、長居は絶対にしたくない空間だ。

全方位を海に囲まれ、すっかり借りてきた人狼となっていたライコが溜め息を吐く。

『やっとかよ…クソッ、一丁前に監視しやがって。3人は沈めてやる。』

誰を、かは知らないがとんでもない逆恨みである。

10分後、4人は転落者の救助に見せかけて船上への帰還を果たしたのであった。

 

 

 

 

 

2つの集団が悪趣味な旗の揺れる波止場で対面していた。

旗に描かれしは逆十字に2匹の蛇、時代が時代なら…いや現代においても、地域によっては厳罰を免れない忌み紋である。

足元は冷たいコンクリート、よくこれだけの規模で咎めも妨害も無く建設したモノだ。

『この度は再びテーブルを用意していただき、光栄の限りでございます。』

『くだらん真似をするなよ海賊ドラド。そのテーブルに剣を突き立てやがったのはどこのどいつだ?』

レディース・ファントムの対応は、彼が露骨に不機嫌であることを明示していた。

『申し訳ございません、私めも無抵抗で手足を増減させられるのは、腹に据えかねるものがございましたので。』

『フン、貴様はまだ立場がわかっていないらしい。ここは新生造物主の御前であると心得ろよ。』

『よーく存じておりますとも。では、早速商談と参りましょうか?』

2つの集団が付かず離れず、緊張を保ったまま港の奥へ歩いてゆく。

直後、海賊船の中では慌ただしい動きがあった。

見本として幾らかは持って行かれたものの、それでも尚所狭しと置かれた兵器や麻袋をしゃがみ跨いで躱しつつ、5つの影が外へ向かう。

『かなーり上手くいったな!ここまでグイグイ乗ってくるとは思わなかったぜ!』

『やはりそれだけ魅力的なんだろうねぇ。この冷たき戦士達は。』

カブウが布を被った鉄の塊を突く。

『嘆かわしい話ですが、間違いありません。…では、手筈通り参ります。ご協力お願いします!』

ジュラ一行が舟番の数名と入れ替わるように甲板に出る。

もちろん、下っぱ海賊風味の変装に抜かりはない。

港の作業員達にも、その入れ替わりに気づいた者はいなさそうだ。

『おいライコ、あんま青い顔すんなよ。海賊がカナヅチで船酔い体質なんざ、不自然極まるだろ。バレるじゃねーか。』

ライコの返事は力強い中指であった。

このヤマが終わったら手漕ぎボートにでも括って、沖に流してやろうそうしよう。

 

 

徐に海賊船から桟橋へと架けられた板に、近くにいた数人が疑念の眼差しを向ける。

すぐさま警備担当に連絡が回ったらしい。

凹みだらけの武器を手にした悪漢が3人、威圧的に桟橋を歩いてくる。

その視線の先では、4人の船員が台車に巨大な何かを積んで船から下ろそうとしていた。

分厚く防水布で覆われたそれは、それなりの高さと厚みを持った何かであること以外に見た目から分かる情報は無い。

そういうモノは全て止め、時に持ち主ごと錘付き海水浴に送り出すのが彼等の仕事である。

『おい、降ろしがあるとは聞いてないぞ。即刻船に戻った方が利口だろが?』

悪漢の1人が船員にドスの効いた声で問いかけた。

『あ、おつかれさまです〜。ホントに何も聞かれてませんか?ドラドさんってば内々に説明したって言ってたのにぃ。』

台車の上でロープをチェックしていた小柄な船員が、朗らかな声色で答えた。

『知るかボケッ、俺達の仕事は言われたもの以外にこの港のコンクリートを、一切踏ませないことだ。』

『許可されたモノ、なら良いんですか?…もう、大事なものですから、あんまベタベタ触らないでくださいよ〜。』

小柄な船員が合図をすると、他の3人が一斉にロープを外し、布を取り除く。

『っ…おおぅ……やめてくれよもう。おれってばリョーセールイみたいなの大っ嫌い!』

悪漢のリーダーらしき人物が似合わないセリフを吐き、激しく手を振る。

考えうる限り最大の拒絶反応である。

『すっごい剥製ですよー!ほら、この牙とか…』

『もーいい!もうわかった!さっさとチェックしてやるそこに置けや!ああー気色悪!』

カブウのハートに傷は絶えぬ。

 

 

『物言いも無く通してもらえましたね。』

『ねー、こんな上手くいくとは思わなかった。』

『もっとこっそり入る方法あっただろ。海の中とかからさぁ。』

『冗談じゃねぇ。このライコに骨の髄まで塩辛くなれってのか。』

カブウも何か話に加わりたそうであるが、今の彼は物言わぬ剥製役。

少なくとも第一作戦終了までは役目を果たさなければならない。

『んーと、今のドラドさんたちの位置は…向こうの3号って書いてある建物みたい。』

イオンがドラドに渡した発信機の反応を辿り、窓の多い建物を指差す。

元々は港湾全体の管制を担う場所だったのだろうか、他の建物と比較しても小綺麗な見た目だ。

客人の応接場所にはベストだろう。

『そこが商談場所ってわけか。周りにゃ何人くらいいるんだ?』

『ちょっと待ってね。もう少しで来ると思うから。』

例の建物の窓が1つ煌めいた。

しばらく間を置いてさらに3回の煌めき。

最後に一瞬窓が黒く染まり、異変は終息する。

ドラドの能力を利用した暗号通信だ。

原理としてはマジックミラーに近い、内部からはほとんど変化を感じ取ることはできないだろう。

『数は13、黒色だけだったから、こないだ美術館で見た人は全員部屋の中にいるみたい。』

『困りましたね…まずは遠距離移動を封じなければならないのですが…』

最初に捕えるのはあの模様から模様へ移動する小男、ここで決戦とするならばそれは絶対である。

『光った部屋ん中にいるんだろ?なら話が早ぇ、石投げ込んで頭凹ませてやる。』

『いや、お前あんな遠く見えねーだろ。ドラドにでも当たったら大惨事だぞ。』

イオンが手を打った。

『いや、それってありかもだよライコくん!』

冗談混じりの発言に予想外の食い付きを返され、ライコは目を丸くするばかりであった。

 

 

『なるほど、相場をよくご勉強いただけたようですね。ありがとうございます。』

一度目よりはマトモな金額を提示した相手に対し、ドラドが丁重に頭を下げる。

『嫌味ったらしい奴め。まぁひとまずはこれで締結だ。別段、今すぐ貴様等の力が無ければならないわけでもない。いずれ確実に取り込んで跪かせてやるがな。』

レディース・ファントムがどっかりとソファに背中を預ける。

『いえいえ、私共の神は弊船におわする精霊のみでございますので。』

レディース・ファントムが大きく舌打ちする。

(神…か。こないだのカシュアナといい、もう話は出回っているな。どこから…いや、シェルの奴だろうな。アレに隠し事はできねぇよ。)

決行の直前にして邪魔ばかり増えていく。

世の中えてしてそういうものだが、レディース・ファントムはそれが気に入らない。

 

諦観は思考を止めた暗愚の末路、大人ぶった堕落を理性モドキで包んで部屋の隅へ追いやる、惰弱者の十八番。

レディース・ファントムは常に己の完璧を要求する、神威に瑕疵を許さぬ故に。

 

海賊ドラドが一枚の紙を取り出す。

『契約書です。魔法的に保護された正規品ですので、双方を縛る力が発生します。納得されたならば血判をどうぞ。』

レディース・ファントムが文面を読もうとテーブルに手を伸ばしたその時、窓ガラスを突き破って部屋に何かが飛び込んだ。

豪華な絨毯の上から敷かれた竜の皮、そこに深々と突き立ったのは錆びて曲がった何かの金具であった。

『なんだぁ⁉︎どこの何奴だァ⁉︎ブッ殺す!』

激昂し立ちあがろうとするレディース・ファントムを数名の部下が押さえつけ、アスタクスが窓を外套で覆う。

『プロカンバッ!若を!』

既に小男は動いていた。

ソファの裏に描かれた『模様』に触れ、行き先を検索する。

(仕掛けられたのは投擲っ。であれば開けた場所及び非密閉空間は論外。となれば…ここっ!)

プロカンバが選んだ退避先は、14番倉庫。

小麦粉が高く積まれており、窓も無い。

隠れ潜むにはおあつらえ向きだ。

模様が輝き、2つの場所は一時的に歪曲時空を通じて繋がって…

プロカンバの首は、模様の中から突き出た腕にがっしりと掴まれていた。

『はぐぇ?』

直後、チーム・ヤビーの誰も動くことすらできない間にプロカンバは模様の中へと引きずり込まれ、彼等はまず足を失ったのだった。

 

『アタリぃ、今日星座占いをしたら「こねこ座」がブッチギリ一番。何をやっても上手くいく、って出るだろうなぁ。そう思うだろ?』

ライコの問いかけに返事は無い。

ただ、地面に伸びたプロカンバが小刻みに震えるのみである。

『おっと忘れてたぜ。』

ライコが模様の描かれた壁を蹴り砕く。

『逃げられちゃ面白くねぇ。まぁ今は命まで取りゃしねぇからよぉ。』

ライコがバキバキと拳を鳴らす。

悲痛な叫び声は、折り重なった小麦粉に吸収され、誰にも気づかれることなく消え去ったのだった。

 

 

『よぉ、オレだ。こっちに来やがったんで捕まえたぜ。』

『お疲れ様です。それで…その、何人ほどお殺しになったのでしょうか……?』

通信機越しにもわかる大きな溜め息があった。

『そうして欲しけりゃ今から引き返してやろうか?カシュアナチャン。今は意識トバして倉庫に閉じ込めてある。扉歪ませてきたから早々開けられねぇだろ。んじゃ、例の場所で待ってるから急ぎで集まれよ。』

プツッと通信が切れる。

イオンの策は滞りなく成功したらしい。

最初の金属を飛ばしたのはカシュアナの紅鶴拳、そして移動先の模様が描かれた場所は塗料の臭いを辿ったライコによって特定されたものだ。

後はその中から投擲に対する防壁となり得る場所を選び、チームを分けて張り込むのみ。

単純ながらこの上ない待ち伏せであろう。

カシュアナが手元の操作説明と見比べつつ、通信機のスイッチを入れる。

『もしもし、こちらエージェントC。ライコさんがやってくれました。例の場所に集合お願いします。』

発信先は全体、ひとまず前哨戦の勝利を報じる鏑矢である。

 

 

『で、間違いはねーんだな?』

『しつこい、臭いは誤魔化しようがねぇんだよ。どんな存在であろうとな。』

ライコが手の甲についた返り血に気づき、ズボンで拭う。

衛生的にヤバそうなので、やめてほしい限りだ。

『ご苦労だったねライコくん。やーっと俺も息苦しさから解放されるよ。あんまり黙ってると顎関節の動きが悪くなるからねぇ。』

カブウが乾いた音を立てながら楽しそうに笑う。

聞いている方はいつひび割れるか気が気では無い。

『その音どっから鳴ってんだよカブさん…まぁいいや、次はどう出る?』

『そうですね……現時点で敵の侵入は認識されていますし、最初に突いた私とライコさんは正体が割れている可能性もあります。』

『そうでなくとも数日前にやり合ったばかり。当然俺たちのことは頭に過ぎるか…』

『全くのノーマークは私だけってことだね。ハニートラップでも仕掛けようか!』

なぜかちょっと誇らしげなイオン・アイシクルである。

『やーめとけ、時間の無駄だ。それに、向こうに探知ができるようなヤツもいるかも知れないだろ?』

敵を見つけ出す技術など、掃いて捨てるほどある。

イオンの存在が割れている可能性は低いが、警戒はしておくべきだ。

『…夜まで待って闇討ちを仕掛けるというのはどうでしょう。それまでは…釣りでもします?』

『呑気すぎるけど、夜襲ってのは賛成だな。俺も夜目は効く方だし、ライコもそんな変わんねーだろ。』

『なんなら、昼間この距離でもテメェ等の顔よくわかんねぇよ、ゲハハ。』

それはもはや目が意味をなしていないのではなかろうか。

『笑い事じゃねーぞオイ…メガネとか作れよな流石に。』

『いらね、武器と酒瓶意外のガラス身に着けるなんざ正気じゃねぇ。わざわざ見る必要も無……』

けたたましい鐘の音にライコの言葉が遮られた。

『どこだ⁉︎どこから鳴ってやがる!』

『オレが快適に喋ってんの邪魔しやがって!死刑だ死刑ぃ!』

『あー!あれあれ!見つけたー!』

イオンがジュラの肩をバシバシ叩く。

少女が指差す先には、天に向けて大口を開け焦燥を掻き立てるような鳴き声を放つガーゴイル像があった。

おそらく拡声器が内蔵されているのだろう。

10秒程鐘の音が続いた後、落ち着いた声がガーゴイル像から流れ始めた。

『ええ、侵入者に告ぐ。神は第二倉庫にてお待ちである。全能の威光を傷つけんとするならば、あらんかぎりの蛮勇を抱いて出頭せよ。』

遠くからわずかに遅れて同じ言葉が届く。

全体に放送しているあたり、まだ位置はバレていないらしい。

『尚、反応が無ければ神罰は即刻フェスティバム大統領邸に降り、その主の首は広場で串刺しとなるであろう。』

あまりにもピンポイントに狙った脅しだった。

カシュアナの佇まいから目に見えて余裕が消えている。

『お…落ち着けよカシュアナ。アンタ元々顔割れてんだ、カマかけてるだけ…』

『猶予は10分、侵入者5名は直ちに出頭せよ。』

イオンの存在までもが割れていた。

しかし場所は特定されていない。

つまり…

『ドラドのヤロー……裏切りやがった!』

居ても立っても居られず駆け出そうとしたカシュアナの腰にイオンがしがみついた。

『離して!お兄ちゃんが殺されるっ!』

『待って!話を聞いてカシュアナちゃん!まだ9分と41秒ある!その間にできることは全部やらなきゃ!』

自分が下手に振り解けば、イオンが大怪我をする。

その考え一つが、パニックを起こしかけているカシュアナの頭をクールダウンさせた。

『何をされるつもりなのですか…?』

『時間もったいないし、移動しながら話すね。みんなもそれでいい?』

明るいながらも有無を言わせないその声色に、ジュラのみならずライコですら素直に頷いていた。

 

 

 

 

 

 

赤錆びた鉄の大扉が蹴破られ、無数の電灯が生み出す光の雨が侵入者を照らしだす。

壁に大きく逆十字と蛇の印が描かれた倉庫の中では、数十人の武器を持った腕自慢達が舌舐めずりをして構えており、その中心たる古ぼけた木箱の上こそ世に新しき神座であるらしい。

『よう、やっぱり貴様等だったか。三秒遅刻だが、赦してやる。頭を垂れるがいい。』

ライコが中指を立てて挑発する。

『ホコリ被ったイスでカミサマ気取ってんじゃねぇよ。目標は貧乏神かぁ?』

『神』は気分を著しくお害されになられたらしい。

短く舌打ちなされた後、低い声で単純な命令を下された。

『男は殺せ、女は生け捕り、カエルは…処分しろ。』

その許可を待ち侘びていたのだろう。

取り巻きの荒くれ達から歓声が上がる。

彼等が我先にと侵入者へ向かおうとしたその時、イオンが懐に隠した通信機に向けて叫んだ。

『今だっ!アミンお願い!』

瞬間、倉庫のカーテンは全て閉じられ、電灯が火花を噴いて焼き切れる。

人間は屋根を作り出し天候を克服した。

しかし、それは明かりが無ければ恐ろしい夜闇といつも隣り合わせとなった、とも言えることに先人達は気づいていたのだろうか?

飼い慣らしていたつもりの闇に逆襲され、逆光に目が眩む敵を前に、4人の戦士は行動を開始した。

ある者は純粋に報酬を求めて、ある者は報酬への欲とほんの少しの同情を持って、ある者はたっぷり捻られたことへの個人的な仕返しのため、そしてある者は今度は自分が兄と国を守るため。

 

 

 

天に向かって弓を引き、神に向かって唾を吐け。

ただ服従し這いつくばるなど、進化の歴史が泣いている。

怯え、喚き、震えてもいい。

ただし、命と心はくれてやるな。

それは絶対不可侵領域、生命の燃える意思を神にもモドキにも操れようものか。




ドラドの二つ名の由来は、能力で黄鉄鉱を黄金塊に見せかけ売りつけたことです。
ヤンチャですね。

登場人物

サスォドリル船長
チカダイ湾を厳格に守る監視船の主。
給料はサイレンス基準で中の下くらい。
昔ロリータ・ファントムに下剋上を仕掛けて負けている。

用語集

ソング・オブ・セイレーン号
白金水軍が乗り回す海賊船。
舳先に天に祈り歌う人魚が彫られている。
4本マストのキャラック船。

こねこ座
2月11日〜3月10日までの誕生星座。
モッルスカ神話の人間のため子猫に姿を変えた女神の説話に由来する。
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