魔剣王正伝   作:プルプルマン

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どうも、いきもにあで散財してニジゲンノモリでリオレウスを狩ったばかやろうです。
たのしいね


ヒトの御業

現人神が靴の先で床を突く。

たったそれだけの動作で硬い床は大洪水のようにうねり、不届き者達に膝を着かせようと暴れ狂う。

神の意はそれほどまでに苛烈ということか。

ジュラ・パズズは床に突き刺した魔剣を片手で掴み、もう片方の手でイオンの襟を掴んで揺れに耐えていた。

カブウや他の連中がどうなっているかはわからない。

縦揺れが激し過ぎて互いを視認できないのだ。

(タフネスって単語を私物化しそうなヤツらだ、無事だと信じたい!)

一際大きな波を越えた瞬間、目が合ったのは天上に近き現人神だった。

『剣、槍、弓…神の武器はなんだと思う?』

『さあな。拡声器とかじゃねーのか?強化パーツはボイストレーニングとか。』

『暗愚の小僧にしてはデキた答えだ。落第点をくれてやる。正答は、首を垂れ背を丸めるしかない力そのもの。』

神座の周囲に、鎌首をもたげたコンクリートの蠕虫が立ち上がる。

その1つ1つはゆうに長さ10mを超え、胴回りはミレニアムを生きる巨木の如き太さだ。

そしてその重量は…想像したくもない。

『要は大質量だな。余興だ、見せてもらおうか。神の与えたもうた試練に殉ずる愚者の最後を。…神振。』

人工素材のクリーチャーが獰猛に動き出す。

それは極大の破壊を齎す鞭、オマケにその軌道は自由自在だ。

(ご丁寧に表面へ釘を露出させてやがるっ!)

『ホントに悪いイオン!ちょっと待っててくれっ!』

イオンに聞きとる余裕があったかどうかは定かではないが、一応断りを入れ上空へと彼女を投げ上げる。

その勢いを利用して魔剣を引き抜き、静かに振りかぶる。

足元は最悪、どんなハリケーンもここまでは荒らせないだろう。

ならステキな靴を履くしかない。

知性はいつもそうやって荒野を歩いてきた。

 

【グラーラ・プァン】

 

流動するコンクリートの一部が切り離され、空中で円盤となって静止する。

普段のジュラであれば、高さがどうであれ浮いている足場などというものに身を預けるなど、狂気の沙汰と断ずるところだが…振り下ろされる神の武装を前にして、手段を選んでいるわけにもいかない。

『うぉぉぉぉ落ちつかねぇ!バール アメーリオォォ!』

紫の光が膨れ上がり、巨大なエネルギーを帯びた魔剣が横薙ぎに振られた。

神と悪魔の一振りが接触し、視神経の奥まで焼き切れそうな閃光が場を満たす。

一瞬遅れて全身を叩く衝撃と轟音、そして硬い砂利の粒が場の全てを現実に引き戻した。

『ぐっ…この爆発はまずい!イオン!無事なら返事しへぶっ!』

顔を上げたジュラが青白いエネルギー球体に押しつぶされる。

ピンポンスフィア、爆発のような面の衝撃にはめっぽう強い、イオン謹製の防御手段である。

『まぶし〜。あ……大丈夫?』

まったく大した便りだことだ。

しかしのんびりとしてもいられない。

スフィアの下から這い出たジュラが目にしたのは、粉塵の中をガラガラヘビのごとく掻き分けて迫る3本の神罰だった。

咄嗟にスフィアを蹴って叩きつけの範囲から逃す。

(この数!捌けるか⁉︎やるしかないっ!)

ジュラが剣を振りかぶったその時、神の武装より速く塵の中から飛び出した何かが3本の神罰に触れ、その軌道を強制的に変える。

ジュラの隣に降り立ったそれは、相変わらず生真面目そうな顔をしたカシュアナだった。

『アンタも無事だったか。また変な技使ってるし、どこまでもフシギ人間なんだなぁ。』

カシュアナが砂塵の中を睨んだまま頷く。

『ええ、肋骨が2.3本折れているくらいで、特に問題はありません。』

『…もしかして、俺の知らないうちに接続詞のルールって更新された?』

上方で起こった打撃音に釣られて顔を上げる。

『ハハァ!テメェ後ろに目でも付いてんのかぁ?』

背後から延髄を狙っていたライコの爪が、現人神の足元から伸びたコンクリートに防がれていた。

『いーや違うね。神はその瞳1つでも全てを見通す、そう決まっている。不勉強には罰が必要だな。』

錆びた釘が無数に生えた小ぶりの神罰がライコを捉え、地面に叩き落とす。

ライコが完全に反応することはできなかったところを見るに、大きさと速度はある程度反比例するらしい。

『痛そうだなァ〜野良犬ゥ〜、動物虐待は心が痛むぞ。』

地面で跳ねそのまま立ち上がったライコは、傷口から曲がった釘を引き抜きつつ笑みを浮かべる。

『これが?し・ん・ば・つぅ〜?何だカミサマってのはキュウリが怖ぇのか?』

『ますますもって救えんなぁ。破傷風も知らないとは。細菌感染症…最古にして最恐の神罰だぞ。』

ライコが己の口を指差す。

『ちゃっちいねぇ。もっと有害なのがたっぷりここにいるぜ。1つ試してみるか?』

『おやおや、虫歯は医者にかかっておけよ。甘味を楽しめなくなる。…どちらも貴様の財布にゃ無縁の話か。』

獰猛な笑みを浮かべる2人の中間、灰色の濁流の中からカブウがひょっこり現れた。

『………あら、おじゃまだったかな。』

本当にたくましい連中が揃ったものだ。

『カブさん!…どうだパチモンゴッド!テメー如きの漣じゃ、虫の一匹も潰せてねーぞ!』

しかし、神の微笑は崩れない。

それもそのはず、材料がある限り無限に立ち上がってくる灰色の神罰が、何本もその周りに侍っていたのだから。

そして、主の御心1つでそれらは本性を現し、目の前の愚者を挽き潰そうと体をくねらせ始める。

文字通り、身を粉にしようともその進撃は止まらない。

その脅威性は、短い攻防の間に嫌というほど理解できていた。

『なあなあカブさん、あのコンクリート全部溶かすってできたりしない?』

『畏れ多くも、半日ほどいただけるならね。少なくとも、この喧嘩中はやめた方がいい。酸を纏った塊に襲われ続けることになるよ。』

神がつい、と指を動かす。

『何をヒソヒソ話している?讃美歌なら高らかに歌え。』

合図とともに左右から一対の神罰が迫る。

それはあえて平たく、薄く形を変え…

『やばいっ!ワッフルみてーに挟み潰す気だっ!パーン アメーリオッ!』

厚みが薄れたのは幸運だった。

強度が低下すれば、一点に絞った小さい力で突破できる。

『よしっ、穴ができたぞ。全員飛び込め!たぶんすぐ塞がれるっ!』

カブウが速やかに触手で補強したにも関わらず、既に穴は崩れ始めていた。

全体が流動しながら変形しているのだから仕方のないことではあるが。

『どうしたライコ!さっさと来い!』

1人立ち止まって懐を探るライコがニンマリ笑う。

『あー、大サービスで許してやる。オレに命令したことをな。それにぃ、おもしれぇもん見せてやるからよぉ〜。』

ライコの手には真鍮色に輝く細い筒があった。

大口径の機関銃用の弾だ。

『海賊共からちょいと借りた。自分が攻勢にあるって勘違いした阿呆には、こいつをな…』

左手で摘んだそれを上に向け、右手の中指で弾く。

神が自らに向けられた射線に気づいた時には既に手遅れ。

人狼の筋肉から発生するエネルギーは、指一本でさえ撃鉄の代役に十分だった。

乾いた音と共に殺意の鉛が飛び、神が激しく仰け反りながら後ろへ倒れ込む。

『ヨシ、オレが仕留めたからな。テメェ等全員、報酬半分寄越せよ!』

その言葉の直後、完全に崩れ去った穴の向こうにライコは消え、一対の神罰は完全に閉じてしまったのだった。

 

一枚の壁のようになったコンクリートにカブウが酸を吐きかけ、ジュラが剣で何度も突き崩す。

『バカ野郎っ!潰れちまったら金もクソもねーだろが!』

『これだけ大きな施設、緊急用の救助設備があるはずですっ!探してきます!』

カシュアナが倉庫の扉へ駆け出したその時、コンクリートの壁が内側から爆発するように吹き飛んだ。

大きめの欠片を額で受け止めたジュラが床を転がる。

『何やってんだ危ないだろ。てかさっきオレのこと馬鹿とか抜かしたよな?あ?』

姿を現したのは当然、元気溌剌ライコ・フォン・トルバーフロスである。

『やあ生きてたかいライコくん。』

『当たり前だ馬鹿共、オレが命捨てて行動する変態に見えんのか。』

ライコが右腕に巻き付けた何かを投げ捨てる。

それは、流線型の弾丸が目一杯に詰まっていたであろう、焼け焦げた弾帯だった。

『言っただろ、ちょっと借りたって。コイツを巻いて、直接ブン殴ってやりゃ薄っぺらな石ぐらい壊せんだよ。』

『なんて無茶苦茶でデタラメするヤツだよテメーは。腕がその…グチャグチャじゃねーか!』

皮の表面から骨の髄まで、そう表現するしかないほど痛々しい状態だった。

『んなもんメシ食って寝りゃ治るだろ。大袈裟だな。』

『てめーが小袈裟なんだよ。もうちょっと待ってりゃ掘り出してやったのに…』

『悪ぃが、助けられ方にゃ詳しくねぇ。タライロン生まれなもんでな。』

まったく筋金入りの無法者である。

 

『みんな!見て!』

イオンの一声が緩みかけた空気を引き締める。

彼女が指差す少し形を崩した神座の頂点、そこに息を荒げながらも這い戻る影があった。

『しぶといじゃねぇか。もう少しで一個飛ばしにオレの時代が来たのによ。鉄と火薬の血塗られた時代がな。』

『いや……なんかあいつ、もう意識ないんじゃねーか?結構ヤバげな雰囲気だぜ…』

腰を落ち着け、額からの出血を押さえつけながら、現人神は独りどこへ向けるでもなく話し続けていた。

『10年前、サルバタージョは…親父はこの国の神だった。気高く鋭い、唯一の支配者だった。今はどうだ。あろうことか、ヘドロから生まれたような政府と手を組んでやがる。バカにするのも大概にしろよ。全てをねじ伏せ君臨する、恐怖と暴力の象徴は、あの日大統領の奴に殺された。最強最悪の神は死んだんだ。』

そのか細い声は、イオンはおろかジュラですらキャッチするのも困難だった。

『あいつなんかブツブツ言ってんな…このデビルイヤーでも聞き取れないとは不覚だぜ。』

『気にすんな、懐古拗らせてるだけだからよぉ。』

カシュアナは何か心当たりがあるのか、攻撃の隙を窺うでもなく黙して聞いていた。

『ために殺す。現世にしがみつく旧主の残滓と実行犯の大統領、昔日の善き全てを。クク、鉄と火薬か。先走るなよ愚民共、その時代はいずれ必ず来る。かの中央連合の三枚盾ですら一凡人がボタンを押せば惨めに死ぬ、そういう時代が。だからこそ、今やってやる。やらねばならない。我が神話の始まりが、剣と英雄の時代のピリオドを飾るんだァーー!』

突如として目を爛々と輝かせ、声を張り上げた神の異様な興奮に、その場の全員が息を呑んだ。

(煮えたぎる溶鉄でさえ、凍りつくような狂執!時代の最先端を征く回帰主義者!それがこの男の正体か‼︎)

金と暴力の新しき前時代、どうも書き出しからしてロクなものにはならなさそうだ…

 

『家族は大事にしないとダメだよ。』

間が良いのか悪いのか、広い倉庫にその一言はよく響いた。

よく通る声ではあるが、決して厳しくも強くもない、むしろ幼子に言って諭すような柔らかささえ帯びている。

あまりに突然のこと。

聞き慣れているジュラでさえ、その源がイオンであることを理解するのには時間が必要だった。

その中に悪意の類は全く無く、毒の一滴も含まれてはいない。

しかしそれでも、どこか他人事のような一般論的内容か、年端もいかない少女の諭すような声色か、己が支配しつつあった流れをざっくりと断ったことか、決め手はわからないがとにかくそれは神の逆鱗に触れていた。

『磔刑だ、それしかありえない。』

神は見開いた目と乾いた唇で審判を告げた。

5本の神罰が床から噴き上がり、そのすべての照準がイオンへと向けられる。

遥か小さき少女を睨めつけるその先端には、鋭利な金属片が殺意を帯びて輝いていた。

『ヒャー!やっぱイカれた奴は何するかわかったもんじゃねぇ!だが良い囮だ!テメェで守ってみせろ!』

イオンに神の意識が集中した一瞬、ライコは固く目を瞑ったジュラを投げ飛ばしていた。

その停止位置は、収束しつつあった神罰の中心。

1m先の看板も読めない視力でどうやっているのか、コントロールは完璧である。

(目は開けられねー…が、魔力探知をフル稼働。地面から見た位置関係が変わってなけりゃ…)

『ブエル アメーリオッ‼︎』

魔剣からエネルギーが迸り、つられてジュラの体が下腹部を中心に縦回転を始める。

一瞬の後、回る剣そのものが伸びたような薄いエネルギーの束が5本の神罰を同時に切り落としたのだった。

『なぁ⁉︎んなペーパーナイフよりつまらん刃物でっ…』

『やっぱそうだと思ったぜ。正面からぶっ壊すより、切り離しちまった方が良いな。流動してる分、横入りには弱くなってる。ほんの1秒かそこらだろーが、変形を封じたってのはデカい。』

神の目に落下する残骸を飛び移って移動する何かが映る。

その速さは、とても2つの目で追えるものではない。

しかし、正体は誰にも明らかだ。

『ライコォォ!』

『オレの名を!気安く呼ぶなよカミサマ如きが!しかし良いねぇ、思っきし踏み込める足場ってのは!やっとテメェの顔面ブン殴れるぜ!』

残骸の落下より速く狼は駆ける、狙いは一点神の生命。

ライコの見つめるものはただ一つだった。

 

両者の力関係か、今日の例年より少し高い気温か、神を神たらしめる運命の意向か。

神の座までほんの32cm、しかしライコは届かなかった。

足元から湧き上がった10本以上の小さな神罰に全身を叩かれ、空中に投げ出されてしまったのだ。

『惜しかったなぁ〜クソ犬っ!もうほんの少しでこの神の座に届いたのになぁ。身の程を弁えろ、クズ虫がッ!』

『チッ、身長が足りねぇか。報酬で骨延長でもやってみるかぁ〜?しかしいい囮だった。我ながら、な。』

『は?』

ライコを徹底的に見下そうと背を丸めていたことが仇となったか。

足元で起きた突然の小爆発に対応することもできず、神は顎を下からハンマーで叩かれるような衝撃を受けたのだった。

ジュラの落とした瓦礫の真下、上方からの完全な死角にいたカシュアナがポツリと呟く。

『紅鶴拳奥義・渡り鳥…全ての物体は私の意思と力を伝える完全導体となる。皆様、本当に…本当にありがとうございます。』

飛散する大量の赤、僅かに混じる白いカケラは砕けた歯か。

カブウに受け止められ、目を開いたジュラの口角が上がる。

目の前にいるのはもう不可撃の神ではない。

神の如き強大な力を誇る、ただそれだけの一生命体レディース・ファントムだ。

なら、どうとでもなる。

ましてや、今は力強い道連れ達もいる。

ジュラの内側では、くっきりと希望が沸き立っていた。

 

意識を手放しかけたレディース・ファントム、その足を飛び出したガラス片が貫いた。

単なる不運?能力の暴走?どれも違う。

全ては男の思考をこの世に留めておくため。

殺し合いの場でお行儀良く10カウントを待ってくれる者はいない。

ここがサイレンス共和国なら尚更のこと。

ブラックアウトは敗北なのだ。

激痛による不快な覚醒、レディース・ファントムが己の顎に触ると、グニュリという殊更不快な感覚が脳を貫いた。

その瞬間、男の思考にはもはや一つの感情しか無かった。

 

『ジュラ〜助けてくれてありがとう!危うくオモチみたいになるとこだったよ。』

『どーいたしまして。しっかし、なーにがそんなムカついたのかね。』

『謎だなぁ、心理学には明るくないものでね。まあ誰にでもムシの居所が悪い日ってのはあるものさ。』

『後で謝っとかなきゃ。それよりみんな…まだだよ!』

イオンの警告通り、レディース・ファントムは未だ倒されていなかった。

何やら握った金属片を変形させ、その中に顔を埋めている。

『もしや…顎を繋ごうと?ちゃんと病院に行かないと!変な形で固まっちゃいますよ!』

カシュアナがすぐに行動の意図を察する。

『ごごっ……がぼぉぼごぉ!』

湧水のように滴っていた血はやがて一本の絹糸の細さとなり、数滴の雫を零して止まった。

レディース・ファントムが立ち上がり、大きく息を吸い込む。

『ァらぁ…キサマラアアアア!この神に…この神にィ!腸をウィンチで巻き上げてやるッ‼︎生きたままッ!最後の瞬間までこの世に生まれたことを懺悔させてから殺してやる!』

ライコはその無尽のプライドが大いにお気に召したようだ。

『ハッハッー!三途の川から戻って最初に言うのがそれかよ!面白くなってきたじゃねぇか!』

『戯れるなよ生ゴミ共ォ!全員神妙にィ、浄罪を受け入れろォォー!スゥゥ…神鉄‼︎』

レディース・ファントムの周囲で今までとは違う何かが蠢き始める。

鳴り響く金属音、漂う鉄錆の香り…それは次なる時代の脈動だった。

一体この量をどこにしまい込んでいたのか。

剣が、槍が、戟が、弩が、銃が、砲が、その黒々とした金属結合の全てが在り方を変え、ただ1つの巨塊として集合していく。

それは、旧世界の何よりも不自然で寒気を覚えるような光景であった。

あるいは、新世界の何よりも自然でありふれた現象なのかもしれないが。

『新時代の神は、このように剣を打つ。』

元の面影が残った欠片を歪に継ぎ合わせた鉄塊、掲げられたそれを剣と呼ぶかは議論の分かれるところであろう。

ただ1つ言えるとすれば、それが纏うのは神性などでは決してない。

それは濃く濃く澱んだ、どこまでも底の見えない、人の念だった。

 

横薙ぎに振るわれた神の鉄器、何十トンともしれないその威を退ける手段はそう多くないだろう。

そして、今のジュラ達はそのどれも持ち合わせていない。

故に彼等は逃げた、それはもう迷い無く。

だが、それは己の能力に全幅の信頼を置くレディース・ファントムにとって、理想的な展開である。

『下賤な思考など読めているぞっ、いくら底無しに浅はかであろうとなぁ!』

出入り口の大扉が1人でに閉じられ、その中心が渦を巻いて組み合う。

これではどれだけ引こうと開かない。

『チィ…カブさん!』

『先に言っておくけど、あの大扉はすぐにゃ溶かせないよ。その上で用件を聞こう、ジュラ!』

『そりゃ残念!今から全力で俺を支えてくれ。あれと押し合う案が一つだけある!』

『心得た。』

カブウが床と壁に触手を刺しこんで突っ張り、ジュラがその中心…要はカブウの鼻先に身を預ける。

『なんかいつもよりカサカサ気味じゃね?軟膏でも買って帰るか?』

『そりゃあこの国は荒れてるからね。カブさんスキンも荒れてくるというものさ。船に戻れば治ってくるとも。』

お肌と世相が連動する存在、それがカブウである。

『?????…そうだよな‼︎じゃあ頼んだぜカブさん!イオンコメット最大出力だ。』

ダイヤルを捻り引き金に指をかける。

体内の魔力をきっかり半分持っていかれる一度きりの大放出。

間違いなく、今ジュラが切れる札としては最大の出力だ。

『せめて5秒は止まってくれよ…オラァ!』

銃口から光の束が放たれた。

引き伸ばした太陽かと見紛うような光が鉄塊と衝突し、四方に火花の雨を降らせる。

『し…しかし…止まってくれねーか…』

衝突により、確実に鉄塊の速度は落ちていた。

しかし動きが止まる気配は無い。

『接触面積が少なすぎる!アレは曲がりなりにも剣の形だから!』

カブウが酸を吹き付け、僅かでも鉄塊の形を変えようと試みるも、火花の嵐によって弾かれ一滴たりとも届かない。

銃口からの放射が弱まりつつあったその時、小さな球体が宙を舞った。

実に正確な狙いでそれを蹴ったのはカシュアナであり、その狙いは神の武装が最も脆くなる一点…柄部分を支えるコンクリートだった。

『イオンさん‼︎本当に六角形の場所がスイッチで間違いないですよね⁉︎』

イオンが親指を立ててしかめっ面(本人はたぶんウインクのつもり)をする。

『カンペキ!さっすがぁ!…でも次はやる前に聞いてね!』

『は!すみません!』

球体の名はピンポンスフィア。

今日を含め、何度もイオンやジュラの助けとなってきたこのアイテムの真価、それは障壁の内外を完全に分離するという点にある。

そう、完全にだ。

そして、レディース・ファントムの創造的変形には、本体か能力の影響下にある物質と接触していることが必要条件となる。

鉄塊の柄に纏わりついていたコンクリートの一部を巻き込み、青白いエネルギー障壁が展開する。

人が数人入る程度の範囲は決して広いとは言えない。

しかし、鉄塊を握る『手首』を断つには十分だった。

鉄塊に加わる力が重力のみとなり、イオンコメットはジュラの魔力を放出し切る直前で、それを弾き落とすことに成功する。

『やっ…やったぞ!かましてこいよてめーらァァ!』

組み上げられたカブウの触手をよじ登り、ライコが獰猛に神の座を見据える。

カシュアナが空を蹴り、最短最速で神の座へ向かう。

『卑賤極まるぞっ!この神が振るう最大の暴威がっ、一本で済むとでも思ったかぁ!』

突如、壁から飛び出した鉄柱がカシュアナを捉えた。

即座に反応し、蹴りでそれを受けたのはさすがと言うべきか。

しかし以上なのはその圧力。

鉄柱が形を変えざるを得ないほどの衝撃を受けて尚、減速の兆候さえ見せない推進力だ。

本当にレディース・ファントムの能力は形状変化だけなのか、本人の性格からしてすばらしい付加効果でもあるなら誇示するようには思えるが…?

『鬱陶しいぞカシュアナぁ!まずは貴様が、ウジも集らない肉塊となれっ!』

カシュアナが反対側の壁に叩きつけられ、その隙を逃すまいと数本の神罰が彼女を追撃した。

『やばいっ!カシュアナが潰されるっ!』

ジュラの叫びとほぼ同時にパチンと留金が外れ、イオンのポーチが開いた。

取り出されたるは蓮巣砲カシパン、持続可能携帯便利高威力低殺傷力の手回し式機関銃だ。

当然完全に修復され、ヒノ国での破損はもはや面影も無い。

大気中の魔力そのものを原動力及び弾丸とするそれは、すでに起動準備を終えていた。

イオンがハンドルを回すと、待ってましたと言わんばかりに銃口が無数の光弾を解放し、カシュアナを覆った神罰に激しく衝突する。

『クソが!どこから取り出しやがったあんなモン!空間魔法の類か⁉︎バカスカ埃立てやがって…』

少し咳き込んで男は気づく。

視界は灰色の粉塵に覆われ、接近していたはずのライコの姿が見えない。

視界の悪条件は同じだろうが、相手には無類の性能を誇る聴覚がある。

今の咳など特に聞き逃すはずも無い。

(姿を変えろっ、我が神殿!神の意思のまま、運命と幸福を呼び込む形状にっ!)

神の頸筋に獣が迫る。

 

灰色の重圧を蹴破り、カシュアナが脱出する。

『ありがとうございますイオンさん。おかげ様でカシュアナは生きてます!』

『ふへへ〜どういたしまして!報酬は倍でいいよ!』

『わかりました!ロリータ氏に言っときます!』

ブレーキがいない。

依頼者が錘を巻いて海へ飛び込むようなことにならなければ良いが。

イオンがハンドルから手を離すと、すぐにもうもうとしていた埃は薄れ始めた。

そして…その向こうには…

『ラッ…ライコォォォォ!』

思わずジュラがその名を叫ぶ。

宙に浮かぶライコ、そしてその体を手槍で貫くレディース・ファントム、そうとしか見えないシルエットが映し出されていた。

 

『あーうるせえな、んなデケェ声出さなくても聞こえんぞ。』

宙吊りになっていたライコが爪を振るい、ジュラ達の側へと降り立つ。

『勘のいい野良犬め、そのまま突っ込んできていれば心臓を串刺しにしてやったものを。』

男の槍は、ライコの服を裂き肩の皮を少し裂いただけに留まったらしい。

『おかげさまで一張羅が台無しだぜ。安物だが、その痰壺拭いた雑巾みてぇなジャケットよりゃ高く付くぜ。とりあえず100万出せ、マヌケ。』

『そのセンスから創り直すべきか、なあに単純な生命だ時間はかかるまい。』

レディース・ファントムの手にあった槍が崩れ落ちる。

それはトマトの栽培だとかに使うような、ただ先を尖らせただけのコンクリート棒だった。

強度としては、そこらの木刀にも劣るただの棒。

しかしたった一度敵を貫くには申し分ない鋭さだ。

軽い衝撃で折れる強度も、体内に異物を留めさせるアドバンテージを考えればむしろメリットか。

しかもその槍は床から無尽蔵に生えてくるのだ。

 

(しかし…だがしかし…本当に警戒すべきはそこじゃあない…)

ジュラとて漫然と剣を振るってきたバカではない。

戦いの行末を決めるのは、観察と分析であることくらいは理解している。

ましてや相手は理外の力を振るう能力者、その仕組みや条件を暴くことの重要性は、今更語るまでもない。

『ヤツが、本当にヤベェのは空間把握能力だ。たぶんアイツは目隠ししてもこの倉庫で一日を普通に過ごし、内なるビートに任せて即興のダンスさえできるだろーよ。』

ライコが首を鳴らす。

『だろうな、思えば奇襲を防いだ時点で気づけたか。はぁムカつくぜ。』

ジュラが首は動かさないまま、目だけで周囲を見る。

『あの時も、今も…ヤツは誘導してやがった。周囲の形を変え、物を自然と道を作るように配置し…自分の想定通りにことが進むように。』

カシュアナの頬を冷や汗が伝う。

『全ては、元々の状況を完全に把握し、いつどのように変化が起きたかを覚えておける能力が必要…というわけですか。』

『仮説だけどな…少なくとも、これは言える。ヤツは全能の神の目なんざハナから持ってねーぜ。』

レディース・ファントムが心の底からジュラを見下し嗤う。

『フン、確かにこの神の頭脳は逐一変化する倉庫の状況を、全て理解している。手を加えた際のシュミレートも、過去の再生も容易だ。つまりは完全なる世界のモデル、これを神の目と!創造と呼ばずしてなんと呼ぶ⁉︎』

『ただの想像だろ。おままごとなら一人でやってろ。』

ジュラの答えがとびきり不愉快だったか。

レディース・ファントムの顔にライコの視力見てもわかるほどの青筋が浮かぶ。

『ここ十数年、ドラゴンがめっきり数を減らしたらしい。何故だかわかるか?』

『知るかよ、生物学者に聞け。』

『やはりな、貴様はそっち側だ。…連中は人類という種の、新しい時代を理解できなかったからだ。軍隊の、開拓技術の進化を!だから奴等は、神格生命体から矮小なただ図体のでかい爬虫類に成り果て、滅びの道を辿りつつある。どうも、どの時代にもそういうのはいるらしいな。』

レディース・ファントムの口調には抑えきれない怒りが滲んでいるが、その表情は何も映してはいない。

一周回って冷静になったのか、それともこの最上級以上の怒りを表す表情を持ち合わせていない、という意思表示なのか。

いずれにせよ、自然と体が強張る圧力があった。

『ま、救えぬ愚者も、もう少し神威を見せてやれば理解できるか。死の間際に懺悔くらいはさせてやれるかもしれない。』

冷たい床から伸びる巨大な腕、すでにそれは神の鉄塊を握りしめていた。

しかも、腕の表面には木製の合板が手甲の如く散りばめられている。

恐らくは、ピンポンスフィアを仕掛けられた際に切り離し、腕そのものを守るためか。

ふとライコが鼻を抑える。

『うげっ、機械油の臭い。どっか漏れてんじゃねぇか?』

慌ててポーチをひっくり返そうとするイオンに、ライコが臭いの発生源を指し示す。

それは神の座の方向、よくよく見れば蠢く鉄塊の先端から透明な液体がポタポタと垂れている。

『ううむ…どうも表面に作られた細かい溝を伝って全体に広がっているようだけど…能力の精度自慢って雰囲気じゃあないね。』

『近代地質学の定説じゃ、原初の世界は岩さえ焼き溶かす炎に包まれていたそうだ。我が新世界の始まりもそれに倣おうか…神發。』

レディース・ファントムが指を鳴らすと同時に、地面から飛び出た鋼線が神の武装を掠めた。

接触点で僅かに飛び散る火花、それは神の武装を容易く劫火で覆い尽くした。

燃え盛る大剣に照らされ、倉庫の中が嫌というほどよく見えた。

『さあ頸を出せ。創世の焔で美しく包んで、新世界の根源とフュージョンさせてやろう‼︎』

幾多の倒れた仲間を眼下に、ただ一人高く座して狂笑する男。

焦げゆく剣を携え、灰めく蛇を従え、大きさもまちまちな槍に囲まれたその姿に、やはり神性を見出すことはできなかった。

 

赤い尾を引いた箒星のように、鉄塊が威風高らかに振るわれる。

正確な威力を推し量ることさえ馬鹿馬鹿しくなる圧倒的な質量、それは頑丈な倉庫の壁と床を勢いに任せて切り潰していた。

炙ったナイフでバターでも切るように人が造りし建物も、神が創りし大地も、等しく燃え刻まれてゆく。

『審判』という言葉が相応しい、そんな光景であった。

ただし、裁定者は限りなく盲目的独善的で、公平などというものは期待するべくも無いが。

もう一回イオンコメットを使える余裕は残っていない。

鉄塊の隙を突こうにも、灰色の蛇群を抜けて武装十分なレディース・ファントムを仕留める手段があるのだろうか?

(イオン…はカブさんの口の中か…とりあえずそこにいてくれよ。カシュアナは剣の上走ってやがるし、ライコは直接登ろうとしてやがる。脳筋ども!)

ジュラの選択は脳筋2人のサポートだった、彼等が確実にチャンスへ手をかけられるよう、徹底的にあの男を邪魔してやろう。

『この倉庫(せかい)を掌握した気になってるテメーが、最も嫌がること…【グラーラ・ドルミリオン】‼︎』

自分のプライベートエリアに在って、最も度し難い物。

それは、ある者にとっては上司から連絡が入りうるあらゆる端末であったり、特定の主に不潔なイメージの生物種だったりするのだが…レディース・ファントムほど地雷がわかりやすい者もそうない。

うねり昂る床から数個の石塊が立ち上がり、二本の足で生まれ故郷を踏みしめる。

それは、形だけを模した雑な人形であり、よくよく見ずとも出来は悪い。

それでも、四肢と頭を備えたそれは、神気取りの閉塞支配圏においては破壊的な冒涜の創造だった。

『粘土遊びくらい、俺でもできんだよレディース・ファントム!』

その安い挑発に男は乗った、乗らざるを得なかった。

そういう魔法だとは知っている、今対応すべき相手は違うことも理解している。

だが、既に手傷を負わされ屈辱を受けたレディース・ファントムは、己自身を尊んでいるために他の創造を許せない。

頂点は、常に一人でなくてはならない。

『貴様等なんぞがァァァ!』

燃え上がる鉄塊の切先をジュラに向け、コンクリートの魔物達はその全てを空中のカシュアナに差し向ける。

全霊を奮った能力攻撃、迫るライコに対して槍を握る余裕は無く…

神座の懐へ飛び込む瞬間、ライコの足がコンクリートの中へと沈み込んだ。

『かかったなバカ犬がぁ!首輪をくれてやるっ。足首に、だがな。さぁ祭壇の基礎固めだ。祝された瀉血の儀を始め…』

ブチブチと湿った音が響く。

本能的に痛みが思い浮かぶその音の源はライコの足だった。

コンクリートから強引に抜かれた足は皮が古いキュウリのように裂かれ、ピンク色の組織がひくひくと震えていたが、完全な自由状態になっていた。

『バカな』を言う暇も無く、レディース・ファントムの顔にナックルダスターがめり込む。

『ばぶぉえ!』

『ヘイ、カミサマよぉ〜オレぁ靴この一足しか持ってねぇんだ。その相棒が台無しになっちまったじゃねぇか。どうしてくれんだ?え?』

腹、腕、胸…息つく間もなく芯を捉えて逃がしてくれない拳の雨に、レディース・ファントムは薄れゆく意識の底から濁った呻き声を上げるしかできなかった。

ジュラを狙っていた鉄塊の軌道が揺らぎ、カシュアナを潰さんとしていた神罰の包囲網に穴が空く。

同時に崩壊を始めた神座の頂上で、ライコが滑り落ちかけていた木箱を掴む。

『シンセイなる椅子だろ?ちゃんと、持ってなきゃあダメだなぁ〜!』

そして、まだ主の体温が残るそれを、全力で脳天に叩きつけた。

何せ古い木箱だ、潮風で劣化も進んでいたのだろう。

衝突の瞬間、木箱は爆弾でも直撃したかのように砕け散り、レディース・ファントムは完全に意識を失ったのだった。

 

 

 

 

自らの血で足を滑らせたライコを、空を駆けてカシュアナが拾う。

『ライコさん!酷い傷です!バイキンが入りますよ!』

『オレ的には、カシュアナチャンが襟首ガッシリ掴んでくれてる方が一大事だと思うがな。知ってるか、モノってのは大体下に落ちるんだぜ。』

足は真っ赤で顔は真っ青、ライコの体はジャングルのカエルが如き、たいへん賑やかな色づかいになっていた。

『あ、申し訳ありません!ですが、ここで持ち変えるのは危ないので、もうちょっと我慢いただきます…』

『オレ、テメェ、嫌い。』

『そんなぁ…』

地面で愉快に唸っているジュラの元に、カシュアナとライコが降り立つ。

『よう、テメェはスクラップの一部にゃなれなかったらしいな。』

ジュラに答えている余裕は無い。

『うおぉぉぉぉ!ふぎぃ〜!ぐぬぬぬぬぅ…』

『…筋肉痛ですか?』

余裕は無いが、答えずにはいられない。

『そんな早く来るかっ!魔法で見えなくしてる尻尾が挟まってんだよ!あーダメだ!これ以上はちぎれる!』

『また生えてくんの待てばいいだろ。』

『俺はトカゲじゃねー!』

カシュアナの蹴りが程よく地面を抉り、尻尾が抜けた弾みでジュラが転がる。

尻尾と後頭部をさすりながら顔を上げたジュラはふと気づく。

裂けた天井から、空がのぞいていた。

雲一つない恐ろしいほどの青空。

時刻を考えれば、もうほんの少しで太陽は自分達のいる場所を照らし出すだろう。

それは、『旧時代』より送られた勝者への祝福なのかもしれない。

(少々、いやだいぶ陳腐なやり方ではあるけどな。ま、受け取っておくぜ。)

 

誰が言い出すでもなく、その時を待っていた3人の足元が突如盛り上がった。

その中から顔を出したのがカブウであるのを確認し、慌ててジュラが魔剣を逸らす。

『うわわぁ!あぶねーだろカブさ…』

『きをっ…』

『みんな気をつけてっ!何か変っ!』

カブウの口をこじ開け飛び出したイオン、その手にはプレッツェルのように捻じ曲がったバールが握られていた。

『床に触れただけでこうなっちゃって。あとは手袋も!鳥みたいになって壁に張り付いてる。』

イオンが壁をナメクジのように這い回る手袋を指差す。

『手ぇ見せろイオンっ!…………なんともなさそうだな、よかった。しっかし、まーだやる気あったのかあのヤロウ。次は俺がキツい一発かましてやるかな。』

『レディース・ファントムさんも床の中に沈んでっちゃうし…何か、普通じゃない雰囲気だったよ。』

地面から天井に石の雫が登る。

ジュラ達の見間違えでも、観測者の誤字でもなんでもない。

それは、確かに今ここで起きている反自然摂理的怪奇現象だった。

釣られて上を見れば、天井には上半身だけを大気に晒したレディース・ファントムがぶら下がっている。

『相当のバカだな!まーだ殴られ足りねぇか!』

『いや…でも…あれ、意識無いんじゃないか…?』

男の手は力無く垂れ下がり、止まらない血も涎も、重力に従って落ちるままになっている。

周囲の現象とは対照的なそれをあまり見ていると、上下を見失いそうだ。

『なんだっていい!アイツが何かするまえに叩き落とすぞ!』

ジュラ達が戦いの気力を奮い立たせた瞬間、レディース・ファントムはその手を天井に触れさせ、命じた。

 

『巫ろ。』

 

なんと言ったのか、理解し難い言葉だった。

正確に言えばその一言を発したのは、レディース・ファントムではなかったのかもしれない。

何せ、当人は顎が粉々なのだから。

何か別の、超自然的未知覚存在だったのかもしれない。

或いは、ジュラもイオンもカブウも、全員が発したのかもしれない。

若くは、誰も発してはいないが、誰しもの意識に生み出されうる、ハルシネーションのようなモノだったのかもしれない。

とことんまで実体の掴めない、まるで蝸牛管の奥から細胞の隙間を這いずって滲み出てきたような、そんな言葉だった。

しかしどんな形であれ、その言葉の実在は確かなようだ。

その声に操られるように、倉庫の隅で倒れていたギャング達が上体を起こし、そのまま床の流動に巻き込まれ始めたのだから。

頭に魔人ネクロの生ける屍達が過ぎる程、力無い姿だった。

再び不安定になった足場、やむなく全員がカブウに掴まって危険から逃れる。

『なんだぁ⁉︎何をやらかすつもりだありゃあ!』

『わかりません!しかし、これまでで最大規模の能力行使です!今こんな力を振るえば、本当に死んでしまうというのに!』

『なんだか…スッゲー、マズいムードじゃねーかよ…ちょっとイオンとカブさんは避難しててくれ…』

『わかった。ジュラも危なくなる前に逃げてね。さぁいこカブさ…カブさん?』

カブウはガラスの目玉を見開いて立ちすくんでいた。

『まさか…今、なのか?30人の信仰と、我々の畏怖を吸い上げて…ああ、そうか。この死に絶えた表情筋が強張る感覚…来る。』

瞬間、コンクリートの床は…いや、大地は激しく震え、急激に螺旋を描いて盛り上がる。

岩と鉄の擦れる音は、死の底から漏れ出る悪鬼の喇叭か。

巻き起こる風は、不幸を狂乱を宿し運ぶ、招かれざる使者達か。

途中、石と泥の流れの中にギャング達の手足が見えたが、すぐにまた取り込まれ見えなくなった。

これが、こんなものが何かを創り出す過程だというのか。

ジュラの、そしておそらく全員の背中に、冷たいものが齧りついていた。

 

 

 

これより、ここは祭壇である。

宿痾の狂気が席巻する、冒涜の象徴たる黎明代の祭壇である。

少し焦げた逆十字の旗が宙を舞う。

既に天井は形を変えられ、そこにあるはずの太陽は全く見えなくなっていた。




自分的にレディース・ファントムの技は神纏蛸(カンテンダコ)、神振(カンブリ)、神鉄(カンテツ)、神發(カンパチ)と読んでます。
だじゃれー

用語集

グラーラ・プァン
土や石を固めて浮遊させる呪文。

グラーラ・ドルミリオン
土や石で人型を作る呪文。
それ以上のことはない。
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