魔剣王正伝   作:プルプルマン

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序盤は単なる胡乱な単語の羅列なので、飛ばしてもらって大丈夫です。

崇めましょう


神人類

翠のランプ駅は100年をチョコレートで包んでみても神だろう。

菊紋の仙丹にデコられた白衣の軍師はそれでもレンネットの網目を潜り抜けないことを諦めなかったので無臓猫の神に馴れた。

ゴム製秒針は必ずしも絵本の手すりを抜き取る必要はないためガス状トゲシャコの倫理により神であると自明される。

ななめねじれに泳ぐ怪おばけこそ擬宝珠を求めた善人の神。

三方蓋の30%オフをたしめて煙の君はしめ縄の如く言われました神ですと。

鉱石ラジオ漬けの白ワインでは空色のくずかご変じた付箋が甘味の零るるダイヤモンドをたしなめた日から長尾類こそ神にふさわしくないとされる。

米飯河の向こう側でユウレイグモの舞踊劇が終わっていたため16Ωの豆電球はごわごわ輝いたことが報告されているということは小雨に混じるレモンピールが証明する神なんじゃないの。

抗菌仕様の鞍状交差点では帰りに少赤子が言った損得の渋滞に抗ずる擦りむいたジャッカロープが努力したからなのか陳謝するのみに収まる神でしょう。

大脳じみた蒸気機関に反省を促したところで薄利多売の磁石屋さんが胆汁を回収するだけなんだから広義的に麦芽糖から生えた神ですよ。

磯に萌えた手記は葫蘆の靴下で淡月を目指した荷解きに連なるチンドン屋の領有権を仮定するために蛸を手鞠と並べた吊るしの神ですからね。

救いを外付けした南西風に加水四酸化鉄を染み込ませると果てゆく土瓶の他に湯船が上界化なされて甘露の凍結がありそうなので神と言える。

声帯発電が冬瓜との絆を偽装する鳶職人の悪手だとは洗っても出てこなかった神だ。

鶏小屋の畳が青ざめた四角に食い潰されたのは波となった酢の闇が深刻故だからこそなのであり下手人頭は直通牛車の苔むすペンを赦した神なのではないだろうかいや違う。

蛇皮細工の海老蒸し器から太平世界のこちら側でウミネコが赤く点滅したのでこの時の花言葉は鶴を丸めよ狡猾にであると送られたうちの一羽が神でしたよね。

じっとりめの古ジョウロが白昼堂々家中を歩きZ〜浅葱間を降る動物油が夜のマネキンの高揚感に伏したので神であるはずがない。

 

 

 

 

 

 

 

 

『なんかあいつブツブツ言ってるぞ、ライコ内容わかるか?』

ライコの表情は怪訝そのものだった。

『わかるけどわからん。呪文っぽくも譫言っぽくもねぇ。言葉の繋ぎ方をまるきり忘れちまったみてぇだぜ。真面目に聞くもんじゃねぇ、ってのは言えるがな。』

土石のうねる轟音でそれがよく聞こえなかったのは、むしろ幸運だったのかもしれない。

その手の意味がめちゃくちゃな音の羅列は、目障りな相手に呪いをかける時の伝統的手法だ。

まともにとりあっていたら、どんな効果を齎したものかわからない。

『しかし…これでは手が出せません。先程までは、創造にレディース・ファントムの確かな意思がありました。だからこそ私達も対応できた。今はもはや…』

カシュアナの言いたいことはジュラも理解していたし、体感してもいた。

あらゆる物体の変化に、全くクセが感じられないのだ。

レディース・ファントムも個人である以上、その行動には必ずクセがある。

それは、普段の食事におけるカトラリーの置き方のように、意識することもなく疑問を覚えることもない、魂に染みついたものだ。

これまでジュラが相対した相手は、皆そうだった。

規模は違えど、戦いというものは押し付けられるクセをどう分析しどう返すか、それが本質だった。

しかし今のレディース・ファントムは違う。

まるで、1つのおもちゃを癇癪を起こした子供が取り合っているような、乗組員全員が船頭をやっている堂々巡りのボートのような、予測不能の動きだった。

大地さえも触れるもの皆擦り潰す暴威となる中で、暴れ悶える猛獣に誰が近づけるだろうか?

ジュラ・パズズ他4名は、立ち往生せざるを得ない状況にあった。

 

 

それは、ほんの一時の混沌だった。

攪拌した乳の海から、ヨーグルトの島が大陸が現れた…そういうお伽話をなぞるように、少しずつ混沌は積み上がり、輪郭を確かにしていく。

一万倍に大きくしたワラジムシのような塊から、象の鼻が飛び出し先端に灰色のガーベラを咲かせる。

上質な櫛を思わせるヤママユガの触角が削りの甘いラットの門歯へと変じ、数百のミミズの群体は形をオオヒゲマワリのような秩序あるものに変えてゆく。

そこかしこで銀めくフナが口を開けてパクパクやれば、咽頭から生じたツルの首が澄んだ一声を上げる。

サンゴのように枝分かれした足を広げる大ダコは、その又から産み落とした純白のサンショウウオを慈しむ。

縦縞の入った小魚が、ジュラ達の目の前で無数の細い生きた紐へと変わった。

狂気の入口だった。

目に映るモノ全てがカタチを変え、全てが不確かであり続ける。

もしここに一人で居たとしたなら、唯一『真っ当な』変容に流されない自分はさぞ異端に思え、混ざりたいとすら感じるようになるだろう。

今、己がしがみついているカブウ含め、目的を同じくする仲間が居たのは、ジュラが掴んだ至上の幸運だった。

 

ボトリ、とレディース・ファントムを含んだ天井の一部が滴り落ちる。

いつのまにか完成していた、『それ』の頂上へと。

一端を切り落としたような紡錘形の体には、あらゆる生命の器官が浮かんでは沈んでゆく。

体のもう片方は太い円柱として大地に接続し、曖昧極まる己の存在をなんとか固定しようとしていた。

右側面に4本、左側面に3本の腕が突き出し、その先端にはそれぞれ3本の太い指があった。

『それ』の頭に当たる位置に降りたレディース・ファントムの半身はコンクリートに覆われ、頭を巻く赤錆びた有刺鉄線が象徴的に輪を形成する。

神秘は十分に帯びていると言うのに、教会に置かずともこの世に在るだけで冒涜を撒き散らす、そんなカタチだった。

『それ』が最初に見せたのは祈祷だった。

折れそうなほど反らせた背を1本の腕で支え、3対の不揃いな掌を合わせて天を仰ぐ。

そして、その体の至る所から頭を下に向け地底の深淵へ向けて祈るギャング達が垂れ下がっていた。

『神だ、レディース・ファントム…彼は神になってしまったんだ。自らの信奉者、数十人の祝福で…』

誰に向けたわけでもなく、カブウがただ呟いた。

神の腹が裂け、大きな口が3つ開く。

丁度逆光の位置関係だからだろうか、その中は小宇宙的暗澹に直通しているように思えた。

3つの口全てから微妙に違う音程で、たった一つの言葉が囁かれる。

 

『神人類(ホモ・デウス)』

 

堂々たる、実に堂々たる産声だった。

それが、神の威光を示す真名であるかのように、嗤いも嘆きも怒りも帯びた聞き取りづらい声で名乗る。

脳内で反復したその言葉に対し、湧き上がる強烈な拒否の感情。

これが、こんなものが、好悪ですら計れず善悪に呻く、狂気で歪みきった何かが神などであるはずが、あっていいはずがない。

第一、それは手を組みいかにも悲劇的に、清らかなる殉教者の如く天を崇めているではないか。

祈祷は、吹けば飛ぶような命が進化の果てに編み出した、心理的ストレスに対する防衛術だ。

ちっぽけな生命の究極の必要が産んだ、神を捉え活路を啓くための大発明の一つなのだ。

 

神は何にも、祈らない。

 

『イオン、カブさん。なるべく遠くへ…一番速く‼︎』

ジュラの背後で土煙が立ち、石灰の臭いが鼻をくすぐる。

無事に逃げられたかは確認してやれない。

もう大地の流動は止まっていた。

酷い嵐に遭った荒野のような地面に降り立ち、カシュアナが小突いて強度を確かめる。

『申し分ありません。躓かないようにさえ気をつけられれば、十分に戦えます。』

ライコが傷に張り付いた靴の欠片を引き剥がし、獰猛に笑う。

『しょうもないイカれ野郎だが、いよいよテメェの形も相応しく変えるとは。楽しませてくれるねェ。』

『こっちのがやりやすいかもな。構図が怪物と討伐隊って感じで気兼ね無いぜ。じゃあ…やるか!』

勇ましく踏み出した一歩目は、足下にあった透明な段差にぶつかって止まり、脛に走る鈍痛に怯んだ次の瞬間、ジュラはコンクリートの巨腕で壁に叩きつけられていた。

 

 

 

 

『ドラドさぁん!例の場所の方に異様な気配です!まるで…なんだか…思わず膝を突きたくなるような…』

海賊ドラドは、いい知れない怯えを感じている手下の耳をつまみ、ぐいと引っ張り上げた。

『オイオイオイオイ、滅多なこと言うなよォー。我等が船の愛しき女神様に、嫌われちまうだろうがヨォ。海の男の柱は、一本でいい!んなことよりどいてろ。』

ドラドが全力で剣を振りかぶり、黄金色の魔力を纏わせて鉄扉に叩きつける。

金色の煙と銀色の粒が踊ったその後には、大きく歪んだ鉄扉と砕け散り柄のみと化したカットラスだけがあった。

『あーやっぱ疲れんなァコレ。何人か殺して、鍵の場所吐かせた方が早かったか?まぁいい、全員扉を押してみろ。たぶん開く。』

深呼吸し、何人かが埃で咽せつつも海賊達が全員で扉に力を加え、寄りかかる。

一味の中で一際元気な男が声を張り上げた。

『よし、このブリコンが音頭を取ろう。全員力を込めるタイミングはわかっているな…船長の!ボケナスゥーー!』

鉄扉が大きく軋み、横の方で何かの構造が壊れる音が響いた。

『もういっちょォォ!船長の〜!ババタレェ!』

鉄扉が大きく揺れ動き、既に人1人が通るには十分なサイズの穴ができていた。

『手を緩めるなよぉー!もう一息だ!船長の〜!ドチクショウッ!』

その一押しでついに厳重な鉄扉は破れ、暗い部屋の中に新鮮な風が吹き込んだのだった。

『よし、よくやった。ブリコン以外には分け前を倍付けにしてやる。』

『そりゃネーっすよぉ船長ォ。』

『このドラドの剣が砕けているという不運に感謝しろ。…ガス灯のスイッチは見つかったか?』

むくれるブリコンとは別の部下が答える。

『いえ…さっぱりですねぇ。電灯のスイッチならあったんすが。』

『どっちでもいいから早く点けろ。』

天井と壁に暖かな光が灯る。

次の瞬間、ドラドは目の前に聳え立っていたモノの正体をくっきり認識し、最上の歓喜を得ていた。

抑えきれない笑いが、次々と口の端からこぼれ落ちる。

ついには、喉の最奥からもしゃくりあげるような笑いがせり上がってきた。

もうこの臨界状態エモーションを止められない。

海賊ドラドとその一味の目前には、城壁の如く積み上げられた無数の袋が存在していた。

その中身は、誰かがちょろまかしていなければ、全て快楽の結晶…禁止指定の麻薬である。

金額にして数百億…上手に捌けば数千億、そういう精製金剛石の山なのだ。

『クク…ハーッハッハッアヒヒィ!海賊ドラドは今日、品性もクソも無く笑うぞっ!無限の金だっ!一生だって遊び倒せる、最強の財を手にするのは、我等白金水軍に決まったァァーー!』

海賊達の終わり無き熱狂は、高く積み上げられた袋でさえ吸収しきれるものではなく、暗い無機質な部屋で何度も反響していた。

 

 

 

 

(呼吸がっ…なんだっ?俺は今、どうなってる?)

全身を打った痛みが脳へ流し込まれる前に、思考する時間があったのは幸いだった。

呼吸ができない以上、手早く整理していく必要はあるだろうが。

(問1、俺はどこにいる?これはたぶんバケモノの腕と壁の間…いや既に一体化しているから、内部か。問2、なぜ出鼻をくじかれた?この足に残る異物感、たぶん透明な機械油の形を変えてトラップにしてやがった。薄暗いここじゃ効果抜群。問3、勝てるか?初っ端から大ダメージ貰っちまった…いや、そうでなくともアレは無茶苦茶だ。規模も、自由も、速度も、何もかも引き上げられてやがる。これが、30の人間を束ねた力なのか…?)

或いは、レディース・ファントムが国中の畏怖を吸い上げる前に相対できたことは、恵まれていたのかもしれない。

今でさえこのレベルなのだ。

テロ成功のその後に集まる信仰の量など、考えたくもない。

無理矢理ポジティブに考えてしまう程に、男の能力の上がり幅は絶対的だった。

(あー…痛みがちょっとずつきやがった。出るぞアメーリオ。)

魔剣に力を集め、剣として成形する前に爆発させる。

手は痛いし少々勿体無い気はするが、窮地はまず脱しなければスタートラインに戻れない。

『ぶはあっ!酸素!』

石の中から脱出したジュラが見たのは、全ての腕を数多の意思で振るい、異端者を蹂躙する怪物の姿だった。

腕の表面には鉤のような突起が立ち並び、直撃せずとも手足の一本は連れ去ろうとする執念があった。

胴体の口からは常に鋭い鉄芯が顔を出しており、今にも飛び出しそうなその存在感だけで対応者に計り知れない圧力をかけている。

完全な狂気を原動力とするこの怪物が、とことん理性の形に変形していく。

そのチグハグさが一層不気味だった。

分裂した指に食いつかれ、地面に叩きつけられたライコが吼える。

『遅ぇぞジュラぁ!死ぬならサインしてからだろ、報酬は親愛なるライコ・フォン・トルバーフロスに全額差し上げますってよぉ!』

『だーれがやるもんかばーか!しかし手間取った、すまん!』

ジュラの剣がライコに絡みついていた灰色の紐を断つ。

直後、2人は互いの剣と拳をぶつけ、体を逆方向に弾きあった。

一瞬遅れ、未だ火花残るその場所に怪物の腕による鉄槌が振り下ろされる。

猛烈な勢いで、しかし土埃の一つも上げることなく叩きつけられたそれは、そのまま地面を巨大な掌と化して2人を握り潰そうと丸まり始めた。

太い指が天を向き、再び地へと向かい始めた瞬間、怪物の体が大きく揺れ攻撃にわずかな遅れが生じる。

すかさず2人が体を捻り、指の間をくぐり抜ける。

握り込まれ、自壊した掌の向こうからカシュアナが駆け寄る。

『お2人ともご無事ですか!』

『やっぱアンタかありがとよ。』

『はい!最大出力で攻撃したところ、よろめいてはくれました。しかし…』

カシュアナの見上げる方向、大きく抉れたその箇所は、既に修復が進みつつあった。

そして、カシュアナ本人も無意識に足を庇っている。

おそらく、そう連発できる攻撃ではない。

『やってらんねーなまったく。やっぱ狙うべきは本体か。』

崩れ地に還る掌の中からライコが姿を現した。

塵で咽せたのか、少々咳き込んでいる。

『何やってんだよ、危ねーぞ。』

『イタズラだよイタズラ。可愛げのあるやつをな。てか、あれからパーツを抜き取るなりブチ壊すなりすりゃ良いんじゃね?一匹捕まえたしよ。』

意識の無い相手をブン殴るために連れてくる、かわいいイタズラである。

少し考え込み、『パーツ』がギャング達一人一人のことを指すと気づいたカシュアナが、否定を込めて首を振る。

『可能性は低いと思います。カブさんさんは、信仰を吸い上げる、と仰っていました。なら、彼等はただ祈るだけの無害な抜け殻ではないでしょうか。』

『単純に30人ひっぺがしてる余裕も無いしな。まーライコも狙うんなら程々にしとけよ。』

無抵抗のサンドバッグを殴る大義名分が得られず、ライコが不満げに舌を出す。

いつのまにか、伸びた怪物の腕が異端者達を取り囲んでいた。

それはまるで、巨大な掌が厚顔にも聖体に降り立った羽虫を握り潰そうとしているかのようでもあり、腹を空かせたアメーバが手頃な獲物を一心に貪ろうとしているかのようでもあった。

 

 

 

 

一方、清浄なる危険地帯から脱出したイオンとカブウは、人目も顧みずある一点に向けて走っていた。

『どこへ、だけは聞かせてくれないかい、イオン。』

口の中から少女が答える。

『船!ソング・オブ・セイレーンに。』

『なるほど海に逃げれば、膨れ上がったレディース・ファントムは追って来られない。それはいいね。しかしここは敵地、速度の出る小型蒸気船も配備されているはず。』

イオンが指を振る。

『ふふん、甘いよカブさん。私たちはここに稼ぎにきたんだよ。まだ諦めるには早い早い!それでね、ちょっと協力してほしいのが…』

イオンが続けた言葉にカブウの瞼がピクリと震える。

『ハハァ、我等がキャプテンはいつも通りご乱心だ。理解したよ、とことん付き合おう。既に追手の声も聞こえてきているしね。』

『ありがと〜ドラドさんたちには悪いことしちゃうなぁ。許してもらえるかな。』

『どっちみち、一度騙された以上彼等は敵さ。ライコくんに八つ裂きにされるよりはマシと思っていただこう。』

ここがレディース・ファントムの掌握する港とはいえ、商売相手の海賊船は不可侵自治領域。

一度逃げ込んでしまえば、追手達は足を止めざるをえない。

 

大急ぎで甲板の上まで駆け上がったイオンを出迎えたのは、舟番達の嫌味な視線だった。

『おーおイオンちゃんじゃーないか。どうかな?無事帰還したってことは、ギャングのボンボンはおっ死んだのかな?』

空樽をテーブル代わりにラム酒をあおっていた男がわざとらしく手を広げ、少女に問いかける。

イオンは少し辺りを見回し、何も答えず男の元へと歩み寄った。

『そ・れ・と・も〜1人惨めに生き残っちまって、次の宿でもお探しなのかなぁ〜⁉︎』

周囲からかなり品性に欠けた笑い声とヤジが上がる。

きっかり5歩進んで止まったイオンが男の置いたゴブレットを手に取る。

使い込まれているが、決してボロではない。

熟成した木の香りがむしろ心地良い一品だった。

『お、早速盃でも交わそうってか。感心感心…』

『ごめんなさい、これからこの船持ってきます。』

その言葉を舟番達が処理する前に、ゴブレットが中身ごと男の顔へと叩きつけられた。

怯んだのも早々に男の意識が遠のいていく。

その脳天には、振り下ろされたバールによる一撃の痕があった。

既に、舟番達の注目は集まりきっていた。

戦闘体制に入った彼等のカットラスが、ピストルが、少女へ向けられる。

ブッ殺す、後はそうがなりたてて実行するだけ。

しかし彼等はなし得なかった。

背後から迫った4本の触手がそれぞれの頸動脈を完全に圧迫し、彼等の理解より速く意識を刈り取っていたのだ。

ニュッと反対側の縁からカブウの顔が覗く。

『海賊から船をいただく我々は、なんと呼ばれるべきかな。単なるシージャックでいいものか。』

『じゃあ混ぜて海ジャック。』

『空だか海だかわからない響きだね。彼等はどうする?いつまでもこうして抱えているわけにはいかない。』

『んー、桟橋にでもくくりつけといて。あんまり濡れると風邪ひいちゃうから、高めのとこに。』

『ぎょいに〜。さて、じゃあ俺は港でありったけのロープを集めてくるよ。』

イオンが船内へと続くドアをこじ開ける。

『よろしくぅ。私は機関室にこもってるから、戻ってきたら声かけて。』

『了解、お互い無事であることを祈ろう。』

哀れ、海賊ドラドにキツく折檻されるであろう舟番達を桟橋にくくりつけ、カブウが港を駆ける。

時に潜り、時に潜み、成功の目が見えない作戦のために。

(まったくそれでも、我がキャプテンならやってのける。と、そう思う俺は楽天家かな。)

 

 

 

ライコが四つ足をついて怪物の腕の上を駆ける。

1秒たりとも同じ形を保たない足場相手には、獣の足運びが有効なのだろう。

流動する表面も、血で滑るのかライコの四肢を捕らえられていない。

『そこ動くなよカミサマァ。二度と妄言(モノ)言えねぇように整形してやるからよぉ。』

ジュラの振るう魔剣とカシュアナの蹴りが、迫る狼牙を抑えようとした別の腕を食い止める。

『余計なお世話させてもらうぜ!やれっ、ライコ!』

しかし、獲物を見据え直進していたはずのライコは、弾かれるように跳んだ。

明らかに不自然な動きのまま硬直し、受け身もそこそこに鉄骨で叩きつけられる。

精神的な『準備』が備わっていない時のダメージは、えてして何倍にもなるものだ。

それはライコも例外ではなく、立ち上がる際の動きにほんの少しの遅れが生じていた。

『ボンクラ共も30集めりゃまともに機能するらしい。オレの歩幅を計算して、電線を露出させてやがった。』

思考は関わりを持ちながら並列に繋がれている。

神を目指した思いは、願いは、害異を分析する演算素子だった。

30の頭脳が敵対者の攻撃を整理し、大規模且つ精密な対策を実行する。

これにより、異形の怪物の体は対応者に合わせて最適化され続けていた。

現に、カシュアナも自身の攻撃に手応えを感じていないような仕草を見せており、ジュラ自身もたまたま斬りかかった場所で鉄柱に弾かれる頻度が増えていた。

つまり戦いが長引けば、際限無く勝ち目が薄くなる。

文字通りの頭数にして三倍近い差だ、個々の能力にはこちらに一日の長があるとはいえ、自己進化の速度は比べるべくも無い。

『だが、どうする…?残りの体力でヤツを瓦解させる威力を生み出せるか…?』

足首に何かがちくりと刺さる。

気づけば、うねる大地は一面の造花畑に変わっていた。

咲き誇る褪せた灰色のニガヨモギは、風にも揺れず太陽も求めない。

恐ろしく無機質で病的に精緻なイミテーション。

まったく、偽神の祭壇には相応しいインテリアだった。

『『ミィギャァァァイロォ‼︎』』

腹の口から上がった、奇怪なモンスターの咆哮としか思えない声。

耳目を塞ぎ一体となりし者への真言は、しかし敵対者にとって魂の内部へ穿孔するような悪寒だった。

3人…ライコにとってでさえ、目の前の存在と敵対したく無いと、そう心の底から湧き上がってくるような音だった。

服従の安息を振り払うようにカシュアナが前に立つ。

造花の葉でワンピースの裾がズタズタになっていく。

『ここは、サイレンス共和国。どんなに汚れていても、人々の人々が興した人々のための国だ。そして今、大統領が…我が兄フランマリウスが、先の一千年のために国を育ててるのよ。1人の王も無く、1つの征も無い、人々が明日の幸福へ自分で歩いてゆける国をずっと見つめて。そこに神だの支配だの持ち込んで…そんなの、あなた達も含めてこの国で必死に生きてきた、全ての人々への侮辱じゃない!』

言葉は、外側を向き内側で反響増幅されていた。

怪物の手が耳障りな音を押し潰そうと振るわれる。

カシュアナが吼え、それを蹴り砕いた。

『ここは未来に燃える国!昔日の神なんているもんかぁ!』

 

言葉を解したかはわからない。

しかし怪物の動きは明らかに変わった。

倉庫の壁も天井も、統一された殺意に基づき変形していく。

無数の腕と指が鉄を携え、ゆらゆら震える。

『すみません、己を奮うだけのつもりだったのですが、その…なんかその怒らせてしまったようです…』

カシュアナがおずおずと2人に話しかける。

『ハン、演説なら議事堂でやれよカシュアナチャン。だが悪くねぇ。』

『あーなんだ、俺はほんのちょいとビビっちまってたから助かったぜ。ありがとな。』

状況は芳しくない。

とはいえ、怖気の支配は抑え込んだ。

戦士を殺すのはいつも怖気、しかし命を生かすのもまた怖気。

適切に扱えば、それは最良の燃料となる。

それを感じ取ったか、湧き上がった希望を消し去るため怪物は動く。

今度こそ、閉鎖世界の旧き全てを洗い流すように、人工物の暴乱が爆発した。

 

 

 

 

船着場で暴れる不審者を叩くべく、気怠げに移動していた男サンバソウはふと気づいた。

自他共に認める相棒(飲み友)のカタカワが背を丸めている。

『どうした兄弟?生まれたてのキトゥンみたいに震えちまって。』

いつでも口だけは陽気であれ。

それが同じく異邦で生まれ、この地で出会った彼等のマイルールだった。

しかし相棒は答えない。

ただ俯いて消え入りそうな声で何か言うばかりである。

これは只事ではない、そう察したサンバソウがガソリン車を止め、相棒の顔を上げさせる。

その顔は土気色で、希望の微笑みと絶望の嗚咽を同時に湛えていた。

『きょ…兄弟?なんか、スゲーおかしいぞっ。』

充血した目からポロポロと涙をこぼし、カタカワは手を合わせる。

『拝さねば、排さねば…揺るがぬ畏れが…くる。』

再び背を丸めた相棒に戸惑うサンバソウ。

彼は知るよしも無い、今この港の至る所で同様に恐怖し、また感涙する者達がいることを。

既にレディース・ファントムというカミへの信仰は、感染しつつあった。

 

 

 

時間で見ればほんのひととき…だが通り雨、そう呼ぶにはあまりに激しい暴力だった。

無数の腕が全て塵と化し、怪物の体が一本の棒になった時、ようやく暴威は収まった。

もうもうと土煙の立つ倉庫の中で、瓦礫の下からジュラが這い出る。

『アァァ…ッ…』

皮が肉が骨が、全て危険なレベルの痛みを訴えている。

オマケに、一緒に地面へ取り込まれかねないと這い出てみれば、手元も見えない土煙で目も痛くなる。

泣きっ面に弾丸蟻だ。

しかし、一時的に敵の武装は剥げている。

こちらにとっておそらく最後のチャンス、逃すわけにはいかない。

魔剣を杖代わりにフラフラと立ち上がる。

真っ赤に染まった足元が、視覚からエマージェンシーを訴える。

少し晴れた粉塵の向こうに、巨大な構造物が見えた。

そして、その先端に鎮座する人型も。

魔法…こんなところで唱えようものなら、確実に咽せる。

剣閃…ボロボロの自分にロクな威力が出せるとは思えない、届くかどうかすら怪しい。

思考をフル稼働し、ジュラが取った答えは投擲であった。

(これはまだ見せてねぇ!俺がちょっと離れた剣を操れるってのはな!)

敢えて狙うはレディース・ファントム本体のやや右、少し位置をずらすだけで対応可能なポイント。

回避行動を取り油断した瞬間、背後から貫く寸法だ。

ライコやカシュアナにも頼りたかったが、安否確認すらままならない以上、そうも言ってはいられない。

投げられた魔剣は狙い通り真っ直ぐに飛び、人型を貫いた。

しかし歓喜や達成感は無い。

(おかしい…なんか、むしろ自分から貫かれにきたような…)

ジュラの感覚は当たっていた。

人型が流動し、突き立った剣を内部へ飲み込み始めたのだ。

『っ…!ニセモノかっ!』

操作できる、といっても岩に埋まったモノを引き抜けるほど強い力は出せない。

ましてや、今は岩の方から取り込みにきているのだ。

直接引き抜こうと走り出したジュラの足を透明な油のトゲが貫く。

勿論ご丁寧にカエシ付きだ。

『があっ!勝負を焦っちまったかちくしょ…』

魔剣の殆どを飲み込んでいた人型が砕けた。

弾け飛んだ魔剣をキャッチし、カシュアナが転びかけつつも着地する。

『ご無事で何よりです、ジュラさん。』

『アンタこそな。じゃアイツが元に戻る前にやっちまおうぜ!』

カシュアナが困ったように首を振る。

その意味は、再び怪物の姿を見たことで簡単に理解できた。

 

ダミーの背後から現れたソレには、一片の欠けも無かった。

完全に修復が終わっている。

それは、またいつでもめちゃくちゃな破壊が可能であるという神託に他ならない。

鉄柱に貫かれ、壁に磔られたライコは激昂し吼えているが、レディース・ファントムには悲しいほどに届いていなかった。

『私は…お二人だけは脱出できるよう、頑張ってみます。もし大統領に会うことがあったら…………カシュアナはずっと感謝していたとお伝えください。』

肺か気管か、どちらかに損傷を受けているのだろう。

立ち上がったカシュアナの呼吸はひどく浅かった。

『待て!待てよ!んな胸糞悪いことできるかっ!手前で伝えろっ、アンタも逃げんだよ!』

『いずれレディース・ファントムが自壊するとしても、被害は最小限の方がいい。後々の揉め事も小さく済みますから。……大統領も喜びます。』

ライコが一際大きな声を張り上げた。

『テメェバカかぁ!どこに妹がくたばって喜ぶ兄貴がいんだ?対価が100億でも釣り合わねぇに決まってんだろうが!何よりィ、オレを助けるだとか、ナマ言ってんじゃねぇぞゴラァ!』

磔から脱しようと一層の力を込めたライコがふと気づく。

『あ?なんか妙な音が…』

僅かに聞こえる、燠火に水滴を触れさせたような音、それは上から聞こえていた。

ライコが顔を上に向けた直後、天井を2つに割いて女の顔が覗いた。

『うおぉお!本職がきやがったか⁉︎』

『違うぜライコっ!船だっ、ドラドどもの海賊船だ!たくっ、まーた無茶しやがってぇ!』

ジュラが堪えきれない笑みを抑えつつ、地面を砕く。

床から少し離れた油はたちまちサラサラした液体に戻り、ジュラの足は自由を取り戻した。

天井の亀裂は更に広がり、船の侵入は止まらない。

怪物がその腕全てで持ち上げようとしても、到底支えきれる重量ではない。

『当たり前だバカヤロー!何トンの武器積んでると思ってんだ!』

ミシミシと侵入し続ける船、その窓が一つ割れる。

直後、その中から毛布に身を包んだイオンが飛び出した。

『ジュ〜〜ラ〜〜!生きてる〜?』

既に落下地点を予測していたジュラは、ゴワゴワした毛布の塊を難なく受け止めた。

『あーあこの通りな!まったくてめーの考えそうなことだぜイオン!こんな底抜けにアホな作戦はなぁ!』

『うへへ、それほどでも〜。そうだ、ライコくん!渡したピンポンスフィア、壊れてなかったら押してみて!』

ライコが腹の辺りを押し込むと、エネルギー球の展開と共に壁が崩れ、磔から解放される。

『よかった〜ちゃんと動いて。ちょっとしばらく出ないでね!ほら、カシュアナさんもこっち来て〜。』

イオンがもう一つピンポンスフィアを起動し、3人を包むエネルギー球が出現する。

『相変わらず便利だな。俺もうこの玉に頭上げらんねぇよ。けど、どうせならいっぱいいっぱいな今ヤツを叩きた…』

イオンが誇らしげに指を振る。

『もうちょっと待って、危ないから。』

ついに天井はバックリと割れ、船の全容が顕になる。

船尾が、正確に言うと動力機関部が赤々とした炎を噴いていた。

『ちょっと出力とシャフトとかいじったから、もうすぐ爆発するよ。』

ライコが心底嫌そうな顔を浮かべて耳を押さえる。

かわいそうに。

造花畑は崩れ始め、全ての油は液体へと戻っていた。

『全力で対処すべき危機…か。ヤツ一人の判断なら、さっさと俺たちを巻き添えにしようとしてただろーが…まったくそりゃあ最適解だぜ。』

怪物がその30人分のリソース全てを注ぎ込んで尚、船を押し返すことはできない。

 

そして、聖火は至った。

船は巨大な火柱を上げて爆発し、神殿を騙った倉庫と周囲の建物をあっけなく焦土へと還したのだった。

 

本体のダメージは更に深刻に、僅かな胴体と腕2本を残すばかりとなった怪物は、他の全てをかなぐり捨てて自らの再構築を始める。

それが何の意思に基づく行動かはわからなかった。

レディース・ファントム本人に能力を行使できる体力は残っていないし、ただのパーツであるギャング達はもっての他だろう。

もしかすると、それは多くの信仰…同じ過去を向いた意思から出ずる、産まれたての神性思念体の判断だったのかもしれない。

殆どの情報を遮断され、ただ崩れゆく体にモノをくっつけ続ける哀れな怪物。

その前にジュラ・パズズが立った。

『笑えねーくらいしぶといな。こっちだってもうガタガタなのによ。』

ぐずった赤子のような音を漏らしつつ、怪物は腕を動かし続ける。

『スゥゥゥゥゥ…バァァルゥ アメェーーリオォ‼︎』

残された力を、限界の遥か先まで振り絞った一振り。

それは港で一番高いクレーンを超える程に膨らみ、怪物『神人類』を完全に消滅させたのだった。

 

剣を振り抜いた姿勢のまま、ジュラは固まっていた。

(ウソだろオイ、そんな力どっから出てきた?あんなん出したら俺もうスッカラカンのミイラだぞ?)

渋滞する視界と思考に光が差す。

『そっか、爆発の炎も煙も、全部吹き飛ばしてたか…』

もはや倉庫は骨組みすら残っていない。

叛逆者達の頭上は、何か投げたら沈んでいってしまいそうな、青い青い空だった。

 

 

 

 

 

 

『さっきから船長ってばぶっ壊れっぱなしですよ。急に笑ったり泣いたり、理由もなく怒ったり…あれ、割といつも通り?』

海賊ドラドは見てしまった。

それは急に蹲り、祈祷を始めた手下数人を連れ外に出た時のこと。

『まったくお祈りなら船でしろ。女神様が怒…』

『船長ぉ!俺らの船が飛んでまぁす‼︎』

『うるせーな後にしはぇぇ⁉︎』

『ああ!火ぃ噴いてる!』

『はあぁ⁉︎』

『ああ爆発したぁ‼︎』

『…………』(卒倒)

数分後目を覚まし、事情を全て理解したドラドは今、壊れきったテンションで部下のカットラスを振り回し、ウキウキな鼻唄をキメながら殺意を振り撒いていた。

『あのー…一応聞いとくんスけど、どちらに…』

『決まってんだろ♪犯人見つけて死ぬまで殺すんだよ☆十中八九、イオンとかいうガキだろーけど〜♪』

『いや、ははは…そうスよね…』

彼等はそれなりに付き合いの長い海賊団である。

しかし、誰一人としてここまで怒ったドラドを見たことは無かった。

これまでのチャンピオン、『船長名義でカジノ究極敗北をやらかしたコッコ事件』を大幅に更新だ。

無論彼等にも怒りはあるが、ドラドはそれを全て凪へ変えるほど凄まじい怒気を垂れ流していた。

重々しい小走りで角を曲がった彼等を待ち受けていたのは、似たようなコートと中折れ帽に身を包んだ集団だった。

その胸に光るバッヂを見るなり、海賊達に緊張が走る。

サルバタージョ、それも彼等が懇ろにしているチーム・ヤビーとは別のグループだった。

先頭に立つ薄桃色の振袖の女が扇を閉じ、軽く会釈する。

『黄鉄のドラド様でしょうか?お疲れ様でございます。』

『シェル・アリアか☆…組織の頭脳がなぜここに?』

ドラドの声に露骨な警戒の意思が現れる。

『若様と関係者の回収ですわ。こんな不始末世に出せませんもの。』

『…このドラドは、そっちの決死隊を手引きしてやった立役者。構われる謂れは無い。』

シェルが扇を開き、飛んできた火の粉をパタパタと舞わせる。

『関係者、とは読んで字の如く関わった者全員ですわ。それに、白金水軍一同様の貢献は我々も高く評価しております。あの、上等なソファーでお話されていたことをもみ消しても良い程度には。』

ドラドが舌打ちする。

『盗聴か。道徳を疑うぞ。』

『悪党の最大手ですので。どうされます?新しい船が用意できるまで我々に拘束されるか、直に到着する警官隊に泣きつくか。』

海賊ドラドは、渋々…甚だしく渋々剣を納めたのだった。

 

 

 

『以上、ドラド様はこちらで拘束し、貴方方には絶対に手出しさせないことを誓いますわ。我が主の名誉にかけて。』

律儀にマスクをつけたシェルが会釈して医務室を出る。

ここはサルバタージョの海運担当、チーム・カムナの所有する大型船、その医務室である。

レディース・ファントムとの決着直後、岩礁に潜んでいたサルバタージョの船が次々に着岸し、頭を失った反乱分子の掃討に乗り出したのだ。

しかしシェル曰く、構成員の半数以上が半狂乱で震えながら祈祷を続け、正気の者も殆どは戦意を失っていたため、想定よりずっと楽に制圧可能だったという。

彼女曰く、『死傷者が最低限で何よりでした。』とのことだ。

虫の息で回収されたレディース・ファントム及び、チーム・ヤビー一同はこれからボスによる処分を待つらしい。

彼女曰く、『ボスはあれで甘い方ですから、全員靴磨きか掃除係からやり直しくらいで済むかもしれませんわ。まだ行動を起こしてはいませんし。』とのことだ。

本人のゆったりした声質も相まって、何だか気が抜けてしまったジュラが、フカフカの枕に身を預ける。

『あれから3時間か…俺まだわけわかんねーよ。薬塗られて包帯巻かれてる途中も、ずーっと疑問符しか浮かんでないぜ。』

既に『落ち着くポジション』を確保し、壁に取りついたカブウが頷く。

『そうだねぇ、こんな立派なバックアップ体勢があるなら、言ってくれればいいじゃあないか。水くさいぞカシュアナくん。』

上体を起こしたカシュアナが大きく手を振る。

『わ…私とて知らなかったんです!本当です!たぶん、シェルさんの独断かと…』

珍しく考え込んでいたライコが口を開く。

『……あの女、テメェと同じ臭いがしてやがる。また辞表出してるクチか?』

カシュアナが口籠る。

『えーっと、何というか…あの人は特殊で…これ、秘密にしてくださいね?シェルさんは大統領秘書をやっておられるんですけど、本業はサルバタージョ親衛隊の参謀なんです。あと、2.3個別の組織にも潜ってるとか。』

『真っ黒じゃねぇかこの国。もうお終いだろ。』

カシュアナが首をブンブン振る。

『違うんです!裏と表の架け橋っていうか、友好の象徴というか、なんというか!』

『まぁ、今回の事件で一番仕事が増えそうな立場ってのは想像がつくね。ご苦労なことだ。』

勝手に慰労の辞を押しつける、これぞカブウ奥義が一つ『超盗聴対策・一方的紳士精神表明』である。

『あの澄まし顔でプッツンしてるかもってことか?コエー…そういや話変わるけどさ、なんで船落ちてきたんだよ?』

『エンジンいじって、カブさんが引っ張って、こうパチンと。』

ジュラが適当に拍手する。

『ありがとうイオン。で、なんでなんだカブさん。』

『概ねその通りさ。イオンが機関部の出力と圧力の方向に手を加えて、俺がロープと触手を編んだワイヤー代わりになった。あとは船と地下施設を結んで、パワー全開で沖へ向かい…圧力が限界を迎えた瞬間に俺が縮むだけ。あとは爆発が押し上げてくれる。』

想像以上に力技である。

『アホかてめーら、十中百くらいで死ぬぞそんなの。特にイオン!』

『ふへへー、虚数確率で生き残っちゃったよ。』

ふにゃふにゃ笑ってはいるが、イオンは爆発の威力からロープの弾性まで、何度も頭でシミュレートしたはずだ。

その結果導かれる成功率は極端に低いだろうし、波の気分だってわからない。

それでも迷わず『やる』と言える…とことん無茶苦茶なヤツである。

『名誉の負傷』とかなんとか言って、足の切り傷を指差すイオンの背後で、あの時死の覚悟を決めていたカシュアナが神妙な面持ちを浮かべる。

『あー、あんま気にすんなよ。コイツはこういう性分で、アンタはそういう性分なんだ。そこに善悪優劣はねーだろ。』

『ありがとうございます。』

窓から吹き込んだカモメの羽根が耳を直撃し、ライコがベッドから落ちかける。

ばつが悪そうに咳払いしたライコは、徐に言葉を発した。

『そういや、テメェなんだあの術は。あんな上玉隠してやがったのかおうこら。』

ジュラはほんの少し考え、問いの対象が最後の一振りであると気づいた。

なるほど、ドジのごまかしにしては重要な問題提起である。

何せ、放った直後の本人も認める異常な出力だった。

これまでのどんな戦いでも、一人でアレ以上の力が出せた覚えは無い。

『さぁ………?一応コイツは俺の意思の強さで扱える力の量が変わる…とか言われてきたけどさぁ、そんならもっと前に頑張ってほしいよな。これでも何回か死にかけてんだぜ俺たち。』

『ハーン、んじゃ熱湯風呂にでも入れば威力上がんじゃね。』

自分から言い出したくせに大した投げっぱなしである。

『でしたら、きっと私達の意思が加算されたんですよ。ほら、私達もう戦友じゃないですか!』

『オレを巻き込むな。』

『冷たいこと言わないでください…』

瞼を閉じて沈黙を貫いていたカブウが口を開いた。

『もしかすると、カシュアナくんの言う通りかもしれないね。ただし、集めたのは俺達の意思じゃあないとも思うけど。』

『どういうことだよ?まさか好き勝手使い倒された、倉庫の怨みとかか?』

カブウがクスクス笑う。

『付喪神になるほど古くはなさそうだったねぇ。それに、もしそうなら真っ先に狙われるのはイオンじゃないかい?』

確かに、巨大爆弾で突っ込む以上に怨みを買うことも中々無いだろう。

『それほどでも〜。』

『ズバリ、ジュラに問おう。キミはレディース・ファントムの生み出す怪物に恐怖していたか?』

さしものジュラも突然の逆質問には面食らった。

『…見栄張ってもしゃーないから言うけど、ビビってた。かなりな。だってしょーがねーじゃんあんなの。』

カブウが触手で丸印をつくる。

『未知への恐怖は躍進のペダルを押すんだよ、ジュラ。それはともかく、アリア女史の話にこういう内容があった。港の人々の一部は震え正気ではなかったと。まぁ少しは感動してどうしようもなかった者もいるとして、その大半は恐怖していたんじゃあないかい?』

未知の事象、超自然的暴威、それらに晒された時どちらの感情を抱く者が多いかは明白だ。

『じゃあ…そいつらの恐怖が上乗せされて、威力が上がったってことか?そんなら魔閣樹海の時だって…』

『忘れちゃいないかい、彼等の第一目標は先祖の奪還。ネクロの非道を許せなかったジュラとは根本で少しズレるだろう?それに…あの時は今回のような『何か』が顕現した、異常領域ではなかった。』

『つまり、神性を帯びた場所で、自分と同じ意思を束ねて振るってるって仮説か…でもよ、それじゃまるで…』

『レディースさんと同じだねー。』

イオンがシェルの持ってきた梨を齧りつつ言う。

『ああもう、また直で齧って。服汚れるぞ。皮剥いたげるから貸しなさい………力の使い方には気をつけないとな。』

『大丈夫だよー、ジュラがひどい間違いしようとしたら、キャプテン・イオンがボコにしてあげるから。』

ショリショリと薄く剥かれた皮が皿に積もってゆく。

『…頼もしいねぇ、ありがとうよ。』

『どういたしまして!オレンジも剥いといて!』

図々しいヤツである。

『ま、これまた仮説だけどね。自分の体、ゆっくり検証してけばいいさ。…ってのが答えだけど、いかがかなライコくん!』

ライコは布団に頭までくるまって寝ていた。

カブウの熱弁は、癇癪を起こしがちな年頃に対する子守唄と相似する部分があるらしい。

カブウのハートに傷ひとつ。

『聞き耳を立てて申し訳ありません。私もよくわからないところがあったのですが…』

梨を頬張りつつカシュアナがおずおずと手を挙げる。

勝手に聞いた非礼を詫びつつ、気になった所は深掘りする。

しかも、当然のようにフルーツを掠めとっている。

高等テクニックである。

橙に染まる夕日を見やり、カブウが微笑む。

『夏の夜は短い。全てを語り切れるかはわからないが、我々の冒険を交えて論を深めようか。…聞かれても問題無い範囲でね。』

少し曇った船窓からは、未だ煙を上げる港と崩壊した食糧庫に群がるカモメの群れが見えていた。




空飛ぶスパゲッティ・モンスターに幸あれ。

登場人物

ブリコン
白金水軍1のお調子者。
ドラドの機嫌を損ね、首が飛びそうになった回数一位。

サンバソウ
異邦の若者。
サイレンス共和国で早々に詐欺に遭って怪しい事業に携わることに。

カタカワ
異邦の壮年。
サイレンス共和国に来て最初に道を聞こうと話しかけた相手がギャングだった。

シェル・アリア
多重スパイと表裏の連絡役をこなすロリータ・ファントムの右腕。
どこでも振袖着てるのは趣味。
ついでに、持ってる扇は護身用の鉄扇。
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