魔剣王正伝   作:プルプルマン

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ZAやりてゃー!


Hello,World!

ここのオーナーは金の使い方というものを、深く理解しているようだ。

外装内装共に、強く叩けば崩れそうな有様で、客の椅子からは釘が飛び出ている。

壁に耳を当ててみれば、ネズミかゴキブリの大行進。

オマケに、売ってるコーラは殆ど炭酸の抜けた焦茶色シロップとでも呼ぶべき代物だ。

おっと食い物ばっかり見ているな、足元にも気をつけろ。

顔も知らないオッサンを踏んで、法外な因縁をつけられたくないのなら。

およそ人を、大人数なら尚更招くべきでない環境、その中に在って尚最新式のリングが場と調和しているのは、それが毎日使い込まれているからだろうか。

はたまた、隣のイオンがしげしげと眺めている、最新式の水銀灯が遍く全てを照らし出しているためか。

 

ジュラ・パズズとその一行は、ライコの案内でタライロン最大の裏闘技場へと遊びに来ていた。

『この場所じゃカネをかけるのは4箇所に決まってる。リング、ライト、ファイター、そして旨いハンバーガー。』

上機嫌のライコに連れられ、闘技場初体験のヒヨコ達四羽が屋台へと向かう。

『焦茶シロップの店じゃねーか。ここで食うの?』

『わかってねぇなあ、ジュラクン。どこで食ってもコイツだけは旨い、そんでここは格別なんだぜ?旦那、見せてやんな。』

いかにもカタギじゃなさそうな仏頂面のシェフが少し歪んだ鉄板からパンとハンバーグを取り、ほんの少し直火で炙ったチーズを添える。

瑞々しいトマトとレタスも、置いていかれまいとついてくる。

ごく単純なそれだけを人数分の皿に乗せ、シェフが指差したのはオイスターソースやマスタードの置かれた棚だった。

味付けは好きにしろってところか。

『確かに、鮮やかな手捌きではあったけどよ、ここまでは俺の知ってるハンバーガーと代わりないな。』

ライコが手仕草で焦りを咎める。

『こっからがタライロン流だ。まずはタマネギ、コイツはあればあるほどいい!しこたま挟めっ、溢れても挟めっ。オレは食い過ぎると命に関わるが、それでも妥協はねぇ!』

たちまち見ているだけで涙ぐみそうになるようなタマネギが積もってゆく。

己の限界を察知したライコがタマネギの供給を止め、手早くソース容器に手を伸ばした。

『次にオーロラソース、まー好きにすればいんじゃね。オレは1回しくらいでいい。』

『急にテキトーだねぇ。』

『マスタード、アホほどかけろっ。旨みと黄色は比例するっ。この国じゃ赤ん坊が最初に覚える言葉はマスタードだっ。』

『コ…コイツ…!』

このままでは、テンションの乱高下で風邪をひきかねない。

果たしてジュラ・パズズはこの速度について来れるのか⁉︎

『挟む順番は大概自由!厳守すべきは端がパンであること、肉の上に必ずチーズを乗せること、以上憲法の100倍重てぇルールだ!一枚無料の「カルメンウリ」のピクルスを忘れるなよ?』

なるほど、出来立てを好きなように組み替えられるのは楽しいものである。

『とりあえず挟んでみたけど、あとなんかあるのか?』

『決まってんだろ。最後の最も重要な儀式(プロセス)がある。チーズが死なねぇウチに食うんだよ。』

アルミの皿を抱え、大急ぎで席へ戻った5人が腰を下ろす。

満員御礼の観覧席で、その5人分(正確には7人分、カブウはいつでもでかい。)だけはちょうど空いていた。

『意外と、取られないものなんですね。』

『あー、真ん中にオレのメリケン置いてるだろ?あれやると隣3つは誰も座らねぇ。便利(ライフハック)だろ?』

なんたる暴虐、圧倒的かな無道。

『レディース・ファントムの方がまだ慎ましいなこりゃ。てめーろくな死に方しねーぜ。』

ジュラがハンバーガーに口をつける。

たった一齧り。

それだけで小麦の甘味、野菜の酸味と辛味、圧倒的な動物由来の旨み…それらをまとめ上げる芸術的なまでのソース。

その全てが順番に歯に触れ、舌の上で幾重にも重なった魔法となる。

決して計算で生み出された味ではない、しかし名も無き人々の研鑽が創り上げた味には違いない。

日々弛みなく行われる、小さな小さな創造の結晶。

鍾乳石が千年単位で育つように、豪快に繊細に磨かれてきた尊い料理だ。

確かに、この街で食べた他のフードとはステージが違っている。

『うまいな…』

『だろ?何しろ、パティはどこから来たのかもわからんクズ肉だ。野趣溢れるとはこのことだぜ。』

それは旨味の理由にはならないと思う。

カシュアナが溜め息を吐く。

『食品衛生関連も改革が必要なんですね…』

『もう半分以上食ってるくせに、何言ってやがる。ちなみにオレはよくレタスの代わりにスライス軟骨の素揚げを挟んで食う。悪食?上品に楽しんでろっ。』

『何も言ってねーよ俺ぁ…そういやイオンはどこ行った?迷子か?』

ジュラが見回すもひしめき合う観客達でろくに周りは見えない。

『イオンならおかわりを買いに行ったよ。いたくお気に召したらしいね。』

カブウがぬるいコーラを一気に飲み干す。

ライコがニンマリと笑った。

『そうかそうか、どこで食っても旨いからな、店には困らんぜ。…だがパンにゴマついてない店だけは行くな。んなのはモグリの食い物だぜ。』

その瞬間、数人の観客から並々ならぬ殺意が向けられるも、ライコが低く唸ってそれを払いのける。

この街で初めてライコに敵意を向けた者を見た。

それも、先程まで目をつけられまいと縮こまっていた観客達である。

己の命より重い誇りがそこにはあった。

神なんぞ目指すより、鉄板抱えて肉焼いた方が手早くこの国取れるんじゃなかろうか。

『フェスティバムのご近所さんも皆ハンバーガーにはこだわっておられますが…ここまでとは。』

『勉強不足だな、もっと食べ歩け。』

 

ガヤガヤと騒がしい会場内に、一際大きな歓声が上がる。

前の凄惨な試合の痕が片づけられ、準備が整ったのだ。

黄色く野太い声が向けられる先は一つ、日々暴を磨くファイターの入場口である。

南口から白煙と共に登場したのは、“フラッフィー”ギンドロ。

何しても治らないくせっ毛が特徴のスピードファイターである。

ちなみに、ギャランドゥもフラッフィーだ。(自称)

対する北口に立つは“マシンガン”パンド。

理知的に、しかし止むことのない暴風雨のような力を振るう、老練のファイターである。

そろそろ引退したいと言い続け、十一年目。

どちらも割れるような歓声を浴び、堂々と金網の内側へ入っていく。

これだけの音を受けても動じないその所作から、彼等の人気がいかほどのものか容易に窺える。

ライコが言うには、今日一番『オイシイ』試合とのことだ。

なるほど見応えのあるものになりそうである。

『改めて確認するぜ。全員キッチリ、ギンドロ…暑苦しい頭の方に賭けてきたな?』

『はい!せっかくなので100口買ってきました!』

カシュアナが名刺入れにぎっしり詰まった賭札を取り出す。

『倍率下がってたのテメェのせいか。買い過ぎだ馬鹿。』

『すみません…こういった場所は初めてでして、つい勢いで…』

『俺たちゃー1人5口だな。てか、だいぶ強火で推してきてたけど、オッズ結構高かったぜ?大丈夫なのか?』

『そりゃそうだろうな。このカードだとずっとギンドロが負け越してるからよ。だが今回は白星、確信できる。』

ライコの所作全てがいやに自身ありげだった。

『ズバリ…同じ闘士のカンが導く、勝利への道筋なのだね⁉︎』

『いや、パンドのメシにその辺の草と虫混ぜてきた。これで試合中に腹下してダウンだぜ!』

タライロンの無法者達も三歩引く程、潔い不正申告である。

『おま…ライコ…お前ってやつは…』

『あいつバカ舌だから気づかねぇよ。安心しろ。』

ジュラは口を噤んだ。

呆れも限界を通り過ぎた事案には、もはや沈黙しかないのだ。

 

前口上もそこそこにゴングが鳴らされた。

その瞬間、夏のアブより血に惹かれる観客達が一斉に身を乗り出す。

同時に、爆裂する大声がジュラの全身を叩いた。

鮨詰めにされた享楽家達が、1日で最も大きいエネルギーを奮い叫ぶ。

小綺麗な応援ではない、温かな激励でもない、しかしそこには無調整の感情があった。

下手なナイフより切れるヤジには、見えない明日に向けたくなくて持て余した、熱がありったけ込められていた。

『っ…!ケイマーデの裏路地ファイトよりずっとすげえ気迫っ!』

その地名にライコが食いついた。

『ケイマーデ行ったことあんのか?なんだ通じゃねぇか。そして圧倒されるのも当然だな。ここに集る連中は己の財布(いのち)を賭けてる。負けりゃ今日の無い馬鹿野郎もいる。』

『なんちゅう不健全な娯楽だよ。自業自得だけどさぁ…』

『だから出口じゃ今日を散らせた御客向けにロープも売ってるぜ。オリジナルステッカー付きでな。』

『洒落になってねーよ…』

カシュアナもまた圧倒され、しかし同時に確信も得ていた。

『こんなにも熱が溢れているなんて…兄の…大統領の言うサイレンスの夜明けは、本当に…』

パンド選手の顔が大きく歪み、赤い飛沫が宙を舞う。

灼熱の会場がさらに沸き立つクリーンヒットだった。

『いいねぇ、どく…オレのスペシャルアラカルトが効いてきたか!』

遅すぎる取り繕いである。

『熱戦ですね…私も出たくなってきます。』ウズウズ

つい数日前に命懸けの思いをした後でまだ戦い足りないとは、カシュアナも相当の変人である(いまさら)。

『おうあんた手前の仕事と自分のコンディション言ってみろや。』

『やっぱり、正式な護衛官が出るのはまずいでしょうか…あ、ケガの方は大体治ったので大丈夫です。ご心配ありがとうございます。』

『ば…ばけもの…』

あの戦いからまだ4日である。

生命力が、およそ文明社会で生きるか弱き生物のそれではない。

『問題ねぇんじゃね?こないだまで政府の高官が八百長しに来てたぜ。態度がムカつくんで書類も見れねぇ顔にしてやったが。』

大事件である、出場停止の理由そっちなんじゃなかろうか。

『こないだお休みを取られたバガリウス氏ですかね…そうそう、突然で申し訳ありませんが報酬の件です。』

突然本名をぶちまけられるバガリウス氏、どうか強く生きてほしい。

そして本当に唐突だから困る、さては忘れかけてたなコイツ。

 

『今にシゴトの話なんざ無粋だが、億なら別だ。待ってたぜ。』

ライコが舌舐めずりする。

『カブさんも同じくだね。もう生唾とどまる所を知らず、って感じさ。』

『同じく俺も。とりまチーズ庫&ワイナリーと契約だ!注文すりゃドラゴンで空輸してくれるらしい。それからキッチン設備もグレードアップ頼むぜイオン!』

おかわりハンバーガー(肉増量)を頬張っていたイオンがブンブン腕を振った。

ポジティブな反応と受け取ろう。

『こちらがそれぞれ6億コンスの預け入れ証文です。量が量ですので、現物でお持ちすることは叶いませんでしたが、「CIB」ですのでこの大陸なら多くの都市で使えると思います。』

カシュアナから配られたのは、黒い竜皮で覆われた気品漂う通帳だった。

その表面にはチャンカニヤ国際銀行と金文字で記されている。

『現物持ってこられたら逆に困るぜ…重いのもそうだけど、そこら中所有権とか窃盗罪とか無視しそうな連中ばっかだしよ。』

通帳をカブウの口内へと放り込む。

『流石に大陸最大手、防水処理がしっかりしているね。魔法防御の味もするなぁ。しかしこちらだけで合わせて18億、まったく野生に死んだ俺では想像も敵わないよ。』

正直、いまだに実感は湧いていない。

そういうレベルの大金を得たのだ。

これを使えば大抵のことは叶うし、リスクも少なく更に増やしていくこともできるだろう…使い切れるかは別として。

そこは各々が皮算用する幸せな空間、周りの喧騒からも切り離された美しき夢幻世界。

いつのまにか、本当に視界が…と言うより彼等の周囲だけが霞みがかってきている。

これも有頂天に立った者の夢心地なのだろうか。

だが儚きは人の夢の定めである。

『自己犠牲の美徳について虚実を定める気はございませんけれど、個人の好悪で申しあげますわ。よろしいんですの?』

紫雲たなびく黄金の空に、陰りが差した。

 

 

 

 

 

いつからそこにいたのか、カシュアナの背後にシェル・アリアが座っていた。

パタパタとセンスをはためかせるその手には、キッチリ正規の賭札が挟まれている。

『カシュアナさん、貴方本当にそれでよろしくて?』

シェルがついと差し出したのは、無機質で現実以上に冷たく感じる神の束だった。

『オイふざけんな、オレァもうこのくせぇ街からオサラバする算段立ててんだ。この凱旋道に余計なモン置くんじゃ…モゴぉ!』

ライコの口に何か白い塊が詰め込まれる。

『異国の甘菓子、大福と申すものですわ。お召し上がりになって。さて、まずは冷静に御覧いただきましょう。』

ジュラが紙束を恐る恐る一枚めくる。

そこに書かれていた文章を長々と記すのは見苦しいため、要約させていただこう。

 

貴方方はその武勇をもって、私共の船舶及び財産及び取引を、丁寧に破壊してくださいました。つきましては、以下の金額をお納めいただくことで謝意とし、これを拒否された場合はこちらから伺います。

 

他の文書も内容は似たようなものだった。

そして必ず末尾にはジュラ達の名前が記されていた。

カシュアナが肩を落とし顔を手で覆う。

『…………ちなみに、これをそちらの方で出してくれたりは…』

イオンが希望の藁を手繰るように発した言葉に、シェルは目を伏せるばかりだった。

『ええ、請求主の方々も狙いはそこにあるでしょう。表沙汰ではないとはいえ、古株の組織で起こったクーデター未遂。延焼で失われた財産にかこつけて、盤石が揺らいだ組織の力を削ごうとするのは当然と言えますわね。』

あれだけ派手に爆発した海賊船はどうなった?

魔剣の一振りで吹き飛ばした燃えさしはどこへ飛んだ?

悪どい裏社会の住人達は、動乱を決して見逃さない。

一握の灰からも価値を搾り取る連中だ。

レディース・ファントムと取引をしていたのも、彼を扱い易い若造と見做してのことだったのだろう。

『貴方方へ依頼させていただいたのは、今組織が傾くのを防ぐためです。……………義理を欠くことになりますが、これだけの大金を動かすことはできません。我が主の私財でも半分を賄うのがやっとです。本当に、申し訳ありません。』

シェルが深々と頭を下げる。

慌ただしくもがいていたライコが大福を勢いよく吐き出す。

『ブエッ、死ぬとこだったじゃねぇか!咀嚼苦手なんだよっ特にモチモチしたやつはな!んで重ね重ねふざけるなよ、オレは絶対に、何がなんでも、ビタ一文出さねぇ‼︎』

シェルが頭を下げたまま続ける。

『御怒りはごもっともですわ。ですので……粗末なものではございますが、私の命を差し上げます。』

まったくどこかで聞き覚えのあるセリフである。

自分の命を軽く対価にするヤバさを、この機会にどこぞの誰かは学んでほしいものだ。

カシュアナが慌ててそれを静止する。

『シェルさん‼︎やめてください、私嫌です!』

『カシュアナさん。すでに後進は育てておりますし、遺書と辞表も必要分用意してきました。ここで事件は終わらせなければなりません。貴方方に負担を強いるのは申し訳ありません。しかし私も、首にそれなりの懸賞金がかかっております。「世界保安機構」や全魔連にでも差し出していただければ、雀の涙程度にはなります。どうか…この首に免じてお許しください。』

ライコが何か怒鳴ろうとしてやっぱり口を閉じ、ばつが悪そうに頭を掻く。

ここで罵詈雑言を吐いても、メレンゲを殴るようなことだと察したのだろう。

既に場はシェル・アリアに呑まれている。

それに、彼女はなんとしても事件を終わらせに来ている。

何を言っても退くことは無いし、頭を上げることは無いだろう。

ジュラが改めて文書を見る。

請求額の合計から、依頼主ロリータ・ファントムが半分払ってくれるとして、それでもジュラ達に支払われた報酬の殆どを費やすしかない金額が残っていた。

まるでこちらの事情など筒抜けのような、嫌がらせを疑う額面である。

イオンが残念そうにカブウの口に入れた通帳を取り出し、シェルに手渡す。

後悔や迷いを跳ね除ける彼女も、今回ばかりは動作に名残惜しさが滲んでいた。

『しょうがないや、お金はまたどうにかしよ。これ、全部使ってください。』

カブウも溜め息を吐きつつそれに続く。

『ま、俺は元々使い所無いからね。美味しいご飯があれば、幸せな死に物さ。しかしジュラ、キミも流れる必要は無…』

『みなまで言うなよカブさん。俺は雇われボディガードの身分だ、船長の顔立てるのが筋ってもんだろ?…そのかわり!美味しいチーズが毎晩付く生活は無いからな!』

イオンが目に見えて肩を落とす。

『せめて、ワインの方は残したり…』

『何言ってんだ酒乱。』

涙目のカシュアナもこくりと頷いて通帳をシェルの手に握らせた。

『シェルさん、足りない分は私がなんとかします。私の戦友は皆すごくいい人達です。もうすぐに返済できます。だからいなくなろうとなんてしないでください。そんなこと、もう2度と言わないでください!』

カシュアナに釣られてシェルの目も少し潤む。

『皆様…ありがとうございます。このシェル・アリア、御恩は忘れません…』

篤い人情が満ちる空間で、ライコは1人『ケーっ、馬鹿馬鹿しい!』だとかを愚痴っていた。

 

“マシンガン”の苛烈な攻撃に“フラッフィー”のカウンターが決まる。

勝負は最終局面へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

『信じらんねぇあのモジャ公!フツゥあの展開から負けるかぁ⁉︎ジジイはジジイで盛った飯も効きゃあしねぇしよ!普段何食ってんだ!』

紙屑となった賭札を引きちぎり踏みつけながら、ライコがギリギリと歯を鳴らす。

カブウが苦笑いを浮かべた。

『ハッハ、虫に草と言っても種類によるからねぇ。この辺りならジョウカイボンやインクベリーの類がオススメかな。それぞれの特徴は……』

ジュラは、顔を突き合わせて物騒な話をしている2人に何か突っ込もうとして思いとどまった。

理由は明快、関わるとロクなことにならない、そういう未来が読めるからである。

『にしても…よくあのライコが通帳出したよな。明日は雨降るぜ、血の。』

八つ当たりを受けるであろう、顔も知らないチンピラに合掌。

『ライコくん、きっと本当は優しいんだよ。なんだかんだ仲良くしてくれてるし。』

『………そうかねぇ。』

指に着いた脂を前の観客の裾で拭いているライコを眺めつつ、ジュラはポツリと呟いた。

被害者に反応が無いのは気づいていないのか、はたまた狼の尾を踏まぬよう堪えているのか。

まぁこんな会話をしてもパンチが飛んでこないあたり、ジュラ達をだいぶ気に入ってはいるのかもしれない。

シェルがスクッと席を立ち、再び頭を下げる。

『計上しましたところ、後の細やかな額は私の方でなんとかなりそうです。本当にありがとうございます。そして、この度は私共の組織を、この国を救っていただき、感謝してもしきれない思いです。本当に……お世話になりました。』

カシュアナが照れ隠しに上を見上げ、ライコがそっぽを向く。

誇らしげなイオンにカブウは苦笑いを浮かべていた。

ジュラとしても悪い気持ちはしない。

投げかけられた言葉には、真実の感謝があったからだ。

欺瞞と暴力の世界に身を置く者が発する偽りの無い言葉、そこにしか無い爽やかさが確実に存在していた。

『ケッ、金が絡まねぇならテメェなんざ嗅ぎたくもねぇ。失せな!』

最後に一礼して去ろうとしたシェルが足を止め、ジュラ達の方へと向き直った。

『そうそう、私としたことが忘れるところでした。入場券代わりのつもりでしたが、まさか幸運の女神様に微笑まれるとは。どうぞ、貴方方で使ってください。』

差し出された一枚の紙片。

それは、最上級である一口10万コンスの賭札だった。

表面には大きく『パンド』と書かれている。

『そんなんじゃ足りねぇよ、新しい靴買ったら一発で無くなっちまわぁ。』

思いっきりブランド物を買おうとしているあたり、実にライコである。

『ご安心を、間違えて100口買ってしまいましたの。』

シェルが続けて取り出した一綴りの札に、全員の目の色が変わる。

『パンド選手のオッズは1.2倍…払い戻しは1200万コンス…』

カブウが息を飲む。

ふとカシュアナがそれに気づいた。

『あれライコさん、この札裏にも名前が書かれているのですが、サイン入りとかですか?』

ライコはもはや呆れさえ見せない。

『んなわけあるか、連番だ連番。2試合の結果を一片に予想して買うもんだ。チッ、前の試合は8人でのバトルロイヤルだったか?期待させやが………おい、前試合の結果どうなった?』

しかし彼等が入った時にはすでに試合は終わっていた、誰もそれを知るはずが無い。

イオンがしばらく考え込み、何かを思い出す。

『あ、そういえばハンバーガー屋のおじさんが言ってた。さっきの試合は反応しづらい4番人気が勝ったとかなんとか。名前は確か…“山鳴”タイドウ!』

それは賭札に記された名前と完全に一致していた。

『オッズを調べろォォーーー!コイツはっマジにヤバいかもしれねぇ‼︎』

怪物と化したレディース・ファントムに潰されかけて尚、発することの無かった緊張に満ちた声でライコが叫ぶ。

にわかにギアを上げ始めたジュラ達を見て、シェルが微笑む。

『喜んでいただけて何よりです。それでは、私はこれで失礼致しますわ。』

途端に霞がかっていた周囲がクリアになり、遠くへ行っていた喧騒も戻ってくる。

『なっ…!認識阻害の魔法か⁉︎いつから…通帳のあたりか!おいちょっとアンタ…いない…』

ジュラが呼びかけた時には、もうシェルは姿を消していた。

先程の会話が現実だったのは僅かに残る甘菓子の白粉と、何より手元にある値千金の紙束が証明している。

ジュラ達は狐に摘まれたような気分を覚えつつも、受付へと急ぐのだった。

 

 

『オホアイホイホイ…見間違いじゃあねぇよな?』

ライコが何度も札とオッズ表を見比べる。

『あああの、あの数字はホントに6なのかっ?俺の故郷基準の6と違ってたりしないよなイオン‼︎』

『6だよジュラっ!万国共通、ゆりかごから墓場まで一番に6だよ!』

震え声の2人が顔を見合わせて意味もなく頷き合う。

『フッ、このカブウは神を愛さない、誇り高き非崇拝者だったのさ。昨日まではね。』

カブウはいつもよりさらにおかしなことを口走り始めた。

『16.6倍…………って、16.6倍のお金が貰えるんですよね………とりあえず食べます?』

混乱したカシュアナに齧られそうになった賭札をライコがぶんどる。

そして、清流のような動きでカウンターに滑り込み、こう告げた。

『今すぐ現金でペイ!一コンスでも欠けたらブッ飛ばす!ハリー!ハリーィィィィ!』

 

 

 

 

 

 

 

『いやぁ、よく考えなくても話が出来すぎてるよなぁ。』

ジュラがフライパンを振りつつぼやく。

『ハハハ、あれだけの大金だ。目の前にして平静を保つのは難しいことだよ。』

カブウは苦笑しつつも触手を駆使し、人数分の皿の準備を終えかけていた。

ジュラ・パズズと愉快なお友達は、先日の闘技場で得た1億6600万コンスを元手に数日フェスティバムで遊び呆け、ようやく正気に戻ってきたばかりであった。

『いやー最近どうも金銭感覚が庶民的というか、なんというか。俺一応王子なんだけど、魔界に戻った時大丈夫かな。』

国庫の出し入れで一々気絶するわけにも行かない、たまには大きな数字も扱っておくべきである。

『案外、庶民派リーダーとして人気出るかもよ。まぁ慣れさ慣れ。』

 

思えば、この数日は実に愉快だった。

偶々開催していた針金アートコンテストに出てみたり、着けもしない宝石見に行ったり、調子に乗って買ったオルガンがイオンフライヤーのドアを通らず、泣く泣く売却したり…

最後はよく考えなくても要らなかったし、アミンの毒舌すら貰えない愚行だったが。

あと、ワインとチーズはお届けされるようになった。

しかし一番ファンタスティックだったのは、第19代サイレンス共和国大統領フランマリウス・ビキーラ閣下の来訪だった。

何せ、小雨の晩にガタイの良い車椅子の男が来たものだから、そりゃあビビった。

危うく斬り掛かるところだった。

なんでも、これまで遅刻すら無かったカシュアナが、『しばらく休みます。』の一報だけで欠勤し始めた案件で探し回ってきたとのことだ。

せめて治療終わった後くらい顔出しとけよ、とは思う。

あちこち連れ回されて疲れ気味のオノアシ秘書官(シェルの偽名)は、ベショベショに泣く兄妹の再会を光の無い目で眺めていた。

その苦労のほどは、彼女が自らヒールを折り取った靴と、若干変形した大統領の車椅子から十分に読み取れる。

せっかく再会したので、例の疑惑についても聞いてみた。

『Q:ぶっちゃけ、闘技場での一連の流れって仕込みだった?』

『A:謝意は本物ですわ。』

何分喋ってみても、実体は決して掴ませない。

食えないヤツである。

大統領も、口では心からの感謝と敬意を表した言葉を雨あられと投げかけてはくれたが、その意識はほぼずっとカシュアナの方へ向けられていた。

あれでカシュアナ自身が語るように、なんでも切り捨てられる男なのだろうか?

真実がどっちでも恐ろしい、深く考えないでおこう。

それでも全員の顔と名前を把握し、僅かな会話で深みにまで食い込む印象を残していったのは流石国の顔である。

ジュラ自身も、危うく素直に身の上話を始めるところであった、乗せられないよう精進せねば。

そんな、ドッシリと残留する稲妻のような男が去り、カブウが呟いた一言がその時のほぼ全員の心中を代弁していた。

『…重症だねぇ。』

カシュアナがはにかんだ笑顔を浮かべていた。

 

そんな事件がありつつも、明日はカシュアナが職場に戻る日ということで、別れのディナーパーティーが華やかに行われていた。

『ホラー、次できたぞー。エビとカツオのタルタルステーキ、ガーリックトーストに乗せて食えよー。』

エサを待つ雛どもが歓喜する。

まったくよく食べる連中だ。

『ほらちゃんと分けろよ、そうそうさっきエビ摘んだカシュアナは遠慮しろよな。』

突如白日の元に晒された罪人がビクッと震える。

『気づかれていたのですか!完璧に気配は消したはずっ!』

『甘いぜ。キッチンは俺の伏魔殿、だからてめーがどれほど超人だろうと、デビルセンスの上を行こうと、全て手に取るようにわかる。』

ジュラが謎の跳躍論を掲げ胸を張る。

『…野生動物がナワバリ下で強くなる的なアレかい?』

カブウの分析にも当惑が滲んでいた。

 

『そこでカブさんは言ってやったのさ、『違う!俺は村の癌なんかじゃねぇ!どうしてかって?生まれてこのかた両生(良性)だから。』……………はいここ、笑うとこだよぉ。』

船内の空気は、カエルの粘液のように冷え切っていた。

『相変わらずカブさんの蛙ジョークは分かりにくいなぁ。最近はこの空気こそ醍醐味、って感じになってきたけど。』

『そうだろうそうだろう、ジュラは通だね。』

丁度時計が日付の移ろいを知らせた。

カシュアナがゆっくりと立ち上がる。

『名残惜しいですが、そろそろ行かねば兄にまた心配をかけてしまいます。』

『うぅ〜カシュアナちゃん行かないでぇ。』

『イオンちゃん!うぅ…お土産代わりにこれどうぞ。』

鼻を啜り上げながらカシュアナが一枚の紙を取り出す。

『まだちょっと資金を貯めると仰っていたので…実入りが良さそうなのを持ってきました…!』

 

喫茶店従業員募集!

2週間住み込みで働いていただきます!

3食部屋付き(5名までなら個室対応)!

未経験歓迎!経験者は尚歓迎!

お給与は1日あたり6万コンス(加算あり)!

アットホームな職場です!でも秘密厳守!

さぁ一緒にレッツ、ボナペティ〜!

 

『面白そう!行こう!』

『やばそう!やめよ!』

乗り気になってしまったイオンを押さえ込もうと、ジュラが食い気味に突っ込む。

『なにゆえ!』

『ダメだったのですか!』

『高すぎる給料、秘密厳守の不穏感、そして何より最後の店長の似顔絵?がおめーの描くそれと似てる!三重苦じゃねーか。カシュアナもショック受けてんじゃねぇよ!』

カブウが紙を覗き込む。

『確かにこれは…うん、味のある画風じゃあないか。しかしよくここまでアヤシイ件を…』

『申し訳ありません…報酬の額ばかり見すぎました。』

ライコがケラケラ笑う。

『コレが?顔?ハナクソでも付いてんのかと思ったぜ。気に入った、こんなもん恥ずかしげもなく世に出せる奴を見てみたくなった。オレはやるぜ。』

面接の一言目でクビになりそうな男がやる気を出し始めてしまった。

もはやこの流れは止められそうにない。

『カブさぁん…』

『雷を天に返せるか?台風を逆向きに回せるか?そういう話だねぇ。』

既に、イオンの話は賄いで余った焼き菓子を貰えるかどうかにシフトしていた。

もう運命は変えられなかった。

 

『あのーそのー…お元気で!』

最後に善意の爆撃をかまし、カシュアナはイオンフライヤーを去った。

見送りの時、視界を揺らがせたのは惜別の念か未来への不安か、もはやジュラ自身にも理解はできなかった。




コストコのしこたまタマネギ盛れるホットドッグすき。

登場人物

ハンバーガー屋の店主
普段は配管工、こっちは趣味である。

“フラッフィー”ギンドロ
タライロンの有名闘士。
しょっちゅう病院送りになっているが、その大半は痴話喧嘩でボロ負けしていることが理由。

“マシンガン”パンド
タライロンの有名闘士。
痛風がひどい。

フランマリウス・ビキーラ
サイレンス共和国の第19代大統領。
下半身が完全に麻痺しており、常に車椅子生活。
サイレンス共和国を幸せの国にするため、裏社会をねじ伏せて協力関係を築いた。
現在支持率84%

用語集

カルメンウリ
やや細長めの実をつけるウリ科の植物。
水気はありつつも軽い口当たりの果肉は酢漬けに向く。

CBI:チャンカニヤ国際銀行
チャンカニヤ大陸全土で金融取引を行う最大手の銀行。
顧客層の都合上、表に出せない品を表に決して出さないよう保管する契約も多い。

世界保安機構
中央連合を代表とする大国が出資する、国境を超えて治安維持に努める組織。
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