魔剣王正伝   作:プルプルマン

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たまたま入った飯処が、味噌ラーメンに七味を入れることをやたら推してくるオモシロ店でした。
やはり旅先で見つけた面白そうな店は正義、じゃんじゃんアタックしてこう。


閑話 〜照渇乞〜
Menu.0 ブレークバイト


ジュラ・パズズは既に、いっそ清々しい程に後悔していた。

本当に、1時間前のアホ面ぶら下げた自分を叩きのめしたいと願っていた。

あの怪しいチラシにふざけて丸をつけたばかりに…

背中をライコの尻に潰されつつ、ジュラがチラリと目線を上げる。

黒々とした馬車の窓から見える御者席には、アメジストを煙にして纏ったかのような、輪郭のハッキリしない板金鎧を着込んだ何かが腰掛け、四つ目馬の手綱を握っていた。

その腰には僅かに反った豪奢な鞘の刀を佩き、目深に陣笠を被っている。

滑稽な程にチグハグなのに、何も感情の伺い知れない見た目もさることながら、最も不気味なのは森の中を走っているにも関わらず、馬車が全く揺れないことであった。

カシュアナが聞けば膨れそうな話ではあるが、この国にとても森の馬車道まで整備する余裕があるとは思えない。

いや仮に整備が行き届いていたとしても、なんなら最高グレードの駆天馬車であったとしても、それが前に進んでいる限り完全なる安定など存在し得ない。

これは、なんらかの『能力』でも作用しなければ決して変わらぬ、物理学の摂理なのだ。

『最近のチラシってすごいんだねぇ…うちにもこれ導入しようかな。』

『迷惑だからやめなさい。にしてももっと順序というか準備というか、言質取ったら馬車の中に強制移動ってのは情熱的が過ぎるだろーが!』

『ふむ、戸締まりする暇も無かったねぇ。てか、なんか変に埋まってる…モゴゴ。』

天井に顔の半分が埋まったカブさんがうぞうぞともがく。

何か、少しずつ飲み込まれていっているように見えるのは気のせいだろうか?

『カブさんでかいからなぁ。位置調整難しいんだろ。やけに静かだなライコ、流石図太いというか肝が据わってるというか…』

尻尾を丸めたライコが、窓の向こうに広がる広大な平原と白を冠した山々を見つめていた。

その顔はどこか平穏で無欲な無我の境地を思わせる佇まいで、しかし確実に強張りの限界を迎えていた。

『おいてめー嘘だろ⁉︎この御者、ファッションはともかく腕はバツグン!まっったく揺れてないんだぜこの馬車!』

脂汗を浮かべたライコがハンドサインで首を切る真似をする。

『安心しろ。命の水が臓腑から出でようとしてやがるだけだ。』

『要は呑みすぎて吐きそうなだけじゃねーか。導く結果が同じならそりゃもう同じだよ!ぶちまけるんなら外にしてくれよ。』

未知の素材と格闘していたカブウが喜びの声を上げた。

『よしっ!やっと抜けた。』

それは、時計職人が小さな歯車をかっちり組み合わせていくような、拍手を送りたくなるタイミングだった。

いきなり下へと下がったカブウの台座が、ちょうど一波越えたライコの後頭部に直撃。

実体は無いが、幾度となくイオンから聞いた均衡の崩れる音が響いた。

そうこの後のパターンはいつも同じだ。

弱々しい『ゴメン…』からの、目も当てられないフラッシュフラッド。

ジュラの体は勝手に動いていた。

『御者ーー!車を止めろォー!コイツ降ろすっ!』

急に話しかけられた御者が体を震わせ、急に張った手綱がこれまた漆黒の馬達に混乱を伝播させる。

この御者、フォーマルカジュアルを意に介さず、あらゆる場に陣笠甲冑スタイルで出かける鋼のメンタルと、急に鳴き始めた虫の声にも縮み上がる豆粒の心を合わせ持っていたのである!

御者のミスを察した馬達が思い思いに走り出すまで、そう時間はかからなかった。

 

『『いやぁぁぁぁぁ!』』

森が静寂を取り戻したのはジュラと御者、悲鳴の二重奏がピストルとなった、約4分後のことであった。

 

 

 

 

 

 

店の前で熱心に手を動かしていた人影は、馬車の音の接近に合わせて立ち上がった。

聞き慣れた車輪の音、しかしいつもより重量を感じない。

向かってもらった用事の都合上、重量は増すのが道理だが…

『コトネさ〜ん、ちゃんと従業員捕ってきたよ〜。』

御者席から鎧男が飛び降り、足を3周ほど捻って地面に転がる。

『うああ!おれの足が螺旋階段に!』

1人で騒ぐ鎧男に近づき、コトネと呼ばれた女性は眉ひとつ動かさず頭を下げた。

『お疲れ様ですアヤカシさん。えーと、それで…この子、ちょっと縮みました?』

黒塗りの馬車はその高さを半分以下にまで縮め、ついでに横幅もバランスよく狭くなっていた。

引く馬が体格に恵まれているばかりに、余計におもちゃのような全体像になっている。

『あーちょいとクラッシュしちまってさ。でも、朝晩霧吹きしてやれば1週間くらいで元に戻ると思う。』

『いつ聞いてもふしぎですね。私はこっちの方がかわいいと思いますけど。』

『え!マジで?じゃこのサイズで固定しよ。前はサワークリーム塗りたくったら成長しなくなったっけか、今も変わってないといいんだけどな。』

小さな扉が開き、中から少年少女3人が転がり出る。

『て、てめ…生涯最悪の2時間だったぞ…何が目的だこらぁ…』

今の今まで乗客の存在を忘れていたであろう女性が、慌てて襟を正す。(はずみで何か砕け散った破片が飛んでいったのは見なかったことにしよう。)

『こほん、この度は私どものお店にご応募いただき、ありがとうございます。足元の悪い中の長旅、さぞお疲れのことで…なんですかアヤカシさん、今からサビ的な口上なんですよ?え、別バージョンと混じってる?…まぁこれもコトネ節ですよ。ほんとです。…とにかく、ようこそ幸せを愛する私たちのカフェ「白子鳩」へ。』

世界広しといえど、これより不安になる挨拶は他に無いだろう。

差し出した手が土まみれだったことに気づき、ジュラの顔を何度か覗って引っ込める女性。

全体にじんわりと滲む、『ダメそう』感。

たっぷり覚えのあるその印象に、ジュラが思わず目を伏せる。

『俺たち、まーたとんでもないとこ来ちまったのかもしれん。くそう。』

 

『これはご丁寧にどうも。ところでミス・コトネ、俺はこのステキな馬車をどうやって出ればよろしいのでしょうか?』

明らかにドアより大きいカブウ。

砕け散った馬車が再生する際に取り込まれたのか、体の一部は壁や天井に埋まっていた。

流暢に喋る珍獣に気づき、無言でカメラを取りに走る女性。

既に若干諦めムードの甲冑。

結局カブウの救出には2時間を要し、結局ジュラ一行が休めたのは朝日が眩しく輝いてからであった。

 

ライコは二回吐いてスッキリしていた。

 

心地よい静謐に満ちた店の中、ジュラ達は歓迎のレモネードを片手にテーブルを囲んでいた。

その向こう側には既に見知った女と甲冑、それに先程裏から出てきた男が座っていた。

『あらためまして皆さん。今回はご応募ありがとうございます。私はコトネ、このすばらしい店のドンでありウェイトレスを勤めています。つまり一番偉い人です。』

コトネがペコリと頭を下げる。

『ケケッ、自分でいうかね。そんなところが素敵だぜコトネさん。俺ぁウェイターのカンクーペって者だ。今はドリンクもやってるけどな。嫌いなものはアップルパイとポリ公、よろしく。』

人懐こい笑みを浮かべた男がウインクする。

カンクーペの沈黙と同時に、早く名乗りを上げようとウズウズしていた甲冑が立ち上がる。

『みんなの頼れるドライバー、アヤカシさんとはおれのこと。店では調理全般と清掃、買い出しと…ぶっちゃけ限界マルチタスク、切実に助けてくれ!ちなみに、コトネさんのハートを射止めるのはおれだから。そこのエセ伊達男は無視していいぞ!』

ぎゃあぎゃあと喧嘩を始めたアヤカシとカンクーペを尻目にコトネが手を叩く。

『あとのふたりには今遠出してもらっているので、お帰りになった時に紹介しますね。あと、ほんとはこのまま20分くらいお店についてスピーチしたいところですが、何度やっても誰も最後まで聞いてくれなかったので割愛します。』

表情に変化は無いが、声色はいたく不満げであった。

『はぁ…どうもご丁寧に。俺はジュラといいます。たぶん短い間ですけど、よろしくおねがいします。』

『私はイオンです。不器用ですけど精いっぱい頑張ります!』

『カブウと申します。どのようなご要望にも『進化』して対応いたしますので、なんなりとマイロード。』

『ライコ、給料ケチったら噛み付くぜ。』

コトネが深々と頷く。

『賑やかでいいですね。では、みなさん明日からよろしくお願いします…と、言いたいところですが!』

カンクーペがわざとらしく目を覆う。

『あーあぁ、始まっちまったなぁ。ザンコクにもてめぇの無力を思い知らせる、あの儀式が!』

アヤカシが神妙に腕を組む。

『せんないこと。惰弱な鳩は地に落ちるが定めっ!』

どんなにニブい者でも気づくだろう。

間違いなく何かが始まろうとしていた。

それもかなり面倒なノリの部類が。

『お二方も、いつも通りビシバシ審査お願いしますよ。題して!コトネ流カフェ検定〜!』パチパチパチ

1人分の拍手が店内で微妙に木霊する。

『せめてあんたらは乗ってやれよ…ほら、顔変わんないけどきっと傷ついてる…よな?たぶん…』

先程から、仮面でもつけているのかと疑いたくなるほどに動かない表情筋。

あの店長は動かし方を忘れているんじゃあないのか。

『さて、カフェというものは色々な業務が重なり合い、互いを活かすことで初めて成立する商売です。まるでミルフィーユのように…ミルフィーユのように。そこで、皆さんには何ができるか、どんな仕事が向いているかを調べるため、いくつかの試験を受けていただきます。それによって担当してもらうお仕事を決めるわけですね。もちろんどんな仕事でもコーチしますが、やっぱり得意を伸ばすってのは手っ取り早いですから。』

カブウが触手を挙げた。

『どうぞ。えーと、そちらの臍の緒のような方のお名前は…』

『初めて聞く例えだ…あ、一応これもカブウです。同一個体。もし、当てはまる業務が無かった場合は?才能の矢印とは人それぞれのものですゆえ。』

『なるほど、そういう方も過去にはいらっしゃいました。それでも、ぴったり来る役目ってあるものでしたよ。ほら、花壇に撒くとか。ちょうどコルチカムの施肥時期ですし。』

『ハハ…それはまあおっしゃる通りですな…』

ドーナツに粉糖をかけるように淡々と言われたその言葉に、ジュラ達は笑うべきなのかしばし迷う。

『…鋭利なコトネジョークですよ、もちろん。』

おそらく、イマイチウケずこの補足を入れる流れまでで一連と化しているのだろう。

そんな具合の諦めをはらんだ語気だった。

『たぶん冗談言うの向いてねーですよ店長さん。なんでもマジに聞こえますから。』

『やっぱりそうですか。よく言われるんです…』

金属の擦れ合う音が響き、アヤカシがヌルッと前へ出た。

『コトネさ〜ん、おれにはちゃーんと届いてるけど、内輪ノリが過ぎるのもあれなんで話を進めさせてもらうよ〜。準備もできてる。』

アヤカシが指を一つ鳴らすと、その体を覆っていた紫のモヤが広がり、光を遮るほど濃く変化する。

次の瞬間、モヤは消え去り同じ場所に雑多なモノが浮遊していた。

キャンパス…ジョウロ…ブラシ…フルート…そして包丁。

『さっきの馬車といいどんなトリックだコラ。マジになんでもやってんのか?』

困惑も驚愕も一周回ったか、ライコはもはや呆れとも怒りともつかない表情を浮かべている。

『さあ、皆さんの羽ばたきを見せてください。明日は臨時休業ですから、心置きなく!』

『なるほど、やることは大体理解しましたぜ店長さん。ひけらかすみてーですがこのジュラ、家の都合で色々と仕込まれてきてるんです。まぁ器用万能ってのをお見せしますか!』

この雰囲気に対して、周回遅れに甘んじていたジュラ・パズズだが、審査対象に(おそらく)料理が入っているとなれば話は別。

にわかに心と鍋は踊り出す。

『さっすが〜やる気十分だねジュラ!でもコトネさん、私ちょっと休憩したいです!疲れました!』

言葉とは不思議なもので、そう言われた途端に先程までの狭い馬車の中でシェイクされていた記憶が蘇ってきている。

なんだか節々まで痛くなってきた。

なんならライコは既に勝手に椅子へ座ったまま、ナプキンをアイマスク代わりにイビキをかいている。

なんたる早業。

 

結局、イオンの強い要望によりカフェ検定とやらのスタートは、夜明け近くへと延期されたのだった。

 

 

 

『第一種目はキッチン清掃です。アヤカシさんが用意したこちらのミニキッチンを、ひとしきり綺麗にしてもらいます。備え付けの調理器具やお皿も含めてです。よーい、スタート!』

いささか溜めの浅いスタートとともに先陣を切ったのはカブウであった。

アイスキャンディーを無理に引きちぎったような音と共に顎が展開し、ミニキッチンを丸ごと呑み込む……直前でアヤカシが刀をつっかえ棒にその進撃を食い止めた。

『待て待て待てぇー!何考えてんだ!』

触手の先端に形成された口が答える。

『いやぁ、口内で完全消毒しようとしただけですとも。丁度下顎を外せばすっぽり…』

『それやっちゃもうヘビだろ⁉︎もっと!カエルの!矜持持とうよ!』

キッチンを半分呑んだままのカブウが困った顔を浮かべる。

『外科手術ができる程度には滅菌できるのですが…それでも?』

『お客に見せられるかァァー!衛生局もんだよこりゃ!コトネさんも!なんかビシッと言ってやってくださいよぉ。』

威風堂々と、店長は言い放った。

『衛生局の検査は300万くらい積んだら通れるらしいですよ。』

『コトネさん⁉︎』

右隣のキッチンでは、イオンがジグソーパズルのようになった皿をなんとか戻そうと苦心し、左隣では四角いキッチンを丸くどころか一本線で拭き上げたライコが一仕事終えた感を醸している。

完璧に清掃をこなしつつ、ジュラは早くも勘付いていた。

(これ、限界マルチタスクが1人増えるだけじゃね。)

もう1人の審査員カンクーペはというと、ずっと背を丸めて呼吸困難真っ最中であった。

地獄絵図の如き店内を見渡し、ジュラが目を覆う。

ガイド付き登山の一歩目でクレバスを踏み抜いた、そんな気分だった。

 

 

 

『第二種目はテーブルメイクです。店内のテーブルのどれかを、いつでもお客様が通せるように整えてください。花瓶のお花も含めてレイアウトしてくださいね、アヤカシさんに言ったら大体出してくれますので。よーい…スタート!』

ちょっと溜めが伸びた。

今回先鋒を切ったのはライコであった。

『このライコは見逃さねぇ。食いモンの気配は特に、なぁ〜!』

ライコが勢いよくテーブルクロスを捲り、カトラリーとフィンガーボウルが舞う。

その縁、テーブルとクロスの境目に僅かなパウンドケーキの欠片が散らばっていた。

『そいつで隠れたつもりか?甘いんだよなぁ〜!』

布でキッチリとつまみ取り、残ったバターの油分もしっかり吸着させる。

最後は軽く水を撒いて拭き取り、パーフェクト。

華麗に布を畳み、自信に満ちた視線を投げかける人狼に対し、アヤカシも全力で答えんと思い切り息を吸い込んだ。

『ナプキンを雑巾にするなっ!花瓶の水をぶちまけるなっ!おれの仕事を増やさないでくれぇーーー!』

甲冑がカタカタ震える絶叫だった。

『はーっ?ちょいとのミスじゃねぇか!男は成長性だろ!』

『これで『ちょいと』なら、この平野ごと店消し飛ばしても『メンゴ!』で済んじまわ!そもそも、最初にカトラリー吹っ飛ばすとこからイカれてるぞ!どうするつもりだったんだ⁉︎』

床に散らばる銀色にようやく気づいたらしきライコが、気まずそうに一本を拾い上げて強めに息を吹きかけた。

『営業停止命令!わんぱく小僧のキャンディかっ!!!』

ちなみにカブウは、ナプキンのほつれを自らの触手を分解し生成した生ける繊維で補修し、惜しくも不合格。

後には刺激に反応し、新鮮なウナギのようにのたうつナプキンが爆誕していた。

『ここまで自我と運動機能が残っているとは、想定外でした、申し訳ない。』

とは本人の弁である。

また、イオンは『シンプルにヘタ』とのありがたい評価をいただいていた。

顔合わせからずっと笑みを保っていたカンクーペが真顔に戻る、そういうレベルである。

練習すればマシになる見込みはある分、他2人よりはマシだろうか。

同時に、ジュラは確信する。

(そっか…アヤカシさんって、俺なんだ。)

ネジの外れた連中へブレずに応対する貫禄、それはまるで隘路の先を行く己の背中を見ているようで…ジュラは深く考えるのを、やめた。

 

 

 

 

 

『皆さん、お疲れ様でした。全てのテストを終え、半分くらい寝てたカンクーペさんを除く審査員で協議した結果、皆さんに働いてもらうポジションが決まりました。先に言っておくと、今回肥料役の方はいませんでした。』

どうも最悪の未来は回避したようである。

『イオンさんにはわたしと一緒に接客を担当してもらいます。W看板娘ですね。』

イオンのジャンプは肥料回避の安堵か、ウェイトレス就任の歓喜か。

(まぁ、そりゃそうなるよなぁ。)

何しろ、他の接客が最悪だった。

アヤカシを客に見立てて実際に応対する。

そういう試験だったが、ライコはすぐ手が出そうになるわ、カブウは室内における持ち合わせの威圧感が凄まじいわで、客商売の経験豊富なイオンがそちらに回されるのは自然なことだったのだ。

やってみて気づかされたが、かくいうジュラも接客は苦手のようである。

何せ、地界に来るまでの16年を唯一国の王子という身分で過ごしてきたのだ。

横柄な客だとかに対する沸点は低いのかもしれないし、へりくだった物言いも色々とこそばゆい感覚があった。

 

『カブさんには花壇のお世話や室内のお花の管理をお願いします。…さっきみたいなのとか生やさないでくださいね?』

『承知しましたともマイロード。このカブウ、大自然の魔術師と呼ばれた妙技を惜しみなく振るいましょう。』

店の外ではカブウが咲かせた大輪の花が咲き乱れている。

全ては100%天然由来、純搾りカブウエキスの為せる技。

御宅の花壇に一滴垂らせば、立ち所に種は芽吹き、1時間で大輪の花を咲かせます。

万年青が成長痛に咽ぶほどのこの効果、通常一瓶59800コンスのところ、今ならなんと59600コンスでの御提供!

もちろん花瓶に垂らすも良し、田畑に垂らすも良し、効果抜群!

顧客満足度アンケートでも大好評!

※稀に未知の生命が発生することがあります。使用時は十分に注意してください。

どしどしご応募お待ちしております、というやつだ。

イオンが一晩でサボテンを枯らせるセンスの持ち主であり、ライコは花壇に防火水槽の如く水を注いでいたのを鑑みるに、これまた妥当な人選だろう。

(というか、よくこんな量の水あったもんだな。この店の井戸はどうなってんだ。)

周囲は小さな木立ちが点在するだけの乾いた草原であり、とても水が豊富には見えない。

(まぁ…またアヤカシさんがなんとかしたんだろ、たぶん。)

 

『ライコさんには揉め事の仲裁や力仕事なんかをお願いしたいので、普段はお皿洗いをしつつ待機お願いします。そして、演奏の時はよろしくお願いしますね。』

『おうよ、カネは弾んでくれな。』

最も意外だったのはこの男、ライコ・フォン・トルバーフロスのお役目であった。

カフェ白子鳩、その最大の名物は店内ステージにおいて昼と夕の2回行われる、店員の合奏らしい。

しかし通常店員5名、それも2名が欠けている現状はちとさみしい。

よって白子鳩では楽器を嗜む臨時メンバーを、随時募集中なのである。

そんなこんなで全員楽器の適性もあるか見られたわけだが…

ライコは『久しぶりだからよぉ、もう忘れちまってるかもな。』などと言いつつ、さらりと足踏みオルガンを弾いてのけたのだ。

楽器など、触れた瞬間に崩壊させそうだとばかり思っていたジュラは(そしておそらく他の数名も)、大層驚いた。

そのガサツな言動に見合わぬ繊細な特技である。

『なんだテメェ等、俺が鍵盤叩けたっておかしかねぇだろうが。ブン殴るぞ。こちとら8歳まで聖歌隊やってんだよ。規律がウルセェんでやめてやったがな!』

とはライコ自身の弁だ。

昨日まで太陽は西から登ってました、とでも言われた気分であった。

年月とはむごいものである。

ジュラも多少は楽器を嗜んできたが、それは王族としての教養に過ぎなかった。

しかし、鍵盤を前にしたライコの動きには、それを心から楽しんでいた者にしか出せない小気味の良さがあった。

長いブランクを経ても勝手に踊り出す指運びは、かつてライコがどれほど真摯に楽器へ向き合っていたのか、それを雄弁に語ってくれていた。

つくづく、年月とは残酷極まるものである。

かくして、バイオリンのジュラ・不良キーボーディストのライコ・全身楽器如意自在のバケモノの愉快な三名が楽団に加わったのだった。

この結果に対し、イオンはカスタネットとハンドベルを鳴らし続けて抗議し、なんとか自分を楽団へとねじ込むことに成功したようだ。

この時渋るアヤカシとカンクーペを抑え込んだのは、やはりコトネの一言だった。

『わたしは賛成です。音楽は大勢でやった方が楽しいものですから。』

『『だよね!流石コトネさん!スペシャル金言製造機!』』

こいつらさては仲いいだろ。

 

『ジュラさんには基本キッチンに立ってもらいます。あとは…アヤカシさんの補佐で!』

要はなんでも係その2に任命されたわけである。

わかりきった結末だった。

検定の中盤頃、大抵なんでもできる自分の背中にアヤカシの熱視線が注がれ始めた時にはもう、ジュラはこの結果を読んでいた。

(まぁアヤカシさんは半泣きになるくらい嬉しいらしいし、頑張ってやるか。…辞める時ゴネられねーくらいに。)

『了解ですコトネ店長。謹んで頑張らせてもらいます。』

 

『最高の心構え、ありがとうございます。何事も無く皆さんのお仕事が決まったところで、アヤカシさんいかがですか?』

『既に仕上がってるよコトネさん。今回は会心の出来栄えと、そう自認していいと思うんだ。』

アヤカシが指を鳴らすと、再び紫のモヤが分離し今度はジュラ達の周囲へと集まり始めた。

『ウチに服装規定は無いけど、統一感というか雰囲気は大事にしたいからなぁ。それは支給しちゃうからぜひ使ってみてくれ。』

4人にまとわりついたまま紫のモヤは凝集し、1セット揃った衣装へと姿を変えた。

ジュラの頭にすっぽりと収まるコック帽に、雪を被ったモミの木のようなエプロン、キッチンの支配者に過不足無い装備だった。

『おおっ、シェフっぽい服…しかしなにゆえ緑と白を?』

『ええと、そうジュラだ。おまえさんの燃えるような赤髪をより引き立てるものを、ってのがコンセプトなんだ。さぞ似合うさ!』

『わー、伊達と酔狂でノーム人形みたいな服になったわけじゃないんですかぁ。イオンはどうだ?なんかやばいの渡されてないか?』

イオンは、白と紺色からなるエプロンドレスの裾をヒラヒラさせてその場で回転していた。

『みてみてジュラ〜コトネさんとお揃いでかわいい!』

『おおー、いいんじゃねーの。馬子にもなんとやらだな。』

アヤカシがウンウン頷く。

『コトネさんのお古を調整したんだ。当然コトネさんほどじゃないがよく似合ってるよ。素材がいいのかな?』

『懐かしいですね。よくお似合いですよイオンさん。』

誉め殺しにあい、ふにゃふにゃ笑っているイオンに対し、ライコは自身の元に授けられた羽飾りのついたタキシードに絶望していた。

『オイ、ジョークだろ。こんなクジャクをみすぼらしくしたようなのをオレに着ろってのかよ。テメェ、答えによってはそのフザけた甲冑ごとスクラップにしてやるからな。』

アヤカシが困惑の色を浮かべる。

『クジャク…?モチーフはハトだよ?敬愛すべき平和の象徴さ!』

『ンなこたぁー聞いてねぇ‼︎テメェオレにポッポ畜生の真似事しろってことか聞いてんだよッ‼︎』

衣装を抱えたまま詰め寄るライコの袖元から、何かがこぼれ落ちた。

床で乾いた金属音を立てるそれは、淡く光る鉤爪だった。

『あー、用心棒的なこともやってもらうわけだから、隠し武器をあちこち仕込んであるんだ…ダメだった?』

『フーン、マァ中々悪くないんじゃあねぇの?フフン。』

隠し武器のロマンは、この喧嘩屋の衣装に対する評価を180°変えることに成功したらしい。

存外に満足そうである。

 

各々が衣装に満足したり抗議したりしている中、唯一困惑に支配されている者が居た。

『もしもし、このカブウの衣装に関してごく単純な疑問を述べたいのですが…』

『おーサイズ合ってなかった?』

『いえ、その…このヒラヒラしたモノやピロピロしてるモノはなんなのかなーと。』

カブウの顔を取り囲み、踊るカラフルな布。

眼窩の上から伸びた触角の先には、小さな鳩型のランプがくるくる回り、周囲にどうやって浮いてるのかわからないが毛糸の蝶々が舞っている。

『お花の妖精変身セットだけど何か?こんな鎧野郎が言うのもなんだけど、カブさんってば顔怖いんだもん。お客さんビビっちまうよ。』

『あ…そう…』

カブウのハートに傷ひとつ。

 

『いつもながらアヤカシさんのデザインセンスは素晴らしいですね。それでは皆さん、夜までお仕事の研修をして、たっぷり眠って明日に備えましょう!』

 

だいぶ変わってはいるが、なんだかんだとっつきやすそうな職場である。

将来自分の店を構えるうえでも、良い経験になるだろう。

口はどうあれ自分以外…ライコでさえも未経験の世界に胸を躍らせているのは隠しきれていない。

明日からの未知にジュラ一行の期待はどんどん膨らんでいく。

朝一番、鳩の翼が広がる時を楽しみに彼等は嬉々として研修に臨む。

 

やがて誰もが寝静まり、店内は静まりかえった。

その一角で月光を受けて輝くは、一振りのアイスピック。

その柄には、吐き気を催す程に深紅いルビーが埋め込まれていた。




己で捕えたクリオネを食べる計画は今年も未完に終わりそうです。

登場人物

アヤカシ
チグハグでどこか浮世離れした全身甲冑の人物。
鎧の中身は絶対に見せてくれない。
コトネさんへのアタックは172連敗中。

コトネさん
カフェ『白子鳩』の店長兼ウェイトレス。
新メニューを考案してはアヤカシにボツを食らっている。
満月が嫌い。

カンクーペ
どこか軽薄で享楽的な雰囲気の男。
言動の全てが薄っぺらいので、あまりまじめに取り合わないようにすべきである。
コトネさんへのアタックは140連敗中。

用語集

白子鳩
繊細な接客と瀟酒な雰囲気がウリのカフェ。
超異物揃いのフードも正統派に美味しい。
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