魔剣王正伝   作:プルプルマン

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最近、熱帯魚を飼う事にまたハマり出した次第です。
適度に自制しなければどこまでも散財してしまうので危険っすな。


伝説の作り方

以下、一部ジュラ・パズズの日記より抜萃。

2日目

トトルス村での滞在期間において、俺にとってはこの日が一番大変であった様に思う。

何しろ朝から晩まで延々と魔界についてイオンから質問攻めにあったのだ。

俺、一応重めの怪我人ぞ?

しかし、会話の中でイオンは俺にベッドを譲っている間は一階のゴワゴワしたソファで寝ているということを知った。

昨日チラッと見た限り、お世辞にも寝心地ご良いとは言えそうにない。

まあ、多少の質問攻めぐらいなら辛抱するか…

それはともかく、隙を窺って彼女から聞いたこちらの料理も実に興味深いものだった。

当分は楽しい毎日になりそうで僥倖だ。

 

3日目

俺はこの世界を少しでも観察するため外に出た。

丁度窓から見える範囲だけでは限界を感じていたところだ。

今日も変わらず元気なイオンに案内され、村の中を巡る。

結論から言うと衝撃の連続だった。

目に入る草も木も虫も家畜もその全てが見たことの無いものばかりである。

村の中を歩いていると他の人間とも多く会ったが、角も尻尾も無いその姿にどうも違和感を拭えない。

当初は角と尻尾がある俺を物珍しく思ったのか、老若男女問わず話しかけてくる者も多かった。

しかし、一度イオンが俺の正体を明かすと、やはりといったところか多くの村人は距離を置いたり、急いで洗濯物を取り込むフリをしてなるべく関わらない様にしようという意思を見せてくる。

わかっていたこととはいえ、ちょっとだけ傷つくなぁ…

イオンが言うには根は良い人たちらしいが、こう腫れ物扱いされるとイマイチ信じられないな…

 

4日目

ここの村長と名乗る男から呼び出しをくらった。

顔も見たことのない相手にわざわざ出向いてやる義理もないが、イオンとサクタイには世話になっているし、二人の顔を立てるという意味で行った方がいいだろう。

村長宅を訪れると、上品な雰囲気の奥の座敷へと通され、顰めっ面の村長と向かい合う形で座った。

その日は自分がここにいる経緯と村長から示されたいくつかの質問に答えただけで話は終わったが、その内容は意図の読めない質問ばかりであったのが気になる。

帰り際にレタスとかいうくしゃくしゃした草を3玉もらった。

一体こんなもの何に使うのだろう?

 

5日目

なんと、昨日のレタスはこの村名産の食材であった。

早くも未知の食材に遭遇し、心が躍る。

魔界からこちらに唯一持ち込めた自慢の包丁が唸るぜ。

幸い、この店には「天上天下食材目録」という本もおいてあったので、食い入る様に読み漁った。

気づけば夜になっていたほど集中していたため、途中でイオンが呼んでいた事にも気づかなかったらしい。

その晩はずっとイオンは不機嫌なままであった、まあ明日になったら忘れてるだろうし、別に構わないが。

 

6日目

なんと、早くも体の痛みが引き、怪我も治りつつあった。

サクタイ曰く、普通の人間ならば考えられない速さであるという。

まぁ、悪魔だしなぁ。

さて、そろそろ何もせずに居候するのも心苦しくなってきたので、明日から店の手伝いでもするかな…

 

7日目

店に立ってみた。

いや、予想以上に大変なものだ。

そもそも、機械については殆ど何も知らないドシロウトに何ができるのだろう?

突然ノギスとかコンデンサとか言われてもどれがどれなのかわかるはずもないし、なんなら同じ言語であるかすら疑わしい。

いやまあ、ここが魔界でない以上ほんとに別言語の可能性もあるのだが…

しまいにはオロオロしている様を見かねたイオンに休んでおいていいよ、と気を遣われる始末である。

これほど情けない男がいるだろうか?いや、いない。

非常に先が思いやられる次第である。

 

10日目

村のガキンチョどもが俺に話しかけてくるようになった。

やっぱ子供って適応早いんだな…

その日のうちには俺はもう子供のおもちゃ…もとい遊び相手として大抜擢されていた。

体に登るわ、尻尾を引っ張るわ、角を取ろうとするわ、実に大変だった。

特に、手強いのは俺に全く気取られずに背後から泥団子をぶつけてきたガキンチョだ。

ありゃ相当強くなるぞ…

なぜかごく自然にイオンも混ざってカチカチの泥団子をぶつけてきていたし、こちらに来て2番目に疲れた一日であった。

 

15日目

ようやく仕事の基本が板についてきた。

本職にこそ敵わないが、覚えてくると中々どうして楽しいもので、偶に来る客が喜んでくれると右も左もわからない中で必死に覚えた甲斐もあるというものだ。

更に、いつの間にか大人の村人達からも声をかけられたりする様になった。

どうやら根は良い人たちというイオンの言葉は本当らしく、話してみると気さくで明るい者ばかりだった。

どうやらあの顰めっ面村長も俺を怖がらない様に村人に向けて呼びかけてくれているらしい。

強面な第一印象だけで勝手に疑っていたことを少し申し訳なく思う。

こっちに来た時はどうしようか本気で頭を抱えたが、意外とどうにでもなるのかもしれない。

 

25日目

もう村での生活にもだいぶ馴染んできた。

こっちの料理も基本は押さえたし、一般レベルの常識も身についた。

とはいえ、魔界が恋しくないのかと聞かれたらまったくもってそんなことはないのだが、帰る方法も無いし気持ちが沈むので考えないようにしている。

加えてどうせなんとか知恵を絞って帰り着いたところで、じいちゃんに捕まって1時間後にはまた地界に送還されるのが目に見えている。

地界での生活にこれといって不満もないし、ホームシックも発症していない現状、事を急ぐ必要は無いだろう。

暖かな朝の日差しを受け、店番しつつ船を漕いでいたジュラの肩をイオンが叩いた。

『ねぇ、ジュラにも見て欲しいものがあるんだけど、見たい〜?』

大方、またおかしなものでも作ったのだろう。

流石に一ヶ月近く一緒に暮らしていると、段々と相手の考えが読めてくる様になる。

『おお、じゃあ見てやるかな。今度は爆発させんなよ〜』

『ちょっと、その言い方だと毎回爆発してるみたいじゃんよぅ。』

よくわかっていらっしゃる。

今度はどんな爆弾を見せてくれることやら。

『まあいいわ、そんなこと言って…見たらぶっ倒れるよ!』

自信満々に宣言するイオンであったが、そういう時に限って碌なものを作った試しがない。

とりあえず今は爆風でぶっ倒れるという意味ではないことを祈っておこう。

『とにかく、着いてきて!ちょっと大きいから山に置いてあるの。』

言われた通り、イオンの後ろに着いて山を登る。

山は今、半分以上の木が花を咲かせ、ありとあらゆる方向からカラフルな花弁が吹雪の様に降り注いでいる。

なんでも、この辺りで言う春という季節の特徴らしい。

『世界にはねー春が無いところもあるんだって。』

『変わってんだな、どっちも。魔界にはそもそも季節って観念があんまりないし実感わかないぜ。ちょっとは肌寒くなったり蒸し暑かったりもするけどな。』

『へ〜、なんか飽きそう。でも、一年中おんなじ服で過ごせるのは楽かも。』

他愛もない会話を交わしながら登って行く2人。

突然イオンが進行方向を変え、比較的歩きやすい山道を逸れてよくわからない植物が生い茂る獣道へと入り込んでゆく。

『おいおい、なんでそんな大変なとこに置いてんだよ…』

『いやー、なにぶん大っきいもんで〜それに、あんまり他の人に見られたくないんだよね。盗られたらこまるし。』

『本当に盗られるようなもん作ったのか?まさかテロリストが盗みに来る様な代物じゃないだろうな。爆弾とか。』

『ふっふっふ、今のうちに精々言っておくがいいわ。私が短い一生の半分ちょいを掛けて作った最高傑作よ!』

同じような景色が続く森の中を20分ほど歩いた2人はかつて巨木が倒れ、跡が草に覆われてポッカリと丸く開けた場所に到着した。

『さあ!ごらんあれ!私の最高傑作ちゃんを!』

そうは言われても、ジュラが辺りを見回し確認した限りでは、あるのは背の低い草と小高く盛り上がった小さな丘のみ。

少なくとも彼女の言う最高傑作らしきものはどこにも見当たらなかった。

『お前…遂に幻覚を…』

『ちがーう!そんなわけあるかー!ええい、ポチッとな。』

頬を膨らませたイオンがどこからともなく取り出した赤いボタンを押すと、低い音が響き、足元が大きく揺れ始めた。

『うおっ!こんな時に地震かよ。ほら、木が倒れたら危ないからもっと丘の方へ移動しようぜ。』

『その必要は無いわ。だって…』

目の前の小さな丘がさらに盛り上がり、無理矢理持ち上げられた地面がひび割れだした。

どうも地中から何か大きなものがせりあがってきているらしい。

やがて、その大きなものは張力に耐えきれなくなった地面を引き裂き、その姿を地上へと現した。

それは、奇妙な機械であった。

やたらと大きな紡錘形の部位の横には折り畳まれた板のようなものがつけられ、その下には窓が多い家?がついている。

イオンの布団に付いている柄とも少し似ているような気もするが…

『どうよ、この「イオンフライヤー」は。中々イカしてるでしょ?基本は飛行船なんだけどね、スピード出したい時は横に畳んでる翼を広げて一気にキーンって加速できるの。ホントは水に浮かべるようなシステムにもしたいんだけど、これが中々難しいのよね〜あ、そうだ中も見てってよ!』

イオンがノブに手を掛け、引っ張る。

『あれ?おかしいな。前は開いたのに…どわっ!』

突然ドアが開き、イオンが後ろに倒れ込む。

同時に、隙間に詰まっていたと思しき土が飛び散りジュラの半開きになっていた口を直撃した。

『いたた…やっぱり地下に隠すのは無茶かなぁ。欲しいなぁ、格納庫。でも高いんだろうなぁ…あれ?ジュラ、どうしたの?お腹痛い?』

『な…なんでもねーよ…ペッペッ…』

蚯蚓の食生活を擬似体験したジュラが前を向くと、家のような部分のドアからその中が窺えた。

『どうよ、前方に見えますは操縦席兼ダイニング!一番広く作ってあるよ!ま、中へ入って入って…』

案内されるままに中へと踏み入り、見回す。

壁面がガラス張りになった弓状の前面にはそれなりの大きさの舵輪が取り付けられ、何に使うのかよくわからないモニターやボタン、レバーがいくつか並んでいた。

一方、反対側にはおそらく別の部屋、あるいは廊下へと続くのであろうドアがいくつか並び、部屋の真ん中には床に鎖で繋がれた質素なテーブルとイスのセットが置かれている。

想像よりはかなりまともな内装だった。

尤も、地中なんかに隠していたせいでガラスはドロドロでイスは振動によって倒れてはいたが…

『それでー右のドアはもう一層下の倉庫に繋がってて、真ん中のドアの先には廊下が伸びてて、いろんな部屋に繋がってるよ〜、キッチンとか、私の部屋とか、おトイレとか、なんとなく作っただけの部屋とか…』

『なんじゃそりゃ、…まぁいつものことか。じゃ、左の変なドアはなんだよ?あれだけ金属製だし、なんか黄色いマーク付いてるしで落ち着かんぜ。』

『あ〜そこは機関室だよ〜、シロウトが入って弄ろうもんならドッカンよ、ドッカン。気をつけてね。』

(やっぱり空飛ぶ爆弾じゃねーか。)

ジュラの心配をよそにイオンの話はまだまだ続く、

『追々インテリアも置いていきたいんだけど、そこまでお金ないんだよね〜あそこの壁とか何も無いと殺風景だし。あ、そうそうついでに紹介しとくね。』

イオンが操縦席へと駆け寄り、中央に鎮座する謎のモニターを指し示した。

『紹介するわ!この船のメインコンピュータ、アミンよ!』

…と、言われましてもどう反応していいのやらわからない。

イオンは自分の持つあらゆるものに名前をつける癖でもあるのだろうか?

もしや…普段使ってるフォークやスプーンにもジャックだとか権兵衛みたいな名前がついているのだろうか。

『オイ、ナニぼーットまぬけヅラ晒シテヤガンダ。初対面ナンダカラ挨拶グライシロヨナ。』

あれ、今誰が喋ったんだ?

『おめーノコトダヨ、赤髪。』

モニターのすぐ隣にあるスピーカーが震えている。

まさか、このコンピュータとやらが話しかけてきているのか?

『もしかして、コイツか?えーと…』

『あみんダヨ、あみん。ヤット理解デキタラシイナ。ソンナンジャ蛞蝓にも置イテイカレルゾ。トコロデ、いおんヨ、こいつハナンナンダ?拾ッタンナラチャント元ノ場所ヘ返シテコイヨ。』

コイツ…やたらと口が悪いし、人の事を捨て猫か何かのように扱いやがる。

『まーまー、アミンにはまだ伝えてなかったけど、この人はジュラ!世にも珍しき本物の悪魔でー、かくかくしかじかというわけでウチに居候してるってワケよ。』

『ナルホド、ヨースルニひもカ。情ケネェノ。』

『ちゃんと店手伝ってるわ!言わせておけば好き勝手言いやがって…』

『ジュラも落ち着いて…ちょっと口は悪いかもしれないけど根はいいコンピュータだから…』

根はいいコンピュータってなんなんだ?謎は深まるばかりだ。

『まぁ、取り敢えずお茶にしましょうよ!腹を割って話せば仲良くもなるはずだわ!』

『悪魔ハドウカ知ランガ、少ナクトモ私ニ腹ト呼ベル部位ハ無イゾ。』

口の悪いおかしなコンピュータとジュラ、イオンの3人が談笑する場を整えているその時、イオンフライヤー上空で虚空から滲み出るように一つの立方体が出現した。

それはまるでガラスでできた箱のようで、立方体を挟んで向こう側の景色が若干歪んでではあるが確認できる程度の透明度を持っている。

一辺が2m程度のそれはしばらくの間何をするでもなくフヨフヨと漂っていたが、突然静止するとシャボン玉が弾けるように展開して姿を消した。

そして、その瞬間先程まで立方体が浮遊していた場所には筋骨隆々の男が立っており、周囲の空間そのものが歪んでいるかのような異様としか言いようのないオーラを放っていた。

だが、その事に未だ誰も気づいていない。

イオンは勿論、それなりの訓練を積んできたはずのジュラも、危険にはいち早く反応する筈の森の小鳥ですらも…

 

 

四角いテーブルに白いクロスを敷き、持参した弁当が入ったバスケットをどっかりと置く。

後は紅茶が仕上がる時を待つのみだ。(余談ではあるが、今回の弁当は全てジュラが作ったものである。何せ、イオンの料理が壊滅的にヘタクソなのはこの1ヶ月で骨の髄まで理解させられたのだ。)

『そもそもさ、コンピュータってのはこんなふうに遠慮無くバサバサ喋るもんなのか?いやまあ、俺はそんなに機械に詳しいわけじゃ無いし、むしろ素人だからよくわからないんだけどさ。』

『ん〜それがねーそうじゃないみたいなんだよね〜アミンを作った時に色んな記録を調べてみたんだけど、こんなふうに自我?みたいなものを持ったコンピュータについての情報は全く無かったし。だから、もしかしたらアミンが特別なのかも。』

サンドイッチを頬張りながらイオンが答える。

『それってもしかしてよ、結構凄いことなんじゃないのか?世界初かもしれないんだろ?どっかそーゆー組織に報告でもすれば賞金とか出るんじゃねーの?』

ジュラが湯気のたつ紅茶をカップに注ぐ。

『んナコトシテモヨ、ソリャちやほやハサレルカモシレネーケド、多分一発屋扱イデ終ワルゼ?ソモソモこんぴゅーたニ人格ガアッテモ面倒ナコトノガ多ソウダシナ。元々チョット高性能ナ計算機ナンダカラ、ソコニ感情ガ入ッチャ都合悪イダロ。マ、ソレハソレトシテ私ハコノ偶然ノ産物ヲアリガタク享受スルガネ。』

『そんなもんかね、まあ世の中の機械が皆こんなのになったら世も末か。』

『オォ、ドウイウ意味ダ?喧嘩ナラ買ッテヤルゾ?』

『2人とも喧嘩しないの。折角顔合わせたんだから仲良くしてよ。』

その後も船内にしばし賑やかな時間が流れる。

ジュラとアミンはお互いに喧嘩腰ながらも既に打ち解けている。

どうやらなにかと馬が合いそうだ。(本人達は絶対に否定するだろうが)

若干陽も傾いた午後四時頃、イオンとジュラはイオンフライヤーを再び地に埋め、その場を後にしたのだった。

再び来た道を戻りながらも話の種は尽きない。

『いやーそれにしても、イオンもマトモなもの作れたんだな。ここ1月で1番の驚きだぜ。』

『むむむ、失礼な!私だって大発明することぐらいあるよ?1%ぐらいの確率だけどね!』

どうしてそんな嘆かわしい事実をそこまで自信満々に言い放てるのだろう?

そういうところは俺も見習うべきなのかもしれない。

 

…それは、何の前触れもなくやってきた。

背中におぞましい寒気が走り、何も意識せずとも本能がジュラの視線をそちらへと向けさせる。

何の変哲もない木立ちの中にある開けた草地、その真ん中に男が立っていた。

身長は目測190cmほど、ガタイは良いものの服装は藤色の簡素な服に至って普通のカーキ色のズボン、靴もどこにでもありそうな黄色いブーツという少し大きな街に出てみれば2・3人は出会いそうな男にジュラは細胞全てが逆立つ様な圧倒的な威圧感を感じていた。

というのも、その体からはとてつもなく強いオーラが迸っており、何より浮かべた柔和な笑顔が男が持つ攻撃性を隠すどころか助長しているのだ。

『おい、イオン。俺が合図したらせーので逃げるぞ。アレはヤバい、関わったら死ぬ。』

『わ、わかった。置いていかないでね?』

脳内花園お気楽少女イオンも、遺伝子レベルで警鐘が鳴り響いているらしく今回ばかりは真剣な眼差しだ。

『よし、いくぞ。1.2.3…今だ‼️』

瞬間、2人は後ろを振り向き、地面に転がった細くはない枝を踏折る程に蹴り、全力で駆け出した。

落ち葉で滑ったりしない事を祈り、持てる力を全て振り絞り山道を駆け降りてゆく。

そこに振り返って後ろを確認する余裕など、ありはしない。

目の前の蔓を掻き分け、貼り直されたばかりの蜘蛛の巣を突っ切り、ただひたすらに前だけをみて駆ける。

そして、ようやく木陰が途切れ、光が差す場所まで戻ってきたと思った次の瞬間のことであった。

ジュラとイオンはその男の前に飛び出てきていた。

理解不能な状況にジュラの頭がオーバーフローを起こす。

自分達は間違いなく山を下っていたはずであり、いくらなんでもさらに登ることは有り得ないはずである。

『まぁ落ち着け、斜面を駆け降りるとケガするぞ。』

男の口から出たのはその風貌に似つかわしくない忠告であったが、取り敢えず言語は通じそうな事に安堵すべきなのだろうか。

『ところで、そっちの赤髪のガキ…お前悪魔だろう?久しぶりに見たぜ。しかも、その角ということは王族か?』

なんでコイツは流れるように俺の個人情報を見破ってくるんだ?

エスパーって奴なのか?

『カンブロリウムのジジイはまだ生きてるか?ま、どうでもいいが…それより、』

謎の男がこちらに手を伸ばしてくる。

その時、ようやくジュラは我に帰り、イオンを抱えて後ろに飛び退いた。

周囲を支配する重圧からだろうか?たった一瞬のその動きだけでも息切れを起こし、呼吸が荒くなる。

イオンも口をパクパク動かしてはいるが、声になっていない。

極度の緊張でこちらの耳が音を拾っていないだけかもしれないが。

『ここで会ったのも何かの縁だ。ちょっと手合わせしようや…』

何ということだ、間違いなく今聞きたくない台詞ベスト4を争える言葉が聞こえてしまった。

煙幕でも起こして全力で逃げるという手も残されているが、ジュラ自身はともかく、イオンがそれで逃げ切れるかというと疑わしい。

覚悟を決め、丹田にグッと力を込める。

あの怪物を前にしても幸い足も手も(みっともなく震えてはいるが)動いてくれるようだ。

『こっちに来てまともに振るうのは初めてになるな…』

体の前で上に向けたジュラの掌に魔法陣が出現し、自身の角と良く似たアメジストをそのまま剣状に切り出したようなのような物体が現れる。

剣の柄に嵌め込まれた赤い玉石が謎の男を見据えるようにギラリと艶めいた。

ジュラと共に生まれ、今までの全てを共有してきた「魔剣アメーリオ」の地界初陣である。

よく手に馴染む柄を握りしめ、地面を強く蹴って男の元へと飛び込む。

一瞬で距離は縮まり、刀身が男の胸板を袈裟斬りにする…かと思われたが…その剣は男の軽いはたきでいとも簡単に弾かれ、そのままジュラは地面を転がる羽目になった。

『その剣は、YESと受け取って良いんだな?』

そこからはもう話にもならなかった。

何度も何度も剣を振るい、悉く男の素手に弾かれ、空を切り、挙げ句の果てには裏拳で受け止められる始末である。

そんな中、イオンは開けた口が塞がらないまま石のように固まっていた。

それも当然のこと、彼女が今までに見た一番レベルの高い闘争は幼い頃、祖父に連れられて見た2軍闘士の試合であったのだ。

そして今、目の前でそれを軽々と越える闘いが繰り広げられている。

脳が理解を放棄するのも当然といえば当然のことだ。

数えきれないほど剣を振るい、未だ有効打を与えられないジュラであったが、残り少ない体力と向き合い起死回生の一策を捻り出し、その一撃に全てを賭ける覚悟を決めた。

『受けてみろッ!魔剣 バール アメーリオ‼︎』

ジュラの魔剣により強く魔力が集まり、刀身が巨大化するとともに強い光を放ち始める。

『ほう、なかなか…』

勝手に値踏みするような視線を向ける男に、ジュラは全身全霊を込めて斬りつけた。

これすら及ばないならば諦めて辞世の句でも考えるしかない。

どういうわけか頭の中が変にクールダウンし、剣の軌道がスローモーションで再生したかのようによく見えた。

それだけに叩きつけられる絶望の二文字。

今のジュラが出せる最大の威力を目の前の男は、何の変哲もないただの直突きで打ち消し、それだけにとどまらずジュラの体をも吹き飛ばしたのだった。

地面を不恰好に転がり、頭を木に打ちつけてようやく止まったジュラ、少し遅れてパンチによって発生した猛烈な突風が木々の間を吹き抜けていった。

『さて、一応聞いておこう。続けるか?』

まだ魔法を使うという手は残されている。

だが、これほどの力の差では…

『降参だ…俺の…負けだ…』

男がほんの少し指を動かすと、ひっくり返っていたジュラとポカンとしていたイオンの位置がいつの間にか男の側に移っていた。

『自己紹介が遅れたな。俺はマオマオ、まあ箱の男って通り名の方が一人歩きしちまってるがな。』

なんと、あのノートで見た世界最強らしい奴にこんなにすぐ会うことになろうとは。

道理で勝てないわけだ。

『俺はジュラ・パズズ、あんたの言ってたカンブロリウムの孫だよ。』

『やはりか、魔剣が出てきた時点である程度の確信はあったが、アレに孫がいたとはな…で、そっちのお前は?』

『へ?私も⁉︎え…と、私はイオン・アイシクル、しがない一般人です!』

『変な自己紹介だな。まあいい、さて折角会ったことだし、お喋りと洒落込もうか。急ぐ旅でもないしな。何か俺に聞きたいことはあるか?』

相手に言葉が通じ、会話もできると知れば好奇心の塊の様な彼女が黙っていられるはずもなく…

『えっと、なんで急にジュラと闘ったんですか?』

イオンが恐る恐る聞いてみる。

『なんとなく、強いて言うなら趣味だ。』

どうやら、なんとなくで俺は後頭部にタンコブを作る羽目になったらしい。

ちくしょう

(そういや、なんでコイツは箱の男なんて妙な呼ばれ方をしているんだ?)

ノートで見た時から気になっていた。

見たところ角張ってるわけでもなし、渾名にせよ通り名にせよ珍妙な呼び名である。

タンコブの分くらいは質問攻めにしてやろうとジュラはその疑問を口にする。

『なんであんたは箱の男なんて呼ばれてんだ?そんなカクカクしてるわけでも無さそうだし。』

マオマオは掌を上に向け、そこに小さな透明の箱を作り出した。

『それは俺の能力ゆえだ。俺はこうして箱を作り出し、内部を自在に操作することができる。例えば…』

掌サイズの箱が一気に大きくなり、内部で吹雪や雷が吹き荒れたかと思えば、次の瞬間にはがらりと様子が変わって燃える雨が降り注ぎ出していた。

『と、こんな具合だな。他にも、初対面の人間に背を向けて走り去るつれないお前らを引き寄せたのも箱の能力だ。』

先程まで異常気象のバーゲンセールのような状態になっていた箱の一面が開き、その中にマオマオが背中から倒れ込んで呑み込まれ姿を消した。

驚いて辺りを見回す2人に上から声がかかる。

『ここだ。』

声の方を見ると突きの余波で少し曲がった針葉樹の頂点にマオマオが立っていた。

『こんなふうに瞬間移動じみたこともできる。他には箱に閉じ込めた物を完全にこの世から消し去ったりもな。そして…』

マオマオが顎で空を指し示した。

示されるままに見てみると、何やら空の様子がおかしい。

まるで巨大なガラスの壁でも立っているかのような…

『あの〜もしかして、箱ってどこまでも大きくできるんですか?』

『どこまでもかどうかは知らんが、少なくとも小国一つ分ぐらいなら覆えることは確認済みだ。』

なんという能力だろう、ただでさえ理解不能に強いのにこれでは反則のような物だ。

マオマオが空中に出現させた箱に腰掛け、木からゆっくりと降りてくる。

『上に乗ったら空も飛べるしな。使い方は想像力次第といったところか。さて、俺が箱の男と呼ばれる所以はわかったか?』

『十分すぎるくらいにな…』

『そりゃよかった。さて、他にはあるか?』

『なんでそんなに強いんだよ…ムチャクチャだ…』

『俺だからだ。はい、次。』

思わず口をついて出た言葉にこの上なく単純明快な答えを返されてしまった。

強烈で過度な絶対的自信、傲慢とも取れるそれが目の前の男の強さを裏打ちしているのかもしれない。

果たして、自分にこの男の1割ほども自信が持てるだろうか?

『ふむ、その沈黙はもういいとみなそう。構わんな?それではこちらの番だ。そうだな…この辺りで美味い飯屋を知らないか?』

意外なほどに普通の質問であった。

てっきり何も食べずに生きてる仙人やら常に狩りで生きてる野生の獣のような存在であるとばかり考えていたジュラは拍子抜けする。

『えーと、それなら私の住んでる村に一軒凄く美味しいところがあって、ボンボン亭ってところなんですけど…』

『ほほう、それは嬉しいな。今日はまだ不味い獣を一頭食っただけだったから美味い物が食いたかったんだ。』

やっぱり後者だったらしい。

『あ、じゃあ案内しますよ〜ウチの近くですし。』

『悪いな、お嬢さん。』

そうして山を降りる道に向かって歩き出そうとした3人であったが、数歩もいかぬ内にマオマオが歩みを止め、空を見上げた。

『ジュラ・パズズよ、お前に手合わせの礼をまだしていなかったな。俺は恩義にはそれなりの礼を持って返す主義でな。少し面白いモノを見せてやろう。』

マオマオが頑丈な長弓を引き絞るかのように腕を振りかぶり、拳を握りしめる。

すると、腕の周囲には目で見えるほど濃密で大量のエネルギーが集まり、強い光を伴って高速で回転し始めた。

『イオン!どこかにしっかり捕まっておけい!そしてジュラ!貴様自身の弱さを知れ!次に俺と合間みえる時には多少なりマシになっているようにな!』

マオマオは獣のそれにも似た大音声を上げ、空に向けて真っ直ぐに拳を突き出した。

その膨大なエネルギーは空に浮かぶ綿雲を容易く引きちぎり、豹のように空を駆け上がってはオゾン層すら恐れ慄かせたに違いない。

暴風が吹き荒れる中、なんとか周囲を確認すると、辺りが異様に暗い。

まだ夜には早い時間どころか日没も訪れていないはずだが…?

ふと気づく、マオマオが空を見てみろと言わんばかりに親指で指し示している。

顔を上げて見上げると、空にポッカリと穴が開きそこには儚げに瞬く星空があった。

それは幻覚でも錯覚でもなく、うろ覚えの星座を辿ることさえできるほどハッキリと見えている。

間違いなくこの一ヶ月ほど窓から見続けた星空だ。

通常、昼間では大気と日光に遮られて星空が見えることは無い。

と、いうことはたかだか拳の一撃で大気を吹き飛ばしたとでもいうのか?

理解しようとすればするほど頭が痛くなってきた…

『これぐらいのことができれば後世に轟く伝説の一つや二つは簡単に作れる。覚えておけ、世界にはこの程度は成せるような怪物がゴロゴロいることを。ま、どいつもこいつも俺ほどではないがな。』

ああ、今日だけで何回言葉を失ったのだろうか。

背後から一陣の風が吹き抜け、直後に猛烈な突風が後を追っていく。

どうやら、吹き飛ばされた大気が大急ぎで戻ってきたようだ。

大木がしなり、無数の木の葉が舞い上がる。

ジュラも思わずよろめいたがなんとか踏みとどまった。

『…なんか息苦しいと思ったら、お前かよ。』

気づけばイオンがジュラの首に手をまわしてガッシリとしがみついていた。

『しょうがないじゃない!掴まれそうなのがジュラしか居なかったんだよ!』

『わーったって、耳元で大声出すなよ。てか首絞めるのはヤメロ。』

数秒後、風が収まり空は既に数分前の様相を取り戻していた。(まだ雲は一つたりとも戻ってきていなかったが)

『さ、案内して貰おうか、お嬢さん?』

 

帰り道、特筆すべきことは何も無かったと言える。

普通に山道を降り、特に何事も無くボンボン亭にマオマオを案内し、手を振って分かれた。

いつの間にかイオンはマオマオと打ち解け、最後の方に至っては10年来の旧友のように会話していた。

そういうところは真似できる気がしない。

すごい奴である。

その後、家に帰った俺たちは夕食をとり、ぐっすりと眠った。

驚き過ぎて疲れていたせいもあったのか、実に快眠だった。

その日の夜はきっとどこの家でも話題に事欠かなかっただろう。

なにせ、夜空が突然出現することなどそうそうないだろうから。




こんな小説モドキを書いてることからも薄々察していただけるかもしれませんが、厨二病って治らないもんですね〜
もう心の底から厨二病です。これまでも、今も、おそらくこれからも、私の心は根っからのガキンチョのままでしょう。
なんと残念で喜ばしいことやら…
深層心理ネオテニーとでも申し上げましょうかね…

登場人物

アミン
イオンがコンピュータを作る過程でどこをどうしたのか自我を持って生まれた飛行機操縦用コンピュータ。
生後10ヶ月ではあるが、非常にガラが悪く、口?を開けば常に毒を吐いている。
本人曰く世界最高の叡智らしい。
ちなみに、自我を持った機械は他にもいる。

マオマオ
全生命の頂点、怪物、箱の男などの数々の異名をほしいままにする最強生物。
一応ヒト科ヒト属ホモ・サピエンスであり、生まれは小さな南の島国に記録がある。
その島国には苗字という概念が存在せず、同じ名前の者は接頭語で呼び分けられていたらしい。(例 森のマオマオ、海のマオマオ等)
ちなみに箱の男は砂のマオマオと呼ばれていた。
今は世界を気ままに旅し、自身の強さに磨きをかけているとか。
出身地以外の生い立ちなどはほぼわかっていない。

用語集

天上天下食材目録
世界の食材をまとめた本。
著者は掠れて読めないが、相当のグルメだと思われる。

イオンフライヤー
イオンが8歳ごろからコツコツと作ってきた飛行機。
中古の旧式飛行船を譲り受け、改造と修繕を重ねて形にしているため、飛行船的機能も併せ持っている。
生活に必要な部屋はだいたい揃っているので、荷物さえ詰め込めばすぐにでも飛び立つことが可能である。

魔剣アメーリオ
ジュラの産声と共にこの世に現れた魔剣。
刀身は彼の角と同じ紫色で、一般的なロングソードと呼ばれる剣の形をしている。
生物の意思に反応したり魔力を集めやすい性質があるようだが…
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