『わたしは反省のできる店長です。なので、朝ごはんの前にご紹介しておくことにしました。こちら、本日より白子鳩に復帰するノリスケさんです。』
巨大な男だった。
その身の丈はゆうに3.5mを超えていたし、靴ひとつをとっても丸まったイオンが入れそうな大きさだった。
『お初にお目にかかります、クロロ・ノリスケです…食材管理を任されております。担当楽器はチューバです。どうぞよしなにお願い致します。』
微小な声だった。
瀕死の蚊だってもうちょっと頑張れるであろう。
現に、耳の良いジュラやライコはともかく、イオンはよく聞こえなかったのか、少し顔を傾けていた。
『逆に、こちらがアルバイトとして来ていただいている、イオンちゃんにジュラさん、ライコさんとカブさんです。あ、左から順ですよ。』
ノリスケが頷く。
『ご紹介にあずかりました、バイトリーダーのイオンです!こちらこそよろしくお願いします!』
名乗る分にはタダ、そんな称号である。
サイズ差の著しい右手が握手を交わした瞬間、騒々しくアヤカシとDが飛び込んできた。
『おお!帰ってたなら言ってくれよお義父様!痛むとことか無いか?』
『風呂を沸かそうか、お義父様。』
ジュラがコトネとノリスケを交互に見る。
確かに、雰囲気はどこか似通ったものがあるが…
『君達も変わりないようで何よりだ。だが、そのお義父様呼びはアタックを成功させてからにしてほしい、せめて。』
『『はい!』』
『すげーよな、もう結構日数経ってるのにさ、未だに俺たち置いてけぼり食らってるんだぜ。』
『オレぁもうキレる気も失せた。あぁなんか殴りてぇ〜。』
『物言いが物騒過ぎるだろ、カルシウム摂れ。まーでも、俺は安心したぜ。何しろ、店長のためなら人でもなんでも埋めそうな面子ばっかりだったからさ。』
『ハ、どうだかな。オレに言わせりゃ、人間なんざ大抵どっかはネジ外れてんだよ。特にこういう連中は。あのデカブツもまともじゃない可能性大だろ。』
『そりゃ、お前基準なら生命体の99%はイカれてるだろうよ。』
『あ?口ごたえしたな、ケリつけとくか?』
『おふたりとも!』
『『うひょあ!』』
コトネがぬるりと2人の間に立っていた。
『これから開店なんですから、けんかなら休憩時間にしてください。お店の裏とかで。』
『あ、止めはしないんすね…』
『法律に則った決闘を止める権利はありませんから。でも、できれば仲良くしてくださいね。』
『そうだそうだ、コトネさんの仕事を増やすな!』
『度し難いこと、この上無い。』
親衛隊まで出て来たことで毒気を抜かれたか、ライコが首を振って自らの配置へ戻ってゆく。
本人が散々文句を言っていたその衣装も、この数日で馴染んだのか、ほんの少しサマになっているように見えた。
壁を伝って伸びて来た触手がライコの耳をくすぐっていた。
壁にもたれかかったまま、夢現の旅路にあったライコは何度かそれを払いのける。
しかしそれは、挑発するように何度も顔に触れ…急速に積もったライコの癇癪は、彼が目を覚ました瞬間に沸騰した。
『上等だカエル野郎、ドタマカチ割ってヘビ突っ込んでやる‼︎』
荒々しくホールに向かうライコ、飛び込んだ彼が見たものは…
『いや〜、やはりここまで立派な個体は初めてお目にかかる。しかも会話が適うってのがまたグッド。で、貴公はどこから来たの?個体群の規模は?どういうルートを、どれくらいの周期で移動してるのかな?』
悲痛な顔のカブウが、全身に革ベルトを巻いた不審者から猛烈なナンパを受けていた。
その喉にある大きな傷跡を見る限り、平穏とは無縁の暮らしを送ってきた者なのだろう。
つまり、過度な手加減は必要無いということだ。
ライコが舌なめずりしつつ袖を捲る。
元々が暴力に生きる男であり、丁度オルガン弾きだけでは物足りなかった頃合いだった。
『いや、我ながら猛省すべき不躾な態度でした。陳謝します。申し訳ありませんでした。』
全身を締める革ベルトの上から、さらに手足を縛られた男が床に転がっている。
およそ憩いのカフェでの優雅な午後、とは言い難い光景であるが、実態は実態なのだから仕方が無い。
異常にしわがれた声に捲し立てられ、カブウはすっかり辟易モード突入寸前であった。
『これほどのサイズのオオキバツノガエルの標本、それも保存状態最高のものに出会えるなんて、そうあることじゃあなく…興奮し過ぎてしまいました。』
男の鼻から一筋の血が垂れる。
残念ながら、言葉に偽りは無さそうである。
『オレぁ誰の癖が捻じ曲がってようが知ったこっちゃねぇが、とりあえず気色悪りぃから失せろ。』
『そりゃあんまりですよ、そして貴公に誤解が1つ。私が抱いているのは、純粋な生物学的興味であって、ねじくれた性的欲求じゃあ無いのです。こちらをどうぞ。』
どういう手品か、縛られた男の懐から硬質の薄板が滑り出てくる。
ライコが拾い上げると、その表面は洞窟内の鍾乳石のように湿度を保っており、何かの彫刻がなされていた。
『んだこりゃ、文字か?オレは読めねぇぞ。』
投げ渡されたそれをカブウが見やり、目を見開く。
『パーム・コーパル、「コーパリア生物観測研究所」所長兼主席調査員…ビックリするほど真っ当な自称だ…』
ベルト男がニヒルに笑う。
『ご理解いただき幸いです。さきほどの失礼は職業病みたいなもので、全く邪な意図は……』
ライコが拳を鳴らす。
『ま、不審者には変わりねぇな。適当にボコして外に投げるか。』
『顔と手は勘弁してください、研究が滞ってしまう。時に貴公方、ここは長いのですか?』
『コイツ会話ってモンを分かってんのか?それとも、脳ミソのシワにアイロンかけちまったのか?』
『ウウム、厄介なことに一応共通の常識というか、道徳の上では話せているようだからねぇ…そして、質問の答えですがお客様、我々ココには着いたばかりでして、土地勘などもまだまだといった具合でございます。』
『そうですか、カフェなら情報が集まると思ったんですけれども…んー。』
『何かございましたでしょうか、お客様…これは…』
騒ぎを察知し駆けつけたノリスケが、縛られ転がされた客を見て言葉に詰まる。
『ライコさんだったね、これは…正当な理由あっての結果だと誇れますか?』
『たりめぇですが。減給なんぞとかするつもりで?』
ノリスケが頷く。
『それなら問題無い、ライコさんを信じよう。』
予想外の言葉に、ライコも噛み付く語彙が見つからなかったらしく、黙り込む。
『おお、そこなる巨躯の御仁、貴公はかなりの古株だとお見受けします、如何ですか?あ、私の名前等はそちらお二人に聞いてください。』
口を開くのはこの男だけである。
『店を構えて12年になります。まだまだ新参者ではございますが、ある程度のご質問であれば。』
『謙虚な御仁ですね、ではお言葉に甘えて。貴公はこの辺りで「グルグルヘビ」を見たことがありますか?』
ノリスケが首を傾げる。
明らかな『知りません』の反応だった。
『そもそも、ヘビは大概グルグルしてんだろ。』
ライコの言葉にパーム・コーパルは首を振って応えた。
『そういった意味じゃあなく、このグルグルは回転のグルグルで…』
『失礼します、お客様。それは所謂ガラガラヘビとは別のモノなのでしょうか?彼等なら適当な岩陰に行けば見られますが。』
『うーん、このカブウも初めて聞く名です。御期待に添えず申し訳ない。』
『いやいや、珍種ゆえ致し方無いことで…ああそうだ!特徴を今からお伝えするので、是非記憶を探っていただきたいです。』
名前は知らずとも、見たことがある。
そういうものは枚挙に暇無しと考えれば、真っ当な提案である。
3人の沈黙を傾聴と受け取り、パームが言葉を続けた。
『グルグルヘビは、ヘビと銘打ってはいるけれども、小型の鱗王類…要はドラゴンに属する生物です。小さいものの、ちゃんと鉤爪の付いた四肢もあります。全長は45cm程度で、生きてるうちは、背中に枯れ草に似た模様が入っているとの記載がありました。頭は少し細い台形で、舌は分かれていない点で識別しやすいです。そして、最大の特徴は、回るのですよ、尻尾が。』
ライコが自分の尻尾を振ってみせる。
『そりゃ回るだろ、骨も神経も繋がってんだからよ。』
『いやいや、正確に言えば尻尾そのものが回るわけではなくて、尻尾を軸にして特殊な鱗がその外周を回るんです。オマケに、鱗に開いた穴から何か飛び道具を発射するとの話もあります。』
3人の頭にそれぞれ思い思いの珍獣が浮かぶ。
『まるでガトリング砲ですな…いや、待てよ?もしや、それは所謂砂小人のナワバリというものでは?』
カブウの言葉にノリスケが体を震わせ反応する。
『砂小人の話なら私も耳にしたことがあります。荒野を行く旅人が、稀に出会う小規模の禁域…踏み越めば忽ち毒矢を射かけられ苦しむことになると。』
パーム・コーパルが指を鳴らす。
『正にそれです!やはりこの地域で間違いは無かった。なら後はどうにか存在をPRすれば…』
『PRですか?捕まえるわけではなく?』
『ああ、言いそびれていました。この調査の目的は、絶滅に向かいつつある彼等とその住処たるこの荒野を守り残していくことなのです。だから生態や個体数の調査目的以外で捕まえる必要はありません。砂小人の話にもあるように有毒で危ないこともありますので。』
『んなモンにんなワケで良くノコノコ近づくな、ヒマなのか。』
ライコという男の脳内では、一銭にもならなそうな苦労は解読されないのである。
『グルグルヘビは元々の個体数が少ないらしく、かねてより幻の竜に数えられてきました。しかしそれ故に捕獲された物は高値で取引され、追い討ちをかけるように住処は牧場へと姿を変えてゆく。今、対処しなければ…遠からず永久にこの世から消えてしまうのですよ。』
『そうですかい、そりゃあ一大事だ。まぁ手前の金で頑張る分にはいいんじゃねぇの。』
『私はただ、この素晴らしき命の煌めきを孫子の代が同じく見られるようにしたい。それだけですよ。』
パームがニヒルに整えた笑顔を浮かべる。
黙り込んでいたカブウがしばし言葉を選び、口を開いた。
『生前、野生を駆けていた身体としては実に興味深く、また少々傲慢…あえてこう言いましょう。そんな話と感じました。』
『なるほど、それは破壊を伴わないだけの、独りよがりな管理ではないかと?それを言われると弱いですね。だって、正しくその通りなんだから。』
その本意は意外な程にあっさりと曝け出され、問いかけたカブウの方が反応しかねていた。
パーム・コーパルが椅子に背中を預ける。
『やっぱそういうこと聞く?聞きそうな顔してるたぁー思ってたけどさ。肩肘張るのも疲れるから、このまま行かせてもらうけどなー、俺ちゃんって本業は狩人だったのよ。贄竜のコーパル一族って聞いたことない?』
ノリスケが顎に手を当てる。
『お名前を伺った時、もしやと思っておりました。私の記憶が正しければ、遠方の山岳地帯で竜狩りの伝統を受け継ぐ血脈であると耳にしております。』
『そのとーり。ま、もう廃業しちゃったし、食い扶持探して一族バラバラになっちまったけどねー。』
パームがテーブルの上の水を飲み干す。
『このカブウは、一度大型竜の解体競売に立ち会ったことがありますが、全ての部位に対し金が動いていた。それを、廃業…まさか。』
『おっしゃる通り、竜って命はすげえ偉大でさ、捨てるとこが何も無いのよ。鱗のカケラも、血の一滴も、腎結石すら名前と等級がつけられ価値を持つ。だから俺ちゃん達は徹底的に素材を痛めない狩猟法と、一切の無駄が出ない解体法を伝えてきたわけだ。んで、そっちのカエルさんは察してるみたいだけどさ、俺ちゃんのご先祖達がその名を冠することを許された、竜の楽園コーパリア…そっから竜、消えちまった!』
『やはり…か。ちなみに、推測できる原因は?』
『滅んだのは「ホカケタカネリュウ」のコーパリア亜種。原因は…正直どんな文献当たっても分からなかった。前の年の酷い寒波か、餌場の森の大量枯死か、感染症の蔓延か、あるいは…シンプルに、後先考えず獲り過ぎたか。』
パーム・コーパルが天井を仰ぎ見る。
『たぶんこの辺の複合要因だと思うんだよなー、確証は無いけど。俺ちゃんさぁ、狩人として自他共に認める天才ってやつなのよね。初めて成竜仕留めたのは11だったし、鱗一枚あれば持ち主のバイタルだって分析してやれる。もうかれこれ100…アシストも含めたら200は殺してるかな。』
淡々と語るパームの声に後悔は無い。
『あんときゃほぼ毎日狩場に潜ってたっけな。そのくせ獲物の異常減少にも気づかないんだから、俺ちゃんってばいい笑いもんだぜ。んで、忘れもしない一昨年の11月4日、俺ちゃんが仕留めた一頭以降、コーパリアで大型竜は見つかってないってワケよ。』
『今の行動は罪滅ぼし、というわけかい?』
カブウが問い、パーム・コーパルはほんの少し考えて答えた。
『いいや?たぶん違う。生物である以上いつかは必ず滅ぶんだし、少なくとも俺ちゃんは全ての狩りに命を賭けて、しくじったら竜のエサになる覚悟でやってた。そこに後腐れはねーや。』
『んじゃ他所で続けりゃいいだろ。儲かるんなら尚更もったいねぇ。』
『人狼クンの言う通り。俺ちゃんも次の狩場でやり直そうと思ってたんだよ。でもさ、家業畳んで旅立つ前、最後にワンチャン狙って巣のあった場所行ったんだ。当然材料の枯れ枝とか砂粒みたいになった卵の殻くらいしか残ってなくてさ、やたらシーンとしてやがるのよ。あれだけ居た雛の声も、親同士の小競り合いの声も、血気盛んな雄同士の威嚇も、何にも無くなった。そん時初めて、大事ななんかを失くした気分になってな、衝動のままに研究団体立ち上げて、あちこちで竜の保護やってるって流れよ。』
ノリスケが頭を下げる。
『その清い行動原理…敬服いたします、お客様。』
『よせよせ世辞は。ま、あれだけ奪った後だ、与えてみるのも悪くないかもな…っていうしょうもないエゴで動いてるのが俺ちゃんだぜ。』
きっと、この男は死ぬまで同じ活動を続けるのだろう。
探し、調べて、声を上げる。
後悔は無く、誰からも誹りが無かったとしても、自身に開いた穴を強引に埋めて前を向くために。
本人に意識は無くとも、それは今を生きるための贖罪だった。
『それが、わかっているのかい…なら、そうだね。頑張りなよ、お客さん。』
『ありがたいお言葉だねぇ…そうそう、研究所と名乗っちゃいるが、現メンバーは俺ちゃん1人だからクビになったら連絡しといでよ。歓迎するからさぁ。なんなら、活動対象広げるってのも面白い。ほら、おたくらも全員立派な絶滅寸前種だし。』
人狼とオオキバツノガエル、あまり意識したことは無かったが、言われてみればその通りの希少種である。
では、ノリスケは…
『遠慮しておこう、既に死んだ身で現世の大事を成すなんて、ムシの良すぎる話だ。』
『どうでもいい。オレはオレが幸福なら満足する。』
『気づいて、おられたのですか。』
『おっ、1人乗ってきた。まあなんとなく骨格がね。貴公、「巨人」だろう…いや、ハーフかな?』
『御慧眼です。母方より血を継ぎました。これまで幾度も探してはいるものの、同族に会ったことはございません。』
『なんだ、貴公も探訪者だったのか。んじゃここが潰れたらおいで、まだまだ資金は残ってるからさ。』
『お客様、あんまり潰れるとかの話は御遠慮いただけると…』
『そりゃそうだ失礼、俺ちゃんやっぱ代表とか向いてねーなぁ。影武者立てるか。人狼クンとか興味無い?たぶん人間の俺ちゃんがやるよりウケいいと思うんだよね。』
『くたばれ。』
『なはは、フラれちゃった。まぁ、ならせめて以後のコーパリア生物観測研究所の応援よろしく〜。』
『なんかイラついた、やっぱ殴っとくか。』
『どうどう、一旦落ち着きたまえよライコ。ほら、そろそろ衝動を奏でる時間じゃないか。』
壁掛け時計が午後2時を告げ、アヤカシがステージの準備を始めていた。
『みなさま、本日もご来店ありがとうございます。そうそう、私事ではありますが、今日嬉しいことがありましたので、聞いていただきます。ぜひ寝ないでください。今日わたし、久しぶりに卵を割ってみたんですよ。そしたらなんと!中からつやつやの黄身が四つ、四つ子だったわけです。不肖コトネ、27年とちょっと生きてきましたけど、初めての出会いでした。まぁ…殻が粉々になって黄身を潰してしまったので、誰にも見せられませんでしたが。その後は目玉焼きでいただきました。かなり焦げてはしまいましたが、流石は四つ子ですね。4倍濃厚な生命の味がしました………コトネジョークですよ。え?時間が押してる?うーん、まだまだ喋り足りないところではありますが、仕方ありません。それではみなさま、お聞きください。本日の一曲、『虹降る水道』です。』
一瞬の静寂の後、カブウの全身とライコのオルガンからケタ違いに明るいメロディが弾き出される。
二呼吸おいて存在感を発揮するのは、ノリスケの操るチューバの力強い音色だ。
雨上がりの妙に軽い気分の裏で、地面スレスレに残った湿気が『忘れないで』とせがんでいるような、音の対比が生まれる。
跳ねるように行く音符、それでいて重力は確かにそこに在った。
このアレンジにおいて、提琴達はあくまで脇役。
真反対の音の間をとりなすマネージャーに徹するのが任務である。
虹とは降るモノではない。
それは単に大気中にて発生する、メカニズムの解明された光学現象の一つであり、世界各地における文化の醸成に大いに寄与した、情緒的酵母の一つである。
だが、その道には、確かに虹が降っていた。
その中心を行くモノを労い、肩を優しく押すように。
『中々の名演奏だった、できれば次はもうちょいといい席で聞きたいけど。』
床に転がったままパーム・コーパルが不平を呟く。
『あー?まだ居たのかよコイツ。』
ライコが欠伸をしつつ体を伸ばす。
『ひでぇ、こんなにしたの人狼クンだろうに。まったく、過ぎたる不遜は損するぜー?』
『あ…お待たせしました御客様、只今縄をお解きします。』
パームが目線だけを上げ、ノリスケの胸に付いた不釣り合いに小さい名札を読む。
『たった今思い出したって顔してら。いいよいいよ…ええと、ノリスケさん?こんな危険人物、縛っとくに限るって。にしても、カエルクンと人狼クンもちゃんと名札つけてくれねーと、個体名で誰か呼ぶ機会なんてあんま無いからさー。』
『これは失礼しました。私はカブウ、オオキバツノガエルのカブウです。そしてこちらはライコ。』
『勝手に教えんな。特に、こんな詐欺師みてぇな奴にはな!』
『カブウさんに、ライコさんね…ていうか、詐欺師呼ばわりってのは心外だ、俺ちゃんただの真っ当な偽善者だぞ?経済の不健全な発展を邪魔してこそいるけど、一円も掠め取ったことは無いよ?』
『善人を名乗る奴は漏れなく悪党だが、偽善者を名乗る奴は狂人だ。病気だぜテメェ。』
『細菌性かウイルス性か、真菌性だったら嫌だな。竜と人との共通感染症がある。』
ライコからの真っ直ぐすぎる敵意を意にも介していない、あっけらかんとした態度だった。
『…もし、そのグルグルヘビが滅んでいたら?仮に、全てのドラゴンがこの世から姿を消してしまっていたら…パーム・コーパル、貴方は自分の生を歩むのか?』
一呼吸置いて発されたカブウの問いに、一瞬パームの顔から血の気が引く。
逆鱗に触れた、誰もがそう感じる表情であった。
しかし、その気配は瞬く間になりを潜め、パームが再び柔和な笑みを浮かべる。
『意地悪だなぁ、そりゃ意味の無い仮定ってもんだ。あらゆる小型種だとかツチドラゴンの連中まで滅びてるってんなら、そこはただの冥府じゃん。俺ちゃん達含めて、生物なーんも残らないよ。』
『このカブウは、今人生哲学の話をしているつもりですが。』
『そーかい、じゃ言うけど。竜がもう滅びてるってんなら、それに代わる別の何かを守ってやる、それを繰り返すだけの話よ。』
『そこにこだわりは無いと。』
『無いワケじゃないけど。やっぱ俺ちゃん竜好きで、最優先もそいつらだし。彼等の繁栄のためなら大体のものは対価に出せると思う。』
『ハッ、理解不能だな。んじゃそのうち超古代の巨大竜なんかも増やしてくれんのか?もう滅んじまってるって、オレ昔図鑑で見たぜ。』
多分に嘲笑を含んだライコの言葉、トゲを隠そうともしないそれを、パームは平然と受け止める。
『古代竜の生存説に関しては俺ちゃん的にも2.3日語り明かしたいとこだけど、多分そーゆーのを叶える日は来ないかな。おたくら、トリアージっつって分かるかい?』
『切羽詰まった医療現場で、患者を治療優先度を元に分類する…というやつですね。』
『流石、ええと…カブウで合ってる?まいっか。それで、そのトリアージにおいて一般に一番優先度が高いのはどんなだと思うよ?』
『子供ではありませんでしょうか。というよりは…そうあって欲しいものです。』
ノリスケが目を瞑る。
『雌ではありませんか?自虐するようですが、雄は種の保存に費やすエネルギーが少ない。替えがきく。』
野生動物的視点である。
『金持ってる奴だろ。大体腐る手前のカブみたいな体型で、フォアグラでも腹で養ってそうな。』
曇りきった世界観である。
『なるほど、けれども残念全部ハズレ。そういう分類やってるとこも無いとは言わないけど、現状の基準だと種族性別身分に関係無く重傷か否かで判断することになってる。最優先の重傷は赤、次に黄色.緑ってな。』
ノリスケが首を縦に降る。
『確かに、そのような識別なら内紛地で見たことがあります。ただ、その現場ではもう一色、黒も使われていました。』
『アグレッシブな経験してんなー巨人クン。そうなんだよ、もう一色…優先度でいうと最低の分類がある。死体、あるいはそれに限りなく近い患者を示す、黒だ。』
ライコが頷く。
『そりゃ死体治しても仕方ねぇからな。リアルめのままごとでもすんならともかく。』
『だろ?おんなじことだぜ、古代竜なんかは原因はどうあれ、一度野生のリングから降りたんだ。ゴングが鳴った後、『やっぱもう一回』って戻るボクサーはいねーだろ?連中はな、もうとっくに『黒ラベル』を巻いちまってるのさ。』
『では、彼等には救い守る必要が無いと?』
『正確に言うなら、俺ちゃんが意義を感じねーって理由だな。金突っ込んで蘇生研究やるんなら、ガヤくらいにはなるし、成功させりゃスゲーとも思う。ただ、俺ちゃんはやらない、それだけさ。それに…古代の偉大な生き物を、今に生まれただけの俺ちゃんがどうこうするなんて、『傲慢』だろ?』
言葉を返されたカブウが沈黙する。
その静寂には、納得と憐憫の気配があった。
パームが壁の時計に目を向け、やや額に皺を寄せる。
『あの時計合ってる?だとすりゃ俺ちゃん、そろそろ出なきゃなんだけど。』
『はい、シェフのアヤカシが調整しております。』
『そりゃ残念、話し込み過ぎたか。』
パームが伸びの良いTシャツでも脱ぐかのように、難なく拘束から抜け出る。
『あ?テメェまだ暫定不審者だろうが!帰りたきゃ縄巻き直して蹴り出してやるっ!』
ライコの振り回す爪を躱し、パームが音も無く床を滑って入口付近まで移動する。
『コエー、俺ちゃんの戦闘技術は対竜特化なんだ。ケンカなら他所の誰かと頑張ってくれ。…生きるってのは、何かを探し続けることだ。食料を、安堵を、愛憎を。俺ちゃんも腰を上げて『生きる』としよう。それじゃ、汝求めるものを探したまえよ、親愛なる『赤ラベルの探訪者(レッドラベルトラベラー)』の諸君!』
先を急ぐようにドアを出るパームに、ノリスケが頭を下げる。
『ありがとうございました、またのご来店をお待ち申し上げております。』
カブウが溜め息を吐く。
『まったく、不器用な人間だったね。にしてもこの縄…何かヌルッとしたもので覆われている。成分としては植物性の油脂に近いか…どこかに隠し持っていたか、能力の産物か?中々興味深いんじゃないかい、ライコ?』
カブウの問いかけを聞いているのかいないのか、その事実に気づいたライコがポツリと呟く。
『あの野郎、水だけ飲んで帰りやがった。』
この店の経営が赤ラベルになったら、それはきっとヤツのせいである。
『フーン、なんか変人の密度高いんだなこの辺。』
『我々の存在を含めて、それは否定できないね。』
剥製と悪魔が苦笑いを浮かべる。
『にしても珍しい、てか初めてじゃね。カブさんがそんなに嫌う相手なんてよ。』
『別段嫌いというわけじゃないよ。自分に正直なとことか、特に好ましい。ただ、彼と通じ合うにはこういうやり方がベストだと思ったまでさ。』
『オレは嫌い、クスリでポンになったのと話してる気分だった。』
ベッドに寝転んだライコが、不機嫌そうに尻尾を振る。
いつものことである。
『にしてもまぁ、デカいとは思ってたが…巨人とはねぇ。神代の存在だと思ってたぜ。』
『ウムゥ…このカブウもそういう認識だった。生前含めて見たことなかったしね。それに、ノリスケ氏がずっと同胞を探し続けていても、手がかり一つ掴めないらしい。』
『そうか…でも巨人の寿命は長いって聞くよな。ノリスケさんが何歳か知らねーけど、まだ希望はあるか。出会えるといいよなー。』
『まったくだね。かつては俺も蠱惑的な雌を探した身、僅かながらその気持ちも理解できる気がするよ。』
いつも通り大きなカブウの顔をなんとなく見つめ、ジュラ・パズズは考える。
生命が何かを探し続けるものなら、自分は今何を探しているのだろうか。
そして、何を見つけるべきなのだろうか。
『…目下、経費削減法かな。カブさんの飯半分にするか。』
『突然ナゼに⁉︎嫌だぁっ、このカブウはっ、基本的人権の尊重を要求するぅ!』
『あんたカエルだし、死体じゃねーか。ま、冗談だよ。魔界ジョークってやつ。』
深く気にしても仕方無いだろう。
ジュラはすぐにそう思い直す。
何せ、旅の目的からして『見識を広める』とかいう、フワッとしたものなのだ。
そう簡単に指針が定まるはずも無い。
だったら、今しか無い今を楽しむのが吉だろう。
少なくとも、今この瞬間も何かは積み重ねているのだから。
『そういや、あの人お義父さんとか呼ばれてたな。てことは、店長も巨人の末裔ってことになんのか。』
カブウが触手を交差させて否定を示す。
『いや、どうもノリスケ氏は育ての親で、店長の生物学的親御さんは別にいるらしい。』
『通りで、雰囲気以外似てねーワケだ。まぁ親子仲良さそうだし、結構な限りだぜ。』
聞き耳を立てるにも飽きたのか、ライコがランプのスイッチを引く。
アヤカシ謹製、点けると暗くなる『曇暗器具』とでも定義すべきアイテムである。(普通に灯りを点け消しした方が早いことは作成後に気づいたらしい。)
『勝手に消し…あぁ点けてんのか、ややこしい。まぁ…明日もあるし俺も寝るか。』
『賢明だね。じゃあおやすみ、いい夢が見られる分泌液は要るかい?』
『なんだその麻薬の売り文句みたいな液は。面白珍獣化に拍車待った無しじゃねーか。じゃ、おやすみ。』
真っ暗になった部屋で灯りを消す。
確かにあるスイッチを押した感覚に反し、変わらない視界。
なんだか、一種の儀式めいているような、かつがれているような、そういう入眠であった。
設備への投資とは、実に難しい命題である。
多くの場合は制限がある中で、どこにどれだけのリソースを注ぎ込み、強味としていくか。
正解がないからこそ、各々が導き出した結論が戦略と呼ばれ、この色とりどりの世界に重要な妙味を加えているのだ。
例えば…キッチン。
余程でない限り、誰でもイメージ通りな火加減が可能なコンロに、カップを1人でにピカピカにしてくれる食器棚は多忙な調理者の強い味方だ。
例えば…床板。
極限まで追求された防臭防音機能は、日常生活でも営業中でも、常に快適性に寄与している。
オマケに、すこぶる丈夫にできている。
例えば…食材保管庫。
お値段要相談、特注の冷却機構を組み込み、種類ごとの適切な保存を可能とした夢のシステム。
天候が大荒れしても十分に籠城できる量が入るその大きさも、魅力だ。
そして、何より奥には特定の手順を踏んで開く、秘密のスペースがある。
ヒンヤリとしたその場所は、電灯を点けるまで薄暗く、狭い区画が幾つも積み重なっている。
当然、中身は鮮度が命、土気色のナマモノである。
我が時に限りはあれど、世に面白き書は尽きぬ、くー。
登場人物
クロロ・ノリスケ
カフェ白子鳩の食材管理担当。
巨人と人間のハーフであり、自身のルーツを探して足を伸ばしてきた。
穏やかな性格は義娘の言動にも大きく影響している。
ところてんが好き。
パーム・コーパル
元は凄腕の竜狩師としてブイブイ言わせていた。
喉の傷はかつてなんとなく自害しようとした痕。
能力は油を生み出し操ること。
用語集
コーパリア生物観測研究所
パーム・コーパルが法人として何かするときに名乗る団体。
一応施設(自宅)はある。
グルグルヘビ
砂漠や荒原を好むドラゴンの一種。
回転する尻尾の鱗から有毒の弾を発射し身を守る。
弾の正体は古い角質、毒の正体は塗りつけられた糞である。
ホカケタカネリュウ
高地を好む大型のドラゴン。
特定の山脈への依存性が強く、亜種として区分される独立集団が多数いる。
背中が帆のように張り出している。
巨人
今や伝承の存在となった種族で数mから数百mの体躯を持ち、地上を支配していたという。