コトネ→ワタリガラス、ヨタカ、ヘビクイワシ、レディバード
アヤカシ→トラツグミ、コトドリ
カンクーペ→シュバシコウ、モズ
D→オーストラリアガマグチヨタカ、鶏地獄
ノリスケ→ジャイアントモア、オオバン
鳥じゃないのもいるけども、ご容赦ください。
『合葬(オーケストラ)』、その名を聞けば、裏に通ずるある種の者達…特に力を保持する社会派の王侯貴族は、苦々しい顔でこう言うだろう。
『ああ、彼等には…大変、世話になったよ。』
小規模な紛争なら、彼等を雇えるかどうかで勝者が決まる…とさえ評される、巨大な戦力を持った傭兵団。
これが、ジュラ・パズズが闘技マニアのサクタイの手記から得た情報の全てである。
併記されていた箱の男や太陽神ウランが実在した以上、朧げに『こんな連中もいるんだろうなー。』程度に考えていたジュラであったが、いざ本物と対峙してみるとどこか拍子抜けしているところがあった。
何せ、目の前の敵はたった5人である。
数千数万が動く中で、5人の人間(元を含めて)に何ができるだろうか。
確かに、個々の力は類稀なほど強大ではある。
しかし今実際に刃を交えている体験から、その記述は少々誇張されているのではないかと疑ってしまう。
尤も、そんなつまらない推測などどうでもいい、より大事なことを聞き出さなくては。
『1つ、聞いとくがアヤカシさん。カブさんをどうした?慎重に答えろよ。』
アヤカシはカブウの口蓋密室に囚われていたはずである。
いくら霧状になれるアヤカシでも、完全な閉鎖からは抜け出せないはずだ。
『そんなドス効かせなくても…ただちょっとバラバラになってもらっただけで。カブさんなら、多分アレでも大丈夫だろうしなぁ。』
適当に言い放つアヤカシにジュラの怒気が叩きつけられる。
『バールッ・アメェェリオォーー!』
エネルギーが刀身に集中し、輝く魔剣を振り上げた瞬間、ジュラの腹部に2本のダガーが突き刺さっていた。
喉を這い上がった血液を唇から溢れさせ、よろめくジュラ。
せっかく集めた力もたちまち剣より霧散していく。
『お店でなんてことするんですか。天井が壊れちゃったじゃないですか。』
ジュラが苦し紛れに笑い、腹を抉る刃を引き抜く。
元々、カブウの声は聞こえていた。
か細く、キンキンとした高周波ながら、『イオンには伝えた、俺の心配は要らない。』と繰り返す声が。
それでもあえて激昂してみせたのは、1人でなんとかできる相手ではないと、そう判断したからだ。
今、焼けるような痛みも流れ落ちる緋色も、全ては寝起きの悪い『彼』を呼びつけるための代償である。
『そうか、これだけ力込めて…やっと壊れんのか。でけぇコストだな…』
天井に開いた亀裂の奥、そこにチカチカ瞬くは瞼を備えたタペタムに特有の、有機的光耀。
直後、四つ足の猛獣が一直線に古都音へと飛びかかる。
残念ながら横入りしたDの戦鎚に打たれ、奇襲は不発。
回転しつつテーブルの上に降りた獣は、2本の足で立ち、折れた腕の形を強引に元に戻す。
『不審者5匹はっけぇん。これでボーナス50追加、美味い仕事だぜまったくよ。』
『誰に対する言葉か、理解しているか。』
Dの言葉に、獣は軽薄に笑って答える。
『さあ?人狼は夜目効かないもんで。顔面凹むまでブン殴りゃワカるかもなぁ。』
やはり、どんな場所にいようと間取りと非常口の場所は覚えておくものだ。
ジュラが破壊した天井の真上はライコの部屋であった。
いかに防音性に優れたこの建物といえど、居室の床を直接吹き飛ばされる現象までは隠匿できないであろう。
命を対価に挑んだ賭け、そのヤマは当たっていたようだ。
『ライコッ!全員が得物持った敵だ!店長はプラスでバカみたいな威力の鉄砲持ってるぞッ!』
『なんだ、楽勝じゃねぇか。』
ライコの張り詰めた大腿筋が唸り、古都音の懐に飛び込む。
『んなもん、他の連中がオモチャ使えねぇ距離でインファイトだ。群れ相手のきほ…あ?』
空中のライコ、正確に言えばその口元に向けてダガーの切先が突き出されていた。
『決して弱気と背中を見せず、神経の集中する器官を狙う。獣相手の基本ですね。』
狙いは脳幹、あらゆる生物機能のCPUである。
刃の先端が慣性に従い突撃したライコの後頭部から静かに飛び出す。
『ライコッッ!』
ジュラの動揺に対して、古都音の表情はあまり芳しくない。
『ライコさん…あなたは頑丈そうですから、1刺しで決めたかったのですが。』
『ああ、かうかいさえてやる。』
その手に握る刃は確かにライコの頭部を貫通していた。
だが、ライコは刺突の瞬間、僅かに首を振ることで致命的な部位への損傷を防いでいたのだ。
古都音の蹴りを胸に受け、床を転がるライコ。
咳込みつつ四つ足で唸る獣の目は依然闘志で燃えている。
『口に穴ぁ空いちまった。これじゃあ、分厚いステーキ食っても肉汁が溢れちまうじゃねぇかよ。あぁ?』
その闘志に衰え無し。
普段の態度にも行動にも大いに問題有り。
だがしかし荒事において、共通の敵を持ったライコほど頼もしい相方はそういないだろう。
『ライコ…タイマンじゃ多分無理な相手だ。2人がかりでやるぞ。』
『あ?勝手にやってろボケ。』
ジュラの作戦は快く受け入れてもらえたようである。
古都音の背後でノリスケが斧を下ろす。
『少し、視野が狭くはないかな。君達をもてなす用意は我々4人もできている。』
ジュラとライコは、ノリスケの言う全てを無視して走り出す。
『トばせよライコ!短期決戦しかねぇー!【ムルド・プロトン】』
ジュラ達と古都音の3人のみを閉じ込めた球形の魔力障壁密室が…いとも簡単に消失した。
アヤカシが自慢げに指を振る。
一度見た手段は対策済みとでも言いたげだ。
だが、その態度はすぐに狼狽へと変わる。
3人を囚える青白い密室が、間をおかずに再構成されたためである。
ライコが懐から取り出した機械を背後に投げる。
『製作者に代わって教えてやるぜ。ピンポンスフィアっつうもんだ。この壁は群れのお仲間がぶっ叩こうが、10秒は保つからな。精々足掻けよ貧弱生物!』
ライコの爪とジュラの魔剣が月光を照り返し、牙を剥いた彼等の闘気が分断された古都音に向けられる。
『覚悟しろよ店長!手当ては高く付くぜ!』
障壁の外では、既にカンクーペやノリスケによる攻撃が始まっている。
10秒が過ぎた時、その光景は殆ど決着を意味しているだろう。
永い夜に、なりそうだ。
(どうなってんだ…ここまでのことがあるかよ…)
5秒が過ぎていた。
ジュラ達の命の猶予とも言える10秒、その半分が通り去ってしまっているのである。
現状、白沢 古都音の体どころか、いつも通りヒラヒラとはためく衣服にさえ傷は無い。
それは、2人の魔物が攻め立てて、人間1人に触れることすらできていないことを意味している。
対する2人の体には、既に数えるのも面倒なほどの切創がつくられ始めていた。
当然、出血量も無視していいものではない。
痺れを切らしたライコが、粗雑に振り回した腕を途中で引き戻す。
その手首には一際深い傷が刻まれ、奥に乳白色の物体が見えていた。
ほんの一瞬の妥協でさえ、この返報なのだ。
ピンポンスフィアに閉じ込められたのは、明らかに2人の方だった。
ジュラが覚悟を決めて前に出る。
奈落にだって飛び込まなければ、活の見えないこともある。
今日はそう期待せざるを得ない盤面だ。
『頼む、ライコ。』
シンプルな願いを託し、悪魔が動く。
ジュラの取った戦術は刺突の連発、呼吸も挟まない速度と手数に特化した短距離走的戦法である。
技術も品位もへったくれもないが、ともに命には代え難い。
その背後ではライコが四つ足で構え、床板の隙間に爪を食い込ませていく。
どちらも、己の最高速を発揮するスタイルだ。
しかし古都音の顔にはそれまで通り何も浮かばない。
緊張も軽蔑も無く、ただただ剣の軌道を見切り、ジュラを膾のように切り刻むのみである。
『当たれば儲け』と、自らの体で隠しつつジュラが投げた2本のダガーは、そのまま刃を掴まれ古都音の懐へと帰っていった。
『ご返却ありがとうございます。』
刃が踊り、ジュラの胸が横一文字に大きく裂ける。
気管を暴れる赤鉄色の洪水に、溺れたジュラが一瞬体勢を崩した瞬間、反対側に陣取ったライコの筋肉が解放された。
初速=最高速の野生が、弾丸となって古都音の背を狙う。
当然狙いは背骨、僅かでも掠ったなら『持っていける』自信がライコにはあった。
が、その目論見は呆気なく崩れることになる。
ライコの方を振り向きもせず、古都音の踵がその顎を捉え蹴り上げたのだ。
『窓によく映ってますよ。ああ、夜目が効かないと仰ってましたね。失礼しました。』
脳を揺さぶられ、空中で反り返ったライコの体に硬い物体が押し当てられた。
古都音が取り出した、水平2連式散弾銃である。
ジュラが止めなければと判断する暇も無く、銃口が硝酸混じりの火を噴く。
ライコの体がゴルフボールのように吹き飛び、ピンポンスフィアの領域内に血の雨を降らせた。
『残り1秒くらいですか?よくがんば…』
背後に迫る物体の気配を感じ取り、振り向きつつダガーの柄で叩き落とす古都音。
湿った音を立てて床に転がったモノは、まだ脈打つライコの左手であった。
『どうせ半分千切れてんだ、くれてやる。『タダ』じゃあねぇけどなぁ!』
古都音の注意が一瞬逸れたその時、ジュラ・パズズは剣を腰の高さで構え息を整えていた。
最高最速の一振りを、もう2度と訪れないかもしれない、その一瞬に合わせるために。
(あの潰れた断面…自分で食いちぎったな。イカれ野郎め、だが感謝するぜ…おかげで見えた!)
脱力、解放…魔剣は目の前の敵を薙ぐ一条の光となり…地に落ちた。
腕が下に引かれる力を感じて尚、ジュラはそれを理解していなかった。
(何か、おかしいんじゃねーか?なんで店長が倒れてない?なんでライコの顔が引き攣ってる?なんで、俺の手がまだ俺の前側にあるんだ?違うだろ、剣を全力で振り抜いんたんなら、もっと関節がパキパキ鳴って、充実した快感があるもんだろ…?)
無防備となったジュラの首を古都音が空いた方の手で掴む。
締め落とされる、などという生優しい次元では無かった。
万力のような力で圧迫された喉では、もはや1ccたりとも気体の通過は叶わず、ジュラは明らかに暗くなる夜と近づく死の両方を実感していた。
いや、そんな穏やかな死よりも先に、頚椎が乾いた小枝の如くへし折られるのかもしれない。
そういう音が体内を反響していた。
しかしまだジュラは幸運だったのだろう。
ライコが使えない左手を盾代わりに、古都音に飛びかかってくれたのだから。
『片手を塞いだまま、ライコの相手はしたくない。』そう判断したか、古都音はジュラの首を折る事を諦め、手近の机に邪魔な少年を叩きつけた。
アヤカシの細工で桁外れの頑強さを得ていたはずのテーブルが、薄い陶磁器か何かのように真っ二つに割れる。
まったく、ここでもヘタって折れたりしなかった首を、表彰してやりたいところである。
そして、飛び散る木屑に紛れて右往左往する意識の中、ジュラは先程の現象をようやく認識した。
(剣が…埋まってやがる…)
振り抜いたはずの相棒が、その寝かせた向きのまま床板を割っていた。
不可解な状況に、未だ機能不全気味の思考を巡らせてなんとか対処しようと試みる。
やがて悪魔の脳細胞は、答えを刀身へ残る足跡に見出した。
(ああ…そうか………踏まれた、のか。)
信じたくは無い事である。
だが、物証は評価しなければならない。
白沢 古都音という人間は、常識外の動体視力と反射神経、運動能力で加速し切った剣を認識し、あまつさえ踏みつけて止めてみせたのだ。
残念ながら、そう考えて矛盾は無いだろう。
(演舞の白刃取りじゃねーんだぞ…ハハ、やっちまったな。)
ジュラ・パズズはこの時初めて真に理解する。
今、敵対している古都音がどれほど危険な相手で、『合葬』という集団がなぜこうまで恐れられるのかを。
ライコが散弾銃の銃床で鼻を殴られ、床に転がる。
既にリングを形作るピンポンスフィアは破壊されていた。
凶器を携えた4人の戦力が加わる。
まったく、ドラゴンに宝刀を持たせてどうしろというのか。
決着の絵図は決まったらしい。
古都音が先程の異様な風体のリボルバーを取り出す。
ジュラの目前に、真っ黒なその口が突きつけられた。
『まずはジュラさん、本日までどうもお疲れ様でした。』
『2週間、面倒みてくれたんだぜ。眉の一つくらい動かせよ、店長…』
『待ったーー!』
古都音が引き金にかけた指へ力を込めようとしたしたその瞬間、溌剌とした声が響きわたった。
最高速で階段を駆け降りてきたのであろうその少女は、片手に持った紙束に引きずられるように肩を上下させている。
『どうされました、イオンさん?降りてきてくださるのはありがたいのですけれど、今は旗色が悪いと思いますよ。』
『戦いにきたわけじゃないんです。ただ、『仕事』を依頼したいんです。』
どう見てもビジネストークには相応しくない場、それでも彼女は確かに依頼と言った。
カンクーペが思わず噴き出す。
『ふっは!やっぱ最高だねぇイオンちゃん、今まさにお友達を始末しようとしてる相手に、仕事の依頼とは!コトネさん、遺言代わりに聞いてやるか?』
古都音が首を横に振る。
『やめておきましょう、イオンさんはただ奇をてらってああいうことは言いません。耳を貸さず、速やかに始末するのが最良です。』
『だそうだ、ゴメンナ!』
軽薄に笑うカンクーペの顔に疑問が浮かぶ。
イオンの手から紙束の一枚が滑り落ちた…いや、彼女があえて落としたためだ。
黒ずんだサインが記された紙には、何やら図面のようなものが一面に描かれている。
その場の全員が10秒ほど沈黙し、最初にその内容を理解したアヤカシが声を張り上げた。
『ダメだ見るなコトネさん‼︎もう、乗せられているっ!こんなっ、正気じゃない手を!』
しかし、瞼を閉じずに光を遮ることのできる人間はいないし、戦闘中に目を閉じる者はもっといない。
それは、合葬の他のメンバーも同様である。
『報酬はコレ、某国で開発中の新型兵器『スターフルーツ』の図面です。』
その宣告と黒ずんだサインが、その文書の価値と危険性をシンプルに表していた。
『王室より達する。当該文書を国定秘密とする。』
血液混じりのインクで書かれたその一文は、この文書を見た無関係の人間を、正邪の区別無く、地の果てまでも追い詰めて始末する。
そういう宣言である。
『明らかな軍事機密!こんなもん公開すりゃ死刑は免れないぞ!やけっぱちだとしてもどうかしてる…』
『アヤカシ君…文書も彼女達も、残さず始末する。それではダメなのかい?』
ノリスケの案に対する返答は、その危険物を持ち込んだ張本人から齎された。
『ごめんねライコくん、巻き込んじゃって。サイン見ちゃった以上、特務部隊にマークされちゃうけど…でも大丈夫、私から開発の友達に言っとくから。紙そのものになんかしなきゃわかってもらえるよ。』
全員が理解していた。
その言葉の向かう先はライコではない、真意はこの場にいる自身と仲間の敵5名に対する釘刺しにあるのだと。
一手、たった一手でいい。
悠々と棚からマッチを取り出し、天下して投げれば一瞬で真偽は割れるのだ。
しかし合葬の誰にもそれはできない。
互いが互いを取り返しのつかない状況に巻き込みたくない、そう考えているうちは。
イオンの言葉を聞いた古都音が、一時逡巡した後銃口を下ろす。
『アヤカシさん、あの設計図みたいなものは本物でしょうか?』
返答はわかっている、そういう諦めを含んだお飾りの問いかけだった。
古都音の予想通りにアヤカシが首を振る。
『ごめん、正直わからない…ホンモノだとしたら、一介の女の子が持っていていいものじゃないし、所詮精巧なニセモノと判断するのが妥当だろう。でも、捨てきれないんだ。おれは店やるためにちょっと機械をかじっただけだけど、この図面は正確に見える。その『スターフルーツ』とやらが躍動する絵面が、想像できちまう!』
イオンが頷く。
『すんごいメカですよねー、世界のあり方が変わっちゃうかもしれないくらい。引き受けてもらえたら、続きも持ってきます。』
『待て待て!いらないいらない!』
容赦無い追い討ちの予告にアヤカシが慌てて手を振り、古都音が手近な椅子に腰掛ける。
『わたしたちの負けですね。そのサインから見て、開発は連合王国ですよね。あんな大国を敵に回すなんてできません。因みに、報酬の中にわたしたちの保護はありますか?』
イオンが自身過剰なまでに頷く。
『もちろんです。電信さえ貸してもらえたら、開発の人にお伝えしますし、今向かってる特務部隊が着いてしまったら、その人達にも説明します。』
『それが聴けて安心しました。ご依頼内容は?』
『私達へ永久にあらゆる種類での危害を加えないこと。そして、迅速にケガ人の治療を行うこと。…あと、お給料もちゃんと払ってもらえたらいいなぁって。』
最後こそ茶化しているが、イオンの突きつけた条件は暴力を生業とする傭兵団にとって『手足を自縄し這いつくばれ』と、命じているのと同義である。
『わかりました………その依頼、合葬の総員でもってお引き受けします。』
長たる古都音が頭を下げ、逆光で確認はできないが苦虫を噛み潰したような表情であろう団員達も、力無く武器を下ろす。
あまりに静かで、凄惨で、そして風を断崖が止めるような決着だった。
額を押さえ、古都音は改めて窓の外を見る。
『やっぱり、満月は不吉でしたか。…寒いですね。』
浴び続けるには冷た過ぎる月光が、秘匿されるべき文書とそれに滲んでゆく血液を照らし出していた。
歯医者って口の中で何やってるか見えるようになるサービスとかないんですか?
超見たい。