魔剣王正伝   作:プルプルマン

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乞い乞われて壊れた恋
そんなやつら


Mene.7 照陽に渇いて乞うて千鳥足

『そうか、どうも最近きな臭いと思ってたけど、サルバタージョの若頭だったか。』

『苛烈な男とは聞いていたが、にしても思い切った奴だな。気に入った!』

『確かに、私が確認している限りでも、チカダイのあたりで麻薬と武器が大量輸送されていた記録があった。何か騒動が未然に防がれたなら、幸福だったのかもしれないね。』

『そうなんですよー。なんでも、クーデターに使うつもりだったらしくて、組織の強化に励んでたんだと思います。』

『なるほど、しかしあそこの頭数っていいとこ30人だろ?それもイオンちゃん達に止められる程度の。若気の至りだねぇ。』

カンクーペが微笑ましげに頷く。

『うーん、仮にクーデターがあるなら惜しかったですね。たぶんうちにとっても大型案件になったと思うのですが…』

『コトネさん!問題はここからなんですよ。実はレディース・ファントムさんって能力者を集めてて………』

 

 

 

 

 

遠巻きにその会話を眺めていたライコが、訝しげに首を傾げる。

『おい、オレ等昨日命(タマ)の獲り合いしたよな。えげつない手も切った。どういう神経してたらああも呑気にお喋りできんだ?』

ジュラがしばし考え込み、ポツリと呟く。

『………そういやーそうだな。考えてみりゃ、なんで俺たち毎回の如く敵と宴会なりしてんだろ。慣れってコエーなぁ。』

ライコが大きく頷く。

『まあ確かにな?かくいうこのオレも、テメェ等とタイマン張って友情ってもんを育んでたがよ…』

『嘘つけ、大金絡まなきゃ逆襲する気満々だっただろ。偽造の美談でシメれると思うなよ。』

『チッ、細けぇ奴だな。まあその方が後グサレ無くていいが。…んなことより、クーデターの話は口止めされてなかったか?思いっきり喋っちまってるぞ。』

『お前ってところどころ常識弁えてるよなー。でも、実際そうだよな。まさか秘密文書公開しちゃって、ヤケになりました。とかじゃあねーだろうな…』

『こらこら、あんまり言うと後が怖いよ。』

ぬるりと話に入ってきたのはカブウの声…を発する眩い何かだった。

その顔は見慣れたカブウのそれであるが、バラバラにされたところをなぜか金継ぎで修復してしまったらしく、一面に黄金色の網目が入ってしまっている状態である。

『…マジで今後それで行くの?俺やだよ、毎朝マスクメロンみたいなカブさんと顔合わせるの。』

『せっかくだからゴージャスめに直してもらおうと思ってね。まぁそのうち分解吸収して生体組織に置き換えるよ。なぁに、体内の沃素とカリウムをミックスするだけのシンプルな仕事さ。』

『そうだなぁ(適当)、まぁ何事も無いならそれが一番か。しばらくはでかい鏡がかかってるつもりでいよう。』

『網型の鏡はそう無いんじゃないかなぁ。まあ伊達男カブさんのことはどうでもいいんだ、ジュラ達は怪我の方大丈夫なのかい?』

ライコが千切った方の腕を掲げて見せる。

包帯できつく固定されてはいるものの、手としての機能は問題無く遂行できるようだった。

『意味がわからねぇ、なんであんなフザけたデザインの湿布一枚で、バカ早く傷が塞がるんだ?オレがタフなのはそりゃそうだが、プラナリアじゃあねぇぞ。』

ライコ(と自分)の腰に貼られたアヤカシ標の湿布を撫で、ジュラが苦笑いする。

『んまー、俺はこの手の不審物貼られるの2度目だけど、まともな説明は無理だな。それより、覚悟しとけよライコ。たぶんこれから、めちゃくちゃ腹減るからな。』

『経験者』として存分に先輩風を吹かせていこう。

『なんだと、オレは飢えると機嫌悪いぞ。』

『そんなん俺に言われてもなぁ…』

 

『おふたりとも。』

コトネの声にジュラの筋肉が勝手に緊張し、背中が真っ直ぐ伸びる。

コトネが不満げに肩を落とす。

『そんなにかしこまっていただかなくても、今のあなた方はお客様なんですから。』

産毛を逆立てたライコが笑う。

『ハン、じゃあ聞くが店長、テメェ自分にナイフ刺した相手と一緒に、ランチ行けるんだよなぁ?』

『そうですね…まぁ、敵対する理由が無くなったのなら、それでいいんじゃないでしょうか。好みとかがピッタリハマると、嬉しさもひとしおですよね。』

『檻にブチ込めこんな奴。』

ライコの狂人認定はスピーディーだ。

『まぁひどい。と、それより詳しい契約内容が決まったので、お三方にもお伝えしますね。』

『はぁ…それはいいですけど、イオンの口からじゃダメなんです?』

『ええ、イオンさんからの提案です。双方、人質が説明した方が下手な誤魔化しとかはしないでしょう、とのことです。』

ジュラが苦笑いする。

『人質…ね。俺の知る限り、竜が鯉の人質になることなんて無さそうですけど。』

『安心してください。武器は全て置いてきましたから。わたし非力な丸腰です。』

『…非力ねぇ。』

ジュラが指の痕の残る喉をさする。

『ええと、本題ですが。依頼内容は我々合葬のメンバーによるイオン・アイシクル、ジュラ、ライコ・フォン・トルバーフロス、カブウ、以上の4名に対する永久的敵対行為の禁止。報酬は次元間移動式遠隔操縦兵器スターフルーツの設計図1セット及び、機密保持特務部隊の始末対象からの除外で手を打ちました。ここまではよろしいですか?』

その内容に、何か引っかかるものを覚えたジュラであったが、横からカブウが発した高周波に従うこととする。

(カブさん…そうすべきというならそうするぜ。『何も言わないでくれ』ってんならな。)

『わたしたちの方からつけさせてもらった条件は、こちらの本業に関して一切他人に口外しないことです。これを破る、または取引に関して誠実でない行為があったなら、依頼は無効とします。』

『わかりました、イオンがそれでいいなら俺とたぶんカブさんも異論は無いです。ここで見たことは墓まで持っていきますよ。』

ジュラが頷く。

無効となった場合にどうなるか、なんて野暮なことを聞く必要はないだろう。

『くだらねぇ、飯事か?テメェ等が口封じの闇討ちしない保証が何処にある?オレは歓迎だけどな。』

『合葬はそういうとこ忠実にやってるんですよ。この業界、なんだかんだ誠実とブランド力なので。』

『なんか嫌に真っ当な業界だ…』

時計に目をやったコトネが大きく息を吐く。

『さて、もうすぐ営業開始ですね。傷が痛むならお店に出なくても大丈夫ですが、どうされます?もちろんお給料は出しますよ。』

『俺は出ますよ、アヤカシさんの技術にはいただきたいとこがまだまだあるんで。』

『俺も一仕事いたしましょう。対価を受け取る以上、見合った成果は納めておきたい。』

『んなド田舎じゃ退屈でくたばる。オレも出させろ。』

『みなさん気合い十分ですばらしいですね。では、ミス=内臓一個の精神で頑張りましょう!…コトネジョークですよ。』

渾身のジョークで顔を引き攣らせるジュラ達に対し、不服げに去ってゆくコトネ。

ジュラはなんとなく彼女の手を見た。

それは、誰かの命を捥いで、誰かの糧を運んでいる。

それは、誰かの首を絞め、誰かの皿を拭いている。

それは、繊細で耽美でほんの少し不器用で、何よりも穢れている。

だが、本人そのものの在り方に手が持つ二面性は全く無い。

彼女は、新しいポットを選ぶ時と損益両方ある誰かを殺す時、同じように悩むだろう。

そして、部屋に入り込んだ小虫と『仕事』の場に居合わせた赤子、両方を同じような気軽さで見逃し、また殺すだろう。

その壊れた人間性が、昨晩彼女自身の言った『選び取った』結果だとするなら、今ジュラ自身の歩んでいる道は善き物だと言えるのだろうか。

知らず知らずのうちに増やした選択肢は、自分の内にあって良いものだったのだろうか。

考え込むジュラに、ライコが耳打ちしようと近づいてきた。

『おい、今日どうせラストだから倉庫から旨そうなモン失敬してこいよ。ヒマするつもりだし、オレも手伝うからよォ。』

呆れの溜め息と共に思う。

少なくとも、現時点最大の重傷はこの男と行動を共にしていることだろうか。

 

 

 

『コトネさん、ちょっとお時間いいですか?』

客の入りが途絶えたタイミングでイオンがコトネの隣に立った。

『どうされました、イオンさん。何か困りごとでも?』

イオンが否定の意を込め首を振る。

『違うんです。ただちょっと…不躾なお願いなんですけど、もう頼む機会も無さそうなので……後で昨日のカッコいい拳銃、見せてもらえませんか?』

『ほほう、この良さがわかるなんて、ナイスセンスをお持ちですねイオンさん。さて……』

コトネが店内を確認する。

『喜んでください。今日のお客様は『大丈夫』な方ばかりなので、今お見せできますよ。』

『大丈夫』とは、つまりそういう側の人間ということである。

イオンは客の顔を覚えてしまわないよう、慌てて壁の方へと向き、コトネのハンドサインに応じてしゃがみ込む。

そこは、ちょうど空きテーブルの陰となる場所だった。

何処に隠しているのか、コトネが懐からそれを取り出す。

『いかがですか。特注の逸品、名付けて「コトネスペシャル」です。謙遜して言いますが、世界一の名銃だと思います。』

圧倒的圧力、であった。

『うおー、すんごいマグナム。変わったニオイですけど、火薬も弄ってるんですか。』

『残っていましたか?でもお目が高いですね。竜の鱗だって通せる、アヤカシさん特製ブレンドです。反動は頑張ってなんとかしてます。』

『逆にこっちが飛んでっちゃいそうですねー。ちょっと触ってみて良いですか?』

『もちろんです。落としたりしたら敵対行為ですよー……コトネジョークです。』

イオンの表情で評価するなら、本日のコトネジョークも打率は振るわないようだ。

『うへへー。カッコいいなあ。こんな長ーい銃身から立ち昇る硝煙…ロマンだぜぇふへへぇ。』

 

まじまじと鉄の美術品に見惚れるイオンの姿に、ふとコトネの脳内を過った言葉が口を吐く。

『イオンさん、わたしコトネはあなたに不思議な縁を感じているんです。』

『えー、照れるじゃないですかー。でも、私コトネさんみたいにモテモテじゃな…』

『傷というものは、総じて治りが悪いんです。現に、わたしはもう戻れないところまで来ちゃいました。』

『……お大事に、でいいんですか?』

コトネが傷一つ無い手をさする。

『いいえ、昔はともかく、今は後悔していませんから。わたしが道を誤った…とかではなく、傷を治すなら早いうち、というだけの話です。』

『………病院は嫌いなんですよー。』

イオンが目線を銃に落としたまま声だけで笑う。

コトネもまた話を続けることなく、軽く頷いた。

『そうですか、わたしも嫌いです、病院。…構造はわかりましたか?再現しても扱いづらい子ですが。』

『ありゃ、やっぱバレてました?ごめんなさい。』

『いいんですよ、どうせ長くは無い命です。こんな秘密を抱えたままでは、死出の旅路もさぞ落ち着かないことでしょうから。』

『わかりました。コトネさんの不利益にならなくなった時から使わせてもらいます。先にわたしがさよならするかもしれないですけど…』

『無鉄砲は程々に、ですよイオンさん。それに、お連れのみなさんも頼もしいじゃないですか。どんな危険だって跳ね除けられますよ。』

正に昨晩跳ね除けられなかった相手から言われても、イマイチしっくりこない言葉である。

『ありがとうございます。ほんと、私何やってもダメダメで…ジュラもライコくんもカブさんも…私にはもったいない友達です。』

『お互い、人に恵まれましたね。わたしも、アヤカシさんたちがいないと生きていけません。…さて、お休みも程々にしておきましょう。怠慢でついた傷は、特に消えないものですから。』

コトネが、イオンから返された愛銃を手早くスカートにしまう。

これで何処に隠したかわからない動きができるのだから、まこと超人的である。

ドアのベルが鳴る音に、2人は揃って振り向いた。

『『いらっしゃいませー。時も忘れる憩いの巣、喫茶白子鳩へようこそ!』』

 

 

 

記念すべき勤務最終日も変わらず惰眠を貪っていたライコが、近づく臭いに目を覚ます。

『お疲れ。ちゃんと弾全部抜いたか?』

片手を上げて挨拶を飛ばしてきたのは、暇をしていたカンクーペであった。

当然のように無視して睡眠を続けるライコ、いつも通りの横柄な態度であるが、カンクーペの意識はそんな些事を認識していない。

世の中には他に優先すべき事案がいくらでもある。

『おい、ライコよ。問題は昨日裁きがついたが、一つだけ…これだけは確かめておかなきゃならないことがある。お前……コトネさんを狙ってはいないだろうな⁉︎』

『テメェもしつこいな。安心しろ、発情期ニンゲン共の邪魔はしねぇよ。』

『何ぃ!貴様コトネさんに魅力が無いと申すか!いい度胸だ!』

『おい、どうすんのが正解なんだコレはよぉ…』

答えてくれる者は居ない。

『まぁいいだろう。真に信じ難いことだが、少なくともお前はコトネさんの素晴らしさが理解できないモグリの雄で、このカンクーペの恋敵とはなり得ない、ということだからな。』

1人楽しげに語るカンクーペ。

健全なライコであればもう10回は手が出ているところだが、生憎今日は深手の身だ。

それに…噛み付くモノにも、最低限の質は欲しいところである。

『よかったな。てか自ら敵を増やしにかかるとか、テメェマゾも併発してんのか?』

『いやいや、このご時世情報収集は肝要だぞ。特に、お前なんかコトネさんと直接関わっち待ってるんだからさぁ、邪魔そうなら殺しとかないとだろ?』

『やってみろゴラ。イオンがかました和平条約がぶち壊しになるのも面白ぇ。』

カンクーペが朗らかに笑う。

『あっはっはー、そうなったら特務部隊が来る前にコトネさんもバラさないとなぁ!』

『…あ?テメェ、あの鉄仮面女にホレてんじゃねぇのか?』

『そりゃそうだとも。あんな完全なる美しさはこの世に2つと無い。だからこの手で裂いて、語らって、引きずり出して、素敵に飾って、また語らって終わらせたいんだよなぁ…苦しいぜ純情。』

1人肩を抱いて恍惚に震えるカンクーペ、その壊れた言葉をライコは冷静に咀嚼していた。

『ああ、そうか。テメェは、そっち方面でネジの外れてる奴だったか。オレの街でも偶に見るな。ご苦労なこった。』

『ま、世間受けはアレだけどさー、コレも一つの恋よ。もし中央連合なんか敵に回したら確実に死ぬんだし、普段以上に気持ちは伝えないとな。』

『ハン、あのバケモノを殺ろうとするなんざ大層なコイだな。さっさと夜這いでもかけたらいいんじゃねぇか?』

カンクーペが小馬鹿にしたように笑い返す。

『ハッハー、ムリムリ!コトネさんてばどんな気配でも目覚ますんだもん。その後はもう一晩中眠らないし、そのせいで体調を崩しでもしたら大変だしさぁ。…何より、このカンクーペとかいう異常者の望みはな、コトネさんとサシで愛(ころ)し合って、劇的に華を散らすことなんだ。そして、「ハイペリオン山」より高い歓喜と「ミンギー海溝」よりも深い喪失の中で、腑を掻き混ぜ果てるんだ…』

ライコの耳はすでに情報の大部分をカットし、睡眠体勢に移行しようとしている。

『そうか、いい監獄(びょういん)が見つかるといいな。棺桶はまとめて詰めれるサイズにしとけよ。』

『そんときゃ喪主でも頼むか。アヤカシとDは俺だけ野晒しにしそうだし、ノリスケに頼むのも酷だしなぁ。教会出身ならその辺詳しいんじゃないか?』

『形だけはな、神父資格認定前に出たもんでスラム式にゃなるが。』

『十分、こっちとしても故郷を偲べて嬉しいね。さて、ジュラとカブさんにも聞いて回らなくちゃあ。善は急げーってな。』

カンクーペが軽快な足取りで立ち去ったのを確認し、ライコの髪が逆立つのを止める。

『…関わった男全部に聞いてんのか?…まぁアイツ等なら、ケンカにならねぇつまらん答えで返すだろ。』

程なくして、ライコは安眠を取り戻したのだった。

 

 

 

カブウは今、恐れていた。

まだ見たことの無い世界を本気で知ろうと前進する、小さき命のエネルギーを。

要するに、子連れの旅人のターゲットにされているわけである。

3人の子供に触手を引っ張られ、為す術を失ったカブウ。

近くに親らしき人物の姿は見えない。

もはや、嵐が過ぎ去るまで眼球を押し込み耐えるしかないのか。

そう覚悟していたカブウにとって、その男の声は護衛船団の来航に等しかった。

『ぼうやたち、うちのカエルさんが困っているんだ。離してあげてもらえないかな?』

振り向いた子供達の目に映ったのは、これまで見たことが無いような巨大な人が、これまた巨大な眼で自分を見つめる姿であった。

それでも彼等が悲鳴を上げずにいられたのは、男がほとんど這いつくばって目線の高さを合わせており、何よりその眼差しが慈しみに満ちていたからだろう。

『ぼうやたちも髪の毛を引っ張られたら、いたいいたいだね。カエルさんもそうなんだ、離してあげて欲しいなあ。』

お互いの顔を見た後、子供達がそっと手を離す。

男は満面の笑みを浮かべた。

『えらいね、いい子達のテーブルにはオレンジジュースがあるよ。お行儀よく飲むんだよ。』

大人しくテーブルに向かう子供を確認し、のっそりと男が立ち上がる。

『いや助かりました、Mr.ノリスケ。体を繋ぎ直したばかりで力加減が粗く、動けずにおりまして。』

巨大で穏やかなる男の名はノリスケ、とても昨晩大斧を携えていたとは思えない雰囲気の紳士である。

『怪我人が出ず何よりです。…この子達の親についてご存知ですか、カブさん。』

カブウが触手を振る。

『申し訳ない、彼等のテーブルはよく見ておらず。ただ、今もらしき人物がいないことから、雉撃ちか花摘みか…奥で話をしているというセンは?』

ノリスケが首を振る。

『今日はそちらの『仕事』の依頼は来ていません。10分で戻られないようなら、私が探してきましょう。』

『いや、それには及びませんな。このカブウが張り巡らせた触手網にかかれば、店内での人探しなんてわけない。』

ノリスケの顔が険しくなる。

『それは、保険と受け取ってよろしいですか。私共が契約を反故にし、貴方方に刃を向けたその時、この店そのものを対価に脅せるように。』

『…いざとなれば。店の基礎ごと崩壊させて、そのまま逃げるなりするつもりでした。しかしご安心願いたい。ここを経つ時には体内合成した有機繊維で目張りを施し、入る前より頑強にしていくつもりゆえ。』

『その突然難しいことを言って、やってのける在り方…うちのアヤカシ君にとても似ている。コトネも気に入っていたよ。『絶対に店には要らないけど、面白いから部屋に飾っておきたい』と。』

カブウのハートに擦り傷ひとつ。

『そりゃあ…名誉なことですなあ。丁重にお断りさせていただきますが。』

カブウの目線が、ぬるいジュースをしっくりこない様子で飲む子供達へと移る。

『種は違えど、可愛らしいものですなぁ。このカブウも、また蠱惑的な番を確保したい季節です。首から下がこの有様、抱接もままならないってのは困りますがね。』

『カエル社会ではお相手が変わるのですか。』

『ええ、ある特定の時期になると我々の本能がマントル内部のある一点へ向え、と信号を発するのです。そして、同じく集まった成体で婚活パーティーというわけですな。』

『なるほど……少し、羨ましく感じます。私もそれなりに長く探してはいますが、未だに仲間に巡り会えていないのです。』

『心中、お察しいたします。地界は広い、巨人の息づく地もあることでしょう。』

『ありがたいお言葉、謹んで頂戴します。…今の生活に不満があるわけではないのです。何よりも可愛い義娘に恵まれ、賑やかで気の良い仲間にも巡り会い、光の当たる職と家に収まることさえできている。…その実少々闇に浸かりすぎているとしても。』

カブウが大きく頷いた後、口を開いた。

『しかし、それでも同族というカテゴライズには心動かされるものです。最大の幸福だけが帰る場所ではないのだと、このカブウは思いますよ。』

店の奥からDが1人の男を連れて戻ってくる。

それは、紛れもなくカブウをK.O.寸前まで追い込んだ、かのわんぱく小僧達の父親だった。

『トイレを探し、彷徨っておられた。ノリスケ、後のご案内は任せる。』

尚、男が連れられて出てきたのはカウンターの奥へと続く廊下である。

『案内板を改良すべきだろうか…お待たせしましたお客様、あちらが洗面所となっております。』

空間認識能力の危うい男が頭を下げつつ歩き出す。

そのままなぜかテラスへと向かう男を止めに向かうノリスケと、父親の背中に呆れた目線を送る子供達。

血溜まりは床板に吸われるように消え、ジュラが叩きつけられて真っ二つに割れたテーブルも、元の形を取り戻している。

輝くものと温もりだけが滞留するそこは、孤独な巨人もすっぽり収まる、仮設の楽園だった。

 

 

 

 

今日の炎は小豆色、つまり温度はジャスト1693℃で爛度は1-2pp2ナプョンだ。

爛度とは、って?俺に聞くな。

ともかく、この炎ならマタチカカラの粗謬胞を炒るのに要する時間、24.8秒!

完璧なタイミングで鍋を上げ、別にオドドゥナッツと細切りの加味ポポロを用意しておいた鍋に加える。

後は、セイトー漸油を回しかけて、強火で炒め合わせれば…

『完成!アンタの教えの集大成だぜアヤカシさん!』

皿に盛った途端、祈る脚のような形状へとまとまったソレを、アヤカシが匙で口元に運ぶ。

器用に甲冑の隙間を通した料理を一口頬張り、舌で転がし、喉を通るその瞬間まで幸福を享受する。

口腔内の全神経を使った対話を終えた後、アヤカシは勢い良くサムズアップをしてみせ、鎧の奥で(おそらく)笑った。

『文句無し、これを合格と言わずしてなんというか。』

ジュラが深い感動をもって天井を見上げる。

それもそのはず。

最初は酷いものだった。

仮にも厨房担当として迎え入れられておきながら、未知だとか既知だとかを超越した食材と器具の前に太刀打ちする術も無く、雑用に回っていたのだ。

それは、己の料理に誇りを持っていたジュラ・パズズにとって、特大の屈辱であった。

だからこそ、ジュラは徹底的に学んだ。

アヤカシの調理をつぶさに観察し、夜な夜なその構成要素を全て書き出しては思考を深めていった。

到底この世界の理屈では説明できない食材達…そう、あくまで『この世界』の範疇では、の話である。

ルールは確かに存在していた。

それがどこから持ち込まれたものか、アヤカシがどのように未知の律に辿り着いたのか、そんなことはまったくどうでも良い。

重要なのは、その知覚できるものであるかもわからない法則を受け入れ、体得することだ。

元々地界の食材すら知らないものづくしであったのだ、今はそれらを扱えている。

ならば今回できぬ道理は無い。

あまりに没頭したゆえ、話しかけるイオンに気づかず半日拗ねられたこともあったが、幸い夕方には仲直りを達成。

失敗=精神ショックでゲームオーバーの危険な局面であった。

そしてこの2週間、考えに考えたジュラの身体には、いつしか智が満ちていた。

元々、クイーンの部下達やコード・フェイス卿の存在、レディース・ファントムの暴走状態等、食材以外の異質な法則でもって動くものを見ていたことも大きいだろう。

アヤカシが笠を脱ぎ(仮面は装着)、拍手で敬意を示す。

『見事、見事だぞジュラ…たった2週間でここまで仕上げた奴は、白子鳩歴代バイトでも初めてだ。おれは今!モーレツに感動しているっ!』

『手本が良かったんですよ。見よう見真似です。』

『いーや、これは食材への敬愛と深い探求の心が無きゃ到達できないレベルだ。誇るべきだ。今更言うのもなんだけど、うちの食材はちょっと個性的だからなぁ。』

これまた謙虚な表現である。

『その上、主張も強めって具合ですか。…どれもこれも聞いたことすらないんですけど、どこで仕入れてるんです?』

自分が知らないのは構わない。

何しろ、己は地界デビュー後まだ4ヶ月の身の上、知らぬものなど星の数ほどもあるだろう。

だが、地界で永くを生きて深きを知り(本人談)、今も元気に死に続けているカブウですら、ここの食材の一つとしてどんな生物だったか検討もつかないという。

ジュラとしては納得しがたい事実である。

『ああ、ユンドポイド型亜空結合で繋がった、星界の反極点方面に隠れた異界で売ってもらってるんだ。3層分も離れてないから、ちゃんとたんぱく質製だぞ。』

『すいませんでした、俺が悪うございました。だからもう情報を詰め込むのはやめてください。』

ジュラ・パズズ、無念のK.O.である。

アヤカシが苦笑いしつつ皿の上に手をかざす。

すると、皿の中身は芳醇な香りを含んだ湯気を残し、一瞬にして大気へ溶け込むように姿を消してしまう。

『ごちそうさま、見事なアラカルトだった。』

『いや一口?でいけるんですか。だったら最初からそっちでいいんじゃ。』

『習慣だ習慣。人間だった頃のルーティーンをやってれば、ある朝あっさり戻れそうな気がしてさ。』

『…戻りたいんですか。』

『いや悪くはないんだけど。実際、この身体じゃなきゃおれはとっくに死んでるだろうし。面白いことも色々知れたし…でもなー、おれはコトネさんと一緒に年くって、おんなじ墓に入りたいんだよー。そん時おれだけシワもないんじゃ格好つかないだろ?』

『徹底してますねぇ…………無遠慮を承知で聞いてもいいですか。』

『どうぞ?ナベゾマステーキのソースのレシピ以外ならなんでも答えるぞー。』

またも知らない料理の登場である。

『どうして、そんなことをしてるんですか。』

『そりゃもうコトネさんがやりたいってんで、まず土地を探して…』

 

『違います、『裏』の仕事のほうです。』

『そりゃ決まってるだろう、コトネさんがやりたいって言ったからだよ。』

その言葉に深い感傷は無く、それでいてシロアリの巣食う廃墟の納戸のような、湿った情緒があった。

『他人の過去を詮索するもんじゃないぞ、お前がそういうの好きなタイプにも見えないしさ。』

ジュラが深々と頭を下げる。

『気分を害してしまいすみません、考えの足りない質問でした。』

『いや、そんなかしこまられても…ほんと、なんでんなこと聞いたんだよ。』

ジュラが後ろめたさを帯びた声で呟く。

『アヤカシさん…あなた、スゲーんだよ。誰も知らない食材相手に一人で挑んで、己の答えをはっきり出してる。結果的に命の取り合いにもなりかけちまったけどさ、正直俺はあなたを尊敬してるんだ。キッチンに立つあなたの、どこを切り取っても一流の料理人だ。』

『担がれたもんだなぁ、照れるぜ。』

鉄仮面の奥で、赤い眼光がフワフワと揺れる。

『でも、だからこそ、俺は惜しいんです。あなたたちが闇にどっぷり浸かり、それを良しとしていることが。そりゃ実入りはガクッと減るかもしれないけど、お天道様に照らされたこの場所で!平穏にカフェをやれる実力があるのに!あなたも、想ってるコトネさんを危険に晒すような商売なんてしたくないんじゃないのか⁉︎』

一息のままに言葉を紡いだジュラが、肩を上下させる。

アヤカシはただ苦笑してその言葉を受け止めていた。

『鏡を見てみろって言ってやりたいけど…まあ、気づかんだろうなぁ。お互い盲目だなぁ。』

『…?とにかく、俺はあなた程のシェフがどこかの戦場で終わっちまうなんて、嫌なんです。たとえ侮辱にあたるとしても、言わせてください。もう足を洗ってもいいんじゃないですか。俺たちにぶっ飛んだ高給を渡せるくらいには稼いでるじゃないですか。コトネさんから始まったことなら、説得すればいいじゃないですか。ずっと一緒にやってきたんなら、話くらいでき…』

赤い一つ目が遠くを見ていた。

視線こそジュラに向けられているが、見ているところはどこかずっと遠くにある、と分かる眼差しだった。

『嬉しいねぇ、こんなに熱くなってもらってさ。でも、もう聞いてるだろう?『傷は癒えない』んだよ。おれ達はな、みんな何かを殺してきたんだ。貴族を自分を憲兵を獄卒を淑女を、数えきれないくらいには。足を洗っても手は汚れたまんま、違うか?』

『それでも……本業の隠れ蓑に過ぎないとしても、このカフェにはこだわりが行き届いているっ!何かを目指して、本気で創られた空間にしか無い、静かな熱狂があるっ!過去にどれだけ傷があろうと、俺たちが生きるのは『今』じゃないんですか。いつまでも昔の闇の中じゃ…あんまり惨いじゃないですか。』

精一杯の敬意を込めた、心よりの非礼であった。

『仮に、その通り表の仕事一本に絞ったとする。そりゃ最初は上手くいくだろうさ。ここは人の絶えない交易路だし、これまでのノウハウだってある。けどな、おれ達の心には『殺し』が刻み込まれてるんだ。2つ以上の分かれ道があるなら、確実にそいつは顔を出す。大抵、一番手早くて楽チンな裏道としてな。』

『そうだとしても、選ばなけりゃいい!末路にあるのが野垂れ死にの未来なら、変えなきゃダメじゃないですか。見ないフリして死の行進なんて、許せるワケが…』

『ハハハ、心配しなくても全員ちゃーんとわかってるし、その時を待ってるよ。それに、裏道こそ見ないフリが大変だぜー。誰だって督促状破って借金チャラってなるなら、そうするだろ?感覚的に言えば、ヤッパの一振りなんて紙切れ一枚より軽くなってるしさ。』

己の内にある壊れた感覚を自嘲するように、アヤカシが失笑する。

『じゃあ、もう闇からは上がれないんですか。』

『んー、さっきからちょっとちょっと引っかかるとこがあるな。まず、おれ達はみんなしっかり『今』を生きてるぞ。二足の草鞋でレッドカーペットを踊ってるところだ。次に、おれ達は別に、お前さんの言う闇から出たいワケじゃない。別にいいだろう?扉が開いてるからって、檻の外へ行かない鳥がいたって。陽だまりの中は眩しくて恐ろしいんだ。そんでもって最後、どっちにしろおれ達はもう出られないんだよ。あんまりあちこちで殺し過ぎたもんで、ウチがいる前提で変動する情勢もある。諸々無視して辞めたらどうなるか、寿命がさらに縮まっちゃうだろ?』

出さない闇と出たくない人、需要と供給は釣り合ってしまっていた。

『そんなしかめっ面するな、少なくともこのカフェやってる間は光の中に居られるし、いざとなったらなるべく大勢道連れにするからさ。』

己には己の、他人には他人の生き方がある。

そこに絶対的な正解は無く、ベッドの上で死ねない在り方だとしても、変えられないこともある。

ジュラは心の中で傲慢にも差し伸べていた手を引っ込めた。

『そうですか…じゃ、死なれる前に色々教わらないと。』

『いつでもウェルカム、留守にしてたらゴメンよ。』

アヤカシが鼻歌を歌いつつ食材庫に向かう。

 

『合葬』は平穏を望まない。

豊かなテーブルを囲むため、冷たく硬い土台が必要だ。

その代償が如何なる死であろうとも、5人で逝くなら悪い道ではないだろう。

 

 

 

 

『みなさん、本日までどうもありがとうございました。』

コトネを筆頭に、店の前に並んだ従業員達は夕日の眩しさに目を細める。

その前方には黒い馬の牽く馬車が、地を覆うように影を伸ばしている。

その影の中、イオン・アイシクルは労いを礼で返した。

『こちらこそ、お世話になりました。とっても楽しいアルバイトができて、私達大満足です。あ、依頼の報酬ですけど、残りはアヤカシさんにお渡しするので、後で見てみてください。』

『わかりました。アヤカシさん、受け取り忘れないでくださいね。』

馬の蹄をチェックしていたアヤカシが親指を立てる。

その鉄兜の下は、おそらくキメ顔だ。

『まかしてくれよ!おれはカンクーペなんかとは違うからさ。』

『アヤカシィ、いつまでも一昨年のこと擦りやがって!しまいにゃあの連中と同じ目に遭わせてやんぞコラ。』

あの連中、とやらがどういう目に遭わされたのか。

聞きたくない所存である。

『おふたりとも、今はお見送りの場ですよ。さてみなさん、わたしたちも楽しい時間を過ごさせていただきました。これからはお客さまとしてご贔屓にしていただけると幸いです。どちらのご用件でもお安くしておきますから。』

『そんなにお金無いですよー。でも、ありがとうございます。』

ライコが一足先に馬車へと飛び乗る。

『ねみぃ、着いたら起こせ。』

それだけ発して横になり、当然の権利と言わんばかりに一列分の腰掛けを占拠するライコ。

『ばけものかこいつ。まぁ、その…色々トラブっちゃたのは間違いないですけど、たっぷり勉強させてもらいました。本当にありがとうございました。』

『ふふふ、アヤカシさんがよい先生だったようでで何よりです。では、僭越ですがわたしからも1つ。ジュラさん、わたしと対峙したあなたの動きは概ね正当なものでしたが、同時に各動作の連携が拙いものでした。積み重なった小さなブレが、決定的な隙を産んでます。ダメダメとまでは言いませんが、いつか死ぬことになりますよ。』

『おおう…はっきり言ってくれますね店長…』

ジュラのハートに傷ひとつ。

『ああ!ご気分を害されたならすみません。でも、一つ…上段からの振り下ろし、これは輝いて見えました。あくまで体感ですが、他の動きより2歩先にあると思います。』

『…一応、素振りは毎日やってるんで。』

『そうですか、腑に落ちました。鍛錬効果を引き上げる要素で実戦経験と並び立つのが継続ですから。天井を壊した技も含めて、あの振りを伸ばしていければ強味になると思います。』

『はは、いいんですかね。こんなアドバイスまでもらっちゃって。でも、ありがたく頂戴します。』

『頑張ってください、経験は後からついてきますから。…このままだと話し込んでしまいそうですね。みなさん夕方が終わらないうちに帰れた方がいいでしょう。夜は、とっても怖いものですから。』

釘を刺されたジュラが少し縮こまる。

『き、肝に銘じときます。』

数分後、カブウをなんとか押し込んだ馬車が動き出す。

黒馬達の安定した呼吸音が、出発の快調を知らせていた。

ジュラがクッションに背を預け、イオンが覗き続けているドアの小窓を見る。

絵画のように四角く切り取られた紅の中、鉄格子の無い鳩の巣が影を伸ばして佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

イオンから渡された紙束の量に、アヤカシは言葉を失っていた。

『あの、もしかしてこれ全部設計図?』

『そうです!周辺機器も含めると倍くらいありますけど…要ります?』

これ以上機密文書を増やすリスクと、その全てに目を通す手間がスピーディーにアヤカシの脳内を巡り、答えは導き出される。

『いや、今回の契約の報酬はコレだけだからさ!またの機会にとっときな!』

『わかりました!コトネさん達にもよろしくお伝えください。そして…長い間、本当にお世話になりました!』

アヤカシが背を向けたまま手を振る。

『大袈裟だなぁ、また会うこともあるだろうに。世界は広いが世間は手狭ってな。んじゃ、達者でやれよ〜。』

 

アヤカシと馬車が宵闇に消えた瞬間、イオンが後ろ向きに倒れ込んだ。

慌ててその頭を支えたジュラに、少女はなんとも気の抜けた顔で要望する。

『づかれたー、ジュラ〜なんかあったかくて優しいの作って〜!』

『わ、わかった。えー、じゃまずはノシメピトッピオォの締丁腺を…』

包帯の端を弄りつつライコが呟く。

『重症だな、労災申請しとけよ。』

久しぶりのイオンフライヤーは少し埃っぽく、楽しげな木の香りに満ちていた。

 

 

見る者が心配になるような勢いでイオン・アイシクルが「チリガミガキ」のリゾットを掻き込む。

料理人冥利に尽きる食べっぷりである。

『んーこれこれ!さっすがジュラ、私の欲しいのドンピシャだよ!』

『そりゃ何より。んでどしたんだ?溜まってた疲れが出たのか?水分取ってたか?体痛いとことか無いか?おかしなことあったらなんでも言えよ。』

『テメェはこいつのママか。心配しなくても、なんかありゃオレの鼻と耳に引っかかってら。』

イオンが頷く。

『そうそう、大丈夫だよ。ちょっと何日か徹夜しちゃっただけで。』

『夜遊びはほどほどにしなさいよ全く。……にしても、これで俺たちゃ中央連合を敵に回しちまったってことか。案件が案件だからなぁ…今にヴァニラの野郎が突っ込んでくるぞ。いやもういっそ三枚盾の残り1人とか来てくれたら面白いよな、あはは。』

ジュラが乾いた笑いを溢し、ライコが鬱陶しそうに目を閉じる。

『ごちゃごちゃウルセェな、何が来ようとブチのめせばいい話だろ。思考を煩雑にするな。』

口先では強気でも、大きすぎる絶望から目を背けきれていない。

いまいちキレの無い空元気だった。

『ごめんねみんな…なんか暗い感じにしちゃって。』

『気にすんな。生き残る可能性ある分、今のが100倍マシだからよ。そうだ!追手対策にこの船全部にイオンコメットつけようぜ。栗みたいになってファンシーで強い!』

著しくヤケになったジュラ・パズズに対し、適当に十字を切るライコ。

まったく悪いジョークである。

『そのことなんだけど、たぶん大丈夫だと思う。あれ本物じゃないし。』

『うぇ?そうなの?じゃ俺たち中央連合に追われない?』

『たぶん。偽サインは若干怪しいけど、それもフェイクってわかるようにしといたし…ギリギリセーフかなぁ。』

ジュラは自然と拳を突き上げていた。

『はは、てことは俺たち世界一の殺戮集団を出し抜いて生き残ったってことか。なぁカブさん、今なら俺ぁこの食欲減退色の空も、いかにもアルカロイドって感じの色した森も、全肯定できる気がするんだ。』

『同意、清々しい気分だね。しかしイオン、良くあんなナイスタイミングで精巧なダミーを持っていたね。占い師とかやってみてもいいんじゃないかな。』

『んー、カブさんからジュラが襲われたって聞いてから作ったやつだったから、クオリティが気になってたけど…なんとかなったよ〜。』

『相変わらず仕事早いなオメーは。付け焼き刃の小道具でマルチお化けのアヤカシさんも欺いちまうなんてよ。』

『ふへへ、一応動くように書いてるもん。ほんとのスターフルーツくんと比べたら足元にも及ばない出力だし、稼働限界50秒くらいだけど。』

アヤカシ達もいつか気づくのだろうか。

自分達が掴まされたのは、使い捨ての劣化モデルということに。

『大したペテン師だな。錆染インクはどうした、あそこに混ぜたのはテメェの血だろうが、今傷の臭いはしてねぇぞ。』

『なはは…冗談とかで国王様っぽいサイン使う時は、明らかに偽物ってわかるようにしないとダメだからねー。血の出所はイオンマジックってことにしといて!』

『なんだそりゃ、このオレに隠し事たぁ…』

カブウが触手をスッと上げる。

『お話中すまないライコくん。俺の認識違いかもしれないが、一つ確認しておきたい。確か、彼等は依頼者の不誠実な偽りを許さないと言っていたね?』

ジュラが昨晩を思い出しつつ頷く。

『そうだなぁ、だからこの小細工がバレたら…いや、そうか。何にも問題無いのか。』

『そうだよー、クイーンさんに迷惑がかかることはやだったし、かと言って誰にも追われたくないから、こうするしかないと思ったんだ。』

あの夜、イオン・アイシクルは一言たりとも言っていない。

問題の文書がどこからきたもので、誰が作ったものなのかを。

全ては、読み手がそう受け取っただけだ。

やんごとなき誰かに似たサインと、凡庸にグレードダウンさせた、しかし綿密な設計図がそうさせた。

スターフルーツ計画のことを知るジュラの反応もリアリティに寄与していたはずだ。

そして、相手が日陰に生きる傭兵団であったことも幸いしたのだろう。

法の支配圏を出入りする彼等は、敵意に関して人一倍敏感で、用心深い。

だから、一度意識した仮想敵の虚像は際限無く膨らんでゆく。

平常時や戦場にある時でなく、イレギュラーに始まった戦闘の最中なら尚更だろう。

『おい、勝手に納得してんな。パイプの似合う探偵気取りかテメェ。』

『悪かったなライコ、シンプルに言うぜ。俺たちは誰も騙してないし、追われることも…まあ多分無い。もし敵対したら、店長たちは宣言を偽ることになる。』

自身も裏に身を置くライコにはそれで伝わったらしい。

『なるほどな、吐いた唾飲み込むような奴は面子も信頼も全てを失う。口惜しいねぇ、ガチで喧嘩る良い機会だったのによ。』

『威勢がいいじゃあないかライコ。その調子なら、常備薬だけで飛び立っても大丈夫そうだね。』

ライコが首を傾げる。

『いや、オレは降りるが?何を好き好んで足着かねえとこ行くんだ?』

視界の端でライコがだらけている風景は、イオン達の中で既に日常となりつつあった。

元を辿れば、『面白そうな儲け話』の一点で同行していた縁ゆえ、その言葉は当然のものではあるのだが。

しかし、そんなことよりも…

『ワカる!分かるぜその気持ち!そうだよなぁ!高いとことかマジムリだよなぁ‼︎』

ジュラ・パズズ、かつてないシンパシーを原動力に、ライコ・フォン・トルバーフロスへの急接近を開始。

喜びの感情オンリーの豹変に、さしもの荒くれ者ライコも気圧されているらしい。

伏せた耳と丸めた尻尾が、彼の困惑の度合いを如実に表していた。

『な…なんだこいつ気持ち悪りィ……とにかく、テメェ等とはここでブレイクだ。オレの孤高を邪魔すんな。』

『えー、乗ってこーよー?部屋余ってるよ〜。賑やかな方がいいよー!』

歯を剥き出しにしたライコが威嚇する。

『鬱陶しい!さっさと追い出さねぇと、有り金パクってトンズラこくぞ!』

噛みつき癖を存分に発揮しながらも、ライコの尻尾は何度も左右に振れていた。

 

 

 

 

 

『おいテメェ。』

留守の間に溜まったホコリ軍団と格闘するジュラ、その頭上からいかにも横柄な声がかけられた。

ジュラが視線を後ろに回す。

『なんだライコか。荷物ちゃんと…ってその手提げカバン一個?マジ?』

ほんのり暗いランプに照らされ立っていたのは、全荷物(大半は白子鳩で貰った衣装)の入ったカバンをくるくると回すライコであった。

『悪いか。オレは強欲なるミニマリストなんだよ。…ゴミ溜めに帰る前に挨拶をくれてやろうってな。』

『そりゃどーも。てか失礼な話だけどさ、どうせヒマだろ?俺たちと来ればいいじゃねーか。戦力として頼もしいっつーか、共通の価値観だって要るっつーか…いや、素直に言うべきだな。俺は、寂しいぜ。なんせ、2回も肩並べてんだからさ。』

友愛をストレートにぶつけられるのは異常事態だったのだろう。

ライコが顔を背けて舌打ちする。

『チッ、タッグなんざわざわざ足に錘を着ける、雑魚の習性だと思ってたのによ。ムカつくが、『テメェと組んでまぁ悪くなかった』、そう感じてる部分が確かにあんだよ。』

『悪くない、止まりか。精進しねーとな。』

『………オレは、テメェ程他人に合わせられる生き物に会ったことがねぇ。昨日なんかは、マジに自分の増やした手足が、気ぃ利かせて背中掻いてるみてぇな心地良さがあった。だから、テメェのことは気に入ってる。』

『そ、そりゃどうも?…頭打ったか?』

ライコの額に青筋が浮かぶ。

『ハッハー、テメェが望むならそうしてやってもいいぜ。ちょうどカチ割りたくなる頭もできたしな。』

『悪かったよー。あんまりらしくねーセリフだったもんでさ。』

『ふざけやがって。だが気に入ってるから言っといてやる。ほらよ。』

ライコが汚い字を書き殴ったボロ布を投げてよこす。

それは、『ヨM_8.M_9 トリケシ』とだけ書かれたシンプルなものだったが、それ故にジュラにはすぐに思い当たるものがあった。

『電信か?それも送信予約とかできる結構いい奴と見たぜ。』

『あの後、店の奴をイオンが弄っててな。アレ、押すボタンで音違うだろ?耳で覚えてアミンとかいう奴に聞いた。』

純然たる主観と言える音の印象から内容を起こせとは、さぞかしアミンも苦労したことだろう。

『あいつも大変だなぁ。んで、単なる送信予約の取り消しっぽいけど、なんかあるのか?』

『さあな、単にコソコソ怪しいってだけの話だ。気になんならテメェで聞け。ただ、やっぱオレは気にいらねえ。アホであけすけなクセに、なんか隠してやがる。闇商人のヘソクリみてぇに徹底してよ。』

『ここで降りるのもそれが理由か?』

ライコが頷く。

『そういうこった。ギャンブルは好きだが、何思ってるかすら掴めねぇモンと一緒にいる気はねぇ。テメェも気をつけるんだな。』

『ご忠告どうも、とはいえあいつにゃ大恩があるからな。行きたいってんなら、天界の果てだろーと着いてく覚悟は決まってんだ。』

ライコが身震いする。

『狂気だな。旅に飽きたらタライロンに住め、病室はいつも空いてる。』

徐に窓を開けたライコが、桟に飛び乗りジュラの方を振り返る。

『何やってんだお前。』

『決まってんだろ。この素晴らしきドブ川の街に帰るんだよ。テメェ等玉無し共に、女々しく引き止められねぇうちにな。』

ジュラが何か言う暇も無くライコが駆け出す。

『あばよ!また儲け話が有ったら持ってくるんだな!取り分7割で手ぇ打ってやるからよ!』

大柄とはいえないライコの姿は、すぐに停留所の外の人混みの中へと消え、後に残されたのは喧しくも活力に溢れた人の流れのみ。

目眩がするほどの青空に、サイレンス共和国のシンボルたる魚の旗が靡いていた。

 

 

 

 

 

『ライコくん帰っちゃったの⁉︎まだお別れパーティーもしてないのに…』

『彼らしいといえばそうなのかな。ドライなところも含めてね。』

『まぁ…こうなるのが小っ恥ずかしかったんじゃねーかな。送別会とか、いかにも嫌がりそうだろ?』

『なるほど、存外にシャイな男かもしれないねライコ君。』

それこそ、ライコが聞けば暴れ回りそうな分析である。

『まぁ、生きてりゃまた会うこともあるぜ。あれで案外地元愛強そうだし、次も同じパブで呑んだくれてるかもな。』

容易に絵面が浮かんだか、イオンがクスクスと笑う。

『そだねー。それに、お別れの時になったら私また泣いちゃう。ライコくんにも呆れられちゃうよねぇ。』

『あいつだってつられて泣くかもな、それこそわんわんとよ。』

後の説明を全部押し付けられたのだ、これくらい毒付いたってバチは当たらないだろう。

『カシュアナちゃんも今仕事で国外らしいし…このままお隣のカロウエルへ行こうかな!』

イオンが地図の棚を漁り始める。

『前に言ってたな。人呼んで花の国だとかなんとか。』

『そうそう、国のあちこちにお花畑があって、色んな場所の花が一年中咲いてる……らしいよ。』

なんともファンシーなステータスである、こことの温度差で風邪をひきそうだ。

『ほう、カロウエルかい。カブさん的にもずっと注目してる場所じゃあないか。楽しみだなぁ。』

カブウが普段より壁から浮き出る。

『おお、食いつくねぇ。なんかあんのかいカブさん。』

『うん、そもそもカロウエルとは新しい国家でね。あの辺りはほんの150年前まで、広大な湿地に覆われていたんだ。そこが気付けば干拓されてて、お花畑になってるっていうんだから、ビックリしたものだよ。』

『150年…ってアンタ幾つなんだよ…』

『ハッハー、ヒ・ミ・ツ♡キミはこの先後悔し続けるのさ。少なくとも150年前を知る、歴史の生き証人を切ってしまったことにね!』

『うるせー、アンタは証人より被告人向きだよ。家畜泥棒の。』

『鼓膜の痛む話だねぇ。さて、カロウエル昔話の続きは空の上でやろうか。イオン、何か手伝うことは?』

『うん、いつも通りカブさんは船体の点検、ジュラは食料とかの確認しといてー。後、人が乗ってないかも気をつけてね。たまに賞金首が密航したくて潜んでるらしいから。』

『出立まで物騒だなぁ。…ま、それもこの国の滋味ってとこか。』

 

全ての犯罪の揺籠、そう聞いていたサイレンス共和国は、確かに治安最悪の危険地帯であった。

国営の市場でギャングがみかじめ料を搾り取ろうと練り歩き、家々の煙突から麻薬の白煙がたなびく光景など、一目見た瞬間ジュラにトトルス村へ帰りたいと思わせるのに十分なインパクトだった。

しかし今、不思議とジュラには後ろ髪を引かれる感覚がある。

ようやく一晩中侵入者を警戒する必要が無くなり、一言一句のためにギャングの抗争に巻き込まれる心配も無くなるというにも関わらず、だ。

少し考えた末、矛盾する感覚の正体を掴んだジュラが笑う。

この国には、実に多くの者が居た。

ある者は享楽的に今日を生き、ある者は燦然たる明日へ続く道を生き、ある者達は昨日から出られず出る気も無く生きていた。

しかしその全てが、それぞれ己が命を賭して燃やして朝を迎えているのだ。

清も濁もぶつかり、混じり、また反発し…サイレンス共和国という一つの集合体を形作っている。

それは、何よりも喧騒で尊い烏合の衆だ。

自身の眼で、善悪良否の枠を越えた煌めきを捉えていたからこそ、少年はこの国を去ろうとする今、郷愁に似た寂しさを感じたのだろう。

『なぁイオン、次来る時は別のハンバーガー屋に行ってみようぜ。もちろん、資金はたっぷり持ってな。』

イオンが手を止め、何度も頷く。

『賛成賛成!私もまだまだ食べ足りないよー。』

それだけを交わし、2人は出立の準備へとかかる。

 

大仰な感想は無くていい。

この国の陽気で深い魅力を表現するなら、万の言葉よりもトランク一つ分の荷物を持って、サングラスをクイと上げながらこう言えばいい。

『ヘイ!死にそうな顔してんな!ちょいと冒険して、ハンバーガーでも食おうぜ。』

ここはサイレンス共和国、白黒表裏が交差する、今最も燃える国。

性善性悪論も鳴りを顰め、粋で卑劣で小綺麗にドス黒い…そういう矛盾も否定されず、ただ自由を絶対の律とする。

粗野で未熟で、故に最も光を秘める国、サイレンスよ永遠なれ。




サイレンス共和国の魚の旗はアルタムエンゼルを想定してます、だってカッコいいから。

用語集

コトネスペシャル
古都音さんが設計した理想(古都音さん基準)の拳銃。
常人が撃つと腕が複雑骨折しかねないが、威力・速度は絶大。

ハイペリオン山
別名、天影山。
標高40000mとも言われる世界最大の山とされ、麓から見ると空を覆う様に見えるためこの名がついた。

ミンギー海溝
モンストルム帝国スクト河沖に存在する、世界最深の海溝。
正確な深さは不明だが、近づくことはやめておいた方がいい。

チリガミガキ
殻が薄く剥離しやすい二枚貝の一種。
潮間帯上部の誰でも取れる場所に生育するものの、迂闊に触ると破片が体内に残り酷く膿む。
沖の岩礁に育つものは味が上品だが、指を切断するほど鋭く育つ。
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