魔剣王正伝   作:プルプルマン

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岸壁にでかいナルトビエイ!
テンションあがるぅ


番外編 赫天狼-1

ベショベショ馴れ合いお別れ会を拒否し、愛しのマイホームへと帰還した、人狼の青年ライコ・フォン・トルバーフロス。

常日頃より傍若無人で通るこの男も、今は懐が暖かい。

多少チンピラに家を荒らされたって、再起不能で許してやれる心の余裕が彼にはあった。

 

燃えていた、家が。

3本隣からの飛び火だった。

今日だけは寛大なこの男も、これには一世一代の大激怒。

その日、ライコの八つ当たりの犠牲となった野次馬は、20人をくだらないという…

 

 

 

 

悲しき血と火の夜から3日、ライコはいつになくセンチメンタル(本人曰く)な気分で水路の側を歩いていた。

勝手に占拠していただけのボロ屋とはいえ、確かに心の拠り所だったそれは、もう無くなってしまったのだ。

感傷に浸るのも許されるというものである。

幸いにして、当面の生活費は捻り出せそうだが、いかなる無法者にも身を落ち着ける巣は必要なのだ。

なんの気無しに水面のゴミでも数えてみる。

スイカの皮…革靴の中敷き…虫食いだらけの棒…クスリの包み紙…女…腐ったチェリー…松ぼっくり…薄汚れた日常の中に何か尋常ではないものを見た気がして、ライコは足を止める。

振り返ると、やはり淀んだ水面に女が浮いていた。

ただのドザエモンなら一眼見てそれっきりだった。

しかし、その女は溝鼠と同じ色の水面に全く合わない、透き通るようなターコイズブルーの髪を湛えていたのだ。

その漣にも似た艶めきが、スモーキーで仄暗いライコの視界で一際輝いていた。

奇妙なことに、その蒼は泥水に一切染まることなく、ふんわりとした弾力が保たれている。

溺死体にはおよそ似合わぬ活気を秘めた髪が、クラゲの触手のように揺蕩いライコを捕らえようとしている。

そう錯覚する程の魔物的魅力があった。

『よっぽどいいワックス使ってんのか?…御相伴に与るか。』

誰かの不幸は誰かを幸福にする、ここタライロンではことさらに。

『おーい、生きてっかー?死んでてくれると楽で助かるぜー。…返事無し、顔も浸かってるし死体か。』

ライコが女を棒で岸に寄せ、引きあげようと抱え込む。

『意外と重てえなコイツ。んじゃ、どんなパンツ履いてんのかなっと…あん?』

最初はモンスターサイズの鯉でも食らいついているのだと、そう思った。

何せ、女の下半身は骨質のヌメっとした鱗と、ほんのり紅を帯びた透明な鰭を備えていたのだから。

だが、そこにあるはずの無感動な魚眼の座った頭部は無い。

その組織のどれもが、目の前の女の上半身と滑らかに繋がっている。

深海より来たる名状し難き者でも見てしまったか、フリーズするライコの脳内にかつて競売場で聞いた1つの伝説が浮かび上がった。

曰く、その生物は人間と魚の特徴を併せ持つ。

曰く、その生物は悍ましく甘い声で船乗りを拐かし船を沈める。

曰く、その生物の出現は大きな事件の引き金である。

曰く、その生物の血肉を一度口にすれば…等しく永遠を授かることができる。

あくまで熱狂者達から流れてきただけの与太話、しかし目の前の女の容姿はあまりにそれと合致している。

ふと、ライコは気づく。

この女の心臓が未だに健全な鼓動を続けていること…そして、それにも関わらず女の体に全くの温もりが無いことに。

生きた水そのものを抱えているような感覚に、ライコの海馬は深い場所から確信の信号を鳴らしていた。

ライコ・フォン・トルバーフロスはこの日、仮住まいから徒歩2分のドブ川にて、永遠への切符を拾った。

 

 

 

『やっぱオレのセンスは一流だ、ここは残暑なんざ関係無く過ごせる。』

結局ライコは、己の仮住まいまで人魚を運んできていた。

石橋の下に廃材を集めて造った(当然無許可)その巣を、ライコは中々気に入っている。

涼しく目立たず、程よい狭さでリラックス。

少々ハエは湧くが、暇な時のオモチャくらいには使えるので問題無し。

とはいえ、やはり住み慣れた前のナワバリとの間には超え難い壁があるものだ。

いつか、真にこの住まいと分かりあうことができるものだろうか…

そんなことを考えながら、ライコは少し歪んだフライパンを温め始める。

燃え盛るボロ屋から必死で持ち出した家財道具が1つ、その歪みこそ歴戦の証である。

 

 

卵の焼ける音と香りで、人魚は目を覚ました。

瞼を開く前に肌をチクチクと刺激する感覚に気づき、周囲を手で探る。

金属の針などではない。

どうも枯れ草のようなものに覆われているらしい。

うっすら目を開けた人魚が見たのは、狭い荒屋の湿気った天井であった。

ナメクジが材の隙間から顔を出し、薪の煙に当てられて引っ込んでいく。

情報が足りない。

上体を起こし、さらなる現状の把握を試みる。

 

初めて見る生物がいた。

それは、この世のマジョリティたる人間のようなナリをしているくせに、頭の上から伸びる大きな耳と左右によく振れる軽やかな尻尾が、異物感を醸し出している。

『あ?起きたか。まぁしばらくの縁だ、ゆっくりしていけ。』

何より、瞳の奥でギラつく何かが、圧倒的にヒト科のそれとは違っていた。

『あー、わたしの記憶だけじゃ礼を言うべきか悲鳴を上げるべきか、判然としないわね。失礼かもなのだけど聞いていい?私はどうしてここに?』

ライコが雑に穴を開けただけの窓を指差す。

『そこのドブでくたばってたから持ってきた。調子はどうだ?』

人魚が軽く体を動かし、頷く。

『どうもありがとう、後で勲章あげるわ。…もしかして、食事まで世話してくれるのかしら?』

2つ並んだ目玉焼きを見て、人魚が期待の眼差しを向ける。

『あ?これか?今からテメェ食うんだから、付け合わせがいるだろうが。逃げるなよ。』

ライコが振り向きざまに棒を掴む。

『活きがいいじゃねぇか。マリネにでもするか。』

『へぇー、よくそんな文化的料理知ってたわね。焼くか煮るかの2枚くらいだと思ってたわ!』

手癖の悪い人魚が荒屋に転がっていた棒を振り下ろしていた。

『やっぱ魚の脳味噌じゃ、もう恩を忘れんだな?』

『ハッ、この弱肉強食の世で恩義が何kcalになるってのよ。わたしは生き残るわ、正当防衛よ。行け、我が従僕!身の程知らずの蛮族を打ち倒せ!』

棒を手放した人魚が懐から水を飛ばす。

ライコはその水を跳ね除けた。

『生存本能までお粗末じゃねぇか。こんな水鉄砲、チワワもビビんねぇぞぉ!』

『だからアンタは獣止まりなのよっ。その性根から貧乏臭い右腕を、良く見ることね!』

右腕の手首付近、水を打った場所に僅かな違和感が生じている。

目を凝らして見ても、そこにあるのはしっとりと濡れた腕だけだ。

臭いからしておそらく真水、皮膚に作用する劇薬などではない。

だが、ライコの聴覚はその内部に潜む彼等の存在を確かに捉えていた。

『なんだ?オレの腕から声がするッ。何が居やがる⁉︎』

見えるはずがない、何故なら今巨大生物の腕へ出撃した者達は、遥々海から人魚を護衛してきた精鋭のプランクトン達なのだから。

尚、浸透圧等の問題は気合いで耐えている。

『モノノフ共!覚悟はできたか!これより我等が尊き御嬢様の外敵を、討ち斃す!総員覚悟せよ!』

頭を尖らせたミジンコ隊長がハネケイソウの剣を振りかざす。

微小だが、確かな雄叫びが上がった。

士気は上々、隊長の一声で容易に発火するだろう。

『穿てぇぇぇぇっーー!』

号令と共に兵隊が一斉にライコの皮膚へと刃を向ける。

目標は骨までの穿孔、今こそ不埒者に苦痛と絶望の咆哮を!

 

 

 

『うおっ、なんか赤くなってきやがった。あとすげぇ痒い。』

百戦錬磨、選りすぐりのプランクトン軍団、しかし此度は相手が悪かった。

『隊長!皮膚が硬すぎます!シャコガイの如しです!』

『諦めるな!水滴1つも万年掛ければ岩を割る!』

『ですが隊長!我々、水滴より遥かに非力です!』

ライコが少し腫れてきたその場所をペロリと舐めとる。

迫り来るざらついた舌は、少ない水で頑張る微生物達にとって致命的であった。

結果、ライコが幼い頃から無意識にやってきたその行為1つで、勇敢なる近衛部隊はあえなく全滅を喫し、人魚はよく震える悲鳴を上げて彼等の死を嘆く。

『なんて…なんて残酷なことを!恥を知りなさい!』

『とか抜かして、腹に次の鉄砲玉用意してんじゃねぇか。いいだろ、一口ぐらい。オレは永遠を獲って、無限に喧嘩を楽しみてぇんだよ。』

『発想が蛮族すぎるわよアンタ。無駄に長生きしても、退屈に追われるだけよ。』

少し真面目なトーンのその忠告を、ライコが鼻で笑う。

『そりゃ生命の楽しみ方に疎いアホの発想だろ。オレは違う。』

『ハァ…わからないやつね。いいわ、そこまで言うならテストしてあげる。アンタが特別な生命を得るに相応しいかをね。』

ライコが鼻で笑う。

『斬新な命乞いだな。応じる意味がねぇ。』

『話は最後まで聞くものよ。実は人魚の身って、正しく食べないと内臓が泡立って死ぬの、知ってた?』

『……デマカセだろ。』

『どうかしらね、物事に裏表があるなら、永遠の反対は?ほら、鱗一枚あげるから試してみる?』

人魚が尻尾の付け根から一枚の鱗を抜き取り、ライコに投げてよこす。

うっすらと桜色でくっきりとした年輪を備えたそれを、ライコは口に運ぶことができない。

未知、とは人狼の蛮勇をも押し留めるのだ。

『ビビってや〜んの。ソースに基づく正しい食べ方が知りたきゃ、『待て』を覚えることね。』

ライコが今にも反射的に動きそうな右手を強くつねる。

『んで?テメェは何をやらせたい?トイレ掃除ぐらいから拒否するぜオレは。』

『初対面で捕食したがるヤツのハードルじゃ無いわね。物事には相応しい対価が要るのよ。あと、テメェじゃなくて汐束(しおつか) ヤマメね。殿下をつけてもいいわよ。』

人魚ヤマメがウインクして自己紹介を促す。

従わなければ話を進める気は無いだろう。

『人狼のライコ。早く条件教えろ。』

『いい名前じゃない、感心ね。人狼…初めて見るわ。とりあえず、水が漏れない大きい壺でも用意してちょうだい。模様がわたし好みならなおよしよ。次は、日用品一式を揃えて。こんな汚いとこ嫌だから大掃除もしてもらわないと。あ、わたしクリームは「メイキングドリーム」の生成色15番しか使わないからよろしく。あと、鱗用ヤスリは幼年竜人用の3000番と…』

情報メモリと堪忍袋の容量を超越し、ライコは遠吠えするより他に無かった。

 

 

 

 

『ふむ、まあまあね。仮住まいとしては上等だわ。』

太陽が西に傾く頃、ライコの慎ましくも丁度いい荒屋は、ヤマメ好みに作り変えられていた。

『信じらねぇ何考えてんだテメェェ…なんだこのキラキラした貝殻!珊瑚!海綿!んなもん飾って、部屋の狭さ分かってんのかァァ⁉︎』

『目くじら立てんじゃないわよ。わたしのリラックスに絶対必須なの。それにほら、わたしが触れた貝殻はどこからでも海に繋がる通信装置になるのよ。』

よくわからないメリット?を熱弁され、ライコが首を捻る。

『ものは試し、海の囁きを聞いてみなさい。』

ヤマメが手のひら程の大きさの貝殻をライコの耳へとあてがう。

重たい雑音しか聞こえなかった。

『…山崩れの音しか聞こえねぇぞ。交換手がサボってんじゃねぇのか?』

『ああ、やっぱそう。残念ね。海の声はお預けだわ。』

食いしばるように微笑んだヤマメが貝殻を棚に戻す。

『んで、いつまでだ?いつまでオレは、この胸焼けしそうな絵面に溺れてりゃいい?』

ヤマメが少し考え、口を開く。

『世間がわたしを忘れるまで。まぁ二百年も待てば頃合いじゃないかしら。』

『テメェ、今目の前にいるのが平均寿命40年の人狼と知って言ってんだな?オレの何一つテメェには相続しねぇぞ。』

『あら、そんな儚い生き物だったの。わからないものねぇ。じゃあ1月後ぐらいにわたしの鱗を海岸に捨ててきて。偽装工作よ。』

『オレの貴重な一ヶ月をテメェなんぞのために使えと?…デマカセだったらマジでブチ殺すからな。』

ヤマメはドスの効いたライコの脅しも涼しい顔で受け流す。

『ええ、約束しましょ。不本意ながら、コトが終わったならわたしを一口差し上げますわ。』

なんの間違いか遭遇した陸海の2種、後の世には語られぬ、文字通りの口約束の瞬間であった。

 

 

 

 

ヤマメの仰せのままに昼食調達から帰還したライコは、家の手前で足を止めていた。

中から何か長い棒でも引きずっているような、奇妙な音がしていたのだ。

買ってきた獲物を比較的綺麗な石段の上に置き、ドアノブへそっと手をかける。

もしこの戸を開けて、中にいるのがクズの空き巣だとかであれば、全身をタコのようにグニャグニャにしてやらなければならない。

ライコの手に力が入り、勢いよくドアを引く。

『おいゴラァ‼︎そこ動くなァ!』

台車付きの壺に収まったヤマメがポカンとライコの方を見ていた。

『急に大声出すんじゃないわよ。エラ詰まるかと思ったわ。』

『なんだぁそりゃ。工作道具なんざ置いてねぇぞオレぁ。』

ヤマメが手に持った棒を中心に『マイカー』を一回転させる。

『コレ?そこらへんのオジ様に作ってもらったわ。ほらわたしってばツラも声もいいでしょ、スマイル1つでちょいよ。』

『刺されちまえ。てか他所にノコノコ顔出すんじゃねぇ、盗られるだろうが。』

ヤマメが呆れ顔で手を振る。

『そういう発想になる…か。やっぱり、誰も分かっていないのよ。死神に不義理をやらかす愚かさをね。悲しいものだわー。あ、昼餉よろしく〜。』

ライコの後ろに置かれたカゴを見るや否や、近所に落ちていたであろう新聞を広げくつろぎ始めるヤマメ。

その恥じらい無き我が物様、いたく見事である。

『チッ、いい気になりやがって今に見てろ…そういやテメェのメシ、マジにこれでいいんだな?』

ライコが荷物の中から藁にくるんだ品物を取り出す。

その中身は今朝取れたばかりの新鮮な鱒であった。

ほんのりと粘液の香りを嗅ぎつけたヤマメが首を縦に振る。

『そうそう、中々の目利きじゃない。楽しい昼になりそうね。』

『ほぼ共喰いだろ、倫理観どうなってんだ。』

唯我独尊のライコ・フォン・トルバーフロス、流石に同種喰らいは未経験且つ気が引けるものである。

『あら、同種の小型個体は水生生物の大好物リスト常連よ。一番身体に馴染むもの。』

ライコは相互理解を諦め、まだ冷たいフライパンに魚を放り込んだ。

そのまま強火で焼けば、皮も鱗もくっついて剥がれる、死ぬ程忙しい遊び人の調理法…とは本人の談である。

『えー、焼くの?わたしシーフードは生派なんだけど。』

『テメェの野蛮を文明で中和すんだよ。黙って食え。」

鱒の水分が湯気となって昇り始める。

『野蛮ねぇ…もしかしてアンタたちって、産んだ卵とか食べちゃったりしないの?』

『食うわきゃねぇだろ。イカれてんのか。てか産まねぇよ、卵。』

『所変われば違う潮も流れるものね。まぁわたしも窶しの身、地上のルールに則ってあげるかしら。』

会話する気も失せたライコが、黙って鱒をひっくり返す。

枯葉のようになった皮と鱗がペリペリと剥がれ、フライパンへ真っ黒に焦げ付いていた。

『もったいないわね、皮が3番目に美味しいのに。』

『三番手なら別にいいだろ。てか黙ってろ。』

冷たくあしらわれたヤマメが不服げに立てる水音は、また格別に耳障りだった。

 

ヤマメが、欠けた皿へ無雑作に置かれた鱒の尻尾を摘む。

『ごくろうさま、じゃ腐らないうちに食べちゃいましょうかね。…いただきます。』

一時目を閉じて祈りを捧げ、ヤマメは目の前の馳走に腹からかぶりつき…そっと口を離した。

『不味い!不味すぎるわ!焼きすぎてこの子の持ち味まで死んでるじゃない!』

『んだとテメェェ!このライコ様に作らせた挙句ケチつける気かぁ⁉︎今すぐ解体されてぇらしいな!』

『やってみなさいよ、その前にこの子たちから呪殺されなきゃあね!』

腹も親交も温まった。

まったく、理想的な願いの一歩目である。

 

 

 

 

 

『もういいでしょ?そろそろ酔いそうだわ。』

『…まぁ別にいいだろ、誰もいねぇし。』

壺に被せられた木蓋をそっと持ち上げ、ヤマメが周囲を窺う。

ひとまずの安全を確かめた彼女が、蓋を横に掛け帽子を被った。

道中で買わせられた、速乾素材のアイテムだ。

『うーん、久々の外は格別…でもないわね。まぁ40点てとこかしら。』

『文句しか入りを知らねぇのか。テメェがゴネるから連れてきてやったんだろうが。』

ライコの青筋がよりくっきりと浮き出る。

『だってマジにエラ詰まりそうだったんだもの。まあ、せっかく来たのにこの川じゃあねぇ。』

ヤマメの見下ろす川の水はどんよりと濁り、煤けた窓ガラスのようになっている。

『チッ、この瞬間も何が見てるか分かったモンじゃねぇのによ。んじゃ後の3週間、閉じこもってやがれ。』

今日はヤマメとライコの契約より5日目、そしてヤマメが橋の下生活に我慢の限界を迎えた日である。

脅迫と我儘の応酬で、なんだかんだ共同生活のノウハウを確立しつつあったライコも、これには大いに悩んだ。

ヤマメが外に出れば出るほど、リスクは無限大に増えていく。

かといって無視すれば、機嫌を損ねてまた面倒くさくなる。

結局、ライコは酔っ払いが潰れマトモな住民は働いている、午前中の短時間のみヤマメを望む場所まで連れていくことにしたのだった。

『まぁ家のドブ川よりはずっといいわ。1泳ぎしてくるからちょっと見張ってて。』

ライコが襟首を掴む。

『させねぇよ。テメェ隠れてぇのか死にたいのかどっちだよ。』

『リスクは百も承知よ。でも、この大きな流れにも兵隊は仕込んでおきたいわ。なるべく魚に食べられないような深いところにね。』

『屁の役にも立たん虫ケラ増やしてどうすんだ。資源の無駄だろ。』

近衛兵団から憤慨の声が上がるも、距離のせいかライコですらそれに気づくことは無かった。

『言ってなさい。弱者は弱さ故数と団結でひっくり返すのよ。悪いのだけど、自分達で行ってもらえる?サポートはするわ。』

ヤマメが懐に語りかけ、呼応して飛び出た水の塊が川へと飛び込んでゆく。

すぐに餌の存在、察知して集まった小魚をヤマメが水面を叩いて追い払い始めた。

『オラッ!この無礼者!わたしの兵隊に手を出すなー!』

木の棒を何度も振り下ろすヤマメを眺め、ライコは存分に呆れていた。

(どっちがお守りかわかりゃしねぇ。危機感の足りねぇ奴だな。)

10分にわたる作戦の後、決死隊は水底のゴミの周囲に陣地を確保したらしい。

全身をチクチクされて追い出されたカニが、名残惜しそうに元我が家を見つめる姿は悲壮に満ちていた。

『よう、兄弟。災難だったが、元気でやれよ。』

壁を登ってきたホームレスクラブに、ライコは片手を上げ気まぐれから出た慰めの言葉をかける。

カニの返事は両手を振り上げての威嚇だった。

 

 

 

カラッと揚がったカニを殻ごと噛み砕き、半分をヤマメに手渡す。

『毒見ご苦労!いただきます…ん〜!絶品、さすがわたしだわ。』

ヤマメが己の仕事に心からの拍手を送る。

初日の『オーバーヒートラウト事件』以来、ヤマメは全ての食事づくりを買って出ていた。

そしてライコとしては無性に腹立たしく、それでいて喜ばしいことに、彼女の料理はそれなりに美味なものだったのだ。

もちろん、プロやそれを目指す者にも劣るクオリティではある。

だが、それでも認めなければなるまい。

ヤマメの作る味が、自分の粗雑極まる料理ごっことは比較にならないほど真っ当で、確実に己のQOLを引き上げていることを。

唯一の難点は、何でもかんでも食材を生のままで使おうとしてくるところだが、それ自体はライコの強靭な胃袋にとっては、ちょいと強めのスパイスに過ぎない。

よって実質欠点無し。

『どうよ、長生きしてると色々齧るもんなのよ。』

『食えなくはねぇ。それよか、今日は満足したか?さして面白いモノも無かっただろうが。』

ヤマメが呆れを顔に出す。

『あら、貧しい物言いね。似たようなセンスのラクガキとか、貼り直すの諦めて布張ってる窓とか、治安最悪で新鮮だったわよ。1番面白かったのは、上下逆さまで寝ちゃってた酔っ払いかしら。』

『性格悪ぃ観光してんな、まあ次ゴネるなら2週間は先にしろよ。ずっと押してるのも疲れんだ。』

『感謝してるわ、お陰であちこちに仕込みができた。完璧な布陣よ。』

誇らしげに宣言したヤマメが昼に買ってきた本を開く。

『そうなら、楽なんだがな。灯りは早めに消せよ、近頃は油も貴重品なんだぜ。』

ライコもまた食事を終え、擦り切れてきた毛布の上で眠りにつく。

人狼が見る夢は日に日に近づく永遠の謳歌か、人魚ごと願いが水の泡と化する凶兆か、どちらにせよマトモな食事で満たした後の眠気は、まったく心地よい。

 

 

 

 

 

『ようライコ!最近良く来るな。やっとシーフードの素晴らしさに目覚めたか?』

人混みから僅かに姿を見せたライコを捕捉し、魚売りの男は威勢のいい声で呼びかける。

ここ数日同じ店を使い過ぎたか、店主に顔を覚えられたらしい。

わざわざ答えるのも面倒ではあったが、魚介の入手ルートに陰がかかるのもつまらない。

ヤマメの御機嫌取りは、永遠の探求者にとって最優先事項なのだ。

幸にして、さほど機嫌が悪いわけでも無かったため、ライコは会話に応じてやることに決めた。

『別に、ただそういう時期だろ。それにあれだ、コイツ等食うと頭良くなんだろ?悪くないじゃねぇか。』

『殊勝だあねぇ、流石我等がチャンピオン。』

出場停止処分中の力を持て余したライコにとって、それは逆鱗を掠める言葉である。

無意識に飛び出した爪を引っ込め、並ぶ品に目を落とす。

『今日は何をお探しで?』

『貝、歯応えより味の濃さ優先で、いいのいるか?』

『それなら、牡蠣かバイだろう。この時期ならチリガミガキがウマいし、「シャイナーフタシマバイ」もお安くなってる。』

陳列開始以前から殻が崩壊し続けている二枚貝と、身まで毒々しい縞模様の巻貝を指し示されるも、ライコにはその良し悪しは良くわからなった。

『適当に3人前ぐらいよこせ。内訳は任せる。』

『いい判断だライコ、ええコレとコレとコレと…こんなものでいいか、まいど。…ああ、そうだ!』

対価を手渡し、サッサと離れようとしたライコであったが、再び呼び止められて振り返る。

『なんだ?野良猫のクソ以下の世間話でもしたいのか?オレ以外捕まえた方が利口だぞ。』

店主が肩をすくめる。

『酷い喧嘩腰だ。有益な情報だってのに。ライコ、あんた最近誰か囲ってんじゃないか?』

『敵』を確認し次第、一瞬で仕留められるようライコの筋肉が緊張する。

『この街で『詮索』が、どういう意味かは知ってるな?売りモンを全部真っ赤な金魚に変えたくなきゃあ、言葉は吟味しろ。』

殺気の送り合いが一種の挨拶となっている、生粋のタライロン住民たる魚屋も、怖気付かずにはいられない圧力だった。

『わわ、わかってる。それ故に聞いたんだ。最近あちこちの店で、日用品や食料を買う量が急に増えた客はいないか、って聞き回ってる集団がいる。クズ魔法薬売りの婆さんにまで聞いてたぞ。』

思わず舌打ちが漏れる。

思い当たる節など、一つしかない。

そのストーカー連中の目的はヤマメだ。

彼女の事情など興味も無かったが、死亡偽装に警戒網の配置といった行動から、何か警戒すべき対象がいるのは察していた。

出会った時の状況からして尋常ではなかったが、それも逃走中の行き倒れとすれば理屈が通る。

タライロンにはそういう場合における不文律がある。

『やられる前にやれ』、体に染みついたその教訓に従い、ライコは行動を始めた。

『そうかよ。で、オレの名前を売ったのはどういう了見だ?チンケな小銭(エサ)に釣られて、命を捨てるたぁそこの売りモン共とお揃いだな?』

魚屋の顔が真っ青に染まる。

『なんで知って……い、いや待て!違うんだ!連中ときたら笛でも吹いてるみたいな不気味な声で…生気が無いというか、目元まで彫刻みたいな連中だったんだ!もう何をされるか恐ろしく、つい…』

『ほお、マジで売りやがったのか。初めて知ったぜ。正直への罰だ、粉砕で済ませてやる。』

『そんなっ……バガッ!』

顎を殴られた魚屋の男が店ごと吹き飛ばされ、市場に銀の魚体が散らばる。

ここタライロンで誰かが他人に手を差し伸べる時は、相手から搾り取る利益がそうすることで確実に増える場合である……と、少なくともライコはそう考えている。

だから、魚屋の正解はライコの脅迫に耐え、とぼけ続けることだったのだ。

いや、そもそもライコを相手に、そういった取引をすべきではなかったのかもしれない。

この街では、不正解の代償は大抵シンプルな暴力なのだから。

『ククク、ノコノコ手間を増やしに来たアホ共が。1月スッこんでりゃ見逃してやったのにな。』

ライコとヤマメの契約は、1ヶ月の間だ。

そこを過ぎて永遠を手にした後、用済みの彼女がどうなろうと知ったことでは無い。

だが、早漏野郎の外敵が攻め込んでくるというなら話は別。

存分に力を振るい、気の向くまま徹底的に痛めつけてやろう。

これから永くなる(予定)人狼生に降って湧いた、稀有でスパイシーなイベントである。

できる限り残虐に飾らなければ、それこそ興醒めというものだ。

 

 

 

 

『てなわけで、今から出るぞ。腹が減ってんなら貝でもしゃぶってろ。』

取り出そうとしていた皿をそっと置き、ヤマメが溜め息を吐く。

『正直、ナメてたわね。こんなにも早く見つかるなんて、思ってなかった。ごめんなさい、勝手な契約違反ではあるけど、わたしだけでここを去らせてもらう。世話になったわね。』

ヤマメが神妙な顔で置いて行こうとした帽子が投げ渡される。

『やらせると思うかアホ、11日間テメェの我儘に付き合ってやったんだ。今更逃がさねぇよ。』

『あんたね、わたしを尾けてるのは組織よ。どれだけの規模かもわからないし、どこまで手を伸ばしてるかもわからない、濃すぎる影みたいな集団…悪いこと言わないから関わらないで。ただでさえ儚い命なんだか…』

『要はありったけブチ殺していいって話じゃねぇか。リングもゴングもねぇ、至高の享楽だぜ。…手始めに一匹、片付けてみるか。』

ライコが、壁沿いに置かれていた木箱へ回転を加えた下段蹴りを叩き込む。

その中身は少し青くなったジャガイモのみ。

故に、衝撃を受けた木箱は湿った音と共に粉砕され、不幸にも衝撃の犠牲になったジャガイモとほんのりカビ臭い木片が床に散らばっている…はずだった。

だが、床にはジャガイモの芽1つ転がることは無かった。

木箱とその中身は、蹴られた場所からぐにゃりと変形し、天井付近までその姿を引き延ばした直後、パチンと音を立てて二足歩行の存在へと姿を変えたのだ。

 

その姿は一見して人間に近かった。

しかし、タレコミ通りその顔には一滴の生気さえも無い。

どこぞの鉄面皮店長を思い出す読めなさだ。

紫の服…というより外皮の一部は、クラゲのように煌めきの流紋を浮かべており、体の数箇所に赤い宝石のようなものを埋め込んでいるらしい。

宝石同士を繋ぐ金の紋様は生まれつきか、刺青の類か。

いずれにせよ、これまでライコが戦ったあらゆる生物とも違った存在だった。

俄かに部屋を満たした、辛子を詰めたタバコの如き刺激臭にライコが顔を顰める。

『臭いでバレバレなんだよ、ゴミクズ野郎。オレの家にクセェもんなすりつけていきやがって。他所上がる時は家主に一礼して、客分たる自覚をもって振る舞いましょうって教わらなかったのか、マヌケ。』

直立不動であった不審者が膝を突いた。

想定より先制攻撃が効いていたか、ライコも拍子抜けを禁じ得ない。

『なんだ、ただの雑魚かテメェ。テメェの無価値価値自覚して、泣きながら本拠地に帰んな!』

ライコの投げつけた小皿を体を変形させて回避し、ガンユイがヤマメの方へ顔を向ける。

『ここまでの嗅覚とは、驚異的な生物と言わざるを得ない。ともかく汐束 ヤマメ、このガンユイが補足したぞ。』

ライコが爪を振り下ろすより一瞬早く、生命体ガンユイは液体のように変化し、窓の隙間から近くの排水パイプ中へと姿を消したのだった。

 

 

 

未だ残る刺激臭に鼻を鳴らしつつ、ライコがドアを蹴破る。

少々ダイナミックだが、気持ちの良い換気だ。

『懐かしのアノヒトに再会したってツラじゃねぇな。知ってること洗いざらい吐けよ、テメェはもう強制的に守られるしかないんだからよォォォ!』

ヤマメを逃す気は無い。

逆光で薄暗くなった顔に、そういう炎が灯っていた。

『ヤバいやつだとは思ってたけど、本格的にイカれてるわよあんた…理解してるの?あんたがやったのは、海底の貝殻一個手に入れるために海丸ごと干上がらせるようなことだって。』

『水抜き上等、潜って取りに行くよりか早い。オレはカナヅチなんでな。』

ヤマメが1分ほど顔色を変え続けている間、ライコは催促も罵倒もせず、ただ腕をストレッチして待っていた。

葛藤の末、人魚の口が重々しく開かれる。

『海の底の、さらにそのまた底…この世で最も深い海淵に1つの城があるの。その名も「ラ・シエラ」、とても古い言葉で『海のヘソ』って意味よ。そこには水に棲まうモノたち全てを統治する、偉大な王様が君臨していたわ。』

『お山の、てかお池の大将か。オレの天敵だな。』

『2月程前、その城に数個の隕石が沈んできたわ。深海に赤く沈むそれを見ても、所詮は上の層で勢いを失った宇宙の成れの果て、誰もがそう思っていたわね。』

ヤマメが苦々しげに息を吐く。

『けど、その中から連中が出てきやがったの。さっきの…ガンユイとかいうの含めて、4、5人だったと思うわ。たったそれだけの…それだけの敵に城は蹂躙された。よく知ってる顔が、見てる側から潰されていくの。まぁ、わたしとしては夢だと思うようにしてるわ。狂うなら確かめからでも遅くないもの。』

『兵隊はどうしたんだよ、まさか配備してねぇワケも無いだろ。』

『いたわよ。数多の海に名を轟かせる智将も、比類なき武勇の豪傑も。…イヤな表現だけど、手も足も出なかったわ。何せ、相手は何してもケロッとしてるのに、こっちは見ない内に歴戦の猛者から斃れていくんだもの。近衛隊の皆が引きずってくれなきゃ、わたしも死ぬつもりだったくらいには絶望的だったわね。…結果的に、わたしが逃げたことで城への侵攻は食い止められたんだけど、不名誉。』

『ハナからテメェ1人がターゲットだった、か。分かりやすい連中だぜ。で、ソイツ等はオレの道に転がる石コロか?ただの纏わりつく羽虫か?』

ヤマメが首を振る。

『わからないわ。あいつ等が言葉を話せることだって、今日知ったばかり。けど、わたしを狙ったなら単なる人魚の捕獲、それ以上の意味があるかもしれない。』

『庭の騒ぎを上から眺めてられる身分らしいからな。気が合わねぇとは思ってたが、オレの最も嫌う類だぞテメェ。』

『奇遇なものね、生まれは選べないってのに。改めて、わたしは汐束 ヤマメ、ラ・シエラに君臨せし全魚の王、ガストロの第一子。要するに、第一王女よ。…2週間も世話になったわね。この恩は生き残った暁には必ず返すわ。だから…どいてよ。』

自分を追う危険に対する説明は十分にした。

敵の規模や1人の命を超えた謀略が潜んでいる可能性も、わかっている範囲で伝えた。

だが、この男はドアの前から動かない。

ヤマメが抜けられる隙間など、橋の下の狭い家には他に無いというのに。

『1月、でいいんだったな?上等、やるこたぁ変わらねぇ。オレの永遠は、誰にも奪わせねぇよ。』

ライコが壁に掛かったロープとナイフを掴む。

『支度は上々。行くぜ、愉しい侵略者(エイリアン)駆除の時間だ。』

狂いなき狼の鼻は、既にガンユイの臭いを解析している。

探知は容易だ。

であるなら、追跡に必要なのはあと1つ…

『………ええい!ごめんなさいね!単純そうなあんたを利用させてもらうわ!キッチリ連中ぶちのめして、弔い戦よ!』

ピースは揃った、後は目障りな石コロに吠え面かいて死んでもらうだけだ。




次の話から別章です

登場人物

ライコ・フォン・トルバーフロス
ガサツで血の気の多い人狼。
ある教会で孤児として育てられ、残念ながら立派なチンピラになる。
欲しいものは全て手に入れる主義。

汐束(しおつか) ヤマメ
尊大でツラのいい海の第一王女。
全魚の王ガストロに育てられた希少な淡水系の人魚、シーフードが好き。
欲しいものに妥協はしない主義。

ミジンコ隊長
王女お抱えの近衛部隊、その隊長。
単独でワレカラを仕留めた武勇の持ち主。
享年10日

魚屋の店主
一般的タライロン住民。
客の顔見て態度が変わるので、なるべくいかつい格好で買い物しよう。

ガンユイ
もずくが好き、趣味は路傍の石になって人間観察。
体内が流動して変身できる

ガストロ
現全魚の王、生死不明。
とても個性あふれる、刺激的な見た目をしているらしい。

用語集

メイキングドリーム
メイキング・アーモルフォスが創業したファッションブランド。
割と手広くやってる。
独特な色づかいのセンスが人気。

シャイナーフタシマバイ
小豆色の殻と側面に2条の縞が入った身を持つ巻貝。
シャイナー湾の深場でよく獲れる。
別段美味くはないが、安価なタンパク源として有用。

ラ・シエラ
全魚の王が棲まう城。
海淵の底、水圧が弱まる深海特異点に存在する。
珪素の含有率が高いガラス様の物質で構成されており、海底から1000m以上屹立している。
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