魔剣王正伝   作:プルプルマン

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お久しぶりです


一狩り行こうぜ

月の明るい夜であった、しかしその程度の光源では全く足りないほど森の中というのは暗い。

初夏に向けて全力で光合成に勤しみ、若葉をこんもりと茂らせた木々が折角の月光を殆どカットしてしまう。

加えて、生い茂る蔓や人の背丈をゆうに越えるほど伸びた不気味な羊歯が僅かに地上へ注がれた光をも遮ってしまっていた。

周囲の明るさとのギャップのためだろうか?森の内部へと続く見慣れた道が、さながら不幸な獲物を待ち構える魔物の舌骨のようにも見えてしまう。

『ゆ、油断しちゃダメだよ、葉っぱで手切ったりしたら痛いからね!』

『わーったわーった…そっちこそ足元気をつけろよ、お前ただでさえ何も無いところですっ転ぶやつなんだし。』

心配するところが物凄くズレている気がする、普段は緊張感のカケラも無いイオンも夜の森が持つ得体の知れない不気味さを感じ取ってピリついているのだろうか。

(というか…護身用にしてももうちょっとマトモな武器があっただろ…)

イオンが此度の討伐の武器に選んだものは、長さ数十センチ、重量数キログラム、両端が曲がった金属製の棒…要するにどこにでもある一般的なバールであった。

出発前にナタなんかの刃物にしないのか聞いてみたが、本人曰く創作以外の目的で刃物を使うと高確率で怪我をすることになるから嫌とのことだ。

なんでも、ちっぽけなナイフで手紙の封を切っただけなのにいつのまにか流血沙汰になったこともあるとか。

そこまでいくと何かしらの呪いでもかけられてるんじゃないか、と思わず疑ってしまう。

小枝をパキパキと踏み締めて2人は森の奥へと分け入って行く。

豚を3頭も拐うことのできる大きさの獣なら必ず何かしらの痕跡を残すはずと考えた2人の予想に反し、行けども行けどもそんなものは出てこない。

木が曲がったり、斜面が崩れたりしているわけでもなくとても巨大生物が彷徨いているようには思えない。

平穏そのものと言える様子の森であったが、その油断はすぐに切り裂かれた。

突如、前方の茂みから金切り声のような奇声が上がり何かが羽ばたいて遠ざかっていく音が響く。

『おお、流石にビックリするな。この辺にはあんな声の鳥がいるのか…家に巣でも作られたら寝不足でノイローゼだな。』

話を振ってみても、イオンは俯いたまま返事をしない。

まさかと思い、下を向いた顔を覗き込むと、彼女は悟りを開いた聖人のように安らかな笑顔で気絶していた。

『出発前はあんだけここいらの森は私の庭だとか言ってたクセに…鳥の一声でダウンじゃ先が思いやられるぜ…』

取り敢えず、そのまま放って置くわけにもいかないので、地面の土が一際フカフカしている場所を見つけてそこに寝かせることにする。

先は長そうだ、ついでに自分の身も休めておくのが吉だろう。

切り株を枕にイオンを寝かせ、ジュラもすぐそばの別の切り株に腰掛ける。

勢いに任せて飛び出してきたはいいものの、当てもなく彷徨くのは得策とは言えなかったかもしれない。

手元のランプはもう油の残りが少ないし、そろそろ引き上げるべきか…

 

最初のそれはほんの些細な違和感だった。

風も無いのに揺れる小枝、1人でに動き出し切り株の上で踊るランプ…

明らかな異変に加え、少しづつ近づく何かの気配が眠い頭を1秒刻みで覚醒させていく。

『何か…ヤバい!例の獣か⁉︎』

ジュラが警戒のため立ちあがろうとした瞬間、呑気にヨダレを垂らして寝こけていたイオンが目を覚まして上体を起こした。

『んお、おはよ〜ジュラ。ここどこ?』

知らん、てめーが連れてきたんだろうが…というか、確かにあった気配が遠のいたような?

しかし未だにランプはガチャガチャと鳴り続けているし、木に至ってはもはや太い幹すら嵐を受けたように揺れ始めていた。

ジュラは確信する、気配を発する何者かは遠ざかっていったわけではなかった。

単に、より位置が分かりやすく食べやすい獲物にターゲットを変えただけだ。

そこまで考えるとあとは体が勝手に動き出し、未だ寝ぼけるイオンの方へと駆け出した。

その勢いのまま少女を抱き抱え、横に全力で跳んだジュラが見たものは、彼に一瞬遅れて周囲の土ごと切り株を丸々一つ大口に収めた地中より出たる謎の怪物であった。

口の中に芳醇な肉の味が広がらないことに気がついたのか、怪物は切り株を吐き捨て、のそりとあまり速くない動きで土の中から這い出してきている。

どうやらまだ獲物を諦めていないらしい。

濡れているのか光沢があるのか定かではないが、輝く肌に土が付着しては怪物の身震いで崩れ落ちる。

両目の上に伸びる角やイオンの胴よりずっと太く頑強な手足、何より上顎から伸びる2mに至る牙が怪物の凶暴性を物語っていた。

警戒心と敵意を剥き出しにしたジュラが目の前に立っても怪物は動じない。

残念ながら自分たちはただの獲物で、武器を構えようが何だろうがそれは蛇に睨まれた鼠が見せるささやかで憐れな抵抗だと認定されているらしい。

それは、ジュラにとってはむしろラッキーだった。

油断した相手ならいくらでもつけ入る隙は生まれる、勝てる。

『ジュラ、豚食べたのってアレかなぁ、アレかなぁ!何とか平和的解決できないかなぁ!』

『言葉が通じてんならさぞ変な獲物だって思われてるだろうな。悪いがイオン、戦いしかないぜ…コイツが犯人にしろそうでないにしろこのサイズの肉食獣を放ってはおけないし、向こうさんも腹が減ってるみたいだしな…!』

怪物はこちらの様子を窺っているのか姿勢を低く構えてじっと動かない。

ジュラの額を流れ落ちる汗が地面の草を打ち、それがゴングとなった。

ジュラは最高速で懐に飛び込み一振りにて怪物の両断を試みる、あと3m…2m…1m。

刃が届くその瞬間、彼は宙を舞っていた。

『…へ?』

地面に打ちつけた背中に走る鈍い痛み、遅れてそれを掻き消すように右肩から焼けるような痛みが首を駆け上ってくる。

ジュラが思わず絶叫して右肩を押さえると、その手から伝わってくる溢れ出る大量の血潮に激痛と合わせて脳が理解を拒む。

(なんだなんだなんだなんだよいてえいたいぞくぁぁぁッ!!!)

 

 

イオンには不思議とはっきりと見えていた、飛ぶ鳥よりも速く怪物に接近したジュラが剣を振るうまさにその瞬間、ずっと待ちの姿勢を崩さなかった怪物が予想だにしなかった素早さでジュラに飛びかかり、その牙で右肩を貫いたのだ。

その後体重差と勢いがありすぎたのかジュラの右肩の肉は引きちぎられ吹き飛んだことにより飲み込まれずには済んだが、あまり幸運とは言えない。

なぜならジュラは絶叫していて何も見えていないし、怪物は今イオンの目の前にいた。

もう一度気絶してしまえたらどんなに楽だろうか?

しかし彼女は知っている、ほとんど同じような原理で動く身近な親愛を向けるべき隣人を知っている。

彼女はそよ風に揺れる草よりもゆっくりと動き怪物の背後に回り込もうと試みる。

その生物はカエル、動体視力に特化したその生物は獲物が目の前で動かない限りはどんなものであろうと餌として認識できないほどである。

ゆっくり、ゆっくりと回り込んだら背中を登って眉間を思い切りバールでぶん殴る。

我ながら完璧なプランだ。

しかしそのプランと呼ぶには粗末すぎる考えはイレギュラーによって脆くも崩れ去る。

イオンを見失った怪物は再びもがくばかりのジュラを標的にしたのだ。

後ろに向き直りのそのそと歩いていく怪物、放っておけば一分…いや三十秒後にはジュラを丸呑みして満足げにまた土の中に帰っていくだろう。

嫌なビジョンがありありと想像できた彼女は、迷いなく左手に握りしめた勇気を振るった。

金属と粘液で濡れた皮膚がぶつかり、夜の森に鈍い音が響く。

全力で打ったにも関わらず怪物の足にダメージは無く、バールがベタついただけのようだ。

しかし、注意を引くことぐらいはできたようで、怪物がゆっくりとイオンの方へ向き直ろうとする。

『そうだそうだ!こっちを向いたらおいしいご飯があるよ〜それっ!』

獲物として認められた彼女は切り株の上のランプを怪物の鼻っ面に向けて投げつけた。

狙い通り怪物は反射的に放物線を描いて飛んできたそれを噛み砕き、口の中から火を吹いて大慌てしはじめる。

イオンは前足で顔を拭い何とか燃え盛る油を落とそうとしている怪物の横をすり抜け、ジュラのいる場所へと走った。

『ジュラ!ジュラ!大丈夫⁉︎死なないで!』

『死にゃあしね…えよ…悪い、みっともないとこ…見せた。』

額に大粒の脂汗を滲ませながらジュラは剣を支えに立ち上がる。

丈夫な悪魔の体に感謝しなければ。

その頃には怪物は炎を拭い去り、顎に少しの火傷を負った状態で二人のいる方へと向き直り歩みを進めていた。

『うわ〜せっかくランプ犠牲にしたのに対して効いてないのかぁ…』

『みたいだな、幸い月明かりで視界には困らないけどよ…それはアイツにも言えるんだよな…』

逃げるという手段が一番現実的ではあるが、怪物はどうやら滴り落ちる血の雫の動きと臭いでこちらを捕捉しているようだ。

そう易々と逃がしてくれるだろうか?

『ジュラ、よく聞いて。あの怪物はたぶんめちゃくちゃ目が良くてでっかいカエルだと思う。』

『冗談きついな…カエルだって?魔界でもあんなバケモンガエルは見たことがないぜ?それに、それがわかったところでどうしようも…』

『…ひとつだけ作戦はある!アイツに先に噛みついてもらってこうカウンターでスパッと!』

『いや、今度こそ死ぬわ‼︎いや、待てよ…その案採用だ。下がってろ…ただし、あのバケモンに気取られないようにゆっくりとな…』

ジュラはイオンの前に立ち、使い物にならなくなった右手の代わりに左手に剣を構える。

狙うは一つ、相手の全体重を利用したカウンターだ。

それならば利き手ではない左手のパワーでもヤツの命に届く可能性は十分にある。

歩み寄る怪物、ベストな距離までの時間が永劫のように感じる。

怪物の前足がジュラまで6mの距離を踏み締めたその瞬間、ジュラは右手に力を込めて緩やかになってきていた出血を加速させた。

たちまち吹き出す血に興奮した怪物は驚くほど単純に、狙い通りのタイミングで飛びかかってきてくれた。

事前にシミュレートして、その通りに進んでくれるならば単純な怪物を見切るのは容易い。

剣は宙で弧を描き、その軌道から鮮血が舞った。

 

 

ぼんやりと開いた目に月明かりが忍び込んでくる、その感覚がどうにもむず痒くゆっくりと目を開けた。

怪物はどうなったのだろう?イオンは無事なのか?

『あ!起きたんだ!よかった〜あんなに血が出てたからもうダメかと思ったよー』

よかった、ひとまずコイツは元気そうだ。

『んー、あー俺もあんな怪我したのは初めてだ。正直まだ現実感がないくらいだ。そして、二つてめーに聞きたいことがある。』

『ん、どしたの?何でも言っていいよ。』

『まず一つにこのむちゃくちゃな包帯の巻き方はどうなってんだ?俺をミイラ男にでもしようってのか?そりゃあ手当してくれたのはありがたいけどよ…もっとこうなんかなぁ。そして二つ目、これが最も重要なんだが…なんで俺の後頭部がぬめってんだよ⁉︎俺は何を枕に寝てんだ?』

『カエルー。あ、心配しなくていいよ、たぶん毒弱いから。』

『そういうことを聞いてるんじゃあねー!あと一つ目の質問に至っては答えてねーし!』

いつのまにか空は白くなり、細い雲がたなびいている。

まだ日の出には早いがともかく二人はこの夜を生き残った勝者なのだ。

『さ、帰ろ、ジュラ!』

肌寒い空気の中、少女は眩しく笑った。

 

 

その日、村は怪物を一目見ようとする人々で朝からごった返していた。

何しろ滅多に見られないものだということで、村の人口約800人の8割方とたまたま訪れていた好事家の旅人数名が早朝から広場に押し寄せているのだ。

台車(ジュラが疲労と出血で気絶してる間にイオンがその辺の倒木で作った)に乗せられ頭から腹までを一文字に切り裂かれて横たわる怪物は観衆に期待以上のインパクトを与え、話題が話題を呼び、村の自警団が誘導のために出動したはいいものの彼等自身も怪物を一目見たいのは変わらず持ち場をついつい離れてしまうためほぼ意味を成していない。

イオンは人が集まってテンションが上がったのか台車の上に乗り、寄ってらっしゃい見てらっしゃいだとか何とか叫んでいる。

それ、倒したの俺なんですけど。

『ほう、オオキバツノガエルか。珍しい。』

いつの間にか背後にいた箱の男の声に体を震わせると、男は呆れたように首を振る。

『そう恐れるな、取って食ったりはせん。それより、珍妙なのを捕まえたな?コイツは普段地中に潜っているから姿を見せないが、地中でゆっくりと育った肉の味は格別だ…』

それはジュラの料理人魂に火をつけるには十分な一言だった。

時計が昼を告げようとするころ、広場の中心にすでに台車は無く溜め池のように大きな鍋がグツグツと蒸気を吹いて煮えている。

観衆はいつの間にか自宅から深い皿とスプーンを持ってきており、鍋を囲んでその時を待っていた。

『どう?もうそろそろ?』

『いや、俺はあと15秒待つのがベストと見てる。…よし、今だ!』

大きな鍋に見合う大きな蓋が開けられ、辺りは一瞬旨みの湯気に覆われた。

人々は我先にと鍋に殺到し、まだ日は高かったが誰かが持ち出した酒樽から自然に大宴会が始まったのだった。

幸いなことに天気は晴天、騒ぐにはもってこいの状況だったが、その裏では真剣な話し合いが密かに進んでいた。

『このシチューは美味いのう。爺の弱い顎でも食べやすいようにトロトロになっとる。ありがとう、ジュラ。』

『やめてくれよーサク爺。素材がいいんだよ素材が。』

サクタイとジュラとイオン、三人が一つのテーブルを囲んで談笑している。

が、漂う雰囲気は穏やかとは言い難い。

『ご馳走様、とても美味しかったがこれからするのはまた別の話じゃ。なぜ、二人だけでこんなのを討伐しようとした?危険とは思わなかったのかの?』

やはり来た、責めるような口調ではないのが逆にどうしようもなく恐ろしい。




もっと…もっと知識と知恵をくれい

登場人物

怪物
オオキバツノガエルとかいう珍妙な生物。
繁殖期に備えて大食いしてたらシチューにされた。ちくしょう

用語集

オオキバツノガエル
無尾目キバガエル科オオキバガエル属に属する両生類。
普段は地殻層から上部マントルの間で地中を移動して生活している大型の捕食動物であり、時折り地上に現れては大量の動物を食い溜めして去ってゆく。
出現自体が報告例が少なく、様々な地面に自身の色柄を似させることが可能なため被害を防ぐのは難しい。
が、肉は絶品。
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