1
私のクラスメイトには、芸術家がいる。
それも、唯の芸術家じゃない――人間国宝――冗談のような、本当の存在。私のような魑魅魍魎の端くれなんかより、よっぽど冗談のような肩書きを持つ、一般人で高校一年生。
しばらく後日、部長は彼をこの学園の人類代表だと語った。事実この学園の、というかこの町の勢力を簡単に仕分けるなら、グレモリーとシトリー、そして彼の三つになる。
話を聞いた時には、面白くもない冗談だと思った。当然だ。クラスメイトである私からしてみれば、彼は小柄な私よりももっと小柄で、よく授業をサボってどこかに消えるだけの、唯のクラスメイトだったのだから。
唯のクラスメイト。別に親しくはないし、今日この日まで一言でも会話をしたかも怪しい。同級生からまるで中学生だと偶に笑われる私は確かに、まるで小学生のような体格をしている彼に親近感のようなものは入学当初に覚えたし、黄色のメッシュが入っているとはいえ、同じ白髪には親近感どころか同情すら覚えた。……男子なのにツインテールという可愛らしい髪型をしているのは謎だけれど。
思い返してみても大凡謎ばかりな彼とこの私が、この旧校舎で隣り合わせに座り、共にお菓子を食べているのは、彼の気紛れから始まった。
放課後。オカルト研究部の部室として使っている旧校舎には、一般人には簡単には立ち入れないような結界が張られている筈なのに、認識すら出来ないはずの結界を、彼は素通りして部室へと侵入――というか侵略してきた。
額に入れられた、A3くらいのサイズの風景画を抱えて扉を開けた彼は(両手塞がってるのにどうやったの?)、何も無い埃まみれの空間を予定していたようで、生活感とオカルト色に染められた部室を見回して目を丸くしていた。
「
高校生らしくない、というか顔さえ見なければ女子の声と間違うような声で、彼は
「ダメに決まっているでしょう。ここは私達の
拒否されると、彼は静かに「……そう」と呟き、抱えていた絵を、まるで不要になった書類をシュレッダーに掛けるような素振りで、粉々にした。何をどうしたらそんな事になるのかわからないが、きっと
彼は潔く、その場を去ろうとしたが、そこを部長は呼び止めた。私は察する。彼を眷属にするつもりなのだと。
「うにゃ……、ボク、お腹空いたから帰りたいんだけど」
思い出したくもない身内を思い出すような、ネコ科生物のような声を出しながら彼は振り返り、睨みつけてるつもりなのだろうか、目を細めながら部長にそう言った。
「クッキーと紅茶があるわ。貴方がそれほど暇でないのは分かっているつもりだけれど、どうか私の話を聞いてもらえないかしら。決して悪い話じゃないはずよ」
クッキーという言葉を聞いた時点で彼の目は部屋中を見渡し、紅茶と部長が口にした頃には、私の顔を彼はジッと見てきた。それほど空腹だったのか、部長が話し終えるよりも早くに彼は私の隣に座り、クッキーに手を伸ばしていた。が、対面に座った部長は簡単には取らせまいと、彼の短い腕が届かない所まで皿を引く。
「食べる前に、軽い自己紹介をしましょう」
部長はそう言いながら、悪魔の翼を広げて見せ、私達オカルト研究部の部員は悪魔なのだと告げた。彼はどんな反応をするかと思えば、聞いていないのか目はクッキーに釘付けになっていて、部長の「次は貴方の番よ」という言葉に、溜息で返す。
「ん……、ボクは
と、彼は名乗りながら、クッキーを口にした。まだ部長は、皿を元の位置に戻してなんかいない。一枚のクッキーが一人でに浮き上がり、彼の口へと飛び込んだ。その様子に、もちろん私は驚いたし、部長も目を丸くしていた。
「……単刀直入に言うわ。貴方のその力を見込んでのことなのだけれど、私の眷属、つまりは悪魔にならないかしら」
部長は皿を元の位置に戻しながらそう告げ、
学園で三本指に入る美女であるはずの部長の言葉を、一応でも男子であるはずの彼は、一瞬の揺らぎもなく、唯、「やだ」と断った。
「ボクは何よりも作品を愛する人間だからね。悪魔が描いた絵なんて、買った人が呪われそうじゃん」
偏見だらけのその言葉に部長はガタリと転けそうになったが踏みとどまり、口端をピクピクさせながら説得を始める。
「え、永遠に近い寿命が得られるのよ? どうしても短命な人間なら、誰しも欲しいものでしょう?」
「命のために悪魔になるくらいなら、世界中の竹を伐採してかぐや姫を探すよ」
クラスでも会話したことはなく、寡黙気味な私と同じか私以上に喋らないと思っていたが、案外冗句も嗜むらしい。いや、芸術家になるなら必要なセンスなのかも知れないけれど。
「身体能力なんかは軒並み上がるし、空を飛ぶこともできるわよ?」
「運動はできなくても困らないし、空なら今でも飛べるもん」
部長が「はえ?」と首を傾げていると、副部長が私と彼、部長に紅茶を出した。彼はすぐに飲もうとして、「アチッ!?」と、舌を火傷させたのか顔を顰めながらカップを戻す。どうやら猫舌らしい。ちょっと親近感。
「むぅ……。……どんなメリットがあろうと、ボクは悪魔にはならないよ。ボクはボクよりも作品の方が大事だもん」
部員全員が、思わず彼が持ち込んできた絵の残骸を凝視した。
「ふわぁ…………、なんか、眠くなってきた」
とか言いながら、気を逸らしている内に、なんと彼は私の膝に頭を乗せて横になった。
「あの、えっと……」
いきなり床に落とすわけにもいかず、私は部長に助けを求める。すると、部長は「小猫、そのままジッとしていなさい」と言いながら、悪魔の駒を持って近寄ってきた。……まさか、この隙に眷属にする気でしょうか?
無防備な彼の胸あたりに悪魔の駒を押し当てる。……が、何も起きずに悪魔の駒は彼の胸に鎮座するだけだった。
「あら? ……おかしいわね」
部長は何度も押し付けたり、見ただけで分かる柔らかそうな頬にムニムニと押し当てたりするも、悪魔の駒は拒絶どころか反応もしない。……まるで、彼が非生物であるかのように。
「……小猫、一応聞くけれど、彼に体温はあるのよね? 脈拍や呼吸も」
「はい。むしろ、体温は高い方だと思います。呼吸は普通にしてるし、脈拍も正常です」
腿から感じる子供のように暖かい体温や、首元に触れて感じる動き、半開きの口から漏れ出る吐息を、私は部長に告げた。
「仮に死体でもすぐなら問題ないはずなのだけれど……、どういうことかしら」
「ん……んにゃ……」
部長が指先で頬を突いていると、彼は鬱陶しそうに顔を背け、私のお腹の方に向いた。素肌は見られていないとはいえ少し気恥ずかしいし、制服越しの寝息がこそばゆい。
「……なんだか小猫には懐いているみたいだし、とりあえず
今日の部活はそれから何事もなく終わり、外も暗いし帰宅しようという流れになったが、それでも彼――黄彩は起こしてもすぐに眠ってしまう。部長たちがどうしようかと話していると、私は黄彩のポケットから学生証を見つける。そこには、住所も書かれていた。
「……私が家まで運びます」
黄彩の家は私の住まいとあまり離れていないらしく、体重も見た目相応に軽量級なので、大して負担にはならない。部長も住所を確認すると「そうね、お願いするわ」と、私を送り出す。
私の荷物の都合でおんぶは出来なくて、止むを得ず黄彩をお姫様抱っこする事になった。……悪魔の仕事で同じことを願ってくる契約者がいるけれど、彼と比べてもやはり軽いし楽だ。……そういえば黄彩は荷物、どうしたんだろうとか脳裏によぎったけれど、そういえば教室に入る時は大体手ぶらか、たまにタブレット端末を持っている程度しか持ち歩いていなかったことを思い出していると、住宅街に位置する彼の家に着いた。広い敷地の庭には、芸術の教科書に乗っていそうな彫像や、綺麗に整えられたガーデニングが、薄暗い中でも十分に賑わっている。
流石に、勝手に漁って鍵を開けるのも忍びなく、地面におろして起こす事にした。
「ほら、起きてください。貴方の家につきましたよ」
降ろされて立たされたからか、私の声が聞こえたからか、黄彩は目を擦りながら辺りを見渡す。
「うにゃ……、んー……、……もしかして、ここまで運んでくれたの?」
「私は
答えると、黄彩は「ふぅん……」と、すぐに興味は薄れたのかポケットをあさり出す。
と、その時。夜遅い時間もあってか、私のお腹が「クゥ〜」と、我ながら可愛げがあると思う程度に鳴ってしまった。
「……おなか空いたなら、食べてく? ご飯」
キョトンとしながら、鍵を見失ったのか手に何も持たずにそう言った。
「ボクを運んでくれた、お礼」
「え、あの」
黄彩は私に有無を言わせず、私の手をとって敷地へと招き入れる。下手に抵抗すると、思わず怪我をさせてしまいかねないし、渋々私は黄彩の家に上がらせてもらう事になった。
鍵もなくどうやって開けるのかと思っていたら、私たちが扉の前に立つと、ガチャンと、鍵の開く音が聞こえてきた。……なんかもう、庭の雰囲気も相まってホラーゲームの導入かと私は思った。
その勢いでか、扉も勝手に開き、真っ暗な玄関は勝手に照明がついた。
黄彩の家は、洋風とも和風とも言えぬ、不思議な家だった。散らかっているわけでも、和と洋が入り混じっているわけでもなく、私の語彙力では不思議としか言いようのない、異世界のような家。
私達以外に誰の気配もしない家でリビングダイニングに通された私は、寛いで待つように促された。
「なんか嫌いな食べ物とか、アレルギーとかある?」
反射的に無いと答えると、黄彩はつまらなそうな顔をしながらキッチンに立った。
料理は女の仕事、なんて言う気は全く無いけれど、黄彩が料理をする光景なんてものは今まで想像をしたこともなかった。……誰に対しても、その人が料理をしている光景なんて想像したことなんてほとんどないけど。
手際がいい、と言うのだろか。神器によるものなのか、包丁を使わず、異能を活用して次々と具材を切り刻み、それらが油と共にフライパンへと勝手に飛んでいく。同時並行で冷蔵庫からレタスやトマトが飛び出し、蛇口から出る水を経由してから、食器棚から浮遊しながら出てきた皿に盛り付けられていく。
黄彩の作ってくれた夕食は、オムライスとサラダだった。
「どう? おいし?」
まるで、母親に料理を振る舞った子供のように聞いてきた黄彩に、私は頷く。
「そこらのお店のより、ずっと美味しいです」
答えると、黄彩は安心したような表情を浮かべながら、しかし恐ろしいことを言い出した。
「ん、それならよかった。もし『お店みたい』なんて言ったら、その綺麗な髪を青色に染めるところだった」
……二重に意味がわからない。理由がよく分からないし、赤色ではなく青色というのもよく分からなかった。
「『――みたい』って言う感想は、何事に対しても最低最悪の感想で、最高最大の侮辱だからね。そんなこと言われたら全身の血を青の絵の具と入れ替えても仕方ないの」
怒るわけでも、微笑むわけでもない表情で言っている言葉に、冗談抜きに本気で言っているんだと私は察する。
「うにゃ……、うん。猫っぽい人のことは気に入ったし、今度絵を描いてあげるね」
お互い食べ終えると、黄彩はそんなことを言い出した。どうやら、名前は覚えられていないが気に入られたらしい。
「……搭城小猫です」
「ん、だから、猫でしょ?」
「いえ……、呼び捨てでいいですから、普通に名前で呼んでください。そっちの方が短いし呼びやすいでしょ」
「……ん、覚えたらね」
そんなやりとりを最後に、私は黄彩の家を後にした。家族の人は、両親ともに忙しい人らしく、日本にはいるだろうけどどこにいるのかは分からないと黄彩が言っていた。あの広くて不気味な家に一人と言うのは寂しいんじゃないか――なんて、らしくもないことを考えながら、私は一人寂しく夜道を歩いて徒歩数分、帰宅した。
そんな日から、数日後のこと。
大変変態で大変な先輩が、部長の眷属になった。
ヒロアカ二次の方が、原作離れしすぎて負担が増えてきたので、一旦息抜き、程度に書かれた今作ですが、面白い、面白そうと思っていただけましたら、感想や評価をよろしくお願いします。