スーパーから黄彩の家へと飛んでいき、軽い夕食を終えた翌日。気の休まった途端に襲ってきた眠気に屈し、私達は午前中欠席し、午後から登校して部活には参加することになったのですが……。
「初めましてかな、グレモリー家の娘」
「……ご機嫌よう、堕ちた天使の幹部さん」
と、負傷し意識のない状態で見つかったイリナさんの保護に向かったところ、それが罠だったのか、堕天使幹部、コカビエルが私たちの前に現れました。
魔法陣で転移できない黄彩が居なかったことと、向こうに今すぐ戦う意思がないことが、不幸中から見出せるわずかな幸いです。
彼らの目的は、悪魔との戦争でした。
駒王学園を中心に、町が無くなるほどの破壊をもたらす儀式を行うとか、なんとか。魔王様の妹である部長や会長を殺せば、魔王様が動かないはずがない。それに、堕天使と悪魔が戦争を始めれば、一人勝ちを狙う天使も間違いなく参戦してくる。
堕天使コカビエルの目的は、戦争。
「さぁ! 戦争をしよう!!」
堕天使コカビエルは、私たちには指一本も攻撃せず、一目散に学園に向かって行きました。もう遅い時間ですし、生徒は残っていない筈です。――一人を除いて。
「……部長、黄彩がまだ学校にいる筈です」
「っ! みんな急ぐわよ!!」
校庭を余すことなく埋め尽くす、赤色とピンク色と、少しの白色。吸血鬼でもむせ返りそうな、濃縮還元出来そうなくらい濃い血の匂い。明らかに、十人や百人じゃない量が、シトリー眷属達によって張られた結界の中で洪水を起こしている。
「ウフフ。あーあ、間に合わなかったか」
その中心で笑っているのは、左腕と右足を失って尚立ち向かう、女体化した黄彩の姿。
「熱間加工」
残った左腕を首二つ失ったケルベロスに食いちぎられながら、黄彩の神器の能力で三つ目の首を焼き潰す。
「ウフフフフフフ。傑作No.15
そこら中から血肉が集まり、黄彩の欠損や衣服が元に戻って行く。一見無敵に見えるけれど、でもダメージは確実に溜まっているのが顔に見えている。
「黄彩!! あなた何をしているの!!」
「ウフフ、やぁリアスちゃん。小猫ちゃんも久しぶりだねぇ」
結界内に入って駆けつけた私達に、黄彩は笑いながら手を振った。
「遅かったな、リアス・グレモリー。まぁ見ての通りだ。酷く素晴らしいだろう?」
「コカビエル!! この惨状はあなたの仕業ね。一体何人を犠牲にしたというの。許せないわ!!」
黄彩が再生したことでか、かなりの量の血肉が減ったけど、それでもまだ血も肉もかなり残っている。部長が尋ねれば、コカビエルは愉快そうに笑った。
「なぁに、気にするな。死んだのはバルパーとフリード、ケルベロス二匹、それとエクスカリバーが幾つかだけだ。お前達がわざわざ気にかけてやるような存在ではない!」
「ウフフフ。下がってなよ、リアスちゃん。ここは破壊力と殺傷力だけが役に立つ世界だぜ。――切断加工」
コカビエルは黄彩から何か攻撃を受けるが、羽虫でも払うかのように払い除ける。
「ありゃぁ、そういう防ぎ方できるものじゃないんだけどなぁ。――それでダメなら、こうしよう。――裕斗君、きなさい」
光の槍を構え、次は何をしてくるかと待つコカビエルを横目に、黄彩は木場先輩の名を呼んだ。行方を晦ませていて、この場にはきっと来るとは思っていましたが、案外すぐ近くにいたらしく、校舎の影から飛び出してきました。
「……なんだい、有製さん」
「ウフフ。君の仇をうっかりぶっ殺しちゃったのは謝るとも。拾ったもので悪いけれど、決してつまらないものじゃないはずさ」
そう言って渡したのは、蒼白い光を薄ら放つ何かの結晶。
「次はそうだね……。小猫ちゃん、きなさい」
コカビエルに、先手を打つつもりはまったくないらしい。部長に押し出されるようにして、私は黄彩と木場先輩の隣に立った。――とたん、腕を引っ張られて、黄彩に抱き寄せられた。
「な、」
血の味がする、柔らかな感触。
唇に唇が重ねられ、血生臭い舌が私の口内を蹂躙する。的確に自分では触れられない部分を突き、顎の力が抜けて行く。
一分か、三十秒か。長々とキスをして黄彩は私を離した。
「いっ、いきなり何するんですか!!」
「ウフフ。戦争の前準備だとも」
「――そして準備は整った。またせたね、コカビエル君」
「なぁに、気にするな。人間だと侮っていたが、貴様は敵としてなら面白い。神より詩的で魔王より素敵だ。少しの我慢くらい、幾らでもしてやるとも」
「ウフフフフ。綺麗で可愛く美しい戦争をしよう。
黄彩のネックレスが輝き、黄色の宝石がちょっと大きくなった。……いや、それだけですか?
なんて思った途端、私と木場先輩には多大な変化と、激痛が襲った。
痛い痛い痛いイタイイタイイタイ!!!?
全身に麻酔無しでメスを入れられるような感触。痛みがまず襲い、次にピンセットをねじ込まれるような不快感、身体に不純物が混ざる違和感、最後に肉と皮膚が溶かされて傷口を強引に閉じられる圧迫感。
「……これは、……。」
全身の感覚が明らかに鋭敏になっている。まるで、後頭部にも目があり、手足にも舌が生えたかのように。……それに、耳と尻尾が出てる?
「禁手――
木場先輩は、黄彩が手渡した結晶の光を取り込み、新たな剣を生み出した。聖と魔、光と闇の融合した、美麗ながらも歪な剣。
「……ほう。聖なる力と魔の力を融合させるか、芸術家。貴様は理解しているのだな、――神の死を」
神の、死?
「先の大戦で、死んだのは魔王だけではない。――神も死んでいたのさ! 祝福を与えていたのはミカエル! 信仰を集めていたのはシステム! 今の時代に神は存在しない!!」
「ウフフ。神なんて、知ったことかよ。神の不在証明なんて、ボクの存在証明と同義だ。以下同文だ。――神が死んだくらいで泣くなよ、ゼノヴィアちゃん。ボクを殺すんだろう? ――神が居ないくらいで諦めるなよ、アーシアちゃん。君は英雄譚のヒロインだぜ?」
フラフラと物陰から出てきたゼノヴィアさんと、部長に支えられながら気を失おうとしていたアーシア先輩を、黄彩は鼓舞する。
「変態、お前はリアスちゃんのおっぱいでも揉んどけ。乳首を吸えば禁手くらいは使えるんじゃねぇの?」
「……これは戦争より前に聞いておきたいのだが、噂には聞いていたのだが。――今代の赤龍帝が大変な変態だというのは、事実だったのか」
堕天使幹部にも認知される変態って……。
というか黄彩の口調、女体化して大体の相手には、敵であろうとも幾らか優しくて男前な口調なのに、兵藤先輩相手にはより辛辣になってる。
「さて。さて。大変長らくお待たせして悪いね、コカビエル君。戦争という名の芸術を始めよう。芸術という名の戦争を始めよう」
黄彩がそう言うと、あたり一面に散らばっていた、変色を始めた血肉が消滅した。
「嗚呼、始めようか。四苦八苦の戦争を。八面六臂の戦争を。五臓六腑の戦争を。一騎当千の戦争を。――死ね、芸術家」
ついに、コカビエルは両手に握る光の槍を黄彩目掛けて投げ放った。
「ウフフ」
黄彩が躱す素振りを見せないから、思わずして身体が動き出してしまった。
触れれば焼け、刺されば消えるはずの槍を、私のパンチは容易く打ち砕いていた。
「ボクはボクと比べて、発想力や想像力が欠けているんだけど、より完成した機能で作品出来る。禁手化したボクの神器は魂にだって手を届かせる。今の小猫ちゃんは悪魔として、妖怪としてフルパワーだぜ?」
後に聞いた話だと、映画でよくある設定の「人間は脳を性能を10%しか使えていない」とかいうのを、なんかいい感じの理論で100%使えるようになったのが今の私だそうです。
「……いきます」
「あ、寝る前のトイレくらいで筋肉痛に死ぬほど悶えることになるから気をつけてね」
「なんで妙に具体的なタイミングをこのタイミングで忠告できるんですか!!」
「グォオオオオオ!?!?」
通用、する!! なんかこの後がものすごく怖いけど、私の力が堕天使幹部に通用している!
「もしかして、ボクも何か副作用があるのかな」
「うにゃ、ないよ。ちょっと混ぜっ返しただけだしね。ほら、行った行った」
簡潔に語るなら、部長の手を煩わせることなくコカビエルを打倒、というか圧倒してしまった。
神器を禁手させられた木場先輩と、十秒という時間制限に加え部長の胸を揉むという愚行を積むことで一時的に禁手した兵藤先輩、黄彩による肉体改造で最適化された私、聖剣デュランダルを抜いて怒りと殺意を剥くゼノヴィアさんの四人は、堕天使幹部、神話の存在であろうとも、いささか過剰戦力だったようで。
しかし先輩達のパワーアップはメンタルと直結しているものらしく、コカビエルを倒した途端にその力は失われてしまいました。ゼノヴィアさんも、一種の燃え尽き症候群を発症し、神の死を暴露された時以上に落ち込んでしまっています。
そんな時に――シトリー眷属総出で張られた強固な結界を、光る何かが上空から破壊して降りてきました。
それは全身を白い鎧で包み、光る皮膜を広げた一対の翼を伸ばした、今の私たちでは逆立ちしても敵わない、強者。
「……バニシング、ドラゴンか。赤に惹かれたか……?」
「バニシングドラゴンだとっ!?」
背を地につけ、完全に瀕死のコカビエルの放った言葉に、疲労困憊で同じく寝そべっている兵藤先輩も反応している。
つまり、白龍皇――赤龍帝である兵藤先輩の、対極にして極端である白い龍の神器を持つ人間。
「ウフフ。……ずっと見ていたみたいだね。誰かな?」
「フッ、ただの人間に興味はない。……と、言いたいけれど。そうでもないのだったな」
「ウフフフフ。喧嘩ならこの綺麗に可愛くて美しいこのボクが買うよ?」
「…………やめておこう。アザゼル好みの神器使いを痛めつけて、それだけで無駄に叱られるのは面倒なんでな。今回はコカビエルの回収に来ただけなんだ」
白龍皇が着陸すると、黄彩はコカビエルの首を掴み、投げ渡す。
「途中でポイ捨てしたりしちゃダメだよ?」
「君が言うところの喧嘩、いつか必ず受けよう。楽しみにしている」
それから白龍皇が飛び去ろうとして、実は喋れたらしい兵藤先輩の籠手が呼び止めて、白い龍と赤い龍の会話を聞かされたりして。今度こそ飛び去っていったタイミングで、結界を張り続けていたシトリー眷属が、戦場となっていたグラウンドへとやって来ました。
「傑作No.15――ボク」
間違いなく今回のMVPである黄彩は元の姿に戻ると、笑いながら私に抱きついて来た。
鼻に乾いた血の臭いがツンとしてくるけど、絶対手放さないように、私も抱き返す。
「……帰りましょうか」
そういえば、前にもこういうことありましたね。その時に臭っていたのは私でしたけど。
筋肉痛で再起不能になるからと、今晩は黄彩の家に泊まることになりました。
鉛のように重たい体を歩かせて帰っている最中に、道中で力尽きて私に背負わせた黄彩を浴場に放り込み、そのまま私も一緒に入りました。……わかってください。一人になった途端に寝ちゃいそうなんです。誰に言い訳してるのかわかりませんけど。
「……小猫のえっち」
「それ、超私のセリフです」
確かに剥ぎ取るように脱がしましたし、それを謝るのもやぶさかではありませんが……。
「でも、無理やりでないとお風呂に入らないじゃないですか」
「……だって、濡れるのうにゃいんだもん」
うにゃいって、それそう言う風にも使うんですね。
黄彩の髪を、なるべく丁寧にシャンプーで洗うと、泡が次々と血でピンク色に染められていく。
「うにゃ〜」
お風呂が嫌いというより、濡れることを嫌うらしい黄彩も濡れてしまえば諦めて、私に身を預けてくる。
黄彩の全身を隈無く磨いた後に私も全身を洗い、映画どころかアニメでしか見たことのない、大理石で出来た巨大な湯船に並んで浸かる。
ここまでこだわって浴場を作るのなら温泉を引いていそうなものですけど、設計者の意向で湯船のお湯は濾過しただけのお湯だそうです。引けるわけない、という否定の言葉が出てこないあたり、末恐ろしいというかなんというか。
「……黄彩」
「うにゃん?」
さっきから、肉付きが良くないとはいえ私の胸やら足やらに触れてるのに何も反応を見せない黄彩に、これを聞かずにはいられない。
「性欲、何処にやっちゃったんですか」
お互い子供体型とはいえ、今年で十代後半になる身。それなのに反応されないというのは、反応しないというのは、そういう話が苦手でも色々と不安になる。
「何処にっていうか、まだ来てないんだけどね」
「性欲って行ったり来たりするものでしたっけ」
「じゃなくて、精通。ほら、ボクの体って見た目通りの状態に戻してるわけだからさ。成長、っていうか老化してないの」
女として羨ましすぎる話をしながら、「一応勃起そのものはするんだけどね」と、黄彩は私にそれを握らせ――何するんですか!?
「……小猫、痛い。潰れそう」
「使わないならいっそ捥げればいいです」
……クラスメイトのロリコン達に見られたら爆死しそうな光景になってるでしょうね、これ。
「生物って老化がなくなると繁殖もしにくくなるみたいでね」
「マジっぽい話はやめてください」
今日私にした以上に異常な肉体改造を常日頃からしている黄彩の身体は、実は今日まで生きているのが奇跡で明日生きているはずが無い、くらいに出鱈目だそうです。……まぁ、腕を刃物にしたり砲身にしたりしてるんですから、当然といえば当然ですが。
「……黄彩」
「うにゃん?」
「黄彩、部長に『別に好かれたいわけでも愛されたいわけでもない』って言ってましたね」
「ん〜、言ったかな……。まぁ、そう思ってはいるけど」
「私は黄彩が死んだら、悲しいです」
本心。
「うにゃ、それはあれだね。ありがと」
「……私は黄彩を好いますし、愛します。綺麗でなく、可愛くなく、美しくなくなっても。……だから、死なないでください」
本心。
顔が思いっきり熱くなるのはきっと、お風呂に入ってるからです。逆上せましたかね……。
「あっ、にゃっ、うにゅあっ、やっ、そっ――……キュ〜」
「え、ちょっと?」
……とりあえずあがって、水でも浴びせて、火照った身体を冷ましましょう。