悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 私や黄彩の属するクラスには、二つの空席があります。

 一つは、もう言わずもがな黄彩。芸術活動に忙しい黄彩は、本当になぜ入学したのかと聞きたいくらい多忙を極め、一週間に一コマでも出席すればいい方といった具合です。

 もう一つ、というかもう一人は不登校、引きこもりです。それもただの引きこもりではありません、封印された筋金入りの引きこもりです。そして、同じ眷属、同僚、僧侶。

 

「イヤァァァァァアアアアアア!!!!」

 

 旧校舎の開かずの間だった部屋を部長が開けた途端に響く、可愛い悲鳴。どんな恐ろしい怪物が封印されてるのかと身構えていた兵藤先輩とアーシア先輩が肩をビクつかせている。

 

「紹介するわ。この子はギャスパー・ヴラディ、転生する前はヴァンパイアと人間のハーフよ」

 

「金髪美少女キター!!!」

 

 煩い変態先輩、残念ながら、あの彼と呼ぶのも憚られる可愛い子は男性、男の娘です。

 そのことを告げられて、変態先輩は崩れ落ち、逆に黄彩は何かが燃えたようで――

 

「ねぇねっ! ねぇねっ! ボクとデートしよっ! 絵、描かせて!!」

 

「嫌ですぅぅぅうう!! お外怖い知らない人怖いぃぃ!!」

 

 美少年が男の娘をナンパしてるだけなのに絵画のように芸術的な光景は、一瞬のうちに一人の肖像画へと映り変わった。

 

「怒らないでぇ! ぶたないでくださぁい!」

 

「うにゃ、あれ?」

 

 男の娘――ギャーくんが目の前から消えた黄彩は、誰も居なくなった虚空を見つめて首を傾げている。

 

「んんん〜?」

 

「ギャスパーの神器、停止世界の邪眼(フォービドウン・バロール・ビュー)は視界に写ったものの時間を止められるのよ」

 

 聞くからには黄彩や兵藤先輩にも負けず劣らずの神器ですけど、実際は能力に対して本人の臆病さなんかも相まって、感情で勝手に動くアンコントローラブルな力です。

 

「ボクの話なんてしないでくださいぃ……」

 

 黄彩の前から消えてどこに行ったのかと思ったら、部屋の隅の段ボールから怯えた声が聞こえて来た。

 

「うにゃ、……、作品No.6――苦難の左手」

 

 何をするのかと思ったけれど、何も起こらない。……不発?

 

「やっ、やぁらぁぁあああ!!!」

 

 見かねた兵藤先輩が引き摺り出そうと近寄ったところで、触れるより先に悲鳴、というより絶叫と共に段ボールが弾け飛び、そこにギャーくんは居ない。

 何を見たのか、怯えた様子のギャーくんは何度も私を呼びながらしがみつくように抱きついて来た。……肩に小さな右手をくっつけて。

 

「……黄彩、何したの」

 

「夏だからか、ホラーゲームのデザインの仕事が何個かあってね。思いついたから古典的だけどやってみたの」

 

 つまり、肝試しで脅かす目的で友人の肩を叩いた、みたいな感じだろうか。古典的というか、庶民的というか。

 

「怖いですぅぅ!! ……もう、ボクに安息の地はないんですね……」

 

 段ボールの切れ端で出来てるらしい右手を払い落とす(祓い落とす?)と、元々の色白な肌が際立ち蒼白になった顔は、幾らか赤みを帯びる。

 

「小猫ちゃ〜ん……」

 

「よしよし」

 

 なんか、私の周りにいる同い年の男性、みんな子供みたいですね。自分が高校生なのかも怪しく思えて来ました。

 

「こっ、小猫ちゃんが同級生を甘やかしてる!! ――いつもみたいに!!」

 

 ……変態先輩は煩いです。ギャー君が女の子になる悪夢でも見て永眠すればいい。

 

 

 

 部長と女王(クイーン)の副部長、異例の禁手に目覚めた木場先輩が魔王様と、会談の打ち合わせがあるとかで席を外し、その間に私たちでギャーくんの引きこもり脱却を目指す教育をすることになりました。

 

「健全な精神は健全な肉体に宿る! そら走れ!!」

 

「ヒィィヤァァアアア!!?」

 

「……なんでボクまで」

 

 ゼノヴィア先輩は、古典的どころか古代的な理論をもとにデュランダルを構えながら追いかけ回し、ギャーくんと、黄彩を追いかけ回している。

 かつて、初参加の体育の際に50m走を途中でリタイアしたという前代未聞の記録を残した黄彩は、神器の力を無駄遣いして宙を浮いて逃げ回っている。

 

「貴様も走らんか芸術家!!」

 

「やーだー」

 

「僕も嫌ですぅぅ!!」

 

 あ、逃げた。

 ギャーくんは時を止めて木陰に隠れ(頭隠して尻隠さず)、黄彩はデュランダルを降っても跳んでも届かないくらいに高度を上げて静止した(雉も鳴かずば撃たれまい)。

 ゼノヴィア先輩はなんとデュランダルを投擲して黄彩を撃ち落とし、私は猫耳を生やして感覚を強めて、また逃げる前にギャーくんを捕まえる。

 

「ファッ、こっ、小猫ちゃん!?」

 

「……運動が嫌なら、トロトロに甘やかしてダメダメ吸血鬼にしてあげます」

 

「小猫ちゃんが怖くなってますぅぅ!!!」

 

 失敬な。

 ……ところで、吸血鬼にニンニク注射ってやったらどうなるんでしょう――あ、逃げられた。吸血鬼のスキルというより、臆病者のスキルに磨きがかかってますね。危機回避能力が尋常でなく情け無いです。

 私から逃げ出してまたゼノヴィア先輩に見つかっているのを見ていたら、私の猫耳が妙な気配を見つけました。

 

「えい……!」

 

「おっと。いきなり殴るかね、お嬢ちゃん」

 

 急接近して来たからつい殴るも、私の拳は黒髪と金髪の混ざった胡散臭い男に受け止められてしまった。

 

「作品No.71――十徳(じっとく)十手(じっしゅ)

 

「……何者だ」

 

 黄彩はまだ見せたことのない、十本の彫刻刀を握る十本の手首(手首の単位って一本、二本なんでしょうか?)を浮かせて男に向け、ゼノヴィアさんも先ほどまでギャーくんに向けていたデュランダルをそちらに向けて、明らかに警戒しています。――でも、勝てる相手だとは思えません。

 兵藤先輩と、なぜかいる匙先輩も神器を向けていますが、それを見て男は笑みを深める。

 

「まぁ、待て。やり合う気はねぇよ。見学に来ただけでな」

 

 男――兵藤先輩曰く、堕天使総督アザゼルはケラケラと笑いながら両手をあげた。なんでも、神器に興味があって、引かれて来たそうです。羽虫ですかあんたは。

 

「ちょっと聖魔剣使いと、そこの人間国宝の芸術家に興味があってな」

 

「うにゃ、ボク?」

 

 周囲に手首を漂わせてラスボスっぽい雰囲気を出している黄彩は、そのラスボスっぽさを打ち消すほどに可愛らしい素振りで首を傾げる。

 

「どうやら、聖魔剣使いはいないようだな。なぁ、芸術家。ちょっとお前の神器見せてくれよ」

 

「……? 別にいいけど」

 

 黄彩は一切躊躇わず、ずっと着けたままだから神器であることも忘れていたネックレスを服の中から出して見せる。

 いつ見ても、確かに綺麗な宝石ですけど、地味なネックレスです。意外でもなく派手好きな黄彩には似合わないというか、不釣り合いなアクセサリー。アザゼルは私たちには構わず黄彩に近寄り、触れはしていないけど顔を近づけて神器を見て、ため息を吐く。

 

「……やっぱそれだよなぁ」

 

「うにゃ?」

 

「なっ、なんだよ!!」

 

 何度も呼び出されては気づけなかった兵藤先輩が激昂混ざりに尋ねると、アザゼルは普通に語る。

 

「いや、この芸術家のやってることがわけわからねぇから、一体どんなレア神器を持ってるのかと、あわよくば新種なんじゃとも期待してたんだが、ったく、期待外れも期待外れだ」

 

 それってつまり、……新種じゃなければ、レア、希少でもない神器? 黄彩の、神業にも見える能力を持った神器が?

 

「んだよ、そんなことも知らねぇのか? ――世の中のほとんどの才ある職人なら持ってる、名前が無ければ能力も不明の木端神器。名を残す技術屋や芸術家も持っていることに敬意を表して、俺みたいな研究者は木端神器(そいつ)光る原石(タレントシグナル)と名付けてる」

 

 黄彩の神器が、そんなありふれた神器? 確かに、その神器は黄彩の異常な五感による空間把握能力を、遥か彼方な方向に超越した空間管理能力の噛み合わせによって脅威を発揮しているらしいけれど……。

 

「まぁ、どんな物でも使い道次第、使い手次第ってな。そこのヴァンパイアハーフの神器を制御するなら、赤龍帝の血を飲ませるといいぜ。これも使い手ならではって療法だな。応急処置なら、そこの黒龍ヴリトラの神器でパワーを吸い取ってやるのも効果的だろうぜ」

 

 

 言いたいことを言いたいだけ言って満足したのか、アザゼルは本当に危害を一切加えることなくその場を去って行きました。

 それから、血を飲みたがらないギャーくんを相手に色々と試行錯誤しましたが、結果として失敗も失敗、大失敗に終わり、引きこもりを悪化させてしまいました。

 

 

 

 

「あーあ、……もう、仕方ないなぁ」

 

 先輩達が匙を投げ(先輩のことではない)、泣くギャーくんの声が微かになった頃に、黄彩が渋々といった様子で、閉ざされた扉の前に立った。

 

「お外怖いですぅ……」

 

「入るよー」

 

「えっ、ええ!?」

 

 声から察するに、部屋の中でさらに何かの中に引き籠もっているらしいギャーくんを無視して、黄彩は鍵を破壊して扉を開けた。

 

「なっ、なんですかぁ!?」

 

「ウフフ。傑作No.01――失敗」

 

「ヒィィ……イ?」

 

 私たちが見守る中、ギャーくんが段ボールから覗く中、黄彩が作り出したのは大人が座っても大き過ぎて、座り心地の悪そうな玉座。

 

「一説には、可愛いは正義らしいからね」

 

「……え? な、何を……」

 

 黄彩はギャーくんの前に座り、見下しながら微笑みかける。

 

「傑作No.04――ハニードール」

 

 小さい手はより小さく、プラプラと揺れる足はより細く、ひ弱だった体格はよりか弱く、美しい幼女がそこにはいました。綺麗で可愛く美しかった黄彩が、可憐で可愛く麗しい幼女が、ギャーくんを妖艶に微笑みかけながら見下す。

 

「わ、わぁ……」

 

 何をするでもなく見下していると、ギャーくんの方から顔を出し、目を輝かせながら段ボールから転がり出て来た。

 自然すぎて忘れていましたが、根本的に、ギャーくんは可愛いものが大好きな子です。日常的に女装しているのも、思えばそれが理由でした。

 

「ウフフフフフ。手荒な真似をしてみなさい? 途端水風船みたいに弾けて即死するのだわ」

 

「ええ!?」

 

 美幼女は妙に勝ち誇った表情で、抱っこを強請るようなポーズをしている。

 

「あの、その……」

 

「抱き締めてくれていいのだわ?」

 

 光に釣られる虫のように、ギャーくんは美幼女に抱きついた。……元は二人とも男の筈なのに、まるで姉妹ですね。

 

「あ……、ちょ、力が強すぎるのだわ……」

 

「こ、これでも……?」

 

 直後、本人が言ったように、パァン!! っと、水風船のように美幼女は破裂した。ってええ!?

 

「ええぇぇぇえええ!?!?!?」

 

「きっ、黄彩!?」

 

 思わず、見守るということを忘れて駆け寄って、見てしまった。全身の骨と思われる何かが粉々になって散らばり、血管という血管全てが破裂したかのように跡形も残っていない、死体や遺体とすら言えない肉片達。ギャーくんは全身に浴びて、呆然と立っている。

 

「嘘……、ですよね……」

 

「ウフフフフフフフフ。失敗、失敗。でも失敗は成功の母だぜ」

 

 明かりが月明かりしかないこの部屋の、片隅の暗闇から笑いながら出て来たのは、女体化した黄彩でした。

 

「ウフフ。ボクの傑作、ハニードールは弱さと儚さの作品でね。蜜蝋のワイングラスのように脆いのが難点だよ」

 

「死んで、ないんですよね……?」

 

「うっ、うあーー!!!」

 

「死んだところで、死が終わるわけじゃないのさ、小猫ちゃん。――大丈夫だよ、ギャスパーちゃん」

 

 正気になるにつれて、次は神器を乱発させて部屋中点々と、転々と駆け回り始めたギャーくんを黄彩が抱き止めた。

 

「ごっ、ごめんなさいぃぃ!!」

 

「このボクもあのボクも、そのか弱く可愛いボクも怒ってなんかいないさ。嫌な思いさせて悪かったね」

 

 言いながら、黄彩は黄彩の遺体を一塊に纏めて、ジュルジュルと音を立てながら飲み込んでいく。見ているだけでも、口の中が鉄臭くなったように感じる光景。

 

「ウフフ。血の味なんて慣れてしまえば美味しいものだよ」

 

「生臭いのは嫌ですぅ……」

 

「というかなんで、吸血鬼でもないのに血の味に慣れてるんですか」

 

「細かいことは気にしない方が美しくなれるぜ」

 

 黄彩はいつか私にしたように、……ギャーくんにキスをした。唇同士を触れ合わせるような軽い物ではなく、舌を捻じ込む、とってもエッチな奴を……!

 

「きっ、黄彩!」

 

「ウフフフフ」

 

「う、うぇ〜、生臭いぃ……」

 

「これで、これから血を飲むときはボクとのキスを思い出せるだろう? さ、口直しになんか甘いもの食べに行こうぜ」

 

 ……お、男らしい。そして異様に自意識高い。私以外を相手にキスしたのは心底気に入りませんが――って、ちょ!? 私にまでするんですか!?

 

「んっ、んむぅっ!?」

 

「っくく。今はこれで許してよ、小猫ちゃん」

 

「……血生臭さとギャーくんの味がします」

 

 そういえば、前にされた時も血生臭かったような。

 

「ウフフ、そういえばだけど、これはこれでギャスパーちゃんと小猫ちゃんは間接キスになるのかな」

 

「……こんな猟奇的なのは間接でも嫌です」

 

「なんかごめんなさい、小猫ちゃん……」

 

 その場の流れで甘いものを食べに行き、ギャーくんを外に連れ出すことに成功。スイーツを突きながらの交渉の末に、最低でも朝のHRは出席する約束までこじつけてしまったのも、黄彩のおかげです。……誠に遺憾ですが、黄彩なりのショック療法は大成功といえましょう。ほんと、ショック死しなくてよかったです。

 

「そういえば、時間停止ってえっちぃフィクションだと定番、人気な設定だよね」

 

「それを言わないでくださいぃぃ!!」

 

「最っ悪なオチですね」

 

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