悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 自分と向き合うときには、自分を客観的に自分へ語り聞かせると良い、というアドバイスを黄彩からもらいました。良いことは良いと、悪いことは悪いと、好きなものは好きだと、嫌なものは嫌だと、しっかりと理解することが、自分と向き合うということ。自分を確立するということだと。

 

 私は、塔城小猫。あるいは、白音。

 転生する前は猫又の、中でも希少種な猫魈と呼ばれる妖怪。

 両親は居らず、肉親は姉が一人。

 

 姉のことは、嫌いです。

 ……いえ、違います。

 黄彩が言うには、好きの反対は嫌いであり、その二つに理由は無いそうですから、これはきっと、嫌いじゃない。

 

 苦手。あるいは、恐怖――怖い。こっちの方が、幾らか的確に感じます。

 

 何故怖いのか。

 

 仙術の暴走。力の暴走。悪意の暴走。心の暴走。

 傷つけるのが怖い。傷つけられるのが怖い。

 敵になるのが怖い。敵になられるのが怖い。

 嫌われるのが、怖い。

 

 怖い。眷属のみんなや、黄彩に嫌われるのが、そして、姉に嫌われるのも、嫌われているのを知るのも、姉を嫌いになってしまうのも、嫌いだったことを知ってしまうのも、怖い。

 

 好きであるのに理由はいらないそうです。

 嫌いになるのに理由はいらないそうです。

 

 なら、嫌われることを気にしても、仕方ない?

 

 私は今何が欲しい?

 

 力。

 

 赤龍帝にも、聖魔剣にも、デュランダルにも、黄石の奇跡(シトリング・ラフィ)に遜色なく並べるくらい、特別な、特異な、規格外な力。

 

 あるには、ある。

 

 仙術という、姉を狂わせた怖い力――姉が狂わせた怖い力。

 

 黄彩は、自分が死ぬことと自分以外が死ぬことを天秤に掛けて、クラスメイトを全員殺した。

 

 天秤に掛ける。

 

 仙術で暴走して全員を殺す未来と、仙術を使えず全員で死ぬ未来。

 

 

 ……どっちも嫌です。

 

 なんか嫌なことばかり考えて泣きそうになって来ました。

 

 好きなこともちゃんと考えましょう。

 

 私は部長が好きです。眷属のみんなも、まぁ好きか嫌いかでいえば、断然、好きと言えます。嫌なところもありますけど、嫌いよりは好きの方が大きいです。

 

 黄彩のことは、大好きです。ええ、好きですよ。黄彩のためなら死ねます。黄彩のためなら永遠だって生きられます。地獄でデートしようと言われたら、なんだかんだと文句を言い連ねながらも私はついて行くでしょう。

 黄彩のためならなんでも出来ます。何も知らない一般人を殺せと言われたら(絶対言わないでしょうけど)、嫌ですが、それが黄彩のためになるなら躊躇いなく殺すでしょう。きっと黄彩も、私のためなら平気で殺します。兵器で殺します。

 

 私はお菓子が好きです。お菓子があれば生きていけます。黄彩か副部長の淹れてくれたお茶があって、隣か膝の上に黄彩がいればそこが極楽です。

 

 ……なんか小腹が空いて来ましたね。

 

「うにゃ〜な〜……」

 

「あ、黄彩……」

 

 ここ数日のうちにグレイフィア様の可愛がりに磨きがかかり、お風呂に連行されたあとは、度重なる肉体改造でバラバラになった全身の血管や血行、骨格、筋繊維なんかを整える独自のマッサージを受けているらしく、最近はこうして髪を下ろし、疲れ果てた様子で部屋に帰って来ます。

 

「小猫〜」

 

 ベッドに寝そべった姿勢から上半身を起こすと、ゆっくり飛びついて来た黄彩はお腹辺りに頭をグリグリと擦り付ける。

 

 いつもツインテールに結んでいるから気がつかないけど、黄彩の髪は見た目以上にかなり長いし量も多い。頭を動かすたびに毛先が私の膝あたりをくすぐって、なんだかむず痒い。我慢できず、黄彩の脇に手を入れて、ベッドへと引きずり上げて隣に寝せる。

 

「……ちょっと、抱きしめてください」

 

「うにゃ? ……うん」

 

 小柄な体を抱き寄せ、顔を合わせる様に一つの枕を共有する。鼻と鼻が触れ合うくらいに密着して、私の腰に回した手が抱きしめてくる。

 

「あったかいです」

 

「にゃぁ、むしろ暑いんだけどね」

 

 火照った体の熱が私に滲んできて、触れ合う内腿が汗ばんできた。照れか熱か、黄彩の顔もいつもより赤らんでいる。

 

「……小猫、どうかした?」

 

「黄彩……。私は、怖いんです」

 

 キョトンと目を丸くしながら、「何が?」と、重ねて尋ねてくる。私からも腕を腰に回して抱き寄せながら答える。

 

「……仙術という、危険な力を使って、……暴走したり、傷つけたりするのが、……です」

 

「ん、そう。……それで、小猫はどうしたいの?」

 

「……仙術は、使いたくありません。……でも、私だけ弱いままなのも嫌です」

 

 唇と唇が目と鼻の間よりも近い状態から、黄彩はさらに顔を近づける。鼻と鼻が擦れあい、唇と唇が撫であう。ただそれだけなのに、キスとも呼べない程度のことなのに、いつの間にか空いていた心の穴が、暖かいもので埋められていく。

 

「ウフフ。……唇と鼻に柔らかいものが触れると、人って安心するらしいよ。ぬいぐるみがないと眠れないとか、何か抱いてないと眠れないっていうのは、大体そんな理由なんだってさ」

 

 話せる程度に離れて、黄彩はそんなことを言ってくる。そう、いつもこうです。人の心を見透かした様に、心の動きを知らない角度から測って聞かせて来る。……こんなときに言われても、頭に入って来ませんよ。

 

「小猫がどうなろうと、ボクは小猫が大好きだよ。悪魔になろうと、怪物になろうと、化物になろうと、殺人鬼になろうと、いつでもこうやって抱っこしてあげる」

 

「……ありがとうございます」

 

 甘い。ドーナツを蜂蜜に漬けて、砂糖をまぶした様な、人を食った様な甘い優しさ。私の不安や怯えに凝り固まった心を、その暴力的な優しさでトロトロに解してくれる。

 

「黄彩。えっちぃことしましょう」

 

「……ボク、精通来てないって言わなかったっけ」

 

「なら、今日か明日が精通記念日です」

 

「……記念日なの?」

 

「なんであれ、卒業は記念すべきです」

 

 戦いのことは明日考えましょう。明日は明日の風が吹く、です。

 

 

 

 甘やかしたり、甘やかされたりした翌朝。甘ったるさとイガイガとした感覚が口内に残る中、朝食を食べたら今日も修行です。

 

「……そういえば黄彩って、努力とか根性とかって言いませんよね」

 

「まぁ、嫌いだからね」

 

 昨日は美少女の方の黄彩が私の修行を見てくれてましたけど、今日は美少年の方の、つまりはいつもの方の黄彩が一緒にいます。

 

「……黄彩から見たら、私のしていることなんて滑稽ですか」

 

「ウフフ。そんなこと思ってないし、努力を否定はしないよ」

 

 だけど、肯定もしない。

 

「きっと、いま小猫に足りないのは努力じゃなくてきっかけだよ」

 

「きっかけ、ですか」

 

「うん、きっかけ。『1万時間の法則』なんていう努力の全肯定みたいな法則があるけど、そりゃ、一万時間も時間があれば誰にでもきっかけはあるよね。才能や努力量に限らずさ」

 

 ……努力を肯定する法則って言っておきながら、そのセリフのうちに努力を否定しないでくださいよ。

 

「だから、今は努力なんてしても大したことに成らないし、デートしよ?」

 

「……いいですよ」

 

 相変わらず、チョロいですね。私。

 

 

 

 

 

 楽しく仲良くのんびりデート……なんてこの異界の地で出来るはずもなく。

 

「にゃはは……」

「ギャハハ!!」

「ウフフフフフ」

 

 何もかもが予想外で想定外。そしてついでに許容外。

 まさかこんな時に、SS級はぐれ悪魔であるはずの黒歌姉様と出会ってしまうだけでなく、ここ数日、グレモリー領を騒がせている殺人鬼までもが現れ、殺し合いが始まるなんて、想像だにしているはずがありません。

 

 片やはぐれ悪魔──私とは対極的に太極的なメリハリある大人らしい身体に、名に習い黒を印象付ける髪に、体型に合わず着崩している、変態先輩には決して見せられない、ふしだらな着方の着物。

 

 片や殺人鬼──人工物であるラストさん以上に人工物を思わせる、一色で塗りつぶしたようなムラのない肌色で、常人でないことが一目でわかる全身の球体関節。右頬には二枚の歯車の刺青が彫られていて、さらに人工物、というか機械らしい。

 

「にゃはは……。こんなつもりじゃ、なかったんだけどにゃあ。……久しぶり、白音」

 

「……お久しぶりです、黒歌姉様」

 

 はぐれ悪魔らしからぬ、主人を殺した悪人とは思えない、普通な苦笑いを浮かべながら小さく手を振る姉様に、思わず普通に返してしまった。

 

「ギャハハハハハハ! ギャハハハハハハ!! ……んだよ、話と違ぇじゃねぇか」

 

 ……あれ? ……え?

 なんでだろう?

 似ても似つかない、極悪非道で野蛮な筈なのに、それは姉様もだけど、それ以上に、ギャハハという野蛮な笑いに、私は安心感を覚えてしまっている。

 魅了、というほど強烈なものでは無いけれど、なら魅力?

 

「人を人と思わず、善人を好んで殺す、残虐悪虐な極悪人って聞いてたのによぉ。兄弟姉妹なんて真っ先にぶっ殺す最低な屑だって聞いてたのによぉ。……ギャハハ、なんだよ。良い奴じゃねぇか」

 

「……? なんの話にゃん? 殺人鬼くん」

 

 ……ああ、そうなんですね。

 まだ一言も会話をしていないけど、何で私が安心感を覚えてしまったのか、早くも分かってしまった。むしろ、分かって当たり前だった。

 

「ギャハッ! いや、俺が誤解させられたって話だ。……えっと、はぐれ悪魔……黒音?」

 

「混ぜるにゃ。私は黒歌で、あっちの可愛いのが妹の白音にゃ」

 

 黄彩と似ているんです。この、話さなくても分かる生粋の殺人鬼は、生粋の芸術家である黄彩と、酷く似ている。

 人から離れているのに、人以上に人をよく見ていて、理解していて、その上で小気味よく、不気味なほどに、しっとりと踏み込んで踏み荒らす目と口が、黄彩にそっくりです。

 

「それよりも。……君は白音のなんなのかにゃ?」

 

 さっき私に向けて来たものとは打って変わって、鋭く睨む目で姉様は黄彩を睨み付ける。

 

「うにゃ、……なんか言った?」

 

「……黄彩は私の恋人です」

 

 よそ見して聞いていなかったらしい黄彩に代わり私が答えると、姉様の表情は嫌に歪んだ。

 

「……へぇ。……予定を繰り上げて、白音を連れて行くだけにしようと思ってたんだけど、……恋人。つまりは彼氏ってことにゃんねぇ」

 

――敵意

――殺意

 はぐれ悪魔らしい、全身の毛穴が裏返りそうになるほどの冷たい殺気が、姉様から振りまかれる。

 

「よし、殺そう。……気の毒だけど、私の前に現れたのが運の尽きだと思って諦めるにゃ」

 

 禍々しいオーラのようなものを発しながら、銃口を向けるように魔法陣が展開される。

 

禍の団(カオス・ブリゲード)、ヴァーリチーム――黒歌。にゃはは、痛みは一瞬だから安心して死ぬがいいにゃ」

 

「ウフフ……。ボクは黄彩。妹さんをボクにください、とでも言えばいいかな?」

 

「ぶっ殺す」

 

 なんでいちいち煽るんですか。しかも的確に一番怒らせそうな言葉を選んでっ!

 

 残る殺人鬼がどうするのかと思ったら、まさかの黄彩の側についた。

 

「俺は巻解(まきとき)使駆(しく)。今はお前の味方をしてやるよ、殺人機」

 

「ウフフ。別に、ボク一人で十二分だよ。だから帰っていいよ? 殺人鬼」

 

「にゃはは」

「ギャハハ」

「ウフフフ」

 

 ……というか、え? 姉様、一体どこで何をしているのかと思ったら禍の団(カオス・ブリゲード)にいたんですか?

 

 ええ?

 

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