姉様の放つ魔力弾が、二人を襲う。
別に今更、この程度で心配に叫んだりはしませんが、黄彩の神器は魔法の類にとことん弱い。壁でも作って物理的に防ぐのかとも思っていましたが、まさかの展開。
なぜ味方になったのかもわかりませんが、殺人鬼こと、巻解さんが黄彩を庇った。というか、守った。何発も命中していて、生身ではダメージを受けないはずがないのに、巻き上がった砂煙が晴れて見えるのは傷一つ負っていない二人の姿。
「……うっそぉ」
「ギャハッ! んだよ、案外弱いじゃねぇか」
赤のラインが入った黒いライダースーツは所々に穴が開いてしまっていますが、そこから見える素肌からは一滴も血が流れていないし、肉片一つも欠けてもいない。
あまりの光景に姉様も呆けていると、巻解さんは不適に笑いながら、モーター音のようなものをどこからか鳴らす。
「ギャハハハ! 今度はこっちから行くぞ!! ――ノーマルモーター」
顔面の刺青なはずの歯車が回転したかと思ったら、まるでスポーツカーのように走り出して繰り出される、下手くそなタックル。ただただ速さに身を任せた、弾丸のごとく一撃を、姉様は咄嗟に横に飛んで躱す。
姉様の先にあった森林へと突っ込んで行き、木を四本破砕したところで停止した。
「なっ、なっ、なにゃにゃにゃっ、なんにゃお前!?」
「ギャハハハハハハハ!! あー、なんつったっけ、俺の
知らない単語がまた出て来ましたね。継続型禁手って、アザゼル先生が飛びついて行きそうな神器ですね。
「……色々と意味がわからんにゃ」
「ギャハハッ! なぁに、遠慮すんな」
「今度はボクの番ね。――作品No.19――反逆の堕天使」
黄彩の背中から、堕天使の物よりずっと黒くて綺麗な一対の翼が伸び、姉様へと襲いかかる。
「にゃにゃ!? おっかないっ、彼氏くんにゃねぇ!!」
背後に殺人鬼、正面には芸術家という、確実にやりにくい状況で、姉様は曲芸じみた動きで翼を躱していく。
「ノーマルモーター――パンチアクセル」
「作品No.17――犬も歩けば金棒に当たる」
「怖い怖い怖い怖い!?」
走る速さは普通だけれど、両腕から軋む音を鳴らす巻解さんと、両腕を金棒のような形状にした黄彩が挟むように姉様に襲いかかる。
「助けて白音ぇ!!!!」
「なんでわざわざこっちに飛んでくるんですかっ!」
わざわざ黄彩を避けるように回り込んで来て、涙で目をうるませながら駆け寄って来る姉様を、……私は思わず地面へと殴りつけた。
「ブニャッ!?!?」
「おっ」
「うにゃ、……猫踏んじゃった?」
あれだけボスっぽいオーラ出しておいて、何を一撃で叩き伏せられてるんですか、この愚姉は。そして踏んではいないです。
黄彩が言うところのきっかけかとも思いましたが、……ちょっといやですね。……いえ、肉親との再会ってきっかけとして最高級の部類ではあるんでしょうけど。
「なぁオイ殺人機、ちょっと振り上げた拳、受けちゃくれねぇか?」
「ウフフ、やぁだ。ボクってば死にたくないからね」
「死にゃしねぇよ。ちょっと身体に穴が増えるだけだ」
「死ぬじゃん。やだ」
「そうか、よっ」
どっかーん。
特撮みたいな爆発が、彼の足元から起きる。振り下ろす動作が見えないくらい素早く地面を殴ったようで、足元にはちょっとしたクレーターが広がっている。
「あーあっ。自然は大切にしないとダメだぜ?」
「殺人鬼に道徳を解かれてもね。……でもまぁ確かに、自然は大事だよね。湯水くらいに」
「無いと死ぬが溢れても死ぬ。それもまぁ自然の摂理か」
巻解さんが「ギャハハ」と野蛮に笑えば、黄彩は「ウフフ」と優雅に笑う。
「ん、じゃぁな、殺人機」
「ウフフ。またね、殺人鬼」
そんなやりとりをしたかと思ったら、巻解さんは颯爽と、というか疾走とこの場を去っていった。
これで、この場に残っているのは私たち、……二人だけ。
「姉様?」
「黒猫の人なら、どっか行っちゃったよ? 『覚えてるがいいにゃ!!』とか言いながら」
なんでそんな子供向け番組の憎めない小悪党みたいな捨て台詞を残していったんですか、あの愚姉は。
騒ぎを聞きつけた住人がやって来る前にその場を離れ、私が部長の眷属になりたての頃に行ったことのある場所を幾つか巡りその日のデートは終了しました。
「……で、なんであんな格好よく去って行ったのに居るんですか」
「ギャハハッ! いや、お前ら姉妹に話しておきてぇことがあったんだが、昔すぎてすっぱり忘れててな。名前聞いたときにでも思い出せりゃ、手っ取り早かったんだがな」
帰って来たところに殺人鬼が待ち伏せしているという、サスペンス過ぎるこの状況。
なんでも彼が言うに、私と姉様に関する話だそうです。奢るからとカフェへ連れられて行き、三人分のカフェオレとパフェが来てから彼は話始めました。
「とりあえずまぁ、改めて名乗っておこう。――今は亡きネビロス家の作品で、一応日本人、巻解使駆だ」
作品、という名前はもう聞き慣れてしまっているけれど、黄彩が自分にその呼び方を使うのは、自分を作品とした、つまりは肉体改造を施したときです。あまり聞き覚えがありませんが、ネビロス家というのは、貴族か何かの悪魔なのでしょう。
「超越者っつー、バカみてぇに強ぇ奴がいるだろ? 魔王の一人、サーゼクスみてぇな奴。ネビロス家はナベリウス家の分家でな? その本家から、後天的な超越者を作れって命令を受けてたんだわ」
「……それで作られた、いえ、……改造されたのが、貴方というわけですか」
「作られたも、改造も、なんか言われちゃぁどっか違和感あるんだが、まぁそれで問題はねぇよ。支障はねぇっつーべきか」
球体関節の指でスプーンを持ち、どんな構造になっているかもわからない顎でイチゴを食べている光景は、やはりどこか不気味です。
「まぁ、そんな研究してやがったネビロス家が真っ当なわけがなく、研究対象だった奴、そこには俺とかそいつの眷属とか、まぁ色々いたんだが、その眷属の主人は、眷属の家族にも手ぇ出そうとしやがった。ま、俺の家族なんて俺が知らねぇし、手出しもほとんど未遂に終わったんだがな」
なかなか壮絶な話ですし、その主人は酷い人だとも思うけれど、でも、それが私と姉様になんの関わりがあるのでしょう。
「で、こっからが本題になるんだが、……その眷属の中にいた女の名が、黒歌だ」
「は」
…………え?
ここで姉様ですか?
ちょっと、ちょっと待ってください。姉様は主を殺したからはぐれ悪魔になったんですよね?
「ナベリウス家に協力してた奴の中には、人間の研究者がいた。そいつは藤舞っつー猫又との間に二人の子供を授かった。名は黒歌と白音。つまりお前らのことな」
…………。
「藤舞は旦那の研究、実験の失敗に巻き込まれて、夫婦共々死亡。黒歌は白音を養うためにも、ネビロス家の眷属になった。――優しいお姉ちゃんが妹を守るために身を挺したっつー綺麗な話で終われば、俺は多分生きて無いんだろうな」
…………。
……ええ、そうです。優しかった頃の姉様が眷属悪魔になったときから、私たちはそれなりに幸せな暮らしができていました。
「その頃の俺は、まぁ飯の席で言うようなことじゃねぇからざっくり言うと、失敗前提のモルモットだった。次の実験で死ぬか、次の次の実験で死ぬか。どれだけ生きるかよりもいつ死ぬかを測られてるような奴だった」
でも、目の前で生きている。……次の実験か、次の次の実験が無かったから。
「ま、俺もお前もラッキーだったんだろうよ。ネビロス家の主は眷属の家族、だから言っちまうと、白音――お前にも手を出そうとして、黒歌――お前の姉貴がブチギレたんだ。主をぶっ殺し、眷属をぶっ殺し、俺らみてぇなモルモットは勝手に死んでった。残った当事者は本家であるナベリウス家と、お前ら姉妹、そんで実験が無けりゃ死ぬ予定も無くなる俺ってわけだ」
姉様は、力に飲まれて、暴走して、そんな自業自得で殺したわけじゃなくって。……私のために、怒って殺した?
「お前の姉貴がはぐれになった理由は知らん。多分、本家が研究そのものを無かったことにするために、当事者を全員ぶっ殺すために、あらゆる勢力の敵になるはぐれ悪魔にしちまおうとか、まぁそんな理由なんだろうよ」
幸か不幸か、当事者のほとんどは姉様が殺してしまっている。残りは姉様と、巻解さんだけということになって、人間である巻解さんははぐれ悪魔にも出来なかった。……というか、認知もしていなかった?
「悪魔は人間を軽んじるみてぇだしな。私兵を何回か送られて来た程度だ」
「……殺したんですね」
「人様の身体をこんなんにしやがったんだ。轢き殺されても自業自得だろうよ」
まぁ、……それは怒っても仕方ないですね。球体関節、服の上からでも違和感ありますし。
「……でも、どうしてそこまで知ってるんですか」
途中からずっと気になっていた。どう見ても、というかどう聞いても、一介の実験動物に知られていい内容では無い。魔王様が知っていれば、すぐにでも動き出しそうな話です。
「研究っつーのは成功しようが失敗しようがレポートを残すもんらしいぜ。ナベリウス家をぶっ潰しに行ったとき、ついでに恩人の手掛かりでも無いかと探してたんだよ。んで、ボコって聞いたり、読んだりして、大体の事情を知ったってわけだ。妹のお前がほとんど何の知らないっぽいことも、情報が少なすぎたことから逆説的にな」
「……家を潰すって、何をしてるんですか」
「悪魔が一人の人間なんかに良いようにされていいはずがないっつって、俺のやったことが大事件にもなればまず報道されない。文字通り、文字通り以上の意味で完全犯罪だな」
……黄彩からも似たようなことを聞いた気がしますね。黄彩が殺したのは同級生の人間でしたけど。
「とまぁ、俺が話したかったことってのはこんなとこだ。黒歌に会うことがあったら、『ネビロスのモルモットは勝手に元気に生きてる。助かった、ありがとう』って伝えといてくれ。あいつの目的からして、そのうちお前の前に出て来るだろうからな」
カフェオレを一気に飲み干すと、懐から高そうな財布を丸ごと一つテーブルに置き、席を立った。
「じゃ、俺はもう行く。伝言なんてらしくねぇ真似したが、できれば俺が見つけてぇしな」
「あの……」
一つだけ、もう一つだけ、彼から聞きたかった。
「……私が黒歌姉様と同じ力を使いたいって言ったら、貴方はどうしますか」
キョトンと、黄彩によく似た、不思議なものを見つけたような目をさせて彼は答える。
「ギャハハハハッ。超応援するに決まってんだろ。お前がどう思ってるか知らねぇが、俺にとって黒歌は命の恩人なんだぜ? ……忘れてたけど。つーかぶっ殺すところだったけど」
私の心の内の、仙術に対する悪感情が、今日だけでかなり薄まった気がする。
なるほど、きっかけですか。黄彩の言った通りになってしまいましたね。――私に足りなかったのは、修行よりもきっかけでした。
どれだけ速く走っているのか、あの「ギャハハハハ」という野蛮な笑い声が、段々と小さくなって行く。
「黄彩、帰りましょうか」
「うにゃ、……うん」
「……眠い?」
「ん〜……」
……これ、また迷子になりそうですね。手を繋いで帰りましょうか。