悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 翌日。私は教室にやってきた黄彩に、オカルト研究部に入ってくれないかと持ち掛けた。神器を持っていると、どこかの勢力に狙われるかも知れないから、私達が守るためにも入って欲しい、と。

 相変わらず、真剣に話を聞く態度を取る気はないみたいだけど、考える素振りも見せずに黄彩は「ん、いいよ」と、すぐに答えた。

 

「昨日のクッキー、美味しかったから」

 

 あのクッキーを焼いたのは副部長だったが、もう胃袋を掴んだらしい。有り体に言って、チョロすぎる。

 放課後にまた来るように伝え、私は席に戻る。そして、教室が騒がしい事に気がついた。私と黄彩が話すのがそれほどに光景だったのか、「あの小猫ちゃんが……!」「黄彩きゅんが喋った!?」「やはり、ロリとショタは惹かれ合う運命……!!」とか、なんとか。騒ぎは担任が教室に来るまで、鎮まることはなかった。

 

 

 黄彩はいつも通り授業を抜け出していて、いつも通り先生達も気にすることなく授業を始めて終わらせる。異様だが、いつもの日常と呼べたそれは、黄彩自らの手で崩壊された。

 お昼休みが過ぎ、午後の授業が始まってそう経たない頃に、戸が開き黄彩が乱入してきた。唖然とする先生や私たちには目もくれず、何も言わずに席につき、タブレット端末を操作し始めた。教科書や筆箱を出して授業に参加しようという意思は、全く見られない。

 それでも全く叱られず、注意もされないのは、黄彩だからだろう。生徒ではあり得ぬほどの特権階級に、自分たちよりも格上というあり得ないはずの存在に、誰も文句を言えるはずもない。私たちと黄彩では、時間の価値が桁違いに違う。一時間あれば数十億円にもなる作品を作るそうだから、安易に授業を受けろとも言えないわけだ。……そうなると、部活への勧誘も一種の蛮勇な気もするけれど。まぁ、同意を得たから問題は無い、はず。

 

 それから何事もなく、と言えるほど教室の雰囲気は授業に適してはいなかったけど、まぁ騒ぎは起こらずに放課後に至る。

 私は黄彩を連れて部室来ると、既に副部長が来ていた。黄彩がお菓子に釣られて入部を決めたことはもう連絡したから、何か作る為に急いで来たのだろう。制服にエプロンをつけたまま私達を迎えてくれた。

 それから少しすれば部員が集合し、部活は始まった。

 

 今日の活動は、はぐれ悪魔退治。

 

 そう告げた部長に、黄彩は「レベル上げ?」なんて呟いていたけれど、断じてはぐれメタルのような歓迎できる存在ではない。主君を裏切った、卑劣に悪烈な存在であり、駆除対象。

 

 部長に案内され、私達グレモリー眷属は元廃病院の、荒れ果てた空き地というか、荒地にやってきた。何処かに隠れているのか、はぐれ悪魔の姿は見えない。

 

「黄彩、今日は貴方にも戦ってもらうわ。自衛できる程度でも強くなってもらうつもりだし、神器も使いこなしてもらうわ」

 

 いきなりは無茶では無いか、とも思ったけれど、その心配は杞憂であることをすぐに思い知らされる事になる。

 

 どこもかしこも内壁が壊れていて、どこに誰が潜んでいてもおかしく無い空間で、部長は隠れず出てこいと呼び掛ける。しかし、部長も紅髪の滅殺姫の異名を持つ上級悪魔。自身を殺しうる存在の前におめおめと出て来るはずも無い。

 どこからか奇襲を仕掛けて来る可能性もあり警戒していると、黄彩は一点の壁だけを注視している事に気がついた。

 

「……黄彩?」

 

 私はなんとなく呼んでみたが、その視線は揺らが図、返答も無い。その代わりか、黄彩は視線の方向へと歩き出した。

 

「待ちなさいっ! ここは危険なのよ!」

 

 部長が呼び止める。黄彩は、ゆらりと振り返った。

 

「ボクが戦えれば、それでいいんだよね」

 

 その顔はいつもの無表情ではなく、仕事の山を前にしたかのように面倒臭そうな顔をしていた。すぐに私たちに背を見せ、小さな手は手刀の形をしている。

 

「作品No.13――若者」

 

 文字列を読み上げるような口調で、黄彩はそう言った。

 そしてすぐ、何を思ったのかはぐれ悪魔が、半壊している壁を飛び越えて出てきた。あれはアラクネというのだろうか。巨大な蜘蛛の下半身に、筋骨隆々の男の上半身。蜘蛛と人型の両方に顔があり、食事をどっちで摂るのか見当もつかない。

 部長が私の名を呼んだ。黄彩が殺される前に叩き潰せという事だろう。承認。私は出せる全速力で駆け出す。

 

「グァッハッハッハ!! 愚かな小娘めっ!」

 

「……綺麗でなくて、可愛くなくて、美しくない。……ねぇ、なんで生きてるの?」

 

 かのはぐれ悪魔は、見た目の大きさに反して素早かった。気色悪い動きで走り、黄彩を真上から巨大な拳で叩き潰そうとしている。

 私が黄彩の横まで着き、迎え打とうとして気が付く。

 

 黄彩の両腕に、指や手首が無くなっている。刃物のような形状に変形し、刃にあたる部分は金属のように光沢している。

 

「なぁにすぐには殺さんさっ! 二人もいれば人質には十二分ぅ!!」

 

「うにゃ、すぐに殺すよ。作品No.69――売れない肉屋の舞台裏」

 

 私が拳を握るのとほぼ同じタイミングで、黄彩は跳び、拳目掛けて腕を振るった。技も何も無い、出鱈目な攻撃だけれど、そんなこと気にならないほどの斬撃。はぐれ悪魔の拳がまずバラバラの肉片になり、腕がジグザグの肉塊になり、肩から首にかけてザクザクの血塗れになった。声帯も切り刻まれたのだろう。声にならない絶叫が響き、あと私に思いっきり血と肉が降りかかった。……臭い。

 

「ーー!!? ――!!!!」

 

 あれだけダメージを負ってもまだ死なないようで、今度は蜘蛛の脚で私を踏みつけようとしてくる。先端の尖った、コンクリートにも足跡が残せそうな足。それは避ける必要もないほど正確性に欠けていて、私の手前に突き刺さった。戦車の本領を発揮させ、その足を掴む。

 

「作品No.70――ホチキスって実はステープラー」

 

 黄彩が何かをしたらしいが、真下にいる私にはよく見えず分からない。離れた位置から見ていた部長達曰く、まるでホチキスのようだと言っていた。人型の上半身と、蜘蛛の下半身が不自然に折れ曲がり、蜘蛛の背中と人型の背中がピッタリとくっついて即死したらしい。

 八本の足が柱のように働き、私は簡単にはぐれ悪魔の死体の下から出ることができた。すぐに黄彩も飛び降りてくる。真っ赤に汚れた私を黄彩はあからさまに避けてきて、ちょっと傷ついた。

 私たちが離れると、部長が滅びの力ではぐれ悪魔を、肉片一つ残さず消し去ってしまった。

 

「ん。……ボク、結構強い方だと思うよ」

 

 そう言う黄彩は全く汚れておらず、あれで器用に刻んでいたらしい。確かに強い。木場先輩も苦笑いしながら「ははっ、今度手合わせ願いたいね」なんて言っている。副部長は私に同情的な目を向けながら、汚れを魔力で落としてくれた。

 

「よ、予想以上ね……。まさか、どこかの勢力に属していたりしないわよね?」

 

 部長の疑問は、この場の全員が思っていることでもあった。確かに、それは疑わしい。近くから見ていた私でも、明らかに戦い慣れていると言うか、殺し慣れている、手慣れているように見えていた。

 

「無いよ。悪魔に悪魔だと言われたのは昨日が初めてだし、神も妖怪も天使も妖精も、会ったことないし」

 

 殺し慣れているのは、よく襲われて返り討ちにしているからだとも、黄彩は語った。莫大な資産を持っているわけだし、目の眩んだ輩に襲われるのはわかる。でもそれなら、護衛を付ければいいと思うけれど、そこで人間不信になる気持ちも、私にはわかってしまった。

 

「ボクの、えっと、せーくりっどぎあ? は、多分これ。名前は知らないけど、見えるところなら作業工程を省略できるの。物作りにも人殺しにも便利だから、弱くはないはず」

 

 そう言って服の中に入れていたらしいネックレスを私たちに見せる。黄色の宝石が収まった、シンプルな安っぽいネックレス。部長が「聞いたことのない神器ね……」と言ってるうちに、黄彩は元あった位置にしまってしまう。

 

「はぐれメタル、じゃなくて悪魔だっけ? それってまだ他にもいるの? 居ないなら疲れたし、ちょっと眠いんだけど」

 

 見た目相応に体力は少ないのか、一度の戦闘でも黄彩の目には疲労の色が見える。部長がアレ一体だけだと言うと、黄彩はトーンの落ちた声で「……そう」とだけ言い、気が抜けたのか脚がふらつきだした。

 まだ血の臭いが残る私がしていいのか迷ったが、体格の近い私がするべきだと判断し、黄彩を抱き支える。

 

「あらら……。今日はここで解散にするわ。小猫、またお願いしていいかしら」

 

「……はい、大丈夫です」

 

 私は昨日と同じように黄彩を家まで運び、それから帰宅した。血の臭いを落とすのにはいつもの倍の労力が掛かったけれど、なんとか気にせず眠れるほどに落ちて一安心。

 

 

 

 翌日の放課後。カステラとどら焼きが出されたから黄彩と食べていると、木場先輩がやってきた。……大変変態な変態を連れて。何も言わず食べ続ける私たちを見て騒いだり、部長のシャワーを浴びる音を聞いて大騒ぎしていて耳障りだが、どうやら新しい眷属、つまりは同僚となるらしい。……ちょっとだけ、この眷属に属していることを後悔しそうな私がいた。

 

 それから少し経ち、副部長が追加のお菓子とお茶を持ってきて、自己紹介する流れとなった。大まかには、先日黄彩にしたのと同じような、悪魔であることを告げる自己紹介。それが済むと、部長は黄彩にも、困惑している変態に自己紹介するよう言った。

 

「んくっ……、有製黄彩。よろしく、変態」

 

「えっと、もしかして先輩と言い間違えたかな? 確かにニュアンスは似てるしっ!」

 

「黄彩くん、小猫ちゃん。羊羹はいかがですか?」

 

「いただきます」

 

「ん、ありがと」

 

 見計ったようなタイミングで副部長が羊羹を出してくれて、受け取ると変態……間違えた、先輩は「無視はやめて!?」なんて喚いていた。

 部長と先輩が話し込んでいる隣で、色々と和菓子を摘んでいると、「ドラゴン波!!」なんて叫びが聞こえ、流石に気になって私も黄彩も見ていると、先輩の左腕に赤い籠手のようなものが現れ、ギャアギャアとまた騒ぎ始めた。部長は微笑ましいものを見るような目で説明する。

 

 困惑、混乱が表情に出ている変態先輩は、部長の説明が終わると黄彩に視線を向けた。

 

「えっと、有製だっけ? そいつは悪魔とかじゃないんすか?」

 

「黄彩は神器を持つだけの人間よ。貴方と違って眷属にできなかったのだけれど、保護のために入部してもらったわ。もちろん貴方にも、このオカルト研究部に入部してもらうわ」

 

 このおっぱい部長とおっぱい副部長に少女としての、処女としての危機感は無いのだろうかと疑問に思ったけれど、きっと眷属相手にはそんなもの持ち合わせていないのだろう。隣でカステラの紙を飲みそうになって吐き出しているクラスメイトと対極な新人に辟易とした。

 

 

 

 今日は抱き抱えることなく、一緒に歩いて黄彩と帰り、夕食もお風呂も済ませてあとは寝るだけというときに、私は召喚された。

 契約の召喚をしたのは、黄彩だった。そう言えば帰り際、部長がチラシを渡していたけど、いきなり使ったらしい。それも、寝惚けて召喚したのか、黄彩は朦朧とした目で私を見ると、ベッドの上で移動し、私に隣で寝るように促し出した。

 

「いや、あの、依頼は……」

 

 見るからに高そうなベッドはそれほど寝心地がいいのか、小さな声で「……おやすみ」とだけ言い、眠ってしまった。

 まさか、依頼は添い寝だろうか?

 まあ、身の危険はないだろうし、むさ苦しい感じはしないし、枕は大きい物で二人で使っても問題なさそうだし、確かに人肌恋しい時はあったし、明日は土曜日だし、――なんて、誰に対しての者かも分からない言い訳をしながら、私は黄彩の隣で横になった。

 ……何をしているんだろう。さっさと終わらせて帰ろうと思っていたが、起こすのも悪い。代価は朝になってから貰おう。

 疲労や意識を吸い取る柔らかなベッドに身を任せ、私は恋人でもない男の家で一夜を過ごした。……なんて言うと危ない雰囲気がするが、私は微塵も危機感を覚えることなく朝を迎えた。

 魚の焼ける匂いに目を覚ます。彫像や絵画の飾られた部屋に困惑するも、昨日召喚されたことを思い出した。前にも来たリビングダイニングまで来ると、予想通りキッチンに黄彩がいた。

 

「……おはようございます」

 

「うにゃ、おはよ。洗面所は部屋出て、あっちだよ。あるもの使っていいから」

 

 寝癖を押さえながら来たが、流石に隠し切れていなかったらしい。部屋を出て、黄彩の指差した方へまっすぐ行けば、トイレと洗面所があった。先にトイレを借りてから、洗面所へと向かう。

 まさかとは思っていたけれど、やはりトイレにも絵が飾られていて驚いた。そしてトイレットペーパーはスーパーで安く売っている、我が家のものと同じだったのにも別ベクトルで驚かされた。

 洗面所には、明らかに女性ものの物がズラっと並んでいて、きっと相当拘っているのだろう、安物に高級品まであるが、用途は全て異なる。その人のための洗面所が出来上がっていた。

 洗顔料と、軽い整髪料だけ拝借した。

 

 見せられる程度に身嗜みを整え、ダイニングへと戻る。

 朝食の準備はもうほとんど済んでいて、黄彩はお茶を淹れていた。

 鮭の塩焼きに、白ごはん、味噌汁。緑茶。逆に今時珍しい気がする、和食然とした朝食が二人分テーブルに並んでいた。

 食べながら、昨夜のことを私は話した。契約についてのあれこれも話すと、黄彩は対価のことで悩み始めた。半ば不可抗力だけどご飯とかお世話になってるし、私はそれでも別に構わなかったのだけど、黄彩は何か支払うつもりらしく部屋を見渡している。

 

「うにゃ〜……、ん、これは?」

 

 と黄彩が出してきたのは、ショーケースに飾られていた、石でできた薔薇。細かいところまで再現されていて、確実に数千円、数万円じゃ足りないのがわかる。

 

「これ、値段にすると幾らになるんですか」

 

「んー、諸々込みで六十億とちょっとくらい?」

 

「高すぎます!」

 

「えー。……可愛いんだから、身体は大事にしなきゃだめだよ?」

 

「それはそうですけど、でも一晩の私にそれだけの価値は絶対にありません」

 

 恋人でもない異性との添い寝は確かに高いとは思いますが、それでも六十億の値は、喩え部長でもつかないはずだ。魔王様達なら、あるいは。

 

「むぅ……。……あ、じゃあ、前に言った絵、描いてあげる」

 

「……それ、仕事として依頼したら幾らになります?」

 

「うにゃ? んー、いつもなら五百円かな。話し相手にもなってもらうからね」

 

 五百円で人間国宝の芸術家と話せるあげく、肖像画を描いてもらう。なんかもう、ちょっとした錬金術よりも儲かりそうだ。私は考えるのをやめた。

 

「……じゃあ、もうそれでいいです」

 

「ん。じゃあ、この後出かけよっか。着替えは、……ママの貸したげる」

 

 食べ終わった黄彩はどこからか、私の体格に合う着替えを持ってきた。まだ朝と言える時間帯のうちに、電車で一駅行ったところのショッピングモールまで出かけ、目についた店に入って、冷やかして出ていく。絵を描くのに必要な工程らしい。言ってしまえば、それはデートだった。ちょうど切らしていた日用品を買ったりして一通り見て回ると、ベンチに座り、タブレットで絵を書き始めた。いつも教室で触っているのと同じものだ。

 

「自分を動物に例えるなら、何?」

 

「猫、でしょうか」

 

「嫌いな色は?」

 

「嫌い……? 苦手な色なら、黒ですけど」

 

「きょうだいって、いる? 家族仲とかどう?」

 

「……一応、姉が一人。仲は、あまり良くないと思います」

 

 微妙に答えにくい質問が、幾つも飛んでくる。当たり障り無い程度に答えると、黄彩は納得したように指先を走らせる。

 

「一番辛い思い出は?」

 

「……答えないと、ダメですか?」

 

「うにゃ、全然? でも被写体の情報量は多い方が描きやすいかな。好きなこととかは一緒に歩いてるだけでも分かるけど、嫌なこととか、分かんないことは聞かなきゃ今は分かんないから」

 

「……じゃあ、答えたくありません」

 

「ん、そう。なら、人にされて嫌なことは?」

 

「嫌なこと……。その、エッチなこと、とか」

 

「具体的には?」

 

「抽象的でも嫌です」

 

 お昼になる頃に、黄彩は絵を書き終えた。赤や青、黒、金色と色とりどりの猫に追いかけ回される白い猫と、その猫達に囲まれる私。自分の写った絵なんて気恥ずかしいと思っていたけれど、それ以上に私は、感動してしまった。画像データを私の携帯に送信すると、黄彩はベンチから立った。

 

「お昼食べたら帰ろっか。なんか食べたいものある?」

 

 吹き抜けから下の階を覗き、フードコートを見渡す。

 

「あ、じゃあ、たい焼き」

 

 部長達と来たら突っ込まれること間違いない提案だけれど、黄彩は全く突っ込んでくれない。今日の昼食は、たい焼き各種のフルコースになった。……甘い。

 

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