悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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第三章 美術的な小説家
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 午後の授業を丸々使っての、体育祭の出場競技の割り当て。

 私はすぐに長距離走に決まりましたが、このクラスには極めて運動のできない人間がいます。……まぁ、黄彩なんですけどね。

 50m走すら完走出来ない黄彩に任せられる競技なんてあるはずもなく、黄彩が何をしたいのか言い出すのを皆が密かに待っている状況です。

 いえ、もう一人。つい最近転校して来た転校生、自己紹介で趣味は読書としか語らなかった彼女もまた、競技の一切に希望をしていなかった。

 

「……黄彩、体力作りしましょうか」

 

「ボクはいま、入学したことを心の底から後悔してるよ」

 

「……奇遇だね。わたしもだよ」

 

「体育祭はどの学校にもあると思いますよ」

 

「……学校、絶滅しないかな」

 

「……そういう小説、あったかな」

 

 最終的に残った二人は、なるべく体力を使わない競技に出ることとなりました。

 

 黄彩は100m走、転校生は借り物競走です。

 

「「や〜だ〜」」

 

 実は二人、仲良かったりしませんか?

 

 

 

 とりあえず直近の問題は、アーシア先輩へ度々送られてくる求婚の品の数々と、黄彩の体力作りですね。

 

 その、アーシア先輩への求婚というのは、ディオドラ・アスタロトという、美青年の若手悪魔です。……とはいえ、会談のときに見た黄彩ほどではありませんが。

 

 家具や小物、数えるのも面倒なほどの手紙が、住居である兵藤先輩の家や部室に届いています。

 

「黄彩。今日の分はこれで最後よ、ありがとうね」

 

「ウフフ、別にかまいやしないさ」

 

 美少年の方の黄彩が巻解さんと体力作りしている頃、美少女の方の黄彩は、家具や小物を処分しやすい大きさまで破壊してゴミ袋に詰め込んでいく。

 

「本当に、ありがとうございます、有製さん」

 

「アーシアちゃんも気にしなくて良いさ。それより、届いてる手紙ちょうだい?」

 

「いいですけど、……なにをされるんですか?」

 

 部長は放っておけば諦めてやめると言っていましたが、この美少女は一体なにを企んでるんでしょう。……少なくとも、ロクでもないことはわかりますけど。

 

「いやぁ、最近ボクも迷惑メールに困っててね。せっかくだから、ディオドラくんと迷惑メールの送り主の仲介、恋愛成就のキューピッドになってあげようと思ってね」

 

 ……想定した以上にしょうもないし、ロクでもないですね。しかもちょっと面白そう。

 

「執筆だって作業工程の一つだからね。手間を省略するからめんどうですらないのさ」

 

 その内容の大半は、女性が男性を誘惑するようなことが、怪しい日本語で書かれていました。

 

 

 

「もっ、もうだめなんだよ……」

 

「……おい。まだ10mしか走ってねぇぞ」

 

 アーシア先輩の件が現状片付いてから、心配になって黄彩たちのことを見に来ましたが、案の定黄彩はバテて地面に寝そべっていました。

 

「……お疲れ様です。スポーツドリンク買って来ました」

 

 巻解さんに買って来た二本を渡してから、黄彩の身を起こさせる。

 

「さんきゅー、白音。……こいつ、どんな生活したらこんなんになるんだ? 三歳児でももうちょっと走れるぞ」

 

「学校では小猫です。……そういえば、毎朝体を作り直す時に成長も戻してるって言ってました」

 

 過去のことがあってか、巻解さんは私のことを前の名前で呼びます。それは別に良いんですけど、学校だと変に誤解されかねないんでやめて欲しいんですよね。

 

「ヒャクパーそれが原因じゃねぇか! 馬鹿なのか? 俺の主人はそのレベルの馬鹿なのか!?」

 

「……うっさい、しゃべるスポーツカー」

 

「文句があるならせめて50mは走れよ、歩くリセットボタン」

 

「赤く染められてフェラーリと勘違いされたらいい」

 

「赤を混ぜて名前を黄彩から朱彩(しゅいろ)にしてやるよ」

 

「ミニ四駆と衝突事故して死ねばいい」

 

「知育菓子の食品添加物で中毒死しやがれ」

 

「ぶー。ミニカーやろーが」

 

「はっ、クーピーが何言ってやがる」

 

「スピード違反」

 

「器物損壊」

 

 ……お願いですから、学校で殺し合い始めたりしないでくださいよ。

 そもそもなんで眷属と主人なのに不仲なんですか。喧嘩するほど仲がいいというやつですか?

 

「つーか、筋肉がねぇなら神器で動かせばいいじゃねぇか。そういうことができる神器なんだろ?」

 

「え〜」

 

 黄彩の神器の能力は、物を切ったり、曲げたりといった加工工程、作業工程を省略するというものです。条件に、空間を三次元的に、例えばコインの表と裏、サイコロの一と六、衣服の内と外、背中とお腹、などを一遍に見えていないとなにもできません。聴覚や味覚、嗅覚、触覚、知識なんかで補うことで、黄彩はレントゲンにも勝る異常なまでの視界を手にしています。

 物を運んだり浮かせたりは、あくまでも副次効果、副作用みたいな物らしいですが、どうなんでしょう。

 

「ん〜……」

 

 グラウンドには多くの生徒達が体育祭に向けて練習をしています。大半が去年経験している先輩達なのが気になりますが、そんな来たる日に備えるような猛特訓をしている先輩達を、黄彩はジッと見つめる。

 まさか黄彩のことですから、変態先輩みたいに胸やら足やらをいやらしい目的で見たりはしないと思いますけど……。

 

「……小猫?」

 

 あ……。なんかちょっと不安になって、無意識のうちに背後から抱きしめていたみたいです。

 不思議そうに振り向いた後、私の顔を見てすぐに視線を戻し、腕を軽く振ったりしています。

 

 にしても、運動したからかいつもよりもあったかいですね。

 

「……カップル仲が良いのは良いことだとは思うが、場所と目は考えろよな。目立つんだから」

 

 巻解さんがジトッとした目でこっちを見て来て、つい抱きしめてしまった黄彩を手放す。

 

「……ん、出来そう。古来より、人力は他の力よりずっとひ弱だって言うもんね」

 

 おそらく陸上部の先輩の動きを真似たのでしょう、クラウチングスタートの姿勢をとり、黄彩は走り出した。

 涼しい顔をして、運動音痴とは思えない綺麗なフォームで、息を一切乱さずに、グラウンドを一周完走しました……!

 

「黄彩!」

 

「ん!」

 

 一周して来た黄彩は勢いそのままに私へ駆け寄り、抱きついてくる。抱きとめてあげたら、私の肩の上で安堵の息を漏らした。

 

「だから、人目を気にしろっての」

 

 良いじゃないですか! 黄彩が、あの50mも走れなかったあの黄彩が、グラウンドを一周したんですよ!

 

「ダッシュで世界一周くらい悪魔なら余裕だろうに、ったく」

 

 いや、そんな悪魔はそうそういないと思います。

 

 

 

 翌日、放課後。

 黄彩と共に、美術室に寄り道してから遅れて部室に入ると、みんな顔を顰めていました。

 何事かと思ったら、若手悪魔のレーティングゲーム、私たちグレモリーの対戦相手が、あの、黄彩が迷惑メールと婚約を結ばせようと暗躍している、ディオドラ・アスタロトだというのです。

 悪い冗談だと顔を顰めそうになりましたが、ある意味蚊帳の外な巻解さんと黄彩だけは反応が違くって、今度は笑いそうになります。

 

「ギャハッ! オイオイラッキーじゃねぇか羨ましいな!」

 

「ウフフ。つまりムカつく奴を合法的に殴りたい放題でしょ? いーなー。楽しそう。ボクも混ざったらダメかな」

 

 確かに! と、さっきまで顔を顰めていた皆が顔を上げて不敵な笑みを浮かべる。

 

 というか二人とも、意外とアーシア先輩のこと気に入ってますよね。まぁ、気に入らない要素が皆無なので仕方ありませんが。

 

 そんなアーシア先輩のためにも、私たちのレーティングゲームへ向けた特訓にもより一層力が入ります。

 

 

 閑話休題。

 

 

「……そういえば、若手悪魔のレーティングゲームって黄彩も出るんですか?」

 

「もちろん出るぞ。っつっても、眷属だけだがな」

 

 なんとなく気になって言ってみたら、アザゼル先生が答えた。

 

「そうなのか? つーか俺だけ?」

 

 知らなかったのか、巻解さんは首を傾げている。

 

「そりゃオメェ、黄彩はあくまでも人間だからな。そもそもエイトクイーンにキングの概念はねぇだろ」

 

「そりゃそうだ。で、相手は?」

 

「まずシトリー、その次はグレモリーだな。その後は様子見って聞いたぞ」

 

 アザゼル先生の話を聞いて、巻解さんはちらりと部長を見た後、つまらなそうにため息を吐く。……そりゃ、そうですよね。会長や匙先輩、天使、堕天使のサポートが少なからずあったにも関わらず、一度惨敗していますから。

 

 私たちでは、ハードルどころかガードレールにもなれていない。

 

 兵藤先輩が「なんだこのやろう!」と噛みつくも、巻解さんは神器も手足も使うことなく、背から伸ばした翼で先輩をはたき落とした。

 めちゃくちゃ使いこなしてるじゃないですか。十分パワーアップしてますよ。

 

 次は誰が挑戦するかという空気になったところで、部室に異変が起きる。

 

 部長のものでも副部長のものでもない、一人分の転移用魔法陣。

 

「……アスタロト」

 

 と、文様を見た副部長が呟いた。

 一瞬の閃光の後に現れたのは、嫌に爽やかな笑顔を浮かべる優男。

 

「ご機嫌よう、ディオドラ・アスタロトです。アーシアに会いに来ました」

 

「よし、次はお前だな?」

 

「は?」

 

 木場先輩か、ゼノヴィア先輩かと待ち構えていたところに現れたためか、巻解さんは名乗りを聞いた後に、その小綺麗な顔面を打ち砕かんと、硬い拳を叩き込んだ。

 

 

 閑話休題。

 

 

 部室のテーブルには部長とディオドラ、顧問としてアザゼル先生も座っていて、アーシア先輩の治療を受けているディオドラは不気味に笑みを浮かべている。

 

 アーシア先輩の治療が終わると、ディオドラは話し始める。

 

「リアスさん。単刀直入に言います。僧侶(ビショップ)交換(トレード)をお願いしたいのです」

 

 僧侶――つまり、アーシア先輩かギャーくんですね。

 

「いやん!? 僕のことですか!?」

 

 ギャーくんが私に抱きつきながらそんなことを言い出すけれど、違うでしょうね。いえ、どちらにしても部長が応じるとは全く思えませんけど。

 慰めるように頭を撫でてあげると、話は進む。

 

「僕が望むリアスさんの眷属は――アーシア・アルジェント」

 

「それがテメェの最後の言葉ってことでいいよな、禍の団(カオス・ブリゲード)のクソ野郎」

 

 話が進むというか、捻じ曲がりましたね。不機嫌そうな巻解さんの一言で。

 

「……なんの話だろうか。妙な言い掛かりはやめてもらいたいのですがな」

 

 ……あれ?

 

「なんの話でもねぇさ。――殺人鬼には殺人鬼なりの情報網ってやつがあってな。テメェを禍の団のバカってことにして俺が好き勝手ぶっ殺すくらい、わけもねぇって話でな」

 

「言いがかりどころか、冤罪ですよ。私が、その、禍の団でしたか。そのような犯罪者集団との関わりなんて、事実無根。ありえません」

 

 あれあれ?

 

「根も葉も種もいらねぇよ。情報操作で追い詰めるってのはテメェら悪魔の常套手段だろ? 安心しやがれ。テメェの殺意は魔王や俺の主人にも届きかねない、超ヤベェやつだったってことにしてやるからよ」

 

「薄汚い殺人鬼が人間の眷属悪魔になったとは聞いていたが、聞いていた以上の穢れだ。この件は魔王様へと報告させていただこう」

 

 なんかこう、あーあって感じですね。この人。分かりやすいというか、根本的な悪役体質というか。

 

 ディオドラは最後まで巻解さんを睨みつけながら、帰って行きました。

 その後、アザゼル先生から私たちとディオドラ・アスタロトの戦いが五日後だと告げられ、その日の部活は終了です。

 

 

 帰ってからというもの。

 一件だけ私を呼び出す契約があり、それをさっさと片付けてからお風呂に入ることにしました。

 

「お風呂ぉ、や〜」

 

「いい加減慣れてください。まだ暑いですから、汗もかいているでしょう」

 

「綺麗に美しく可愛いボクにそんな汚いものは無いんだよ」

 

「アイドルはトイレしないみたいな超理屈を堂々と公言しないでください」

 

「芸術家のボクは神器で汗とか垢とか角質とか埃とかを、洗わずとも流せるんだよ。落とせる、って言ったほうが正確かな」

 

「理屈で説明しないでください。……だったら、水も神器で落とせばいいじゃないですか」

 

「…………」

 

「……黄彩?」

 

 まさか、のぼせました?

 

「黄彩?」

 

「……うにゃあ。小猫、天才?」

 

「誰でも思いつくことです」

 

 そして、何故か今まで私が思いつかなかったこと。

 

「ん〜、うにゃあぁ。作品作りでもなく、運搬のためでもなく、ただ加工のために使うのは、傑作No.15、ボクの方の役割なんだけどにゃあ」

 

 役割、あるいはスタイルの話。美少女と美少年の違い。美しく破壊する美少女と、美しく創作する美少年。

 

「ウフフフフフフ。出来たところでボクも嫌いさ。お風呂なんて。水なんて。お湯なんて」

 

「諦めましょうよ」

 

 美少年と美少女との混浴は、異端に異常に異界ですよ。

 

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