悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 アスタロトとのレーティングゲームまで残り三日という日に、部室に来客がやって来ました。

 

「有製黄彩、シトリング・ラフィに依頼したいのだけど」

 

 と。そう言って、いつかの黄彩のように、結界を素通りして旧校舎に入って来たのは、一人の女子生徒。

 相変わらずの茶髪と金髪が横縞に混ざる小汚い髪は、『髪は女の命』という言葉の反逆を思わせる。

 特徴的な外見ではありますが、彼女は神器も魔力も持たず、魔王様やアザゼル先生もただの一般人だと断言したはずであり、ここにいていい存在では無い。

 

「汚いくらいで死人扱いは、流石に酷いと思うのだけど」

 

 幸いにも、翼や武器、裸なんて見られたら困るようなものは特に無かったけれど、――ならば問題ないでしょう。

 

「……あれ」

 

「悪魔にも天使にも堕天使にも興味は無いわ」

 

 私たちの正体を知っている? ――警戒を見せない私たちを案山子のように見逃し――彼女は黄彩の正面へと立った。

 

「仕事の依頼がしたいのだけど。シトリング・ラフィ」

 

「うにゃぁ??」

 

 私が抱いた疑問は黄彩も抱いているらしく、彼女の言葉に首を傾げる形で答える。

 

「報酬は幾らでも。だから、何枚か絵を描いて欲しい」

 

「……うにゃ、それはいいけど、……君、誰?」

 

 いや、一応クラスメイトでしょう。隣の席なんだから、名前くらい覚えておきましょうよ。――あれ、でも、この人の名前、私も覚えていません。分かっていません。

 

不可思議(ふかしぎ) 可思議(かしぎ)。小説家。依頼は小説の挿絵」

 

 彼女の名乗った名前は、知っている名前です。――だけど、聞いた名前じゃない。見たことのある、……読んだことのある名前です。

 

「ありがとう、読者さん。私は不可思議可思議という。私が不可思議可思議という。私が不可思議可思議の正体だ」

 

 黄彩が読書感想文を書くに値した小説を書いた、ネットに小説を投稿している小説家。彼女が私を『読者さん』と呼びましたが、それは不可思議可思議という小説家が感想への返事に多用する、読者への呼び名。

 確かにあの後、幾つかの小説を黄彩に勧められて散々感動させられましたが、――なら私が読者だと、作者である彼女が見抜いても不思議は無い。

 

 ……ん?

 

「……読心術って、小説家の基本技術だったりしますか?」

 

「そんなのは占い師の技術。私はただ文脈を読むのが趣味なだけよ」

 

 ――そして、文脈を書くのが小説家。

 

「……どんな超能力者ですか」

 

 ――ではなく、彼女は小説家なのです。

 

「ウフフ。うん、面白い。不可思議可思議の小説にはボクもお世話になってるからね。半額でいいよ」

 

 黄彩が彼女の異能を面白がりながらそんなことを言うと、彼女の方からその言葉を拒絶した。

 

「ダメ。だったら倍上手く描いて。倍多く書いて。一枚だろうと百枚だろうと、私は貯金を全額支払うつもりなのだから、……残されちゃ困る」

 

 なんたる覚悟というか、精神と言うべきか。黄彩の絵は一枚でも最低五百円、平均数億円の値を冠する。一枚買うのにも、若干の覚悟で買えるものでは無い。

 

「ウフフ、うん。……謝るよ、ごめんなさい。描くよ。幾らでも。――詳細はメールでお願いね」

 

 ……ん?

 違和感。というか、別物感? 黄彩の最後のセリフだけは、黄彩らしく無いように聞こえた。違うように聞こえた。

 

「小説には地の文だけじゃなくて台詞もあるものだよ、読者さん」

 

 怖っ。

 

「台詞も感情も情景も描写も、世界のありとあらゆるものは文章であり、紙の上のインクだよ。最近じゃあ、0と1の集合体まで成り下がったりもしているけれどね」

 

 

 結局、名前の知らない彼女、不可思議可思議は私と黄彩以外に何もさせないまま、何も記させないまま、旧校舎から出て行った。

 黄彩の時のように一番に声を上げそうな部長に、何も言わせないまま。何も思わせないまま。

 

 

 

 

 とまぁ、美術的な小説家、不可思議可思議がこれで登場終了するはずもない。

 主役になる気なんて最初から、かの芸術家、有製黄彩が不可思議可思議を認知した時から、あるいはそれ以前からないのだけど、それでも語り手の座くらい、今回だけは譲ってもらおう。

 

 どうも、読者のみなさん。私は不可思議可思議。私が不可思議可思議。

 

「それで、どうなのかしら? あたしの息子に会った感想は」

 

 私の目の前にいるのは、かの合法ショタの母親――合法ロリ――人形師――有製蒼。あるいは、私の常連客。

 

「とんだ化け物よ。思い通りには動いてくれない人間が、貴女以外にいるなんてね」

 

「うふふ。あの子をあたしよりはまともだと思っているようだけどね、あなた。うちの黄彩は私よりもよっぽど、すごいのよ」

 

 数少ない、というか唯一、私が作品を金銭で貸している相手である蒼さんに、何故か私は息子自慢をされていた。

 

 だからせめて、語り聞かされてるんだから、語り手の座くらいは、白い猫又の読者さんから借りていないとやっていられない。やっていないと居られない。ここにも。彼女の前にも。

 

「あの子は、あたしと燈くんの子供の黄彩は、あたしと燈くんの異能を色濃く、混ざるように、真っ当に、真っ黒に受け継いでるんだから」

 

 蒼さんの異能については、私もよく知っている。

 空中浮遊を全人類に思わせるワイヤーアクションを可能にする、異能と呼ぶに値するほどに凄まじすぎる五感。

 

「あたし以上よ、あの子。ワイヤーアクションと人形劇を嗜むあたしだけど、人形師として育てればあたし以上の人形師になれたんじゃないかしら」

 

「成れないわ。あれは人に向いていないし、人形にはもっと向いていない。あれは生粋のデウス・エクス・マキナよ」

 

「うふふ。なんだか、人形師よりも凄そうな称号ね。こっちまで嬉しくなるわ、あたし」

 

「あれを褒めてるつもりもありません。――だから、化け物なんですよ。人形師なら、デウス・エクス・マキナについて知っているでしょう?」

 

 かの化け物、有製黄彩の友人には似たような名前の神器を持つ大層な兵器がいるようだけれど、それではなく。

 そんな大量虐殺兵器なんてしょぼい物よりずっと恐ろしい、言うなれば演出技法。

 

「あんな文字通り存在通りの最終兵器が日常的に出没しているなんて、そりゃ大事件が善良な死亡者ゼロで尽く片付けられるわけだわ」

 

「そういえば、娘がいつの間にか出来たみたいなのよね、あたし。出来たというか、増えたというか」

 

「増えていた物が別れたと言うべきでしょうね。美少年の美少女が、美少年と美少女に」

 

「ねぇ会った? 可愛かった? あたしより小さい頃にしか会ったこと無いのよね、あたし」

 

「会っていませんよ。デウス・エクス・マキナが二つなんて矛盾の具現化みたいな状況、遭いたくもない」

 

 あいっ変わらず、愛らしくもフワフワした人。この人。というか、この人形。ヒトガタ。

 幼少期に見た、魅せられた人形劇以来の仲だけれど、その時からこの化け物を生み出した怪物は変わっていない。

 その頃にはもう既に、化け物は芸術家として活動を始めていたし、私は小説家として活動を始めようとしていたけれど。その頃から私も大して変わってはいないけれど。でもこの人は変わっていなさ過ぎる。

 

 一言一句とて、この人のプロフィールは最低でも二十年は変わっていない。

 

「そんなことはないのだわ。少なくとも、黄彩がお腹の中にいるときは大きくなったものだわ、あたし」

 

 語らずしてそれ以外には不変であることを言ってのける合法ロリが、私の目の前にいた。

 あるいは、合法ロリというのは総じて不変に近い生き物なのかもしれないけれど。

 

 不変――不老――老いず変わらず、成長も伸びもせず。

 

 それも、あの合法ショタに受け継がれている異能だったりする。

 

「化け物は人を魅了する。怪獣映画みたいに。まるで存在そのものが異能ですよ」

 

「あたしと燈くんの子だもの。それくらいでなきゃ困るわ、あたし」

 

 有製蒼の夫にして、有製黄彩の父――彫像家――有製燈――彼についてはまだ、ここで語るわけにはいかない。

 

 

 

 

 依頼をした日から数日が経ち。

 量が量だったから特に締め切りは定めなかったけれど、そろそろ一枚くらい送られて来てもいいんじゃないかとも思えて来た頃。

 有製蒼の愛息子、有製黄彩のキャラクターを見るためだけに転校して来たようなものだけれど、それでも学校行事を病欠でも忌引でもないのに休むわけにもいかず、体育祭に参加せざるを得なかった。

 

 一方その頃といった具合の距離感では、数日前にそこそこ大きい戦い、イベントがあったみたいだけれど、あれはここ最近では珍しく、デウス・エクス・マキナの出る幕はなく、身も蓋の無い言い方をしてしまうなら赤龍帝の強化イベントだった。

 

 ついさっき、男女混合の長距離走が終わり、その次は借り物競争。つまりは私の出場競技。

 走るだけでもうんざりなのに、他人から何かを借りなければならないという面倒極まりない競技。

 まだ二週間と経っていない程度のクラスメイトから厚意か好意で押し付けられてしまったわけだし、その意気に答えないほどに私は化け物ではないのだけれど(ちなみに化け物の方はぶっちぎりのビリでゴールして、完走を白い猫又の読者さんに褒められていた。どんだけ運動音痴なんだよ)、だからまぁ、全力を尽くそうとしたわけだ。反骨的に。反射的に。

 

 だけどこれは、諦めてもいいのでは無いだろうか。

 

 借り物競走は、一斉にスタートしてからまず50m程度を走り、終着地点に裏返しで設置された紙を一枚拾い、書かれた内容のものを借りて戻ってくる、というもの。

 

『誰かの恋人(ただし異性かつ、惚れさせたものに限る。つまり寝取れ! リア充を絶望の底に叩き落とせ!!)』

 

 アホか。これを考えた奴は私の書いた恋愛小説でも読んだのか?

 

 ……読んだ奴なら考えそうなことだけれど。そして書いたやつも考えそうなことだけれど。だけどこれを書いたのは私では無い。

 

 とはいえ困った。

 私には彼氏に浮気を容認するような女友達どころか、そもそも同年代の友達なんていないのだから。

 知り合いだとしても、そうはいない。カップルなんて一組しか知らない。

 

「……というわけで、今だけ彼氏を貸してほしい」

 

「……なんで恋仲擬装から始まる少女漫画風な話し方なんですか。寝取られるじゃないですか、私が黄彩を」

 

 それはもちろん、私はそういう話が大好きだから。

 

「あれに恋人がいると思わせられればいいの」

 

「そういう話が好きなんですね」

 

 今のはそういう風に意図して言ったのだけど――なんだかんだと言いつつも、彼女は渋々、嫌々、最後には愛しの彼氏を貸してくれた。

 

「……絶対返してくださいよ」

 

「寝取り寝取られを見る趣味はあるけど、する趣味は無い」

 

「ギャハッ! まぁ安心しろ、白音。そんときゃ俺がぶっ殺すぜ」

 

 ……怖いなぁ、この殺人鬼。

 

 私以外にも、皆々人間関係を割り砕きかねない借り物が指名されたらしく、まだ数名しかゴールしていないのが見えた。――否、その数名も、借りて来たものではダメだったらしく、文句を垂れ流しながら、連れて来たものを元の場所へと帰している。

 そんな哀れな者達を横目に、私は有製黄彩を連れてゴールまで来た。

 

「……マジ?」

 

「超マジ」

 

 借り物を審査する役の少女が、私の借りて来た国宝に目を丸くしている。

 

「え〜っと、有製君? 本当なの?」

 

「……ウフフ」

 

「照れ屋だから。それに元カノのいる学校で、そんな大っぴらになんて普通できないでしょ」

 

 説得の末に、私は借り物競走を一着でゴールした。

 

 ゴール近くで終わるまで待機するらしく、その間に他の人たちの借り物の指名を見て、この学園の正気を疑った。

 

『処女(男性も含む)』

『未亡人』

『財布(クラスメイトに限る)』

『SNSのパスワード』

『友人の、友人以上恋人未満の、異性』

『合法ロリ(三十代以上。二児の母親が好ましい)』

『下着(異性に限る)』

「ヅラ(校長)』

 

 他にも色々と、この学園に明日はあるのかと疑うほどの、狂気の数々。

 私の次にゴールした女子生徒の借りて来たのは、連れて来たのは、とある教師の不倫相手だった。

 

 こんな時に絵の注文を聞いてくる芸術家は、ちゃんと読者さんの元へと帰しましたよ。

 

 





「黄彩くん可愛い」とか、「小猫ちゃん可愛い」とかだけでいいんで、感想をください!
 夏休み終盤ってことでラストスパートかけたいんです! 駆け抜けたいんです!
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