悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 我、目覚めるは――

 

 覇の理を神より奪いし二天龍なり――

 

 無限を嗤い、夢幻を憂う――

 

 我、赤き龍の覇王となりて――

 

 汝を紅蓮の煉獄に沈めよう――

 

『何度でもお前たちは滅びを選択するのだなっ!!』

 

 絶叫に近い、老若男女入り混じる声が入り乱れて発声される。

 兵藤先輩の鎧がより鋭利に尖り、巨大な翼が生え、両手足の爪が伸び、兜からは幾つもの角が形作られていく。

 まるで、小さなドラゴン。

 

『ぐぎゅあああああああああああああああああああああああああああっ!! アーシアァァァァァ!!!』

 

 パワーアップなんて、かっこいいものではありません。

 一人の少女の死に悲しみ、怒り、そんな感情に力が籠り、赤龍帝の何かが強引に呼び起こされた。叩き起こされた。

 

 今回の黒幕、実は本当に巻解さんが言っていた通り禍の団(カオス・ブリガード)と繋がっていたらしいディオドラ・アスタロト――の、背後から糸を引いていた旧魔王派、シャルバ・ベルゼブブは、駆けつけて来た白龍皇が言うところの『不完全な覇龍』によって消滅した。転移で消えたのか、肉片一つも残らなかったのかは、謎である。

 

 

 我を失い、敵を失い、味方を失い、正気を失った兵藤先輩は、紫藤先輩が魔王様達に秘密兵器と渡され持って来た『おっぱいドラゴンの歌』という狂気によって正気を取り戻し、そして部長には色々あって『スイッチ姫』の異名が付けられた。

 

 

「ギャハハハハハハハッ!! ギャハハハハハハッ!!!」

「ウッ、ウフフッ、ウフフフフッ……! ウフフフフフフッ!」

 

 今回、全く参戦できなかった二人のことの顛末を伝えたら、例のおっぱいドラゴンの歌をBGMに爆笑しだした。

 

「……笑い事じゃないです」

 

「ギャハハハッ! いや、こいつを笑わない方がいっそ失礼ってやつだろ! 超ウケる!!」

 

「ウフフフフッ! うんっ、ウフフフフフフッ!!」

 

「あなた達ねぇ……。他人事だと思って!」

 

 部長は巻解さんが流したBGMを止めながら窘める。というか、黄彩はどんだけ笑っているんですか。

 

「まぁ他人事だからな! むしろ喜べよ。おっぱいドラゴンのメインヒロインだぜ?」

 

「喜べるわけないでしょう!? スイッチ姫よ!? 私の乳首がスイッチよ!?」

 

「でもお前、ただグレモリーの後継としか見られないのは嫌なんだろ?」

 

「……どこでそれを知ったのかは聞かないけれど、……。スイッチ姫よりかはグレモリーの後継機の方がマシよ!! もう冥界を歩けないわ!」

 

「なら飛べばいいじゃねぇか。自慢の羽で。便利な翼で」

 

 絶対そういう話じゃないでしょう。

 そして二人のやりとりについに、黄彩は優雅な笑い方に限界を迎え、見た目相応の子供らしい笑い方でお腹を抑えだす。

 

「それも嫌なら地中に生きればいいだろうが。ギャハハッ! お前の魔力なら穴掘りくらい余裕だろうが!」

 

「悪魔が地底人なんて笑えないわよ!」

 

 黄彩は大爆笑してますけどね。ウフフとアハハとキャハハを混ぜたような、縦書きの日本語ではなく、楽譜にアルファベットで強引に表記しなきゃ表せないような、クトゥルフ神話の神話生物の名前みたいな、真っ黒な嗤い方です。

 

「……部長、巻解さん。そろそろ黄彩が死にそうです」

 

 私の言葉に、巻解さんは更に爆笑し、部長はピタリと口を閉ざした。

 

「黄彩、深呼吸。……落ち着いて」

 

 九死に一生というか。九死んで一笑というか。九割死んで一生が残ったというか。

 

「…………傑作、No.15――ボク――ウフフ。いや、ボクが笑って悪かったよ、リアスちゃん」

 

 笑い声を抑えながらも肩を震わせながら、黄彩は美少女へと成り変わった。

 

「ウフフ。危ない、危ない。この綺麗に可愛く美しいボクが笑い死になんて、ボクまで笑って、笑いすぎて死ぬところだった」

 

 それから、クフフ、と、真似たような優雅な笑い方をやめたような嗤い方で美少女は妖艶に(わら)う。

 

「生憎と、ボクはここで死ぬわけにはいかない。楽しい楽しい祭が、すぐ近くにこの後二回もあるんだから」

 

 ……体育祭と、文化祭。

 美少年の方の黄彩は体育祭を、まるでサバトのように、自分の葬式のように嫌っていたけれど、美少女の方は存外楽しみにしているらしい。

 

「ボクをありがとう、小猫ちゃん。ボクはこれから生徒会に顔を出してくるよ」

 

「……いえ」

 

「体育祭、楽しみにしていたまえ」

 

 なんで美少女の方が男前なんですか。

 

 

 美少女は、旧校舎の扉を背に消えていった。

 

 

 

 来る、体育祭当日。

 玄関どころかリビングどころか、寝室からも出ることを拒絶する黄彩をなんとか着替えさせ、朝食を食べさせ、顔と歯を洗い、化粧水と日焼け止めを塗り、髪をツインテールに結んで学校に連れてくる頃には、開会式は終わっていた。

 

「やぁやぁ、小猫ちゃん。おはよう。遅かったね」

 

「……なんでいるんですか」

 

 クラスメイトに二人共々引き摺られるように連れられて行った先にいたのは、美少女の方の黄彩だった。

 

「見学は体育の醍醐味だろう? 普通に観客、応援だよ。ここでのボクは有製黄色、つまりはボクのお姉ちゃんだ。仮称だけどね」

 

 よく騙せましたね。……いや、似てるし背丈なんかもあって姉弟だと言われたら信じられるかもしれませんが、その名前だけはないでしょう。黄色って。

 

「そもそもボクには『ボク』以外の名前なんてないからね。どうしようがボクはボクに縛られてるんだ」

 

 ドッペルゲンガーに名前をつけるような話でしょうか。自分に名前をつけるような、そんな話。

 

「ほら、ボクの番だよ。せいぜい、綺麗に可愛く美しく100mを走ってこい」

 

「ウニャァ、……ボクならボクの代わりに走ってよ」

 

「ウフフ。ボクはボクだけどボクじゃないのさ。変わることはできても代わりにはなれない」

 

「……知ってるもん」

 

 黄彩は担任に連れられて、レーンの待機列へと並ばされて行った。

 

 よーい、どん。

 

 どれだけフォームが完璧であろうとも、歩幅や背丈に圧倒的な差があり、黄彩はぶっちぎりのビリで、だけれどもしっかりと、完璧に、完膚無きまでに、張り直されたゴールテープを芸術的に切ってみせた。

 

「ボクって奴はこういう時情けないねぇ。いや、可愛らしいと言った方がいいのかな」

 

「普通に運動音痴でしょう。ちょっと行って来ます」

 

「存分に甘やかしてやってくれたまえ」

 

「……はいはい」

 

 とりあえず、見事完走して魅せてくれた黄彩を褒めに行きましょう。あの50mも完走できず、神器を使ってようやくそこそこ走れるようになった黄彩が、素の身体能力だけで100mを走りきれるようになったのですから。

 

 

 放って置いたら倒れそうなほどに疲弊した黄彩を抱きしめたり、撫で回したり、舐めまわしたりしましょう。

 

「……人目は気にしろ、白音」

 

「……なんでいるんですか、巻解さん。あと皆がいる前でその呼び方やめてください」

 

「俺も100m走ったからだよ。あとニックネームくらい普通だろうが」

 

「普通じゃないニックネームで呼ばないでください」

 

「普通じゃねぇニックネームってなんだよ。子猫(にゃんこ)とかか?」

 

「誰が絶対獣先輩ですか。那由多ユラのエタってる会話全振り小説もどきのギリギリ人間の人間最強みたいに言わないでください。私の名前は小猫です」

 

「へー、へー。……このまま黄彩が嫉妬に暴れ出すまで雑談に花を咲かせて花見と洒落込むのもそれはそれで愉快痛快なんだが、そろそろ白音、お前の番だぜ」

 

「私の(つがい)は黄彩だけです」

 

「んな話は一文字も……、いや若干した気もするが、俺にそんな気は一文字もねぇよ。ロリコンでもねぇ。普通にお前が長距離走で走る番だっつってんだよ」

 

 ……怒りませんけど。体型には体型なりの理解をもちろんしていますから。怒りませんけど……!!

 

「ギャハハハハッ! 俺みてぇな奴相手にこの程度で怒ってたら、沸騰しすぎて蒸発して消えちまうぞ」

 

「……黄彩だってあげません」

 

「ショタコンでもねぇよ」

 

「……ラジコンみたいな技で戦うくせに」

 

「ラジコンは性癖じゃねぇし、モチーフはミニ四駆だ」

 

「……ミニコン?」

 

「そんな言葉があるのかは知らねぇが、ロリコンかショタコンの話に戻ってるぞ。オラさっさと行って来い」

 

 巻解さんの指差す方向では、距離や規模だけに100m走ほどではない人数の、私と同じ距離を走る女子が勢揃いしていました。どうやら待たせてしまっているみたいですね。

 

「……黄彩」

 

「うにゃん?」

 

「行ってきます」

 

「ん。お土産はかき氷でいいよ」

 

「長距離走にお土産はありません」

 

 ポケットから小銭を渡そうとした黄彩にそう言うと、小銭をポケットに引っ込める。

 

 ……ちょっと頑張ってみましょう。あくまでも、世界記録を覆さない程度に。悪魔でない程度に。

 よーい、どん、です。

 

 

 

 狂気じみた、おそらく美少女の介入が入ったであろう借り物競走で黄彩を数分寝取られたりしましたが、しかもその美少女は何かから逃げるように消えて無くなりましたが、今年の体育祭は組体操で無事締めのようです。いえ、それは事前に配布されたプログラムで知っていましたが、……たかが学校の組体操に、あの人が出張ってくるというのは予想外でした。

 

 人形師で黄彩のお母さんである、蒼さんが、百体近くの人形を操りながら、オリンピックの開会式もびっくりの、人間じゃ絶対にできない高さの組体操。五十近くのサボテン一つに歓声が上がり、七つのピラミッドには絶叫が上がった。

 あんなものは組体操どころではない。組織、群衆。人形(ヒトガタ)で奏でるオーケストラ。

 

 最後には一つの巨大なピラミッドを作り、天辺に蒼さんが飛び乗って、体育祭は終幕した。

 

 

 家に帰って来て。もしかしたらいるのかも、とも思いましたがやっぱり蒼さんは居ませんでしたが、代わりに置き手紙と札束が残されていました。

 

『どうせ私の子供なんだから、ロクなデート出来ていないんでしょう? このお金は小猫ちゃんとのデートだけで使い切りなさいな』

 

 黄彩は、おそらく百万円の札束を適当に放り投げ、手紙はクシャクシャに丸めてゴミ箱へと放り投げた。

 

「……えっと、いいんでしょうか」

 

「うにゃ、まぁ使わないと怒るから、使わないとね。どっか行きたいところある?」

 

 冥界では何度もデートしましたが、それなら冥界にはなかったところに行きたいですね。

 

「……水族館、とか?」

 

「お腹空いたの?」

 

「私をなんだと思ってるんですか。それなら普通にお寿司屋に行きましょうよ」

 

「うにゃ、でも、寿司なら、どこでも食べれちゃうからなぁ。……あ、取材で出かける予定があるんだけど、小猫も来る?」

 

「また授業サボるんですか? ……正直、成績的になるべく授業受けておきたいんですけど」

 

 何度か黄彩に連れられて授業を欠席していたからか、一学期の期末試験は油断すると危うい教科もあった。黄彩に教えてもらって首の皮、どころか骨までギリギリ繋ぎ止めましたが、次も上手くいくかはわかりません。

 

「それなら平気。もうすぐ修学旅行じゃん」

 

「……私たちが行くのは来年ですよ?」

 

 兵藤先輩や木場先輩、アーシア先輩、ゼノヴィア先輩が楽しそうに、行先の京都のことを話していたのを思い出した。

 

「んーん、そうじゃなくて。修学旅行って、教師も何人か行くじゃん」

 

「……あ。なるほど」

 

 そういえば、そんな話を先生の誰かが話していた気がする。

 教科担当の教師もいなくなることから、二年生が修学旅行に行っている間は一年生と三年生は自由登校となる。基本的には修学旅行が終わるとすぐに来る文化祭に備えて準備するそうですが、……確かに欠席しても成績には響きませんか。

 

「取材っていっても、いろんなところ見て廻るだけだから、小猫が来ても平気だよ?」

 

 あ、取材ってそういう。てっきり、黄彩が取材を受けるのかと思いましたが、黄彩がする側なんですね。

 

「じゃあ行きます。行き先は決まっているんですか?」

 

「ん〜、見たいもの的に、無難なのは京都と奈良かな。湯葉食べたいし」

 

 なんで見たいものより先に食べたいものが出てくるんですか。

 

「でもまぁ、黄彩って意外とそういうの好きですよね。ご当地の食材。沖縄の黒糖とか、北海道のバターとか」

 

「アップルパイ食べたいし、青森にしよっかな」

 

「青森まで行って火の通したりんごを食べるんですか」

 

「美味しいものは料理しても美味しいよ。……でもやっぱり京都かな。神社仏閣、色々見てみたいし」

 

「そういえば、行ったことないんですか?」

 

「仕事でならあるよ? 美術館とかね。観光はしたことない」

 

「それ地味に辛いですね。……でも、私たちも来年は修学旅行で京都行くんですよ?」

 

「じゃあそっちは青森に行けばいいじゃん」

 

「……大変失礼かもですけど、青森にそこまでの、それこそ京都や沖縄ほどのポテンシャルはないと思いますよ」

 

「アップルパイじゃだめ?」

 

「金閣寺だけで勝てそうですよ。魅力的に」

 

「じゃあボクが青森に金色のりんご像を作るよ」

 

「……それ、なんか別の神話が始まりません? あと修学旅行の行き先を変えるために観光名所を作らないでください」

 

「そういえばキリストの墓が青森にあったはず」

 

「そんなばかな」

 

 ……あ、マジであるんですね。真偽はともかく、悪魔が近寄っちゃ絶対だめそうです。

 

「湯葉はわさび醤油が美味しいよ」

 

「……ちょっと美味しそうじゃないですか」

 

 

 




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