体育祭が終わり、二年生は修学旅行、一、三年生は文化祭に向けて準備や計画を立てているのがここ最近の表の日常なら、駒王町の裏とでも言うべき場所での日常は、常々、時々、
「やぁねぇ。町がこれじゃあ外出の一つも、というか出勤の一つも出来ないじゃないのよ、あたし」
出勤っていうか、出動って感じですよ。
「あら、小猫ちゃんじゃない。お友達も一緒なのね」
やって来る時間帯が
だから現れたらすぐに、私たちグレモリー眷属や紫藤先輩には携帯電話に連絡が来る。黄彩や巻解さんにはいかないのは、前者が人間だからであり、後者が殺人鬼だから。前者が芸術的であり、後者がやり過ぎるから。
だというのに。
「もう、なんだっていうのよ」
フワフワと浮世離れするように浮いている妖精の足元では、彼女の操る人形が、やっぱり浮きながらも、襲来してきた英雄派構成員を暴力で叩きのめしていた。周囲はあちこちに血が飛び散っている。
「あーあ。ほんと、あーあよ。折角帰って来たっていうのに」
蒼さんが宙を舞う、宙で舞うペースをあげると、人形の暴力もペースを上げる。八つ当たり、八つ当たり、八つ当たる。
「うふふふふふふふ。……あら?」
なす術なくやられた異形や神器保持者が、突如霧散するように消えていく。
「あらあらあらあら? 一体どうなっているのかしら? テレポートなんてラストちゃんでもないと出来ないと思うのだけど」
……もしかして、悪魔や神器について全く知らないで勝ったんですか? あとラストさんテレポート出来るんですか!?
部長が思わず尋ねた。それらまとめて、オカルトと総称して、この世界のそういうところを知っているのか。
「ええ!? 悪魔!? うっそー! 黄彩ったら悪魔とお友達になってたのー!? あたしだってまだ妖精さんとお友達に成れていないのにー!」
……わざとらしいけど、キャラ的に本音な可能性が十分にあるんですよね。
「なるほどなるほど、転生悪魔。もしかしてだけれど、小猫ちゃんとギャスパーちゃんは転生する前、人と何かのハーフだったりしないかしら! ギャスパーちゃんはきっとヴァンパイアね。小猫ちゃんは、……安直かもしれないけれど、バステトや猫又、火車あたりかしら」
「ふぇええ!? なんで分かるんですか!?」
……あれ、わたしってハーフなんでしたっけ? そういえば巻解さんから聞いた話では、父親が人間で母様が猫又、だそうですけど。……、……。
「蒼さんが人形師で人形遣いだからじゃないかしらね」
「あら、可思議ちゃんじゃない」
……なんでいるんですか。
現れたのは、小説家、不可思議可思議。
「シュレディンガーの猫が箱で生きながら死ぬように、私は文があるところには何時何処にも不在ながらも立っているのよ」
そうはならないでしょう。
「ならずしてなるものよ。……まぁ今日は普通に迎えに来ただけだけどね。蒼さん、主人公以上の巻き込まれ体質だから」
「失礼しちゃうわね」
「事実でしょう。愛する息子のために帰らなかったのではなくて? 蒼さん」
「二文字抜かったわね、可思議ちゃん。可思議ちゃんなら『事実』なんて言葉は使わず、そこは『史実』と言うべきだと思うの、あたし」
「蒼さんの奇々怪々な日常は文に記されていないのだから、史実ではなく事実なのよ。そしてこれ以上史実を残さないように、さっさと帰ってください。小説にできないくらい安全に送りますから」
「は〜い。またね、小猫ちゃん。あたしのことはママって呼んでくれて、一向に構わないのだわ、あたし」
――。――。――。
『
……なんだか、大分退屈な日々を過ごしていた気がします。蒼さんと出会した時以降、はぐれ悪魔は数体倒しましたが、禍の団の襲撃は皆無、何日も目撃情報すらありませんでした。
まるで、この町が世界から切り離されていたように。
「治療のことを手当てって呼ぶ理由、小猫は知ってる?」
「……いえ、考えたこともありません」
「ウフフ。……こうやって手を当てるだけでも、なんとなく楽になる感じがしない?」
黄彩の寝室で、ベッドの上で、黄彩はわたしの背に両手を当てる。
揉み解すようなマッサージでもないのに、掌から、指先から、熱のようなものがじんわりと流れ込んできて、気が休まっていくのを感じる。
まさしく、手を当てる手当て。
「まあ、俗説だけどね。……でも、疲れた時ほど人肌が恋しくなっていくものらしいじゃん? 仙術の、生命力って言ったっけ、そんな感じのが満たされる感じ、しない?」
「仙術っていうか、民間療法みたいですね。……で、なんで今したんですか? 最近は暇なのでそんなに疲れてもいないんですけど」
「うにゃ、ボクが小猫とくっつきたかっただけだけど」
ウブなのに妙に積極的なヒロインですか……。
「言ってくれれば添い寝くらいしますよ」
「そーじゃなくて、そーじゃなくてぇ」
あーもう、黄彩ったらなんでこう、一々可愛いんですか!
「うぁっ、ちょ、こね……」
手で触れるだけなんて焦ったいです! 触るなら揉むくらいしてくださいよ! 抱きしめますよ!?
「背骨と肋骨がっ、メキョ、メキョってぇ」
「……あ。……すいません、力込めすぎました」
「うにゃぅ……、もう、小猫なんだからぁ」
いや、意味わかんないです。
そして黄彩の筋肉で首元に組み付かれても、マフラーよりも苦しくないですよ。腰に手を回して頭を撫でてあげる余裕すらあります。
ああーあ、あったかいです。ちょっと幸せですね。
「黄彩」
「ん、うにゃん?」
「黄彩はわたしの何処に惚れたんですか?」
ちょっとしたノリで聞いてみただけだけれど、もぞもぞと動いていた動きが止まった。
「……ウフフ。好きになるのに理由が必要?」
言いつつも、黄彩はわたしの
「……小猫はボクのどこが好きなの?」
「可愛いところです」
「それだけ?」
「まさか。好きなところを好きなだけ言ったらキリがないじゃないですか。……だから、今思ってることだけ」
「なら、ボクも一個だけ。……綺麗なところ」
「……自分で言うのもあれですけど、わたしは綺麗よりも可愛い寄りだと思います」
「別に、顔とか体の話じゃなくてね。……知ってる? 本当に美味しい出汁って、色も濁りもほとんど無いんだよ?」
「わたしは鰹節ですか」
「猫なら食べる方じゃないの? いや、そうじゃなくってね。だから、綺麗なんだよ。ビューティじゃなくてクリーンの方ね」
「純粋ってことですか? それなら、アーシア先輩の方がそうな気がしますけど」
「じゃなくて、だから、綺麗なんだってば。金髪の人が天然水なら小猫は濾過水。真っ白のキャンバスと白で塗りつぶしたキャンバスとじゃ全く別物でしょ?」
……アーシア先輩については、なんとなく言わんとすることはわかりますが、塗り潰された白?
「ボクもそういうところが無いでも無いから、だから同族嫌悪ならぬ、同族好良なのかな」
「私と黄彩が同族、ですか?」
「綺麗さって、後から作ったり出来たりするものだからね」
――。――。――。
『
「――そういうことなら、わたしを眷属にしたらいい」
――。――。――。
「うにゃ、別にいいけど」
――。――。――。
「大丈夫。安心して。私に戦闘力を授けられるものを、堕天使総督アザゼルから複数受け取っていることも、もちろん知っている」
――。――。――。
「えー。でもなぁ……」
「損はさせないと思うけれど。芸術家に殺人鬼に小説家。ネームパワー的には負けていないつもり」
――。――。――。
「貴方の望む小説を幾らでも書いてあげるわ」
「超採用!」
黄彩は女王の駒とペンダント型神器を、不可思議可思議に手渡した。
というかっ!
「いい加減に喋らせてくださいよ!」
なんですかっ! 『――。――。――。』って! 心の内まで言論統制ってどんな管理社会ですか!!
「いや、効きすぎでしょ。どんだけ私のファンなのよ」
言論統制というか、語り手統制が解けたのでようやっと言えますが、この人、不可思議可思議さんの異能と呼ぶべき力というか、術というかは、心の内にどれだけ不可思議可思議の小説が根付いているか、根付いていないか、それを自覚しているかどうかとか、色々な要因で効き目が変わって来るそうです。
それも、別に超能力的なものでは全くなく、ファンの有名人の前にいざ立ってみたら何も言えなくなる、みたいな現象、カリスマ性の最終形態のようなものらしいです。
「その通り。リアス・グレモリーに効いたのは私を全く知らなかったから。塔城小猫に効きすぎたのは私のファンすぎたから。有製黄彩に効かなかったのは、……なんで?」
「心に根付いたところで、ボクの心は超広いから」
「なら広いのではなく、深いというべきだろうね。二次元と三次元の違い」
語り忘れた……語れなかったので今語りますが、ここは放課後の教室。部活に向かおうとしたところで呼び止められて、芸術家と小説家の商談が始まりました。
小説家からは小説の挿絵に関する話で、芸術家からは合作の依頼でした。
挿絵の方は、京都への取材兼旅行で神社仏閣を見てそれから詳細を詰め込むということになりましたが、捩れに捩れたのは合作の方です。
基本的に金銭を一切受け取らない、小説家としてのスタンスが『文句があるなら金を払え。(ただし支払う窓口は穴一つも無い)』な不可思議可思議。
金銭に躊躇わない、芸術家としてのスタイルが『金で済むなら幾らでも出すし幾らでも受け取る』なシトリング・ラフィ。
この二人では話が一切噛み合わず、二転三転どころか、二万転三億転とてんてこ舞いに話が狂い、史実ではなく事実のところで話が進み、黄彩の眷属になるという話へとなりました。
女王の駒を受け取った不可思議可思議さんは、飲み込んだ巻解さんとは違い、おそらく普通に、胸から溶かし込むように眷属化し、神器を首に掛けました。
「我が主人」
「ウフフ、なぁに?」
「貴方の眷属、不可思議可思議よ。――黄彩」
「ボクは有製黄彩だよ。――可思議」
芸術家の下に、殺人鬼に並んで小説家が眷属となった。
首に掛かったペンダントは黄彩のものとは違い、赤色の宝石がついている。
「光る原石、タレントシグナルねぇ。――
――ペンダントの宝石が幾らか大きくなり、――乱れに乱れていた髪は枝毛一つも無く美しいものへと変わり、――死人のように虚だった目には僅かに光が灯る。
え、いきなりですか?
「……そんなポンポンできる物でしたっけ、禁手って」
「人の心をいい感じにぶっ壊すのが小説家だから。精神面に左右される神器と相性が良かったみたい」
神器の能力を駆使したのか、――自分の荷物を目の前の机まで浮遊させて着地した。
「まぁ、ベースはシトリング・ラフィと同じ
曰く、現実に筆を入れ現実を破壊する能力。だからこそ、
「クククッ。なるほど、これは殺人鬼が常に禁手化し続けるのもわかるね」
黄彩もそうですが、神器の使い方が便利グッズ扱いしますよね。……変態先輩のドレスブレイクよりマシですけど。
「木場裕斗だってケーキのために神器でナイフを作ったりしているのだから、私がトリートメント代わりに使っても問題はないはず」
「うにゃ、何それ羨ましい」
「というか、見た目に自覚はあるんですね」
流石に解説しなきゃいけない気がしたので、不可思議可思議ちゃんについて解説。
小説家、
駒王学園一年生、年齢不明、本名不明。
女性ではあるけれど、外見にはほとんど無頓着。
曰く、『髪は女の命』という言葉に反逆している。
横縞に染まった金と茶の髪は、気の迷いで雑に染めた物で、元は黒髪。伸びっぱなしで、黒髪時代のあだ名は『貞子』
自作のサイト、自作の小説の広告料だけで生活しており、つい最近、貯金を全額黄彩に支払った。
実は絵もそれなりに描け、挿絵も自前で書いたりもする。……けれど、それでも黄彩どころか本職にも全く敵わず、作品唯一の不評部分は挿絵の出来。
書いている小説のジャンルに限りは無く、恋愛にSFにHFにゲーム、ミステリー、サスペンス、戦記、官能、ライトノベル、etc……、に、二次創作までかなり幅広い。
黄彩から要望されているのはもちろん、小猫主人公の伝記。
本人が異能と自称する力は、地の分や台詞に横入りして意図しないことを思わせたり、言わせたり、黙らせたりできる技術。実際のところはカリスマ性や催眠術、読心術、エンパス体質なんかの融合究極形。効き目には個人差が多大にあり、黄彩に効きにくいのは似たものを同程度に持っているから。
書き換えられた部分には『――』が不自然に入り、その間に本人も違和感を感じはする。
神器は持っていなかったけれど、黄彩がアザゼルから幾つか受け取っていたらしい『
禁手――
黄彩の
『書物の国のルイス』のルイスは、不思議の国のアリス、鏡の国のアリスの作者、ルイス・キャロルの、ルイス。