悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 黄彩とよく一緒にいるようになって、幾つか気づいたことがある。

 まず、授業中よくサボっているけど、何処にいるのか。時々、粘土やペンキの臭いを微かにさせてたからなんとなく分かってはいたけど、黄彩は美術室に入り浸っているらしい。美術の授業で、初めて美術室使ったときに判明した。

 みんなが初めてキャンバスで絵を描いてるときに、黄彩一人だけが粘土を捏ねてて、先生はこわごわしながら授業をしていた。

 それと、黄彩は他人に興味無さそうな風をしているけど、気遣いをしないわけでは無いみたい。

 料理の上手い黄彩は、お菓子作りも出来るらしく、部活のみんなにシュークリームを振る舞ったりした。負けじと対抗して副部長がキッチンに駆け込んだりして、その日はスイーツパーティになり、旧校舎から体重計が撤去された。

 

 そんなことがあって、しばらく甘味は御役御免となり、煎餅を齧っていると。

 

「何度言ったら分かるの。あのシスターの救出は認められないわ」

 

 変態な先輩は、部長に叱られていた。

 

 先日、この変態な先輩はシスターと交友を持ち、そして契約の仕事先で、教会の人間に襲われた。眷属みんなで助けに行って、その時は助けられた。それでシスターとの関係は終わったかと思われていたけれど、その後も交流があって、デートの最中にシスターは堕天使に拐われたらしい。その堕天使が、変態な先輩を殺した堕天使とのことだから、きっとこの先輩は変な運命に呪われている。

 

 説教は段々と過激になっていき、二人とも顔を真っ赤に怒らせていた。

 

「なら、俺一人でも行きます」

 

「行けば確実に殺されるわ。それにあなたの行動が私や他の部員にも多大な影響を及ぼすのよ!」

 

「なら俺を眷属から外して下さい」

 

「そんなことできるわけないでしょう!」

 

「俺はアーシアと友達になりました。友達は見捨てられません!!」

 

 なるほど、ただ変態なだけの先輩では無いらしい。変態な上に先輩で、その上に熱血漢。つくづく、隣に座り緑茶で舌を火傷させているクラスメイトとは対極的だ。

 

 ついに変態で熱血漢な先輩に、部長はビンタしようとしたとき。副部長が耳打ちして、振り上げた腕を降ろした。

 

「大事な用事が出来たわ。私と朱乃はこれから少し外にでる」

 

「っ! 部長まだ話は終わって――

 

 先輩の話しを遮るように、部長が言葉を被せる。

 

「イッセーに話すことがあるわ。――あなたは兵士(ポーン)の駒を一番弱いと思っているわよね?」

 

 その言葉に、先輩は黙って頷く。

 

 部長は、兵士の駒だけの特製、プロモーションについて説明する。それは、(キング)以外の全てになれるという、実際にチェスをしているとよく忘れる特性。――忘れるというのはプロモーションしたのを忘れるという意味ではなく、どの駒にプロモーションしたのか忘れるという意味で。

 

 説明を終えると、部長は副部長を連れて何処かへ去っていった。

 どうしても行く気らしい変態熱血先輩を見かねてか、木場先輩は「僕も行く」と、言い出した。紳士然としてる人だけど、あれで神父嫌いな人だ。当然同情や感動もあったのだろうけど、恨みが後押ししてるのが私には分かった。……分かってしまった。

 

「……私も行きます」

 

「なっ!? 小猫ちゃん!?」

 

 この場で行かないという選択肢は、私には与えられもしていなかった。

 

「じゃあ、ボクも行かなきゃね」

 

 でもまさか、黄彩まで来るのは想定外。先輩達が死のうとどうでも良いと言いそうなのに。

 すっかり冷め切った緑茶を飲み干して、ソファを立ち、「でもその前にトイレ行かせて」と言った。別に怒ったり、感動した感じには見えない。木場先輩が、「人間なんだし無理に来る必要はない」と言うも、トイレに向かう黄彩は振り返る。

 

「小猫が行くなら、ボクも行きたい」

 

「っいま! 私のこと、名前で?」

 

 最近よく一緒にいるけど、黄彩はいつも私のことを「猫っぽい人」と呼んでいた。他の人にも、名前ではなく属性を読むような呼び方をしている。そんな黄彩が、私を名前で呼んだ。

 

「にゃー、だって、小猫なんでしょ? なら小猫だもん」

 

 黄彩には申し訳ないけれど、意味がわからない。先輩達も、「……木場、あれどう言う意味だ?」「さ、さあ。僕にもわからないな」なんてやりとりをしている。

 

「……黄彩が戻ったらすぐ出ますよ。そのシスターさんだって、助けるなら早い方が良いでしょうし」

 

 

 そう時間はかからずに、黄彩は帰ってきた。

 

「じゃ、行こっか。悪魔の英雄譚っていうのも、それはそれでロマンのあるファンタジーだよね」

 

 なんとも楽しそうに、「ウフフ」なんて、高貴な笑い方をしながら戻ってきた黄彩と共に、私たちはシスター救出へと向かった。

 

 

 

 教会に入り、真っ先に出迎えたのは、右手に光剣、左手に銃を持った、白髪の狂信者にして悪魔祓い。黄彩を尻目に、白髪の男は狂った人しかいないのかと思ってしまう。 

 私たちを悪魔と見るや、フリード・セルゼンと名乗った下品な言動の目立つ男は、真っ先に人間の黄彩に襲いかかった。

 

「悪魔に腰振る悪い子ちゃんはお仕置きよぉ!!」

 

 発砲しながら斬りかかる。――が、木場先輩の神器、魔剣創造(ソードバース)で特殊能力の持った剣を作り出し、黄彩に美しく無いと文句を言われながら、フリードの攻撃を抑える。

 その隙に、手近にあった長椅子を投げつける。

 

「作品No.78――悪厄令刀」

 

 私の投げつけた椅子に、黄彩が工作を施し、巨大で鋭利な刃を持つ木刀となる。

 

「ウッソーン!? ――なんて」

 

 巨大だろうと、鋭利だろうと、所詮は木製。強烈な光を放つ剣に焼き切られてしまう。

 

「アヒャヒャヒャヒャッ!! 流石悪魔だクソみてぇに汚ねぇ手ぇしてやがる!!」

 

「ウフフフフフ。次は殺すよ。ちゃんと殺す。綺麗に殺す。美しく殺す。――作品No.79――薔薇畑」

 

「アァン? ――! ッチ、クソがぁ!!」

 

 周りに転がされていた、私が次に投げようと思っていた家具達が何かに削られ、木製のナイフになって飛来する。顔面目掛けて、血飛沫の花弁を咲かせようと飛んでいく。

 しかし、フリードの足や腕には刺さるものの、片手の剣ではらい飛ばしながら、懐から何かを取り出す。

 

「悪魔にも人間にも、殺されるのはマジ勘弁なのよねぇ!? ――ってわけで、はいっチャラばっ!」

 

 と、最後までふざけた態度のまま、閃光弾を叩きつけた。あれだけ負傷して動けるのも驚いたが、何よりも夜のこの暗い時の不意を打つ閃光は、眩んでいるうちに私や黄彩の目をも掻い潜るほどに強烈だった。

 

「……行っちゃった。芸術的に死ぬチャンスだったのに」

 

「有製が人間って、マジ?」

 

 突然に突然が重なり、全く動けなかった変態な先輩が、呆然としながらそんなことを言っていた。

 黄彩は作品が完成しなかったことに気落ちしていて、飛ぶだけ飛んで刺さりもしなかったナイフを粉々にして遊び始めた。

 

「……先は地下にあるみたいです。行きましょう。ほら、黄彩」

 

 黄彩が何もかもナイフにしてしまったおかげで、隠れていた地下への階段が全く隠れられずにいた。大勢の人の気配がするし、この先で間違いないでしょう。

 

「うにゃ〜……、うな〜……」

 

 ……完全にやる気が消え失せていらっしゃる、この国宝様。

 

「アハハ、まぁ、これが終わったら甘いものでも食べに行こうか」

 

「んにゅ、……ん」

 

 流石イケメンなだけの事はある、木場先輩。お菓子で完璧に釣り上げてしまった。

 

 私が黄彩を背負い、階段を降りていけば、居るわ居るわ、悪魔祓いの群れ。剣山の針のように並んで密集している神父達が、私たちに敵意を向けていた。その奥に見えるのは、一人の女性堕天使と、十字架に磔にされた金髪のシスター。ここからでも一目で分かる、美少女だった。この変態な先輩が燃えるのも、わからないでは無い。

 

「僕と小猫ちゃんで道を切り開こう。兵藤君は速攻で突破して、彼女を救出してくるんだ」

 

「お、おう!! やってやる!」

 

「有製君は僕たちからあまり離れないようにね。強いのは分かっているけど、……万が一にも人質になられたら面倒だ」

 

「ウフフ、ボクの目はゴミ箱の底にだって届くんだよ。どこにいたって変わらないね」

 

「ゴミ箱の底まで警戒する必要は流石に無いと思います」

 

 軽口を叩きつつ、変態な先輩が神器を左手に纏うのを確認すると、私たちは仕掛けはしめた。

 私と木場先輩が先導して、変態な先輩を向こう側まで連れて行く。黄彩は何をしだすか分からないけれど、為すように為れ。どうせ私と木場先輩だけで過剰戦力なのだから。

 

 半ばぐらいまで来たところで、私に背負われていた黄彩は口を開いた。

 

「作品No.73――媚術館」

 

 石の床が何本もの柱状に突き上がり、真上にいた悪魔祓いが天井に打ち付けられて落下してくる。飛ばなかった者も大勢いたが、上から落ちてくる同僚に邪魔され、攻撃の手を収める他無くなり、大きな隙が生まれた。

 それだけで良かったのに、なぜかその柱は変態な先輩の好みに合いそうな、凹凸の激しい裸の女性の彫像になって鎮座している。裸婦像という物なのだろうが、この状況で作る物なのだろうか。

 

「ふっ、ふふ不潔なっ!!」

「忌々しい異教徒めっ!! 貴様に恥じらいというものはないのかっ!」

「悪魔に魂を売った愚か者めっ!!」

 

 ……効果は的面らしい。仮にも聖職者であるおじいちゃん達が、顔を真っ赤にしながら黄彩に怒鳴り散らかしている。確かに、女子である私から見ても魅力的な女性の像だ。こんな状況でもなければ、例えば美術館で見てしまったら、見惚れて立ち止まってしまうと思う。

 

「ウヒョーおっぱい!!」

 

「兵藤君!? この隙に急ぐんだ!!」

 

 文字通り岩石の女に飛びつこうとした変態を、木場先輩が襟を掴む事で捕らえ、前方へと丁寧に投げ飛ばした。……うっかり死なないかな、あの変態。

 

「作品No.73再利用(リユース)――裸娼悶(らしょうもん)

 

 真っ赤な悪魔祓い達が壊そうとしていた彫像が、黄彩の言葉と共に動き出した。土台が床から切り離され、まるでボードゲームの駒のように。倒れたり、回転したり、加速したりして彫像は薙ぎ払い、ついに怒りと敵意と本業を思い出した悪魔祓い達は、哀れ、円形に並んだ彫像に押し潰されて行く。骨が砕ける音が鳴ろうと、剣が同僚の腹に刺さろうと、銃が暴発して同僚の足を撃ち抜こうと、裸婦像達の圧縮は止まらず、隣同士が混ざり合って数を減らし、高さを増やして行く。

 

「これは……、流石に……」

 

 巨大な裸婦像四体に囲まれ、隙間から血や肉がこぼれ落ちて来る。今尚断末魔と悲鳴の鳴り止まぬ肉の柱に、神父嫌いな木場先輩も、自分の持つ魔剣に染み付いた血を忘れて顔を青くする。かくいう私も、心中穏やかではなく、背に伝わってくる暖かさが氷のように冷たいものに感じた。

 

「ウフフ。綺麗ではないし、可愛くもないし、美しくもないけど、これはこれで芸術的かな」

 

 冗談じゃないし、冗談ではない。気を抜けば呼吸が浅くなりそうなほどに壮絶すぎる光景だし、アレを見て笑ってる黄彩の言葉に嘘の色はない。

 

 次第に叫び声が聞こえなくなってくると、私の精神も落ち着き、変態な先輩の戦闘に意識が向いた。

 

「吹っ飛べクソ天使!!!」

 

「おのれぇ! 下級悪魔がぁー!」

 

 自分が殺された恨みと、少女を助けることのできなかった己への怒り、殺した堕天使への憎悪を乗せた、悪魔らしい拳の一撃で、堕天使は壁を砕き抜いて飛んでいった。

 嗚呼、なんと主人公。黄彩が言った通りの英雄譚になってしまった。

 

「ざまーみろ」

 

 と、涙は枯れて、代わりと言わんばかりに笑いながら、その場に倒れ込もうとしていた。

 

「アーシア……」

 

 木場先輩が飛び出し、()()先輩を抱きとめた。

 

「お疲れ。まさか、堕天使を倒しちゃうなんてね」

 

「おせぇよ、色男」

 

「ふふふ、悪いね」

 

 木場先輩が悪魔らしい笑みを浮かべていると、黄彩が「ん……」と、背後に振り返った。私もつられて振り向くと、黄彩の作り出したオブジェに苦笑いを浮かべている部長と、さっき兵藤先輩が殴り飛ばした堕天使を引き摺る副部長がいた。

 

「よくやったわ、イッセー」

 

 赤い髪を揺らして微笑む部長に、今にも倒れそうな様子の兵藤先輩が笑いながら、勝利したことを伝える。

 

 それから、部長が堕天使レイナーレを完全に消滅させて殺し、ついでに何回かに分けてオブジェも消滅させた。

 それと、神器を強引に奪われて死亡したシスター、アーシア・アルジェントは、グレモリー眷属の僧侶として転生することになった。ハッピーエンド。めでたしめでたし。黄彩の言った通り、兵藤先輩は悪魔のみでありながら、一人の少女の英雄になった。

 

「……イッセーさん?」

 

「帰ろう、アーシア」

 

 笑いながら言った兵藤先輩の手をとって、シスターも微笑み返す。

 

「ウフフフ。うん、満足満足。お腹いっぱい。いいもの見ちゃったね」

 

 ついでに、私の背中で黄彩も満足気に笑った。

 

 

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