悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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第五章 美術館の婚約者
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 滅茶苦茶に破茶滅茶だった京都旅行から駒王町に帰ってきた私たちに待ち受けていたのは、突如私のクラスに編入してきたという、フェニックス家の御令嬢、レイヴェル・フェニックス。

 

「あの、その……、お久しぶりですわね、黄彩様」

 

「うにゃ? ……んんん???」

 

 側から見れば、口調はともかく状況は普通に知り合いへの挨拶だったけれど、黄彩はレイヴェルの顔を見て目を丸くして、巻解さんみたいな球体関節なんじゃと思うくらい首を傾げている。

 

「……、ああっ、ゾンビ?」

 

「フェニックスですわ!!」

 

 ライザー・フェニックスとの一件の時には、ライザーの眷属だったレイヴェルは黄彩に殺されている。爪先から頭頂まで、黒ひげ危機一髪よりも満遍なく剣に貫かれて。

 黄彩はそんな殺し方をした相手が、後遺症なく生きて目の前に立っているのが心底不思議だったらしいです。

 

「ん、そう。……何色が好き?」

 

「え、急になんですの?」

 

 黄彩はタブレットを取り出し、いつも絵を描くのに使うアプリを起動させる。

 

「ボクが殺した人が生き返って目の前に来たのは初めてだから。気に入ったから絵、描いてあげる。自分を動物に例えるなら何?」

 

「鳥以外で答えられるわけないでしょう? あと質問が変わっていますわ……」

 

「仲が悪いことを犬猿の仲って言うけど、猫と不仲なときはなんだろ、……窮鼠猫を嚙む?」

 

「私をネズミと言いたいんですの!?」

 

 黄彩から見て、私とレイヴェルはそう見えてるんでしょうね。犬猿の仲と言うより、窮鼠が猫を嚙むように見えている。私が猫で、レイヴェルが窮鼠。

 

「窮鼠って、逃げ惑って追い詰められて絶体絶命状態の鼠という意味よ」

 

 図書室で本を借りて戻って来た可思議さんが、私たちに呆れた目を向けながら会話に入って来た。

 

「つまりあなたのことね」

 

 なるほど確かに。黄彩との戦いの時、ライザーの眷属で逃げる選択肢を選んだのはレイヴェルだけ。逃げて、追い詰められて、噛む間も無く殺された。

 

「いきなり現れて、な、なんですの、貴女?」

 

「不可思議可思議。黄彩の眷属で小説家よ」

 

「……奇妙な名前ですわね」

 

「ペンネームよ。それに、フェニックスが本名のあなたにだけは言われたくないわね」

 

「それ、私たち世代の悪魔を全員敵に回しますわよ」

 

「今更ね。私と同じ眷属の中には悪魔を殺しまくった殺人鬼と悪魔を食いまくった殺人鬼がいるわ」

 

 黄彩の眷属といえば、海胆岬さん。海胆岬ほろりさんは、黄彩の眷属になったのを期に、駒王町に支店を作るそうです。京都の本店の方はしばらく休業、早くても黄彩が卒業するまでは戻らないそうです。

 

「……こちらへ来る前に噂は聞きましたが、何をしたらそんなことになりますの?」

 

「そんなことよりも、よ。黄彩、挿絵の件で話があるわ」

 

 可思議さんはレイヴェルを無視して、黄彩のタブレットにスマホからメールを送信した。

 

「うにゃ? 京都の小説のやつは全部送ったよ?」

 

「あれは最高の出来だったわ、ありがとう。でもその話じゃないわ」

 

「うにゃん?」

 

 黄彩は送られたメールに添付されたファイルを開く。それは文書ファイルで、見るまでもなく、可思議さんが書いたのだからそれは、小説。

 

「んー、依頼の追加?」

 

 可思議さんは自作の小説の幾つかで、黄彩に挿絵の依頼を出している。依頼料は貯金全額。数百億という途方もない、黄彩から見れば端た金額。

 

「それとキャンセル。書いてもらった分は受け取るけれど、それ以外は全てキャンセルするわ。そして全て、今送った小説の絵を書いて頂戴。数も質も任せるけれど、その小説はまだ書き途中だけど、それを私の最高傑作にして欲しい。足りないなら追加で幾らでも払うわ」

 

 まだ未公開の小説を、黄彩は読み進める。読み始めこそ一文字一文字じっくりと見ていたけど、だんだんとスクロールする指はペースを速めて、五分としない内に読み終えて画面から顔をあげた。

 顔を首元あたりまでほのかに赤らめながら、可思議さんの方を微笑みながら見つめる。

 

「ウフフフッ、これなに、ラブレターのつもり?」

 

「そんなところよ。何も知らない龍神様をナンパするの」

 

 可思議さんは冗談めかして言うと、黄彩はさらに笑う。

 

「フフフッ、フフッ。……うん、分かった。最高傑作ね、最高傑作。いいよ、わかった」

 

「失敗作に終わったら、ぶっ殺すから」

 

「いいよ。殺されてあげる」

 

 ……黄彩の眷属って、誰も彼も物騒極まりないですよね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 放課後。旧校舎の部室で、私たちは文化祭の準備です。

 オカルト研究部の出し物は『オカルトの館』――お化け屋敷、占い、喫茶店、オカルト研究報告。旧校舎全体を利用して、やりたいことは全てやろうと、みんなで出し合った案を全て採用したものです。それだからこそ、準備の量は途方もなく膨大で、部長は魔力以外にも、黄彩の神器も活用するつもりだったようだけれど、黄彩がそう都合よく動いてくれるわけもなく。

 

「……ねぇ、黄彩。作業を手伝って欲しいのだけど」

 

「してるよー。絵、書いてるじゃん」

 

「あなた美術部じゃ無いでしょう。うちで展覧会はやらないはずよ」

 

 可思議さんの依頼を聞いてから、黄彩はずっと絵を描き続けている。授業中も、昼休みも、聞く耳持たずにタブレットを突き続けている。

 

「ウフフ。ボクに力仕事はできないよ。単位がキログラムになるようなものは持てないからね」

 

「……何のための神器よ」

 

「ボクのための便利アイテムだよ」

 

 ……部長、これは分が悪いですよ。

 

「それにどうせ、ママが来るなら他所のクオリティなんてみんなどうでも良くなるもん」

 

 そういえば……。

 

「そういえば黄彩、蒼さんが帰ってくるのって今日でしたよね」

 

「うにゃ、そうだよー。……そうじゃん!!」

 

 黄彩、渾身の大声はしっかりと録音しましたよ。

 

「ボク行くね! 小猫も付き合って!」

 

「はい?」

 

 慌てた様子で走り出しましたが、所詮は黄彩です。いくら100m走れるようになったところで、お昼も食べずに描き続けていた体ですから、扉までたどり着く前に体力が尽き、地に手を付けました。

 脇に手を入れて抱き上げて、休憩ように用意していた飲み物を飲ませる。

 

「黄彩、どうしたんですか」

 

「ママの分のご飯の材料、買ってなかった……」

 

 滅茶苦茶しょうもない理由じゃ無いですか……。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 結局私たちは文化祭準備を抜け出し、いつかのように道徳的な龍に乗ってスーパーで買い物して帰って来ました。

 

「お帰りなさい、黄彩。小猫ちゃん。道徳的な龍も久しぶりだわ、あたし」

 

 玄関を超えた先には、蒼さんが妖精を侍らせて仁王立ちしていました。

 

「えっと、お邪魔します」

 

「ただいまでいいのよ、あたし。黄彩の恋人なんでしょう? なら家族みたいなものだわ」

 

 うわ、キュンときた。……流石、有製の血筋ですね。

 

「うにゃ。ご飯作るから、ママは休んでて」

 

 黄彩は道徳的な龍に荷物を中に運ばせて、キッチンへと向かっていく。

 

「あ、それならお風呂入りろっ! 小猫ちゃんと一緒に入りたいわ、あたし!」

 

「え?」

 

 私の両腕を妖精が掴み、軽々と持ち上げてしまう。

 

「え?」

 

 戦車の力をフルに使っても、妖精の腕はピクリとも緩まない。

 

「ははは。無理に暴れると怪我するよー」

 

「誰ですか!?」

 

 廊下を連れられていると、見たことのない男性とすれ違った。黄色い髪の、黄彩と同じペンダント――神器(セイクリッド・ギア)を首にかけた、おじさんともおにいさんとも呼びづらい外見の方。

 

(あかり)くーん、着替えおねがーい!」

 

「はいはーい。小猫ちゃんもゆっくりねー」

 

 ……もしかして、黄彩のお父さん?

 

 

 

 脱衣室で為す術なく脱がされ、放り込むように湯船へと並んで浸かる。

 

「あの……、さっきの人って、黄彩のお父さんですか?」

 

「そーよー。そして夫よ、あたしの。可愛いかったでしょ」

 

「……逆じゃ無いですか?」

 

「若い頃の燈くんって、黄彩そっくりだったのよねぇ」

 

 なにそれ絶対可愛い。蒼さんも人形みたいに可愛いし、どんな美男美女カップルですか。

 

「小猫ちゃんも可愛いと思うわ、あたし」

 

「……ありがとうございます」

 

 可愛さがインフレして、自分の性別がわからなくなって来ました……。

 

「知ってるかしら、小猫ちゃん。女の子って好きな男子以外は女子の方が好きなものなのよ、みんな」

 

「……蒼さんは妖怪覚か小説家ですか」

 

「ワイヤーアクションは少女の嗜み。ワイヤーさえあれば心だって掴むのよ」

 

「それ、ラスボスのセリフですよ」

 

「恋愛のラスボスは相手の両親よ、小猫ちゃん」

 

 ……そうですね。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

「改めて初めまして、塔城小猫ちゃん。僕は有製(あかり)、黄彩の父親だよ」

 

 普通の人だ……。

 黄彩みたいにショタじゃない、普通に優しそうな男性。黄彩のお父さんだというのが信じられないくらい、普通じゃないところが黄色の髪くらいしかない。

 

「話は妻から聞いていたよ。黄彩の恋人なんだって?」

 

「あ、はい」

 

 お風呂から上がったら、テーブルに料理が並んでいた。唐揚げ、コロッケ、サラダ、味噌汁、白米。なんとなく、普通の夕食って感じがした。

 

「『息子は貴様なんかにやるものか』って言うのが、恋人が出来たって聞いた時から楽しみだったんだけど、……予想以上にいい子そうでちょっと残念だな、あはは」

 

「なんか、ごめんなさい?」

 

「いや、構わないさ。妻と息子がこんなだと、どうしても劇的な夢を見てしまってね」

 

「じゃあ燈くんに代わって言っちゃおうかしら、あたし!」

 

 ……え、蒼さん?

 

「『あんたに息子を任せることはできないわ!』……ごめんねっ! 冗談だからね!? 黄彩のことは任せるのだわ、あたし!」

 

 …………びっくりした。

 流石、人形劇のプロフェッショナル。……ほんとに土下座したくなりました。

 

「……ママ。本気で言ってたら殺すよ」

 

「あらやだ、反抗期?」

 

「うにゃ? 反抗期は、えーっと、……クソババアとかって呼んだ方がいい?」

 

「それを聞いちゃダメでしょ、あたしに」

 

 黄彩も蒼さんも、なんか全力全開ですね。

 

「あっはは。ごめんね、騒がしい家で」

 

「いえ。……失礼かもしれませんが、お父さん、えっと、燈さんは普通ですよね。ぶっちゃけ、なんで結婚したんですか」

 

「お父さんと呼んでくれて構わないよ。……ほら、可愛いだろ? 僕の妻、蒼ちゃん」

 

「黄彩も可愛いです」

 

 

 燈さんと私こそ、なんとなくだけど似ているかもしれない。普通でありながら異界に飛び込んで、異常を求める。――普通ゆえの、異常性。私が少なからず自覚し始めている、言うなれば、対異常体質。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

 

 夕食を終え、燈さんが強引に黄彩をお風呂に連れて行った後のこと。

 四人リビングで寛いでいたのだけれど。

 

「……で、パパはなんで帰って来たの?」

 

「黄彩? ここ、一応僕の家だよね? 僕の帰る家だよね? ……いやまぁ、黄彩と小猫ちゃんに話さなきゃいけないことが出来たから急いで帰って来たんだけどね」

 

「帰って来たら燈くんがいるんだもの。びっくりしたわ、あたし」

 

 燈さんと蒼さんが一緒にここにいるのは、単なる偶然。タイミングの重なりでしかなかった。

 

「っていうか、黄彩だけじゃなくて、私にも話ですか?」

 

「黄彩に向けた話なんだけど、小猫ちゃんに聞かせないわけにはいかない話だからね。……ぶっちゃけ、婚約者」

 

「「「は?」」」

 

 私と黄彩と蒼さんの声が、一切のズレもなく重なった。

 

 ……って、え? 婚約者? 黄彩に? それって、ライザー的な意味の、婚約者? 私がいるのに?

 

「僕の実家の、まぁややこしい事情と嬉しい事情が変に化学反応起こしてね。小猫ちゃんのことを伝えたら、重婚か、最悪愛人でもいいから黄彩と一緒に居たいって聞かなくてね」

 

「パパの実家って、……うにゃ、なに、名家かなんかだったの?」

 

「なんで黄彩が知らないんですか……」

 

 というか、重婚か愛人でもいいって、その人に何があったのかの方が心配になって来ましたよ。

 

「名家っていうか、まぁ代々彫像家やってるだけで大した家でも無いんだけどね」

 

「……大きい家じゃないけど、いろんな名家に彫像家として重宝されてる家なのよね、たしか」

 

 蒼さんが思い返すように言うと、燈さんは頷く。

 

「あたしの実家もそのいろんな名家の一つなのよね。家出中だけど、あたし」

 

「あはは、それも現在進行形でね」

 

 なにやってんですか。

 

「で、パパ。その婚約者って誰? ボク会ったことある?」

 

「あっても覚えてないだろ。……まぁ、会ってないと思うよ」

 

「名前は?」

 

真紗(ましゃ) 琴葉(ことのは)ちゃん。歳は黄彩の一個下ね」

 

「……誰?」

 

「だから会ってないってば。文化祭の時に会いに来るってさ」

 

 黄彩は興味なさそうに空返事をしながらソファを立った。

 

「疲れた。寝る」

 

 うわぁ、面倒事が降って来て不貞寝する目ですね、あれ。

 

「えっと、じゃあ私もそろそろ寝ますね。おやすみです」

 

「部屋の防音は完璧だから気にしなくていいのだわ」

 

「蒼ちゃんったら……。まぁ、遠慮はしなくていいからね。おやすみ」

 

 

 ……燈さん、ほんとすっごい良い人ですね。

 今日は黄彩と一緒に寝ましょう。

 

 

 

 閑話休題。

 

 

「……黄彩」

 

「……んにゃ、なに?」

 

「私から離れていったり、……しませんよね?」

 

 みんなそんなに気にして無さそうだったけれど、急に現れた婚約者という存在は、あまりにも鋭利すぎた。

 

「ボクは小猫が大好きだし、どっか行くなら一緒に行くよ?」

 

「……そういうんじゃないです」

 

「うにゃん?」

 

「……もし、ですけど。あらゆる全てが私より好条件の女の子がいたら、私とどっちを選びますか」

 

「え、流石にその時はそっちの子を選ぶと思うよ?」

 

 ……それを言っちゃえるって、凄いけど彼女として複雑ですね。

 

「……私は黄彩より可愛い男がいても、黄彩を選びますよ」

 

「小猫、大事な選択を間違えちゃダメだよ?」

 

「……なんで今言うんですか」

 

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