黄彩を名乗る少女は、その美しく可愛らしい身体を、完成していると語ったけれど、それは本当らしい。
レーティングゲームに参加できないにも関わらず修行に参加した彼女は、全力の私の攻撃を正面から抑え、私の胸や尻に触れてくる。
「ウフフフフ。ほら、もっと強くおいで? それとももっと煽らないと、壊す気にはなれないかな?」
悔しいけれど、今こうして話しかけることすら憚られる美少女を全力で殴りにいけるのは、彼女が私にセクハラをして怒らせてくるから。言われずとも殺す気で殴っているつもりだけれど、彼女はそれ以上を求めてくる。
「相手は殺しても死なない不死鳥なんでしょう? ならほら、心と心臓を破壊して、脳と頭脳を破壊して、脚と足を破壊して、手と手段を破壊しないと。――大好きなリアスお姉ちゃんが、色濡れの不死鳥に取られちゃうぜ?」
「死ね」
言動の一つ一つが、私の筋肉の一筋一筋を刺激して、拳を握る手に力が籠る。指先まで血が回っていなくて冷えていることを、妙に冷静な脳が騒ぎ立てる。
「おっと、惜しい惜しい」
右手を左手でつかまれたけれど、勢い余って彼女の背後にあった木に当たった。止められはしなかったけれど、掴まれても止まらなかっただけ、マシなのかもしれない。
「やりすぎると逆効果なんだろうけど、まぁ大丈夫でしょ」
彼女は掴んだ腕を離さず、右手で私の拳を強引に解き、胸に押し当てた。柔らかくも張りのある感触がする。と、同時に彼女は私の胸を揉んでくる。修行が始まってから何度もされているし、いい加減慣れたものだけれど、今回の煽りは今までとは一味違った。
「やっぱり小猫ちゃんのおっぱい、ボクよりちっちゃいねっ!」
「……何でそう的確に人を怒らせることを言えるんですか。死んでください」
左手で殴るより蹴ったほうがいいと判断して、彼女の鳩尾に蹴りを入れた。一般人どころかそこらの悪魔相手でも、骨も内臓も砕けるはずの威力は出たと思うけれど、彼女は痛がるそぶりも見せず、靴裏から付いた土を払っている。
「ウフフフフ。うん、今のは良かったよ。ほら、もっと……、ちぇ、来ちゃったか」
もっと――なんて言おうとしたのか。その言葉は、各所を巡って修行を受けている兵藤先輩が来たことで遮られた。
「あーあ。ほんと、あーあ、だよ。変態がいたんじゃ、あれ以上のことは出来ないしねぇ」
「あれ以上をするつもりだったんですか!?」
胸を揉まれたり揉まされたり、それ以上のことをするつもりだったらしい。何をしていたのか知らない兵藤先輩が困惑しているのを無視して、彼女はそこから去っていく。
「ボクはともかくボクは変態のこと嫌いだからさ、他の人のところに行ってるよ」
「え、あ、はい」
「えっと、修行してたん、だよな?」
「……覚悟してください、変態先輩」
「なんで俺、後輩二人にそこまで変態言われてるんだ!?」
私のところを離れた彼女は、副部長のところにいたらしい。
魔力の才能があったアーシア先輩がそこで教わっていて、そこに彼女は乱入した。
「あらあら、黄彩ちゃん。どうされました?」
「んー? いや、ちょっと暇になってね。二人は何してるの?」
「魔力を扱う修行ですわ。黄彩ちゃんもやってみます?」
副部長は、グレモリー眷属で一番早くに女体化したらしい黄彩を受け入れた人で、特に見惚れもせずに接していた。
「ふぅん、魔力ねぇ……」
彼女は黄彩と同じ、黄色い宝石の付いたネックレスを出しながら、アーシア先輩の修行を見つめて、ため息をつく。
「ダメだね。ボクの神器とそういうオカルトっぽいのは相性悪いみたい」
と、言っていたらしい。やることなすこと魔法みたいな神器なのに、とは思ったけれど、黄彩の神器は、あくまでも制作工程を省略するだけの神器。扱うエネルギーが魔力では無いらしい。
アーシア先輩への手本として、副部長がペットボトルの中の水を操って破裂させるのを見せる。
「あ、そういうのなら得意だよ」
彼女はそう言いながら、どうやっているのかペットボトルを浮き上がらせ、「圧縮加工」と呟くと、爆発のような音を山に轟かせ、破裂したペットボトルだったものはプラスチックの球体になった。
しばらく経ち、兵藤先輩が私のところから居なくなったタイミングを見計らって彼女は戻ってきた。
「やっ。お待たせ」
「別に、待ってないです」
「甘ったるいクッキーと紅茶持ってきたから休憩しよ〜」
正々堂々と戦っても勝ち目はないことは分かっていたから、先手必勝、顔面目掛けて速攻殴りました。けれど、勢いそのままに、片手で腕を掴まれ、流されるように木陰に座らされてしまう。されるがままに紙コップを持たされ、猫舌でも火傷しない程度に冷めた紅茶が注がれる。紙皿にクッキーを並べると、彼女は私の隣に座った。僅か数秒の速技でした。
「……黄彩はどうしたんですか」
何を言おうか迷って出た言葉は、そんなものだった。彼女は黄彩と同じように「ウフフ」と笑いながら答える。
「小猫ちゃんが気にしてる方のボクなら今は休憩中だね。スリープモード。山なんて滅多に来ないから、情報量の多さに、ボクほどじゃないボクの脳じゃ処理しきれなかったんだね」
……山に来ただけで、情報を処理しきれなかった? いや、そんな低スペックなPCじゃあるまいし、……。こうして見ると、私はまだまだ黄彩のことを知らない。思えば、黄彩の作品だって黄彩がその場で作ったもの以外見ていない。
「ボクの五感は他人よりずっと優れててね。ほら、アーシアちゃん助けに行った時、ボクが『ボクの目はゴミ箱の底にも届く』って言ってたでしょ?」
言っていた、ような気がする。正直、状況が状況だったからあまり覚えていない。
「あれ、比喩でもなんでもなく文字通りの意味でね。物を三次元的に見える、……って言ってもよくわかんないよね」
全くわからない。それは、普通のことだと思うけれど、言い分からしてそうではないと思う。
「感覚的には、そう、コインの表と裏を同時に見ているような感じ。後ろの木の後ろも、離れたところで修行してるみんなも、もちろん小猫ちゃんの服の裏側も、服の中だって、ボク達には手に取るように、目に映るように見えてる」
それは、それはまるで――千里眼――万物を見通すと言われる超能力のような能力。
「オープンワールド形式のゲームの、『ワールド読み込み』みたいなものでね。急に全く違うところに来たら、そりゃ読み込みが重くもなるよ」
「……贅沢な悩みですね」
「悩みってほどでもないよ。アイマスクに耳栓でもすれば幾らかマシになるしね。解像度を落として描写範囲を狭くする感じ」
黄彩のそれは、一人一人が特殊な力を持つグレモリー眷属で唯一特殊性の欠ける私からしてみれば、やはり贅沢に思えた。
「ウフフ。一つ自慢するなら、ボクの神器は正確に認識出来る範囲にだけ発動できる。ボクが絵本の魔法使いみたいに色々できるのは、そういう秘密があったんだ」
それが本当なら、本当にベストマッチにも程がある。逆に考えれば、私みたいな普通にしか見えない人に同じ神器が宿っても、まともに機能しないんじゃないだろうか。……あんなに強力なのに部長が知らなかった理由が分かった気がする。
「……で、なんでそれを私に話してくれたんですか」
「うにゃん? だって、これくらい大事っぽい話じゃないと、小猫ちゃんったら休憩に付き合ってくれないでしょ?」
……事実、聞き入って修行を中断してしまっていた。
「あとなんか隠してる、というか収めてるナニカを教えてくれないかな、なんて期待もあったり。ウフフ、あれでボクったら、小猫ちゃんのこと大好きなんだぜ? 愛しちゃってるんだぜ?」
「はっ、はっ!?」
いやいやいやいや、まさかまさかまさかまさか、黄彩が? この私を?
「ウフフフフフ。ボクったらボクだからね。友達すらまともにいたことないし、その辺の距離感が曖昧なんだよ」
「…………冗談はやめてください」
「ウフフ、まぁ、そういうことにしておくよ。まぁそのうちボクの方から告りにいくと思うから、覚悟しておいてね」
「……どんな脅しですか」
「忠告だよ。……予告かな」
結局冗談だったのか、本気なのか。そもそも、この黄彩といつもの黄彩が全くの同一で記憶も共有しているのかも怪しいところ。
「さ、休憩はこの辺にしておいて、夕飯を食べるためにお腹空かそうか。ボクが作るから、味は期待してくれて構わないよ」
そう言われたら、妙に甘いクッキーを食べたせいか満腹感が湧いてきた。
部長に呼ばれるまで修行が続き、しっかりと胃は空腹を訴え始めている。
黄彩の用意した夕食は、山盛りのサイコロステーキに、山盛りのチャーハン、山菜の天ぷら、ポテトサラダ、冷奴。デザートにはフルーツサラダとプリンがエンドレスに出てきた。
誰よりも疲労の色が見える兵藤先輩は、某ピンクの球体生物を思わせる勢いで食べ進め、木場先輩やアーシア先輩もがっつくように食べていた。部長と副部長は、多分いつもとあまり変わらない程度のペースで食べていて、黄彩の料理を褒めている。
で、作った黄彩はと言えば、チャーハンとステーキを少し食べただけであとは満足そうに紅茶を飲んでいた。
「黄彩、もう食べないんですか?」
「んー、ボクってば少食でね。身体の維持に必要なものは外から摂ってるから、水とカロリーさえ摂ってればとりあえず生きてけるの」
植物ですか貴女は。……いつもの黄彩は割と植物っぽいところがありましたね。植物というか、小動物というか。
「そう。……でもなんか心配になるので食べてください」
人より多く食べる私には、黄彩の感覚が理解できなかった。箸でサイコロステーキを掴み、黄彩に向ける。
「……えっと、あーん」
「あら小猫、大胆ね」
「小猫ちゃん!?」
「あらあら」
……そんなに私がするのが変ですか。騒ぐ先輩達を無視して、黄彩に箸を向け続ける。ああっ、タレが垂れちゃいそう。
「あの、小猫ちゃん?」
黄彩も驚いた目で私を見つめる。
「……私を好きだと言うのなら、これくらいされてください」
「いや、それボクの話なんだけど……。あー、ボクも大好きだけどね?」
「なら、問題は、ありません」
「うにゃ、んぅ……、ん、あぁん」
躊躇いながらも、黄彩は受け入れて食べた。次は天ぷらにしようと、塩を振りかけて箸で掴み、黄彩に食べさせようとすると、黄彩はそれを手で制した。
「うな、ちょっと待って。食べるけど、先に胃腸薬飲んでくるから」
……いや、そこまで無理に食べさせる気はありませんって。
「さて、食事が澄んだことだし、お風呂に入りましょうか」
「うにゃ!?」
食器洗いが済んだ頃に、部長はそう言い出した。その言葉に真っ先に反応しそうな兵藤先輩よりも早く、黄彩が相変わらずの変な声を出しながら立ち上がる。
「じゃっ、じゃあねリアスちゃんボクは急用を思い出したから一旦帰るよ大丈夫明日はまたちゃんと来るから心配しないでねそれじゃ――うぎゃん!?」
急に慌て出し、逃げようとした黄彩を思わず捕まえてしまった。……なんだか、日中の修行の時の強さはどこへって感じ。
「もしかして貴女、お風呂が苦手なの?」
「やっ、やだなぁリアスちゃん。綺麗で可愛くて美しいのがこのボクだぜ? ウフフ、そ、そそそんなわけないじゃん?」
「あらあら、そういうチャーミングポイントも、十分に可愛らしいですわ」
「……黄彩、行きますよ」
「待った待ったっ! バック! ホーム! ステイィ!」
「……私を犬みたいに言わないでください」
何より、弱った黄彩をいじり倒すチャンス。逃すわけにはいきません。異性に裸を覚えられる可能性はありますが、黄彩ならかろうじて許容できます。
温泉浴場に引きずって行こうとしたその時、別の待ったの声が聞こえた。
「待ってください! 有製は男なんですよね!? まさか女湯に入れるんすか!?」
顔面に下心と書かれていそうな表情と顔色をした兵藤先輩が、部長や私を止める。
「ウフフ、オイオイ変態め。まさかこの綺麗で可愛くて美しいこのボクを、男湯なんていう腐った野良猿の煮汁に放り込むつもりかい――ぶっ殺すぞ」
首根っこ掴まれて引きずられてる黄彩が、その姿勢のまま真剣な表情で言った。――殺気――全身の毛穴がざわつき、嫌な汗がにじみ出る。
しかし流石、法も恐れぬ変態はやはり私とは違った。身体が女でも心が男なら女子の裸を見せていいはずが無いという、まぁ一般論で理論武装して来たのだけど、残念ながらここに一般人はいない。私たちグレモリー眷属は漏れなく悪魔ですし、黄彩は人間ですが人間国宝。一般人の枠からは私たち悪魔以上に遠く離れた存在。
「なら、イッセーも一緒に入る? 私は構わないわ」
部長はそういう人だし、副部長も、男性の背中を流してみたいと言っている。アーシア先輩は、なんとこの変態に絶賛恋愛中だから言わずもがな。
「じゃあ小猫は?」
「覗かずとも見えてしまう黄彩ならともかく、兵藤変態とはいやです」
「俺……二人になんかした……?」
「女子の裸を見せていいはずが無いと言ったのは変態、じゃなくて先輩の言ったことです。……覗いたら削ります」
「何処を!?」
「何処かを。……では」
二人分の着替えを取りに部屋に戻ってから、私たちは温泉へと向かった。
「お風呂ぉ、や〜」
「いきますよ」
「鬼〜、悪魔〜」
「そうですよ」
「そうだった〜」
背後から向けられる、微笑ましい物を見る視線が、針の筵よりも心地悪い。