悪魔の町の芸術家   作:那由多 ユラ

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 十日間の修行を経て、ついに決戦当日。深夜の十二時に開始ということで、私たち部員は旧校舎の部室に集まっています。

 山から帰って来て女体化から元に戻った黄彩もさっきまで一緒にいたのだけれど、急に現れたグレイフィア様に連れて行かれてしまった。

 

 開始十分前。全員が気を引き締め始めると、グレイフィア様が再度やって来て、必要事項を話していく。

 

「今回のレーティングゲームでは両家のみではなく魔王ルシファー様、人間国宝有製黄彩様も拝見されます。それをお忘れなきように」

 

「……そう、お兄様に、黄彩まで」

 

「彼は人の身でありながら、我々悪魔にとっても重要なお方ですから。身の安全は魔王四名が保証しますので、いらぬ心配はしないことをお勧めいたします」

 

「う、噂は聞いていたけど、そこまでだったのね……」

 

 魔王様四名が名を連ねるほどの人材――人間国宝にして、人類代表。

 この面子の中でも一際世間知らずなアーシア先輩が声を上げて驚き、私たち古株も予想以上の黄彩の大きさには驚いた。

 

「皆様、そろそろ時間です」

 

 私たちは魔法陣の光に飲み込まれ、戦場へと送られた。

 

 

 

 

 光が収まって目に映った光景は、旧校舎の部室だった。断じてミスではなく、駒王学園のレプリカを用意したらしい。

 

 副部長が、光る玉のようなものを全員に配る。悪魔の誰だかが開発した、小難しい名称のついた、要するに通信機。人間社会のものとは比べ物にならないほどコンパクトで、高音質という地味にすごいやつです。

 

「戦場ではこれで味方同士やりとりするわ」

 

 携帯電話でもいい気がするけれど、でも電波は届いていませんか。

 

『それでは、ゲームを開始します』

 

 グレイフィア様のアナウンスと同時に、鐘が鳴った。

 

 

 

 

 

――完璧なはずだった。

 

――部長の立てた作戦は、完璧なはずだった。

 

――修行の出来栄えも不備は無かった。

 

――敗北の可能性なんて、微塵たりとも感じなかった。

 

 ただ一つ、敵の卑劣な策――不死鳥の涙――打ち負かされても全回復できるという、チート行為にすら思えるゾンビ作戦を、私たちは全く想定していなかった。

 一重に、部長への信頼故の想定外だった。部長の婚約者が、それほど邪道な手を打ってくるとは思っていなかった。そこまで全力で叩き潰しにくるとは思えなかった。

 

 言い訳だ。醜い、汚い、小さい、子供の言い訳でしかない。少数精鋭な私たちは一人でも欠けてはいけないのは分かっていた。油断する暇も無いというのも分かっていた。

 

「……負けました」

 

「うん、見てたからね。知ってる」

 

「……もう、一緒にいられないかもしれません」

 

「そうかもね」

 

 ゲームが終了してすぐ、黄彩は私が転送された医務室へと来ていたらしい。私が目覚めると、黄彩は私にココアを手渡してからゲームの始終を語って聞かせてくれた。

 

「……そういえば、修行のときもう一人の黄彩は私の、隠していることを聞きたがっていましたね」

 

「うにゃ、何? いきなり」

 

「もう会えないかもしれませんから、話しておこうと思って。……置き土産、みたいな」

 

 話さなければ、いけない気がした。話した方がいい気がした。……隠し事をしたままではいたく無かった。

 

「……私の小猫という名前は、悪魔に転生した後に部長につけていただいたものなんです。その前の名前は、白音といいます」

 

「ボクの名前は生まれた日の誕生石、シトリンっていう黄色い宝石からつけてもらったんだよ。芸術家としてのペンネームはシトリング・ラフィ」

 

「え?」

 

 名前を語ったら、語り返されてしまった。しかも妙にかっこいい名前を名乗られてしまった。

 

「ウフフ。ボクは別に隠してるわけじゃ無いし、ボクのことなんてネットで調べれば全部出てくるけど、お返しに話してあげる」

 

 忘れられることなら、忘れてしまいたいのに、黄彩は私の心に住みついてくる気らしい。言っても聞かないだろうから、仕方なしに私は話し続ける。

 

「家族、というか血縁には、姉が一人います。名前は、黒歌。両親はいません」

 

「ボクはどっちもいるね。あんまり会ったことないけど。ママは(あおい)、パパは(あかり)

 

「姉はナベリウス家の分家の上級悪魔の眷属でしたが、ある時仙術という力が暴走し、主人を殺してSSランクのはぐれ悪魔になりました」

 

「ママは人形師、パパは彫像師の仕事をしてるよ。ボクほどじゃないけど凄いし忙しい人。殺しは……、同級生ならいっぱい殺したけど、数えてないし名前も覚えてないかな。あ、最近教会の人もいっぱい殺したね」

 

「……え?」

 

 なんてこと無い風に言われたことだけど、話を中断せざるを得ない内容だった。

 

「ウフフ。小猫が思ってるほど、ボクって綺麗な人生してないよ。綺麗で可愛くて美しいボクだけど、だからって人生まで綺麗なわけでも可愛いわけでも美しいわけでも無いんだよ」

 

「……なんでそんなこと、話すんですか」

 

「うにゃ? ……だって小猫、嫌われそうなことばっかり喋ってボクを離そうとしてるじゃん。なんか気に入らないから、ボクからも話して離してやろうと思って」

 

「……本当に私のこと好きなんですか」

 

「うん、大好き。なんで知ってるの?」

 

「……いえ。それより、話そうと思ったことはこれで大体話しました。他に何か聞きたいことはありますか?」

 

 尋ねると、黄彩は用意されて座っていた座面の高い椅子から飛び降りた。

 

「うにゃ、大丈夫。小猫を十全に理解して、ボクは理解したよ」

 

 そのまま居なくなると思っていたけど、廊下へと繋がるドアに寄りかかって黄彩は言う。

 

「うん、ボクは小猫が大好きで大好きで仕方がない。剥製にして部屋に飾りたいし、彫像にして町中に並べたいし、作品にして世界に誇りたい。無差別伝記作家がいるならボクは全財産を支払って小猫の伝記を書かせるよ。ボクが尽力して小猫を伝記になるくらい凄い人まで育ててもいい。――決めたよ。小猫には僕の伝記のキャラクターになって貰うことにした」

 

 そう、何度も大好き大好きと言わないでほしい恥ずかしい。

 剥製も彫像も作品も怖いし恥ずかしい。

 伝記にされるなんて恥ずかしすぎるからやめてほしい。

 

――いや、待って。待って、待って、待って。なんですかその、ナルシストの極みみたいな絶対真似できないプロポーズ。……ちょっとかっこいいじゃないですか。

 

「小猫、答えは二つに一つだよ? みんな纏めて色濡れ不死鳥の餌になるか、綺麗で可愛くて美しいボクのおもちゃになるか」

 

 究極の二択だった。というか、最悪の二択だった。向かうも地獄、避けるも地獄。片や犯され、片や弄ばれ。

 

 私は自己犠牲精神を不死鳥も焼き殺しそうなほどに燃やしながら、黄彩の顔がよく見えるように、痛む腰を堪えて身を起こした。

 

「黄彩」

 

「うにゃん?」

 

「お願いします」

 

「ウフフ。うん、任せて」

 

 黄彩は手も触れずに扉を開けて、何処かへ向かった。そしてすぐ後に、グレイフィア様が駆けつけて来て、私が寝てても見やすい位置にモニターを設置していった。他の眷属がどうしているのか聞きたかったけれど、急いでいるらしくすぐに退室されてしまった。なんでも、黄彩が戦うらしい。モニターには、ゲームが終わってあちこちがボロボロになった駒王学園が映っていた。

 

 十分と経たず、グレイフィア様のアナウンスが医務室のスピーカーから流れた。

 

『続きまして、急遽ではありますが、稀代の芸術家シトリング・ラフィ様の希望により、ライザー・フェニックス様対シトリング・ラフィ様のレーティングゲームを実施いたします。フェニックス眷属の皆様の負傷が完治次第、ゲームを開始いたしますので、観客席に残られた方々は今暫しお待ちください』

 

 レーティングゲーム? 黄彩が?

 悪魔に対してもそれなりの発言力がありそうだとは思っていたけど、まさか魔王様が聞き入れた? ……ありそうだ。むしろ二人揃って面白がってグレイフィア様に無茶振りをしている光景が目に浮かぶ。

 

 不死鳥の涙を保有するライザー・フェニックス以下眷属の治療は、すぐに終了した。黄彩と同時に転送されて、行き先は私たちと生徒会室と旧校舎。黄彩は窓から外を見渡して、敷地外に何もない光景を見て面白がっている。

 

『それでは、ゲームを開始します』

 

 モニターには、両勢力がなんの作戦もなく真っ正面から向かう光景が映っている。

 

 まるで前もって打ち合わせたかのように、全員がグラウンドに立ち並んだ。

 

『フンッ、たかが人間の芸術家に時間を割いてやったんだ。泣いて感謝しながら死ね』

 

『ウフフ。……ねぇ、メイドのお姉さん。ゲームで死んでも事故って本当?』

 

 黄彩は相手の言葉を無視して、グレイフィア様に呼び掛ける。

 

『はい』

 

 最低限の返事を聞くと、黄彩は十五人の敵を見据えて不敵に笑った。

 

『じゃ、やろっか。殺したり殺されたり、蘇ったり蘇られたりしよう』

 

 黄彩の挑発に対して、兵藤先輩が相手していた双子と思われる二人兵士が、チェーンソーを鳴らしながら飛び出して(捨て駒になりに)いった。

 

『ウフ、かぁいいなぁ。でもダァメ。作品No.06、07――苦難の左手、裕福な右手』

 

 黄彩は一切容赦無く、躊躇いなく文字通り叩き潰した。グラウンドの土を削り取って固められた、巨大な右手と左手で一人ずつ丁寧に叩き潰した。拳の下に魔法陣が現れ、生きているのか怪しいが転送される。

 

『ほら、どんどんおいで? ちゃんと差別しないで、みんな芸術的に殺してあげるから』

 

『貴様ぁ!!』

 

 私がここ最近学んだことだけど、黄彩の相手をしていると、誰であろうとちょろくなる傾向がある。

 

『作品No.11――溺れた鯛焼き』

『作品No.16――三卵性双生児のソーセージ』

『作品No.13――若者』

 

 兵士たちが僧侶のサポートを受けながら突撃して、土塊の鯛焼きのようなものの山に埋もれ、棒状の巨大な土二本に薙ぎ払われ、僧侶一人が黄彩の腕で切り刻まれる。

 

『作品No.14――人肉砲』

 

 切り離された僧侶の腕を、転送される前に黄彩が一本掴み、大砲の筒のような形状に変化した腕に装填する。

 王と共に最後方にいた女王が黄彩を爆破しようとしたタイミングで、その顔面を僧侶の腕が発射されて貫いた。どこからどう見ても即死だろう。落下していく遺体が転送されていく。

 

『作品No.58――従順な大英雄』

 

 王の叫びに呼応しながら騎士達が斬りかかると、地中から出てきた黄色の骸骨が、黄色の剣の二刀流を構えた骸骨人形が、無慈悲に武器も防具も纏めて切り捨てた。

 出血は多いが、急いで治療すれば治るでしょう。怒った王の放つ炎に、破片一欠片になるまで抵抗し、騎士二人は転送される。

 

『作品No.19――反逆の堕天使』

 

 私も相手した戦車は、黄彩の背から伸びた堕天使よりずっと綺麗な黒羽の羽ばたきに巻き込まれ、肉片へと変貌する。すぐにもう一人の仮面を被った戦車が立ち向かうも、抵抗する間も無く死亡、転送された。

 

 残るライザー・フェニックス陣営は、僧侶――レイヴェル・フェニックスと、王――ライザー・フェニックス。

 王は次々と下僕が無残に殺され、怒りは完全に絶望へと上塗りされていて、僧侶も王ほどではないが顔色が悪い。

 対して黄彩は、口を三日月のように歪めながら笑っている。

 

『おっ、お待ちになってください!』

 

『ウフフ、やーだ。メイドのお姉さんから聞いたよ? 二人は死なないんだよね? ウフフフフフフフフフフフフ』

 

 王は既に歩く気力すらないようで、顔を俯かせて立ちすくんでいる。

 

『うにゃぁ〜、そっちの人は殺したらそのまま死んじゃいそうだねぇ』

 

 王は既に黄彩の眼中から外れており、狂気の滲んだ目は僧侶にだけ向けられている。

 

『ウフフ、君は良い子だね。だから、いいものを見せてあげる。傑作No.01――失敗』

 

『いっ、いやっ!!』

 

 僧侶の怯えとは裏腹に、現れたのは一つの座り心地の悪そうな玉座。子供体型の黄彩には何もかもあっておらず、足がプラプラと浮いている。

 

『作品No.07――裕福な右手』

 

 黄彩の背後からさっきと同じ巨大な右手が浮き上がり、拳を握っている。

 僧侶は戦闘を放棄し、炎の翼を広げ、逃げ出した。追いかけるように、巨大な右手が追いかける。

 

『作品No.07再利用(リユース)――傑作No.08――この世で最も不要なもの』

 

 近いものなら木場先輩の魔剣創造(ソードバース)。しかしあれほど派手なものではなく、逃げ回る僧侶を追尾していた右手が無数の無骨な、日本刀と西洋刀の中間のような剣へと変貌する。

 

『アッ』

 

 爪先から頭頂まで満遍なく剣が突き刺し、空中で転送された。

 

『……』

 

『ご清聴ありがとうございました。楽しいショーもこれにて幕引きとなります』

 

 実の妹が転送されても反応すらしなかった王を前にして、黄彩は玉座を立ち、クルクルと回りながら似合わない敬語を口にする。

 

『作品No.08――首切り細工』

 

 黄彩の指先が王の首を撫でると、ダルマ落としのダルマのように落下して、身体も崩れるように倒れた。

 

 

 これは、私が生み出した惨状だ。

 何度も胃の中が食道を通っては無理やり飲み込んでを繰り返し、喉の焼ける痛みがヒリヒリする。

 助かったという歓喜以上に、やってしまったという罪悪感が湧いてくる。

 

 翌朝、ライザー・フェニックスの精神崩壊で婚約は完全になかったことになったことが、異様に静かな表情のグレイフィア様から、漏れなく全員顔面蒼白なグレモリー眷属、つまりは私たちに伝えられた。

 間違いなくめでたい一報ではあったけれど、それを素直に喜べるほどに、私たちは人間をやめられていなかった。唯一、黄彩だけは呑気に「良かったね〜」とか言っていたけれど。グレイフィア様は黄彩の頭を撫でてから帰っていった。

 

 

 

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