賞味期限の近い沖縄土産が夕飯になった為に、塩分が恋しくなった休日の翌朝。外で何か食べようかと悩んでいると、ちょうどいいタイミングで黄彩から呼び出された。
「……おはようございます。朝から、どうかしましたか」
「にゃ〜、ご飯作り過ぎたから、手伝って」
黄彩の指差した方を見たら、ダイニングテーブル、ローテーブルに、一食、二食どころでない量の料理が並んでいた。
「……どうしたんですか、これ」
「ウフフ……。新しい料理に挑戦したら、楽しくなっちゃって」
「中華料理、ですか」
「チャーハンくらいしか作ったことなかったからね」
甘味料の残り香がまだ残る胃が、目の前の香辛料を求めて唸りを上げる。
「……いただきます」
「ん。お代はまた絵? それとも彫像?」
「対価は結構です。それより、手伝ってほしいことが」
昨日の晩、兵藤先輩から電話が掛かってきて、その時に話し合ったことを黄彩に伝える。
「今日は暇だし、うん、いいよ」
「十時頃に集合なので、黄彩も支度してくださいね」
私は外食にするつもりだったので、もう外に出られる格好だけど、黄彩はパジャマの上にエプロンをかけた格好だった。
「ん、じゃあちょっと着替えてくる。ボクはもう食べたから、小猫が全部食べちゃっていいよ〜」
「……え?」
目の前に広がる、赤と茶色、時々野菜の山達。流石にこれは、強敵かもしれません。
悲鳴を上げる胃に、残りわずかの白米と最後の一皿を詰め込んだ頃に、身支度を整えた黄彩が戻ってきた。――そこには、どこからどう見ても女児向けのワンピースを見事に可愛らしく着こなすツインテール男児がいた。
どうやら芸術家に性別の概念は些細な問題らしい。そういえばモナリザにも男性かもしれないなんて説があったな、とか現実逃避していたら、黄彩が鈴のようなこれまた可愛らしい声で現実へと呼び起こしてくる。
「どう、どう? かわい? かわい?」
「小学生カップルの面倒な彼女ですかあなたは。……不思議なくらい似合ってますよ」
「……何それ?」
洗面所を借りて歯を磨いてから、黄彩と共に兵藤先輩達との待ち合わせ場所である、商店街入り口あたりに向かう。
「そういえば料理、全部食べてくれたね。美味しかった?」
「美味しかったですよ。また食べたいです」
「じゃあ、また作るね。」
「今日ほどの量はいらないですよ」
「……今日のは事故だもん」
……芸術家の生態は、やっぱり得体が知れない。
兵藤先輩は変態なだけで、不真面目というわけではないらしい。勉学は知らないけど。
待ち合わせ場所には、なぜか制服姿の兵藤先輩と、生徒会メンバーでシトリー眷属の匙先輩がまだ五分前なのにいた。
「よう、小猫ちゃん。そっちは、……まさか噂のサボり魔か!?」
「うにゃ? ……変態、これ誰」
「生徒会の匙だ。会長の眷属で、俺と同じ兵士な」
「……兵藤、お前今ナチュラルに変態って呼ばれてたぞ。女装男子に」
「ああ、もう慣れちまったよ……」
「そしていつか、誰からも変態と呼ばれないと満足できない体に……」
「もうこの後輩カップルやだ……」
「なんで呼んだんだよ」
匙先輩は生粋のツッコミ気質らしいですね。さすがは生徒会の黒一点と言えましょう。
軽い自己紹介も終えると、私たちは前日会ったばかりの聖剣使いの捜索を開始しました。……いえ、捜索と呼べるほど探すこともなく見つかりましたけど。
物乞い紛いな真似、というか物乞いそのものな行動を街中でしていて、すぐに見つかりました。事情を聞いたところ、持ち合わせていた資金の殆どを、詐欺師の絵で失ったらしいです。イリナさんが素晴らしい宗教画だと語っていましたが、芸術家である黄彩が完全に詐欺で絵も駄作だと
それから、先輩たちの話の流れで、二人に食事を振舞う代わりに話を聞いてもらうことになり、学生の財布にも優しいファミレスに向かうこととなりました。
「美味い! この国の食事は、美味いぞ!」
「これよコレ! ファミレスのセットメニューこそ私のソウルフードッ!」
人の金で食欲を満たす聖職者という滑稽な光景が、私の前にはあった。
「うにゃ……、小猫」
「私はもう余裕ありません。頑張って」
隣では黄彩がパフェを半分程度まで食べて、私に満腹を訴えてきている。いつもなら私が食べてしまいますが、生憎と黄彩との契約で私の胃は既に満席です。
黄彩は神器で胃に何かすることでなんとか完食する頃には、聖剣使い二人も食べ終えていて、悪魔に救われる世を憂いながらも胸の前で十字の切ってイタイイタイイタイイタイ!?!?
痛かった。アーシア先輩が偶に、十字を切ってさっきの私たちのように悶えていましたが、……なるほど辛いです。
「……それで、私たちに接触してきた理由はなんだ」
「エクスカリバーの破壊に、ごめんちょっと待ってまだ頭痛が痛い……」
全く、締まりませんね。かくいう私も、表情に出さないよう勤めるので精一杯ですが。
「氷、もらってこよっか?」
なんと、黄彩が気を遣うくらいに悲惨な光景らしいです。すぐに黄彩が、ドリンクバーのコップに氷と飲み物を入れて持ってきてくれました。
「さんきゅー……、こんな赤い飲み物あったっけか?」
「俺のは普通に紅茶だな」
「私はメロンソーダです」
頭痛に冷たいものはよく効いて、スルリと抜けるように痛みが引いていくと、兵藤先輩がコップの中身に首を傾げていました。
「変態のはケチャップ」
「飲み物じゃねぇ!?」
「カレーは飲み物って小猫が言ってた。カレーにケチャップとか入れたりするから、ケチャップは実質飲み物」
「待て、その理屈はおかしい。それ、数式に入るからってxyzが数字って言い張るようなもんだぞ」
「四捨五入すればトマトジュースみたいなもんじゃん」
「違う、そうじゃねぇ」
シトリー眷属のツッコミ力はさすがですね。私の出る幕がありません。
「……話を戻してもらっていいか」
話を戻した。単刀直入に、エクスカリバーの破壊に私たちも一枚噛ませて欲しいと。匙先輩と、そしてもちろん私も、頭の硬い教会の人間のことですから、速攻で断られると思っていましたが、ゼノヴィアさんは珍しく柔軟な人らしく、「一本くらいなら構わない」と、言ってくれた。曰く、盗んだ主犯である堕天使幹部を相手に、三本は確保も破壊も厳しいから、と。
ファミレスを出てすぐに、兵藤先輩が木場先輩を呼び出すと、休日のはずなのに制服姿の木場先輩が駆けつけてきました。多少の悶着はあったものの、とりあえずは協力することに。情報交換をした結果としてわかったのは、木場先輩の復讐心のストレートど真ん中の標的の名である、皆殺しの大司教、バルパー・ガリレイという存在。木場先輩からは、ふりーど、とかいう男が、エクスカリバーと思われる聖剣を振り回して暴れているそうです。あったことあるらしいですが、……誰でしたっけ。
「うにゃ、金髪の人助けに行ったときの人でしょ? 小猫忘れたの?」
「……そのあとの光景が壮絶すぎて」
人が巨大な裸婦像に押しつぶされて柱になる光景を思い出したら、ちょっと吐き気がしてきました。……これが、SANチェックというものでしょうか……。
「フリードもバルパーもはぐれだ。手を組んでいる可能性は十分にあるだろう」
「……それを聞いて、僕が協力しない理由はなくなったよ」
木場先輩はそう言って、久しぶりに、少しだけだけど、明るい笑みを見せた。
「食事の礼はいつか返すぞ、芸術家」
「別に、大した額でもないし気にしなくていいんだけどね」
「たとえ微々たるものでも、相手が邪悪でも、返せるものは返す主義だ」
「恩は仇で返されるのが最近のボクのマイブームでね。ウフフ、個人的な喧嘩なら幾らでも買うよ」
「……相容れんな。いつか必ず殺してやる」
「綺麗に可愛く美しく、芸術的に殺してあげるよ」
言ってることは昨日からあまり変わっていないけど、二人の目の色はまるで違う。怒りや憎悪、嫌悪みたいな汚いものとはかけ離れた、決闘にも似た美しい敵意と殺意のぶつけ合いだった。
お互い問題児を抱えて、その場は解散になった。なんか途中から匙先輩がついていけなくなっていましたけど、多分兵藤先輩がなんとかしてくれるでしょう。
そんな日から、数日が経ち。
許可をもらったのはいいものの、一切の手掛かりもなく見つからないでいました。さすがにそろそろ部長や会長に勘付かれる頃ですし、何か進展が欲しいところです。
そんなことを黄彩に伝えたら、私たち二人はなぜか隣町に来ていました。なんでも、黄彩のアトリエがこの町にあるそうです。
「あ、アレだよ。ボクのアトリエ」
と、黄彩が指差す方向にあったのは、アトリエという単語からは全く想像していなかった、巨大でただ四角のガレージのようなものだった。
縦にも横にも巨大なシャッターが壁一面に降りていて、隣側面には目立たないドアが設置されている。ここから見ると、まるで小人用のように見えますが、きっと目の錯覚でしょう。
住宅街に落下してきた建造物のように建つ、ガレージ――黄彩が言うところのアトリエは、目の前に立ってもやはり巨大すぎて不思議な違和感があった。
当然ですが一切ためらわず、黄彩はシャッターではなく扉から中に入って行くので、私も後を追って入る。
「ただいま〜。……
……姉?
黄彩にきょうだいは居ないって聞いていた気がするけど……、なんて考えてたら、中から何かが出迎えました。
「はいは〜い。お帰りなさい、黄彩君。そちらは、……もしかして彼女さんですか?」
と、出迎えたのは、メイド服姿の何か。
金髪のポニーテール、それはまぁ普通です。メイド服も普通ではありませんが、異常と言うほどのものでも無いでしょう。袖や裾から覗く、色白で均一な肌。左右対称に近い整った顔。カメラのレンズのように、細やかにキュインキュインと鳴る紫色の眼。……あれ。人間じゃ、……というか、生物じゃ、無い? 義眼?
「初めまして。私は最終技術集結自動機構人形、略称
「えっと、……塔城小猫です」
「はいっ、よろしく仲良くしてくださいねっ!」
にっこりと笑いながら、私の手を両手でとった。――その手は死体のように――金属のようにヒンヤリ冷たく、生物とはかけ離れた存在なのだと訴えてくる。
「姉さん」
「オッケーオッケー! 10番でしょ? ちょっと待っててね〜」
黄彩に呼びかけられると、ラストさんは物置きのように散らかった奥へと向かって行った。
「……あの人、黄彩が作ったの?」
気になって尋ねると、黄彩は首を横に振る。
「ねぇねを作ったのは、ジジとババなんだって。趣味とか意地とか根性とか命とか、全部詰め込んでボクに遺してくれたらしいよ。作り方とかはボクでも分かんない」
黄彩の話を聞いていると、「キュイィ!」という、何かの鳴き声が聞こえてきた。
「傑作No.10――道徳的な龍」
「キュイッ!」
と、可愛らしい泣き声の主は、黄色の、ワイバーンのような形の龍だった。
「……ドラゴン!?」
「うにゃ、道徳的な龍だよ。ボクと小猫くらいなら、ギリギリ乗せて飛べると思ったの」
「キュキュ! キュー!!」
「えっ、え!?」
腕と一体化した翼、というより翼と一体化した腕? を、妙に人間臭い動きで敬礼してみせ、直後私の腰を両手で持ち上げた。
「ちょっと、黄彩!?」
「ウフフ、気に入られたみたいだね」
「いやあれ、捕食対象を見つけたような目、してません?」
「日本の高級肉でもなきゃ噛み切れないと思うし、大丈夫だと思うけど……」
「とりあえず、降ろしてください」
黄彩とラストさんに言ったつもりだったけれど、この、道徳的な龍という独創的な名前の付けられた龍はゆっくりと私を降ろした。
「キュア?」
何を言っているのか分からないが、なんとなく『で、何の用なの?』、とでも言いたげに鳴く、道徳的な龍。
「うにゃう、聞いてなかったの? ボクと小猫を乗せて人探し、出来るよね?」
「キュッキュキュ〜!」
黄彩が向けられることはあっても、黄彩が向けるのは珍しい呆れる目で言うと、道徳的な龍は陽気に鳴きながら、首を下げて黄彩に頬擦りする。多分、「ボクに任せて!」、的なことを言ってる。雄か雌かも分からないけど、なんとなく黄彩に似てる。
「私もお手伝いしましょうか?」
「お姉ちゃんは来ないで」
……ん?
何か、黄彩の言葉に違和感を感じた。
「あら酷い」
「姉ちゃん、目立つんだもん」
「あ……」
気がついた。
「……黄彩、ラストさんのこと、なんて呼んでます?」
「シッ! 小猫たん、それは聞いちゃダメな奴ですよ! このままが可愛いんですから!」
「うにゃ? 小猫、姉御、どうかしたの?」
「可愛い、……ですか?」
「今の呼び方は可愛くないですね」
二人とも、わざとボケてるようにしか聞こえない。 藁にもすがる思いで道徳的な龍に視線を向けてみるけれど、案の定その藁は容易く引きちぎれた。
「キュ?」