ドール・トゥ・ガール   作:天音ウカ

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Ar01 ビランチャ隊の殺戮人形

 木造の椅子に、一人の少女が座っていた。後ろでまとめられた髪は銀色で、一房だけ三つ編みにして耳の上から垂らしている。橙と桃の中間色の宝石が取り付けられた黒い髪飾りと、鮮やかな深紅の瞳が目立つ。無垢な子供のような童顔ではあるが、人々は彼女を見て、可愛らしいではなく、綺麗だと考えるだろう。

 少女の表情はどこか無機質な印象を与えるものだった。少なくとも、顔から彼女の心の内を察することのできる者はいない……そう思えてしまう程度には、感情が表に出ていない。

 綺麗な人形。この少女を表現するならば、その言葉が適切だろう。

 

「アルマ・リヴォルタさん」

「はい」

 

 名を呼ばれ、少女――アルマが立ち上がる。ドアへと歩き、左手でノックを三回。高い音が響くと、部屋の中から入室を促す声が聞こえた。

 

「失礼します」

 

 一礼し、部屋へと足を踏み入れる。部屋の中には燕尾服を身にまとった二人の男性がいた。彼らは入ってきたアルマを見て、一瞬目を見開く。幼さの残る彼女の容姿と、部屋に入る際の所作から見えた気品の差に驚いたのだろう。

「では、本校の教員に志望した理由を教えてください。……ああ、そちらの椅子に掛けていただいて大丈夫ですよ」

 だが、すぐに表情を引き締め直して声をかける。アルマは会釈し、言われた通りに腰を掛けた。表情には何も映していないが、緊張しているのか、それとも何かを思い出しているのか。目を閉じて、軽く息を吐く。

 

「改めまして、アルマ・リヴォルタです。この度、御校の教員に志望させていただいた理由は――」

 

 

 

 

 

 

 ――雪の積もる戦場に、銀色の風が吹く。

 

「例のあれだ! 絶対に逃がすな、ここで殺せ!」

「命令を聞くだけの、忌々しい人形が!」

 

 叫び声と共に放たれる弾丸が、雨のように『それ』へと降り注ぐ。雨ならばどれだけ良かっただろうかと、弾丸を放った者達の一人がぼんやりと考えた。

 雨ならば、躱すことはできない。延々と降る雨の中で濡れることなく過ごせる人間はいない。だからこそ、あくまで雨のようでしかないということに、心が軋む。

 『それ』は、傷一つ負っていなかった。機動性を損なわない為か、身にまとっているのは鎧ではなく、所々に装甲が取り付けられただけの軍服。スリットの入ったスカートから覗くストッキングに包まれた太腿には、短剣を収めたホルダー。雪を踏み締める焦げ茶のブーツ。汚れこそあれども、『それ』を彩る衣装にすら、傷は全くと言って良い程なかった。

 

「――光よ(call the light)

 

 黒い手袋に包まれた左手を振るい、指を躍らせ、淡々と、抑揚のない声で『それ』が――銀色の髪の子供が呟く。その直後、まるで指の動きの軌跡を飾り付けるかのように、光が集っていった。

 魔法。命を脅かし、物質を破壊するという性質を持つ魔力を体内で生成することで行使することができる、現象の再現技術。文字通り、現象の再現の為に開発された技術ではあるが、これは既存の法則に縛られにくい――或いは、独自の法則を持っていると言った方が良いかもしれない。いずれにせよ、理を超える力を持ち、様々なことに応用できる技術であることに間違いはない。

 そう、例えば――殺しとか。

 そ集まった光は幾つかに分かれ、鏃となる。少しの間をおいて鏃は射出され、子供に弾丸を撃った者達の頭を、正確に貫いた。

 辛うじて避けることのできた者もいる。だが、子供はそれを見越していたかのように、予め避けた先に投擲用の短剣を投げていた。鏃で即死しなくとも、短剣が目や四肢に刺さり、動けなくなる。そうして悶絶している間に、子供は腰に携行していた細身の長剣で首を突き刺し、或いは刎ね、素早くとどめを刺していく。

 死屍累々。子供と敵対していた者達は全滅し、死体の焼け焦げる臭いが戦場の凄惨さを物語っていた。

 ――全て、この子供が行ったものだ。

 

「おのれ……! 人の血も通わぬ化け物め、死んでしまえ!」

「殺すことしか能のない、リヴォルタ家の人形風情が……!」

 

 増援の兵だろう。この光景を目にし、子供に――アルマ・リヴォルタに怨嗟の声を漏らす。

 『ビランチャ隊の殺戮人形』と言えば、今行われているこの戦争に関わっている全ての人間が知っているだろう。

 曰く、アミュレイト王国のアルテア候が拾った養子である。

 曰く、その容貌も内面も、人形のようである。

 曰く、命令には忠実に従い、養父に逆らうことはない。

 戦争に参加してから半年程度しか経っていないこともあり、未だに謎は多い。しかし、彼女を見た者は揃って同じ言葉を口にする。

 あの人形(Arma)は、殺しの天才だと。

 

「任務の邪魔をしないでください」

 

 抑揚のない小さな声。だが、不思議とはっきりと聞こえた。それが兵士達には不気味に感じられたようで、憎悪を顔に映しながらも後退りする。無意識による行動だったのか、気が付くと、自分の動きに驚愕したかのような表情を見せた……それこそが、命取りだとわかっていたはずなのに。

 アルマが消えた。いや、厳密には消えたのではない。兵士達が、自らの内に宿る恐怖を自覚したその時に、集団の内へと音もなく駆け寄っていたのだ。

 次の瞬間には、一人が長剣によって喉を貫かれ、そのまま地に押し倒されていた。六人いた兵士達の中で、それに反応できたのは二人。今死んだばかりの者を含め、できなかった四人は何があったのかわかっていなかった。

 当然、それを見逃す程度であればアルマは殺戮人形などと呼ばれていない。長剣を握っていない左手で素早くホルダーから三本短剣を抜き、反応できた二人に投擲する。小銃で弾かれるが、時間差で投擲されたものには対応し切れず、それぞれ小銃を抱えた手首に突き刺さった。

 そこで漸く、死ななかった残りの三人が状況を理解した。だが、もう遅い。即座に長剣を投げ、一人の顔に突き刺す。そのまま流れるような動きで空いた右手により懐から小型拳銃を取り出し、発砲。二人を撃ち抜き、今度は左腕を振るう。袖の中から黒く塗られた金属の棒が何本か飛び出て、それらはホルダーの短剣と接続されて即席の槍となった。

 拳銃を空へ放り投げ、槍を横薙ぎに一閃。最後まで生き残った二人も、動きの鈍ったところを刈られ、結局首を落とす。槍を構成するそれぞれのパーツを元々収めていた場所へと戻し、落ちてきた拳銃をキャッチする。

 

 再び、戦場に静寂が訪れた。

 

 周りを見れば、赤く染まった雪が建物を彩っている。ここは国境付近の町だったが、戦争が長期化した今では、かつての賑わいの面影もない。まあ、この人形は平時にこの街に来たことがあるわけでもないのだが。

 敵兵の死体から長剣を引き抜き、血を振り払う。飛び散った血が更にその場を赤く染め、死の色で染め上げていく。血が落ちたことを確認すると、鞘に納め、街の中心部へと駆け出した。

 アルマに与えられた任務は、この町を――正確には、ここをはじめとした敵国の領地を単騎で荒らし、破壊して周ることだ。レージュア王国マーティア領、それが今彼女のいる場所である。

 アミュレイト王国でもそうだったが、国境付近に存在しているからか、町の機能は中央部に集中している。外縁部で防衛することを想定した造りになっているのだ。

 だが、それは外敵をそこで食い止めることが前提となっている。逆に言えば、外敵が内部まで侵入した場合、まとめて破壊されてしまう可能性が高くなるということでもあった。

 

「いたぞ、殺戮人形だ! 死んでも守れ、ここは絶対に通すな!」

 

 兵士達が駆けつける。構えた小銃から弾丸が撃ち出され、アルマを襲う。身を捻り、潜るようにして躱しながらも、彼女は速度を落とさぬまま距離を詰め、一人の手元を蹴って小銃を奪った。右手で持って奪った兵士の頭を下から撃ち抜き、低く跳躍。次から次へと、兵士達の肩や頭を踏み台にして群れを抜ける。そうして置き去りにした者達の方へ振り向きざまに発砲し、全員を流れ作業のように処理した。

 再び前を向く。奪った小銃の種類は把握している。全弾入っていたのなら、残りの弾数は六発だろう。懐に戻した拳銃は四発、投擲用の短剣の残数は七本。他の武器は、使い潰せるものなら長剣と仕込み槍がそれぞれ一本、ブーツの踵にセットされた刃。但し仕込み槍は短剣を穂とするため、短剣を切らせば何本かの棒に成り下がる。武器として用いることはできるが、殺傷力は落ちてしまうだろう。この町を破壊し尽くした後は、次の町に行く前に補給をする必要が出てくるだろうとアルマは思案する。

 

 ――突然辺りが暗くなった。

 

 即座に後方へ飛び退き、小銃を連射する。暗くなった原因……空から降ってきた異形の肉に弾丸が食い込むが、サイズ差が大きい。とても効果が出ているとは言えなかった。結果的に、殆ど無駄撃ちで残弾を使い切ってしまった。

 

「魔法生物」

 

 小さく、表情を変えずにアルマが呟く。眼前の異形の体躯は彼女に比べると遥かに大きい。

 それは、全体像で言えば人間に近かった。風船のように丸みを帯びた巨体には、人のものと似た肢体がついている。だが、足が太く短くはあれども普通なのに対し、右腕は地面に届きそうな長さを持ち、左腕はそこまで長くはないが三本存在していた。加えて、左腕は全て肘より先が裂け、黒い気体――瘴気が漏れ出ている。

 この肥満体形の魔法生物が左腕を振るえば、漏れ出た瘴気が建物の一部に触れ、塗装が剥がれ落ちる。どうやらこの瘴気には物体を朽ちさせる効力があるらしい。魔力に似た性質を持っているようなものだろうと、アルマは解釈した。

 だが、はっきり言って、敵国の領土ではなく自国の領土で運用するにはこれは欠陥品だ。

 

「ここが最終防衛ラインということでしょうか」

「ああ。故に貴様には、ここで死んでもらわねばならない」

 

 欠陥品でも持ち出された。それはつまり、そうせざるを得ない理由があるということ。アルマは自らに向けられた殺意に半ば確信に近い疑問を漏らす。返答は、声だけでなく刃でも行われた。

 身を屈めつつ横に跳び、振り下ろされた大剣から逃れる。

 

「『ビランチャ隊の殺戮人形』だな。悪いがその命、貰い受ける」

 

 フルフェイスの兜に、使い込まれていることが一目でわかる銀色の鎧。声からして男だろうその人物は、身の丈程もある大剣を片手で軽々と扱っていた。

 悠然と立つその姿に隙は見えない。先程までの兵士達よりも圧倒的に強いのだろう。少なくとも、魔法生物と同時に相手取るには、今のアルマでは少々厳しいものがある。

 

「逃がさん」

 

 形勢不利を感じ、一度退いて身を隠そうとすれば、即座に追撃を仕掛けてくる。横薙ぎに振るわれた大剣を、弾切れの小銃を盾代わりにして躱す。一撃で半ばまで断たれた小銃を、衝撃に逆らうことなく手放すことで体勢を崩されることを防ぐが、今度は魔法生物がその左腕を勢いよく振り下ろしてきた。

 三本ある左腕はそれぞれ速度が異なっていて、時間差でアルマに迫る。一本目と二本目をステップで避け、続く三本目は左手で短剣をホルダーから一本抜き、横から突き刺し押し込むことで強引に軌道を変えて対処する。その際に瘴気が袖の前腕部分に触れたのか、取り付けられた装甲に罅が入った。

 武器を一本失い、衣服の耐久性も落ちた。しかし、魔法生物の腕がアルマと男との間に入ったことで、視界は遮られ、その場から離れる時間も作れた。一度態勢を整えるべく周囲の建物に入ろうとし、身を翻す――その直前、逆方向へ跳躍した。一瞬遅れて、複数の発砲音と着弾音が響く。

 

「驚いたな。未来でも見えているのか?」

 

 先程まで空いていた男の手に、いつの間にか大型拳銃が握られていた。複腕の隙間を抜くようにして撃ってきたのだ。

 アルマは男の問いに応えることなく、状況から敵について分析する。防衛部隊の隊長と思しき男と、物体を蝕み朽ちさせる瘴気を漏らす魔法生物。武装は、確認した限りでは大剣と大型拳銃、それに全身鎧。重装備ではあるが、アルマの素早い動きにも平然と対応するだけの力がある。魔法生物は体躯にものを言わせたパワータイプかと思えば、ディレイをかけて攻撃するだけの技巧を持つ。加えて、連携というものを理解しているような振る舞いだ。男が指揮しているにしても、それに見合うだけの知能があると考えるべきだろう。

 また、瘴気の強さがどれくらいかも把握する必要がある。少なくとも、少しの間接触するだけで、生半可な攻撃では傷一つつかない装甲に罅を入れる程度の力はある。だが、先程の銃撃では、弾丸は地面に届く前に瘴気で傷つき、熱と速度で自壊するといったことはなかった。材質によるものか、それとも接触時間の差か。現状ではまだ判別できない。

 装備の消耗を避けて撤退を優先するか、それともここで補給することを前提に、消耗を度外視して男達を殺して突破するか。どちらが良いか、アルマは思案する。

 

 ――今まで見てきた中で、お前程死というものに近い存在はいない。

 養父の言葉が脳裏をよぎる。拾われて少しした時に言われたものだった。

 ――殺しの才能は間違いなく一番と言えるだろう。だが、それ以上に、お前は死を隣人であるかのように感じ取っている。

 彼女が拾われた時には、既に戦争は始まっていた。だからだろうか。育てられる中で、知識だけでなく、外敵を殺す為の力も授けられた。

 ――死が見える。死を近づけようとするものを察知できる。殺意さえ籠っていれば、目や耳を封じられていても反応する。生まれつきのものか、それとも環境によるものか……。

 

 元々、養父はアルマを自身の率いる隊に加えようとはしていなかった。しかし結局戦争に関わることになり、心というものを持っていない、或いは知らない彼女は、養父の与えた命令を忠実に遂行する人形として、今この戦場に立っている。

 最優先事項は任務の遂行。それを最短最速で行い、その為には利用できる全てを使う。そして、アルマが最も得意とすることは殺すことだ。であれば、撤退と敵の殺害、どちらが命令を完遂する確率を上げられるかなど、考えるまでもなかった。

 

光をここに(call the light)刃と変じ(beget swords)敵を撃ち抜け(assault them)

 

  左手を振るう。手の甲の傍に光が集い、剣が三本形成される。アルマが携行している長剣と同じくらいの大きさで、先程兵士達に使用した光の鏃とは比べ物にならない。

 

「魔法か。面倒な」

 

 アルマに複腕が襲いかかり、その陰から男が接近してくる。三本の腕に一本ずつ光剣を射出し、深く裂いて軌道をずらす。瘴気が光剣を蝕むが、それらを構成する魔力が僅かに霧散しただけに留まり、まだ剣としての形を保っている。あの瘴気の本質は、彼女が解釈した通りに魔力と似た、或いは同じようなものなのだろう。

 魔法、即ち再現された現象を構成するのは魔力だ。物体を傷つけ、破壊するという性質同士で弾き合ったのか、それとも他の要因があるのかはアルマにはわからないが、少なくとも魔法との相性は悪くない。そう結論付け、光剣で魔法生物への牽制をしつつ、腰に提げた長剣を抜いて構える。

 男の得物は大剣で、しかもそれを片手で扱えるだけの膂力を持っている。小柄なアルマでは真っ向から打ち合うのは困難だ。故に受け止めるのではなく、受け流すことで対処する。

 大型拳銃が向けられる。剣を素早く手放し、短剣を抜いて投擲する。正確に放たれた短剣は銃口に嵌まるようにして命中し、射撃という一つの攻撃手段を奪うことに成功した。そのまま発砲すれば短剣ごと銃身が粉砕されるだろう。しかし、短剣を抜こうとすれば、それは大きな隙となる。

 男が選んだのは、大型拳銃の放棄だった。顔目掛けて投げられたそれを、首を傾けて避ける。続く大剣による斬撃が不安定な体勢になったアルマを襲うが、未だ宙にある長剣を再び右手で、しかし今度は逆手で握り、敢えて受け止める。衝撃が伝わり、それに逆らわず後方へ跳躍。そしてその最中に長剣を持たない左手の指を動かし、魔法生物を足止めしていた光剣全てを男へと向かわせる。

 魔力を弾く性質を持った金属で作られているのか、即座に反応した男が大剣で光剣の一本を叩き落とした。だが、攻撃を行った直後だからか、魔法生物の複腕のように時間差で放たれた残りの二本は対処しきれず、しかし辛うじて直撃は回避する。頭を狙った光剣は兜を削ぐだけの結果に終わった。それを確認し、アルマは再び左手へと光剣を戻した。

 兜が外れてその場に落ち、男の顔が顕わになる。世間に疎いアルマでも、整っているとわかる程の端正な顔立ち。後ろでまとめた長い金髪が風に靡き、細められた碧眼がアルマを見つめる。

 

「話に聞いていた通り……いや、それ以上だな」

 

 男が構える。右手に持った大剣の刀身に左手を添え、左半身を半歩前に出して腰を落とす。その後方で魔法生物が周囲一帯に瘴気を撒き散らし、足を入れられる場所を絞ると共に逃げ道を塞ぐ。

 ――次の瞬間、その場から男の姿が消えた。

 違う。消えたと認識してしまうような速度で、アルマへと突進して刺突による攻撃を仕掛けたのだ。光剣を交差させて受け止めるが、その勢いは衰えることなく押し込んでいく。

 突如として男の動きが変わる。アルマの回避しようとする動きに合わせて切り替える。大きく踏み込み、強引に突進を停止させ、踏み込んだ足を軸とした回転斬り。全ての光剣を迎撃に回すが、破壊されて魔力が霧散する。

 

光で満たせ(fill with the light)

 

 だが、ただ受け止めた時とは違って僅かに拮抗した。その間に身を伏せてやり過ごし、素早く魔法を発動させる。光剣を作った時よりも短い一節詠唱で、込められた魔力も少ない。それでも、刀身を擽るように左手の指先を躍らせれば、長剣に強い輝きが宿り、屈んだ状態から飛び上がりながらの鋭い一撃は、男の身に着けた鎧に確かに食い込んで大きな傷をつけた。

 後退した男の顔に明らかな驚きの色が見える。アルマが反応し、完璧に反撃を決めたことにではないだろう。彼の視線は、自らの鎧に刻まれた裂傷に向けられていた。

 魔法は、出力するまでにかけた手間と、出力する際に消費した魔力量によってその性能が決まる。種類にもよるが、手間をかければかける程、魔力を消費すればする程、それに見合った力を発揮するようになっている。今アルマが使用したものは一節詠唱の魔法で、武器に光をまとわせて強化するというものだ。武器を強化するという性質上、武器本体の性能によって話が異なる場合もあるが、基本的には一節詠唱の魔法であるため、先程使用した三節詠唱の魔法で作った光剣による攻撃よりも威力は劣る。

 だが、当然例外も存在する。そもそもとして、魔法を発動させる手段は詠唱だけというわけではないのだ。大きく分けて、魔法は三つの手法によって行使される。

 一つは、完全な魔力の制御。生成した魔力を直接操り、望む形に変質させるというものだ。これは手動で魔力を操るため、極めて応用が利くという特性を持つ。しかし、全て自分の手で行う必要があるため、かかる負担と手間が最も大きいという欠点も存在する。

 次に、魔法陣に魔力を流して発動させるというもの。これは予め物体に魔法陣を刻んでおくことで、魔力を流して決められた魔法を発動するという形になる。万物は形状や材質が近ければ近い程似た性質を持つという性質を利用して考案された手法であり、詠唱の時に用いる魔法言語とはまた別の言葉を特定の規則に沿って記すことが前提となる。魔力を流すこと以外は何もせずに魔法を使用できるため、魔法技術において他国より何歩か先を進んでいるアミュレイト王国では日用品への導入も行われている。しかし、決められた魔法しか使用できないため応用が利かず、事前準備が必要になるのが欠点と言える。

 そして、最後のひとつが詠唱である。これは魔法言語と呼ばれる言葉に、魔力を乗せて発することで行使する……言わば、世界そのものに魔法陣を刻み、発動させるともとれる手法となる。こちらは決まった言語を組み合わせて魔法を構築する、魔力制御と魔法陣の中間に位置している半自動化された手法でもある。組み合わせ方以外にも、詠唱の一部を改変させることができれば応用の幅を広げられること、半自動化されているため魔力制御よりも短時間で使用できることから、実戦で最も多く用いられてもいる。

 男の鎧に刻まれた傷は、一節詠唱の魔法程度ではつけられない程に深く、大きい。少なくとも、彼の見立てではアルマの持つ剣本体の殺傷力を考慮しても、それらだけでは到底不可能だと思っていたことなのだろう。

 

光をここに(call the light)広がり(spread)昇り(rise)括り(quilt)天地を結べ(joint the sky)

 

 着地すると同時に、石畳を覆う雪へと左腕を突き入れて詠唱。反撃を受けて後退りした男はそれを止めることができないと判断したのか、距離を取ることを優先した。

 その直後、雪ごと石畳を突き破り、光が無数の槍となって天へと伸びていく。建物や周囲を漂っていた瘴気を全て消し飛ばす勢いで、アルマを中心とした周囲一帯に光槍の森が出来上がった。

 男は槍の群れに対し、それらを蹴り、間を縫うようにして屋根へと駆け上ったらしく、特に傷も見られない。だが、魔法生物はそれ程身軽に動けなかったようで、その巨体に幾本もの光槍が突き刺さっている。肉体の大きさが仇となり、無防備に受けてしまったのだろう。

 

「……人形というよりも、化け物の方が適切だな。本当に五節詠唱の魔法か?」

 

 男が苦々し気に呟く。

 レージュア王国はアミュレイト王国に比べて、魔法やそれに関連した技術が発展しているとは言い難い。正確には、アミュレイトが戦争開始前後から今までの十年弱という短期間に発展し過ぎているだけなのだが。それでも、魔法に精通しているわけではない彼の目からしても、アルマの行使した魔法は詠唱に対して威力や範囲が釣り合っていないと理解できた。

 だが、そもそもの前提が異なるのだ。確かにアルマは詠唱によって魔法を行使したが、詠唱のみによって行使したというわけではない。

 ――アルマは、魔法を使用する()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 詠唱によって魔法の大部分を構築し。

 魔力量や殺傷力等の細かい調整を直接制御して行い。

 そして、自らの内に仕込まれた増幅の魔法陣で、最終的な魔法の規模を大きくしている。

 当然ながら、このようなことができる者はそうそういない。アミュレイト王国でも、彼女を除けば一人だけだ。

 魔力が霧散し、光槍の森が崩れる。そのタイミングを見計らって、魔法生物が右腕を横薙ぎに振るい、一拍遅れて男が屋根から飛び降りつつ大剣を振り下ろす。タイミングをずらした挟撃に対し、アルマは跳躍し、続けざまに建物の壁を蹴り、宙に躍り出ることで逃れた。そのまま左手で短剣を三本抜いて投擲する。男へ二本、魔法生物へ一本。それぞれの左目を狙った短剣による攻撃は、魔法生物が複腕を振り回したことで阻止された。

 だが、複腕に視線が遮らせることが彼女の目的だ。その一瞬で懐から拳銃を取り出して連射する。残りの四発の弾丸は全て吐き出され、魔法生物の双眸を撃ち抜いた。

 

「■■■■■■――!」

 

  魔法生物が悲鳴を上げる。人には理解できぬ叫び声が大地を震わせ、同時にその全身の傷から膨大な量の瘴気が放出された。溢れ出た瘴気は瞬く間に周囲の建物を朽ちさせ、崩落させていく。それによって土煙が立ち込めて、瘴気と共に視界を埋め尽くす。

 アルマもまた同様だった。瘴気がすぐ傍に迫っている。発砲したことで崩れた体勢を整えながら着地し、すぐに後退して離れる。その最中、瘴気を振り撒きながら暴れる魔法生物の腕が左腕を掠め、袖と手袋が千切れ朽ちていった。

 ――直後に濃密な死の気配が迫るのを感じ、左手に握った拳銃をその方向に向ける。当然、既に弾切れであり、弾丸が出ていくことはない。いや、それ以前にアルマは引き金を引いていなかった。最初から武器として向けたわけではない。

 激しい金属音。拳銃に大きな傷が入って歪む。男が瘴気を潜り抜けて大剣を突き出してきたのだ。

 完全にただの鉄屑と化した拳銃を素早く手放し、爪で大剣の刀身を削るように這わせながらアルマもまた左手を男の顔へと突き出す。甲高い金属音が鳴り響き(・・・・・・・・・・・)、男の碧眼が大きく開かれた。

 彼女の左手は黒かった。光を照らして輝く肌。皮膚の存在しないそれは、飾り気こそないものの、滑らかな流線形を描いており、スマートな印象を見受けられた。

 ――端的に言ってしまえば、それは義手だった。

 

「っ、貴様……!」

 

 男の反応が遅れる。金属製の爪がこめかみを深く裂き、鮮血が飛び散る。顔を横に倒すことで辛うじて直撃は避けたが、続けざまにアルマが動く。前へ左手を突き出したため、後ろに来た右腕の肘で大剣の腹を打ち、男の姿勢を崩す。その際に生じた反発に逆らわず、腕の戻される動きのまま、今度は右手に握る長剣で斬りかかった。

 首を狙った一閃は、しかし男が腕を盾にしたことで防がれた。魔法で強化された長剣だが、籠手を砕いて勢いの落ちたところを関節部で挟み込まれたのだ。即座に顔の横に置かれた左手を薙ごうとするが、男の蹴りが腹部へと迫ったのを見て、すぐさま低く跳躍する。長剣を手放し、音もない程に軽やかな動きで足に乗り、逆らわず後方へと流されていく。

 

星を束ね(align the light)雨を降らし(beget the meteor)白き神秘を咲かせよう(create the narcissus)

 

 宙へと放り出されたまま左手を振るう。その軌跡に光が収束し、流星を模した砲撃が放たれた。輝く魔力の奔流の中で、男が大剣を構え、全身全霊の斬り上げを見舞うのが見える。光の砲撃は両断され、男の後ろで暴れていた魔法生物がそれに呑まれた。

 男に向けられた一撃は縦に断たれたことで拡散したが、周囲の瘴気ごと魔法生物の肉体に風穴を開けて灼くには十分だった。余波で町が更に破壊され、最早廃墟同然となっている。だが、任務達成と見做すには不十分である。彼女は未だ中央部へ到達できていない。それどころか、男と魔法生物との戦闘で外縁部まで押し遣られていた。

 

「■■■■、■■■■■――!」

 

 魔法生物が吼える。既に半分以上が削られた身ではあったが、中から溢れ出る瘴気は留まることを知らない。それどころか、瘴気が肉体の不足分を補うかのように形を成して、より禍々しい異形へと姿を変じさせていった。

 肥大化した頭部の二つの空洞では、瞳の代わりであるかのように瘴気が揺らめいている。横に広い胴体からは細長い触手の如く瘴気が伸び、それらは所々で絡み合い、翼にも見えた。最大の特徴である三本の左腕は、完全に肩まで裂け、瘴気が新たな腕となって生えている。その数は、元の複腕も含めて九本である。

 これが、それが魔法生物と呼ばれる所以。既存の生物ではありえないようなことを実現させる力。体系化された技術としてではなく、己の身に宿した生物の能力として、魔法と同じ原理の力を扱う生命。

 男が小さく舌打ちする。とても小さい音だったが、アルマはそれを聞き逃さなかった。恐らくここまでくると制御が困難、またはできないのだろう。となれば、眼前の男は自分とこの魔法生物を町の外へ誘導しなければならなくなる。

 それを理解し、再び町の中央部へと駆け出した。男はアルマの排除に加えて、魔法生物への対処もする必要が出てきた。つまり、彼女と魔法生物の距離を離せば、どちらか片方にしか手を割けられなくなる。

 当然、アルマを追ってくるだろう。あの魔法生物は外縁部で暴れるだけで、明確な破壊の意思はない。町の中枢を破壊しようとする彼女の方が処理を優先すべき敵だ。

 

「――光よ(call the light)

 

 だから、その前提を壊してしまえば良い。一瞬逡巡しながらもすぐに追いかけてきたのを確認すると、アルマは素早く左手を躍らせ、その言葉を紡ぐ。光の鏃が魔法生物目掛けて飛翔し、瘴気ではない、まだ生身のその身体へと突き刺さった。それに反応し、瘴気の翼と左の複腕がアルマへと殺到する――そう、町の中央部に駆け出している彼女の方へと。

 魔法生物の光無き瞳に宿っているのは、怒り。それと殺意。身体に何度も穴を開けられたことに対しての激情を示しているかのように、魔法生物は彼女を狙っている。追いかけ、翼と複腕で襲っている。周囲への被害を顧みない猛攻は、アルマよりも男を苦しめていた。

 アルマを追っている都合上、二者の間に位置しているということもあるだろう。だが、このまま彼女が町の中央へと到達しても、魔法生物が攻撃の手を緩めることはないことに対して、心理的な圧力が強くかかっている。

 攻撃を避けるだけなら魔法生物の進路上を離れ、別ルートで追跡を行えば良い。だが、アルマは男がそうしている間に身を隠すことができるし、彼もそれを理解している。故に最短距離を走り続けなければならない。

 しかしそれでも、アルマと男の距離は一向に詰まらない。要因は二つあった。一つは、装備重量の差だろう。アルマは現状殆ど丸腰に近いのに対し、男は鎧と大剣という重装備だ。それでもかなり素早く、それこそ訓練された軽装備の兵士の全速力と同等、或いはそれよりも少し速く動いているのだが、生憎と相手が悪かった。瞬間的な速度なら兎も角、長距離を走り続けるのであれば、音もなく軽快な動きを行えるアルマの方が有利である。

 もう一つは、アルマが後方の確認もせずに魔法生物の攻撃を避けられること。彼女は自らに迫る死を、感覚として察知し、理解することができる。そんなことは男が知る由もないのだが、後ろを一切見ることなく翼と複腕の嵐を完璧に潜り抜けているその姿は、まるで野生の獣のようにも見えたのだろう。

「化け物が……!」

 男が明確に焦りを見せる。アルマは残った三本の短剣を全て右手で抜くと、速度を維持したまま詠唱を始めた。

 

地に繋ぎ留め(ax the neck)純潔を穢し(buss the orchid)そして静寂は訪れる(calm the pang down)

 

 自らへ迫る死の気配や翼や複腕が風を切る音から男の位置を割り当て、前へと駆けたまま短剣を後方へと投擲する。男が雪を踏む音に乱れが生じた。

 

骸は染まり(decorate the queen)新たな秩序が築かれ(elect the ruler)世界の望みは果たされた(felicitated the sacrifice)

 

アルマと男の距離は開いている。いや、彼女が開かせた。

 

「――繰り返されし革命をここに(give the terminus repeatedly)

 

 詠唱を完成させたアルマの左手に光が集い、その身体の何倍もある大斧となる。実戦で運用するには長く、下手に行使すれば隙を晒すことになる七節詠唱の魔法。しかし、それだけの価値があるものでもあった。

 足を雪に突き入れるどころか、その下の石畳を砕きかねない勢いで地に着け、急停止。身体は慣性に従って前へ動こうとするが、その勢いを殺すのではなく、強引に捻って回転させ、後ろへと持っていく。それまでの速度を乗せた、光の大斧による渾身の横薙ぎが、並ぶ建物を叩き割りながら男へと放たれた。

 直撃すれば、まず命を落とすであろう一撃。男は受けようとはせず、スライディングで躱してアルマへと接近する。後ろにいた魔法生物は翼と複腕ごと胴体が両断され、遂にその命の灯が潰えたかのように瘴気が霧散した。

 彼女の攻撃はまだ終わらない。指先で柄を回転させて持ち直し、今の一撃の軌跡を逆側からなぞるようにして再び薙ぎ払う。男は低く跳躍してこれも躱すが、更に続いた振り下ろしを避けることはできなかった。その大剣を盾として受け止める。

 大剣が軋む。

 身体が震える。

 地面に罅が入る。

 アルマは左手だけで扱っていたが、大斧は極めて重かった。いや、大斧そのものが重いわけではない。男の真上で、大斧を構成する魔力の一部が天へと向かって噴射され、その勢いに押されているのだ。

 

「――お、お、おぁおおおおおおおおッ!」

 

 男が吼える。全身に限界まで、或いはそれ以上の力を入れ、鎧の隙間から血を噴き出させながら耐える。魔力を過剰に生成し、その性質で肉体に負荷がかかるが、それに反発するかのように身体のリミッターも外れていく。

 魔力を用いた戦闘技能の一種。命を削るような真似ではあるが、魔力に対する免疫機能が強ければ強い程、身体能力を無理矢理引き上げることができる。過剰に生成した魔力の影響で動けなくなるラインを見極めていなければデメリットにしかならない諸刃の剣。

 今、彼はまさに命を燃やして踏ん張っていた。

 大剣に罅が入る。同時に、大斧から光輝く欠片が剥がれ落ち、大気に溶けるようにして消えていく。大斧を構成している魔力の量が減っていることを理解し、男は身体に更なる負荷を掛けながらも強引に大剣の向きを変え、横を掠めていくように受け流した。

 膨大な魔力が真横を通り抜け、大地に叩きつけられる感触に戦慄しながらも、男は吹き飛ばされぬよう耐え、そのまま前方へと突進する。強い輝きと砂埃が失せ、視界が明瞭になり、

 

「――は」

 

 一歩間違えていれば自らを確実に殺していたであろう一撃を放った人形は、その場所にはいなかった。

 既に振り始めていた大剣が空を切る。どこだ、と意識を周囲に巡らせる。

 

 雪を踏む音が聞こえた。

 

 男の反応は迅速だった。即座に音の出処の方へと斬りかかるだけの実力があった。だが、これまでの攻防で焦っていたのがいけなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ならば、何故雪を踏む音が聞こえたのだろうか。その解は至極単純だった。

 彼の視界を黒い輝きが彩り、そして何も見えなくなる。

「ぐ、おぉおぁああああっ!?」

 悲鳴が漏れるのを、感情というものを映さない瞳で、アルマ・リヴォルタが見つめていた。彼女は眼球を潰したその黒く鋭い指を、何の躊躇いもなく上に曲げ、頭蓋骨に引っ掛けて地面へと投げ捨てる。そして流れるような動作でブーツの踵に仕込まれた刃を飛び出させて、倒れていく勢いを利用して首を裂いた。瞬く間に鮮血が溢れ、男の肉体から血の気が失せていく。

 激戦を繰り広げていた男は物言わぬ屍と化した。そのことに、彼女は何の感慨も見せない。

 これが彼女が殺戮人形と呼ばれる所以。命令のままに敵を殺し、心の動きというものは一切見られない。無慈悲に殺しを繰り返す、恐怖の象徴。

 

「……か、ふ」

 

 だが、それは決して、無敵というわけでも苦戦しないというわけでもない。防衛部隊の隊長と思しき男を殺すのに、魔法を使用し過ぎた――即ち、多量の魔力を生成し過ぎた。特に、最後の七節詠唱の魔法を使用した負担は極めて大きい。口からは血が漏れ、恐らく身体の中もズタズタになっているだろう。

 それでも、これが一番確実に殺せる方法だった。七節にも及ぶ大魔法を囮にするなど、誰も考えつかない。だからこそ、想定通りに虚を衝いて始末できた。

 

「任務は……町の、破壊」

 

 全身が酷く痛む。裂け、千切れ、灼けるように蝕む。しかし、それでもアルマは歩みを止めなかった。彼女にとって、養父からの命令は絶対であり、自らの存在意義そのものでもあったからだ。

 足元の小さな瓦礫を幾つか拾い、手の中に隠して進む。こうしたものでも即席の飛び道具としては有用で、生き残っている兵士と遭遇しても、これを使えば容易に武器を奪うことができる。だが、結局兵士と遭遇することも、武器を持った死体を発見することもなく町の中央部にまで辿り着いた。

 到着するまでの間に少しは回復した身体を酷使し、再び魔力を生成する。使用する魔法は一節でも問題ないだろう。設備を破壊するのに、無駄に消耗する必要はない。こういった時に爆薬等があれば楽だったのだが、生憎と持ち合わせてはいなかった。

 周りを見渡す。一番近くにあったのは下水処理施設だ。やや離れた街路沿いに川が流れているのが見えた。アルマが町に侵入した地点の近くではそのようなことはなかったため、戦闘中に随分と移動してしまったらしいことがわかった。

 

光よ(call the light)

 

 光の鏃を射出する。魔力の消費量は最小限に留めたため、その数は三本しかない。だが、施設の壁を貫き、中へと入って少しした辺りで、魔力制御の応用で光の鏃を連続して炸裂させた。轟音が響くと同時に、丁度良い感じに内部を破壊できたのか、下水処理施設は少しずつ崩れていった。

 軽く息を吐き、再び周囲に目を向ける。視界に入ったのは、この町でも一番大きい病院だった。この町の構造を考えると、非常時にも運用できるようになっているのだろう。流石にこれはもう少し強力な魔法を使用した方が良いかと考えながら、アルマは左手を翳す。

 

「……む」

 

 小さく声が漏れた。肉体のダメージが大きく、魔力制御が上手く行えなくなってきている。この病院を破壊した後に一度休息を入れるべきだ。命令には必ず従い、任務は最短最速でこなさなければならないが、あくまで任務の内容は敵国の領地に存在する町を荒らして周ること。つまり破壊活動を行う場所はここだけではないのだ。任務継続に支障が出ないようにしなければならない。

 そこまで思案し、アルマは強引に魔力を生成し、制御していく。これまでの負担も合わせてか、一瞬だけ視界が霞んで、

 

「――おっと、それは困るな」

 

 見知らぬ声。即座に反応はしたが、それに肉体の方がついていかない。声の方向に振り向く間もなく、身体に衝撃が加えられ――アルマの視界が、黒く染まった、

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