ドール・トゥ・ガール   作:天音ウカ

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Al02 前を向いて

 アミュレイト王国、アルテア侯爵――ジェント・リヴォルタ。

 レージュア王国、マーティア辺境伯――デイヴ・アバーナシー。

 

 二人の死によって、両国の戦争は終結した。十年もの間続いたことから後世に十年戦争と呼ばれることになるこの戦争は、両国のみならず周辺国家にも大きな影響を及ぼすこととなる。十年間戦争が続くということは、過去にもあまり例を見ないことだったのだ。

 アルテア侯爵は戦時中、魔法学において多大な功績を遺した。現在世に浸透している魔法理論の九割以上は彼が構築したものだ。それに加え、これまでにない新たな魔法の発案と実用化を行うばかりか、武具や日用品を問わず、魔法を組み込んだ三百以上もの道具を開発。魔法言語の解析とそれに伴う詠唱の最適化、魔力制御の効率化といったことも同様である。

 これらは当主の座を継いだ彼の弟、ジーノ・リヴォルタと国王エドモンドによって他国にも広められ、魔法学は世界規模で大きな進歩を遂げることとなった。

 また、彼の遺した手記にはアミュレイト王国における貴族の不祥事等が記されていた。これを受けた国王エドモンドは真偽を精査した上で該当する貴族の粛正に踏み切る。それによって議会は再編され、国王と議会の対立は解消された。かの国の貴族は大きく数を減らすこととなったが、アルテア侯爵の遺した置き土産もあり、国としては安定するという結果となった。

 マーティア辺境伯は血縁者がいなかったため、彼が治めていた土地は一時的に他の者に任されることとなる。国としては暫くの間不安定な時期が続いたが、マーティア辺境伯の遺書が王宮に届けられると情勢は一変。アミュレイト同様一部貴族の粛正に乗り出し、戦前よりも安定した運営が行えるようになった。どちらも主戦派の殆どが粛正対象となった貴族だったこともあってか、戦後初めて催された両国王の会談では、互いに非常に朗らかな笑みを浮かべていたという。

 終戦から一年後には、二国の講和を記念した学園が設立された。これは戦後間もなくから計画されていたことであり、平和の象徴としての政治的意味合いを持っている。無論それだけではなく、単純に互いのことをよく知り、自分の意思で世界に目を向けて欲しいという願いを込められていて、両国王からするとそうした思いの方が強かったりもする。

 二国とも広大な土地を持つ大国ということもあり、どこに設立するかは幾度となく議論を重ねて検討された。最終的には南部に人工島を建設し、その上に設立することとなった。戦争終結のきっかけを作った二人が領主を務めていた土地とは北と南とで正反対である。様々な事情があってのことだが、表向きには学生も教師も寒冷地で寮生活を強いるのはよろしくないからと発表されている。

 

 

 ――十年戦争の終結から三年が経過した。

 

 終戦後すぐにアルマ・リヴォルタはアバーナシー家で働いていた者達に別れを告げ、自国へと戻った。叔父のジーノ・リヴォルタに養父の遺言を伝えて家を出ようとしたが、引き留められたことで再びリヴォルタ家で過ごすことになる。一年程は慣れない業務に手を焼いていたジーノの補佐をして生活するも、その間に彼女が笑顔を浮かべたのは片手で数える程しかなかった。

 しかし、講和記念学園の設立が公表されると様子が一変する。ジーノに学園の教員になりたいと告げ、その道の勉強を始めたのだ。当初はジーノの補佐と並行して進めていたため難航し、精神的に不安定になることもあったと彼女の手記に記されている。

 その最中、レージュア王国から姿を消していたセシル・マティスがリヴォルタ家を訪ね、アルマ専属の使用人として仕えるようになる。それからは彼女の助けもあり、ジーノの当主業務とアルマの勉強は軌道に乗ることとなった。

 

 そして、必要な資格を全て取得し終えて採用試験に臨み――アルマは教員として勤務することが決定した。

 

 

「魔法学教授と養護助教諭の兼任……ですか?」

 

 アルマの私室で、セシルが怪訝な顔をする。

 

「講和記念学園とはありますが、魔法生物に対する自衛や将来の選択肢の幅を広げる為に戦闘訓練も行っているのだとか。そのせいで怪我人が出ることも珍しくなく、養護教諭が不在の時にも任せられる人材が欲しいと話していました」

「本当に名前の割には物騒ですね。まあ、世界に目を向けて欲しいというのも設立した理由にはありますし、旅をするならそうした技術を磨いておいて損はないですが」

 

 最近のセシルは若干砕けた口調で話すことがある。専属の使用人ではあるが、それと同時に一人の友人として接するようにもなったからだろう。こういったことはあまりよろしくはないと語っていたが、アルマの要望もあって殆ど対等と言っても差し支えない関係を築き上げている。

 二人の関係が変わったように、この三年間で起きた変化は数え切れない程ある。アルマもセシルもアバーナシー家で働いていた者達とは定期的に連絡を取っていて、都合が合えば一緒に出掛けたり茶会を開くこともある。これらはアルマが主体となって行っており、これまでの彼女からすれば想像もつかないことだろう。ちなみに、主人であるデイヴこそ亡くなったものの、どうやら万が一に備えてかデイヴが事前に根回しをしていたらしく、再就職先には困らなかったという話だ。

 

「ともあれ、おめでとうございます。……正直に申し上げますと、結局御二人の命日に北と南を行き来しなければならないというのは心配ですが」

「ありがとうございます。参拝に関しては……まあ、そういうものですから。養父様と先生の墓参りと、学園の慰霊碑の前で黙祷する頻度が逆転するのは申し訳なくも思いますがね」

「これまでは命日に学園を訪ねる形でしたからね」

「はい。魔法を使えば移動の手間も減らせますし、頻度も増やせますが……やはり、こういったことは自分の足を使うべきだと」

 

 セシルの淹れたカルメールティーを飲みながら、アルマは窓に目を向ける。その視線のずっと先にはジェントの墓があった。町の外れに専用の墓地を設けた形になっており、そのようにしたのはアルマの意向だ。ちなみに、デイヴの墓は以前彼の治めていた土地の一角にあり、許可を得れば誰でも参拝できるようになっている。

 

「養父様の遺品整理はどうなりましたか?」

「まだ始められそうにないですね。最近はジーノ様御一人でも仕事が回るようになってきましたが、如何せんジェント様が遺された資料や論文が随分と多いもので。率直に申し上げますとまだ終わりが見えません。理論や技術の開放を優先していましたが、逆にそのせいで全く手が付けられない状態です」

「わかりました。学園の教員寮に移るまで、私も手伝います。それらに詳しい人間がいた方が進みやすいでしょう」

 

 左手でこめかみを押さえ、溜息を吐く。個人が優秀過ぎるとそういった弊害も出てくるのだと実感する。既に開放されたものだけでも魔法学が二十年は進んだと言われているのだ。それでいてまだ開放されていない理論や技術が数多く存在しているとは、それら全てが世に出れば魔法学は何年分の進歩を遂げるのだろうか。

 養父の偉大さと、自分がどれだけ恵まれた環境にいたのかを改めて認識する。空いた時間に魔法の研究も進めていたが、アルマ一人では芳しくないとしか言いようがなかった。しかしそれでも、彼女はジェントがいない今では世界一の魔法使いと呼べるだろう。本人もそれを自覚しており、そしてそれこそが問題だと考えているのだが。

 

「……ふふっ」

 

 不意にセシルが笑う。何かおかしなことでもあっただろうかと首を傾げるが、そうではないと言うかのように彼女は頭を振った。

 

「アルマ様が御自分のことを、自然と人間と仰ったことが嬉しいのですよ」

「その言い方ではまるで保護者ですが」

「む、それは聞き捨てなりませんね。私が年を食っているようではないですか」

「いえ、セシルはまだまだ若いとは思いますが……自分からそんなことを言ってしまうと、逆にそう考えていると捉えられかねません」

 

 困ったような表情を浮かべるアルマ。セシルは心外とでも言いたげな様子だったが、その姿を見て再び微笑んだ。

 

「一理ありますが……やはり、嬉しいものです。三年前、出会ったばかりのアルマ様も大変御綺麗ではありましたけれど。こうして様々な表情が見えるようになって、自分からしたいことを見つけて。……御二人には悪いですが、隣でアルマ様の成長を見ていられる私は幸せ者ですね」

「……まあ、セシルがそう思っているのなら何も言いません」

 

 顔を背けて視線を逸らす。少しだけ頬が熱い。誤魔化そうと茶を口に含むが、淹れて時間が経ったわけでもないため余計に熱くなってしまった。

 今のアルマも感情が顔に出ることは少ないが、内心では情緒豊かな方だと自負している。しかしそれでも、こうした感情には慣れないものである。嬉しくないわけではないが、はっきりと言われると気恥ずかしさが勝ってしまうのだ。どういった対応をすべきなのかがよくわからず、このように誤魔化そうとして失敗するのも珍しくない。

 

「そろそろ御報告に参りましょうか」

 

 そこで、流石に見かねたのかセシルが助け舟を出した。追い詰めたのも彼女だが、今回に限らずこうした場合にフォローに回るのも彼女だ。気安い関係を築きながらも、主を立てることを忘れない。従者としての心構えである。

 

「……セシルはずるいです」

 

 視線を逸らしたまま呟く。自分で対等な関係でありたいと望んだとはいえ、立場としては一応上のはずなのだが。これまでも、そしてこれからも、どうしてもセシルに勝てそうにはないとアルマは感じた。

 

 

「快晴で何よりです」

 

 町外れにあるジェントの墓へ行くには、あまり整備されていないせいで足場の悪い道を使う必要がある。衛兵の巡回も頻繁に行われているわけではなく、野生の獣――時には魔法生物が現れることもあって、兎にも角にも危険が多い。それ故に、雨や雪が降られては堪ったものではない。

 厄介なことにならず、安堵したかのような息をアルマは漏らした。

 

「天候によっては、ただでさえ悪い足場が更に悪くなってしまいますからね。傘を持って歩くのも意外と疲れるものですから、本当に何より以外の言葉がありません」

 

 セシルもそれは同じのようで、非常にリラックスした様子で歩いている。天候が良くとも危険が多いことには変わりないのだが、実のところこの二人にはその辺りをうろつく魔法生物程度では危険にもならないのである。

 アルマは十年戦争で挙げた戦果から言うまでもなく。

 セシルも武芸百般をデイヴに叩き込まれており、並の兵士はおろか大隊長にも劣らない実力を持つ。

 そんな二人が並んで歩けば寄り付くものなどそうそういない。人間であればその優れた容姿に惹かれて声を掛ける者もいるだろうが、獣――その中でも特に好戦的な個体に関して言えば本能的に避けるはずだ。そうでない場合は余程プライドが高いか、本能が酷く鈍いかのどちらかである。

 木漏れ日を浴びながら進む。冬が明けて間もないが、既に木々の葉は生い茂っている。この道に並ぶ木々は葉が落ちるのが遅く、生えるのが早い。元々がそのような品種なのだろう。アルマは植物に関してはあまり詳しくはないが、緑で溢れている時期が長いのは嫌いではなかった。

 

「そろそろですね」

 

 大きな袋を持って歩くセシルが呟いた。彼女の言葉に違わず、それからすぐに目的地に到着する。

 木々に囲まれながらも開けた空間。中央には小さくも立派な墓石が設置されていて、そこには既に薄い桃に色づいた一輪の花が供えられていた。

 

「叔父様でしょうか」

「恐らくは。……ジーノ様はその呼び方を嫌がっていましたが」

「私はまだ何も言われていませんから」

「ふふ、意地悪な方ですね。しかし……成る程」

「どうしましたか?」

「いえ、ジーノ様の心情について少々。時期というのもありますが、どうやら弱音を吐露していたようですね。また、それでいても折れないという決意も感じられます」

 

 セシルの分析に、アルマは目を丸くする。

 

「供えた花からですか?」

「ええ。アミュレイトではある一つのものに込められた言葉を重要視する習慣があるようですので、それに則った上での推測になりますが。ジェント様の墓前で――いいえ、墓前だからこそですね。恐らく当主業務やジェント様の遺したあれこれの整理で参っているのでしょう」

「ですが折れないと」

「あくまでジーノ様の決意でしかありませんから。虚勢とも言い換えられますがね。一度、息抜きに手合わせでもして差し上げてはいかがでしょう」

「考えておきます」

 

 そこでアルマは一度区切り、セシルの方を向く。

 

「……前から思ってはいましたが、セシルはたまに素で辛辣なことを言いますね」

「従者たる者、そういった面も必要ですので。アルマ様は御存知ではないかもしれませんが、主と外出する際には服装や素行に問題がないか確認する役割もあるのですよ」

 

 少しばかり優位に立てるかと目論んでの指摘もくすりと微笑んで受け流される。この手のやり取りで彼女に勝てたことは一度もなかった。

 セシルが白一色の花束を手渡す。全て同じ種類の花で、アルマが持つと木漏れ日に煌めく銀髪も相まって雪の精のようにも見えた。

 彼女はゆっくりと墓石へ近づくと、既に供えられていた花の隣に花束を置いた。すぐには立ち上がらず、屈んだまま目を閉じて黙祷する。

 少しだけ、その場から音が消える。

 

「……では、行きますね」

 

 目を開けて立ち上がる。アルマが心中で何を語っていたのかは、彼女以外誰も知らない。だが、それで良いのだとセシルは考える。大切な者――それも故人に向けた言葉を詮索するなど無粋の極みだ。

 二人並んで、今度は来た道とは反対側にある道を歩いていく。こちらも手が加えられていないせいで荒れているが、やはりと言うべきか足取りは随分と軽やかである。落ちた枝葉を踏まないよう慎重に、しかし速度は落とさず。アルマは足音というものが全く聞こえず、セシルも極めて小さいのに二人の歩く速度が落ちることはまるでなかった。

 はっきりと言ってしまえば、今二人の歩くこれはとても道と呼べる代物ではない。舗装するどころか、最低限道として機能するように整備されてもいない。辛うじて、出発点と行き先を示すように木々の並びを整えているくらいだ。

 このようになっている原因は、言うまでもないが野生の獣にある。一般的な動物ならまだしも、魔法生物が出没することもあるのだ。しかも町から離れているわけで、そんな場所に道を敷いて維持するとなると、掛かる費用に対して利点が少なすぎる。

 そして、アルマがわざわざここに墓を設けた理由もそこにある。生前のジェントはあまり人と接するような人物でもなく、静かな場所を好んでいた。特に彼は自らの死によって十年戦争の終結を担った功労者でもあるのだ。直接の接点はなくとも墓参りに来ようとする者も多いだろう。実際に、デイヴの墓は参拝に訪れる者が多いと聞いている。

 ジーノもこの方針には賛同しており、設置する際には自ら適した土地を見繕っていた。獣除けの道具も積極的に調達し、墓が荒らされないよう対策を練っていたのをよく覚えている。まあ、最終的にはジェントと親交のあった者――即ち、その辺りの魔法生物程度では苦にもならない実力者が結構な頻度で訪ねるせいで、墓に寄り付くようなものはすぐに消えたという落ちがついたのだが。

 

「そういえば、セシルがこちらに来る前の話なのですが……養父様の墓に、一本の酒瓶が供えられていたことがありました」

「酒瓶」

「はい。その時は叔父様と来ていたのですが、どうやら王宮で長い間保管されていたもののようで。恐らく国王陛下が供えたものと叔父様は推測していました」

「……王宮で保管されていたとなると、かなり貴重な一品だと思われますが。その、色々と大丈夫だったのですか?」

「翌日再び来たら、酒瓶は消えていました。それと思われる酒の注がれた杯が残されていましたが」

 

 アルマがそう告げると、セシルは顎に手を当てて考え込んだ。

 暫くの間沈黙が流れ、ぽつりと小さな声が漏れた。

 

「怒られましたよね。国王陛下」

「それでも酒を残しているのは、せめてもの抵抗ということでしょうか」

 

 随分と自由な人間である。二人の意見は完膚なきまでに一致していた。

 アミュレイト王国国王、エドモンド・ルーチェ・プロフェシア。ジェントと個人的な親交があるのはアルマも知っていたが、まさかこうした行動に出るとは思ってもみなかった。貴族の悪事や不祥事の証拠を掴んですぐに粛正に踏み切ったりと、大胆な人物であるとは推測できたのだが。それだけ仲が良かったのだろうか。

 

「レージュアの方はどのような人物なのでしょうか」

「デイヴ様と親しかったようですが、何分私は会ったことがないもので。とはいえ、アミュレイトもレージュアもトップの仲が良いとはよく聞きますからね。気が合うという点では、似た性格をしているとも考えられますが。どちらも腐敗した貴族の粛正には積極的に乗り出したと聞きますし」

「性格が正反対でも意外と仲良くなれるもの、寧ろ正反対だからこそ親友になれるとも言いますから、判断しづらいですね」

「結局のところ、上手い具合に噛み合うかどうかでは?」

「かもしれません」

 

 普段から意識していればそういった知識も備えられるのかもしれない。少なくとも無駄なことではないだろう、とアルマは思考する。人となりを知っていればコミュニケーションも円滑に進められるだろう。

 そのように考えていると、やがて一つの可能性に思い至った。

 

「……叔父様は、養父様の研究成果の開放の為に結構な頻度で国王陛下と顔を合わせているはずですが。その内容を最も理解しているはずの私が呼ばれていないのは、そういった面を考慮されてのことなのでは?」

「それはつまり、アルマ様のコミュニケーション能力、或いは国王陛下との性格上の相性に難があると」

「自分で言っておいて認めたくはないですが。しかし、そうでもなければこれまで私が一度も呼ばれていないことの説明がつきません。当然ですが、養父様の研究内容について養父様の次に詳しいのは私ですから」

「考えすぎでは? ……まあ、アルマ様に問題がないとは言えませんが」

 

 大きさは抑えながらも口を衝いて出た言葉に、アルマが振り向く。普段から接していなければわかりにくいものではあったが、その表情には心外そうな色が浮かんでいた。

 

「いや、言い出したのはアルマ様でしょう」

「確かにそうですが……先程も言ったように、認めたくないのです」

「ですが、交流のある者でなければ表情の変化に気付けないくらい顔に出ていないせいで、初対面の人は付き合いづらく感じると思いますよ。声もあまり抑揚がないので冷たい印象を与えかねません。元々アルマ様は可愛らしいというより綺麗という言葉が似合う方ですから、それもあって人形のようにも見えてしまうかもしれないですね」

 

 セシルの指摘に、少しだけアルマの雰囲気が変わる。

 

「私は人間です。養父様や先生、それに……セシル、貴女にも。多くの人に頂いた愛が、私を人間にしてくれたのです」

「知っていますとも。あくまで他人に与える印象の話ですよ。そう仰ってくれるのは嬉しいですが、今のまま学生達と親睦を深められますか?」

「それは……そう言われると、自信がなくなってきます」

 

 物々しかった雰囲気が萎んでいく。気落ちした様子のアルマにセシルは苦笑し、では、と指を一本立てた。

 

「教員寮に移るまでの間、空いた時間にコミュニケーションの訓練でもしましょうか。それでも足りないようでしたら、私も世話係としてお供しますので」

「そんなことが可能なのですか?」

「ええ。学生教員問わず、一人まで許可されていますが……御存知なかったのですか? アルマ様の取り寄せた学園についての資料に記されていたことなのですが」

「……知りませんでした」

 

 視線を逸らして出た声が風に流されて消えていく。森の出口が近い。このまま進めば程なくして国境付近まで辿り着くようになっており、二人の次の目的地――デイヴの墓はその先にあった。

 二人は止まることなく歩き続け、すぐに出口に到着した。

 

「何度見ても、相変わらず良い景色ですね」

「若干高所になっていますからね。町の様子がよく見えます」

 

 国境上に位置する町まで下り、手続きを済ませれば正式にレージュアに入ったことになる。

 両国に跨って作られているだけあって独自の文化が築き上げられており、アルマには興味の尽きない町だ。終戦からはまだ三年しか経過していないが、戦前の文化も引き継いでいるのだろう。

 しかし、国境上に存在するということは戦地になりやすいということでもある。十年戦争を経ても文化が途絶えなかったのは運が良かったとしか言えない。アルマは当事者だったわけだが、この町での任務が一度もなかったことに今では少し感謝している。流石に多くの人間を殺し、多大な損害を与えた場所に足を踏み入れるのはつらいものがあるのだ。

 町へ下りて、門番に身分証を提出する。目的はレージュアへの入国であるため、中には入らず外壁の内部を通って反対側に回ることとなる。町そのものに特に用事がなければこのように迂回することが義務付けられているのだ。ここでは二国の交易が盛んに行われていて、その妨げとならないようにということである。

 

「入国の目的は」

「墓参りです」

 

 入国審査官の質問に短く返し、身分証と荷物を提出する。何度も通っていることもあって互いに見知った間柄ではあるのだが、だからと言って仕事に手を抜いたりしないことため、アルマからすれば好感の持てる相手だ。無論そうでなくてはならないのだが、賄賂を受け取って懲戒免職となった者がいると聞いたことがある。職務に誠実なのは信用と信頼に繋がり、そうでない者とは与える印象も変わってくるのだ。

 

「どちらの墓まで」

「クローチです」

「滞在期間は」

「日帰りです」

「では、良き旅を」

「ありがとうございます」

 

 荷物が少ないこともあり、チェックはすぐに終わった。返されたものを受け取って邪魔にならないよう少し先で待っていれば、間を置かずにセシルがやって来るのが見える。彼女はアルマより荷物が多いせいで若干時間を食ったが、それでも大した差がなかったのは入国審査官の手際が良いことの証だろう。

 外壁から出て馬車を待つ。元々レージュアは機械大国と呼ばれており、その技術力は世界的に見ても最先端にある。それ故に移動手段も多いのだが、最も利用されているのは馬車だったりする。というのも、ただの馬ではなく馬型の魔法生物に引かせる方が安全やコストの面でも優秀だからである。

 一般的な種よりも力強く、武器を積む必要もない。他の移動手段と比較しても燃料より餌の費用の方が少なく済む。一気に数を増やすことはできないが、一頭でも軽く十人は運べるため、現状では問題になっていない。魔法生物の扱いや技術転用に関して言えばアミュレイトも上回るだけあって、安定した運用が可能なのだ。

 馬車はすぐに到着し、それに乗り込む。アルマとセシルがここに来る時間と行き先はいつも同じであるため、利用する馬車もまたずっと同じだった。御者と変わらないやり取りをして出発する。

 

「そういや、アミュレイトではものに与えられた言葉を大切にしていましたね」

 

 目まぐるしく景色が変わる中、御者の男がそう口にした。セシルが持つ袋に入った白い花束を見たのだろう。

 

「お客さんが時期によって持ってくる花を変えてるのも、やっぱりそういうものなんですかい? 同じような時期でも違うこともありましたし、お客さんの近況とかでまた変わってくる感じなんですかね」

「はい。その解釈で問題ありません」

「プライベートなことですので、あまり詳しくは言えませんが。もし気になるようでしたら、意味を調べる程度に留めておいてくださいね」

「はは、別に詮索したいわけじゃないんで安心してくださいよ。その花は見たことなかったんで聞いただけですから」

 

 男が快活に笑う。長い間利用し続けているというのもあるが、彼は明るくお人好しな性格をしていて、二人からしても接しやすい人物だった。

 後方の席に座り、セシルはアルマに横目で視線を送りつつ呟く。

 

「こういった方を参考にしてはいかがでしょう」

「……まだ言いますか」

 

 呆れの籠った溜息を一つ。コミュニケーションの訓練をすることに異存はないが、流石に彼を参考にするのは難しいだろう。確かに接しやすい人物ではある。だが、アルマの性格や気質からすると、彼女がそういった振る舞いをするには間違いなく合わないと言えるはずだ。そもそも、一応は貴族令嬢なのだ。彼に気品がないと言いたいわけではないが、アルマにはもう少し相応の振る舞いを求められる。

 そこでふと、ある事実が脳裏をよぎった。

 

「そういえば、舞踏会などに招かれた経験もない気がします」

「ジーノ様は招待状が届けば参加はしていましたね。政にも疎く、そういったものには向いていないと本人も仰っていましたが。まあ、何度か赴いている辺り、何だかんだ言いながらも社交界に立つ際にはそれなりに振る舞えているようですね」

「やはり、叔父様にも不適だと思われているのでしょうか」

「否定はできませんね。ジェント様からそれらに関して何か教わったりはしていないのですか?」

「一切ありません。……そもそも、私の覚えている限りでは、養父様がそういった催しに出たことはなかった気がします」

 

 アルマがそう言うと、先程の彼女と同じようにセシルは額に手を当てて溜息を吐いた。手で隠れて見えづらいが、彼女の表情には呆れの色がはっきりと浮かんでいる。ジェントがどういった人物なのかは聞かされていたとはいえ、社交界に関わろうともしていないとは予想外だったのだろう。

 そこまで自由なら同じく自由人と思われる国王と親しいのも頷ける。しかし、今度はまた別の疑問が浮上した。そのような場に出なかったというのに、ジェントは政にも長け、一定の地位を築き上げていたという。一体何をすればそんなことができるのか。全くもって見当がつかなかった。

 

「……学園の方でも、舞踏会のような催しはあるそうですが。コミュニケーションの訓練だけでなく、そちらの練習も行いますか?」

「お願いします」

 

 声音は若干躊躇っているようにも聞こえたが、返事をするのは早かった。どうやらアルマはそれすらも知らなかったらしい。教員としてやっていけるのか心配である。

 それから暫くの間は、無言での旅が続いた。特に気まずい雰囲気になるといったことはなく、単純に馬車の上から見える景色を楽しんでいたというだけだ。

 この馬車はかなりの速度で走っているが、揺れは殆ど感じず、前方から吹き付ける風も速度に見合わない程に小さい。引いている魔法生物の力だ。初めて乗った時に聞いた話では、車輪も少し浮かして大気を掴み、空を走っているのだとか。性質としては三番の魔法と同じものだろう。

 

「お客さん、そろそろ到着ですよ。クローチでは最近新しいカフェが出来ましてね。コーヒーも良いけど、特にサンドイッチが美味いと評判なんですよ。良かったら是非、寄ってみてください」

「ありがとうございます。昼食をどうするかはまだ決めていなかったので、空席があれば是非ともそちらで」

 

 それから程なくして、クローチに到着した。料金を支払い、二人は御者の男に一礼してから降りる。

 クローチは鐘の町とも呼ばれている。一日に二回、大聖堂で鐘が鳴ることから付けられた名だ。それもあってかこの町では土産として十種類を超える鐘が売られている。興味がないわけではないが、墓参りを済ませて昼食を摂ったらすぐにアミュレイトに戻るのが常である。教員に採用されたとはいえ、アルマにはまだやるべきことがあるのだ。セシルに関しては言うまでもない。

 先程のように門番に身分証を手渡し、検査を受けた上で町へと入る。デイヴの墓はクローチ南東にある第二住宅区の外れに設けられている。一個人の墓としてはかなり大きなものとなっていて、管理は教会の仕事である。今は昼時というのもあり、参拝に来る者はそう多くない。この時間帯に二人が来たのもそれが理由だ。

 一応、彼に仕えていたセシルとその付き添いという体で二人は優先的に参拝することを認められている。付き添いというのはアルマとデイヴの関係が当時アバーナシー家にいた人間とリヴォルタ家の者にしか知られていないからなのだが、いずれにせよ、それでも優先権を行使しないのはこの二人の意思によるものだ。関係者だからではなく、あくまでそれぞれ一人の人間として向き合おうとしているのである。

 

「あら、久し振りじゃない。相変わらず綺麗ねぇ」

「ご無沙汰しております。奥様もお変わりないようで何よりです」

 

 声を掛けてきた婦人にセシルが対応するのに続いて、アルマも微笑んで会釈する。何度も足を運んでいると知り合いも増え、行き掛けに談笑することもあった。

 しかしよく考えてみると、この第二住宅区で生活する者と接しているのは殆どがセシルのような気がする。少なくとも、アルマに自分が彼女のように会話している記憶は全くと言って良いくらいになかった。ここの住民に嫌な表情を向けられたことはないが、これは確かに問題かもしれないと冷静に判断する。

 そもそも、嫌な表情を向けられたことがないのもセシルのおかげかもしれないのだ。裏でどのように思われているかわからない以上、改善点として考えた方が間違いなく良い。認めたくはないと口にはしたが、自分のコミュニケーション能力に難があるというのは否定しようのない事実だろう。

 墓参りの直前にはっきりと自覚してしまい、アルマは肩を落とす。実際は認めたくはないなどと宣った時点で認めているようなものなのだが、どこか希望を捨てきれずにいたのだ。何とも見苦しいことである。

 

「どうかされましたか?」

「……その、私は本当に人付き合いというものに適性がないのだと自覚してしまい、傷ついているだけです」

「唐突に何を――え、もしかして今のでですか? 自覚するところを間違えているようにも思えますが」

 

 半目で見つめるセシルに小さな呻き声を上げる。表情の変化にこそ乏しいものの、それ以外では寧ろアルマは感情豊かな方だということがよくわかる例だった。

 他愛のないやり取りをしながら住宅区を歩いていく。進めば進む程人気は失せ、やがて閑散としながらも気品を感じられる開けた空間に出た。

 大きな墓石を中心とした円形に花が何列も並んでいる。しかし完全な円を描いているわけではなく、今二人がいる場所から墓石までの直線上には咲いていない。空白地帯を創り出すことで道を示す役割も果たしているのだ。

 門を潜って歩き、墓石の前に立つ。正面から見るとわかりづらいが、墓石の裏には巨大な灰色の剣が突き立てられている。それはアルマにも見覚えのあるものだった。あの日デイヴが持っていた武器。

 これまではなかったはずだが、と考えたところで後ろから声を掛けられた。

 

「つい先日、修復が完了しましてね。かの御方を象徴する武器でもありますから、そちらに供えさせていただいたのですよ」

 

 振り向けば、そこには法衣を身にまとった神父が立っていた。彼は失礼、と一言告げてから近づくと、桶から布を取り出して絞り、墓石の掃除を始める。

 慣れているのだろう。彼の動きに淀みはなく、一目見ただけで手際が良いと理解できた。神父は全体を満遍なく拭くとすぐに立ち上がる。

 

「私などがいてはおちおち話もできないでしょう。すぐに退散させていただきますよ。では、ごゆっくり」

「……お気遣い、痛み入ります」

 

 笑ってその場から去った神父に頭を下げてから、墓石に向き直る。

 

「先生は、愛されていますね」

「この町は特に人柄の良い御方が多いようですから。出会いに恵まれている、という意味ではアルマ様も同じですよ」

「そうでしょうか」

「ええ。この町で出会った方々はデイヴ様が繋いでくれた縁と言っても良いでしょう。別れはつらいものですが、その別れが新たな出会いを呼び寄せてくれているのです」

 

 そう言ってセシルは微笑み、白一色の花束を手渡してくる。アルマはそれを受け取ると、跪いて墓前に供えた。ジェントの時と同じように、すぐに立ち上がることはせず跪いたまま黙祷する。

 見えはしないが、きっとセシルも隣で祈りを捧げているのだろう。町の喧騒こそ聞こえるものの、それでも不思議ととても静かに感じられる時間が続いた。

 閉じていた目を開けて立ち上がり、口を開く。

 

「そうですね。養父様に拾われ、先生の講義を受けて……二人の死があったからこそ平和が取り戻されて、私は教師の道を志した。もしも養父様と先生が生きていたら、と思うこともありますが、その時はこの町に来ることはなく……そして、きっとまた別の道を歩んでいるのでしょう」

 

 少女が黒い手袋に包まれた左手を掲げる。指先に光が集い、やがて一つの形を成した。

 それは花だった。

 色は薄い桃色。

 形は小さな釣鐘。

 鐘の町に相応しい、感謝の意を持つ花。

 

「養父様がいたから、先生に出会えた。

 先生がいたから、沢山の素敵な人に出会えた。

 だから……これは私の、感謝の証です」

 

 

 ――いつだったか、養父様は言いました。魔法など極めたところで、結局はより多く、より効率的に破壊と殺戮を行えるようになるだけだと。

 ――確かに、そうかもしれません。魔法は応用の幅が広く、少し学んだだけでできることが一気に増えます。そして、それを最も有効的に活用できるのは、間違いなくそういった血に塗れる行為だと言えるでしょう。

 ――でも。だからこそ、それだけで終わらせたくないと考えています。

 ――誰かを殺す術を身に付けたなら、誰かを支える術を身に付けましょう。

 ――何かを壊す術を身に付けたなら、何かを生み出す術を身に付けましょう。

 ――目を逸らさず、前を向いて。

 ――受け入れて、歩いていきましょう。

 

 

 

 

 

「――私も、誰かを教え導く人になりたいと考えたからです」

 

 木造の椅子に腰掛けた少女が話す。

 

「私は、先の戦争で多くの命を奪いました。命令に従うだけで、何も考えることなく……誰かの大切な人を、この手で殺めました」

 

 可愛らしいという言葉よりも、綺麗という言葉が似合う。

 

「それが許されざることだとは理解しています。どのような経緯があれども、私が幾多の命を踏み躙り、そして奪ったことには変わりありません」

 

 後ろでまとめられた髪の色は銀色で、一房だけ三つ編みにして耳の上から垂らしている。

 

「それでいて誰かを教え導くなど、随分と烏滸がましく、調子の良いことを言っているというのも理解しています」

 

 前髪は橙と桃の中間色の宝石が取り付けられた髪飾りで留められている。

 

「……戦時中に、ある人に出会いました。彼は人形でしかなかった私に、心というものを教えてくれました」

 

 瞳の色は血を思わせるような鮮やかな深紅。

 

「そして――亡くしました。彼も、私を育ててくれた親も。亡くして、大切な人を失う痛みを知りました。何もかもが手遅れだったというのに」

 

 表情にはあまり変化がないが、声は少しだけ震えている。

 

「それでも、前を向いて生きなければいけない。二人がそう望んでいたというのもありますが――それ以上に、私自身が、そうでありたいと考えています」

 

 彼女を形容するのなら、綺麗な人形という言葉が適切だろう。

 

「大切なものを失う前に、それがそうだと気づかせてあげられる人になりたい」

 

 どこか脆そうで、しかし芯の通った、力強い綺麗な人形。

 

「大切なものを奪う前に、そのことの意味を教えてあげられる人になりたい」

 

 彼女の名は、アルマ・リヴォルタ。

 

「私が頂いたものに恥じることなく……そして、これからを生きる人に、頂いたものを託したい。そう願って、今この場にいます」

 

 人形でしかなかった過去を持ち――大切な人に魂を吹き込まれて心を得た、一人の少女である。

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