4月も月末、ゴールデンウィークの時期がやってきた。
のび太は窓の外を見ながら、5年生になってからの1か月を振り返っていた。
色々なことがあったような気がする。
しかし、どれもずっと前からあるありふれたもののようにも感じられた。
「ドラえもん……」
のび太は誰にも聞こえない声でつぶやいた。
ドラえもんはずっと前から家で飼っている猫だ。のび太にとってはありふれた家族の一員に過ぎない。
けれど、どうしてもずっとドラえもんに対する違和感が抜けなかった。
ありふれているはずなのに特別。こうして、ボーっとしていると、矛盾した感覚がより顕著に感じられた。
「のび太、おい」
「え?」
のび太は声をかけられて我に返った。
振り向くと、そこには険しい顔をしたジャイアンの姿があった。
彼の名前は剛田武。学校のガキ大将として、「ジャイアン」の愛称で恐れられていた。
「わかってんのか、恐竜だ」
「恐竜?」
「これだからのび太は……」
ジャイアンの後ろにスネ夫がいて、スネ夫はやれやれという表情を浮かべた。
彼は骨川スネ夫。学校一番のお坊ちゃまである。地価の高い東京に大屋敷を構え、別荘もいくつも所有しているという。
「忘れたのかよ、グループ研究で恐竜をテーマにするって決まっただろ」
「あ、うん、そうだったっけ」
学級活動の一環で、グループ研究というものが課せられていた。
テーマは歴史。
戦国武将や世界大戦など色々なテーマが生まれたが、のび太が参加したグループは「恐竜」のテーマを取り上げていた。
もともと、のび太は「海賊」のテーマに興味を持っていたが、同じグループのガキ大将ジャイアンの鶴の一声で「恐竜」に決定していた。
「恐竜。男のロマンだよな。ティラノサウルスのかっこいいのなんのって」
ジャイアンは自分と同じ気質を持つティラノサウルスに憧れを持っているようだった。
「ついてはこの研究を立派なものにしたいと思う。この連休を利用して、研究会をやる。わかったか?」
「あ、はい」
のび太は二つ返事で答えた。ジャイアンには決して逆らうことはできないので、それ以外の答えはなかった。
「スネ夫、お前んちを借りられるんだろ? うまいおやつを用意しとけよ」
「あー、わかったよ」
「後はしずかちゃんの予定だな。おーい、しずかちゃん」
ジャイアンはのび太に研究会の話をすると、学園のアイドル源しずかのもとに向かった。
しずかはクラスで最も人気のある女子であり、美しさもさることながら、優しさも聡明さも兼ねそろえていた。
学年を超えて多くの男子から支持されていた。
のび太もひそかにしずかに好意を寄せているが、のび太の思いはあまりにちっぽけで届きそうもなかった。のび太もその思いが届かないとあきらめていた。
ただ、席からしずかの姿を眺めることができればいいと思っていた。
のび太はジャイアンと話すしずかの様子をながめていた。
誰にでも笑顔で会話ができるしずかは優しさに満ち溢れていた。
しかし、のび太には遥かに遠い存在。
だから、のび太はいつまでも夢の世界にいるわけにはいかないとしずかから目を切って立ち上がった。
のび太は隣の席に目を移した。
隣はリルル・アントワネットという転校生の席だ。今日は欠席だった。思えば、ここ数日学校を休んでいるようだった。
のび太はそのまま帰宅しようとした。
しかし、そんなのび太を呼び止める者があった。
「のび太さん、ちょっと待って」
「え?」
振り返ると、そこにはしずかの姿があった。
クラスで浮いているのび太に気さくに話しかけてくれる存在と言えば、しずかしかいなかった。
しずかはのび太がクラスに溶け込めるようにと、昔からよく世話を焼いてくれた。
それに対しては感謝の気持ちも大きかったが、こうして世話を焼かれるほどに、自分という存在のダメさが際立って、自虐的になることもあった。
きっと今も、自分がダメな存在だから、こうして話しかけてくれる。のび太はそう思っていた。
「これからリルルのところに行くんだけど、のび太さんも一緒に来ない?」
「えっと……」
「リルル、少し体調が悪いって話だけど、昨日見舞いに行ったときはとても元気そうだったし、もしよかったらと思って」
「う、うん、じゃあ」
「それじゃあ、ちょっと待ってて」
しずかはそうしてのび太を誘ってくれた。
◇◇◇
しずかは学園のアイドル。
リルルも転校生の美少女。
そんなツートップの女子の間に入るのは勇気がいる。のび太としてはあまり乗り気ではなかった。
いくら、美少女と言っても、自分という存在があまりに場違いに思えた。
しかし、しずかは特に意識することなくのび太の隣に並んだ。
「面白いよね、恐竜って。最近の研究じゃ、鳥類の起源だったっていう説が有力なそうよ」
しずかはグループ研究のテーマについて話をした。
「ずっと爬虫類だったって認識していたから、ほんとに驚いたわ。でも、恐竜が飛ぶ姿ってなかなか想像できないわよね」
「うん」
「のび太さんは何か好きな恐竜いる?」
「えーっと……ステゴサウルスとかかな……」
「ステゴサウルスか。うん、わかる。私もステゴサウルスが一番かも」
しずかはのび太に合わせて話をしてくれた。
のび太はずっと緊張していたが、それでもしずかと二人きりで話せる時間はとても幸せなものだった。
しかし、その時間は校門付近で終わりを迎えた。
「のび太、のび太、おーい!」
校門の先から快活な声が響いた。
見ると、キー坊が立っていて、手を振っていた。
「あら、キー坊だわ。こんにちは」
しずかも手を振って答えた。
キー坊は走ってのび太のもとまで来ると、大きな跳躍力でのび太の胸に飛び込んだ。
「おっとっと、キー坊、勝手に学校に来ちゃダメだと言ったろ」
のび太はキー坊を抱えると、そう言い聞かせた。
「信号覚えた。全然平気だもん」
キー坊は悪びれた様子もなくそう答えた。
キー坊はのび太の唯一無二の親友である。
しかし、キー坊は人間ではない。もともとは一本の苗木であり、大地に根を生やす身であった。
ところが、裏山の開発計画が進むにつれ、キー坊は切り倒される運命を迎えることになった。
ドラえもんの力を借り、キー坊は大地を超えた身となった。
植物のような成りをしているが、ドラえもんの力によって、今では周囲からのび太の弟として扱われている。
のび太はキー坊を地面に下ろした。
「キー坊、これからリルルのお見舞いに行くんだけど、一緒に行く?」
しずかがそう尋ねると、キー坊は先ほどまでの嬉しそうな表情を沈め、険しい表情になった。
「リルル? 嫌。あいつは悪魔だもの。行くな、あいつはダメ」
キー坊は突然激しい剣幕でリルルをこき下ろした。
キー坊がリルルを嫌っているのは周知の事実であり、しずかは苦笑した。
「キー坊はほんとにリルルが苦手なのね。でも、仲良くしてあげて。リルル、いま具合が悪いから」
「嫌、嫌、嫌」
キー坊は決してリルルになびくことがなかった。
「のび太、帰ろ。リルルのとこ行くな」
キー坊はそう言うと、のび太の手を引っ張った。キー坊はとても小さいが、その体からは考えられないほど強い力を示した。
「こらこら、キー坊! どうしようか?」
「しょうがないわ。私一人で行ってくるわ。のび太さんはキー坊と一緒にいてあげて」
「ごめん、ほんとに」
「仕方ないわ。でも、いつかはキー坊とリルルが仲良くなれるようにしてあげたいわね。どうすればいいかしら」
キー坊がなぜリルルをここまで嫌うのかは誰にもわからなかった。キー坊も何か特別な理由で嫌っているわけではなく、何となく嫌っている様子だった。