しずかと共にリルルの見舞いに行く予定だったが、キー坊が妨害したので、のび太はキー坊を連れて家に帰ることにした。
キー坊がリルルを嫌う理由は今でもよくわかっていない。キー坊も自分で理由がわかっていなかった。
キー坊がのび太の家で暮らすようになって、キー坊はみるみる知性を高めていた。
すぐに人語を覚え、右側歩行や信号機などの交通規則も完ぺきに習得していた。
最近は買い物もできるようになり、のび太よりも金額の計算が得意と言うほどになっていた。
「のび太、今日の夕飯はコロッケだよ」
「どうしてわかるの?」
「ママがあの肉屋さんで特売のコロッケを買ってたもん」
キー坊はそう言うと、向かいの肉屋を指した。
のび太が学校に行っている間、キー坊は母親と共に色々な場所に出かけて、知識を吸収しているようだった。
「ぼく、コロッケ好き。のび太は?」
「うーん……嫌いじゃないけど、食べ慣れてるからな」
「じゃあ、ぼくが代わりに食べてあげるよ。任せて」
「おいおい、ぼくのおかずがなくなっちゃうじゃないか」
「ぼくが目玉焼き作ってあげる。のび太はそれ食べればいい」
「目玉焼きなんて作れるのかい?」
「うん、今日の昼も作ったら、ママがシェフの味だって褒めてくれた」
キー坊はすらすらと言葉を紡いだ。わずかな間に、すでにのび太より頭が良くなっているように見えた。
◇◇◇
帰り道、のび太は唐突に声をかけられた。
「もしもし、そこの少年」
「はい?」
のび太は立ち止まった。
声をかけてきたのは、覆面の男だった。見るからに怪しい姿をしていた。周りに人はおらず、のび太は立ち去ったほうがいいかもしれないと考えた。
「大丈夫大丈夫。怪しい者じゃないから」
「十分怪しい。誰だ、お前は?」
男に対して、キー坊は堂々と言葉をぶつけた。キー坊はみるみる知性を高めているものの、デリカシーというようなものはまだ身についていなかった。
「コラ、キー坊。す、すみません」
「いえいえ、いいのです。とても元気な男の子で将来が楽しみですな。私は行商人です。怪しい者ではないし、何かを売りつける気もございませんので、ご安心を」
男はしごく穏やかな口調で語りかけて来た。見た目は怪しいが、危険性は感じなかった。
「実はいま困っていましてね。どうしても処分したいものがあるのですが、どこでどう処分すればいいものか」
「処分ですか?」
「実はこのふろしきなのですがね」
男はどこからともなく、時計の絵柄が並んだ一枚のふろしきを取り出した。
かなり使い慣れているようで、ずいぶんと古くなっていた。
「これ、タイムふろしきと言いましてね。私の時代では使用が禁止された悪魔の発明品なのです。まったく、人間はろくでもないものばかり開発しますから困りますよね」
「はあ」
「このタイムふろしき……私が持ってると色々と都合が悪いんですよ。しかし、私が所有権を手放せば、私は時間犯罪者ではなく、ただこの時代に迷い込んだ人として保護されます。無事に故郷に帰れるんですよね」
男は意味のわからないことをペラペラとしゃべった。
「まあ、そんな話はどうでもいいのです。君に、このふろしきをもらってほしいんだ。どうせ、あと1回も使えば壊れるし、私の予想が正しければ、君にこれを託せば、未来は救われるんだ。だから、もらってくれないかな?」
「よくわかりませんが、そのふろしきは高価なものなんですか?」
「いやいや、原価は100円ほどのものですよ。ただもらってくれればいい。あとは煮るなり約成り好きにしてくれていいから。ともかく、もらってくれないかな。私を助けると思って」
男はどうしてものび太にふろしきを渡したがった。
キー坊はそれを怪しんだようで、男の手からふろしきを奪い取った。
「さてはこのふろしきでのび太を包んで誘拐する気だな? 許さないぞ、お前」
「違いますよ。だいたいそんなもので彼を包むことなんてできないでしょう。もらってくれるだけでいいんです。ともかく君に渡したからね。あとは君たちで好きに使って」
「こんなぼろっちいふろしきいらない。なあ、のび太」
「ちょっと見せて」
のび太はキー坊からふろしきを受け取って確かめてみた。
触った感じ、普通のふろしきだった。絵柄は個性的だが、どこにでもありそうなありふれたふろしきだった。
男がなぜ、そんなものをのび太に渡したがっているのかわからなかった。
「ともかく渡したからね。これで私の危険な仕事もこれで終わり。さあさあ、帰ろ帰ろ。早く帰らないと、本当に時空の迷い子になってしまう。じゃあね」
男は役割を終えると、小走りで走り去っていった。
実に奇妙な出来事だったが、ドラえもんやキー坊が家に住んでいることを考えると、ささいなことなのかもしれない。
「どうしようか、このふろしき」
「そうだ、あの恐竜のたまごを包むのに使おう。名案だ」
キー坊がそう訴えた。
「あれは恐竜のたまごじゃないよ。ただの岩だよ」
「いいや、あれは恐竜のたまごに違いない。僕の目に狂いはない」
キー坊は自信満々にそう主張した。
恐竜のたまごというのは、少し前にみんなで河川敷で野球をしていたとき、偶然キー坊が見つけたものだった。
たしかにたまごの形をしていたが、河川敷にそんなものが落ちているはずがない。のび太はただの岩だと考えていたが、キー坊はたまごだと考え、家に持ち帰っていた。いまは庭に放置されたままになっていた。
◇◇◇
家に帰って来たのび太はいつもどおり、自室に向かった。
「ただいま」
「おかえり。キー坊、ちゃんと信号は守れたかい?」
「余裕だよ、余裕」
自室に入ると、そこにはドラえもんが漫画を読んで待っていた。
ずっと前からの当たり前の光景。少し違和感を覚えるところもあったが、のび太ももうそれに慣れっこになっていた。
「のび太君、わかってると思うけど、夕飯までに宿題をしなくちゃいけないよ」
「うん、わかってるよ」
「そんなの後でいいよ、のび太。恐竜のたまごを見に行こう。孵化してるかもしれないぞ」
キー坊がのび太の手を引っ張った。
「というわけで、夕飯の後にするよ」
「まったく、そんなだから成績がちっとも上がらないんだよ」
ドラえもんはそう言ったが、キー坊の面倒を良見るのび太の気持ちを尊重した。
のび太はキー坊に導かれるがままに、家の狭い庭にやってきた。
ちょうど、母親が洗濯物をしまい込もうとしている最中だった。
「ママ、恐竜は産まれた?」
「あら、おかえり。恐竜は産まれてないわよ」
母親はキー坊に笑顔で答えた。
それから、のび太に訴えた。
「あんなのが庭にあると、色々と邪魔になるから、できれば処分してほしいんだけど」
「あ、うん。でもキー坊がうるさいだろ」
「じゃあ、せめて物置の隣のほうに移動して。頼んだわよ」
「うん」
たしかに、庭に置かれていると邪魔になった。
たまごは合計2つあり、それが並んでいると、ただでさえ狭い庭がより狭くなっていた。
「キー坊、物置の隣に運ぼうか」
「よし、さっきのふろしきを使おう。ぼろっちいから捨てたら、物が泣く。な?」
キー坊は物を大切にする気持ちもしっかりと育んでいた。
「そうだね。よし、じゃあ、広げるから乗せてくれ」
のび太は怪しい男から受け取ったふろしきを広げた。
ふろしきは内と外で、青色、赤色と柄が違っていた。
「どっちが内だろ?」
「赤だ。赤いほうが明るくていいに違いない」
のび太は言われるがままに赤色を表にして広げた。
キー坊は力強く、たまごを抱えると、ふろしきの上に乗せた。
2つも乗せると、けっこうな重さになった。
「けっこう重いぞ。包むと底が抜けるかもしれない」
「そんときはそんときだ。寿命だ」
キー坊はさばさばと答えた。
のび太はふろしきでたまごをしっかりと包み込むと、両手で抱えるようにして物置の隣に移動させた。
「ふう、これでよし」
「なあ、のび太。包んでたら、たまごが還るかもしれないな」
「はは、まさか。でもそうだといいな」
そんな冗談をいいながら、ふろしきで包んだたまごをそのまま放置することにした。
のび太とキー坊が玄関口から家に上がってしばらくして、ふろしきの時計の柄のいくつかが一瞬だけ光り輝いた。