21世紀の世界に恐竜が現れた。
これは異常事態だった。
この時代に合法的に派遣された身であるドラえもんはすぐにその事実を確認するために、未来の当局に連絡を入れた。
「もしもし、こちらドラえもんです。少し確認したいことがあるのです」
ドラえもんがそう言うと、ドラえもんの脳を構成するチップにいくつかの情報群が送られてきた。
ここからは暗号化された情報のやり取りが行われる。
ドラえもんは無言でうなずいた。
当局によると、ドラえもんが関わっている野比のび太が恐竜と邂逅する平行宇宙領域が現れる可能性は限りなく0に等しかったという。
この事態は想定外であり、それが時空に及ぼす影響は予測できないという。
そして、当局はドラえもんに任務を伝えた。
1、この平行宇宙領域の予想図が完成するまでの間、その影響を最小限度にすること
2、これから野比のび太が関わる人物や出来事について、詳細にデータを提供すること
その任務に当たるに際して、予測不能の事態に備えて、四次元ポケットの使用可能権限を広げるとの指令も与えられた。ついては、7つのチャンネルに限定したタイムテレビ、マジックドーム系統6種、タチバガン、きびだんご3種、万能ペットフード9種の使用を許可する。
ドラえもんは新しい任務を受けて、引き続きのび太の面倒を見ることになった。
その間、のび太とキー坊は保護された恐竜の様子を見ていた。
ドラえもんの用意した保護器により保護された恐竜たちは生死の危機を脱してようやく落ち着きを取り戻した。
保護された恐竜は3体。
そのうち2体はウイングラプターであるという。これは生命の進化に大きな影響を与えており、未来では特別な法律で保護されている。
非常に多くの恐竜ハンターの手によって駆り立てられ、現時点ではほとんど生き残りが確認されていない。
そのウイングラプターが2体も保護された。
もう1体は首長竜の一種と思われた。
ウイングラプター2体のうち1体はすでに元気を取り戻して、「ミューミュー」と独特な鳴き声をあげていた。
しかし、もう1体は保護された後もぐったりして、「キューキュー」と力なく鳴き声を上げた。
「のび太、こいつ変な声で鳴くぞ。ミューミュー」
「ミューミュー」
「ミューミュー」
キー坊はウイングラプターの鳴き声を真似して、恐竜とコンタクトを取った。
「のび太、こいつの名前はミューだ。ミューにしよう。いい名前だ。そうだろ?」
「うん」
のび太のほうに特別にこだわりがなかったから、キー坊の提案をそのまま受け入れた。
名前のことよりも、のび太には元気のないほうのもう1体が気になった。
「元気ないな。まだぐったりしてる」
「元気出せー。お前の名前はなんだ?」
「キュー……」
キー坊の問いかけに、ウイングラプターは元気なく答えることしかできなかった。
「キューだって。こいつの名前はキューだ」
「キューはちっとも元気出ないみたいだ。病気なのかな?」
のび太はキューの様子を心配そうに見た。
どことなく面影が自分に似ていて、親近感を覚えた。
だから、のび太はキューには元気になってほしいと思った。
「こいつはピーピー鳴いてるな。お前の名前はピーか?」
「ピーピー」
ウイングラプターのほかに首長竜も保護されていた。こちらはミューと同じく元気を取り戻して、保護器の中を歩き回っていた。
「のび太、こいつはピースケと言ってるぞ」
「え、ピーだけピースケにするの?」
「こいつだけ首が長いだろ。長いからピースケだ」
キー坊の理屈は理解できなかったが、別にこだわりがあったわけではないので、ピースケで決定した。
ちょうど、ドラえもんが奥の部屋から戻って来た。
「ドラえもん、名前が決まったぞ。こいつがピースケ、こっちがキューで、こっちがミューだ」
「どう、元気になった?」
「キューだけ元気がないな。死にそうな顔してるぞ」
キー坊は腕を組んで、キューを見下ろした。
「ドラえもん、キューは何かの病気なんだろうか?」
「それもすべて含めて保護器に任せるのが一番だと思うけど、たしかに元気がないな。まあ、生き物も個体差があるものだし、生まれつき体が弱いということもありうることだよ」
ドラえもんは冷静に分析したが、のび太はどうしてもキューには元気になってもらいたかった。
生まれつき弱い。
その残酷な運命は人間界でも当たり前にある。
生まれつき難病の者、生まれてまもなく衰弱してしまう者。
それだけではない。この残酷な運命はその後も続く。
のび太は命に別状なく育った。それだけでも幸運なことなのかもしれない。
しかし、スポーツも勉強もダメ、人より優れていることは何もない。生き永らえた後の個体の比較では、のび太は劣等なグループに属することを余儀なくされた。
劣等という概念は個人の努力ではどうにもならない定め。
のび太はその定めの中で生きて来た。
それゆえか、キューを見ていると複雑な気持ちになることもある。
生き永らえて劣等感をこじらせたまま生きていくぐらいなら、このままここで亡くなってしまったほうがいいのかもしれないとも思った。
人間界とは違う。きっと恐竜の世界は弱肉強食。ここで生き永らえても、キューは弱肉のグループとして滅びることになるかもしれない。
だったら、自分が劣等であることを悟る前に消えてしまったほうが幸せかもしれない。
しかし、のび太はそういう運命を受け入れることをくやしいとも思っていた。
劣等な運命を覆す力があるわけではない。そのくやしいという気持ちはどうせ空回りするだろう。
それでも、運命から背中を向けたくなかった。それは残念な生命の意固地なのかもしれない。
のび太は願った。キューに強い思いを送った。
生き残れ。
生まれて来たからには、前を向くんだ。
のび太がそう強く念じると、それが伝わったのか、キューは目を開いて、目の前にいたのび太の姿を捉えた。
「キュー……」
「いいぞ、キュー」
のび太は笑みを浮かべた。キューが何かを克服して命を掴んだということを実感した。
「僕はのび太だ」
「キュー……」
「僕はキー坊だぞ。お前より年上だから、お前は僕の弟だな」
キー坊はのび太の前に割って入って、元気に挨拶をした。
キー坊には周囲の者を元気にする魔力があった。のび太もキー坊と生活を共にするようになって、元気を受け取っていた。
のび太は毎日のように落ち込んでいたが、そのたびにキー坊が元気をくれた。だから、のび太はいまこの世界に生きていることをはっきりと肯定できた。
キューもキー坊を見てこの世界に生きたいと思うようになったのか、ぐったりしていた体に力を込めて、姿勢を正した。
「おー、元気になった。のび太、キューが元気になったぞ」
「良かったね」
のび太はたくましく立ち上がったキューを見て、心の中で力づくでガッツポーズした。
「ドラえもん、キューたちはこれからどうなるの?」
「いま未来の世界と連絡を取ったんだけど、この時代から未来に転送すると、時空が著しく乱れる可能性があるから、この時代で保護することが望ましいという返答が返ってきた」
「よくわからないけど、ここで飼うってこと?」
「うん、今後はどうなるかわからないけど、この時代で飼うことになるね」
「そのほうがいいに決まってる。なあ、お前らも僕たちと一緒に暮らしたいだろ?」
キー坊は恐竜たちに尋ねた。
すると、三者三様に肯定するかのように声を上げた。
「ほら、嬉しそうにしてるだろ」
「もう懐いてるみたいだね。のび太君とキー坊を親と思ったのかな」
ドラえもんは3体の様子をうかがった。
「ただし、この時代には恐竜は滅亡しているんだ。ここで恐竜を飼っていることは秘密だよ。特にこのウイングラプターは世界中の時間犯罪者たちによって狙われている種族だから」
「任せろ。僕が守ってやるよ」
キー坊が自信を持って引き受けた。
「ひとまず、マジックドームで包み込もう。これで、犬や猫を見ているようになって周りからも違和感がなくなるからね」
ドラえもんは四次元ポケットからマジックドームを取り出した。
この道具の効果で、ドラえもんはこの時代に溶け込んでいる。
そのからくりを知るのび太でさえ、ドラえもんの存在に違和感を覚えなくなっていたから、よく効く道具だった。
「なら、外に連れ出しても平気だな。よーし、お前ら明日から思いっきり遊ぼうな」
「待った待った。まだ赤子だから、しばらく保護器の中だよ」
のび太のもとにまた新しい家族が加わった。