パピ泣ける
その日の夜、ちょうどのび太が恐竜と巡り合った同時期、河川敷のあたりに、薄赤いもやが現れた。
そのもやから、二人の男が出て来た。
「ふう、ようやく出られたぜ」
「時代は合っているか?」
「2022年4月28日、午前1時46分。ドンピシャだぜ」
男の一人が腕時計で時間を確認した。
「さて、ここで間違いないな」
「ああ、一情報も間違いなしだ。ここにバンビーのDNAが送られたことになっている」
「だがよ、それは1週間前のことだろ。その間に誰かが持ち出していたらどうするんだ?」
「ただの石に模してあるんだ。誰がわざわざ持ち帰るかよ。探すぜ」
「未来の道具は使用できねえんだったな」
「そうだ。CIAの時空特殊部隊は、ここに我々がいることをある程度目星をつけてるんだ。道具なんて使ったら一瞬でお縄だ」
男たちはひそひそと話しながら、草むらの中を降りて来た。
「しかし、CIAもザルだな、この時刻に監視の空白を作るとは」
「キャッシュのおかげだな。あいつが亜空間を派手にいじったから、1時間以上も時空に空白ができた。おれたち以外にも犯罪者どもがあちこちに紛れてることだろうな」
「あいつもなかなか派手なことをするもんだな」
「合成動物の特許裁判で負けただけで中国に亡命するようなやつだぜ。これからも色々やらかすことだろうよ」
「だがよ、合成動物ビジネスなんて儲かるのか?」
「合成動物は時空にゆらぎを残さねえからな。核兵器なんて過去に持ち込んだら一発で把握されるが、動物は証拠が残らねえ。だから、18年後には取引額が100倍にもなってる」
「おれもそっちのビジネスに参加すればよかったぜ。恐竜ハンターなんて、せいぜい100万ドル。しかも、こんな危険を冒してだぜ」
「バカだな、お前は。それだけライバルが少ないってことでもあるんだぜ。お前が合成動物に手を出しても財産を失うだけだ」
男たちは草原に入ると、地面に懐中電灯の明かりを当てて、せっせと何かを探し始めた。
「しっかし、旧式の懐中電灯でせこせこ探すのは大変だ。おい、ここ一帯全部調べるのか?」
「そうだよ。見つければ100万ドルだ。手を抜くなよ」
「いくら100万ドルでも、時間犯罪犯してまでこんな草引きみてえなことさせられるとは、嫌な仕事だ」
男は文句を言いながらも、せっせと働いた。
しかし、目当てのものはなかなか見つからず、気が付けば、空が明るくなってきた。
「ひー、疲れた。楽な暮らしに慣れてっと、腰が悲鳴を上げるぜ」
男は疲れて、草むらの上に座り込んだ。
もう1人の男も疲労困憊で、隣に腰かけた。
「これは予想外だ。予定では、2時間も捜索すれば見つかると思っていたが、やはり道具がねえと無理だったか」
「なあ、ちっと聞きたいことがあるんだが、バンビーってのは何者なんだ? おれは依頼内容しか知らねえから背景には詳しくねえんだ」
「おれも良く知らねえよ。だが、ウイングラプターから進化して、後に地底王国の英雄になるって話を聞いたことがある」
「英雄か。そいつはいったい何をしでかすんだ?」
「さあな。しかし、こんなことまでさせて探させてるんだ。よっぽど世界の歴史に影響を与えたやつなんだろうよ」
「もうすぐ夜が明けるぜ。このまま見つからなければどうするんだ?」
「どうもこうも、見つけるまで帰れねえよ。手ぶらで帰ったら、きっと組織に抹消されるぜ」
「嫌な仕事だ。くそったれ」
「しょうがねえ。いったん休憩と行こう。夜が明けたら、この時代の暇人に協力を要請する。そうすれば見つかるさ」
男たちはそう言いながら、その場から去って行った。今回の捜索では、目当てのものは見つからなかったようである。
◇◇◇
翌日、のび太にとってはゴールデンウィークの初日である。
のび太は休日ということで、ぐっすり眠ろうと考えていたが、昨夜にそうは言ってはいられないことが起こった。
「のび太、起きろ!」
キー坊がのび太をたたき起こした。
「うーん……まだ眠いのに」
「恐竜がみな元気になったぞ。ほら、早く」
キー坊はのび太よりずっと早起きで、朝から元気が良かった。
昨夜、恐竜の卵が孵化するという騒動があった。タイムふろしきというどの時代でも使用が禁じられている道具をたまたま手に入れたために起こったイレギュラーだった。
このイレギュラーには偶然か必然か、2つの運命が同時に絡んで生じた。
1つは、のび太がタイムふろしきを手に入れたこと。
もう1つは、偶然恐竜の卵を発見したこと。
どちらかの運命が足りなくても、この世界に恐竜が生まれることはなかった。
のび太はキー坊に連れられて、部屋に備え付けられた通り抜けフープを通過した。
この通り抜けフープはドラえもんの道具の1つで、あらゆる空間を四次元的につなぐことができる。
つなぐことのできる空間は、あらかじめ制限されているが、許可された空間の1つに未来の保護施設があった。
のび太は保護施設に降り立った。施設には、すでにドラえもんが来ていて、機械をいじっていた。
「ドラえもん、おはよう。早いなぁ、二人とも」
「おはよう、のび太君。見てみなよ。みんなすっかり元気になったみたいだよ」
ドラえもんの先には保育器があり、それぞれのカプセルの中に恐竜が入っている。
いずれも昨夜の様子と比べて比較にならないほど元気だった。
恐竜はウイングラプターが2体、首長竜が1体の合計3体が保護された。
それぞれ、キュー、ミュー、ピースケとなずけられた。いずれもキー坊により命名された。
いずれも鳴き声がそうだったということから名づけられた。
ピースケはすでに元気を取り戻し、保育器に張り付いて、外に出たがっていた。
のび太によく懐いていて、のび太がやってくると、顔をカプセルに張り付けて、何度もずつきをした。
ミューはところせましとカプセルの中を駆けまわり、同じように外に出たがった。前足が翼のようになっていて、それをはためかせてはカプセルにぶつかっていた。
元気のいい2体に対して、キューは少し威勢が足りなかった。
生死の境をさまよっていた昨夜に比べると十分に元気になっていたが、ミューと違って、飛び回ることもなく、ぎこちなくふらふらと歩くだけだった。
しかし、のび太のことは良く覚えていたみたいで、のび太を見つけると、カプセルを叩いて反応を送った。
「キューキュー」
「良かったな、キュー。元気になったんだね」
のび太は3体の中で、このキューのことを一番気にしていた。
他の2体はおそらく、そのまま野生に還っても、自立して生きていける。それぐらいのエネルギーに満ちていた。
しかし、キューはそのまま外に出ると、おそらく生きていけない。
のび太はキューを自分に重ねていた。
「さっき未来の世界から報告が来たんだ」
「なんて?」
「3体の所在を確認した後、もとの時代に還すそうだね」
「そっか、やっぱりそうなるんだね」
のび太は少し残念に思った。しかし、元来この時代には恐竜は存在しない。
恐竜が生きていた時代に還すのが筋だから、仕方ないことだった。
「えー、せっかく友達になったのにか?」
キー坊が不満をもらした。
「仕方ないよ、キー坊。恐竜はうんと昔に生きていたんだから」
「仕方ないか。そうか」
キー坊は腕を組んで、寂しそうにしながらも受け入れた。
「転送日時はこれから26時間後。あと1日はここにとどまれるから、それまでは面倒を見てあげるといいよ」
「26時間って何日だ? 1日と2時間かだから……おー、1.12日だ。のび太、1.12日が26時間だぞ」
「えーっと、そうなるんだっけ?」
のび太よりキー坊のほうがすでに計算能力が高まっていた。
「キュー、ミュー、ピースケ。あと1.12日だけしかここにはいられないぞ。昔に帰っても、僕たちのことを忘れるんじゃないぞ」
「キュー」
「ミュー」
「ピー」
キー坊の問いかけに、3体ともしっかりと応えた。