薄赤いもやが広がっている。
どことなく懐かしい光景だった。
のび太はあてもなくもやの中をさまよっていた。
あちこちから声が聞こえてくる。
ざわざわとしているだけで、どの声もはっきりと聞き取れない。
「こっちへ来てはいけない」
「こっちへ来い」
「ここが君の向かう未来だ」
「もう一度ここへ戻って来るんだ」
色んな人が色んな意見を述べているようだった。それらが混ざり合うと、のび太には何かのざわめきとしか聞き取れなかった。
のび太は気まぐれに前に進んだ。
徐々にもやが消え去っていくのが見えた。
突如、生暖かい空気が頬を打ってきた。
亜熱帯にでもやってきたのだろうか。
いつもと違う香りがした。
東京の町には似合わない原生林の香りだった。
目の前に鬱蒼とした高い木が生えていた。
のび太は寝ぼけた様子でぼんやりと見上げていた。
「また変な夢見ちゃったのかな?」
「キュー」
のび太はキューの声を聞いて視線を落とした。
「やあ、キューも同じ夢を見たのかい?」
「キューキュー」
「怖がる必要はないよ。ただの夢なんだから。どうせなら先に進んでみよう。面白いことがあるかもしれないよ」
のび太は夢うつつの中先に進んだ。キューはずっと不安そうだったが、のび太の歩みについていくように小走りになった。
◇◇◇
目の前で3人の男が焚火を囲って話をしていた。
「ったく、最近は取り締まりがきつくなって困ったもんだ」
「メガテリウムに続いて、サーベルタイガーにも厳しい規制がかかるとはな」
「恐竜は買い手がつかねえし、ハンターも店仕舞いか」
「アマゾン川の電気ウナギ漁から始まったハンターの家系もここで終わりか。しゃあねえ、まっとうに働くか」
そのとき、電話が鳴った。
「おっと、ボスからの指令だ。はい、もしもし」
男が電話に出た。
「いまジュラ紀ですよ。ええ、旧派出所で寝泊まりしてるんです。まだ有効期限が残ってましたからね」
それから、ボスがいくつか男に何かを伝えた。すると、男の表情が変わった。
「え、本当ですか? 世紀の巨大時空嵐ですか? 発生源は21世紀の地球? 被害はどんな感じですか?」
男はこわばった表情でボスの話を聞いていた。
「わかりました。ともかく使えるルートで戻れるか調べてみます。はい、ともかくこの通信が有効で良かったです」
男がそう言った直後、その通信も途絶えてしまった。
「ちぇ、なんだよ。クソ野郎が」
「おい、何があったんだ?」
他の男が尋ねた。
「時空嵐だよ。超大規模らしい。数百万人が行方不明になってるらしい」
「マジかよ。おれの女房は大丈夫なのか?」
「浮気しといて何を心配してやがる。ともかく来い。タイムマシンを調べるぞ」
「おう」
男たちは慌てて焚火を消すと、そそくさと先に進んでいった。
「キュー」
「変な夢だね」
のび太はそろそろ夢から覚めたいと思ったので、そのまま夢の中で夢の世界に向かっていった。
◇◇◇
世紀の時空嵐は世界中に大きな影響をもたらしていた。
しかし、時空移動の概念が発明されたのが22世紀。それ以前の時代では、時空嵐の影響は限定的だった。
21世紀の地球は特に何もなかった。太平洋の海の真ん中で大きな風が吹いた程度だった。
しかし、タイムマシンが開発されている22世紀では、世界中が混乱に陥った。
22世紀の経済の中心地であるウォール街はすべての機能が停止し、あらゆる取引がストップしていた。
すぐに世界的な大規模調査が行われたが、この時空の修復は一筋縄に行きそうもなかった。
翌朝、ドラえもんは未来から時空嵐の情報を受け取った。
押し入れの中でタイムテレビを取り出すと、未来にいるドラミと通信を取った。
「ドラミ、いったい何があったんだい?」
「時空嵐よ。規模は154hpk。21世紀のほうはそんなに影響してないと思うけど、こっちはあちこち大変よ」
「セワシ君は?」
「まだ寝てるわ。下々はいつもどおりよ。のび太さんは無事? 一応、21世紀でも少なくとも700人以上の行方がわからなくなってるみたいなんだけど」
「のび太君は……」
ドラえもんは押入れを開いた。
普段なら、布団の上で熟睡しているはずだったが、そこにのび太の姿はなかった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「トイレにでも行ったのかな?」
ドラえもんは部屋の外に出た。
21世紀ののび太の家はいつもどおりの朝を迎えていた。清々しい太陽が昇ってきていたし、キッチンでは母親が朝ごはんの支度を進めていた。
「ドラちゃん、おはよう」
「のび太君、もう起きてきてた?」
「のび太がそんなに早く起きてくるはずないわよ。それに今日からゴールデンウィークなんだから、まあ大目に見ましょう」
「おーい、のび太君、トイレかい?」
「僕だよ。もう少し待って」
トイレの向こうからは父親の声が聞こえて来た。
玄関口を確かめてみても、のび太の靴はそのまま置かれていた。外に出た形跡はなかった。
「おかしいな、まさか」
ドラえもんは部屋に戻って来た。
ちょうど、キー坊はいつもどおりに部屋で眠っていたので、ひとまずキー坊を起こした。
「ドラえもん、早いなー。僕は昨日くたくただったからもう少し寝たいんだぞ」
キー坊は眠そうに体を起こした。
「ごめんごめん。のび太君がいなくなっちゃってさ。一緒に探しておくれよ」
「なにー? のび太がいなくなった? 誘拐か?」
キー坊は眠気をすっ飛ばして立ち上がった。
「許せん。どこだー?」
「まあまあ、もしかしたら、ピースケたちの面倒を見てるのかもしれない」
のび太の部屋の壁には通り抜けフープが設置されている。その先にいる可能性は十分にあった。
通り抜けフープは保護施設に続いていて、ピースケ、ミュー、キューの3匹が保護されていた。今日の11時に未来に転送されることが決まっていた。
「おーい、のび太君」
「のび太ー」
二人は施設に向かったが、そこにのび太の姿はなかった。
保護器の中には、昨日動き回って疲れ切っていたピースケとミューが眠りについていた。
「いないぞ、のび太」
キー坊はひとっ跳びでミューの保護器に飛び乗ると、ミューを目指した。
「ミュー、お前がのび太を食べたのか?」
「ミュー?」
ミューはぼんやりと目を覚ました。
続いて、キー坊はピースケのもとに向かった。
「ピースケ、犯人はお前か? 昨日、おさしみを分けてやったのに恩を忘れやがるとは何事だ?」
「ピー?」
ピースケも何のことかわからない様子だった。
のび太が突然消えてしまった。のび太だけでなくピースケも消えてしまった。
靴がそのままだったので、外に出た形跡はなかった。
のび太は忽然と姿を消してしまっていた。
「えらいことだ。何とかしないと」
ドラえもんはのび太の消失を時空嵐の影響と断定した。
「ドラえもん、犯人は誰だ?」
「いま突き止めるよ。ちょっと待って」
ドラえもんはタイムテレビで再び、ドラミと交信を試みた。
しかし、今度はつながらなかった。
あちこちいじっても、エラーと次の文言が出るだけだった。
「指定された亜空間は存在しないか、通信を遮断している可能性があります」
「ドラえもん、なんて書いてあるんだ?」
「うーむ……これは大変なことになったぞ」
ドラえもんは真剣な表情になった。
「大変なこと? なんだそれは?」
「未来の世界と通信ができなくなるなんて。どうしよう、僕の権限でどこまで動いていいかわからないし」
「何でもいい。のび太を探し出そう。どこだー、のび太ー?」
ドラえもんは未来の世界の権限でここに送り込まれてきた。
未来の訪問者ゆえに、多くの制約がかけられている。ロボットとしてそのようにプログラムされているということでもあった。
しかし、キー坊にはそんな制約はない。のび太を見つけ出す方法があれば何でもするという意志だった。
「そうだね、よし」
ドラえもんも制約を超える決心をした。
「キー坊、こっちだ。タイムマシンを使おう」
「たいむましん? なんだそれは?」
「引き出しにつないであるんだ」
ドラえもんはのび太の引き出しを開いた。そこはただの引き出し。しかし、ドラえもんがある電波コードを接続すると、そこに時空のゆがみが現れた。
そのゆがみの上にタイムマシンは浮かんでいた。
時空間のゆがみを使えば、時間を移動することができる。
この事実を最初に発見したのは、ドイツの物理学者で、その後、時空間のゆがみを移動するタイムマシンが発見された。
時空間のゆがみの移動は、歩いて空間を移動するようにはいかない。エネルギーの流れはとても不安定で、指で小突くだけで世界中の歴史が変わりうる。
ほとんどのゆがみは世界中の政府によって監視され、厳しい時空バリアによって干渉できないようになっている。
しかし、ドラえもんは時空間の様子を見て驚いた。
バリアは穴だらけになっていた。これでは、ならず者が好き勝手に移動し放題の状態である。
もっとも、バリアが穴だらけになっているゆえに、そこを渡ることは命がけだった。ポンコツ船で嵐の海を渡るがごとくだった。
「ぐにゃぐにゃしてるな」
キー坊は時空間を覗き込んだ。
「ここにのび太がいるのか?」
「どこにいるかはわからない。だから、まずは目星をつける必要がある。一番いいのは数時間前に戻ることなんだけど、うまく戻れる状態かどうか調べてみる必要がある」
これだけ壊れた時空間の中を数時間だけ遡るというのは簡単なことではなかった。