一夜が明けても、のび太は夢の世界にいるままだった。
「うーん……まだ夢を見てるみたいだ」
のび太はあちこちを見渡した。見たこともない原生林が広がっているばかりで、およそ東京の面影はどこにもなかった。
のび太は今でもこの光景を夢の世界だと思っていたが、昨夜よりもよりリアルな感覚だった。
夢か現実かと言えば夢の世界に違いないはずだが、肌に感じる感触も見えるものも聞こえるものもすべてがリアルだった。
「キュー」
のび太の足元にはキューがいた。不安そうな顔でのび太のすねにしがみついていた。
のび太はキューを抱え上げた。
「夢じゃないのかもしれない」
夢にしてはあまりにでき過ぎている。徐々にのび太はここが現実だと考えるようになった。
突然、このような樹海に送り込まれたので、不安もあったが、のび太の不安を軽減してくれる要素はたくさんあった。
のび太は一人ではなくキューという仲間がそばにいてくれた。
キューは頼りないが、ただそこにいてくれるだけで、孤独感は大きく消えた。
それにのび太はキューの保護者である。キューの責任を背負っていると思うと、前向きになることができた。
それに、いまはここにはいないが、ドラえもんという存在もある。
ドラえもんはのび太の家で昔から飼っている頼りがいのある猫。
のび太はそう認識していた。
ただの猫ではなく、とても不思議な力を持った猫。のび太はドラえもんをそのように捉えていた。
いずれ、ドラえもんが助けに来てくれるかもしれないと希望を持つことができた。
「キュー……」
「大丈夫。そのうちドラえもんが助けに来てくれるさ。それまで歩こう。ここがどこなのか確かめないといけないし」
立ち尽くしていても何も起きない。
のび太は前に進むことにした。キューを守らなければならないという気持ちがあったので、鬱蒼とした樹海にも足を踏み入れる勇気を持つことができた。
◇◇◇
東京の街を遠く離れて、大自然に囲まれている世界を歩いてしばらく、のび太はあることに気が付くようになった。
東京にいたころは、ありとあらゆるものに縛られていた。
学校に行かなければならない。
親の言うことを聞かないといけない。
勉強を頑張らないといけない。
宿題をしなければならない。
将来のことを考えなければならない。
東京にいると、将来というはるか先のことのためにあれこれ準備をしなければならなかった。
それはのび太の性に合わないことだった。ずっと先のことを考えて生きていくことなどのび太にできることではなかった。
しかし、この大自然では常に目の前のことだけを見ていれば良かった。
見えるもの、聞こえるもの、それだけに意識を傾けてただ歩めばよかった。それはのび太の性に合っていた。
東京の街が恋しくなることがなく、どちらかというと、大自然の世界に心が順応していくようだった。
キューも同じだったようである。
のび太にはなついていても、他の人にはなじめなかったキューも大自然には順応できたようで、のび太の手から離れ、目の前の転倒した木の上に滑空した。
「キュー、やればできるじゃないか」
「キュー」
キューは東京にいる間はあまり見せなかった笑顔を見せた。
「よし、今度は僕の手まで飛んでごらん」
「キュー」
キューは翼を広げると、そのままのび太の胸に飛び込んだ。ほんのわずかな段差にも怯えていたキューは大自然の中で、その恐怖心を払拭することに成功した。
「すごいよ、キュー」
「キュー」
キューはのび太の役に立とうと、先頭に立った。
「あんまり無理はするなよ」
「キュー」
二人はさらに大自然の先を進んだ。
しばらく進むと水場に出た。岩場から滝が落ちていた。およそ、東京では考えられない光景だった。
「キュー」
キューは水を発見すると、駆け足で水たまりのほうに降りて行った。
「危ないぞ、気を付けろ」
のび太も続いた。
水たまりに近づくと滝の音が大きくなり、さらに近づくと霧状の水しぶきが顔に降りかかってきた。とても心地の良い温度だった。
「すごいな。ここはどこなんだろ」
「キュー」
キューは水たまりに口をつけて水を飲んだ。
のび太もキューの隣に腰を下ろした。
「この水、飲んでも大丈夫かな?」
「キュー」
いずれにしても、この大自然では、ここしか水を飲む場所はない。
「そろそろ朝ごはんの時間か、おなかすいたよ。キューは?」
「キュー」
のび太はある程度キューの鳴き声からキューの意思を読み取ることができた。
「よし、何か食べられるものを探そう」
とはいえ、右も左もわからない世界。食べ物を見つける方法などわからなかった。
今はまだ大丈夫だが、このままでは餓死してしまうかもしれない。
ただ、のび太はそういう不安を覚えていなかった。いまはただ目の前のことに集中していた。
◇◇◇
ジュラ紀には、未来の世界から送り込まれた恐竜保護施設がある。
恐竜保護と言っても、絶滅するはずだった恐竜を助けるわけではない。
未来の世界では、いかなる理由があっても、歴史を修正することは許されていなかった。
その施設は時間犯罪者によって歴史を変えられた恐竜たちをもとの歴史をたどれるように調節する名目で造られた。
施設運営には世界中から参加している。世界と言ってもすでに地球を超えて多くの人が集まっている。
ところが、先に起こった強烈な時空嵐により施設の機能はほとんど失われてしまった。
「こちらのソーラーパネルもダメね。このままだと恐竜たちを守れなくなる。何とかしなければ」
施設の近くにはソーラーパネルが並んだエリアがあったが、いずれも機能が停止していた。
それを確認した女性はため息をついた。
その女性は覆面で顔を覆っていたが、優しい声質の持ち主だった。
その少女は背中に持った羽を羽ばたかせると、そのまま上空に達した。どうやら空を飛ぶ能力を持っているようだった。
「日本支部と通信ができないとなると、直接向かわないといけないわね。でも……」
少女は日本列島のある方角を見た。日本列島のある大まかな方向はわかっても、科学の力の大部分が停止したいま、自分の目分量で日本列島までたどり着くのはとても難しいことだった。
「こういう状況になると、つくづく私たちは文明に依存してきたのだと思い知らされるわ」
少女はそう言うと、ゆっくりと地上に戻って来た。
「パルパル!」
背後から誰かが少女を呼んだ。
パルパルと呼ばれた少女は振り返ると、首を振った。
「そうか、こうなるとエネルギー問題はより深刻だ」
「こちらもダメ。予備はあとどれぐらい持ちそうなの、グリオ?」
「あと四日と言ったところだ。厳しい状況だよ」
グリオは深刻そうに答えた。パルパルよりも一回り体の大きい男性と思われた。彼もパルパルと同じく顔を覆っていた。
「中央州との通信は?」
「ダメだ。しかし、おそらくこちらの深刻な状況は伝わっていると思う」
「あまりあてにできないわね。保守派に政権が代わって以来、国は乱れ続けているもの。植物星との同盟を破棄したばかりか、ノア計画の採択を強行する姿勢だし」
パルパルは不平をこぼした。
「いまはそんなことより、通信を復旧させることが先だ。タイムベルトの使用権限を持つ日本支部に向かう必要がある」
「でもどうやって? 万能コンパスはいずれも使えなくなったのでしょう?」
「やるしかない」
「そうね」
二人はそう言うと、施設のほうに向かっていった。