変な占い師に出会っての帰路を渡り終えたのび太は夢うつつのままに夕食を取り、入浴後、フラフラと眠りについた。
翌日、のび太は珍しくすっきりと目覚めることができた。
いつもは遅刻寸前で、母親にたたき起こされるところだったが、今日は午前6時前に目が開いた。目も冴えていた。
「いい目覚めだ。やっぱり昨日のことは夢だったのかな」
のび太は体を起こすと、大きく伸びをした。いつにもなく体は快調で心地よかった。
「清々しい朝だ。今日はいい一日になりそうだ」
「いや、ろくなことがないね」
突然、どこからともなく声がした。どこか人間っぽさのない響きの声だった。猫が人間の声を発しているようなそんな音色だった。
「だ、誰?」
「僕だけど、気に障ったかしら?」
のび太の目の前。のび太の勉強机の引き出しが開いていて、そこから青いタヌキが顔をのぞかせていた。
それは紛れもなく青いタヌキ。
のび太は手をまさぐりメガネを手に取って、装着した。
もう一度机の引き出しを見た。
やはり、そこには青いタヌキがいた。
青いタヌキは苦労しながら、ずんぐりむっくりした体を机の外に出した。
身長は120センチほどか。
見た目はだるまのようだが、顔には猫か狸かの髭が生えていた。顔は真ん丸の青色。
ちょうど、昨日出会った謎の占い師に負けず劣らず奇妙な存在だった。
これも夢なのだろうか。しかし、この冴えた感覚が夢とはとうてい思えなかった。
「だ、誰だ? どこから? 何しにき、来た?」
「そんないっぺんに聞かれても困るな」
青いタヌキはのそのそとのび太のほうに近づいてきた。驚くのび太に対して青いタヌキはのび太のことをよく知っているかのように接してきた。
「それより、のび太君。今日は学校に行かない方がいいよ。登校中にダンプカーにはねられてしまうからね」
「は、はあ?」
「僕は君の未来なら、何もかも知っているんだ。どうしてかというと……」
青いタヌキは話の途中で、鼻をぴくぴくと動かした。
「いいにおいがする。どら焼きの匂い。ここだ」
青いタヌキは勝手にのび太の引き出しを開けると、そこからどら焼きを取り出した。
「このどら焼きは昨日、君が食べる予定だったものだ。宿題の夜食に食べようとしたけど、宿題ごと忘れちゃってまもなく賞味期限が切れるところだ。まあ、切れててもタイムふろしきで時間を戻せばいいんだけどね。どうせ、廃棄される運命のどら焼き。僕がいただきます」
青いタヌキは一人一方的にそう言うと、どら焼きを開封し、一口で呑み込んでしまった。
「やっぱりうまいもんだな、20世紀のどら焼き。未来のどら焼きと違って、甘くておいしい。未来の世界じゃ、砂糖は使用が禁じられてるから、なかなか食べられないんだよ」
青いタヌキはどら焼きを丸のみすると、その袋に舌を這わせて残りかすまでも口の中に入れてしまった。
「ご馳走様。それじゃあね、のび太君」
青いタヌキは再び、机の引き出しを開けると、その中に消えていった。
「……」
のび太はしばらくあっけに取られていたが、しばらくしてようやく平生を取り戻した。
「な、なんだったんだ、今のは」
のび太はすぐに青いタヌキが出入りしていた引き出しを開いて、中を徹底的に調べた。
しかし、出てくるのは0点の答案ばかりで、青いタヌキはどこにもいなかった。
「やっぱり夢なのかな。昨日からずっと夢を見ているのかもしれない」
のび太は机を戻すと、布団の上に腰を下ろした。
「もう一度眠ったら夢から覚めるかしら……」
のび太が二度寝を検討したころ、その背後で机の引き出しが開く音がした。
振り向くと、今度は少年が顔をのぞかせていた。
「やあ、おじいちゃん。ドラえもんから話は聞いたかい?」
「……」
のび太は再び愕然とした。
「ありゃ、ドラえもんから話聞いてないの? まったくドラえもんは頼りにならないんだから。こんなんじゃおじいちゃんのことを任せられないよ」
少年はそう言うと、引き出しから出てその引き出しの中に顔を突っ込んだ。
「ドラえもん。おじいちゃんにちゃんと説明しといてって言ったよね。おじいちゃん、何が何だかわからないって顔してるよ」
「ごめんごめん、ついどら焼きに目を奪われて忘れちゃった」
「しっかりしてもらわないと困るよ。今日からおじいちゃんの世話をすることになるんだから」
「大丈夫。すべてはこのドラえもんに任せなさい」
少年はいくつかやり取りをすると、のび太に向かい合って腰を下ろした。
「いやー、こうしておじいちゃんの顔を見ることができるなんて感慨深いな。写真とタイムテレビでしか見たことなかったから、実物を前にすると手を合わせたくなっちゃう」
少年はそう言うと、手を合わせた。ややあって、机の引き出しから先ほどの青いタヌキが再登場した。
「な、なななな、なんなんだ、君たちは?」
「まあまあおじいちゃん、落ち着いて。僕たちは別に怪しいものじゃない」
「十分、怪しいよ」
「一から説明するから、ともかく座って」
少年は興奮するのび太を押さえた。
「僕の名前はセワシ」
「僕、ドラえもんだよ。よろしくね、のび太君」
少年はセワシ、青いタヌキはドラえもんと名乗った。
「僕たち、未来の世界から来たんだ」
「未来?」
「ああ、今から約226年後の23世紀からはるばるとね。僕は君の子孫にあたるんだ。つまり、君は僕のひいひいひいおじいちゃんにあたるわけだよ」
「……?」
のび太は首を傾げた。
「おじいちゃん、話、わかった? 僕は未来の世界のおじいちゃんの子孫だよ」
「おじいちゃんとか子孫とかそんなわけないじゃないか。だって、君はどう見ても僕と同い年ぐらいじゃないか」
「頭悪いな」
「な」
セワシとドラえもんは顔を合わせて、事前の情報を確認し合った。
「わかったわかった、じゃあ1つずつ説明するよ。君も大人になったらお嫁さんをもらうでしょ?」
「え、お嫁さん? 僕、お嫁さんをもらうの?」
「もらうんだよ。26年後に。ちょっと晩婚だけど、時代だよね」
「僕がお嫁さん……ね、ねえ、相手は、相手は誰?」
のび太はそのとき、頭の中にしずかの顔を思い浮かべていた。しずかと結婚できたらさぞ幸せだろうと想像した。
「たしかジャイ子って名前だったっけ、僕のおばあちゃん」
「うん、ジャイ子ちゃんだね。ジャンボのおじいちゃんの妹に当たるよ」
「じゃ、ジャイ子?」
「ああ。いやー、ジャンボってやつが僕の時代にいてね。僕の親戚にあたるんだけど、偉そうなガキ大将で困ってんだよね」
「ちょっと、待って。ジャイ子ってあのジャイアンの妹の?」
「うん、間違いないよ。アルバムを見せてあげるよ」
ドラえもんはそう言うと、お腹のあたりについていたポケットをまさぐった。
小さなポケットだったが、そこから現れたアルバムはポケットの入り口よりも大きなものだった。
「ほら、これが君の結婚式の様子。で、こっちがその後の結婚生活の様子だよ」
「……」
のび太はそれを見て目を見開いた。
その写真に映っているヒョロヒョロの頼りなさそうな男性はのび太にそっくりであり、その隣にいるふくよかな女性はジャイ子にそっくりだった。
「23年後に結婚して、8人の子供を授かるんだ。貧しいけど、明るくて楽しい家庭を築いたみたいだよ。ただ、1つだけ問題があって……」
「嘘だ……これが僕なんて嘘だ……」
のび太は狼狽気味にセワシに迫った。
「なあ、違うよな?」
「おじいちゃん、すべて本当だよ。子供心にはショックだけど、でもおじいちゃんはそこそこ幸せな人生を歩むんだ。だから、そんなに悪いことじゃない」
「……」
のび太は気持ちの整理をつけることができなかった。別にジャイ子のことが嫌いなわけではないが、ジャイ子がお嫁さんになるというのは衝撃的なことだった。
「おじいちゃんもおばあちゃんも幸せな人生を歩む。だから、その点については何も問題ない。でもね、君がおばあちゃんと結婚することで、1つ大きな問題が起こるんだ」
「問題?」
「たしか源しずかだったっけ? 歴史的大事件である311事件の首謀者」
「うん、間違いない」
「しずか? いましずかちゃんの名前を挙げた?」
「ああ、おじいちゃんの親友に源しずかっていう人がいたと思う。その子はね、ひそかにおじいちゃんに好意を抱いていたんだ」
「え、しずかちゃんが僕に?」
「うん、君は長い間、源しずかと交際関係にあるんだ。その後、君の法から源しずかに別れを切り出すことになる」
「ま、まさか。僕が別れなんてそんなことあるはずが」
のび太は驚愕の未来を次々と指摘されて、平生を保っていられなかった。
「でも歴史はそうなった。源しずかは外務省の極秘情報を持って姿をくらますんだ。その後、地球は大変なことになる」
「……」
「僕たちは君の未来を変えるために来たんだ。君の人生いかんで地球の存亡がかかっているからね」
「……」
のび太は動揺したまま、言葉を紡ぐことができなかった。
「セワシ君、そろそろ」
「ああ、そうだね。このままじゃ、未来が劇的に変わりすぎてしまうからね。じゃあ、ドラえもん、お願い」
「了解。忘れろ草!」
ドラえもんはポケットをまさぐると、紫色の毒々しい鼻を一凛取り出した。
ドラえもんはその花を動揺するのび太の顔に近づけた。
甘い香りがした。その香りをかぐと、体中が心地よくなり、まぶたが重くなった。
のび太はそのまま目を閉じ、その場に倒れた。
「しばらくすると、目を覚めるよ。そのときは、僕が君の面倒を見るから、安心してね、のび太君」
「……ドラえもん……君はもしかして……」
のび太はもうろうとする意識の中で、ドラえもんのことを思い出していた。どこかで出会ったことがある存在。それはどこだっただろうか……。すべてを思い出す前に、のび太の意識はなくなった。