娼女人形は罅割れない ~手も足も無いけど笑顔はあります!~   作:白臼

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2.ブランチの時間

 

 

 

「ふぁ~~ぁ……」

 

 翌朝、ニーナはあくびを堪えながら階段を降りていた。

 かちゃ、かちゃ、と義足の関節が立てる音は静かでゆっくりとしたものである。

 彼女の義肢は相当に高品質な魔道具ではあるのだが、それでも繋がっている感覚は相当に鈍くニーナにとっての歩行は竹馬に乗りながら生活しているようなものだ。

 階段は昇るよりも降るときの方が重心移動の関係で転びやすいため彼女はしっかりと手摺に手を添えながら、一段一段丁寧に(あくび混じりながら)段差を降りていくのだった。

 

 一階に着いた彼女が向かったのはレストランフロアだ。

 夜間は客を相手に営業しているのだが、朝と昼は従業員向けの食事を提供してくれている。

 所謂、社員食堂というものだろうか。タダというわけにはいかないが、それでも詰めている料理人(シェフ)の腕の良さから好んでここに来る者は多い。

 

 ニーナは勝手知ったるという風に食事を注文したが、彼女に関して代金はフリーパスだ。

 彼女のように住み込みで働いている者に対する場合、食費は家賃の内に直接含まれているからである。

 なお、ニーナの場合は家賃に加えて義肢作成費・維持費と()()()分の借金、及び介助費まで給料から天引きされており、手持ちはほぼいつでも素寒貧だ。

 他所に食べに行く余裕も無いので実質このレストランが自宅の食卓(ダイニング)となっている

 

「あっ。リズ姉、ミカ姉、おはよーっ」

「おはよう。ニーナ」

「おぅニーナ、おはようさん」

 

 サンドイッチを頼んだニーナはよく見知った顔が並んで席に付いているのを見て取り、そちらへと寄っていった。

 一人は豪奢な金髪を後頭部で纏めたスタイルの良い女性。

 もう一人は小柄な部類に入るニーナよりもまた一つ背の低い、童女と言った方が良さそうな女性だった。

 

「昨夜はよく寝られた?」

「寝れたは寝れたんだけど、あたしの方が途中で疲れて寝ちゃった感じ。ふぁ……」

「あら。朝方こっちの見送りの時にすれ違ったんだけど、見かけによらず激しい方だったのね」

 

 こんな小さい子相手に、と女性は付け加えそうになった言葉を飲み込んだ。

 リズ、と言われた彼女は幼げな容姿をしているニーナに比べると女かくあるべし、と言われるほどには大人びた風貌をしている。

 ラフな普段着を纏って腰かけているだけでもわかる程度にしっかりとした上背があり、結い上げた金髪から覗くうなじも艶めかしい。

 特に白い肌に包まれた肢体は肉感的で、触れれば指先が沈み込みそうな柔らかさと豊かさは見ているだけで男なら誰しも抱きしめたくなる思わせるほど。

 切れ長の瞳は一見すると険があるが、同時に思慮深さと教養の深さを感じさせる知性のある眼差しだった。

 

 そのタイミングでテーブルにニーナが頼んだサンドイッチが運ばれてくる。

 ありがとー、と彼女が満面の笑みでお礼を言うと厨房スタッフからも笑顔が返された。

 時刻的には朝と言うにはやや遅く、昼と言うにはこれまた早いという時間帯なので、これはブランチと呼ぶべきだろうか。

 

 先ほどリズが少し零したように『リーベ・エンゲル』の娼婦は一晩を共に過ごした客を玄関先まで見送って一仕事終えたということになるが、それも手足の無いニーナには難しいことなので省略されることが多い。

 義肢と衣服を身に着けるのにも他人の介助が必要なのでそこまでお客様の手を煩わせるのも……と言う判断だ。

 なのでニーナはベッドの上で半ば夢見心地のまま客を見送り、そのまま二度寝を貪ってから清掃担当の従業員に叩き起こされたという次第なのである。

 

 なおニーナの義肢装着や体の清拭もそうした従業員の仕事に含まれているが、嫌な顔をされたことは一度も無い。

 自分一人では何もできないという四肢欠損の体を抱えながら、卑屈さを一切感じさせないままに朗らかな笑顔でお礼を言うニーナの姿が彼ら彼女らに負担を覚えさせないのである。

 

「うん、結構激しかったよっ。あのねっ、あたしの昔話とかしてあげたら『可哀想、可哀想』って言いながら腰の動きが早くなるのっ。なんだかおかしくなってきちゃって、笑わないようにするの大変だった!」

「まぁなぁ……アタシらみたいなのを指名するような客って()()()()ところあるよな」

 

 でもそういうのを釣り上げるのが楽しいんだが、と含み笑いを零すのはミカと呼ばれた女性である。

 ミカ……正しくはミカエラ、という彼女はただでさえ低身長のニーナと比較してさえ更に一段背が低い。二人で並べばこの店の中で下から1、2位となる組み合わせだった。

 ふんわりと顎先辺りでまとまった黒髪のショートボブに、くりくりとした黒目勝ちの眼。

 桜色の赤みが差した愛らしい丸みの頬と合わせて無垢な童女といった風にも見える。

 ただ、今テーブルについている彼女はソファの上に胡坐を組んでもたれかかりながら、正午にもならないうちに(度数の低いものだが)エールを煽りつつ干し肉をガジガジと噛み締めている……という何とも赤の他人には見せられない姿を晒していた。

 少なくとも、彼女の指名客が見れば卒倒するだろう。

 

「そういう連中……なんつーんだっけ、ローリー……ローラー……」

「ロリコンさんっ!」

「そうロリコン。小児性愛者(ロリコン)だ。小さい女の子にしか興奮できない奴ってのはあれだよ、そういう病気なんだ。セックスはコミュニケ―ションって言うだろ?自分と同年代とか、普通の魅力的な女とかを口説く度胸も無ぇってのが自分でわかってるから一方的に手込めにできそうな奴にしか勃たねぇのさ。哀れだねぇ」

「ミカ姉、厳しいね……」

「ミカエラ、最近なにか辛いことでもあった?」

「いや別に、普段から思ってるだけの事だし……。あ、もちろん他所では言わねぇよこんなこと!」

「それはわかってるよー」

 

 ニーナはサンドイッチをフォークとナイフで切り分ける練習をしながら相槌とも呆れとも言えない苦笑を漏らした。

 ミカエラは自分の容姿の幼さを武器にまで昇華させることでこの界隈を生き残ってきた歴戦(ベテラン)の娼婦だった。

 毎夜、(ニーナ自身とは違う意味で)お人形のようなフリフリのドレスを着こんで()()()のお客さんの頬を煮込みすぎた麦粥のように緩ませている姿と、今の素の姿とのギャップは見ていて混乱するレベルだった。

 

 ――――あんなに仕事中とプライベートとの切り替わりが激しすぎて本人の頭は大丈夫なんだろうか、いや、大丈夫とは言えないから昼間からお酒を飲んだり過激なことを言ったりするのだろう。

 などと、心の中を読まれたら失礼極まると抗議を受けそうなことを考えながら、ニーナは手元でナイフとフォークの力加減を間違えて机の上に取り落としていた。

 

「……ま、まぁ。未成年への性的虐待は父親、教師、神父などが行うことが多くて性欲よりも支配欲に端を発している事の方が多いと聞くし……」

「へぇ、それは初耳だねぇ。どこで聞いたんだいそんなの」

「……『先生』のところで」

 

 先生、と口にしたとき一瞬だけリズの眉根が寄る。

 ただそれは目の前に座る他の二人にもわからない、本当に一瞬のうちに消えてしまったが。

 

「とにかく。あなたたち二人みたいなのは()()()なのが好きな乱暴な人に当たる可能性が高いのだから注意して頂戴ね。お店の方でもチェックはしてるけど、それでも万全じゃないし。特にニーナは」

「うん、あたしだったら何されても手も足も出ないしね!」

「マジだなそれは!!あっはははっ!!」

「にへへーっ」

 

 会心のブラックジョークを決めたニーナとそれに爆笑するミカエラを渋い目で見ながら、リズはニーナの手からすっぽ抜けたナイフとフォークを回収して元に戻した。

 ついでに見てみると皿の上ではパンと中の具材がずれて滅茶苦茶になりかけていたのでそれもササっと直してやる。

 物を切り分ける練習が失敗に終わっても、手掴みで食べる方向へなら修正が効くのがサンドイッチの良い所だった。

 

「でもでも、リズ姉は心配してくれてるけど……。実はあたし、ちょっと乱暴なくらいが燃えるタチっていうかー……」

 

 整えられたサンドイッチを大人しく口に運びながら、ニーナは少し照れたような表情で呟いた。

 頬を少し染めながら、もじもじとはにかみ交じりに語る姿は初心(うぶ)な乙女のようだが、内容自体は過激もいい所だった。

 

「あたしの体って小さいから抱えやすいでしょ?それでねっ、ぐいって抱きかかえられながらパンパンって音が鳴るくらい激しくされるのが好きっ」

「あー……なんとなく気持ちはわかる。相手が興奮してくれてるんだなー、ってのが解ると割と満足感あるよな、こっちも。喘ぎ声にも熱が入るっていうか」

「でしょー?」

「そして翌朝、股が結構痛いんだわこれが。アタシらだと比率で言うと大抵はビッグサイズになっちまうからな!」

「わかるー!」

 

 低身長・低体重組あるあるネタでニーナとミカエラは盛り上がる。

 先ほどの話に立ち返るが、彼女らのような系統の娼婦をわざわざ指名するような客は特殊な趣味を持っている者に分類される。

 小さいもの、華奢なもの、弱々しいもの、壊れそうなものに欲情し蹂躙することに興奮を覚えるような性質(タチ)の持ち主であれば、それがエスカレートして暴力的な行いに及ぶ可能性も無くはないのだ。

 店側でも対策は幾つか立てているが、それでも手放しで万全と言えるわけでは決してない。

 

「……貴方たちの趣味嗜好には口を出さないけれど、実際に暴力を振るわれそうになったり、怪我をしそうになったら大きな声を出して廊下の警備員に知らせるのよ。

 ――――特にニーナ。貴方は()()()()()ことがあるんだから、本当にそれは忘れないようにしなさいね」

「うっ……わかってるよ、リズ姉」

 

 リズは殊更に強い口調と眼差しを添えてニーナにそう言った。

 子リスのようにもぐもぐとサンドイッチを咀嚼しながら、彼女はバツが悪そうに肩を縮こまらせた。

 相手が真剣に話していること、そして自分を心配してくれていることくらいは彼女にも理解はできる。

 

「――――だって、あたしの()()()()()()()()()()()()()ダメだもんね。顔とか、首とか、お腹とかに痣とか作っちゃダメ。そうだよね?」

 

 ……そして、何に対しての真剣なのか、誰に対しての心配なのか、それを()()()()()()()上でニーナはそう答えた。

 だが当のリズも、先ほどまで談笑していたミカエラも渋い表情を浮かべているのに気付いて、彼女は首を傾げたのだった。

 

「……あたし、何か変なこと言った?」

「ニーナ、貴方は――――」

「よしっ!!どうせだしニーナにはアタシが編み出した小児性愛者(ロリコン)悩殺テク100連発でも教えてやろうかなっ!客層被りのライバルとはいえ、同じ店の仲間でもあるわけだしな!」

「えっ、いいのっ?っていうか100種類もあるのっ!?」

「……流石に無いなっ!」

「その場のノリっ!?」

 

 リズが口を開こうとした瞬間、そこに割り込むようにミカエラは殊更大きな声を上げてニーナの気を引いた。

 いや、『ような』ではなく事実、割り込んだのだ。ミカエラはリズに目配せをしてニーナを自身とのやりとりに夢中にさせる。

 そのためニーナはリズが目を閉じながら眉を顰めて溜息を吐く姿を視界に納めることは無かった。

 

(恨むわよ、『先生』……)

 

 もっとちゃんと彼女の情操教育をやっておいてくれ、と心の中で胡散臭さを擬人化したような魔術師に文句を垂れる。

 『彼』の性質上真っ当な倫理観を人に教えることなど望むべくもないというのは、他ならぬリズ自身が文字通りに()()()()()理解はしている。

 リズとニーナは『先生』の所にいた時期が違うので推量でしかないが、彼女を今の状態になるまで()()したのは本当に奇跡的な偶然と言えるような気紛れだったのだろう。

 それを踏まえれば称賛こそすれ罵倒の謂れは無いのだろうが……やはり愚痴の一つくらいは言いたくなる。

 

 ここの辺りの感覚は『先生』の所にいた経験のないミカエラにはわかりにくい話ではある。

 どうにも感謝が2割、文句が8割という対応をせざるを得ない。関わった多くの人間にとって『先生』とはそんな存在だった。

 

「……ところでニーナ、ご飯の後はどうする?貴方、今夜も予約が入っていたはずだしお昼寝くらいはしておいた方が良いんじゃないかしら?」

「んー……?あ、そうだね。確かにちょっと寝た方が良いかと思うんだけど、しばらくは起きてるよ。用事があるし」

「お、なんかあんのか?」

 

 眉間の皺を指で揉んで解してから、リズは適当な話題を振った。

 (少なくとも同性から見れば)あざとすぎて胸やけを起こしそうなぶりっ子ポーズをしているミカエラの真似をしつつ、ニーナは思い出すような素振りを見せてから応えた。

 

「うんっ。あたし、今日は健康診断!」

 

 ニーナはそう言うと自分の両腕の義手を広げる。

 純白の、陶器の質感を持つ指が()()、と硬質な音を鳴らした。

 

 

 

 




ニーナの喋り方について:
一人称・あたし×タメ口→プライベート
一人称・ニーナ×敬語→接客中
一人称・あたし×敬語→接客中に素が出ているとき、あるいは素が出ているように見せているとき
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