娼女人形は罅割れない ~手も足も無いけど笑顔はあります!~   作:白臼

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4.あなたのかわいい子犬ちゃん♡ワンナイトわんちゃんプレイ(前)

 

 

 ザカリー・レオン・ロットフーゲルは公都ジョンズバーグの政庁舎に勤める官僚である。

 彼の家系はハイヴェルド大公の傘下に納まる下級貴族の一員であり、ザカリー自身は家督を継ぐ長子ではなかったものの幸い大学への進学費用は実家に援助してもらえることになった。

 帝都の大学では流石に主席というわけにはいかなかったがそれなりに優秀な成績を修め、無事に役人として就職の道が開けたのであった。

 

 彼が大学で学んだ分野は主に言語学と修辞学にあたる。

 公用語、教養語に加え周辺国のものも併せた外国語を含めて計四つの言語での読み書き会話に不自由がなくなった。

 さらには修辞学――――つまりは弁論と対話の技法までこれに加わるとなると、ただ単に「可能である」というだけでなく「使い(こな)している」と言っても過言ではないだろう。

 本人は謙遜しているがこれは十分に得難い技能・才能であり、三十に届かぬ若手官僚ながら既に周囲から高い評価を得ているのであった。

 

 しかしながら人間の仕事の常ではあるが、評価されているということは期待されているということであり、期待されているということは相応に仕事を任されるということでもある。

 彼の仕事は主に手紙・或いは直接訪問による他地域の官僚との折衝などだが、その中でも段々と責任の重たいものが増えてきた。

 (かなり上の方ではあるが)直属の上司に当たるハイヴェルド大公や既に退任した同格の高位貴族に高位聖職者との会談の席に同行させられるのは毎度胃の腑が縮み上がるような思いだった。

 手紙などを書く際には何か不味い表現を誤って使っていないか先輩のベテラン書記官に目の前で査定(チェック)される。勿論、不備があればその場で最初から書き直しだ。

 幾ら能力があるとはいえ、二十代の若者であるザカリーには荷が勝ちすぎる日々であった。

 

「癒しだ!僕には癒しが必要なんだ!というわけで癒されに行ってきますっ!!お疲れ様でしたっ!!あーっはっはっは!!

 

 そんな自棄(やけ)気味な笑い声を上げながらザカリーは庁舎を後にした。

 元々は細面の柔和な青年だったが、ここしばらくの激務と心労が祟っているのか目の下の隈と、陰が差し始めた頬周りと相まって細いというよりは(やつ)れているといった表現が適切な顔立ちだ。

 先ほどまではその風貌に合わせたかのように眉間に皺を渓谷のように深々と刻んで机に向かい合っていたのだが、今はそれさえも嘘のような威勢のよさであった。

 

 何せ今日は待ちにまった給料日。直接手渡された大金貨四つの重みがまことに心地よい。

 とはいってもあまりずっと有頂天気分で歩き回っているのもよろしくはない。

 官僚の給料日に合わせて強盗を働くような破落戸(ごろつき)もいないではないのだ。ザカリーのような浮かれ気分の若者などその手の輩からすれば良いカモだろう。

 足取りは軽く、それでいて足早に近所の銀行に大金貨を三枚まで預けると、彼はその足で繁華街まで向かうのであった。

 

 彼が浮ついているのはただ給料が貰えたからだけでなく、今日は彼が娼館に予約を入れた日であるからだ。

 そろそろ()()()()と言える頻度で通っているその娼館『リーベ・エンゲル』はかなり値は張るが、その分信頼がおける。

 店自体のサービスも上質で、働いている娼婦もみなレベルが高く安心感があるのだ。

 

「と、いうわけで予約していましたザカリーです」

「ようこそお越しいただきましたザカリー様。いつも御贔屓にしていただき誠に感謝いたします。ただいま準備して参りますので今しばらくお待ちくださいませ」

「ありがとう」

 

 男性従業員(ボーイ)の丁寧なお辞儀に迎えられた彼は鷹揚に頷いてラウンジの椅子に腰かける。

 ふんわりと体重に任せて沈むクッションの座り心地がとても快適である。調度品一つとっても上質なのが伺える。

 下級貴族出身者であれば気後れしかねない程に優美な内装であるが、ザカリーにはどこ吹く風である。

 どんな緊張感も新任一年目に元大司教との会食に同席させられた経験からすれば()のようなものだからだ。

 

 机に置かれたグラスによく冷えた水を注いでもらいつつ、今日の分の予約を頭の中で反芻する。

 『リーベ・エンゲル』の女性たちは誰も質の違った美人揃いかつ、サービスの趣向も様々だ。

 最近よく指名していた子はミカエラといい、違法な形態で運営されているような娼館でなら見かけるかもしれないというくらいに小さくて可愛らしい少女だ。

 初めは興味本位、ものは試しという気分で相手をしてもらったのだが存外嵌ってしまってしまい「自分はあんな小さい女の子にも欲情する性質(たち)だったのか……」と自己嫌悪したのも良い思い出である。

 その分吹っ切れてからは転ぶのも早かった。前回などは『萌え萌え♡きゅんきゅん♡ねこみみメイドさんご奉仕コース』で一晩精力的ににゃんにゃんしてしまったほどである。

 

 さて、そんな彼が今夜指名したのは別の娼婦で、こちらはニーナという。

 両手足が義手義足の子がいるという話は聞いていたが決め手はそっちではなく、彼女がミカエラに準じる程度の背丈で愛らしさをアピールポイントにしている子だったからである。

 そしてコース名は『あなたのかわいい子犬ちゃん♡ワンナイトわんちゃんプレイ』だ。

 前回、小さな女の子の可愛らしさ×小動物の愛らしさのコンボで新しい性癖の道を啓いた彼は果敢にもその道を開拓することを選んだのである。

 絶対癒されるぞぉ、と相好を崩している様は紛うことなき小児性愛者(ロリコン)だが、彼の名誉にかけて記しておくならば、彼は小さい子もいけるようになってしまったというだけであり、ストライクゾーンは広い。

 この店で挙げるなら、例えば他にはリズという娘が気に入っていた。彼女の胸元に顔を埋めるのは堪え難い程の癒しであったと彼は記憶している。

 

「お待たせいたしました、ザカリー様。ニーナの準備が整いました」

「あぁ、お構いなく。こちらこそありが――――……」

 

 そんなことをつらつらと考えながら時間を潰していた彼は、呼びかけられるとともに意識を現実へと戻した。

 声をかけてきた女性従業員に対し、身に沁みついてしまった外交向けスマイルで向き直るが――――彼はその瞬間、思わず固まってしまった。

 正確には、メイド服を着たその従業員が()()()()()()()を見た瞬間の話である。

 

「わんわん♪」

 

 愛らしく犬の鳴き真似をして見せる少女を見て、ザカリーは一瞬ではあるが初めてこの店での自身の選択を後悔した。

 

 

******

 

 

「お客様は初めてのご指名ですね。今日はニーナをたくさんかわいがってくださいわん♪」

「あっ、はい」

 

 ザカリーは思わず曖昧な返事を漏らした。皇子に謁見するぞ、と唐突に上司から言われたとき並の浮ついた反応だった。

 床に()()()()()、少女のにっこりとした微笑みもどこかガラス一枚挟んだたかのような隔たりを感じる。意識が遠のきかけているのかもしれない。

 

「えっと、その……()()()()のかな?()()

「?……あぁ、これですね。全然大丈夫ですよっ」

 

 わんちゃんプレイ、ということで彼女がイヌ耳のカチューシャを付けているのは当然想定の範囲内だ。

 本来とても長い筈の髪を邪魔にならないように後頭部でお団子状に纏めた頭部に、ぴょこんと生えた犬の耳が可愛らしい。

 一方で身に着けている衣服は肌も露な革製の黒下着。瑞々しい肌にあどけなさを見せるほっそりとした胴回りの体つき、それに食い込むような、或いは戒めるようなぴったりとし(なめし)革の光沢が艶めかしい。

 胴の細さに対して肉付きの良いお尻からは尻尾が一本、犬を模したものが生やされている。

 ここまでは良い。だがザカリーが尋ねたのはまた別のものだ。

 

「これ、中敷きがふっかふかのクッションになってて、体重かけても全然痛くないんです。いつもの脚より楽なくらいなんですよっ」

「あぁ……うん。そっちがいいなら、それでいいのかな……。うん、良いと思う。うん」

 

 ニーナには手足が無い。そして今夜に至っては義手義足さえ無かった。

代わりに身に着けているのが二の腕と太腿を覆う、革製の履物だった。

 ブーツのように()()()手足をすっぽりと嵌め込んだまま、四つん這いで歩く。

 彼女が()()見せるように前に向けると、底面には肉球を滑り止めまであしらわれている。

 

 人間が四つん這いで歩こうとすると、手と足の根本的な長さの比率の差もあって全体的に不格好だ。

足裏を付けるとどうしても下半身だけが上に挙がってしまう以上、膝を突いて歩くべきなのだろうが、それでは膝を擦り剥くなどして負担がかかる。

 人間は根本的に二足歩行を前提とした生き物なのは自明である。

 

 ――――なので、最初から手と足のない女の子なら、四つ足の真似事も円滑(スムーズ)にできる。

 

 それは合理的な判断、発想かもしれない。

 しかしいきなりそれを目の前にドンと勢いよくお出しされたザカリーは頭がくらくらするような思いだった。

 

(お、思っていたのと違う……!)

 

 彼が想定していたのは、先日ミカエラがしてくれていたような動物の耳付きホワイトブリムに尻尾付きエプロンドレスの可愛い女の子が媚びっ媚びの上目遣いでご奉仕してくれるような、そんなあざとさで胸焼けするレベルの甘ったるいサービスである。

 今回の件を予約する際に受付担当が一瞬見せた、「おっと、お客さん(つう)ですねぇ」と言わんばかりの視線と微笑の意味がここに来てようやく彼にも理解できた。

 

「それではお客様、こちらもお使いください」

「…………」

 

 ザカリーが引いていることに気が付いているのかいないのか、ニーナを運んできた従業員は平時と変わらぬしれっとした態度で彼に道具を手渡してきた。

 内容は赤い革製のベルトと、同色の長い紐のような物――――つまりは首輪と引綱(リード)である。

 

「わん♪」

「…………」

 

 それを確認したニーナは()()()で器用に立ち上ると、くいっと自分で顎先を上げた。

 ほっそりとした白い首筋が男の方へと晒される。

 ()()()()()()、というアピールなのは明白であった。

 道具を両手に持ったザカリーは助けを求めるように視線を泳がせると、女性従業員と目が合った。

 彼女がそのまま無言で肯きを返してきたのを見て、彼は潔く観念した。

 

「じゃ、じゃあいきます……」

「♪」

 

 自身の理性に対して断りを入れながら、ニーナの前にそっと跪く。

 幼い娼婦少女は客にすぎない彼に全幅の信頼を見せるように、目を閉じて自分の首を差し出す。

 近くに寄って見てみれば確かに魅力的な女の子だ、とザカリーは改めてそう思った。

 喉元を晒すように顎先を出し、静かに目を閉じる姿は口付け(キス)をねだる乙女のよう。

 その桜色の唇の柔らかさを確かめてみたい、という仄かな衝動を胸の内に覚えながら彼は手に持った革の(ベルト)を首に巻き付けた。

 

 人間の生活圏内で首輪を付ける()は犬か猫くらいなものだ。

 それを敢えて人に巻くということは相手をそういった対象として――――人以下のものとして貶めるような、そんな背徳の味わいがあった。

 手も無い、足も無い。見るからに憐れな少女を……こうして愛玩物として所有するかのような行為。

 互いに同意の上の、一夜の遊戯(プレイ)だとしてもそこに倒錯の味を見出さずにはいられない。

 

「わふっ♪」

「…………っ」

 

 (ベルト)を留めて、引綱(リード)を付ける。金具の立てるカチッという音がいやに大きく耳に残る。

 ほっそりとした白い首筋に無骨な赤い首輪の対称性(コントラスト)が目に映える。

 愛玩動物(ペット)の証を付けられた上で嬉しそうに無垢な笑みを浮かべる少女を見て、ザカリーは胸の中に鈍く熱い鼓動を感じた。

 

「それではお客様、最後にこちらもお使いください」

「…………」

 

 気を落ち着かせようとしていた彼に横合いからまた声がかけられる。

 まだあんの!?という言葉が喉から出かけたのを呑み込んだザカリー、彼に手渡されたのはこれまた革製の道具だった。

 こちらは全体的に角張った錘に近い形をしていて、中は空洞。底面あたりからは革製の帯が三本伸びていて端で留める構造だ。

 

「マスクです」

「わんっ♪」

「…………」

 

 つまりは犬の口吻(マズル)を模した口覆い(マスク)であった。

 ここまでやるの?という困惑の言葉は先んじて飲み下して胃に押し込んだ。

 自分が選んでしまったのが紛うことなく上級者向けコースだったことを確信しながら、彼は毒を食らわばという気持ちで手を進めた。

 

 細い顎と桃色の唇、小さな鼻を覆うように黒革を(リベット)で纏めた無骨なマスクを被せる。

 三方に伸びる構造になっている革帯を後頭部にまで持っていって留める。

 両頬を通る二本、顔の真ん中を通る一本の黒い帯はさながら顔全体を戒めているような印象を与える。

 

「わんわんっ、くぅーん♪」

 

 少し顔を振ってきちんと拘束されているのを確認したニーナは体を下ろした。

 ()()を絨毯の床に付けて踏みしめてから、()()()でザカリーの周りをトコトコと歩き出す。

 甘えるような犬の鳴き真似声は口覆い(マスク)もあってくぐもっているが、顔全体の輪郭(シルエット)の変化もあって犬らしさはぐっと増していた。

 

「くぅん♪ きゅうん♪」

「わっ、わわっ」

 

 床に膝を突いたままのザカリーの体勢をいいことに彼女はそのまま彼の胸の中に飛び込んできた。

 身構えていなかった彼はそのまま尻もちをついてしまうが、少女はまるで顔を舐めまわすかのように口吻の先で男の顔を突き回してきた。

 

 まるで()()()のことが大好きで大好きで堪らない子犬のよう。

 上ずって媚びた鳴き声で甘えながら顔を寄せて、あまつさえ作り物の尻尾を振るように尻まで左右に揺らす。

 肘辺りで切断された短い腕、その先に取り付けた犬の前足を模した履物(ブーツ)をぱたぱたと忙しなく動かす様は人のお腹の上で犬かきでもしているような落ち着きのなさ。

 

 そんな可愛らしい愛玩動物(ペット)に胸の中に潜り込まれた彼は思わずその体を抱き返してしまっていた。

 そうして改めて感じるのは少女の線の細い華奢な肢体と、驚くほど瑞々しいきめ細かな肌の手触りだ。

 露出の多い革仕立ての衣装だからこそ、その生の感触が殊更に際立つ。

 そして何より、どこまでも無垢にこちらに懐いた犬そのものの仕草が彼の心を擽るのであった。

 

「……可愛いな」

「わんっ、わんわんっ♪わうんっ♪」

 

 彼は思わずそう呟いて頭を撫でてしまった。

 するとニーナは心底嬉しそうに鳴き声を上げながら、すりすりと『ご主人様』にその体を擦り付けるのであった。

 

 

 

 






女性従業員は腕を組みながら満足げな顔で二人を見下ろしている
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