娼女人形は罅割れない ~手も足も無いけど笑顔はあります!~   作:白臼

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5.あなたのかわいい子犬ちゃん♡ワンナイトわんちゃんプレイ(後)

 

 

 

 ひとしきりニーナと戯れた後、ザカリーはこほんと一つ咳払いをしてから立ち上がった。

 予約がある以上はラウンジでいつまでもだらだらと遊んでいるわけにもいかない。

 気を取り直して彼は片手に持った引綱(リード)をしっかりと握り直した。

 

「わんっ♪」

 

 それを確認したニーナは「ついてきてください」と言わんばかりに一声鳴いた。

 細い肩越しに振り返る可憐な横顔は犬の口先を模した覆い(マスク)もあって実に子犬めいている。

 マスクの鼻先の(リベット)が照明を照り返して犬の濡れた鼻先を彷彿とさせる。

 

 ここから()()()()を使わないのは彼女なりの切り替えだ。

 お客様に首輪と口吻を付けて貰って犬の姿になったからには犬の演技を徹底する。

 そういうのを望んでいない限りは客もそもそもこのコースを選んでいないだろうから――という判断からである。

 ……ただ、迫真の犬ぶりに初見ではやや引き気味になる客の方が多いというのは彼女もあずかり知らぬところであるが。

 

 そんな引綱(リード)の先の彼女に先導されながら、おっかなびっくりザカリーは店の奥の方へと歩みを進める。

 まだ店の二階、寝室の方へは行かない。

 なにせ今夜彼が注文したコースは()()()()のものだからである。

 高級娼館『リーベ・エンゲル』店内に併設されているレストランはこれ自体の質も高く、食事自体を目当てに通う客もいるほどだ。

 ザカリー自身も此処の食事は気に入っており、予算と相談しながらではあるが度々利用していた。

 しかし、今回ばかりは食事の予約を入れていたことを後悔していた。

 

(し、視線を感じる……!)

 

 一階ラウンジから奥へと入った所にあるレストランはまた一段と暗めの照明を使った内装となっている。

 一般的な娼館であれば、セットになっている酒場などは酔っ払いのがなり声に女の黄色い声と騒がしくてたまったものではないのだが、当然この店はそんな喧騒とは無縁だ。

 品よく整った礼服の男達と艶やかな衣装(ドレス)の女達の密やかな雑談の声、食器が触れ合う硬く小さな音。

 男女の距離感がやたらと近いこと……露骨に言うならば()()()()のことを想起させるような触れ合いが見られることを除けば、よくある高級レストランの光景だった。

 そこにザカリーが踏み込むと、俄かに人々の注意が引き寄せられる気配がした。

 

「すごいな……この店、()()()()()もありなのかい?」

「娼婦とはいえ、あんな年端もいかない子を犬扱いか……良い趣味してるな……」

「お、ニーナちゃんだ……。犬コース取った人がいるんだな……割と珍しい……」

「……あの子、一晩幾ら?あ、いや、その、参考までに、ね?」

「あいつは……たしかロットフーゲル……官僚で、若手の……なるほど……」

 

 ざわざわ、ざわざわ、と雑談の波が静かに、それでいて確かに暗がりに広まっていく。

 あどけない少女を床に這いつくばらせて首輪に引綱(リード)も付けて、そのような様をあえて人目に晒すように歩く加虐趣味者(サディスト)――――何も知らない者が見ればそのように見えるのだろうか。

 周囲の視線と注目がざくざくと短刀(ナイフ)のように飛んでくるのを感じ、ザカリーは気が気ではなかった。

 

「こんばんはー、ニーナちゃん。今日はわんちゃんプレイかい?可愛いねぇ」

「わぅん♪」

「ニーナちゃーん!また今度指名するからねーっ」

「わんわんっ♪」

 

 そしてザカリーが身を切られるようないたたまれなさを感じているのを知ってか知らずか(間違いなく知らないのだが)、ニーナは他の客にも愛想を振りまいていた。

 通りすがったテーブルの客から声をかけられると「わんっ」と元気よく犬の鳴き真似で返事をする。

 手を振る代わりに降るのは尻尾を生やした可愛らしいお尻だ。作り物のふさふさとした尻尾が左右に触れて嬉しさを表す。

 

 本当の子犬がやるのならば純粋に微笑ましいものだが、それが犬の()()をした少女であるならば少し話が違う。

 華奢な体を加虐的に戒めるような黒い革下着に包まれた、意外な肉付きの良さを見せる丸みを帯びた臀部。

 それが後ろに立って歩くザカリーの足元でふりふりと揺れる様は――――何か誘われているかのような、挑発されているような、そんな感覚を想起させられるものだった。

 よくよく見てみれば作り物のその尻尾が生えているのは尾骨の位置よりもやや下で、黒革のショーツにはそれを通すための穴が空いている。

 尾の付け根が何処に挿入されているのかを察してしまったザカリーは思わずドキリとした。

 

「……わんっ」

 

 そしてそんな彼の視線が注がれているのをわかった上で、ニーナは肩越しに振り返って一鳴きした。

 はらりと垂れた亜麻色の前髪とマスクを締める黒革の(ベルト)、その境に覗く眼差しは悪戯気な流し目だった。

 

 

******

 

 

 二人(或いは一人と()())は周囲の視線に晒されながらも自分たちのテーブルに到着した。

 卓上に乗っていた『予約済み』の札が回収され、ザカリーが席に通される。

 しかしながらすっかり犬に成りきっているニーナはそのすぐ横の床、彼の足元にちょこんと座るのみである。

 あまつさえザカリーには水の注がれたコップが出された上で、彼女には同じものが入った皿が目の前に置かれるのだった。

 

(よくやるな本当に……)

 

 従業員からも徹底した犬扱い。ここまでくると最早感心するしかなかった。

 初めは気後れしていたザカリーも一周回って冷静になり始めたほどである。

 

「くぅん、くぅーん……」

「えーっと、どうしたのかな……。あ、そうか。このままじゃダメなのか」

 

 床に座り込んだニーナが切なげな鳴き声を上げて、上目遣いでザカリーを見つめてくる。

 その仕草にどこかときめくものを感じながら、何を訴えているのだろうかと思いを巡らせていた彼はそこではたと手を打った。

 彼女はまだマスクをしているので飲み食いできないのである。

 義手を外している上、その腕も今は前脚(・・)に変えられているニーナは自分で口元の覆いを外すこともできないし、そのままでは食事ができないのだった。

 屈んで後頭部で留められているベルトを外してあげると、彼女は満足げな笑みを浮かべて「わん♪」と鳴いた。

 

 そこからは予め注文していた夕食(ディナー)の時間であったが、ここでもまた一癖あった。

 ザカリー自身ここで何度か食事を摂ったことはあるが記憶にあるそれよりも幾分か量が多い。一人と半人前、くらいはあるだろうか。

 その疑問はついでに差し出された空の深皿によって氷解した。

 皿の淵に書いてある犬のマークと足元にいる()()の期待に満ちた視線がある以上は一目瞭然だろう。 そういうわけでザカリーは自分用に出された夕食の一部を()()に盛り付けて足元に置いてみた。

 床にぺたんと座り込んだニーナは目をキラキラさせながら皿とザカリーの方へと視線を往復させている。

 いい加減にどういう扱いをすればよいのか察してきた彼が「食べていいよ」と一声かけると、彼女は四つん這いに戻って皿の中に顔を突っ込んで食べ始めた。

 愛玩動物(ペット)は飼い主の許可が無い限りは勝手にご飯を食べてはいけない、というのは当然のことなのである。

 

「……美味しい?」

「わんっ!」

 

 手も食器も使わない、文字通りの()()()だ。

 礼儀も作法もへったくれもない汚い食べ方であるのに異論はないだろう。

 貴族、聖職者、官僚、豪商などが足を運ぶこともあるこの場所では顔を顰められてしかるべきだ。

 だが口元に食べ滓まで付けながらニッコリと満面の、どこまでも無垢な笑みを浮かべるこの愛らしい子犬を見てしまうとそんな気も失せてしまうだろう。

 かくいうザカリーも思わず相好を崩して、よしよしと頭を撫でてしまうのだった。

 

 そうしてザカリーも自分の食事を始めたのだが、その光景は普段のそれとは著しくかけ離れたものになった。

 なにせ合間合間にニーナの食事の進み具合を確認して取り分けてあげないといけないのだ。

 通常このような店であれば嬢の方が客を持て成す側としてお酒を注いだりと接待(サービス)をしてくれるものなのだが、これは完全に主客が逆転していた。

 だがこれも娼婦としてのニーナのサービスの有り様であるというのは紛れもない事実だった。

 彼女が犬らしく振る舞えば振る舞うほど、愛玩動物(ペット)になりきればなりきるほど彼女を買った客は悦ぶのである。

 人に愛されること、人に()()()()()()()ことこそが彼女の仕事の本領であった。

 事実、ザカリーも既に彼女を()()()することに苦労を覚えないどころかそれが楽しみになりつつあった。

 可憐な少女がただ食事をよそってあげるだけでこれだけ嬉しそうな顔をしてくれるのだから、男冥利に尽きるというものだろう。

 

「おや……?」

 

 一通り食事を終えて、食後のお茶を啜っているところでザカリーは怪訝な声を漏らした。

 ただでさえ薄暗かった照明がまた一段と光量を落とし、その代わりにレストランフロアの更に奥まった場所にライトが当たり始める。

 その一角は床よりも一段高くなるように段差が設けられた簡易的な舞台である。

 そして舞台上に現れたのは一人の優美な女性であった。

 

「ご来店の皆々様、本日は『リーベ・エンゲル』にお越しくださり誠に感謝いたしますわ。当店を代表いたしまして心より感謝を申し上げます――――」

 

 天井から注がれるようなライトに照らし出された女性が優雅に一礼する。

 長く波打つ鴉の濡れ羽色の黒髪に、耳にしっとりと染みいるかのような美声。高級娼館『リーベ・エンゲル』の支配人を務めるライラという女性だ。

 ただそこに立って挨拶をしているだけだというのに、彼女の声はまるでベルベットの幕で首筋を包み込まれるような……身も心も預けきって耽溺したくなるような、そんな妖しい心地よさに満ちていた。

 先ほどまで食事と歓談に耽っていた食道内の全ての人の意識がそんな彼女に惹かれるようにして舞台上へと注目していくのが解る。

 

「さて、お食事中の方がおられましたらご容赦くださいませ。これよりお披露目いたしますのは当店自慢の踊り子、アイシスの舞踊にございます。僅かばかりの時間となりますがお客様の慰みとなればこれに勝る幸福はございません。それではどうぞ――――」

 

 そうして彼女は艶然とした笑みを浮かべて一礼し、舞台袖へと去っていく。

 振り返る際に靡く黒髪とドレスの裾を人々の目が思わず追ってしまうのと入れ替わるように、また一人の女性が舞台上に現れた。

 肌も露な薄絹の衣に褐色の肌の踊り手、先程紹介があったアイシスだ。

 

 彼女が無言のままに一礼するに合わせ、いつの間にか舞台端に陣取っていた楽団が演奏を始め、照明も幾重の色彩を切り替えながらの華やかな物へと変わっていく。

 だがそれらも所詮は引き立て役、書き割りの背景に過ぎない。

 舞台の主役たるアイシスがステップを刻み始めると、彼女を中心に世界が回り始める。

 

 手首に結わえた煌びやかな羽衣が翻り、ヴェールを纏った銀の髪が靡く。

 躍動する長い手足は柳のように細くしなやかで、それでいて鹿のように躍動する。

 しゃん、しゃん、と金飾りの立てる涼やかな音が楽団の音楽と一体となって鳴り響いた。

 踊りが続くごとに南方系の血筋を示す褐色の肌の上に汗が浮かび、それらが舞台明りの元で玉のように輝きながらパッと散る様が客席からも目に映った

 

「んー、んーっ!」

「あ、ごめんごめん」

 

 舞台(ステージ)に完全に目を奪われていたザカリーだが、自分の足に何かが当たる感触を覚えて下を見るとニーナが自身を見上げていた。

 食事後に付け直したマスクの口吻で彼の足をつんつんと突き、少し不機嫌そうな目で何かを訴えている。

 やきもちを焼かれているのだな、と察した彼は口では謝りながらも相好はだらしなく緩んでいた。

 すっかり馴染んでしまった彼からすれば子犬からの嫉妬も可愛らしいものだ。そこまで慕われているのだと思うと優越感さえ込み上げる。

 

「ほら、こっちおいで」

「わんっ」

 

 そう言って彼は彼女を抱きかかえて膝の上に座らせた。

 犬耳をあしらった小さな頭を撫でてあげると、ニーナはもっとして欲しいと言うように身を擦り寄せた。

 目を細めて男の手を求める姿はどこまでもいじらしく、愛らしい。

 

(軽いな……)

 

 求められるままに腕の中の子犬を撫でながらザカリーは心の中でそう呟いた。

 膝の上に載せていると改めて思うのはニーナの体重の軽さだ。

 元々普通の年頃の少女と比べて彼女の背格好は細く小さい。

 更にその上で両手足が無いのだから更に輪をかけて軽く感じるのは当然のことだと言えよう。

 

「アイシス姉、やっぱり綺麗……」

「うん、そうだね」

「……わっ、わんわんっ!」

 

 ついうっかり人の言葉で喋ってしまったニーナが慌てて犬のふりをして誤魔化す。そんな態度も微笑ましい。

 彼女がアイシスの舞台(ステージ)を見て咄嗟に口走ってしまったのは全くの本心だろう。

 壇上に注がれる彼女の視線は横から見てもうっとりとしていて、舞姫の舞踏に魅入られているのがよくわかるものだったからだ。

 ともすれば先ほどザカリーの脚を突いてきたのもやきもちというのではなくて、もっと見やすい所で舞台を見たいという意思表示だったのかもしれない、

 

 ――――そうやって一瞬覗かせたごく普通の少女らしい一面が、いっそうのこと今のニーナの有り様の歪さを浮き彫りにする。

 両手足は無く、代わりに犬の脚を模した履き物(ブーツ)で四つん這いになって、餌皿から食事を摂る。

 犬の口吻(マズル)を象った口覆い(マスク)に犬の鳴き真似で飼い主()に媚びる様は愛玩動物(ペット)そのものだ。

 そしてお遊び(プレイ)とはいえそんな待遇で、犬そのものの扱いを受けて我慢しているどころかむしろ楽し気でさえある。

 幼児の()()()()()でさえ此処まで嬉々として犬役を務める子などどれくらいいるのだろうか?

 

「わ、わふ……っ」

「…………」

 

 気が付けばザカリーは頭だけでなくニーナの体の至る所を撫で擦っていた。

 ほっそりとした華奢な体躯、幼気な瑞々しさを未だ残す肌の上に纏っているのは拘束具めいた黒革の下着。

 しっとりとしていながら柔肌に食い込むような質感のそれは少女の身を戒めて縛り付けるようで、それ自体が背徳的な淫靡さを放っている。

 首輪に結わえたままの引綱(リード)が揺れて、ちゃりん、と金具の音が鳴る。

 細い首元に巻きつけられた赤い革帯の存在が何よりも今の彼女がどういう()()なのかを示しているようだった。

 

 食事を終えたばかりで少しぽっこりとしたラインを描く滑らかなお腹、そこから降りた下腹にはハートを彷彿とさせる形状の刺青が刻まれている。

 避妊と性病予防の効果が有る魔術紋だということは彼も知っているが、口さがないものはこれを『淫紋』だの『売女証』だのと言うこともまた知っている。

 例え足を洗ってもこれが肌に刻まれている時点で春を(ひさ)ぐ身であったことは一目瞭然であり、その事実は一生消えることが無い。

 年端もいかない少女の身でありながらこれがあるというだけでニーナもまた一人の娼婦であるという何よりの証明になるのだった。

 

「う、うぅんっ♡ わぅん……っ♡」

 

 ぎゅう、とザカリーは彼女を背後から抱きしめた。

 腕の中にすっぽりと納まる雌犬少女の細さ、小ささ、幼さを感じると彼の中で何か()()()()と湧いてくるものがあった。

 鼻先をつむじに押し当てて息を吸うと濃く甘酸っぱい香りが鼻腔をいっぱいに満たす。――――乙女の香りだ。

 幾ら犬ぶっていても、こればかりは誤魔化しようがない代物だ。彼女がどこまでも()()()()を誘う女であることの確かな証だった。

 

 ザカリーの手が肌の上を這いまわるにつれてニーナの声も甘くなっていく。

 マスクの下から漏れるくぐもった声は鼻にかかったような蕩けた響き。

 仄かに火照り始めた白い肌は汗ばんで男の掌に吸い付くような心地よい手触りを与えてくれる。

 短い四つ足を蠢かせ、彼の腕の中で微かに身を捩る姿はいじらしく、()()()()、それ故に愛らしい。

 

「ん……っ♡」

 

 彼の手がいよいよ革下着のショーツ部分に触れるとニーナはびくん、と身を強張らせた。

 ザカリーの指先に触れたそこの部分は温かく、そして湿っていた。

 そのことを理解した彼は自身の胸の内に()()()()と熱く、激しい情動が湧いてきているのを感じた。

 そしてそれは種火めいた熱の形になって俄かに彼の股座へと集まりつつあった。

 

(この子が鳴くところをもっと見たいな……)

 

 それは彼の中に芽生えた加虐的な衝動の形であった。

 少女が憐れで痛ましく、子犬が愛らしく健気であれば程に湧いてくる「虐めてみたい」という性愛の形。

 人は自分の()()()()()()()()()()()()()()()()()()を可愛らしく感じるというが、これもまた「可愛がる」という行いの一つの帰結なのかもしれない。

 愛でることと弄ぶこと、愛玩するという軸の元では二つは表裏一体なのだから。

 

「わふぅ……♡」

 

 そんな彼の昂りを、尻尾を差し込んだお尻の下で感じてニーナは甘えた声で一つ鳴く。

 艶やかな踊りの舞台に胸弾ませながら、彼女は()()()の事に思いを馳せて今夜の飼い主に精一杯の媚を売るのであった。

 

 

 

 

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