娼女人形は罅割れない ~手も足も無いけど笑顔はあります!~ 作:白臼
かたん、かたん、と小さな音が響いている。
それと同じ拍子で揺れる体。馬車が石畳の上を走っている。
馬車の後部座席に乗せられたニーナはうつらうつらとしながらその小さな振動を感じていた。
公都の主要な道路は石畳によって綺麗に整備されている上、乗っている馬車にはバネ仕掛けの衝撃吸収機構が備わっているということもあり利用者にとっては実に優しい。
今のニーナがそうであるように、ささやかとさえ言えるその揺れは眠気を誘うほどだ。
「ふぁ…」
猫のように小さなあくびを一つこぼす。
このまま寝入ってしまっても良いのではないか?という誘惑が鎌首をもたげてくるが、彼女はそこをグッと堪えた。
なにせ今から向かうのは仕事先だ。相手は気心知れた常連とはいえ、あまり粗相をするものではない。
あくびと一緒に空気を薄い胸いっぱいに取り込んで頭をしゃっきりさせる。
体を固定するベルトがあるので限りはあるが、短い手足を突っ張らせて軽く伸びをした。
馬車が向かっているのは郊外にある閑静な住宅街だ。
住宅街……とは言っても立ち並ぶのは貴族や豪商が公都滞在用に誂えたような、いわば屋敷に相当するレベルの別荘からなる高級住宅群だ。
既に西日が地平線に沈み、東の空が青紫に染まる時間帯。
出歩くものは少なく何処かに出かける貴人を乗せた他の馬車とすれ違う。
幾つかの家からは明かりが漏れて、人々の声が聞こえるのは夜会でも催されているのだろうか。
ニーナを乗せた馬車が行くのはさらに住宅地の奥まった場所にある、一際大きな屋敷だった。
猥雑というほどではないが人の活気が感じられたこれまでの道中と比べ、その一角だけは一足先に深い夜に沈んでいるような、そんな静謐さに包まれていた。
夕闇の中に佇む飾り気なく荘厳な門構は、さながら高貴なものの永い眠りを守るために築かれた霊廟のようだ。
きいぃ、と蝶番が泣くような音が響いて門が開かれ、馬車はその間を通ることを許された。
車輪が回るからから、という音は屋敷が作る大きな影に吸い込まれていくようだった。
出迎えの使用人は老齢の者達だったが所作は淀みなく、衰えこそあれど歳を重ねたが故の年季を感じさせる。
いずれも嘗ての勤め先で後進に後を託して一線を引いた者達であり、この屋敷はそうしたものを優先的に雇い入れているのだった。
ここに『リーベ・エンゲル』からの馬車が来たという意味は彼らも重々承知の上だろうが、そのことについて何か意見を顔に浮かべるでもなく、使用人達は馬車を走らせてきた娼館の従業員と事務的なやりとりを済ませる。金銭の授受もここで行った。
その後、彼らが後部座席から大きな箱を運び出したのを確認してから御者は馬車を走らせて行ってしまった。
彼がここに戻るのは迎えの時、明日の朝の話である。
老齢の従者たちは大きな箱を恭しく、陶磁器が入っているような慎重さで運び出す。
玄関扉を開いて内に入れば屋敷の中は外観に負けず劣らず、一足早く深い夜を迎え入れているようだった。
薄暗く、静かな屋内に使用人たちが歩みを進める音だけが木霊する。絨毯と靴底が擦れる音、木張りの床が体重に軋む音。
彼等は箱の傾き一つにも注意を払い、階段を上がるときにも水平を保つように細心の配慮をしながらやがて主人の部屋に辿り着いた。
金と真鍮製のドアノッカーが設けられた黒檀性の扉はどことなく故人を奉る為の祭壇を彷彿とさせる。
であればノックの音に応えたしわがれ声は幽霊のそれだろうか。
勿論そんなものは屋敷の雰囲気に呑まれただけの錯覚に過ぎない。
ただ、それでもニーナはここを訪れる度にそんなことをぼんやりと感じるのだった。
「あぁ、ご苦労。いつものようにそこに置いていてくれたまえ」
屋敷の主人は部屋の中の椅子に腰かけたまま鷹揚な態度で従者たちの仕事をねぎらった。
しわがれた声音の通り、彼は年老いた男性だった。白い髪に皺だらけの顔。ゆったりとした白いガウンはくつろぎの為にも死装束にも見えた。
使用人たちが一礼して退室していくのを見送ると、彼は部屋の奥に置かれたキングサイズのベッドの方へと歩み寄った。
既に老いきったとさえ言える見た目だが足取りは確りとしたもので、背筋もしゃんと伸びている。ゆっくりとしたその歩みは特有の厳かささえ感じるほどだ。
「――――やぁ、こんばんはニーナ。今夜も良く来てくれたね」
「はい、今夜もニーナをお呼びいただいてありがとうございます」
老人はそこに置かれた大きな箱の取っ手に手を掛けて、ゆっくりと開いた。
大ぶりなトランクサイズの収納、その中に寝かされていたのはニーナその人だった。
手も足も無い幼げな少女娼婦は今、ご覧通りに人形さながら
黒い
人形は人形でも
「今夜もニーナをたくさん可愛がってくださいね、おじい様っ」
彼女は箱の内に横たえられたまま、ぱっと花咲くような笑みであいさつを交わした。
人形であって
少女の微笑みに返すように、老人もまた相貌に深い笑みの皺を浮かべるのだった。
******
娼館『リーベ・エンゲル』には訪問サービスも存在する。
予め指定された住所に赴き客の相手をする仕事。ベッドなどの場所代は必然として客側の持ちにもなるので
何せここに勤めている娼婦は女将が自身の目利きに基づいて採用した選りすぐりであり、その教育にも使わせている小道具にも相当以上の金と手間がかかっている。
一晩せいぜい金貨2枚か3枚程度の額の場末の売り子とは
実際、十年以上前の余所の街の話だが娼婦を呼びつけた上で魔術儀式の生贄の為に殺害し、その後は「朝分かれてから後は知らない」とシラを切る質の悪い黒魔術師が出たという噂もある。
警戒のために『リーベ・エンゲル』は訪問の際には職員による送り迎えの徹底や、対象となる客の厳正な審査なども行っている。
ようは「この人の所なら一晩預けても問題ない」と判断された者以外は訪問サービスを受けることはできないのである。
――――そして、この屋敷の主。今は年老いて一線を退いて隠居した元大司教、アルブレヒト・グレゴリオ・マクラーレンはそうした眼鏡にかなった上客の一人である。
「あぁ、ニーナ。窮屈だったろう、出してあげるからね」
「見た目ほどあんまりきつくはないんですよ、おじい様。それにニーナは
「ふふ、そうだね。君は踏ん張ることもできないからね」
「はい。ですからいっそのこと後部座席に座るよりは箱の中の方が安定するまであるんですっ」
穏やかな面持ちでアルブレヒトはニーナの体を固定しているベルトを外してやった。
二人の間の空気は随分と砕けたものだった。既に老人は彼女を両手の指では足りない程度の回数
お互いにしても既に色々と勝手知ったるという仲だ。
「すぅー……、はぁ……。……あぁ、良い香りだニーナ。今日も綺麗にしてもらっているね」
「はい。お店の人たちにちゃんとお風呂に入れてもらいました。石鹸はおじい様から頂いたものなんですよ?」
「あぁ、南の方からわざわざ取り寄せた甲斐があった。あちらは柑橘類の栽培が盛んだかららね。爽やかなレモンと、甘いミルクの香りだ……」
老人は固定具を外したニーナの体を抱き上げ、鼻先を亜麻色の髪に埋めてその香りを堪能した。
胸いっぱいに広がる少女の香り。彼がプレゼントした石鹸の香料が甘酸っぱい香りをより引き立て、しかもそれは狭いトランクの中に押し込められていたことで一層に煮詰まっていた。
箱を開封した後、そうやって乙女の匂い堪能するのが老人の趣味であった。
常の事であるのでニーナにも驚きはない。
全身に皺の浮いた翁の腕の中に抱き締められることに
体臭をふんふんと犬のように嗅がれるのは僅かばかり気恥ずかしさを感じたが、それ以上に相手が喜んでくれる方が喜ばしい。
ニーナはまるで「大好きなお爺ちゃんに会った孫」のような心からの親愛を込めて老人をぎゅっと抱き返した。
……彼女の腕は肘から先がないので抱きしめるような
ひとしきり少女との抱擁を堪能したアルブレヒトは断りを入れてから彼女をベッドに下ろし、クローゼットの方へと向かった。
「さぁ、ニーナ。君のために今日も素敵な衣装を用意してあるよ。……さて、これなんてどうだろうね」
「わぁ、とっても素敵!ありがとう、おじい様!」
彼が取り出したのはフリル一杯でボリューム感のある、豪奢で可憐なドレスだった。
少し衣装棚の奥を覗いてみれば、似たような少女趣味の衣服が多数収められているのが解る。
無論、元大司教に女装癖がある……などというわけではない。これらは最初からニーナを着飾らせるために彼が集めた、趣味の賜物である。
名家に生まれ聖職に就き、大司教という地位にまで上り詰めた彼の財産はそれこそ有り余るほどにある。
後進に道を譲って隠居した彼は、近いうちに自分の死期が来るだろうことは十分に承知していた。
どうせ天の国に地上の富は持ってはいけない。ならば幾ら道楽に費やしたところで惜しむような物ではないのだ。
少女を身請けするという選択肢もあったが、それをしないのは先の短い老人である以上、まだ年若い彼女の将来を自分が担うことができないだろうと悟っての事だった。
ベッドの上に横たわったままの手足のない少女。
その傍らに衣服の類を並べ立てて満足げに一息ついてから、老人はゆっくりと丁寧に
肌着として選んだのはシンプルながらも清潔で肌触りの良い白のキャミソールとショーツである。
キャミソールは裾の辺りにも細かな刺繍が施されており、それが慎ましやかな無なものとから垂れさがってすらりとしたお腹を彩るのが何とも可憐だった。
下着を着させれば次はドレス本体なのだが、これは前述の通りフリルなどで全体が膨らんでおり如何せん嵩張るものだった。
その上、自分から満足に体を動かすことができない人間の体というものは(重心移動などによる協力ができない分)存外重たいもので、これを抱えながら衣服を身に付けさせるというのは重労働である。
おまけにアルブレヒトはガウンで着ぶくれているだけの、既に骨と皮だけの老人だ。作業に費やす労力がどれほどの負担かは語るべくもないだろう。
だが、彼はそうした手間に対して煩わしさを全く感じない。手に持ったドレスの衣擦れ、腕に抱えた少女の体の重みをこそ、むしろ楽しむようにゆっくりと時間をかけて丁寧に丁寧に、一つ一つの工程を踏んでいく。
そうやって自分に服を着せていく老人をニーナは楽しむような、慈しむような微笑みを浮かべて見守っていた。
体をドレスに通してから、布地に皺が寄らないように注意しつつうつ伏せになり、背中の編み上げを結んで留める。
勿論、『お着替え』は此処で終わりではない。全体からすればまだ序盤である。
よいしょ、と小さな掛け声をかけてからアルブレヒトはニーナの体を抱き上げて、壁際にある机と椅子の方まで運んだ。
膝下と背中を腕で支えながら抱き上げるのを俗にお姫様抱っこと呼称するが、今のニーナは豪奢なドレスもあって実際にお姫様じみていた。その事が少し愉快で彼女は少し笑った。
飾りも豊かな肘掛椅子にニーナとアルブレヒトが向かい合って座り、老人はまた棚の方からごそごそと道具類を引っ張り出す。
絵の具のようなものを纏めたパレットに、小さな筆や刷毛……女性用の化粧道具一式だった。
既に勝手知ったる仲であることもあり、ニーナはそっと目を閉じてされるがままに受け入れる体勢を取った。
可憐な衣装に身を包んだままに瞼を下ろして動かないでいると彼女は実に人形めいている、とアルブレヒトは心の中でそう思った。
彼は慣れた手つきで彼女の顔の上に下地を塗り、肌の色を整え、色彩を加えていった。
乙女の肌は極上の、そしてこれ以上ない程に繊細なキャンバスだ。そこに絵筆を取って陰影を書き込み、色を差し込んでいくのは慎重を極める。
だがそうやって細やかな作業に没頭していくのは彼にとってもある種の癒しだった。
若かりし頃には彼も美術家に憧れていた。家の事情で聖職の道を歩んだことに後悔はないが、年老いてから
化粧を終えてから次は髪だ。
ニーナの机を卓上の小さな鏡に向かい合うように位置を調整して、老人は櫛を盛って後ろに立った。
箱の中で揺られていたり、ベッドの上で服を着せていたりとしていた関係で少女の髪はあちこち乱れていた。
彼としても早いところ整えてやりたかったので待望の工程だったと言えるだろう。
目の大きい櫛で全体を整え、次は細かいもので埃を拭うように全体を
少女の髪は普段からの手入れの賜物で瞬く間にするするとした綺麗な指どおりを取り戻す。
甘い少女の芳香に柑橘類のような爽やかな薫り。稲穂のような亜麻色と相まって、南方の太陽の下の爽やかな午後を思い起こさせる。
夏空にレモン畑。青と緑と幾つかの黄色。ニーナなら鍔広の帽子に白いワンピースが似合うだろうか。
そんな風景を幻視するが、今現実の彼が手掛けている装飾もそれに負けず劣らずの良いものに仕上がりつつある。
全体を梳いた後、彼はニーナの髪を左右で括ることにした。
右と左で毛量が均等になるように注意しながら纏め上げ、薄い桃色のリボンで留める。
髪の調整が終わったところで取り出したのはボンネット付きのヘッドドレスだ。
色合いやデザインはドレス自体と揃いの品であり、そちらの豪奢さに負けない程度には装飾性の豊かな代物だった。
衣服も、化粧も、髪も整えた。ここでようやく最後の工程に入る。
アルブレヒトは一旦その場を離れ、ベッドの上に置いてあるニーナが梱包されていた箱の方へと歩み寄った。
彼女が寝かされていた中敷きは外すことができるようになっておりその下に納めらていたのは――――彼女の義肢だった。
少女の両腕と両脚。白磁の手触りと球体関節もあって人口のものであることは見て取れる。
ただ既に日も落ちて暗く、蝋燭灯りに照らされるだけの老人の居室にあってその腕と脚はどことなく生き物めいていて、箱の中に鎮座している姿は猟奇的な趣があった。
……それも或いは屋敷全体に漂う霊廟のような空気と、血の通わない手足には近似の気配があるからかもしれない。
死に近づいている生者の住まいと、命を模した無機の四肢。
アルブレヒトは往年の高位聖職者としての威厳を思い起こさせるような所作で両手足をニーナの元へと運んだ。
たっぷりのフリルに縁取られたドレスの袖を捲りあげて少女の腕を露出させる。
二の腕しか残っていないほっそりとした少女のそれ。断端の処理は芸術的でさえあり、白く滑らかな乙女の肌と相まって乳棒を彷彿とさせた。
「――――あぁ、美しい」
陶然としたように呟く。
自覚もせずに口から零れたのは感嘆の言葉だった。
今までずっと静かだった老人の突然の独白にニーナは首を傾げた。
「美とはつまり、神の恩寵なのだ。美しいもの、綺麗なもの、崇高なもの、今まで思い描くことさえできなかった想像を超えたものに出会った衝撃――――これを感動と呼ぶ。人の心が感動に打ち震えるのは、それが自分という一人の矮小な存在を超えた高みから下される恵みであることを本能的に理解してしまうからなのだよ……」
「……?」
「……あぁ、要するにだね。美しいものには神様の奇跡が宿っているということなのだよ。――――そう、今の君のようにね」
さぁ、立ってごらん、と彼は義肢を付け終えたニーナに促した。
かきかき、と足首の調子を少し確かめるように動かしてから彼女は絨毯の上に足を下ろし、一歩一歩を踏みしめるようにしながら姿見の前で自身の姿を検めた。
少女の総身を包むのは純白を基調にベージュの差し色を施したワンピースドレスだ。
パニエも込みで長いスカートはふんわりと膨らみ、裾に袖にとあしらわれたたっぷりのフリルが全体に末広がりの愛らしい
胴回りのアウターはコルセット状になっていてニーナのほっそりとした柳腰を強調するようだ。
くるり、とその場で振り向くと豊かなスカートの裾が風に揺れる満開の花のように翻り、あどけなさを強調するツインテールがリボンと一緒に靡く。
矮躯を包むドレスの面積は広い一方で、背中の部分だけは少し生地が少なめだった。背部の編み上げの上、すらりとした背筋と浮き上がる肩甲骨、首筋から後れ毛へのラインが仄かに大人びた雰囲気を醸しだしていた。
頭を飾るボンネット付きのヘッドドレスは衣服の方と同じ配色で統一感を崩さないデザインとなっている。
そして幼気な少女の面貌に施された化粧は、彼女が娼館でいつもするものよりもやや色が強めだった。
普段は少女めいた垢抜けない純朴さを生かすために最小限のナチュラルメイクといった趣なのだが、今回は顔の上にはっきりと陰影を作るように眦にも色を差し、対比させるように頬や唇にも強めの朱色を載せていた。
「……とっても可愛い!お人形さんみたいねっ」
「あぁ、そうだろう。そうだろうとも」
鏡の前で不自由な脚を動かしながらくるくると回ってニーナが屈託のない笑みを浮かべる。
ニーナの生まれ故郷では衣服などは貴重品で一張羅を何度も繕って使うのが当たり前だった。
それ故にわざわざ一介の娼婦に過ぎないニーナの為に沢山の衣装を用立ててくれて、丁寧にお化粧までしてくれる老人の事を彼女はとても好いているのだった。
そして、お人形さんみたい、という彼女の感想は正しく的を射ている。
人形のようなドレス、人形のようなメイク――――そして、人形のような手足。
袖から覗く腕と、裾から覗く脚は人間の生身ではありえない純白の磁器のそれ。
球体関節を
それを見て老人は相好を崩した。愛らしく、ただ愛らしい、人形ならざる生き人形の完成品がそこにあった。
「美しさというものは、この世で最もありふれた奇跡であり、魔法だ。我々が感受性と美意識を磨くのはそうした神の恩寵が世界の至る所に満ちていることに気付くためにあるのだよ……。あぁ、ニーナ。今の君はとても美しい。君もまた、神に祝福された愛し子の一人なのだ」
「そうなんですか?ニーナも神様に愛されてるの?」
「あぁ、そうだよ。間違いなく」
陶然とした面持ちで語りながら、アルブレヒトは卓上の鈴を鳴らした。りぃん、と甲高い音は紅茶を持ってくるようにという使用人への合図だった。
それが終わると彼は椅子に座りながらぽんぽん、と自身の膝の上を叩いてニーナに来るようにと促した。
老人の膝の上に抱きかかえられるのはいつもの事であった。
少女は抱き人形めいて老人の腕の中に納まると話の続きを促した。
「あたし、手も足も
「あぁ、そうだとも。君はそんな目に遭ってもこうして生きている。……『先生』が君を救った理由は聞いているかね?」
「えぇと、確か……
「あぁ、そうだとも。彼は君という人間の美しさが損なわれることを惜しみ、その命を拾い上げた。そうして君に失った手足の代わりに新しい美しさを吹き込んだ。……一連の流れは『美しさ』という概念が繋いだ奇跡的な因果だ……。あぁ、これを神の思し召しと言わずして何と言おうか」
膝の上に載せた少女の手をそっと取る。
血と肌の暖かみなど見えない、白骨のような陶磁器の手足。
人形のように着飾られた少女から伸びる人形そのものの四肢。
目で見る彼女はどこまでも命無き
物言わぬ人形の美と血が通った人間の美の奇跡的な交差点、それをアルブレヒトはニーナという少女に見出していた。
「全部神様の思し召しだとしたら……じゃあ、ニーナが辛かったことにも意味があったんですか?」
「あぁ、
「そうなんですねっ!
アルブレヒトはこう言ったに等しい。
結果として助かったのだから、結果として綺麗な新しい手足を貰ったのだから良かっただろうと、そう言い放ったに等しい。
だがそれが生きたまま、麻酔も無いままに懲罰として手と脚に鉈を振り下ろされ、傷口を出血で死なないように焼き潰されてから肉人形として弄ばれてきた少女に何の救いとなるだろう。
無関心な神と無慈悲な運命を呪いに呪ってもおかしくないだろう少女に対し、それはあまりにも無神経極まりない発言だったとさえ言えるだろう。
そしてその瑕疵にアルブレヒトは気付かない。
それどころかぱっと花咲くような笑顔を浮かべて老人と笑い合ってさえ見せる。
手足を失った前後で自身が何をどう思っていたのか、そんなことは彼女自身も忘れてしまっていた。
だから彼女は笑えるのだ。今、自分を抱きしめている客が笑ってくれることだけが嬉しくて。
「今しがたお茶菓子の用意を呼んだからね。……それが終わったら、
「……はぁい♡ 今夜もいっぱい遊びましょうね、おじい様」
次の遊び、という言葉が何を差しているのか知っているニーナは頬紅によるものだけではない朱色を顔に浮かべた。
老齢のアルブレヒトは既に不能者になっているが、彼が美しいと感じたものを愛でる経験値だけは恐ろしい程に豊富であり、その意欲も十分にある。
今は引き出しの奥にしまってある
少女の