ラスト・ナンバー 101人目のアタシ『最高に美味しいイチゴのケーキのプレゼント!』(2022年式波・アスカ・ラングレーの誕生日記念LAS短編) 作:朝陽晴空
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第三新東京市を使徒ゼルエルが襲来したのは今から14年前。
使徒ゼルエルに零号機ごと飲み込まれた綾波レイを助け出そうと、シンジはシンクロ率400パーセントを叩き出し、使徒ゼルエルのコアへと干渉した。
使徒ゼルエルのコアに飲み込まれたレイは、差し出されたシンジに向かって手を伸ばす……。
高過ぎるシンクロ率でシン化した初号機の頭上には天使の輪が現れ、使徒ゼルエルのコアと共鳴を起こし、空と大地が赤く染まった。
ネルフ本部の大破壊と共に始まるニア・サードインパクト。
地球と空と大地のコア化によりL結界濃度が高まり、全ての人類はL.C.L.へと化す運命となるはずであった。
しかしこの事態に備えていたネルフは、L結界濃度の上昇を抑え、大地と空のコア化を防ぐ『封印柱』と呼ばれる装置を、世界各地に作っていたのである。
この封印柱に囲まれた狭い範囲で、僅かな人々は生き延びることが出来た。
それこそ、村と呼ばれる規模の集落で……。
「それで、シンジはどうなったの?」
参号機に乗って使徒に侵食されてしまったアスカが、使徒のST細胞から解放されて意識を取り戻した時には、全ては終わってしまっていた。
シンジはアスカの乗った参号機を攻撃する事を拒否して、初号機は参号機にやられるままになっていた。
ゲンドウの判断で参号機はダミープラグに操られた初号機に殲滅させられる形で倒されており、アスカは回復まで時間が掛かったのだ。
「初号機は凍結される事になったわ。シンジ君を飲み込んだままね」
ミサトはアスカの問い掛けにそう答えた。
マヤのノートパソコンのディスプレイに映し出された初号機のエントリープラグ内の映像には、L.C.L.に浮かぶシンジのプラグスーツしかない。
「これじゃあ、シンジを殴りに行く事も出来ないじゃない!」
アスカは悔しそうにそう呟いた。
「使徒に飲み込まれていた零号機も、かろうじてエントリープラグが残されていました」
リツコがそう言うと、マヤは零号機のエントリープラグを映し出した映像に切り替える。
その映像にもレイのプラグスーツが浮かんでいた。
「シンジ君とレイは高いシンクロ率の結果、自我境界線を失って、L結界濃度の高い場所に居る人々と同じL.C.L.化をしていると考えられるわ」
初号機は使徒ゼルエルに完全に取り込まれた零号機に手を伸ばした形で動きを止めている。
まずは触らぬ神に祟りなしと言う事で、初号機の凍結が決定された。
初号機は巨大な箱に動かなくなった使徒ゼルエルごと入れられ、硬化ベークライトを注入されて固まってしまった。
それはまるで巨大な棺桶の様に見えた。
アスカは、ネルフはシンジを直ぐに救い出す方針ではない事を知った。
長い間シンジと、ついでにレイとも会えなくなる。
その事実はアスカを激しく動揺させた。
シンジと会えない期間は半年、1年? 5年? まさか14年なんてアスカは思ってはいなかった。
心を開いて、これからはずっと一緒に居られると思っていたシンジとの突然の別れ。
すっかり孤独に弱くなってしまったアスカは、再び体調を崩して寝込むようになってしまった。
「こんにちわ、眠り姫のアスカさん」
ベッドに横たわるアスカの元を訪れたのは、赤いフレームを掛けた眼鏡の少女だった。
「私はマリ。起こしに来たのが、王子様のシンジ君じゃなくてゴメンね」
「ほっといてよ……」
アスカが投げやりにそう答えると、マリはアスカの顔を覗き込んで話した。
「やつれちゃった頬に、ぼさぼさの髪。シンジ君が情けない今のアスカを見たら、失望しちゃうかもね。シンジ君ってばおっぱい星人かもしれないから、私が盗っちゃうかも♪」
マリがそう言って挑発すると、寝たきりだったアスカは立ち上がった。
今の悪い女の見本のような自分を見れば、シンジは自分に失望してしまうかもしれない。
後からポッと出のこのマリと言う女にシンジを横取りされるのも癪に障る。
「あんたの言う通りね。こうしてベッドでグダグダしているのも、アタシのキャラじゃないわ」
「やっとやる気が出て来たようでなにより、姫さん!」
「何よ、姫って?」
「王子様のキスを待っている間は、お姫様だよ♪」
再び戦線に復帰したアスカは、マリをパートナーとして弐号機と捌号機で使徒と戦う事になった。
お互いの絆を深める事が大切だと、アスカはマリと同室になった。
そんなに居住用の部屋が余っていないので、2人部屋でも人数が少ない方だった。
アスカとマリの部屋は、マリが蒐集した本であふれていた。
レイも読書が好きだったが、マリは限度を超え、ゲンドウに怒られるほどだ。
ニア・サードインパクトの中心となったネルフ本部の付近に住んでいた第三新東京市の住民たちの僅かな生き残りは、封印柱で保護された場所で、第三村と呼ばれる集落をつくって生活を始めた。
農地として使われていた部分は少なく、保存食もいつ底を突くかわからない。
そんな不安の中で、普通の中学生だったヒカリとトウジ、ケンスケ達は苦しい生活を強いられるようになった。
トウジは村での内紛で怪我人が多くなっている事を憂えて藪医者を目指し、ヒカリはそんなトウジを支えながらも祖父のブンザエモンと共に農業に従事、ケンスケは技術力の高さを買われてネルフの技術部に編入。
アスカはケンスケとネルフ本部で顔を合わせる機会も多くなった。
休暇を貰ったアスカは第三村のヒカリの家で3人と話す事もあった。
マリの部屋に居ると、本に押し潰される気がしてしまうからだ。
トウジ達はアスカの事を気遣ってか、シンジの話はほとんどしなかった。
そうした生活が何年続いても……初号機の凍結は解けなかった。
リツコの話では、過去のサルベージ実験は2件とも失敗に終わり、何よりも本人が現実世界に帰る意思が無ければサルベージは成功しないのだと話した。
初号機と弐号機にダイレクトエントリーした被験者は、エヴァから出る意思がないのだとリツコは失敗の原因を話した。
「バカシンジ……帰って来なさい! そしてアタシに殴られなさい、土下座しなさいよ……」
アスカは初号機が凍結されている巨大な棺桶の前でそう嘆いた。
トウジがヒカリの家で診療所を始め、2人の中がさらに深まり、子供まで生まれると、アスカはヒカリの家から足が遠のいた。
代わりにケンスケが1人で暮らす家に居候し、以前の様に暗い顔で1人で携帯ゲームに向かうようになっていた。
ケンスケはアスカを父親の様に見守るだけで、アスカにゲームを止めろと言う事はしなくなった。
ゲームには現実逃避のような一面もある。
ケンスケはアスカが現実に押し潰されないように耐えているのだと察していた。
そんなアスカに吉報をもたらしたのはケンスケだった。
「喜べ式波、碇が戻って来るかもしれないぞ!」
ケンスケの話を聞いたアスカは、持っていた携帯ゲームを床に落とした。
「真希波が色々な研究書を読み漁って方法を見つけたらしい」
アスカはてっきりマリは自分の趣味で読書をしているものだとばかり思っていた。
あの部屋を埋め尽くすほどの本は、シンジを呼び戻すための知識を得るためのものだったのかとアスカは考えた。
リツコはMAGIの後継機のスーパーコンピュータKOUMEIを使ってシンジをサルベージするための手段を模索していたが、結論は出せなかった。
マリはデジタル化されていない書物をコア化した世界から使徒殲滅任務の度に回収していた。
「アタシの寝る場所まで無くなるじゃないの!」
「メンゴメンゴ、モントゴメリー」
アスカは本を集めるのを周囲から注意されても止める事無く、ついにアスカが本気で怒った事もあった。
部屋のベッドまで本に占拠されたアスカは仕方なくケンスケのハウスに居候する事になってしまった。
マリは14年間相談する相手も無くシンジを救う方法を考えていたのに、自分はゲームをして現実逃避ばかりしていた、アスカはそんな自分が情けなくなった。
シンジに相応しい女性は自分なんかではなくマリなのではと思ってしまった。
「やあやあお姫様、来てくれたのかい? やっぱり主役がいないと作戦は成功しないからね」
「アタシが主役? 何を言っているの?」
アスカが凍結された初号機が眠る巨大な棺の前まで来ると、ゲンドウをはじめとしたネルフの人間達が集まっていた。
「シン化した初号機に乗って、神に近い存在となったシンジ君とレイは、2人だけの小さな世界を創って、その中で生きていると推測されるわ。だからシンジ君をこちらの世界に連れ戻すには、強い愛の力で呼び掛けるしかない。機械的に信号を送るサルベージは失敗に終わったのよ」
前髪もバッサリと切り落として、髪型をベリーショートにしたリツコが悔しそうな顔でそう呟いた。
この14年間、コア化した大地を戻す研究をする傍ら、初号機に取り込まれたシンジをサルベージするための方法を探す事を諦めなかった。
マリが世界中の文献を漁ってその方法を探し出してくれた事は嬉しいが、自分の力が及ばない範疇だったのは無念だった。
「古代マヤ文明にね、『魂喚の儀』と言うものがあってね。あっ、マヤちゃんには関係ないよ!」
「当たり前です!」
リツコと一緒に研究を続けていたマヤも、マリに長年の手柄を取られた気分で良いものではなかった。
古代文明の文献まではデジタルデータに網羅して登録されてはいなかった。
地球のほとんどがコア化してしまった今、世界中のサーバーも停止してネットワークで得られる情報もほとんどない。
「そこで姫から初号機にいるシンジ君に呼び掛けてもらいたいんだよ。愛の力を思いっきり込めてね!」
明るい口調でマリにそう言われたアスカは、顔を赤くして腕組みをしてプイっと横を向いた。
「何でアタシがそんな事しなくちゃいけないのよ」
「姫はシンジ君に抱き締めてキスして欲しいんでしょう?」
「違う! アタシはアイツをぶん殴りたいの!」
「それなら是非ともシンジ君をサルベージしないとね♪」
マリに促されたアスカは、たくさんのお守りが置かれた絨毯の上に座らされた。
「マヤ文明には200人もの神様が居てね、2000年も文明が続いたんだよ」
お守りを作らされたのはネルフのスタッフや、第三村の住民達だった。
中にはヒカリやトウジ、ケンスケが作ったものもあるのだと言う。
「日本でも言われているよね、物には魂が宿るって。アスカも大量消費時代の波に飲まれないようにね。まあ、今の第三村じゃあそんな贅沢は出来ないもんね」
マリはそう言って携帯ゲーム用の乾電池を使って来たアスカを少し皮肉った。
乾電池が完全に無くなれば、アスカはゲームを止めて現実と向き合わなければいけない時が来る。
「どうして、アタシにも声を掛けなかったのよ?」
お守りの1つや2つぐらい、自分も作れると、仲間外れにされたと感じたアスカはマリを睨み付けた。
「祈る人間と、お守りを作った人間との魂が交ざってはいけないんだよ」
「はいはい、分かったわよ」
アスカは観念して絨毯の中心に座った。
するとアスカの身体から光の柱が伸び、初号機と繋がった。
「オーラ・ロードが開かれた! これでシンジ君達は帰って来れるよ!」
マリが興奮した口調でそう言った。
このサルベージ方法を提案したマリも、成功するか不安はあったようだ。
「さあ姫、呼び掛けるんだよ、シンジ君に帰って来いって!」
ここでアスカが正直な言葉を言わなければ、シンジは帰って来ない。
マリはアスカの愛の力を信じていた。
「帰って来て、シンジ……! アタシはアンタにまた会いたいの……!」
アスカは照れ隠しにバカシンジと呼ぶ事も、殴ってやりたいと言う気持ちも無理やり追いやって、純粋にシンジに向かって呼び掛けた。
果たしてアスカの言葉はシンジに届くのか、それは神のみぞ知る。
使徒ゼルエルに零号機が飲み込まれるのを見たシンジは、レイを助け出そうと勇気を振り絞った。
参号機に寄生していた使徒に取り込まれたアスカを自分の手で救えなかった後悔が、シンジに強い力を与えていた。
使徒のコアに飲み込まれた零号機のエントリープラグの中に居るレイを見つけた時、シンジはレイに向かって手を伸ばした。
「シンジ君、止めなさい! それ以上すると人の姿を保てなくなる!」
リツコは通信でシンジのシンクロ率上昇を抑えようとした。
「シンジ君、行きなさい! あなた自身の願いのために!」
ミサトは反対にシンジの行動を後押しした。
シンジに気が付いたレイもシンジに向かって手を伸ばす。
そして2人の手はしっかりと結ばれて、シンジはレイを助ける事が出来た。
しかし次の瞬間、零号機のエントリープラグの中に居たはずのシンジとレイは手を繋いで真っ白な世界に立っていた。
「ここは、どこなの? 綾波は知ってる?」
シンジに尋ねられたレイは首を横に振った。
「エヴァと使徒が創り出した精神世界。マイナス宇宙と呼ばれているわ」
シンジ達の前に白い霧の中から歩いて姿を現したのは、白衣を着た2人の女性だった。
「私は赤木ナオコ。あなた達が知っているリッちゃんの母親よ」
シンジに説明をした赤紫色のカールのかかった女性がそう言った。
その後ろにはレイと似た顔をした女性が立っている。
「私は碇ユイ。久し振りね、シンジ」
穏やかな笑みを浮かべたユイがそう言うと、シンジはレイと繋いでいた手を離してユイの胸へと飛び込んだ。
「酷いよ、父さんも母さんも、僕を置き去りにして!」
「ごめんなさい、あの人もシンジから離れてしまったのね」
ユイはシンジを冬月先生のような信頼の置ける人間に頼んでおくべきだったと後悔していた。
ユイを失ったゲンドウが錯乱してしまうのは予想できた事なのに。
「私達はエヴァのコアへとダイレクトエントリーする実験を行った結果、人の形を失ってL.C.L.となりコアに取り込まれたのよ」
ナオコはシンジに自分達が消えてしまった理由を話した。
「そして、今度現れた使徒も人の心を欲してその子をコアに取り込もうとしたのよ」
ユイはレイを見つめてそう話した。
「あなた、お名前は?」
「綾波レイ……」
ユイに尋ねられたレイがそう答えると、ユイは深いため息を吐き出した。
ゲンドウは男の子が生まれたらシンジ、女の子が生まれたらレイと名前を付けようと話していた。
ユイはゲンドウが自分のクローン体を作って娘の名前を付けるほど偏愛をしている事を情けなく思った。
「全く、ガキゲンドウね」
穏やかだったユイが怒った表情でそう呟くと、シンジは戸惑った表情になった。
「積もる話はあるけれど、落ち着ける場所を生成しましょう。シンジ君、あなたの記憶を借りるわね」
この4人の中で年長者であり、冷静な赤木ナオコはシンジの額に手を当てた。
するとシンジが住み慣れた我が家である葛城家のリビングが出現した。
「凄い、これって一体どうなっているんですか?」
「ここは精神世界だって話したでしょう? マイナス宇宙では何もかもが自由なのよ」
シンジの質問にナオコはそう答えた。
ユイは葛城家の中を興味深く見回している。
「こんなに缶ビールの山が……シンジはどんな人と住んでいたの?」
「ネルフの葛城ミサト一尉です。明るい人で、碇君を保護しました」
とりあえずレイが無難にユイの質問に答えてくれて、シンジはホッとした。
正直に全部暴露すると、ミサトに悪い印象を持ってしまうと思った。
「精神世界だからお腹は空きませんけど、何か料理を作りますね。美味しい物を食べながらだと、話が弾みますから」
ユイはそう言ってキッチンに立つ。
シンジは母の手料理が食べられる事に喜びを感じながらも、いつもの習慣で手助けを申し出てしまった。
再現された冷蔵庫にはシンジが持ち込んでいた野菜などの食材もある。
気がつけば、壁に掛けられた日めくりカレンダーは3月1日を示していた。
時間の概念が無いような世界だが、4人は今日を3月1日として新生活を始める事に決めた。
「シンジってば、かなり家事に手慣れているのね」
「うん、ミサトさんもネルフの仕事で大変だから、家事を手伝っているんだ」
100パーセント近く葛城家の家事をしていますとは、シンジはユイに答えられなかった。
シンジの作り出した精神世界は葛城家だけでなく第三新東京市全体へと広がり、食材をスーパーに買いに行くと言う疑似体験も出来るようになっていた。
しかし心を持った人間を再現する事は出来ず、4人で暮らすなら第三村でも十分じゃないの、と話していた。
「3月と言えばそろそろ桜の咲く季節ね」
「桜ですか?」
ユイが呟くと、レイが不思議な顔をして尋ねた。
「レイとシンジは日本に春と言う季節があった事が分からないから知らないか。セカンドインパクトの前はね、桜の花を見ながらお弁当やお酒を飲む『お花見』と言う行事があったの。季節も戻った事ですし、今度お花見をしませんか、ナオコさん?」
「それはとても楽しそうね」
シンジは街並みを再現し、ナオコは四季を復活させた。
そのおかげでシンジ達は常夏の日本から解放されて、暖かな春の陽気を感じている。
桜の花が満開になるのは3月の月末頃だ。
この精神世界で暮らすようになってから、楽しい家族行事をした事は無い。
4人は日めくりカレンダーを破りながら楽しいお花見の日を待った。
「ふふ、お花見でこんな一等席を取れるなんて初めてです」
「いつも人でいっぱいでしたものね」
満開に咲き誇る桜の木の眺望の良い場所にレジャーを広げ、ユイとナオコはそう言葉を交わした。
そして何段もの重箱に詰められた豪華な花見弁当を広げて、ユイとナオコは花見酒としゃれ込む。
お花見弁当はユイとシンジだけではなく、ナオコとレイも力を合わせて作った超大作だ。
ユイとナオコは今まで初号機と零号機のコアの中で見守り続けていたシンジとレイをこの寂しいながらも穏やかな世界で、息子と娘の様に育てて行く事に決めた。
過去にナオコもユイもエヴァのコアからのサルベージ信号を外部から受け取った事はあった。
しかしナオコもユイも自分の意思でエヴァのコアに留まる事を決めてサルベージを拒否した。
そして今、シンジ達のL.C.L.と混ざり合い独自の精神世界を築く事になって、エヴァとして外の世界の状況を感じ取る事も出来なくなってしまった。
いつまでこの精神世界が続くのか、ナオコもユイも不透明だったが、絶望をシンジとレイに抱かせるわけには行かない。
しかしこの世界の崩壊は予想外に早く訪れた。
青空に穴が開いたと思うと、地面に向かって光の柱が現れたである。
「帰って来て、シンジ……! アタシはアンタにまた会いたいの……!」
アスカの呼ぶ声が聞こえて、この光の柱は外の世界へと通じているのだと分った。
「アスカが僕を呼んでいる」
「シンジ、帰りなさい、あなたを愛してくれている人の元へ」
迷っているシンジにユイはそう声を掛けた。
「それなら、綾波も母さん達も一緒に帰ろう」
シンジはそう言って、レイとユイの腕をつかんだ。
そしてレイはナオコの腕も掴んでいる。
3人はお互いの目を見ながら気持ちを探り、シンジと一緒に帰ると結論を出した。
特にユイはゲンドウを思いっきり叱ってやらないと気が済まないと思った。
この精神世界に残っても、零号機と初号機が動くようになる保証も無いし、いざとなったら再びコアにダイレクトエントリーするまでだ。
シンジ達は手を繋いで光の柱へと飛び込んだ。
すると身体に浮遊感を感じ、視界は真っ白になった。
次にシンジが感じたのは顔を包み込むような柔らかな塊だった。
「な、な、何をしてるのよ! バカシンジ!」
アスカはそう言ってシンジの身体を突き放した。
光の柱の方向が違っていたので、飛び出したシンジはアスカの胸へと飛び込んでしまったのだ。
「見事なおっぱいダイブだね」
マリは感心したようにそう呟いた。
「それに、何でアンタは服を着ていないのよ!」
「L.C.L.では服まで再現できないからね」
マリはそう言うと、シンジに毛布をかぶせた。
シンジ以外の帰還者、レイやユイ、ナオコ達もネルフのスタッフ達に毛布を渡されていた。
特にユイはゲンドウに積もる話があるようだ。
シンジはアスカがすっかりと大人の女性になっている事に気が付いた。
「アンタが初号機であの使徒と戦った時から14年も経っているのよ」
「えっ、僕達は1ヵ月くらいしかマイナス宇宙に居なかったのに」
アスカの言葉を聞いたシンジは衝撃を受けた。
2つの世界の時間の流れにはそれほど大きな差があったのだ。
「アタシはアンタを殴り飛ばしたいほど怒っている。どうしてだか解かる?」
拳を握り締めてアスカは、シンジにそう尋ねた。
キョトンとしていたシンジは考え込むような仕草をすると、何かに気が付いたような顔をしてアスカに謝った。
「ごめん! バレンタインデーのお返しがまだだったね、アスカがせっかく手作りチョコレートをくれたのに、ホワイトデーが過ぎちゃった!」
シンジにとってはバレンタインデーにチョコレートキスを受け取ったのはついこの間の事。
アスカにとっては遥か14年前の苦い思い出だった。
「あははっ、シンジ君ってば天然記念物だね」
今までユイの方に付きっきりだったマリがシンジの言葉を聞いて笑い声を上げた。
マリはシンジを助けるよりもユイに会いたい一心で頑張っていたのかとアスカは感じた。
「アタシが怒っているのはね、アンタがアタシの乗る参号機が使徒に乗っ取られた時、戦う事を放棄して逃げた事よ」
シンジが逃げた結果、参号機はダミープラグで動いた初号機によって殲滅される事になった。
「うん、だから僕は今度は後悔しないように綾波を助けようと思ったんだ」
シンジはそう言ってレイを見つめた。
「そう、アンタが反省しているならそれで良いわ」
アスカはそう言ってシンジの前から立ち去ろうと背中を向けた。
自分は29歳、シンジは15歳。
先に自分の方が大人になってしまった、シンジは同い年のレイと結ばれるのが幸せだとアスカはシンジから卒業しようと決意を固めた。
しかしそんなアスカを呼び止めたのはレイだった。
「私は碇君の事が少しだけ好きだった。でも、今はもう好きじゃなくなったのよ、アスカ」
レイの言葉を聞いたアスカは驚いてシンジとレイの方を振り返った。
自分はユイのクローンであるとレイは気が付いていたし、そのうち周囲の人達もユイとレイの関係に気が付くだろうとレイは思っていた。
「それとシンジ君に朗報。まだ3月14日は過ぎてないんだよ」
「だったらホワイトデーには間に合いそうだね」
マリはシンジの言葉を聞いて嬉しそうな笑顔になった。
「でも本当にアタシで良いの? シンジが大人になる頃はアタシはすっかりおばさんよ」
「構わない。綺麗になったアスカと付き合う事が出来て嬉しいよ」
ミサトやリツコが聞いたら苦虫を嚙み潰したような顔になる問い掛けにもシンジは笑顔でそう答えた。
第三村でアスカと暮らす事になったシンジは14本の筒状のシガレットクッキーを焼いた。
「そう言えば、ポッキーゲームなんてものがあったわね」
「アスカ、恥ずかしがらずに反対側を咥えてよ」
シンジはそう言って、シガレットクッキーを咥えるとアスカに向かって突き出した。
今更照れるものかと、アスカはクッキーの反対側を咥えた。
このまま両端から食べ進めて行けば2人はキスをする事になる。
シンジが焼いたクッキーは14本。
2人は今までの分を取り戻すように14年目のホワイトデーを楽しむのだった。
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