ラスト・ナンバー 101人目のアタシ『最高に美味しいイチゴのケーキのプレゼント!』(2022年式波・アスカ・ラングレーの誕生日記念LAS短編) 作:朝陽晴空
その日アタシは、いつものようにシンクロテストを終えて、ミサトとシンジと一緒にシンジの作った夕食を食べていた。
ジャガイモ中心のドイツ料理から、やっと日本の食事に慣れて来た所だけど、シンジはアタシの満足するドイツ料理を作る気持ちすらないのよね。
しかもドイツ料理を食べたいのなら、自分で作れよって口答えするから、アタシの方もついムキになってシンジと言い争いになる始末。
ミサトはビールにはソーセージね! とのんきに笑ってアタシの訴えを取り合ってもくれない。
アタシが満足のいかないメニューを食べていると、家電が鳴った。
いつも席を立って電話に出るのはシンジの役目だ。
家主であるミサトは椅子の上で胡坐をかいて座っている。
「アスカ、菊池さんって人から電話。御祖母さんの事で話があるって」
「キクチさん?」
アタシはキクチと言う人に覚えが無かった。
でもグランマの話だと言うのは気になった。
きっと、日本に居るママのママのグランマの方の話だ。
「お電話代わりました」
アタシはシンジから渡された子機を受け取って、そう答えた。
「アスカぢゃんかい?」
電話の向こうから聞こえて来たのは、訛りのあるおばあさんの声だった。
標準語とは違う、懐かしさを感じる方言にアタシは聞き覚えがある。
「ユカコさんが、今しがだ病院で亡ぐなったよ!」
「そう……」
キョウコママのママであるアタシのグランマ、佐藤ユカコは秋田の病院で何年も入院していた。
とうとう、来るべき時が来ただけの事。
アタシは冷めた気持ちで受け止めていた。
ママがママで無くなってから、アタシはユカコお祖母さんに何年も会っていない。
「ありがとう、キクチさん」
アタシは誰とも思い出せないおばさん相手に、お礼を言って電話を切った。
「アスカ、何の電話だったの?」
「アタシの母方のグランマが病院で死んだって連絡があったのよ」
シンジに尋ねられたアタシは平然とそう答えた。
「ええっ、それって大変な事じゃないか!」
アタシの話を聞いたシンジはバカみたいに驚いている。
「アンタバカァ!? もうグランマとは何年も会っていないし、アタシには関係ない事よ」
そう言ってアタシは食べかけていたご飯をのどにかきこんでいたんだけど……。
「そうも言ってられないわよアスカ。あなたはお祖母さんの『佐藤ユカコ』さんの葬儀の喪主にならないといけないんだから」
突然、真剣な表情になったミサトに言われてアタシは驚いた。
喪主って……お葬式の代表としてあいさつをして回る人の事じゃない。
「何でアタシが……」
「佐藤ユカコさんの旦那さん、あなたのお祖父さんは既に亡くなっている。そしてあなたのお母さんも……お父さんとは離婚が成立している」
そこまで話したミサトは言葉を切って、アタシに向かって優しく微笑みかけた。
「ユカコさんの肉親は、あなたしかいないのよ。書類とか手続きとか面倒な事はあたしがやっといてあげるから、秋田に行ってらっしゃい」
「……ミサトは、来てくれないの?」
たった一人で遠く離れた秋田へと飛ぶ。
アタシはそんな不安もあってか、ついミサトに聞いていた。
「ユカコさんはネルフとは無関係の人だしね。作戦部長のあたしが第三新東京市を離れるわけにはいかないのよ」
「アタシは大丈夫なの?」
「今は零号機が待機任務に就いているわ」
ファーストのやつが待機しているのか、使徒が現れたらアタシの弐号機で……。
ってこんなことを考えている場合じゃないわね。
「そ、それならバカシンジはどうなの?」
アタシは席から立ち上がって、後ろから椅子に座るシンジを腕で抱き寄せた。
「ぼ、僕!?」
「そうね、シンちゃんを連れて行っても構わないわよ」
ミサトはニヤリと笑ってそう言った。
「どうして、アスカのお葬式に僕がついて行かなくちゃならないんだよ」
アタシは知り合いが近くに一人も居ないのが心細いとは正直に言えなかった。
「そりゃあ、色々と便利だからよ」
「葬儀屋さんのスタッフが色々と御膳立てしてくれるから大丈夫だよ」
シンジのヤツはそう言って、アタシと秋田に行くのを渋った。
「シンちゃん、何か忙しい用事があるの?」
ミサトは表面上はにこやかな顔だけど、有無を言わせない威圧感を持っている。
結局シンジは折れてアタシと秋田に行く事になった。
それから数日後、葬儀の日が決まりアタシたちはミサトが用意した喪服に着替えて、第三新東京市の空港へと向かった。
アタシたちがチャーター便で降り立った大館能代空港は、利用客が余り多くない空港だった。
アタシのグランマとグランパが暮らしていた家は、ここからタクシーで数時間ほどの山の奥にある。
周りにはアタシたちのガードをするためにネルフ諜報部の車がある。
こんな田舎道だからアタシたちとネルフの車以外はほとんど通っていない。
最初からネルフの車に乗せてくれればいいのに、アタシはバカバカしいと思った。
タクシーの後部座席でアタシの隣に乗ったシンジは、チャーター便からタクシーに乗った時から顔を赤くして落ち着かない様子でモジモジしている。
これからお葬式で喪主をするアタシより緊張してどうするのよ?
「なんか、飛行機の中では席が離れていて平気だったけど、こうして居ると、アスカと、その、デ、デートしているみたいな気分になって……」
「アンタバカァ!? 何言ってるのよ」
「そ、そうだよね。アスカには加持さんが居るもんね」
シンジはそう言うと、露骨にアタシから距離をとった。
でもその時、舗装していない悪路を走る車が大きくがたつき、シンジが倒れてアタシがシンジの頭を膝枕している形になってしまった。
「お客さん、んだんてシートベルトしておぎなよっつったども」
タクシーの運転手がきつい訛りの秋田弁でそう言った。
フン、後部座席でシートベルトを締めていなかったアタシたちが悪うござんしたね!
タクシーが祖父母夫婦の家に着くと、アタシは少しずつ昔の事を思い出した。
すっかり雑草が生えて荒れ果ててしまった畑。
風雨にさらされておんぼろになってしまった母屋。
アタシは幼い頃、ママに連れられてここに来た事がある。
「アスカ、早く家に入ろうよ」
シンジの声でアタシは我に返った。
アタシが中に入ると、中では葬儀屋の人と、おばあさんが一人待っていた。
「アスカぢゃん、でらっと大ぎぐなって美人になったね。彼氏連れがい?」
「こいつは彼氏じゃないわ……その、友達よ」
多分、このおばあさんがキクチさんだろう。
向こうはアタシの事を知っているんだろうけど、アタシは良く覚えていなかった。
そしてアタシは葬儀屋の人からお葬式の段取りを聞いた。
まずアタシの胸には『喪主』と書かれたバッジが付けられた。
御祖母さんの遺体が収められた棺は、既にこの家に納棺させられていると言う。
お通夜はキクチさんが済ませた。
長い間入院していたユカコ御祖母さんには他に知り合いが居ない。
参列者はアタシとキクチさん、シンジだけの寂しいお葬式だった。
「まずはお線香をあげてください」
葬儀屋の人に言われた通り、アタシはお線香を二つに折って、手で扇いで火を消して、灰の中に寝かせるように置いた。
浄土宗と言う宗派のやり方だそうだ。
シンジのヤツに何回も線香の火は、口で吹いて消してはいけないと念を押された。
アタシはそこまでバカじゃないのよ、バカシンジ!
線香をあげ終わったアタシたちはしばらく待たされた。
アタシは正座は初めてだし、苦手だ。
この重苦しい雰囲気の中ではシンジをからかう事もできない。
「それではこれより、佐藤ユカコ様の葬儀を行います」
葬儀屋の人の司会によって葬儀が始まった。
お経を唱えているお坊さんは、冬月副司令よりも年上だと思った。
「アーアーアー」
まるで歌っているかのようなお経を聞きながら、アタシは焼香台に向かった。
喪主のアタシが一番最初になる。
だから、前の人の行動を見て真似る事なんて出来ない。
アタシは少し緊張しながら、焼香台の前に立って、お祖母さんの遺影に向かって手を合わせて一礼した。
遺影の御祖母さんは、若くて穏やかな顔で笑っていた。
キクチさんの話だと、お祖父さんが急病で亡くなった後、ママが死んだ事を聞いたショックが重なり、体調を崩して入院してから、ユカコお祖母さんは笑った事が一度もないそうだ。
アタシはおぼろげながら、遺影を通じてユカコ御祖母さんの笑顔を思い出す事が出来た。
親指、人指し指、中指で抹香をつまみ、頭に近づける。
これを三回繰り返した。
アタシはもう一度遺影に向かって手を合わせた。
二歩下がって一礼して自分の場所へと戻る。
後でキクチさんやシンジの動作を見たところ、アタシの礼儀作法に間違いは無かったようだ。
アタシはホッと胸をなでおろした。
後はこのままお坊さんのお経を聞いているだけ。
「ナンマイダー、ナンマイダ―、ナンマイダー」
チーン。
お坊さんが大きな声でお経を唱えて鐘を鳴らす。
曲で言えばサビの部分かしら。
もう少しでこの苦しい正座から解放される。
頑張るのよ、アタシ。
やがて、お坊さんはお経を唱え終えた。
ふう、やっと終わった。
しかし、アタシの耳にとんでもない言葉が飛び込んで来た。
「それではこれより、繰り上げて初七日の儀を行います」
葬儀屋の人がそう言うと、お坊さんはまたお経を唱え始めた。
ええっ、まだ続くの!?
アタシは痺れる足を引きずりながら、また焼香台へと向かった。
さっきと同じ儀式を終えて、自分の席へと戻る。
少しお経の内容が変わっているみたいだけど、アタシにはよくわからない。
「みなさん、故人にお別れを言ってください」
葬儀屋の人に言われて、アタシたちはユカコ御祖母さんのお棺の近くへと寄った。
ユカコ御祖母さんは長い間入院していたとは思えないほど綺麗な顔をしていた。
キクチさんはユカコ御祖母さんに向かってブツブツと話している。
アタシは小さい頃遊んでくれてありがとう、としか言えなかった。
シンジは見たことも無い赤の他人だ。
何を思っているのか、アタシには分からない。
葬儀屋の人に花を渡されて、お棺の中に花を入れるように言われた。
色とりどりの花、ユリの花、胡蝶蘭……。
「アスカの御祖母さん、お花畑に居るみたいだね」
「そうね」
アタシはシンジのつぶやきに、同じことを感じてそう答えた。
「それではこれより火葬場に向かいます」
葬儀屋の人に言われて、アタシは祖父母との思い出が詰まった家を出た。
お棺はアタシたちと葬儀屋の人たちが一緒に持ち上げて霊柩車に乗せる。
死んだ人間は思ったよりも軽かった。
喪主のアタシは葬儀屋の人が運転する霊柩車の助手席に乗って、シンジとキクチさんとお坊さんはタクシーで火葬場に向かう事になった。
アタシのママが死んだ時のお葬式は土葬だったから、日本で多い火葬は初めてだった。
お葬式なんだから運転手の人と気軽に会話なんて出来るはずも無い。
アタシはボンヤリと周りに広がる秋田の町の風景を眺めていた。
しかし霊柩車とは凄いものだ。
舗装されていない悪路を走っているのにほとんど揺れない。
普通のタクシーに乗っているシンジは家に来た時と同じように揺れに苦しめられているだろう。
シンジはキクチさんやお坊さんたちと何か話しているのだろうか。
そんなに積極的に見ず知らずの人に話し掛けるタイプじゃないシンジはダンマリかな。
アタシはそんな事を考えていた。
やがて霊柩車は火葬場に到着して、お祖母さんのお棺はキャスター付きの台で火葬炉の中に入れられた。
隣には他の人の名前が書かれた札がかけられている。
一日に何人もの人が亡くなっているのだから当たり前か。
「火葬が終わるまで40分くらいかかると思います。それまで休憩室でお待ちください」
葬儀屋の人に案内されて、アタシたちは4人掛けのテーブルへと案内された。
シンジが率先してお茶を淹れると、キクチさんは少し驚いた顔をした後、「気が利く子だね」と穏やかに微笑みながらシンジに声を掛けた。
葛城家の家事を任されているうちに、シンジは自然と気配りの動作が身についてしまっているのだ。
「はい、アスカ」
「……ありがと」
シンジにお茶を渡されたアタシは、ミサトの前では言わなかったお礼をシンジに言った。
キクチさんに礼儀知らずな子だと思われるのが嫌だと言う見栄もあったかもしれない。
それにしてもこのまま40分、ほとんど覚えのないキクチさんと、シンジと待っていなければならないのか。
キクチさんの前でスマホをいじって暇潰しと言うのも失礼に当たるだろう。
沈黙に耐えられなくなった頃、キクチさんの方から話し掛けて来た。
「アスカぢゃんはお祖母っちゃの事覚えでら?」
キクチさんにそう尋ねられたアタシは、遺影の写真のように穏やかにアタシに微笑みかけてくれた事、畑で採れたスイカを食べさせてくれた事を思い出したと答えた。
「それはえがった」
そうつぶやくと、キクチさんは笑顔になった。
「ユカコさんはあだの母っちゃの事しったげ誇りに思ってだよ」
キクチさんの話だと、秋田の農家に生まれたキョウコママは、畑の仕事を手伝いながらも、雨の日も、雪の日も、一生懸命勉強をして、村一番の秀才にまでなったと言う。
「キョウコぢゃんが京都の大学さ行った時は寂しかったようだんだども、えっかだ応援してらって話してだ」
ママは秋田から京都の大学に進学して、そこでドイツから留学していたアタシのパパと出会って恋に落ちてアタシが生まれた。
「キョウコぢゃんがアスカぢゃんどご連れで帰って来だ時はしったげ喜んでだ。それがらキョウコぢゃんはたまにアスカぢゃんどご連れで実家さ帰るようになったね」
アタシがユカコお祖母さんに会ったのも多分その時期だ。
畑いじりをするお祖父さんや、ママとかくれんぼをした事も覚えている。
「ユカコさんは言ってだ、とぎぐ離れだ場所でけっぱってでも疲れる時がある、んだんておいがだはキョウコぢゃんが帰ってくるこの場所守って行ぐんだと」
そうか、お祖父さんとお祖母さんは家をずっと守り続けていたんだ。
ママが疲れた時に帰って来られるあの家を。
「んだんて、キョウコぢゃんが事故で亡ぐなったど聞いだ時は落ぢ込んでだ」
ネルフがママが亡くなった本当の理由を部外者のユカコお祖母さんに話すわけはない。
ママはドイツで交通事故に遭って亡くなったと説明されたのだ。
「佐藤ユカコ様の火葬が終わりましたのでご案内します」
アタシたちがキクチさんの話を聞いている間に時間は過ぎてしまったらしい。
葬儀屋の人に案内されてアタシたちは火葬場へと戻った。
アタシたちが火葬場に戻ると、焼かれて骨になったユカコお祖母さんはステンレスのトレイの上に広げられていた。
同じトレイの上にはユカコお祖母さんの骨を入れるための骨壺があった。
一部の骨だけが仰向けに置かれた骨壺のフタの上に乗せられている。
「まず、ご遺族の手によってお骨を壺に入れて頂きます」
アタシとシンジに、骨を掴むための長い箸が渡された。
正直、アタシはまだ箸を使うのが苦手だ。
でもシンジと二人で一つの骨を掴むと聞いて少し安心した。
シンジと息を合わせて骨を両端から掴んで骨壺に入れる事に成功した。
「この喉の骨ですが、丸くて大仏様のように見えるでしょう。だから『喉仏』と言われているのです」
火葬場のスタッフの人にそう言われて、アタシはなるほどと思った。
他の部分の骨についても火葬場のスタッフの人が解説していく。
フタの部分の骨は、頭の部分の骨で、故人の骨が上下逆さまにならないように、頭の骨は最後に入れるのだと説明を受けた。
「それでは位牌を持った方、骨壺を持った喪主の方、遺影を持った方の順番で外に出て頂きます。お疲れ様でした」
位牌を持ったキクチさん、アタシ、シンジの順番で火葬場を出た。
しかし、お祖母さんの骨壺をアタシの部屋に置くわけにはいかない。
お祖母さんの仏壇はキクチさんの家に作ってくれると言う。
アタシはキクチさんに骨壺と遺影を渡して、お礼を言って帰宅の途に着いた。
「人って、いつかは死んでしまうものなんだね。だから精一杯生きないといけないんだよね」
帰りのチャーター便でシンジはそう話し始めた。
多分、あのお坊さんの受け売りの言葉なんだろう。
火葬場に行く途中のタクシーの中で、そんな事を話したのか。
「そして死は突然やって来る。エヴァに乗っている僕たちは死と隣り合わせで使徒と戦っているんだ」
シンジの言葉を聞いたアタシの中に、ある感情が沸き起こった。
「シンジ、帰ったら料理を教えてくれない? ……特に、お弁当の作り方とか」
「えっ、別にいいけど……お弁当を作りたい相手が居るの?」
シンジは驚いた顔でアタシに尋ねた。
「そう、アタシはその人に日頃の感謝の想いを素直に伝える事にしたのよ。お弁当でね」
「そうなんだ……」
シンジは多分、お弁当の相手は加持さん辺りなんだろうと思っているだろうけど……。アタシがお弁当を渡す相手は加持さんじゃないの。
「じゃあ、その代わりに女の子に渡すプレゼントにアドバイスをもらえないかな? 僕も素直になって告白したい女の子がいるんだ」
「分かったわよ、アタシも協力してあげる!」
シンジがプレゼントを渡して告白したい相手って誰よ?
ファースト? それともミサト?
まあ、約束してしまったものはしょうがないわね。
死んでしまってから後悔しては遅すぎる。
明日からアタシは精一杯、素直な自分で生きる事に決めた。
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感謝いたします。
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