《完結》魔王「拾った汚いガキを最高にカッコいい勇者にするはずが、いつの間にか娘になってたんやが?」   作:やーなん

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今日は調子がいいので二回目の更新です!!




 『謁見』

 

 

 戦いは、熾烈を極めた。

 

 昔、聖剣を持っていた頃のオッサンは凄かったって聞いていた。

 俺たちの前に立ちはだかったオッサンは、俺たち全員でようやく互角の強さだった。

 

「感情を制せていないぞ、ランスロー。剣筋が鈍っている」

「くッ」

「マリリン、らしくないな。

 お前の強みは平静な状況判断だろう?」

「……ッ」

 

 なのに、なんでだよ。

 なんで俺たちを裏切ったのに、何もあんたは変わってないんだよ!! 

 

「どうして、どうして人類を裏切った!!」

 

 俺は魔力の込めた矢を撃ちまくり、オッサンの行動を制限する。

 当てることは考えていない。いつでも矢が飛んでくる、という状況を作り出すんだ!! 

 

「私は、魔王様と契約したのだ。

 お前たちを倒せば、妻と娘を助けて下さる、と」

「自分たちさえよければ、それでいいのかよッ!!」

「人間とは、そういう生き物だ」

 

 オッサンは見たことが無いほど達観した様子で俺たちと戦っていた。

 そこに、俺たちを裏切った罪悪感も悲しみも無かった。

 

「魔王様に挑んでも、苦しいだけだ。

 この国も、お前たちも、私が自ら引導を渡そう。痛みのない死こそ、救いだ」

「ふざけたこと、抜かしてんじゃねぇ!!」

 

 死が救いだと、あんな底抜けの奈落に堕ちるようなおぞましい感覚が救いなわけあるか!! 

 許さん、絶対に許さん!! 

 

「どうやら、お前たちの顔も見納めのようだな」

 

 オッサンが、そう呟いた時だった。

 

「メドラウドさん、こちらの仕事は終わりました」

 

 戦場になっていた玉座の間の入り口に、新手が現れた。

 

「お前はッ、“魔勇者”かッ!?」

 

 現れたのは、俺と大差ない年頃の少女だった。

 禍々しい剣を手に、少女は散歩でもするかのように戦場にやってきた。

 

「はじめてお目に掛かります。

 あなた達の事は、魔王たる我が父からも聞いておりました。

 あなた達を殺して、その首をこの国の門前に晒しましょう。

 そうして生き残った人たちの、絶望の種となって下さい」

 

 丁寧な物言いとは裏腹に、彼女は俺たちに一直線で突っ込んできた。

 あの魔剣から放たれる魔力の密度が、段違いだ。

 

 オッサン相手に精一杯だった俺たちは、瞬く間に絶体絶命に追い込まれた。

 

「くそッ、くそッ、撤退だ、こいつら二人を相手にしてられるか!!」

 

 俺はそのように、判断するしかなかった。

 

「逃げますか。良いでしょう。

 ですが、せめて一人くらいは命を置いて行って貰います」

 

 爆発的な瞬発力。

 魔剣を携えた勇者が、俺の目の前に現れた。

 

 振り被った魔剣が、俺の脳天を目掛けて落ちてこようとしているのがスローモーションで見えた。

 スキルの恩恵で、俺はゆっくりと死の直前を噛み締める羽目になった。

 

 ……ああ、また死ぬのか。

 あの暗闇にまた戻るのか。

 そしてまた、あの女神の前に逝くのか。

 

 

「マスターッ!!」

 

 

 だが、そうはならなかった。

 俺を引っ張り、入れ替わるようにして魔剣の一撃を受けたアンジェが居たからだ。

 

「あ、アンジェ? 嘘だろ!?」

 

 どさり、と血を吹き出しながら切り裂かれたアンジェが崩れ落ちる。

 

「どうぞ、お逃げください。

 ですが、今後私に会うたびに、一人ずつ殺していきます。

 それともこの場で、その悲しみを終わらせましょうか?」

 

 アンジェの返り血を浴びた少女が、俺を見下ろす。

 

「おい、ナーロン!!」

「ああもう、土壇場で腑抜けないでよ!!」

 

 現実を受け止められず、呆然とする俺のフォローにランスローとマリリンが入った。

 魔法の閃光で目くらましをして、その隙に二人は俺たちを担いで逃げ出した。

 

 オッサンも、あの少女も、逃げる俺たちを追うことすらしなかった。

 

 

 

 §§§

 

 

「申し訳ありません、精霊様。

 他に安全な場所が見つからなかったのです」

 

 俺たちは、這う這うの体で精霊の御所へと逃げ戻った。

 外はもう地獄だ。この国ももう、終わりかもしれない。

 

「構いません。準備はもう整っています。

 ですがその前に、お別れはした方がいい」

 

 精霊は、血だらけの床に横たわるアンジェと、その前に膝を突く俺を見た。

 

「おいアンジェッ、死ぬなよッ、お前は俺の従者なんだろ!!」

「……申し訳ありません。マスター。

 私は、あなたを利用していました。私は一人では何もすることが出来ないのです」

 

 ごほッ、とそこまで言ってアンジェは血の塊を吐き出した。

 その視線はいつものように無機質なのに、生気を失ってどこを見ているかわからなかった。

 

「俺が、俺の方がッ、一人じゃ何もできないって知ってるだろ!! 

 誰かに保証してもらわないと何もできないって!! 

 お前、俺を独りにするつもりかよッ、お前の任務はどうした!!」

「ごめんなさい、不良品で、ごめんなさい……」

「止めろッ、頼むから独りぼっちにしないでくれ!! 

 逝くなッ、逝かないでくれよ!!」

 

 死には、慣れているはずだった。

 オッサンが死んだと思った時も、ここまで泣いたことはなかった。

 

「マスター……どうか、あなたは生きて。

 お願いです、約束してください」

「約束でも何でもしてやるからッ、死ぬなって言ってんだ!! 

 死にネタで泣かせるとか安易なんだよッ!! くそッ」

 

 どのように駄々をこねたところで、流れ出る血は止まらない。

 生命力が断たれて、回復魔法が効かない。

 もう魔法ではアンジェは助からない。

 それでも俺は、アンジェに治癒をし続けていた。

 

「くそッ、くそッ、ここで助けられなかったら、何の為の魔法なんだよ!! 

 ちくしょうッ、ちくしょう!! ふざけんな、ふざけんなよッ!!」

 

 ゆっくりと、アンジェの瞳が閉じていく。

 最期に、アンジェはこう言った。

 

「……あなたと同じように、人間に産まれたかった」

 

 アンジェの体から、力が抜ける。

 魂の重みが、抜け落ちる。

 

 俺は大声で泣き叫んだ。

 産まれて初めて、悲しくて、悔しくて、情けなくて、泣きはらした。

 

 

 

「こちらの装置の上に乗って下さい。

 我が主上の妹君の元へと行けるでしょう」

 

 しばらくして、泣き止んだ俺は精霊に案内された装置の前にやってきていた。

 その装置は、機械に繋がれた木の枝の籠の中に魔法陣が設置されていると言うモノだった。

 

「疑問なのだが、そんなに簡単に会えるものなのか?」

「かの妹君がおわすのは、神々の座する神域ではないのです。

 我が主上の管理する数多の世界の集合体の片隅に、ひっそりと信者も知る者も無くただ独りで居られるようです」

 

 ランスローの疑問に、精霊は答えた。

 聞く限り、神らしさなんてものは微塵も感じなかった。

 

「行きましょう、アンジェの為にも」

 

 あいつと仲が良かったマリリンが、決意を露わにして言った。

 俺たちも、それに頷いた。

 

 そうして、俺たちは装置の上に乗った。

 

「ああそうだ、あなたにこれを」

「なんだ、これ?」

 

 俺は精霊が差し出してきた白い球体を手に取った。

 魔力の鼓動を感じる物体だった。金属のような重みがあり、機械のようにも思えた。

 

「彼女の中枢コア、いわば形見です。

 あなたが持っていてくだされば、彼女も喜ぶでしょう」

「……ああ、ありがとう」

 

 足元の魔法陣が、輝いていく。

 視界の情報が、歪んでいく。

 

「皆さま、どうかご壮健で」

 

 精霊が、頭を下げた。

 その姿を最後に、俺たちはこの世界から消え去った。

 

 

 

 §§§

 

 

「ここが、神の居る場所なのか?」

 

 ランスローが周囲を見渡しそう言った。

 そう、俺たちがやってきた場所は、月面もかくやと言うような殺風景な場所だった。

 それは星々の輝きで暗くはなく、そうして見える大地は果てしない地平線。

 

 何もない。それがこの世界の全てだった。

 

「来るッ」

 

 だが、長年神官をしているマリリンは感じ取ったようだった。

 

 俺たちも感じた。視線だ。

 地平線の彼方から、何者かが俺たちを見ている!! 

 

 ひゅんッ、と俺たちの足元に、矢が飛んできた。

 殺意は無かった。

 

 だが、その矢には俺でも理解できない高度な魔術式がびっしりと刻まれていた。

 

 

『帰りなさい』

 

 矢が、言葉を発した。

 いや違う。これは単なるスピーカーだ。

 

「聞いてくれ、神様。

 俺たちはあんたに頼みがあって来たんだ!!」

『どうせ、私への頼みとは、姉様と戦う力を貸してほしい、とかでしょう? 

 私の特筆すべき特徴は、それ以外に存在しませんから』

 

 なんというか、根暗と言うか、そんな印象を受ける女の声だった。

 聞くからに頼りないというか、俺は不安にならざるを得なかった。

 

『私は、姉様と戦うつもりはありません。もううんざりなんです。

 あなた達も、私に頼ったと知られれば、姉様は激怒するでしょう。あのヒトは私が大嫌いですから』

 

 なんだか、雲行きが怪しい。

 これっぽっちも、力を貸してくれるなんて思えない。

 

「あんたは、あの女神様から妹のように可愛がられていたんじゃないのか?」

『……あなたは姉様の弓の逸話を知らないのですか?』

 

 何とか食い下がろうとした俺に、弓の妹君は溜息を吐いた。

 

『この話をするたびに、いつも気が重くなるのですが仕方がない』

 

 妹君の話を要約すると、こんな感じだった。

 

 

 昔、あの女神様と妹君がまだ人間だった頃。

 二人は、同じ魔導の師匠に教えを乞うていた。

 

 妹君は、何でもできて全てにおいて天才的だった姉弟子を尊敬していた。

 姉弟子も妹弟子である彼女を可愛がっていた。

 

 だが、ある時、二人は弓の練習をしていた。

 弓とは楽器でもあり、魔法の触媒でもある。

 二人がその練習をするのは、当然の事だった。

 

 戯れに、二人は勝負形式の的当てをした。

 

『見てください、お姉様!! ギリギリで私の勝ちでした!!」

 

 そう喜んだ妹君は、姉の見たことも無い表情を見てしまった。

 自分より何もかも下だと思っていたどんくさいグズな妹分が、たった一つとはいえ自分を上回った。

 

 愛情が嫉妬で、憎しみに代わった瞬間だった。

 

 後は、精霊様に聞いた通りだった。

 二人は道が別たれ、殺し合いになって妹君が弓で姉を射殺した。

 

 

「り、理不尽な……」

 

 その逸話とやらを聞いて、ランスローは頬を引きつらせていた。

 俺も同感だった。そこは妹分に花を持たせてやればよかったのに。

 なんという器の小ささだろうか。

 

 そしてそんな器の小さい女が、俺たちの造物主なのである。

 

『人間だった頃に比べて、姉様は丸くなられました。

 あのヒトは私以外の誰からも嫌われるような性格でしたが、今では多くの人類を保護する偉大な女神となりました。

 そんな姉様を、私が倒す手伝いをしろと? 

 あなた達は姉様に産み出された存在なのに、随分と身勝手なのですね』

 

 憎悪を向けられ、殺し合い、そして相手を殺しても、妹君は姉弟子を嫌っていなかった。

 身勝手、と言われればその通りかもしれない。

 だけどこちらにも引けない理由はある。

 

「こっちは、その姉様に滅ぼされようとしてるんだ。

 あんたは俺たちに、黙って滅ぼされろって言うのかよ」

『あなた達は知らない。姉様がどれだけの世界を束ねているか。

 姉様を倒せば、その全ての運営が機能不全に陥る。

 あなた達が想像できないほどの人数が、死に絶え、被害を受けるでしょう。

 それでも、あなた達は身勝手を押し通すのですか?』

「知らないところの、見えないところにいる人間なんて知るか!! 

 身勝手を押し通してこそ人間だろうが!!」

 

 俺は、アンジェと約束したんだ。

 そのためには、魔王を斃さないといけないんだよ!! 

 

『……私が助力したところで、姉様は絶対に自分のルールを曲げることはないでしょう。

 それくらい嫌われていますから』

 

 ここまで来て、頼みの綱は切れていた。

 いや、初めからそんなものは無かったようだ。

 ちっとも戦う気を見せてくれない妹君に、俺たちの空気も重くなっていた。

 

『……ですが、全てを丸く収める方法があります』

 

 だがここで彼女は、本当に言い難そうにそんな都合の良いことを言い出した。

 

「この期に及んで、そんな都合の良いことがあるのですか?」

 

 マリリンが、神の言葉を疑うようにそう口にした。

 

『私は確かに、姉様を倒しました。

 ですがそれは私の力では無いのです』

「は? 言っている意味が分からないんだが」

『自分でも、なぜ神の座を拝することができたのかわからないのです。

 私は“あの御方”から必殺の武器を借り受け、使っただけに過ぎないのですから』

 

 俺たちは、言葉を失った。

 なぜこの神がここまで自信なさげなのか、その理由が語られたのだから。

 

『あなた達も、そうすれば良い。

 人間の時でさえ、神の如き全知全能に等しかった“あの御方”に会えばいい』

 

 何もない殺風景なこの大地に、虹色に輝く道が空から降りてくる。

 

『あの御方があなた達に武器を授け、姉様との戦いを許すと言うなら、私は何も口を挟めない。

 ここは姉様の信者たちが“聖地”と呼ぶ場所。

 そして、この虹の道の先にある“門”の奥に、かの御方は居られる』

 

 いつの間にか、話の規模が大きくなった。

 いや、元々神の理不尽に挑むという話だったが。

 

 

『あの御方、“暴君”に会えばいい』

 

 

 

 

 §§§

 

 

 虹の道を進む俺たちは、極限の緊張下に居た。

 周囲の幻想的な宇宙空間のようなこの場所に目を奪われている暇などない。

 

 俺たちは無言で、ただただ道を進んで行った。

 

 そうして、俺たちは辿り着いた。

 見上げるほど、いや、見上げても先が確認できないほどの巨大な“門”。

 いつの間に見えていたのか、意識した時にはそれが目の前にあった。

 

「わぁ、本当に来ちゃったよ」

 

 俺たちの前に、二人の女性が立ちふさがった。

 

「どうもどうも皆さーん!! 

 “聖地”観光ツアーにようこそ!! 

 私はアンズちゃん。運命の女神やってまーす!!」

 

 片方は、天秤とサイコロを持った、魔女っ娘みたいなとんがり帽子の少女だった。

 

「私は、ただ“門番”とだけ。

 我々の役目は、忠告です」

 

 もう片方の、地味な感じのローブの女性が“門”に手を向けた。

 

「この先におられるは、全知全能の御方。

 過去未来現在、ありとあらゆる事象を好きに出来る御方。

 彼女が全てを丸く収めることが出来る、と言ったのは嘘ではありません」

「まあ、あのヒトがその気になるなんてことまずないけどねー」

「ええ、あなた達が生きて帰りたいなら、これから言うことを守りなさい」

 

 それは本当に、善意からの忠告だった。

 

「あの御方に、何かを願ってはならない。

 あの御方の下に行くのは、一人でなければならない」

 

 それがこの『謁見』のルールだった。

 

「あの、我々はその先にいる御方に助力を願い出に来たのですが」

「──頼むから」

 

 “門番”と名乗った女性は、恐怖で強張っていた。

 

「頼むから、あの御方を刺激しないで」

 

 俺は、自分たちの造物主に会ったから分かる。

 この“門番”は、あの女神様と同格だ。そんな彼女が、怯えて震えている。

 

「……まあまあ、姉さん。

 もしかしたら気まぐれで、飛び切り機嫌がいいかもしれないから」

 

 そこで運命の女神を少女は、サイコロを天秤の上に投じた。

 その出目を見た彼女は、あっちゃー、という顔をしていた。

 

「えいッ」

 

 少女が、指を鳴らす。

 すると近くに、魔法陣が現れた。

 俺たちがここに来たのと同じように、次元を超える転移魔法の魔法陣だろう。

 

「お帰りはあちらです。

 人間なら人間らしく、自分たちの力だけで足掻いて死になさい」

 

 運命の女神は残酷にもそう言った。

 

「……お前たちは先に帰ってろ。

 誰か一人だけなら、俺が行く」

「おい、だがナーロン!!」

「今更ここまで来て、のこのこと帰れるか!! 

 お前はあいつの死を無駄にするつもりかよッ!!」

「だが、だがッ、猛烈に嫌な予感がするんだ!!」

「……そうね、無駄足になったけど、今ならまだ引き返せる」

 

 懸命に訴えるランスローと、強張った表情のマリリン。

 他の連中も、乗り気ではなさそうだった。

 どいつもこいつも、情けない!! 

 

「ああそうかよ、ビビってるならいいよ!! 

 門番さん、俺は、俺が行くよ!!」

「そうですか。敢えて、あなたの事は“観測”しないでおきましょう」

 

 “門番”が腕を振るうと、あれほど巨大な“門”が内側に開いていく。

 別に開き切るのを待つ必要もない。

 

 俺はみんなの制止を無視して、“門”の奥へと足を進めた。

 

 

 

 

「これのどこが“聖地”だよッ」

 

 “門”の奥は、瓦礫が浮かんでいるだけだった。

 周囲は宇宙のように星々が輝いているだけ。

 

 俺はなぜか働いている重力に従い、瓦礫と瓦礫を飛び移って前に進んでいた。

 

 

 そして、見つけた。

 

「くかー」

「おい……」

 

 瓦礫に寝そべって、寝息を立ててる少年みたいな姿をしている存在を。

 

 ……これが、あの“門番”が怖がっていた存在なのか? 

 ヒトの身で神の如きだったって? 

 

 何の冗談だと、その時は思った。

 

「我が師よ、お客様です」

 

 そっと“門番”が現れ、眠っている彼の耳元で囁いた。

 

 

 ────次の瞬間、彼女は潰れたトマトになった。

 

 

「……は?」

 

 カートゥーンのアニメで、キャラクターが上から何かに押しつぶされてべしゃんこになる描写があるだろう? 

 それが目の前で、起こった。血飛沫を四方八方に飛び散らせながら。

 

「ふぁ~。……お前さ、なんで通したの?」

 

 潰れたトマトが、急速に元の形に戻ろうとしている。

 しかし、欠伸をした少年は次に潰れたトマトをトマトジュースにした。

 

 トマトは、その状態からでも健気に元に戻ろうとしている。

 

「おい」

 

 次に少年は、虚空に視線を向けた。

 聞こえないはずなのに、ひっ、と息を呑む声が聞こえた気がした。

 

「お前、何で僕を紹介した?」

 

 遠くで、超新星爆発っぽい花火が上がった。

 たぶん妹君がとばっちりを受けていた。

 

 尋常じゃない八つ当たりだった。

 

 ────これが“暴君”。 話が、通じない。

 

 

 そして。

 

「さて、お前だ」

 

 俺はいつの間にか、ただただその視線が俺に向かないことを願って(・・・)いた。

 この御方から、自分の存在を忘れて欲しかった。

 

「僕を見たな」

 

 それは、禁忌。

 

「僕を知ったな」

 

 絶望的な、カウントダウン。

 

「そして僕に願ったな」

 

 俺の願いは、すぐに叶う。

 

 

「不愉快だ。お望み通り、誰の記憶からも消えろ」

 

 あっ、俺、消え

 

 

 

 

 

 

 

 

『マスター……どうか、あなたは生きて』

 

 

 

 

 

 

 こ、こんなところで、消されてたまるか!! 

 何も見えない、全てが真っ白だ。

 だけど俺は全てを受け入れられなかった。

 

 ふざけんなよお前!! 

 偉いんだか全知全能だかしらねぇけど、俺はまだ何も言ってねぇだろうが!! 

 

 何でもできるからって、何をしてもいいわけないだろうが!! 

 俺はまだ死ねないんだッ、俺はまだ生きたいんだ!! 

 

 約束したんだ、アンジェと。俺はまだ、まだッ!! 

 

 

「まだ、なんだい? 

 お前は何をしたいんだ。

 ただ周囲に流されるまま、何もお前は決定していない。

 魔王と戦うのも、何もかも、お前の意思はいつも周囲が決めている」

 

 あんたに何が分かる!! 

 精一杯生きるのに、周囲に流されて何が悪い!! 

 

「お前には何もないと言ってるんだ。

 お前には価値がない。意味が無い。誰からも必要とされてない。

 お前が消えても、誰も泣かない。誰の記憶にも残らない。

 お前の言動はいつだって誰かの焼き回し。お前は何もできず、何も残せない」

 

 価値がないなら、生きちゃダメなのかよ!! 

 意味が無いなら、居ちゃダメなのかよ!! 

 必要とされないなら、必要とされるようになりたいと思っちゃダメなのかよ!! 

 

 どんな人間だって、いつかは記憶から消え去って何も残らない。

 焼き回しがだめなら、憧れもダメなのかよ。

 何もできず、何も残せなかった人間が、全て劣等だって決めつけるのかよ!! 

 

「でもお前は努力をしなかった。

 周りから笑われ、蔑まれることを良しとしなかった。

 泥を舐め、這いつくばって起き上がろうとしなかった。

 お前の言動は軽い。誰も共感しない。誰も耳を貸すわけがない」

 

 ああそうだよ!! 

 俺は努力なんてキライだし、バカだし愚かだよ!! 

 でも、全部が全部、努力が素晴らしくて尊いみたいな風潮は大嫌いだ!! 

 

 諦めて何が悪いんだよ!! 

 挫折するのが、そんなにも悪なのかよ!! 

 

 挫折して諦めた人間に、もう一度立ち上がれって強要するのが正しいのか!? 

 

 

「でも、お前は何も見なかった。知ろうとしなかった」

 

 ……え? 

 

 

「ほら」

 

 真っ白な世界が、彩に満ちた。

 

 

「まだ、こっちには魔王軍が来ていないぞ!!」

「あんた達、ありがとう、助かったよ……」

 

 そこは、俺の祖国の光景だった。

 俺の祖国にも、魔王軍が来ていたんだ!! 

 

「大丈夫、こっちは魔法で補強しといたから、すぐには壊れないよ!!」

「なんてったって、ナーロンに教わった魔法だからね」

「あいつは、俺たち孤児の憧れだもんな!!」

 

 俺が率いていたガキどもが、警備隊と協力して町を守っている。

 

 

 場面が変わる。

 

 

「あんた、もうちょっとデリカシーを持ちなさいよ」

「悪かったって」

「あんた達も、人の失敗を見て笑ってんじゃないよ」

 

 これは、あの時の野営地の……。

 

「謝罪。申し訳ありません。

 あの人にもっと自信を付けて欲しかったのですが」

「まあ、俺たちの隊長さんはちょっと距離あるよな」

「まだまだ俺たちに馴染んでないっつうか、壁が一枚あるって言うか」

 

 俺は思わず、アンジェの姿に手を伸ばした。

 俺の手は幻のように彼女に触れることは無かった。

 

「メドラウドさんが居なくなって、いろいろとしょい込んでるんだ。

 あんた達もフォローしないとダメでしょ」

 

 皆を叱っていたマリリンが、腕を組んでそう言った。

 

「じゃあ、今度娼館でも誘うか」

「おう、裸の付き合いって奴だな!!」

「そりゃあいい、俺のおススメの娼館教えてやろうか?」

「ランスロー、お前は熟女専門だろうが!!」

 

 猥談を始めた男たちに、教会育ちのマリリンは腰に手を当てて溜息を吐いた。

 

「あんたも、言葉にしないと伝わらないよ。

 隊長さんは言葉で伝えないと絶対に伝わらないタイプと見たね」

「学習完了。その情報は参考に値します」

 

 そんなあいつらの姿が、消えていく。

 

 

「お前は、誰も見なかった。

 自分だけが世界の中心だった。自分を見てくれる人に無頓着だった。

 お前は前世から、何も変わっていない。

 お前は誰も愛していないし、誰も愛せない。

 そんなお前を慕ってくれている連中を、見ない振りばかりしていた」

 

 ……。

 

「そんなお前が、誰かを救う? 

 何も選択していないお前が、何も成長していないお前が。

 僕の手を借りて、魔王を倒して何になる。形だけ世界が救われて、それで終わり。

 お前は傷ついた人に目を向けない。世界を救ったと言う栄光だけを得て、それで終わり。

 お前の心に残るのは、空虚のみだよ。

 豪邸の上から、苦しむ人々を見下ろすだけの生活さ」

 

 全知全能の瞳が、俺を射抜く。

 

「世界を救ってやったんだから、もういいだろ。

 俺は十分働いたんだから、あとはお前たちで何とかしろ。……そうだろ?」

 

 俺は膝を突いていた。

 俺は何も、何も持ってはいなかった。

 ただただ空虚で、何も信じようとはしなかった。

 

「誰かに保証された人生は、楽しかったかい? 

 成功が約束されないと何もできないのは、息苦しくないのかい? 

 誰も信じず、誰も見ず、誰も愛そうとはしない。

 ────それでよく、君は生きていると言えたね」

 

 俺は愕然としながら、打ちひしがれていた。

 

「お前は生きたいと言いながら、生きることをしなかった。

 そんなお前に相応しい罰をくれてやるよ」

 

 真っ白な景色が、晴れた。

 

 

 俺はまず、その眩しさに手で顔を覆った。

 次に感じたのは、暑さだった。懐かしい、暑さだった。

 

 周囲を見渡せば、そこはコンクリートの街並み。

 電柱が立ち並び、自動販売機が各地に点在している。

 

「嘘だろ……」

 

 転生してから、まったく聞かなかった蝉の鳴き声。

 ……間違いない。

 

 ────ここは、俺が転生する前の日本だった。

 

 

 魔法の力が、体から抜け落ちている。

 その事実を確認すると、俺は途方に暮れたまま顔を上げるしかなかった。

 

 ぽとり、と俺の目の前に命尽きた蝉が落ちて来た。

 夏が終わろうとしていた。

 

 

 




※“暴君”に問答無用で消されないのはレアケースです。この時点でかなりの偉業。
そして転生者くんのお話は、これで終わりではありません。
もう退場みたいな演出でしたけどね!!

とりあえずは評価が赤バーに戻るのを目標に、完結を目指します!!
あと、今作で妹君はこれで出番は終わりです。あとで神々だけのお話をするかもしれません。

次回はまだ何を書くか未定ですが、出来るだけ早く書きたいですね!!
では、また次回!!
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