《完結》魔王「拾った汚いガキを最高にカッコいい勇者にするはずが、いつの間にか娘になってたんやが?」   作:やーなん

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今回は魔王軍側を書こうと思ったのですが、こっち側を切りの良いところまで書くことにしました。
悪しからず。


 『選択』

 

 

 

「お前はどうしてこんな簡単な仕事も出来ないんだ!!」

「すみません、すみません!!」

 

 俺はどうして、こんなことをしているんだろうか。

 毎日、変わり映えのない生活。

 

 ただただ、部下から手柄を横取りするだけで威張ってる上司に頭を下げる日々。

 この無能な上司は、いつも俺をいびって憂さ晴らししているのだ。

 誰もが見て見ぬ振りをしている。

 それで社会が回っている。

 

 俺は何のために生きているのだろうか。

 これが社会の歯車として生きると言うことなのか? 

 

 毎日毎日、意思も無く生きる人生。

 

 

 俺はあの恐ろしい神様に遭遇して、この日本に戻されて、前世と同じような日々を過ごしていた。

 何もかもが元通り。俺は異世界と同じように、死んでいるように生きていた。

 

 何の意味の無い無意味で無価値な人生。

 誰からも必要とされない、社会の歯車と言う名の無駄な部品。

 

 それが俺だった。

 

 毎日限界まで仕事をして、家に帰って寝るだけ。

 まるで虫か何かのように同じような日々を繰り返している。

 

 これが、俺に相応しい罰なのだろうか。

 まさしくそうなのだろう。

 

 ゾンビや虫と違いない、無価値なルーチンワーク。

 俺のことを、誰も生きているなどとは言わない。

 

 この日本でも、異世界でも、俺は全く同じだった。

 

 

 

 辛うじて存在する、俺の休日。

 毎日の仕事疲れを癒すために、自堕落にネットを漁る。

 

 そこでふと、広告のバナーが目に入った。

 

『ゆぐどら☆りーす』という乙女ゲームだった。

 

 俺はハッとなって、すぐにそのゲームをダウンロードしてプレイした。

 大して昔では無いのに、俺は懐かしさで涙が出て来た。

 

 かつて俺がいた異世界をモデルとしたゲームだった。

 そこには魔王なんて存在せず、主人公はただただ周囲のイケメン達と恋愛し、時には困難に立ち向かっていく。

 最終的にはハッピーエンドで終わる、陳腐な物語だ。

 

「……そうだ、俺はこんなことをしてる場合じゃない」

 

 俺は知っている。

 このゲームの世界は実在し、今も魔王の脅威に晒されている。

 そこで俺の仲間たちは、今でも必死に戦っているのだ。

 

 だが、どうやってあの世界に戻ると言うのだ。

 今の俺には魔法も何もない。

 この地球に、魔法なんて無い。

 

 

 

 ……いや、あるじゃないか。

 こんな俺でも、異世界に行く方法が。

 

 俺はせめてもの意趣返しをしてやろうと、職場にふらふらと向かっていった。

 

 便利で何不自由ない生活。

 安全で、文化的な生活が約束された平和な国。

 

 あの異世界で、誰もが欲しがっていたモノを、俺は捨てるのだ。

 

「これこれ、若者よ。そんな顔をしてどうしたんじゃ?」

 

 職場のビルの屋上で、黄昏ていた俺にしわがれた声が掛けられた。

 振り返ると、そこには身なりの良い爺さんが立っていた。

 

「この会社の社員か? 

 ここは相当なブラック企業だと聞いとる。お前さんも大変じゃろうな」

 

 見知らぬ爺さんは、割と馴れ馴れしくフランクに話しかけて来た。

 不思議と愛嬌のある好々爺じみた笑顔に、俺は言葉に詰まっていた。

 

「儂はこれから新しい会社を立ち上げるんじゃ。

 お前さんも来るかいな?」

 

 俺は、首を振った。

 

「いいです。俺には、行かないといけない場所が有るんです」

「そうかいそうかい。

 福利厚生もボーナスも十分に出すつもりなんじゃがのう」

 

 俺が断ると、爺さんは肩を竦めた。

 

「爺さん、あんた結構な歳だろ。

 それなのに新しいことを始めるのか?」

「何かを始めるのに、歳は関係ないじゃろ。

 何かをするのに、遅すぎるなんてことは無い」

 

 爺さんは腕を組んで断言した。

 

「そして何かをするからには、後世に何かを残す。

 まあそれが儂の家の家訓じゃな。社会貢献は社会人の義務じゃ。

 お前さんはどうじゃ。これまで生きてきて、何かを残せたか?」

「いえ、まだ何も」

「トラは死して皮を残し、人は名を残す。

 男児たる者、名を残すことを成すのが本懐よ!! 

 お前さんもそのように生きるとええ!!」

 

 かっかっか、と爺さんは笑って去って行った。

 

 

 ……なんだか、興が削がれてしまった。

 あの爺さん、どこかで見たことあるような気がした。

 もしかしたら会社のお偉いさんだったのかもしれない。

 

 ……あの爺さんに迷惑を掛けるのは良くないな。

 

 俺は場所を、自宅に移すことにした。

 そうして、俺は今度こそ、異世界へと向かうのだ。

 

 

 …………

 …………

 ………………

 

 

 その翌日、彼の勤めていた会社は跡形も無く木っ端みじんとなっていた。

 

「ふははははははは!! 

 ざまーみるがいい、この世からブラック企業は撲滅じゃー!!」

 

 クモみたいな巨大な機械に搭乗した、サイバーサングラスを掛けたあの老人がドリルやパイルバンカーでブラック企業を物理的に破壊したのだ。

 

 日本の空には、銀色に輝く巨大な円盤が現れ、巨大な怪獣が投下される。

 東京の町は怪獣映画の舞台のように大混乱に陥った。

 

「魔王様、魔王ハーレ様のご降臨じゃあ!! 

 儂は魔王様に四天王に選ばれ、好きに破壊をしても良いと仰られた!! 

 今日から日本中のブラック企業を滅ぼしてやるのじゃあ!!」

 

 老人は動画配信サイトで生配信しながら、己の犯行声明を全世界に発信する。

 

「儂と、儂を救ってくださった女神様の理想の社会を齎す為にのう!!」

 

 この日から日本は、いやこの地球の全ての国家は魔王の脅威に脅かされる。

 

 しかしそれはまた、別の物語。

 混沌に満ち溢れ始めたこの日本から寸前で旅立った彼には、関係のない話だった。

 

 

 

 §§§

 

 

「不愉快だわ」

「……」

 

 俺の目の前には、かつて目にした女神様が存在していた。

 

「いったい何が不満だったの、とまでは言わないわ。

 あなたの人生は不条理で行き詰っていた。だけど、そこから逃れるために何もしなかったわね」

「女神様、聞いてください」

「あのね、私は怒っているの」

 

 女神様は腕を組んで、広いソファーに背を預けた。

 

 

「自殺者は、地獄行きあるのみ、よ」

 

 

 そう、俺は異世界に行くために、自室で首を吊った。

 

 死後ならば、女神様に会ってあの世界に行くことを頼めると思ったからだ。

 

「女神様、俺が地獄行きならそれでもいい!! 

 だけど、俺の事を本当に覚えていないんですか!!」

「何を言っているの?」

「俺は以前、日本とはまた別の異世界に居ました!! 

 だけど魔王に対抗する為に、あの御方に御会いしました。

 あの、────“暴君”に」

 

 その言葉で、ようやく女神様の表情が変わった。

 俺の話を聞く気になったようだ。

 

「あの御方のことを知っていながら、排除されていない……。

 興味深い事例ね。良いわ、話を聞きましょう」

 

 俺は日本で死亡して、異世界に転移した経緯を語った。

 そして、“聖域”と呼ばれる場所で、全知全能の神に出会ったことを。

 

「興味深い。興味深いわ」

 

 女神様は腕と足を組んだまま、しきりに頷いていた。

 そして。

 

「興味深い。だけど不愉快だわ」

「え、何がですか?」

「いまざっと、あなたに関する記録を漁ったわ。

 すると不自然な数字の動きが発見された。

 これは過去の改変が起こったということ。分かるかしら、私は私の意思に関係なく、他人の手によって己が歪められたということ。

 これを不愉快と言わずしてなんと言えば良いの」

 

 多分、俺に言われるまで気づかなかったんだと思う。

 あの“暴君”は、彼女ほどの女神様に気づけないほど物事をどうにでもできてしまうのだ。

 まさに、全知全能。神々の王。

 

「でもまあ、それは良いわ。

 それで、あなたはどうしたいの?」

「俺を元の異世界に戻してください」

「行ってどうするの。あの世界の撤去は決定しているわ。

 あなたが行ったところで、またすぐに死ぬだけよ」

「それでも、行かないといけないんです。

 こいつと、約束したから」

 

 どういうわけだか、俺の手元にはアンジェの形見だけは残っていた。

 これが、俺に女神様に会う勇気をくれた。

 

「それは間違いなく、私の作品だわ。だけど、私にはそれを作った記録がない。

 それは私の創造物でありながら、私達の手を離れた唯一無二の存在となった。

 あなたからそれを取り上げるわけにはいかないわね」

 

 女神様は不可思議なものを見るような目で、アンジェの形見を見やった。

 

「それに、女神様」

 

 俺はアンジェの形見から顔を上げて、彼女に言った。

 

「酷いじゃないですか。

 俺はまだ、あの世界を堪能していない」

「なにが?」

 

 俺の言葉を理解しかねたのか、女神様は小首を傾げた。

 

「俺はまだ、あなたが創った世界を全然見終わっていない!! 

 メドラウドのオッサンが言っていた美しい小麦畑も、ランスローの野郎が言っていた自分の国の名所も、マリリンの過ごした荘厳な大神殿も!! 

 まだ見つかってない秘境や行ったことのない景色を見ていない!!」

 

 俺はあの世界をモデルにしたゲームをプレイした。

 そこに出てきた地名のほとんどに、俺は行ったことはないのだ。

 

 あの素晴らしい世界を、一枚絵だけで見終わるのは惜しすぎる。

 

「俺は、俺は、貴女の創った世界を愛したいのです!!」

 

 そのためには、魔王を倒さなければならないのだ。

 どうしても、あの世界を救わなければならないのだ!! 

 

「…………」

 

 俺の願いは、余りにも身勝手だったろうか。

 女神様は何も言わない。

 

「ふふッ……そう」

 

 いや、違った。にやけてる。女神様にやけてる。

 あれ、もしかしてこの人、チョロいんじゃ……。

 

「けどまあ、自殺者は地獄行き。これは私達の変わらないルールよ」

 

 だが、女神様は表情をしゃんとしてそう俺に告げた。

 

「女神様ッ!! お願いです!!」

「黙りなさい。誰が私の決定に口を挟んでいいと言ったの」

 

 その言葉に、俺の胸に焦燥感が産まれたが。

 

「お前のような愚か者には、今にも滅びそうな、そう、魔王によって攻め滅ぼされようとしている地獄のような世界がお似合いよ」

 

 俺は、女神様の言葉に顔を上げた。

 

「あ、ありがとうございますッ!!」

「地獄行きを有難がるなんておばかね」

 

 俺が必死に頭を下げていると、やれやれと女神様は溜息を吐いた。

 

「それより、いつまでそうしているつもり?」

 

 そしてその時、女神様が視線を横に向けた。

 

 

「ごめんなさい、お姉様。話しかけるタイミングが見つからなくて」

「はあ、あなたはそう言うところがグズなのよ」

 

 そこに現れたのは、黒いローブを目深にかぶった女性だった。

 その声と、手の弓掛から女神様の妹君だと俺は察した。

 

「あの御方に、自分の客は自分で持て成せと……。

 あの御方に会い、生きて戻ったあなたに敬意を払いましょう」

 

 そう言って、妹君は背負っていた弓を俺に差し出した。

 

「真なる梓弓です。

 あなたも、日本人なら梓弓を知っているでしょう?」

「は、はい。一応弓道部だったので」

 

 梓弓とは、古来より日本で用いられた儀式用の弓のことだ。

 だが、真なるとはどういうことだろうか。

 

「梓の樹は、厳密にはどの世界にも現存していないのです。

 一般的にはミズメという種類が梓とされているそうですが、あなた方の住むお姉様の管理する世界にはどこにも存在しません。

 ですがこの弓に使われているのは、正真正銘の梓の樹。

 この弓の破魔の力は、あなたの戦いに役立つでしょう」

 

 そっと、その弓を俺に渡すと、妹君はそそくさと去って行った。

 

「相変わらず、みっともない。

 弓を扱った魔術において、右に出る者は居ないと言うのに」

 

 その後ろ姿を見て、溜息を吐く女神様。

 

「あの、仲が悪いと聞いたんですけど、そこまで嫌ってるように見えないんですけど」

「私たちの“本体”はね。そういうことになってるわ」

 

 俺は気になったことを訊ねてみたが、女神様の答えは要領を得なかった。

 そしてそれについて聞く前に彼女は、眉間に手を当てた。

 

「ここは私の領域なんだけれど」

「代わる代わるごめんなさーい」

 

 手をひらひら振って、今度は魔女っ娘みたいな少女が現れた。

 見覚えがあった。あの時、あの“門”の前に居た女神だ。

 

「あなたは!!」

「どうもどうもー、アンズちゃんでーす。

 旅立つ勇者に何も与えず送り出すケチな女神に代わって、このアンズちゃんがあなたにスーパーチートアイテムをプレゼント!!」

 

 そう言って、少女は自らの体に手を突っ込んだ。

 ごぎ、ごぎ、と聞いているだけで不快な音が鳴り響いた。

 

「ふう、これをどうぞ」

 

 俺はこの時、どう反応すれば良いのかわからなかった。

 彼女が自分の体内から取り出したのは、人間の背骨だ。

 

 彼女が血肉がこびり付いたそれを振ると、背骨は黄金の鏃が重なり連なったような形の矢になった。

 

「げ、それって……」

 

 女神様もドン引きしていた。

 いや、ドン引き以上に、恐怖が浮かんでいた。

 

「かつてその梓弓で、この矢を射って、そこの女を殺しました。

 これは過去改変の矢。時間を遡り、対象が産まれた瞬間に致命傷を与える必殺の矢。

 我々神々は時間や因果律を超越しているので、今更これで神殺しは不可能でしょう。

 これで魔王を倒すことも難しいはずです。でも一度だけ、人間なら誰でも必ず殺せる」

 

 はい、と幼い姿の女神は駄菓子でも差し出すかのように黄金の鏃の矢を俺に差し出した。

 

「あなたにも居るでしょう? 

 憎い誰かが、殺したい誰かが。

 それを使って、好きなように振舞えばいい」

 

 俺は背筋が凍るような思いだった。

 この幼い女神は、微笑みの奥で俺を虫のように観察していた。

 

「でも忘れないで。それを使ったら、その代償は支払わなければならない。

 運命を捻じ曲げた反動は、必ず訪れる」

 

 それだけ、恐ろしい道具だった。

 だから俺は聞いたのだ。

 

「なんで俺に、これを?」

「意趣返し。あの人がなんで、あなたを消さなかったか分かります?」

 

 魔女っ娘女神は、黒髪にひと房だけ入れた緑色のメッシュを弄りながら、不機嫌そうに言った。

 

「ちなみにその矢の名前は、日本語で直訳するなら“金星(ジュピター)天使(アンジェ)”。より正確に言うなら“宵の明星”ってところでしょうか。しゃれてますね!!」

「アンジェ、ですって!?」

「これは凄い偶然なんですよねー。いや、運命を司っておいて、偶然だなんて言うと笑っちゃうんですけど、アンジェって名前はあのヒトの──初恋の人と同じ名前でして

 

 その瞬間、女神様の領域(へや)が軋んだ。

 空間に罅割れ、天変地異のように振動が走った。

 

「はいはい、言いませんよーっと。

 ちょっと興味が湧いただけですよね、はいはい」

「私の部屋が……」

 

 ぐちゃぐちゃになった部屋を見渡し、女神様は涙目だった。

 

 

「正直なところ、魔王と戦うのに必要なモノを既に(・・)持っているあなたに今更こんなお節介必要無いと思うのですけど。

 あなたがそれを誰に使うのか、興味が湧きました。

 ──私に、サイコロを振らせてください」

 

「こんなもの、使わない、と言ったら?」

 

「できるモノなら、ね。楽しみにしてますよ」

 

 運命の女神は、ぱちりとウインクして去って行った。

 

「……もう行きなさい。これ以上誰か来られても困るわ」

「なんか、すみません……」

「いえ、気にしないで。

 あなたは観察に値する存在よ。私も、結果を楽しみにしているわ」

 

 そうして、俺は急速に意識が落ちて行った。

 

 

 

 §§§

 

 

 

 地上は、地獄の様相を呈していた。

 

「生存者の誘導を最優先にしろ!!」

 

 キズだらけのランスローが、剣を掲げて味方を鼓舞する。

 聖樹教国の王都は魔王の軍勢に蹂躙されていた。

 

「後方はまだ安全よ、神官たちが結界を張っている!! 

 急がないで避難して!!」

 

 マリリンが動けない怪我人に治癒魔法を掛けて、逃げまどう群衆に呼びかける。

 

「おい、隊長はまだか!!」

「これ以上持たないぞッ!!」

「ああもう、あの寝坊助野郎め!!」

 

 遊撃隊の面々も、悪態をつきながら魔王軍と戦っている。

 しかし、それも限界に近づいて来た。

 彼らはこれまで連戦に次ぐ連戦で、無補給で戦っている。

 タフで熟練の戦士たちである彼らでも、永遠に戦えるわけではない。

 

「何を言ってるのよあんた達!! 

 隊長を信じなさいよ!! あの人なら、きっと神に認められる!!」

「そうだ、あんな自ら死にに行くような命知らずを知る俺たちが、その蛮勇を称え続けないといけないだろうが!!」

「その物言いだと死んでるでしょバカ!!」

 

 マリリンとランスローのやり取りに、陽気な部隊員たちが笑い声を上げた。

 

「そうだな、これから一発逆転の、俺たちの伝説がはじまるんだもんな!!」

「俺たちは世界を救う英雄様だぜッ!!」

「こんなところでくたばるもんか!!」

 

 決死の覚悟で、彼らは戦う。

 しかし、尽きることなく、死の恐怖もない魔王軍は彼ら嗤いながら向かってくる。

 

 彼らの気力も、底を着こうとしていた。

 

 

 その時だった。

 

 喧騒と、悲鳴と、怒号と、泣き叫ぶ声。

 雑多な音でまみれる戦場で、澄み渡るような音が聞こえた。

 

 

「この、音は……」

 

 ランスローは、いや弓を引いたことが有る人間なら聞いたことが有る音だった。

 

 それは、鳴弦だった。

 日本の神道における梓弓を用いた、魔除けのまじない。

 

 邪気を払うという聖なる音は、魔王軍の者どもに明確に変化を齎した。

 

「お、おい、俺のスキルが使えなくなったぞ!!」

「いや、いやぁ、なんで俺、こんなことを!?」

「この耳障りな音はなんだ!?」

 

 文明の女神の与えるスキルに頼る魔族が狼狽し、邪悪の女神の加護を得て恐怖を克服していた者達が狂乱し、魔力に依存する種族がその音に苦しみだした。

 聖なる音が、邪気や天敵となる神の加護を打ち消していた。

 

「遅いわよ……」

 

 死を恐れない軍勢が、烏合の衆と化したのを見てマリリンが呟いた。

 

「おいお前ら!! 我らの隊長が、俺たちの勇者が帰って来たぞ!! 

 もうひと踏ん張りだ、誰も死ぬんじゃねえぞ!!」

 

 最後の気力を振り絞り、ランスローが味方と共に突撃を開始した。

 壊乱した魔王軍を蹴散らすと、彼は、真なる梓弓を携えたナーロンは仲間の前に姿を現した。

 

「ごめん、遅れた」

「良いってことよ!! よく生きて帰って来てくれた!!」

 

 乱暴にナーロンに肩を手を回したランスロー。

 その仕草が痛くて眉を顰めた彼だったが、すぐにランスローが泣いているのに気づいて言葉を呑み込んだ。

 

「みんな、聞いてくれ。

 弓の妹君から、聖なる弓を授かって来た。

 神々の試練を超えて、ようやく俺も目が覚めた」

 

 彼は、ようやく初めて自分で選択をした。

 平和な世界で、安寧を捨てるという選択をした。

 

 地獄のようなこの世界で、魔王と戦うと言う苦難に満ちた悪路を進む決意を。

 

「俺が、魔王の元へ皆を連れていく。

 だから、その、お願いします!!」

 

 彼は、ナーロンは、仲間に向かって頭を下げた。

 

「俺と一緒に、戦ってください!!」

「今更何言ってんだ!!」

「なんでそんなに他人行儀なんだよ!! お前はッ!!」

「戦勝祝いよ、酒でも飲みましょうッ!!」

 

 だが、彼は仲間たちに揉みくちゃにされた。

 そんな彼らの洗礼を、ナーロンはむずがゆそうに受け入れていた。

 

 多くの犠牲を乗り越え、試練を超えた勇者たちの反撃が、こうして始まった。

 

 

 

 

 




これまでは、魔王軍の優勢で物事を描いてきました。
これからは徐々に現地民たちが盛り返していきます。

次は誰のお話が良いか、モチベーション維持も兼ねてアンケートします。
最終的に全部書くので、投票数は順番を決める程度に気軽にどうぞ。
それでは、また次回!!

次回の話は何がいい?

  • 魔勇者スズと皇帝ちゃん
  • 四天王バンブスの独白
  • “文明”と“邪悪”の逸話
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