《完結》魔王「拾った汚いガキを最高にカッコいい勇者にするはずが、いつの間にか娘になってたんやが?」   作:やーなん

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いよいよ決戦です、どうぞ。



魔王「宿命の愛すべき勇者よ」

 

 

 

 二柱の治める数多の世界の内、比較的に文明水準が高いとある世界。

 その大都市のひとつに、古風なコロッセオのような建物が存在していた。

 

 内部はドーム状の空間になっており、その中は外見からは想像ができないほどハイテクな機械によって施設が稼働している。

 

 この施設で行われているのは、剣闘士による殺し合いとかではなかった。

 そんな文明水準が低い野蛮な行為ではない。

 

 だがある意味では、そこで行われているのはそれよりもずっと悪趣味な代物だった。

 

『決着、決着ぅ、勇者パーティが四天王に敗北しましたぁ!!』

 

 中では、数多の世界の戦闘をリアルタイムで中継し放送していた。

 たった今も、どこかの世界で勇士が世界の滅びに抗い、散って言った。

 

「相変わらず、悪趣味だなぁ」

 

 ポップコーンをもしゃもしゃと食べている幼い天秤を持った女神が大勢に混じって呟いた。

 周囲は生の殺し合いに熱狂している。女神の与える娯楽として。

 

『……皆さま、お待たせしました』

 

 だが、その熱狂も嘘のように静まり返る。

 

『本日のメインイベントの時間となりました。

 管理番号264811の世界における、勇者パーティと魔王様の決戦の時間へとなりました』

 

 司会の言葉に、張り裂けんばかりに声を挙げる観客。

 コロッセオの中心に投影される立体映像の横に並ぶコメントが滝のように流れている。

 

『ええ、今回は解説として特別ゲストがいらっしゃっております。さあ、どうぞ』

『やあ、みんな。魔王一族序列一位、我が名は“マスターロード”だよ』

 

 それは突然のサプライズだった。

 数多の魔王一族でも、最も神々に近い位置にいる偉大な人物がこんな俗世な催しに参加することなど普通ならありえない。

 予想外のゲストに、人気もファンも多い彼に人々は更に熱狂する。

 

『あ、あ、このチャンネルのVIP専用のメンバーシップに、ひゃ、百名以上がご観覧遊ばせておられます!!』

『おや、我が兄弟たちもこの戦いの行く末を見届けたいようだ』

 

 司会が興奮気味に語る。

 魔王一族専用の回線が同時に百人以上。前例のないことだった。

 

『え、ええ。本来なら、お手元の端末に掛け金を入力して頂くところですが、これは現地の魔王様の神聖なる一戦。

 当チャンネルはこの放送での利益を得ません』

『おやおや、それじゃあ面白くない。我がカワイイ弟の門出だ。

 どちらが勝つか当てた方には、私から金一封を差し上げよう』

 

 偉大なる“マスターロード”の言葉に、人々は歓声を上げた。

 最も神に近い人物の言葉は、白も黒に変える。

 或いは最初からそう言う演出と思えるように、膨大な視聴者たちがどちらが勝つかを入力しはじめた。

 

「……うーん、じゃあコイントスで表なら……いや、やっぱりこっちで」

 

 運命を司る女神はコインを指先に乗せたが、やっぱり普通に手元の端末に入力した。

 勝ってほしい方に、人間の足掻きに彼女は賭けた。

 

『同時視聴者数七百億突破、か。

 どうかみんな、我が弟の姿を目に焼き付けてくれ』

 

 いよいよ、決戦が始まる。

 

 立体映像に魔王城の玉座の間が映し出され、魔王に挑む勇者たちが現れた。

 だが、ふと、数多の視線に気づいた勇者の一人が、視聴者に向けて親指を立てて首を掻っ切る仕草をして見せた。

 

『あはは!! それでこそ、我が弟に挑む勇者だ!!』

 

 ブーイングが鳴り響く中で、その仕草に“マスターロード”はご満悦だった。

 

 

 

 §§§

 

 

「ナーロン、どうした?」

「いや、悪趣味だなと」

「ああそうだな。内装はいい趣味じゃない」

 

 俺はランスローの言葉に頷いた。

 本当はそうじゃないが、まあどうでもいいか。どうせ何もしない連中だ。

 

「マリリン、二日酔いは大丈夫か」

「私が酔いを次の日まで引っ張ったことある? 

 さっき迎え酒をしたところよ」

 

 ダメだこいつ。

 だが、責められん。急に今日、魔王との決戦が決まったんだから。

 

 昨日の夜、精霊と同じ顔をした魔王の使者が現れた。

 魔王自ら、自分に挑む勇者を待ちわびている、と。

 

 それで、この世界全ての戦いに決着を付けよう、と。

 それが魔王からのメッセージだった。

 

 俺は返して貰った霊弓を握り締めた。

 緊張、している。

 

 もうここが玉座の間で、奥には強烈な存在感を放つ者が俺たちを待ちわびているのだ。

 

「あれが、魔王……」

 

 同行すると聞かなかった王様が、その異様な姿を見て息を呑む。

 かの者は、座っていてもなお、身長は二メートルを超えていた。

 毛は無く、艶のある鱗で全身を覆われた爬虫類のような姿。

 

 退屈そうに玉座に頬杖をついていた魔王が、目を開ける。

 縦に割れた瞳が、俺たちを舐めまわすように見ていた。

 

 

「よく来た、勇者たちよ」

 

 

 遠くで鳴る雷のような重厚な低音の声だった。

 

「我こそが魔王アテル。魔王一族序列七位。“悪路王”のアテルなり。

 我に挑む勇気を称え、その前に問おう。

 我が配下になれ、さすれば世界の半分を……いや、違うな」

 

 魔王はどこかで聞いたことがありそうな口上を述べようとして、首を振った。

 

「お前たちの体を引き裂いて、そのハラワタを喰らいつくしてやろう!! 

 ……いや、やっぱり違うな」

 

 緊張感が満ちるこの空間で、やはり自分の向上に納得がいかないのか、魔王は首を振った。

 

「……難しいな。やはり古典に則って戦いを始めるべきだと思ったが、止めた」

 

 魔王は、玉座から立ち上がった。

 その威圧感、座っている時とは比べ物にならない。

 全長三メートルの巨体が、ゆっくりとこちらに近づいてくる。

 

「お前たちは、いかなる悪路を踏破し、我が前へと辿り着いた?」

 

 一定の距離を開け、立ち止まった魔王は俺たちに語り掛ける。

 

「ヒトの人生とは、長き旅路である。

 故に、お前たちの旅は此処で終わる」

 

 魔王が両手を広げ、ローブの布が波打った。

 

「我こそは、“悪路王”。魔王アテル。

 お前たちの旅路を終わらせる、最悪の路盤である」

 

 こちらに言葉は要らない、奴のいう古典の勇者たちが、そうであったように。

 もう既に、言葉を交わす段階は終わっているのだ。

 

 開戦のゴングはない。

 だけど、戦いは今、始まったのだ。

 

 

 

『流石アテル、堅実な始まりだ』

 

 遥か彼方で戦況を見守る者達の俯瞰図には、魔王アテルが周囲に見えない魔法地雷をバラまいたのが見えた。

 

『足元に地雷だ!! こっちの魔法でマーキングするぞ!!』

 

 だが、魔法的感覚(シックスセンス)とセンサーを有したナーロンは即座にそれを見破った。

 彼はすぐに地面に色分け用のフィールドを敷いた。

 

『地雷は当たるのを期待するものではない。

 ──当てるのだよ』

 

 聖剣を持った二人の勇者が、まっすぐ魔王に向かっていく。

 しかし、魔王を中心に地面が凍り付き始めた。

 

『路面凍結。足元注意だ』

 

 攻撃力は無い。相手ごと凍り付かせるような強力な魔法ではない。

 だが、氷上で平然といつも通りの武勇を発揮できる者はどれだけ居ようか。

 

『“エアプッシュ”』

 

 そして、魔王は魔法を習うなら誰でも習得するだろうそんな基本的な魔法を発動した。

 圧縮された空気が放たれたのだ。

 氷上で突き飛ばされるに等しい二人の先は、勿論地雷が有る。

 

『“エアクッション”』

 

 だが、それに対抗するのに派手な呪文は必要無かった。

 ナーロンが途中で二人の背に空気のクッションを形成したのだ。

 

『かたじけない!!』

『すまん!! 助かる!!』

 

 そうこうしている間にも、部隊の仲間たちがマーキングされた地雷に飛び道具を駆使して処理している。

 

『次は見えざる機雷だ。

 さあさあ、どんどん考えることは多くなるぞ』

 

 今度は空中に漂う見えない爆弾が散りばめられた。

 

『しゃらくさい!! アンジェ、機雷にロックオンしろ!! 

 二人とも、俺の合図で突っ込んでくれ!!』

 

 ナーロンが指示を飛ばすと、即座に火球を形成した。

 

『“ファイヤーボール”』

 

 攻撃用の基本中の基本とも言える魔法、それを投射し、途中で爆散させる。

 計算しつくされた爆破が、周囲の機雷を誘爆させた。

 

 その爆炎の中を、ランスローが、王様が、突っ切って行った。

 

 二人は魔王に肉薄した。

 そのように、見えた。

 

「あ、たらない、だと!?」

 

 魔王には届かない。

 射程距離という制約を持つ身では、無敵の距離の衣を纏う魔王にはいかなる武器も無意味なのだ。

 

『我々魔王一族には、我が母より比類なき固有スキルを与えられている。

 アテルの場合は、距離を操れるのだったかな。さて、どうする?』

 

 期待するような“マスターロード”の声は、すぐに応えられた。

 

 とん、と鳴弦の音が鳴った。

 破邪の弓が、邪悪な加護(スキル)を麻痺させる。

 

『素晴らしい。闇の衣を破る宝玉をちゃんと持ってきていたか』

 

 本気で戦い、本気で勝ちに来ている。

 彼はその事実を称賛していた。

 

 そしてついに、ちっぽけな人間の刃が魔王に届いた。

 

『魔王ぅ!!』

 

 仲間たちと共に数多の悪路を踏破し、神の助力を得て、やっと一太刀。

 ランスローの一閃が、それを腕で防いだ魔王を傷つけた。

 

 コロッセオから、歓声が上がる。

 

 王様の二撃目を喰らう前に、魔王のエアプッシュが発動した。

 吹き飛ばされる二人を、魔法で受け止めるナーロン。

 

『ナーロン!! 生身とは思えん硬さだ。

 やはり、この遠方と今の世界樹の力では魔王を聖剣で倒すのは時間が掛かり過ぎる!!』

『魔王の魔力に際限は見当たらん、長引くだけこっちが不利だ。

 道は切り開く、任せられるな!!』

『やりたくなかったけど、そうするしかないか』

 

 ナーロンは、あらかじめ対人戦闘でも扱える武器を次元工廠(アーセナル)から引っ張り出していた。

 魔王の外皮を切り裂ける、必殺の武器を。

 

『行くぞ!!』

 

 今度は三人となった勇者が、魔王へ至る悪路を歩む。

 地雷が、機雷が、凍結地面が、魔法の矢が、次々と勇者たちの道を阻む。

 

 後方支援に徹する仲間たちが、地雷や機雷を取り除く。

 マリリンが障壁で魔法の矢を防ぎ、光の加護で氷を解かす。

 

 圧縮された空気が放たれ、ランスローが吹き飛ばされる。

 振り払うように放たれた魔王の剛腕が、王様を弾き飛ばす。

 

 最後の勇者、ナーロンが魔王の目の前へと辿り着いた。

 

『この世界から、消え失せろ、魔王!!』

 

 ナーロンが用意していたのは、超高出力のエネルギー刃の直剣だった。

 刀身に実体はなく、柄を引き抜いて0.5秒しか刃を維持できないと言う、居合い斬りでも使わないとまともに武器として触れないような欠陥品だった。

 これがナーロンの探した中で一番マシな武器だった。

 

 居合い切り専用の一撃必殺に賭けたロマン武器の炸裂は、観衆を沸かせた。

 魔王が避ける気だったらまず当たらないような代物だった。

 

『ぐ、はッ!?』

 

 手応えは、抜群だった。

 下から袈裟懸けに魔王の体を半ばまで引き裂き、その衝撃で吹き飛ばし玉座に叩きつけた。

 

『はあ、はあ、どうだ?』

 

 エネルギー切れ、充電しないと再使用不可能なロマン武器を投げ捨て、ナーロンは沈黙した魔王を見やる。

 

『信頼、連携、そして執念。どれもが素晴らしい勇者たちです』

『ああそうだね。だが、本番は此処からだ』

 

 激戦に実況を忘れている実況者の言葉に応じるように、“マスターロード”は頷いて見せた。

 

『ヒトの旅路は、その終え方は様々だ。

 だが、その最期は必ず死と決まっている』

 

 息を吐いて、無残に切り裂かれた魔王は背中を玉座に預ける。

 

『我が唯一対等に至った勇者よ。

 その身が悪路の旅路に得た得物を、本気を出さなくても良いのか?』

 

 これは前振り、会話ではなかった。

 

『この星を壊してまで得た勝利に、何の意味が有る』

『そうか。ならば、心置きなく使わせてやろう』

 

 魔王の体が、泡立つように膨れ上がる。

 

 そのおぞましさに、ナーロンも思わずあとずさった。

 

『どうした? 変身中は攻撃してはいけない、なんてお約束は無いのだぞ?』

 

 三メートルはあった魔王の巨体が、更に膨張し、質量を増していく。

 

『我が母よ、我が神たる母よ、今こそ御身の権能をこの身に!!』

 

 

魔王アテル、第二形態。

 

 

『神威同調率、0.1%。形態移行完了』

 

 その威容は、おぞましい変化と裏腹に美しかった。

 約十メートルの尋常ならざる巨体は、その全てがクリスタルのような結晶体であった。

 

 クリスタルの体の四つ足の巨竜、それが魔王アテルの第二形態だった。

 それはまさしく、真龍、神龍と呼ぶべきほかない恐ろしさであった。

 

『ば、化け物!!』

 

 これが魔王アテルの、本気だった。

 

『我が母を邪悪の道に誘った我が父は、毒の息吹を持つ邪龍であった』

 

 その魔王が、天上に向けて息を吐きかけた。

 石材であるはずの城の天井が、どういうわけだかクリスタルのような結晶体へと変わって行った。

 

『お前たちの旅の終わりは、病毒による死の絶滅である』

 

 天上と化した結晶体が砕け散り、粉塵となって降り注ぐ。

 

『我が故郷、そして数多の世界を滅ぼした、この病魔によって、滅びるがいい!!』

『くそッ!!』

 

 内なるアンジェの警告により、ナーロンはすぐに知った。

 この結晶体は、体内を侵食して命を食い殺す不治の死毒であると!! 

 

『アンジェぇぇぇえええ!!』

 

 彼は、畳んでいた翼を広げ、粉塵を吹き飛ばした。

 だが、それは毒の拡散を意味していた。

 

 もう魔王が手を下すまでも無く、この世界はこの病毒に侵され死を待つしか無いのだ。

 

『お前たち、客人の相手を任せた』

 

 魔王が、召喚ゲートを開いた。

 そこから、ガスマスクをした四天王が現れた。

 

『さあ、──はよ来いや』

 

 彼らの登場を確認すると、魔王はクリスタルの翼をはためかせ、無くなった天上から空へと飛びだった。

 

 それを機械の翼で追う、ナーロン。

 

『ようやく、お出ましになられましたね。兄上』

『玉座に座っていれば、寿命が僅かに伸びたモノを』

 

 ガスマスクを捨て去り、王様とメドラウド卿が相対す。

 

『本来なら、魔王様は我々を打倒せねば挑めぬもの。

 物事の順序を弁えない以上、失望は許されませんよ』

『堅苦しいぜ親父、この晴れ舞台にまどろっこしい口上はいらねえ!!』

 

 バンブスとハイボールも戦意を漲らせている。

 

『こんな私に最期まで忠誠を誓った我が同士たちよ。

 今こそ、最期の戦いに殉じようぞ!!』

 

 親衛隊を侍らせたジークリンデが、聖剣を掲げた。

 

『ナーロンッ、こっちは任せろ!!』

『あんたは魔王に専念しなさい!!』

 

 ランスローと、マリリンが、空に向かって叫ぶ。

 

 上空と、地上。こうして二つの戦いが始まった。

 

 

 

「この姿を戦場で見た者は、誰ひとりとして生きてはおらんなぁ」

「そりゃあそうだろうな!! この病原菌が!!」

 

 天使と、巨竜がぶつかり合う。

 引き裂かれた世界樹を背景に、両者は激闘を繰り広げていた。

 

 光の剣が、魔王の巨体を捉える。

 魔王はその巨体に反して機敏に飛び回るが、速さと小回りで天使に敵わない。

 

 だが、魔王の体を削ることは決して勝利には繋がらない。

 

 第二形態、魔王アテルの戦いは単純かつ明瞭だった。

 

 四方八方から、無数の、数十万、数百万、数千万の結晶体が嵐のように乱れ飛んでいる。

 その全てが、彼が滅ぼしてきた人々から抽出された結晶体だった。

 

 人間の命を吸った結晶体が、砕いた魔王のクリスタルの肢体を修復してしまう。

 巨大な病原菌の塊、それが今の彼だった。

 

 結晶体が、空を覆う。

 それほどまでの数が、これまで滅ぼされた人々の命が、たった一人の天使に向けられている。

 

「病原菌は、焼くしか無いよなぁ!!」

 

 ──小太陽射出、コロナクリエイトを実行。

 

 その無数の結晶体を、核エネルギーの塊が焼き尽くす。

 灼熱の業火が、結晶体に覆われた蒼天を奪い返す。

 

「はっはっは!! 資源はまだまだたんまりあるでぇ!! 

 ぎょーさん、くろうてや!!」

「翻訳機の都合か、なんだよそのヘンテコな口調は!! キャラ付け雑か!!」

 

 結晶体の濁流が、次々と魔王によって呼び出される。

 命を吸った数多の結晶が、雑に、使い捨てられている。

 

「ほな、これはどうや!!」

 

 巨竜が、息を大きく吸った。

 それに巻き込まれて、多くの結晶体が吸い込まれていく。

 

 そして、病毒の粉塵が息吹となって放たれた!! 

 

「アンジェ!!」

 

 ──量子変換装置、出力限界です!! 

 

 そう、ナーロンとアンジェはこの病毒が拡散しないように戦っていた。

 ただそこにいるだけで世界を病毒で滅ぼさんとする魔王に、戦いだけに専念できないでいた。

 

 魔王の病魔のブレスを避けるも、その果てにあった山がまるまる結晶体となって砕け散った。

 

「はははッ!! 他人のこと、心配しとる暇あるんかぁ!!」

「てめぇはヒトの命を何だと思ってんだ!!」

「これが見えんか? 塵芥や!!」

 

 魔王はこれ見よがしに、近くにあった結晶体を摘まんで砕いた。

 粉塵となって、風にさらわれる。

 

「てめぇ!!」

「ほな、他人が心配なら下を見んでええんか?」

 

 0.1秒に満たない隙、しかし彼はとっさに光の剣で不意打ちを防いだ。

 槍のように伸びた巨竜の尾が、がりがりとぶつかり合って吹き飛ばされた。

 

「ぐ、ああ!!」

 

 ──マスター!! 

 

「くそッ、悪いなアンジェ。マジで足手まといで」

 

 ──弱気にならないでください!! 

 

「だけどよッ」

 

 地上では、より正確に言えば魔王城の戦いは劣勢だった。

 その理由に、世界樹の力が今まさに途絶えようとしているからだった。

 

 彼らは戦っている。

 魔王の振りまく病魔に、今まさに蝕まれながらも、戦っている。

 もう死ぬしかない、生きて帰れない、死病に苛まれながら、死力を尽くしている。

 

「あいつらが、あいつらが、死んじまうんだ!!」

 

 彼はもう、死ねない。人間として、病で死ぬことすらできない。

 

「なんや、諦めるんか。まだまだ全部終わってないで。

 もっと、もっとわてと遊んでや!!」

 

 結晶体が四肢の延長として、巨大な鞭のように彼に叩きつけられる!! 

 彼はそれを防ぐだけで精いっぱいだった。

 

「くそッ、くそくそッ」

 

 塩の大地に叩きつけられ、塩まみれになりながらナーロンは悔しさに涙する。

 これほどまでに人から外れても、アンジェの力を持ってしても魔王は強大な相手だった。

 

「このまま、お前が最期の独りになるまで続けんのか?」

 

 心折れた勇者を憐れむように、魔王は語り掛ける。

 戦った時点で、既に負けている。

 残酷な、現実と言う死のレース。

 

 この世界は滅びる。

 この戦いに勝とうが、負けようが。

 

 その絶望の化身が、ブレスの予備動作をしている。

 ここで魔王に殺されるのなら、それはそれで彼は幸運なのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 彼は、見つけてしまった。

 

 本当に偶然、その塩の大地に、捨てられていた何の変哲もない一本の矢を。

 

 思考は0.01秒にも満たなかった。

 

 機械の翼が火を噴き、魔王のブレスを躱した。

 

 

「アンジェ!!」

 

 ──はい、マスター!! 何でしょうか!! 

 

 彼は手繰り寄せた。

 全てを逆転させる、一本の蜘蛛の糸を。

 

「ボイスメッセージだ、今からいう言葉を録音しろ」

 

 ──え、は、はい。

 

 運命は、彼を味方した。

 いや、既に彼に味方していた。

 

 光の剣を収め、格納していた霊弓を取り出す。

 

そして彼は、黄金の鏃の矢を霊弓に番えた。

 

 

「────宵の明星よ、この世界に明けを齎せ!!」

 

 そうして彼は、黄金の矢を解き放った。

 

 

 その矢は魔王────の背後に佇む、雄大な世界樹へ放たれた。

 

 

 

「えッ?」

 

 その使い方は、さしもの持ち主たる幼い女神にさえ驚愕を与えた。

 

 

 

 

「……何をした?」

 

 その行動の意味が分からなかったのは、魔王も同じだった。

 

「アンジェ、神様に連絡してくれ。

 お前なら、直接連絡取れるだろう?」

 

 ──はい、わかりました。マスターの仰せのままに。

 

 ぷるるるるる、がしゃん。

 

『はい、こちら、女神メアリース本体直通チャンネル。

 こんな土壇場で、何の用かしら?』

 

 ふう、とナーロンは息を吐いて、こう言った。

 

「神様、あんた、知ってただろ?」

『はい? 何がかしら?』

「決まってるだろ」

 

 

世界樹が不良品だった(・・・・・・・・・・)って、ことだ。

 

 

『……え?』

「たった今俺は、過去を遡る矢に乗せて、あんたへのメッセージを送った。

 この世界樹は不良品で、もうすぐ使い物にならなくなるってな」

 

『あ……あ……あ……』

「つまり、何が言いたいかって言うとだな」

 

 

 

リコール(・・・・)だ。神様。不良品の交換を要求する」

 

 

『あ、あんたがッ、私の創った世界樹に傷を付けたのね!!!』

 

 そう、彼は射ったのだ。

 誕生の瞬間に、致命傷(・・・)を与える矢を。

 

 

 

 §§§

 

 

『これは、これはどういうことでしょうか!?』

『なるほど、そう来たか』

 

 遠くでその状況を見ていた誰もが、ナーロンの取った行動の意味と、女神の激怒の理由を理解できなかった。

 最も神に近い、“マスターロード”を除いて。

 

『あ、あの、“マスターロード”。これは何が起こったのでしょうか』

『そもそも、神と言う存在は、時間や因果律の概念に縛られないんだ。

 火と言う現象が、世界の始まりから終わりまであるように』

 

 しかし彼の説明は遠大で迂遠だった。

 

『つまり、だ。神々の精神や記憶の連続性を証明するのは、その観測者たる我々によって保証されねばならない。

 我々と神々は、そう言った共依存の関係にある。

 要するに、彼が行ったのは、矢文だ』

 

 過去の女神メアリースに向かって、メッセージを届けた。

 その時点で、彼女はかの世界の世界樹が機能を失うことを知っていたと言うことになる。

 

 それで、何も手を打たなかったのは、他ならない彼女の怠慢だ。

 

 それは、彼女と言う神の決定的な矛盾であった。

 不良品(・・・)を、楽園を創る為に人々に与えたと言う、矛盾なのだ。

 

『因果律は、結果と原因に依る。

 既に、過去に世界樹が傷つけられた、という結果が存在しても、原因は遥か未来であるついさっき。

 それまで、傷が表面化することなど無いんだ。結果が有っても、原因がまだ無いからね。

 しかし、資料によると、この世界の世界樹は徐々に力を失っていった。

 これは現在に近づくにつれ、因果が徐々に成立していったのかもしれないね』

 

 そこまで言って、多くが彼の言っている言葉を理解し始めた。

 つまり、である。

 

『この世界の世界樹の老朽化のそもそもの原因は、彼──今放った矢が傷つけたからだろうね』

 

 これには“マスターロード”も苦笑を禁じ得なかった。

 

 ありとあらゆる全ての原因は、たった一つ、それに全てが集約されていた。

 全ての元凶は、彼だったのだ。

 

『いやはや、なるほど。

 偶然、彼は力を得てしまったと思っていたけど、全てはなるべくしてなったと言うことか』

 

 

 

 

「あ、あば、あばばば、あばばば」

 

 決定的な矛盾を突きつけられた女神メアリースは、人間で言うところで白目を剥いて泡を吹いていた。

 

「あら、あららら」

 

 それを横目で見ていた女神リェーサセッタはこの妙手に唸り、隣の盟友の姿に困り果てていた。

 

 神々は、人間が思っているより不自由だ。

 だから、自己矛盾に耐えられない。意思を持つゆえの歯がゆさだった。

 

「ほい、と」

「はッ!?」

 

 女神リェーサセッタはそんな盟友を斜め四十五度で叩いて、再起動させた。

 

「ふう、なるほど、リコールね。

 分かった。わかったわ。本当はしたくないけど、しょうがない」

 

 ところで、女神メアリースは全能の女神である。

 そんな彼女でも、どうしようもないこともある。

 それが時間の干渉だった。彼女が何かを創る時、その結果を時間を進めて確かめることは出来ない。

 

 だが。

 

「あー、もしもし、私よ私。

 そうそう、そっちから二万八千七百七十二年十二秒先の私よ。

 さっきそっちに、なんか発信不明のメッセージが届いたでしょ? 

 そうそう、それマジなのよー。そのそれ、不良品になるっぽいから、予備を用意しといて。任せたわ』

 

 過去(・・)の自分に、干渉することは可能だった。

 なにせ、神々には時間の概念も因果律の概念も無いのだから。

 

「ふう、これでオッケー」

 

 概念受話器を置いて、全能の女神は満足げに頷いた。

 

「個人的にズルだから、あんまりこれしたくないのよね」

「あなたのその感覚が時々分かりませんよ」

 

 

 

 §§§

 

 

 

 奇跡が、起こった。

 

 引き裂かれ、黒焦げていた世界樹が根元から引き上げられるかのように、宙に浮かび上がったのだ。

 

 そしてそれは唐突に消え去ると、ぽん、と代わりの世界樹が落ちて来た。

 完全無欠の、この世界の生誕と同じ頃に植えられた完璧な世界樹が。

 

「……。はッ、世界樹の再接続を実行!!」

 

 その様子を、地下の中枢ユニットで呆然と見ていた精霊は、すぐにその機能を掌握した。

 

「世界樹の全リソースを、聖剣へのエネルギー供給へ!! 

 ……あとは、任せましたよ」

 

 全ての仕事をやりつくした精霊は、祈るように勇者たちに後を託した。

 

 

 

 

「はッ」

 

 目の前で起こった奇跡に、魔王が嗤う。

 

「ははははは!!!」

 

 これが、宿命なのだと、悟ったからだ。

 

「続きをしよか、我が宿命の愛すべき勇者なぁ!!」

「気持ちわりぃ、死ねよ!!」

 

 自分がしたことが割ととんでもないことだとあんまり理解していない勇者ナーロンは、魔王との戦いを最終ラウンドへと移行することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、決着。そしてエピローグ。
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