奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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始まりの出逢い
過去を想う①


 

異世界。

私達の住む世界とは、理さえも異なる世界。

この世ならざる異形が闊歩する世界。

瞬く星の様に、無数に存在する世界。

命は軽く、語られる英雄達が息づく世界。

そして、未知満ちる旅路で満ち溢れた世界。

 

今では使い古された、空想の一つ。

壁を隔てたその世界に、それでも人々は尚魅せられる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんな異世界の何処か。

廃墟となった城跡に、奇妙な出立ちの男が一人。

 

「………」

 

兵どもが夢の跡。人気のないその場所で、瓦礫の上に腰を下ろす男はシルクハットにスーツを着用している。喪服の様に黒く染め上げられたそれらと共に、右手には杖、背にはマント。手持ち無沙汰な左手は、瓦礫の上で暇を持て余す。

 

くるり、と男が杖を天に掲げる。そして一振り。風切り音が微かに聞こえ、そして再びの静寂。行き場を失った杖の先は、やがて地面をこつんと叩く。何が起こるという訳でもなく、男はそんな事を数回繰り返す。

 

鳥の(さえず)り、吹き抜ける風、葉の擦れ合う音。のどかな音色とは裏腹に、廃墟の荒廃は出来事の凄惨さを物語る。崩れ去った城壁、黒ずんだ血の跡、そして注視しなければ分からない程、原型を留めていない玉座。まじまじと見ると、確かに人気が無いのも頷ける。

 

「失礼、お邪魔しております。」

 

不意に立ち上がり、男はそう言って静寂を破った。続けて丁寧に一礼。しかし、男の先には誰もいない。広がるのは城の残骸と、人の痕跡を示さない青々とした草原のみ。

 

この可笑しな光景を目の当たりにした人がいたのならば、考える事は様々であろう。誰に向かって話している?何をしている?どうしてそんな恰好をしている?しかし少なくとも、この世界の人間ならばこう思う。

 

「……只者では無いな、貴様。」

 

空気が重くなる。比喩では無く、物理的に。穏やかな空気は消え去り、空間に暗黒が集まっていく。数刻とせず固まり、形を為したそれは悍ましい気配を放つ。一言で表すならば、屍。或いは人骨。廃墟の中心にて悠然と自立するそれは魑魅魍魎(ちみもうりょう)。この地に跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する「魔物」と呼ばれる生物種である。

 

しかし、不自然。そも動く人骨という魔物は、「魔物」というカテゴリの中でもポピュラーな部類に入る。この世で人が一生を生きるのであれば、生涯で数度は目にするだろう。或いは魔物狩りを生業(なりわい)とする者であれば、数えるのも億劫になるほど剣を交える相手である。無論、生涯で一度も会わない幸運の持ち主もいないとは言い切れない。

 

が、不自然なのはその在り方にあった。一に魔物は群を為し、二に魔物は言葉を解さず、三に魔物は不規則に現れる。全ての魔物がこの限りでは無いが、個であり、言葉を発し、人の気配に応じて現れるというのは、少なくともこの世界においては異常と言っても過言では無い。

 

「何故、我輩の姿を捉えられた。」

 

低い声で人骨は尋ねる。その言葉は質問ではなく脅迫。一言一言に言霊が宿るかの様に、口をつく言葉が地面を揺らす。只者では無いと男を評価した人骨だが、無論この存在も只者では無かった。

 

「いえ、視えてしまったものですから。」

 

しかしその中でも、男は平然とそう答えた。至極丁寧に、当然のように。

 

「折角でしたら見ていきませんか、私のマジック・ショー。お好みでなければ少しお話でもいかがでしょう?」

 

これこそが旅の始まり。神出鬼没、世界を旅する奇術師、そして不死不朽、亡びた国の王者との馴れ初めである。

 

 


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