奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の旅路⑤

 

『それで、先日は何故あの様な事をなさったのですか、アノン卿。』

 

村での勇者一行遭遇から数日後、アノンとレグルスは荒野を歩いていた。当てもなく歩いている訳ではなく、目的は勇者一行の尾行で最初から変わっていない。やはり、その道の先には勇者一行の後ろ姿が見える。

 

「さて、何の事でしょう?」

 

『私をレグルスとして他人に見せた事です。今までは、(かたく)なに生物では無いと通してきたではありませんか。』

 

王国などに滞在する際、レグルスは今までただの全身鎧としてアノン達の荷物として扱われていた。それでも目立つ事は変わらなかったが、ゴーレムと紹介するよりかは幾分か目立たなかったのは事実であった。

 

結局レグルスをゴーレムと説明した後、アノンはハロルドとニコラに説明を繰り返す事小一時間。疑惑を完全に晴らす事はできなかったものの、レグルスが何も危害を加えてこない事が決め手となって彼らは警戒を解くことになった。

 

そして何事も無く夜が明けた。魔物が村に襲いかかったり、或いは勇者一行が被害を受ける様な出来事(イベント)など何一つ起こる事はなかった。勇者一行は村人達からとめどない歓待を受けながら村を去り、一方アノン達は特に何の歓待を受ける訳でもなく村を去った。

 

「まぁ余人であればそれで事足りましたが、彼ら相手にはきっかけを作っておきたいと考えていましたので。」

 

『きっかけ、ですか?』

 

レグルスが首を捻ると、金属が擦れ合う様な音が鳴る。

 

「えぇ。レグルス、貴方は運命というものを信じますか?」

 

『いいえ、信じません!何事にも因果という物がありますから、運命などという言葉は思考停止でしかないでしょう!』

 

即答。限りなく滑らかに、かつ明瞭にレグルスはそう答えた。アノンが人差し指を口に添えると、レグルスは小声で注意します、とだけ呟く。

 

「……まぁ後半はともかく、要は前半が私の言いたかった事です。」

 

『ではつまり、()となるような()を作りたかったという事ですか!』

 

レグルスの言い回しに、アノンはにやりと笑った。

 

「そういうことになります。ところで私も貴方に一つ聞きたい事があったのですが……」

 

『はい?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、どうだったの?」

 

「どうだった、って何だよ。」

 

一方、勇者一行は快調に道を進んでいた。地図を確認しながら時々現れる魔物を討伐し、魔王の待つ城に少しずつ近づいていく。そして村を出て数日、次の王国まであと半分といったところでシンシアはそう尋ねた。

 

「あのゴーレム?を連れてたっていう人!どんな人だったの?」

 

俯きながら歩くフィネが、その言葉に反応して不意に顔を上げた。

 

「どんな人だったのって……シンシア、あの人と会わなかったの?」

 

実はあの後、フィネはアノンに遭遇している。フィネが階下に降りようとした時、偶然部屋に戻る最中のアノンとすれ違ったのだ。

 

……だが忘れるなかれ、フィネは大の人見知りである。軽く自己紹介をするアノンを直視できず、そそくさとその場を後にした彼女と彼に果たして面識があるかと言われると少々疑問であった。尤もすぐに俯いたフィネがこの話を誰かにしない限り、真相は闇の中であるのだが。

 

「会おうとして探しはしたんだけど……結局見つけられなかったんだよねー。なんでだろ?」

 

「まぁ、旅芸人ってよりは魔法道具の発明をしていて、逃避行の最中ですって言われた方が信じられたかもしれん。そんな奴だったよ。」

 

「……私達の部屋にはいらっしゃいましたし、此方の部屋に挨拶に来れば良かったのではないですか?」

 

後ろからニコラがそう言うと、シンシアは勢いよくニコラの方を振り向いた。一瞬足が止まるニコラだが、また歩き続ける。

 

「でもさ、態々部屋に押しかけて『私が勇者です!』なんて、ちょっと恩着せがましいって思わない?」

 

「そこは一理あるな。ま、探してた時点で恩着せがましいも何も無いとは思うが。」

 

さらりと毒を吐くハロルド。しかしシンシアからの抗議の声が飛んでくることは無い。不思議に思ったハロルドがシンシアの方を見ると、シンシアは何故か流し目で彼の事を見ていた。

 

「……何だよその目。」

 

「……ねぇ、ハロルドってもしかして私の事好き?」

 

「ぶっ!」

 

俯いていたフィネが吹き出す。ハロルドも流石にこの言葉は予想していなかったのか、シンシアの顔を直視できない。

 

「いや、好きな人には意地悪したくなるって言うし、そうなのかなって。」

 

「……」

 

「どうなの?」

 

一同を包む、いつにもなく真面目な沈黙。シンシアは少し頬を赤らめ、ハロルドは少し考え込む様に目を瞑り、ニコラはその成り行きを静かに見守り、そしてフィネはまた吹き出しそうになるのを必死で抑えていた。

 

暫くして、ハロルドが一言。

 

「いや、真面目に無いな。お前と付き合うならまだフィネの方が──うおっと!?」

 

ハロルドの顔を拳が掠める。それは乙女の純情を弄ばれ、少し涙ぐんだシンシアの右ストレート。

 

「──バカっ!バカハロルドっ!」

 

そしてすかさず左アッパー。死角から放たれたその一撃はハロルドの顎にクリーンヒットした。デリカシーの無い魔物は鎧ごと少し宙に舞い、その場に倒れ伏したのであった。

 

「ハロルド、今回ばかりは治療しませんからね。」

 

ちなみにやけに静かなフィネは笑いすぎて腹を痛め、その場にうずくまっていた。パーティの半分が再起不能となった勇者一行。それでも彼らの旅は続くのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……で、どうして彼らは仲間割れをしているんでしょうか?」

 

『痴話喧嘩ですね!あの時の宿屋の事を思い出します!』

 

「思い出さなくて結構です。」

 

 


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