奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の帰路①

 

帰路。

終着点からの旅路にして、出発点への回帰。

振り返り、過去を思い出す為の(みち)

それこそ旅路のもう一つの側面。

そう、もう一つ。

この世界は多面体、表があれば裏もある。

 

されど表と裏は対称では無い。

照応する面など、世界にありはせず。

故にその道は、既に知る道では無い。

既に見た道は一つの方向からの視点である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それはまるで予定調和だった。

そう、彼らは遂に魔王を倒した(・・・・・・・・)のだ。その旅路には様々な苦悩があり、様々な壁もあった。しかし彼らはそれらに立ち向かい、そして乗り越えて見せたのだ。

 

魔法使いフィネは様々な魔法を会得した。炎を放ち、氷を生み出し、風を操り、大地を穿つ。多彩な魔法を自在に操る姿は、彼女がいずれ伝説の魔法使いとして名を馳せる礎となった。

 

僧侶ニコラは仲間を支援する存在となった。傷を癒やし、呪いを祓い、死者を召す。敬虔な神の信仰者としての在り方は様々な人々の助けとなり、その少年は感謝と共に広く認知される事となった。

 

戦士ハロルドは仲間の危機を幾度となく救った。剣を受け、魔法を弾き、最後まで皆を守り続けた。勇者のそばに立ち続け、その悩みを聞き判断を手助けしていた事は彼らのみが知る事である。

 

そして勇者シンシアは勇者としてあり続けた。雷光を落とす魔法を知り、聖別された剣を手に入れ、苦しむ人々に向き合い続けた。彼女のその懸命な姿に誰もが救われ、そして魔王を討伐したのも彼女だった。

 

そして彼らは誰一人いなくなった魔王の城を後にする。

 

「そうか……まだこの道があるのか……」

 

ハロルドがぼやく。返り血や破損が目立つ鎧は、つい先程までの鮮烈な戦いを想起させる。無論、それは彼だけではない。彼ら全員が激しい戦いを乗り越えてきた事は、その姿を一目見れば誰もが分かることだった。

 

そう、帰り道までが魔王討伐の道。行きに通ってきた道を、彼らは帰り道として歩いてゆかねばならない。

 

「……流石に帰り道の事考えると、私も憂鬱になりそうかも……」

 

「えっ!?シンシアが!?」

 

フィネがガバッと顔を上げて驚いた顔をすると、シンシアは無言でフィネの頭をぺちりと叩いた。

 

「……歩かないと帰れませんし、ゆっくりでも歩いていくしかないでしょうね。」

 

「それもそうだねー。それじゃ、切り替えて歩いて行こうか!」

 

「まぁ、そういう事だわな。サクサク歩いて行くか。」

 

「あれ、おかしいな……もしかして私だけアウェイな雰囲気?」

 

そう、彼らは勇者一行。如何なる壁が立ちはだかろうとそれを超えてきた存在。魔王を倒した後でもその事実だけは変わりはしない。全員はゆっくりと歩みを進める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして帰路の途中、彼らは会話を交わす。

 

「それで、ハロルドは帰ったらどうするんですか?」

 

「別にどうもしねぇよ。褒賞も貰えるし、騎士団の一員として働く事も出来んだろ?」

 

「え、ハロルドって騎士になりたかったの?」

 

「……まぁ、俺はどうでも良いだろ。坊主はそのまま聖職者の道か?」

 

「勿論です。」

 

「聞くまでも無いね……ちなみに私は王国お抱えの魔法使いになれたらな……って思ってるかな。シンシアは?」

 

「私?あんまり考えた事もなかったなー。」

 

「勇者としての使命は終わったんだ。だったら好きなように生きて、幸せに過ごすのが一番だろ。」

 

「じゃ、ハロルドに養って貰おっかなー!」

 

「お断りだ。」

 

他愛無い話題で彼らは盛り上がる。魔王を倒したからと言って、世界が平和になったわけではない。魔物は存在し、人々の争いが絶えるわけでもない。

 

しかし彼らは確信していた。これからは、彼らがこうして他愛の無い話をする事ができる世界がやってくると。全ての争いは無くなれども、それ以上に様々な人々を救う事が出来たのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、思っていた。その時までは。

 

「……嘘。」

 

王国は(・・・)燃えていた(・・・・・)

城下の町は残骸と化し、命などもう何処にも残ってはいない。炎が血を炙り、焦げ臭い香りと生臭い香りが辺りを充満させている。空は赤く燃え上がるような色を写し、王国は文字通りの地獄と化していた。

 

誰も、声すら上げる事が出来ない。怒りも、悲しみも、恐怖も、もはや声を上げて出る事はない。

 

「これはまた凄惨な事ですねぇ。」

 

『私から言わせればまだまだですね!とはいえ二度とは見たくない光景と感じざるを得ません!』

 

彼らの前に立ちはだかるのは見知った顔。かつて村で出会い、寝食を共にした二人。

 

「何をやっている、お前ら……」

 

アノン、そしてレグルスは勇者一行を見据える。ニコラは驚き戸惑ったような顔を、ハロルドは怒りに染まった顔を、フィネは悲しみと恐怖に染まった顔を。

そしてシンシアは、無表情で彼らを見据える。

 

「残念ですが、まだ何もしていません。お初にお目にかかる方もいらっしゃるので、正しく自己紹介と参りましょう。」

 

アノンはゆっくりと一礼をする。

 

「私は奇術師アノン……顛末を眺める為に世界を巡り、より良き未来を模索する夢見人です。」

 

彼らの前に最後の壁が立ちはだかる。

帰るべき場所がない彼らにとって、帰路はまだ終わってなどいない。

結末は、すぐそこまで迫っていた。

 

 

 


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