奇術師達のアルカディア   作:チャイマン

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勇者の帰路②

 

「では、始めから説明して行きましょう。」

 

その瞬間、アノンの前方で凄まじい金属音が響いた。重鎧を纏った状態とは思えない速度で飛びかかり、アノンを叩き斬ろうとしたハロルド。そしてそれに反応し、剣を阻んだレグルスの両名が(つば)を競り合う。

 

ハロルドの手に握られる鉄色の剣と、レグルスの右腕の機構から伸びる黄色の刃が火花を散らす。しかし、アノンは特に気にする事もないように其方を向こうとはしない。

 

『失礼。アノン卿が話されている最中ですので、この剣を収めて頂けませんか?』

 

「ふざ、けるな……!お前達さえいなければ……!」

 

至極冷静に響くレグルスの機械音声に対し、ハロルドは興奮した様子でそう呟いた。一層剣にかかる力が強くなるが、剣の位置は互いに動かない。

 

『分からない人ですねぇ。その誤解を今から解くとアノン卿が仰っているのです。剣を抜くのは説明を聞いた後でも構わないのではないですか?』

 

「ハロルド、引いて。」

 

冷たい声で、シンシアが言い放つ。ハロルドは驚いたようにシンシアの方を振り向いた。

 

「だが!」

 

「引きなさい、勇者として命じます。」

 

その言葉を聞いたハロルドの剣から少し力が抜け、その瞬間レグルスが剣を振り払った。互いに大きく後方へ弾き飛ばされ、凡そ状況は初めと同じ様相を呈する。

 

「……チッ、分かったよ。」

 

『では、お話の続きをどうぞ!』

 

「……まぁこの辺りは前座ですし、簡潔に行きましょう。という訳でベルズ、出てきても構いませんよ。」

 

アノンがそう言った次の瞬間、黒く渦巻くような魔力がアノンのマントから放たれた。それがゆっくりと凝縮し固まり、白骨の姿を為していく。最後におまけのように黒いローブが白骨に纏われる。

 

勇者達はこの光景を見ても物怖じはしない。この程度の魔力であれば、魔族の中には何体もいた。魔王であればこれを軽く凌駕していた。故に彼らが驚く道理は無い。

 

「やっとか。全く、今回は何とも不自由な旅路であったな。」

 

「この気配……!」

 

しかし、ニコラは別の要因で驚いたように声を上げる。そう、これもまた彼にとっては初めての遭遇ではない。

 

「その反応、という事はやはり我輩で間違いなかった訳か。」

 

「というわけで、勇者一行の皆様。こちらはベルズ、最初の森でニコラさんに見つけられたので、以降は私が隠していた人物です。」

 

名前が上がると、ベルズは口許を歪める。勇者達にはまるで威嚇している様に映ったが、アノンとレグルスはそれがかの王の昂りを示すサインであるという事を知っていた。

 

「紹介にあった通りだ。我輩の名はベルズ、魔物か魔族か或いは死人か……どれでも、各々が好きなように呼ぶが良い。」

 

『これで(ようや)く、アノン()をアノン殿()と呼べる訳ですね!』

 

「もう少し柔軟に対応して頂きたいものですが……まぁこれは今後の課題としましょうか。」

 

アノン達が談笑を交わしても、勇者達の目はベルズから離れない。

 

「なら、お前達は宿屋で会う以前から……!」

 

「ええ、皆様の事は存じ上げておりました。というより、旅路は最初から最後まで観測させて頂いております。今は亡き魔王城の主人様とも、少しお話をさせて頂きました。」

 

シンシアが少し身震いする。魔王の名が出てきてもおかしくはないと予想はしていた。しかし、それでもその名は彼女を震わせる。

 

「い、一体何が目的でそんな事を……?」

 

フィネが怯えたようにそう言う。まるで目の前の存在を理解不能な化け物として扱うかのようなその瞳を、彼らは見据える。

 

「目的……とわざわざ聞き直す必要があるのでしょうか?勇者が魔王を倒す旅ですよ?でしたら、直で見ること自体が目的にならない訳もないでしょう。」

 

アノンはさらりとそう言った。

 

「……本当にそれだけなのですか?」

 

「無論だ。魔王を倒す貴様らの邪魔をするにしても、我輩達がこの場で貶める事に意味はない。

何にせよ全てはこの時点で終わった話故に。」

 

ベルズも同調する。不思議とその言葉に偽りを感じる事はない。

 

「じゃあ、どうして王国がこんな事になっているの……?」

 

「そんなもの、魔物に襲われて滅びた(・・・・・・・・・・)に決まっているではないですか。」

 

空気が凍りつく。ただの言葉である筈なのに、勇者達の心が締め付けられるように痛む。目の前の存在が発する言葉が真実であるという不思議な確信と、それを何でもなさそうに淡々と伝える男のギャップがその空間を支配していた。

 

「だが、魔王は……」

 

『確かに魔王はいません、しかし魔族はまだいるでしょう?彼らの長である魔王が倒されたのですから、報復か弔い合戦かでこの国が滅びたのは自明の理でしょうね!』

 

「そんな、まさか……」

 

絶望感。ニコラは薄々気がついていたのかもしれない。この燃え盛る国のそこらかしこに魔物が持つ邪悪な魔力が残滓(ざんし)の様に残っていだのだから、気づけぬ筈は無かったのだ。

 

彼らは段々と現実を飲み込み始める。ニコラが魔力を感知したように、彼らもまた死体の山の中に何処かで見たことがある羽や牙を見ていた。一人冷静だったシンシアは、恐らくこの事実に誰よりも早く気づいていたのだろう。

 

「お前達は先にここに着いていたんだろう!何をしていたんだ!」

 

それでも、アノン達の疑いが晴れる事はない。彼らが魔物を手引きした可能性は確かにまだ残っている。が、そんな証明しようのない蓋然性(がいぜんせい)は最早意味を持たない。

 

「何もしておらんとアノンが最初に言ったではないか。貴様には聞こえなかったのか?」

 

そう、彼らは全てを語り終えた。故に彼らにとって疑いは言い掛かり、怒りは的外れ、哀しみは他人事でしかない。

 

『という訳です!そろそろ構いませんか?』

 

「ええ、長々と説明した説明は終わりです。そろそろ、新たな幕を開けましょう!」

 

 


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