「此処は……一体?」
アノンが指を鳴らした瞬間、周りの風景が一変した。天地が逆転した様な感覚をその場の誰もが感じると、虹色とも無色とも取れる淀みの広がる空間が彼方まで広がっていた。
「ニコラ!」
「フィネさん!皆さんは!?」
「分からない……何が起きたかも分からないけど、あの男が指を鳴らしたら……」
しかし、その地にはフィネとニコラしかいない。シンシアとハロルド、滅びゆく王国、目の前に立ちはだかる三体の敵。その誰もがその不思議な空間には存在しない。
「然り、あの男の名は奇術師アノン。であれば、奇術を使うのは名が表す通りである。」
否、一体だけが存在した。
「貴方は!」
「ベルズとか呼ばれてた……魔族!」
名を呼ばれ、ベルズは不敵に笑う。
「この我輩をベルズと呼ぶのは、アノン達以外だと貴様が初めてだ、魔法使いの小娘。魔王を倒しただけの事はあると考えても良いのかね?」
「貴方より、人の方がよっぽど怖いもの!」
一瞬の沈黙。
「……それは盲点であった、一理ある。学ぶ事があったという事は、やはりアノンの言い分は正しかったという訳であるな。」
「此処は一体何処なのですか!?」
感心する様に言葉を
「アノンが作った異空間である。尤も名前こそ大層だが、実際は次元が歪んでおるだけに過ぎぬ故、空間として定着はせぬが。」
「時空が歪む……?」
フィネの言葉を聞くと、ベルズはゆっくりと腰を下ろす。すると何処からともなく黒い霧の様なものが集まり、腰を下ろした先に玉座の様な椅子が現れ、ベルズはそこに腰掛けた。」
「どの道貴様らには理解出来ぬだろうが……確かニコラとフィネといったな。時間が過ぎるまで我輩に問うなり、そこで暇を持て余すなり好きにするが良い。」
「どういう事?」
「何、この隔絶された世界で軽く貴様らの力量を測る予定であったのだが、興が削がれた。我輩に戦う意義はないという事だ。」
「……私は貴方を倒すくらい訳ないけど?」
フィネは反射的にそう言った。ニコラも逃げるつもりは毛頭無い。そもそも彼らにとっての敵はベルズだけではなく、彼らにとっての目的は敵を倒すことだけではない。
「では打ち込んで来るが良い。さすれば今すぐにでも戦いを始めてやろう。ただし……」
空気が重くなる。ベルズが持つ魔力は変わらないが、威圧感がその空間を押し潰さんとし、黒々しい魔力が実体を持ったかの様にベルズの周りを漂い始める。
悍ましいオーラを放つその存在は、かつてアノンの前に現れた亡国の王者、そして不滅の男。そして今や奇術師と旅をし、幾多の世界を見届けた者。
「選択を誤るなよ?何事にも、取り返しのつかぬ事は存在する故に。」
ニコラとフィネの心臓が早鐘を打つ。目の前の存在は、魔力の質も量も変わらない。しかし目の前の存在から感じる気配、世界に存在する事さえも拒まれる異質感。或いは魔王を凌ぐほど……
「……では、質問します。何故、今になって私達に正体を明かしたのですか?」
震えを必死に抑えながら、ニコラは質問をする。戦う意思が折れた訳ではない、しかしそれは一人ではなく四人で戦う事を前提としていたのだ。
「貴様、やはり
少し考え、ベルズは答える。
「貴様らが役割に縛られ役目を持っていた時点では、我輩達には少々都合が悪かった、それだけの話だ。これ以上は答えられぬな。」
「じゃあどうして王国の人々を……!」
「助けなかったのか、とでも言うつもりか?では何故、我輩が助けねばならぬ?」
感情的に返すフィネにも、ベルズは冷静にそう返す。しかしそれは決して冷酷な一言ではなかった。
「そ、それはそうする事が……!」
「確かに我輩には力がある、だがそれはあの王国を救う為に得た力ではない。貴様らが他者を救わんとするのは勝手だが、それを見も知らぬ我輩に押し付ける道理はなかろう。」
ベルズは続ける。
「貴様らは崇高過ぎる。それ故、他者に理想を求めるのだろうが……結局はな、何事も極端であれば毒にもなりうるのだ。我が国の政策も経済も国民も、その何もかもがそうであった様にな。」
「……」
「ではまた、何かを思いついたら呼ぶが良い。」
「最後に一言、良い?」
フィネがそう声を上げる。戦意がない事をベルズが察すると、ベルズはフィネに目を向けた。
「
「……全く、あの愚か者めが!」
そう言い残すと、ベルズは虚空へと姿を消した。ニコラとフィネは顔を見合わせ、その空間の在り方を確かめるかの様に歩き始めた。